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<東京怪談・PCゲームノベル>


虚空より鼓の音

 陽が落ちて、そう時間は経っていなかった。車通りが僅かながらでも減ったせいだろうか。虫の声が一段と増して聞えていた。昼間のうだるような暑さはまだそう変わらず、陽射しの代わりにねっとりとした湿気が纏わりつく。木々の中にさ迷いこんだのは、排気ガスを含んだ嫌な湿気を避けようとしたからだろうか。気がついた時には、その祭りの只中に居たのだ。我に返った時にまず聞えたのは、虚空から聞えてくるような鼓の音だ。辺りを見回すと、いくつもの提灯が並んで揺れており、その下には屋台が並んでいた。だが、これが普通の社ではなく、普通の祭でも無い事に気付くのに、時間がかからなかった。並んでいる屋台は普通のそれとは随分と違っていたし、歩いている者達も普通の人間とは違うようだ。一体ここはどこなのか。近辺に神社があったという記憶はなく、誰かに聞かなければと思っていると、向かいから青年が一人、歩いてくるのが見えた。銀の髪に金の瞳。周囲に目を配りつつ、何かを探しているようだったが、こちらを見ると、おや、と表情を変えた。
「迷い込んでしまったんですね。無理もない。まほろの社に続く道は、一つでは無いですから」
 まほろの社。それがこの社の名。今日は夏祭りの日なのだと彼は言った。
「折角ここまでいらしたのですし、少しご案内しましょうか?帰り道は、慣れない方には分かりにくいでしょうから」
 彼の誘いを断る気には、ならなかった。
「それじゃあ、お願いしようかしら、玲一郎さん。確かにちょっと、迷いそうだし」
 喜んで、と微笑んだ青年の名は、天玲一郎(あまね・れいいちろう)。彼とその姉と知り合ったのは、少し前の事になる。以来、時折顔を合わせる友人だ。シュラインの友人たちの7割方はそうであると言っても良いのだが、天姉弟もまた、見た目通りの人物では無かった。所謂、『現世』とは別のカテゴリーに属している。そうでなければ、こんな場所にひょっこりと現れたりはしないだろう。まほろの社は、人の為の社ではない。祭りに集っているのは物の怪から天人、仙人の類に至る、人外の者達ばかりなのだ。聖なる者、神近き者、魔を帯びし者も皆境無く集まっているのだと教えてくれたのは、先日やはりここで出会った、玲一郎の姉、天鈴(あまね・すず)だ。シュラインは彼女にも一度、ここを案内してもらっている。そう話すと、玲一郎は少し驚いたように目を見開き、それで、と真剣な眼差しで、シュラインを見た。
「姉とはどの辺りで…?」
「って、やっぱり鈴さん、探してたのね」
 と言うと、玲一郎は苦笑いしつつ、頷いた。
「ここで屋台出しているんですよ。一度見つけて止めたんですが、今夜もやっぱり姿が見えなくて」
 参道にひしめく屋台を振り向いて、玲一郎が溜息を吐く。万事控えめな雰囲気の玲一郎とは違い、かなりの商売人らしい鈴が、ここに『冷やし桃』の屋台を出している事は、シュラインも知っている。桃は、彼らの屋敷にある仙界の桃の実で、3000円と言う高額にもかかわらず、結構売れているようだった。商売上手な鈴は、祭り以外でも桃をどこぞに卸して商売していると聞いていたが、玲一郎はそれを良く思っていない。
「でも、別にいいんじゃない?本人楽しそうだし。お金だってそこそこ必要でしょ?」
 と言うと、やはり彼はきっぱりと首を振った。
「僕のアルバイトでも充分なんです。それに、行商だの屋台だのなんて、何が起こるかわかりませんから」
「…まあ、そうかも知れないけど」
 結局の所、鈴があちこちうろうろするのが不安でしょうがないのかも知れないと、シュラインは密かに思ったが、無論口にはせずに参道に立ち並ぶ屋台の列に視線を転じた。客も店主も人外の者である事を除けば、後は普通のお祭りに非常によく似ている。お好み焼き屋あり焼きそばあり、綿菓子に射的にヨーヨーすくい。まあ、流石に異形の祭りだけあって、射的の景品も、ヨーヨーもタダのそれではない。それらを冷やかし半分に覗くシュラインに、玲一郎が説明をし、ぶらぶらと歩いていた二人が足を止めたのは、輪投げの屋台だった。輪投げといえば、壷だのヌイグルミだの時計だのが置いてあって、そこにぽんと輪を投げて取るのだが、ここのそれはちょっと違う。本来景品が置いてある場所は囲いになっており、中には小さな小鬼がわらわらと駆け回っているのだ。客たちは、それらにぽんと輪をかけ、捕まえている。
