|
帰り道
玉葱やじゃが芋、人参といった野菜を買ってみる。日持ちがする野菜で、料理のネタに困った時は、とりあえずカレーorシチュー、肉じゃが等を作る事が出来る、なかなか秀逸な組み合わせだ。
さてさて、今日は何を作ろうかな?
スーパーマーケットから出た玖珂・夜月は、街を歩いた。
夕方、八月の太陽は、まだ沈んでいない。サラリーマンが会社を出るには少し早い時間だ。
夕飯の買い物をした後、そんな風に料理のネタを考えながら家路に着くのは、夜月は嫌いでは無かった。
今日も暑いし、カレーでも作ろうかな?暑い時にカレーというのは、科学的にはあまり根拠が無いらしいが、それでも良い気がする。
まあ、家に帰るまでに考えればいいや。あわてる事はない。それにしても、暑いなー。と、夜月家路をのんびりと歩く。
周囲を見渡すと、それでもスーツを着ているサラリーマンをたまに見かける。おそらく帰宅途中なのだろう。クールビズとか、ニュースで言うほど流行しては居ないのかな? …て、ちょっと待て?
とある、スーツを着ているサラリーマンに、夜月は目を止めた。見覚えがある。
「三下さん?」
声をかけた。
「はい?」
人は良いが弱気そうな青年が、振り向いた。やはり、三下忠雄である。
「こんな時間にどうしたの?
まさか…リストラ?」
ついに首になったか・・・
確かに、そういう雰囲気はある人だった。再就職、大丈夫かなーと、夜月は少し心配になった。
「ち、違います。まだ平気です」
「なんだ、違うんだ…
・・・いや、でも、『まだ』って…」
やっぱり大変なのかなー、良い人だと思うんだけど・・・仕事が出来るかは別かもしれないが…
「明日、取材なんですよ」
「ふーん、取材ねー。
…また、変な所に行かされるの?」
「まぁ、色々と…」
三下は、はっきりと答えずに遠くを見つめている。きっと、明日の仕事でも見つめているんだろう。
「が、がんばってね…」
大人は大変だなーと思った。三下は、特に大変なのかもしれないが。
「ところで…」
夜月は、先ほどから気になっていた事がある。
「暑くないの?スーツとか着こんで」
見るからに季節にそぐわないスーツが、先ほどから気になっていた。脱げば良いのになーと、夜月は思う。
「いやー、暑いですけど、仕事ですからね。
夏でもスーツを着てないと、怒るお客さんも居ますから、はは…」
三下は、笑いながらため息をついた。そういう仕草が、よく似合う男である。
「うーん…でも、逆にスーツを着てると変な目で見られる事もあるんじゃない?」
「そ、それもそーですけど、スーツ着てて怒られた事は無いですから…」
「なるほどね。
…でもさ、今日はもう良いんじゃない?
仕事、終わったんでしょ?」
夜月は微笑んだ。
「それも、そうですね。
では、失礼して…と」
三下はスーツの上着を脱いで、手の間に挟んだ。
「でも、やっぱり暑いですね」
少しだけ、三下は涼しげな表情になった。
「ま、夏だもんね」
日が沈むのは、まだ少し先のようだった。
それから、しばらく二人は歩いた。
「じゃ、ここでお別れかな?あたしはあっちだから」
夜月は道路の向こうを指差した。三下とは、ここから方角が違う。
「そうですね。では、さようなら。
…あ、いや、ちょっと待って下さい」
挨拶をして立ち去ろうとした三下は、足を止めて夜月を呼び止めた。
「なに?」
「これ、お返しします。お弁当、おいしかったです」
三下は、水色の布で包んだ弁当箱を夜月に差し出した。
「あ、この前のね。
うん、喜んでもらえて良かったよ」
この前、三下にあげた弁当の空箱だった。喜んでもらえたなら良かったなと、夜月は思った。
「やっと返せましたよ。
今度会ったら返そうと思って、ずっと持ってました…」
「なんだ、こんな安物、別に良いのに」
100円ショップで買ったプラスチックの弁当箱だったが、そういう事は三下には関係無いらしい。三下らしいなーと、夜月は思った。
「じゃあ、僕はこれで」
今度こそ、三下は立ち去ろうとする。
「何か好きなものがあったら、言ってね。
また、作るからさ」
夜月は三下に微笑んだ。三下は、少し恥ずかしげに頷いて、去っていった。
・・・さてと。
夜月も、家路に戻るった。
家に着く頃には、日も沈むだろう。
夕飯、やっぱりカレーにしようかな?
夜月は思いを巡らす…
(完)
|
|
|