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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


□ 殺意の行方 □



+opening+

 夕闇が迫り、夜と昼の境界が交わる人通りの少ない時間帯。
 何処か無気味な景色が空に広がり、得も言われぬ思いが広がる。
 カンカンカン、と音を鳴らし遮断機が下りた。
 線路内には人の姿は無い。
 人の姿が無い代わりに路面から現れたのは、一つの黒い影。
 透けて見えるのは超常現象の類か。
 すぐに思い当たるのは幽霊だ。
 だが、黒い影はただ漂うだけでなく、意志を持ち動いている。
 立ち尽くし、見ていたのはひとりの少女。
 部活帰りなのか、ラケットの入ったバッグを肩にかけている。
 面白くなさそうな表情を浮かべているのは、右足首に巻かれた包帯のせいだろう。
 身動きせずに見ていた少女は、黒い影が良くないモノだと感じ、すぐに踵を返す。
 怪我をした足を引きずりながら、出来るだけ離れようとするが、黒い影は線路内から手を伸ばすようにして、容易に少女を捕らえた。
 周囲に助けを呼ぶが、電車の通過音に遮られ、掻き消される。
 電車が通過し、遮断機が上がる。
 少女は何事も無いように、髪を掻き上げ、乱れた髪を軽く梳き、手鏡で自分の顔を映し確認をする。
 映るのは瞳孔の開いた黒い瞳。
 何処か覚束ない足取りで歩き始めた少女は、自宅ではなく、その足を街へと足を向けた。

 草間興信所に依頼の電話が入ったのは、少女が部活帰りに姿を消して、3日目のこと。
 アトラス編集部の碇麗香からだった。
「街に出没している黒い影に取り憑かれた人間は、死人として操られるみたいよ。少しずつだけど数が増えていってるわ。編集部で分かっていることは報告書に載っているから、三下に持って行かせるわ。根本を調査して報告して頂戴。記事にするから」
「お前なぁ……、俺はそういった怪奇ものは受けないとあれほどいっただろう」
「でも結局受けるんでしょ、依頼。だって、貧乏暇なしっていうじゃない」
「……。」
「受けてくれるのね、報告待ってるわ」
 碇は一方的に電話を切り、内心呟いた。
『馬鹿ねぇ、腕が良いから決まってるじゃないの。……本人の前ではいわないけれど』

 ゴーストネットでも黒い影に囚われた者達を目撃したと掲示板に書き込まれ始めたのも、同時期だった。



+1a+

「あら、どうしたの? 武彦さん。元気がないわね」
 朝、毎日出勤してくる時間と違わずに草間興信所の扉を開けたシュライン・エマは入って真正面奥に座す草間が、机の上に置かれた灰皿を今にも崩れ落ちそうなくらいにし、曇った表情をしているのを見て、何か困った依頼が来たのだと悟った。
 困った事、それは怪奇物の依頼というのが草間の解釈であった。
 別段、依頼をしてくれるお客が居るのだからシュラインとしてはありがたく、どの様な依頼人でも必要だと思い、この草間興信所を訪ねてくれるお客がいるのは、それだけ頼りになるということで嬉しい限りだが、草間は怪奇現象はお呼びではないらしい。
 ハードボイルドになりきるには相当道程が遠いと思うのだが、夢は夢でそっとしておくのも優しさだと思っている。
 額に浮かんだ汗をハンカチで押さえ、団扇代わりにパタパタと扇ぐ。
 扇風機が新しくなって興信所内に緩やかな風を送っている。
「ん、シュラインか」
 草間は灰が落ちそうになった煙草を器用に山のてっぺんへと慣れた仕草で落としつつ、シュラインをこっちへ来いと仕草で呼んだ。
 とことこと素直に草間の隣へと立つと、草間の手に取った書類を覗き込む。
 それは昨日、夜遅くにアトラス編集部の碇麗香から命令されて、三下忠雄が持ってきた書類だった。
「これは……ちょっと大変な依頼内容ね」
 シュラインは書類を受け取り、読み進めると随分と規模が大きく、未だに捜査の手が及んでいない事が奇異に思う。

 そこには彼らが現れるようになったのは3日前。
 大抵は夕方から明け方まで活動し、どの様にしてか仲間を増やし、集団を指揮するリーダーのような存在があり、やがてある一定の人数に達するとそれは分岐し、再び数をあつめ、ねずみ算式に増えていっているらしい。
 集団とはいえ、街中に歩いていても気にならない程度の集団で、6.7人で一グループ。
 服装の乱れも無いことから、外見的には全く違和感がなく、街に紛れていても気づきにくい点があるのだ。
 異変に気付くのはやはり思春期の少年少女で本能的に違和感を感じて、逃げることができ、周囲に情報を流しているのだが、中には面白いと思う者も多く、興味本位で近づく者も多いという。
 アトラスに投稿してきた者は、この事件の詳細を知りたいと好奇心から出してきたのを碇が取り上げたのだ。
 一度、三下を取材に出したのだが、運良く逃げることに成功したのは良いが、肝心の手がかりになるような物は案の定、何も手に出来なかったらしい。