「ねえ、これって、取ると小鬼が貰えるの?」
 聞くと、玲一郎はうーん、と首を傾げ、
「そういう客も中には居るかも知れませんが、大抵は違います。…やってみますか?」
 と少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。どうやらこれまた、タダの輪投げではない、と言うより正直、小鬼を貰っても困るのだが、シュラインはよし、と頷くと、店主を呼んだ。
「ここは、僕が」
 と玲一郎が金を払い、シュラインに輪っかを渡す。
「動いてる相手を捕まえるのって、難しそうよね」
 眉根を寄せたシュラインに、玲一郎はくすっと笑って、
「動いているだけじゃ、ありませんよ」
 と言った。どういう事かと思ったが、その意味はすぐに分かった。小鬼たちは輪っかを避けるだけではない。一旦かかりかけた輪っかを跳ね除けたりするのだ。完全に捕らえるには、すぽっと一挙に真中まで輪をかけてしまわないといけないらしい。一本、二本と跳ね除けられたシュラインは、ようやく最後の一本で、小鬼を捕らえる事が出来た。
「む…難しかったっ…!」
 水龍すくいの方が簡単かも、と呟きかけたシュラインの前に、輪をかけられ締め上げられた小鬼が躍り出る。
「コレをやるぞ!!!」
 甲高い叫び声と共に、小鬼の前にころんと落ちたのは、小さなガラス玉だった。
「人の子が持ってイタぞ!大事にシテいたゾ!」
「本来は、捕まえた小鬼を眷属にする事が出来るんですが、小鬼もそれは嫌なんだそうで、こうして取り引きを持ちかけてくるんですよ。ちょっと面白いお宝も多くて、そこが人気らしいです」
 首を傾げたシュラインに、玲一郎が説明してくれた。なるほど、ともう一度小鬼のガラス玉を見る。
「これって、どう見てもビー玉よね」
「…ええ。子供が大切にしていたから、お宝だと思ったようですが。…それでは、ダメみたいですよ?」
 玲一郎が言うと、小鬼は一声、きいっと咆えて、
「ならコレじゃ!大事なモノじゃぞ!」
 とばかりにひらり、と長方形の紙を出した。
「…一万円…確かに大事だけど」
 と、眉をひそめかけたシュラインは、その下に重なっていた古い紙に気づいて手を伸ばした。新品の一万円冊にぴったり重なっていたそれをそおっと剥がす。出てきたのは、古ぼけた一枚の和紙だった。
「これは?」
 聞くと、小鬼は何だ、といわんばかりにケッと笑い、
「ツマラヌモノ。言霊の帳面。ココに文字を書き気力を込めて読メば、力と成りて現レル」
「へえ、例えば?」
 小鬼は筆を取り出して、炎と書いて、それを読んだ。途端に彼の手に小さな炎が宿る。
「面白いわね。それがいいわ」
 シュラインが言うと、小鬼は何をバカなと言いたげに首を傾げたものの、それなら、と紙を放って寄越した。力を使った後は、文字も消えてまた使えるようになるらしく、帳面はまっさらだった。最初からこちらを見せてくれれば良かったのに、と呟くシュラインに、玲一郎が笑って、
「まあ、価値観は人それぞれ…いえ、鬼それぞれですから」
 と言った。なるほど、そんなものなのかも知れない。それからまた二人はあちこちの夜店を覗いて歩き、見覚えのある水龍すくいの屋台を見つけたシュラインは、そこから鈴の屋台があった場所を思い出したが、どうやら彼女は屋台を移動させたらしい。
「一度、見つかりましたからね」
「…あんまり、怒るからじゃないの?大事なのは分かるけど、やたら束縛するのも考え物よ?」
「おや、あんな所に、珍しいものが出ていますよ」
 ふいに玲一郎が話題を変えた。誤魔化そうとしているのかと思いつつも振り向いたシュラインだったが、すぐにわあ、と声を上げた。
「金平糖の屋台?これは変わってるわね」
 少なくとも普通の祭りでは見かけない。星の金平糖、と暖簾には書いてある。何だろう。
「ただの金平糖じゃなあ、ないのよね?」
 と言うと、玲一郎が頷いた。少し大きめの金平糖は、一粒三百円。きらきらと輝いて見えるそれは、中々美味しそうに見えた。
「二つ、くださいな」
 600円と引き換えに二粒手にしたシュラインは、輪投げのお礼よ、と玲一郎に一粒渡すと、自分の分をぽん、と口に放り込んだ。口の中に甘みが広がる。と同時に、周囲の景色が段々と変わっていくのが分かった。屋台が消え、祭りの提灯がゆっくりと遠ざかるようにして消えて行く。目の前には細い階段があり、そこから玲一郎が手を振っていた。