「あぁ、誰に頼もうか考え中だ」
「もちろん、私はその調査員のメンバーに入ってるんでしょうね?」
「危険かも知れんが、メンバーには入れてある」
 本当はこういう危険な依頼には、俺は出したくないんだがな、と小さく呟いたのをシュラインの耳にキッチリと届いていた。
「大丈夫よ、その辺は気をつけるもの。適材適所があるし。私は私の出来ることをするだけ。この子、無事だと良いけれど……」
「ん……? あぁ、そうだな」
 呟きがシュラインに聞かれていたのに気づき、照れ隠しに煙草に火をつけた。
「操る目的は何なのかしら……それに操っていると判断した理由は何なのかも気になるわね」
「どっかの馬鹿が呪術でも使ったか、死人の仕業だろうとは思うが、何分今回のこれは規模が大きいよな」
 シュラインはソファの置かれたローテーブルの上に、バッグの中からノートパソコンを取り出し、ゴーストネットOFFの掲示板へと繋いだ。
 黒い影についての投稿記事がここ数日で増えて、目撃情報も多数書き込まれている。
 目撃場所を地図に印をつけ、その場所に目撃日時も書き込む。
 アトラス編集部からの書類に書かれていた時点のものより、更に拡大しているのが分かる。
 年齢層はまちまちで、街中を徘徊する時間帯は午後5時過ぎから、夜明けまでの時間帯と随分と長いらしい。
 夏休みという時期もあり、夜中に出歩くことの多い高校生が随分と被害に遭っているようで、掲示板にも遠目に見て何とか逃れることの出来た少女が、怖かったことをリアルに書き込んでいた。

『あたしと同じくらいのコが、先頭に立って街を徘徊して、仲間を増やしているの!
女の子だけじゃなく、一緒にいる奴みんな黒い影をのぞかせて、周囲に仲間に出来る奴を捜してる。誰か助けてあげて、でないとみんな食べられちゃう!』

「集団で動いているとなると、この夜明けから夕方の間って何処に潜んでいるのかしら。これだけの人数が動いているとなると、ご家族の方が警察に捜索願いを出し筈だし。人数くらいなら教えてくれるもらえると良いのだけれど」
 と、シュラインは興信所で事件を解決していく内に懇意になった刑事、高柳隆司(たかやなぎ・りゅうじ)に連絡を取り、ここ数日の間に捜索願が出された人数と、男女比、年齢などを聞く。
「今のところの捜索願いは社会人ばかりだな。今の時期は夏休みだし、高校生は夜遊びしてるだろ。2,3日家に帰らなくても親は気にしないらしいな。まぁ、夜中に遊び回ってるんじゃ、捜索願いだされてもすぐには動かんけどな」
「そう、じゃ、これは知ってるかしら」
 いま街中で広がっていることについて知っているのか、依頼内容を簡潔に説明して、警察が把握しているのか聞ければと思ったのだ。
「あぁ、アレは。別機関が捜査権を取っていったらしい。こっちは遺体の回収にあたれといってきてるな。だが、街中での動きは俺達の方が断然上手だから、大体の潜伏場所も掴んでる。今なら向こうより早く動けるとは思うが」
「それは何処?」
「行くのか? 止めはしないが、昼間でも薄暗いから気をつけろよ。最近事故があった踏切近くにある森の奥に居る」
「事故?」
「新聞に載ってた筈だ」
 場所を聞き、地図に別の色で印を付ける。
「そう、調べてみるわ。ありがとう、今度美味しい物差し入れするわ」
「おう、期待して待ってる」
 電話を切ると、草間がむすっとした表情をしていた。
「どうしたの? 武彦さん」
「いや」
 刑事とはいえ、男性と電話しているのを見るのは、気分が良いわけではないのだ。
 首を傾げ、そのことについてはそのままにして、
「高柳さんがいっていた別機関って、武彦さんは何処だと思う?」
「あー、IO2の連中じゃないか? 超常現象の被害を出来るだけ出さずに、一般人の生活を守るのが奴らの仕事だしな。警察も一般人の中に入ってるのが、高柳は嫌でいわなかったんだろうさ」
「大丈夫かしら」
「気にする程でもないだろ。奴らの仕事の邪魔をする訳じゃないからな」
 気楽にいう草間に安心したのか、シュラインは先ほど聞いた踏切近くの森ではなく、踏切を中心に町へと扇状に広がっているのに気付いた。
「ねぇ、武彦さん、これって事故があったっていう踏切で何かあったんじゃないかしら。高柳さんが最近事故があったといってたから、場所で検索してみるわ。大体でも分かれば良いと思うし」
「霊とかそういう奴ってことか、やはり」
「ん、そうかも。これみて」
 草間がシュラインのパソコン画面を覗き込み、詳細が記されているのを読む。
「高井茂樹(たかい・しげき)か……聞いたことあるな。職業がフリージャーナリストって書いてるし、ペンネームは確か、高井茂(たかい・しげる)って名前だ。良い評判を聞いたことは無かったが」
「仕事が上手く行かず、自殺の線が高いとしか書かれてないわね」
 妥当な理由付けで、事故は片づけられているのに少し違和感を覚える。
「気になるわね。一度この場所へ足を運ぶことにするわ。その前に神社の御神酒を頂いていくけれど」
「そうか、じゃ。俺も……」
「駄目。だって、他の調査員達に依頼内容説明して無いでしょ」
「そりゃ、まぁ。現場へ行く前に、神社だけ行って一度戻って来い。一人だと何かあった時対処出来んだろう。誰か一緒に動いた方が良い、こういうのはな」
「そうね……、じゃ、一度戻ってくるわ」
 そういって、シュラインは興信所を出た。