「こっちです」
 小走りで彼の元に駆け寄って、改めて辺りを見回す。とても、静かだった。広がっているのは闇、それでも暗く感じないのは、足元が明るいからだ。白い光の帯が、ぼんやりと足元を照らし出している。階段の下にはさらに明るい光が川の様に流れている。
「天の川ですよ」
 玲一郎が言った。
「でも、天の川って…」
 天の川とは、地球から見える銀河系の事だ。地球自身も所属する星々の群れであり、ミルキーウェイとか天の川、なんて呼ばれているのは、実は…。そう言うと、玲一郎はええ、と頷いたが、
「それも真実、けれどこれも真実と言う事です。世界は、重なっていますから」
 と言って謎めいた笑みを浮かべた。階段の向うから、高く澄んだ音が聞えてくる。一定の間隔でもって繰り返されるそれは、細い鈴の音のような不思議な音で、聞いているだけで心が穏やかに落ち着いてくるのが分かる。シュラインは足早に階段を登りきった。その瞬間、目に飛び込んできた光景を、シュラインは多分ずっと忘れない。
「これが…星の祭…?」
「はい」
玲一郎が頷いた。それはどこまでも静かで、どこまでも神聖で、どこまでも荘厳な祭だった。下界のお祭り騒ぎなぞ、全く聞えては来ない。この階段は、天の川を越え、空の高みに登る為のものなのだと、玲一郎が教えてくれた。だからこうして、星々の全てを見下ろす事が出来るのだと。深い闇の中を、様々の色をした光を纏った者達が、静かに歩いている。彼らは人の姿をしているようでいて、実は全く違う姿をしているようにも見えた。彼らはあの音にあわせて、一歩一歩、同じ方向に歩き続ける。その間を小さな光が時折過ぎり、ぱん、とはじけて眩い粉となった。その都度、光を纏った者達が、微かな声を上げた。小さな声ではあったが、声は様々に重なり、広がり、聞いた事もない旋律を奏で始めた。
「…歌?」
 呟くように聞くと、玲一郎が頷いた。
「ずっとずっと昔から、星の間に伝えられてきた、彼らの記憶だと言われています」
「本当のところは、分からないのね」
「誰にも。ただ、この旋律には、何かの謎が隠されていると聞いた事はありますが…謎を解いたと言う話は聞きませんね」
 玲一郎の言葉を聞きながら、シュラインはじっと星の旋律に耳を傾けていた。人間の楽曲にはありえない音の並びを、無意識のうちに辿っているうちに、全てはゆっくりと消え、気づいた時にはあの祭りの喧騒の中に居た。
「あーあ、戻っちゃった。金平糖の効果も、時間制限つきって事?」
「そういう事です」
 玲一郎が微笑む。だが、ほんの欠片だけではあったが、シュラインの胸には先刻の星の旋律が残されている。いつの日か、残る旋律を耳にする事もあるかも知れないと思いなおしたシュラインは、ねえ、と玲一郎を見上げて、
「お社に、お参りしていきたいんだけど」
 と言った。信心深いですね、と玲一郎が言い、これまた鈴と同じ事を言う、とシュラインは密かに思った。社に感謝と願いをかけて再び参道に戻る。鈴が見つかるまで、とまた一緒に夜店をぶらついていた二人が、聞き覚えのある声に思わず同時に振り返ったのは、丁度お好み焼き屋の前だ。その蓮向かいの奥まった辺りに、見覚えのある少女が屋台を開いている。
「桃は居らんか?美味いぞ、滋養も満点!…ふん、高うはないわ。これをどこの桃と…」
 鈴さん、とシュラインが呟き、玲一郎が深い溜息を吐く。どちらからともなく顔を見合わせると、二人はゆっくりと冷やし桃の屋台に向かって歩き出した。鼓の音がどこからか、聞えてくる。祭はまだ、終わる気配がない。

<虚空から鼓の音 終わり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

<登場NPC>
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)
(天 鈴)

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
『笛の音誘えば』に続いてのご参加、ありがとうございました。ライターのむささびです。
今回は玲一郎と共に、再びまほろの祭を歩いていただきました。お楽しみいただけたなら、良いのですが。輪投げの小鬼がお渡しした言霊の帳面は、霊能力などの無い人にでも使えるアイテムですので、何かの時にお役立ていただければ幸いです。それでは、またお会い出来る事を願いつつ。

むささび。