+1bc+

 蝉が朝も早くから仕事を全うすべく、力一杯声をあげ、守崎家の非電源BGMとして提供している。
 蝉の声に対抗するように、ジリリリリ、と草間興信所同様の黒電話の呼び出し音に飛びつき、受話器を取りあげたのは守崎北斗(もりさき・ほくと)だ。
「はいはーい、こちら守崎です」
「北斗か」
 受話器から聞こえた草間の声に、
「なんだ、草間のおっちゃんか」
「おっちゃんじゃないといってるだろう。まぁ、それはいい。ちょっと危険かも知れんが、依頼を受けないか?」
「俺は一二もなく受けるけど、ちょっと待って。兄貴にも聞くから」
 北斗は受話器を置き、台所で洗い物をしている兄、守崎啓斗(もりさき・けいと)を呼ぶ。
「兄貴ー! 武彦が依頼受けてくれっていってるけど、兄貴はどうする?」
 ちょうど洗い物を終えて、濡れた手をタオルで拭きながら、北斗の元にやって来る。
「仕事料をきっちりと払ってくれるのなら問題はない」
「……だ、そうだ」
 受話器向こうの草間へと伝言する北斗に、
「依頼料はまぁ、ちゃんと出るぞ、さすがに。依頼人がアトラスの碇だからな」
「うわ、武彦がちゃんと依頼料について確約するのって初めてじゃねぇ?」
「失礼な奴だな、たまにはあるんだ、たまには」
 自分で言い訳するのが悲しくなったのか草間は、がくりと肩を落とす。
 気を取り直し、草間は先程まで調べていたシュラインの情報結果を二人に伝える。
「シュラ姉は、今どこに行ってるんだ?」
「神社に御神酒貰いに行ってる」
 草間の言葉に安心すると、北斗は、
「俺達一回現場行ってくるわ、その踏切が怪しいもんな」
「気をつけろよ、何かあれば連絡してこい」
「了解ー」
 草間との電話を切る。
「一度踏切へ足を運んで、そのあと興信所へ行くか」
「だな、口頭だけじゃ現場の地図とか分かんないしな」
 二人は浴衣から洋服へと着替えると、色々と必要な物を何処にそれだけの物が隠れているのだろうと思うような品物を隠し持つと、斜めがけに出来るバッグに少し長い物をいれた。
 念の為に戸締まりをして、外に出る。
 戸締まりをせずとも、屋敷内は罠だらけで入ったが最後、外に出ることはできないのだが、罠発動をしたあとの片づけを思うと、キッチリと戸締まりをするのだ。

 事故のあった踏切にやってきた啓斗と北斗は、その場に漂う通常の場に流れる気のようなものが違うことに気付き、少し下がった場所から見る。
「あんまり良い気が流れてないな」
「これじゃ、いつ事故が起こってもおかしくないけど。やっぱりおかしくなったのは、さっき武彦から聞いたフリージャーナリストの高井って奴が原因じゃねぇ? あまり良い噂が聞かないってことはかなりあくどいことしてたんだろうし」
「その男のことをアトラス編集部の碇編集長に聞いてみるか。噂だけでは確証がないからな」
「あぁ、そうかも」
 啓斗が携帯電話を取りだし、編集部へと電話をかける。
 出たのは三下だ。
「編集長ですかぁ? いますよぅ、今かわりますぅ」
 碇に怒られて泣いていたのか、口調が少し舌足らずだ。
 それほどの時間をおかずに、碇へと電話口の人物が変わる。
「どうしたの? 興信所に依頼した件のことよね」
「あぁ、そうだが、高井茂樹という人物について何か知らないか?」
「高井……、あぁ、高井茂ね。表はフリージャーナリストってことで、それなりの著書も何冊かはあるけど、それほど売れているわけではなかったわね。高井が良い噂を聞かないのは、裏で臓器売買の斡旋をしていたからだといわれてるわ。もちろん、非合法よ。顧客は富裕層が多くて、誰もその詳細を知ることの出来た人はいないともっぱらの噂だったけど、最近事故で亡くなったと新聞に載ってたわね。死因があっさりした物だったけど、あんな人物が自殺なんてするとは思えないから、何か裏の仕事でヘマをやらかして、足がつくのを恐れて消されたのが妥当かしら。確証が必要なら、そういうことに詳しい社内の人間に聞くけど?」
「念の為に頼む。何か分かれば草間に連絡しておいてくれ。草間には話しておく」
「わかったわ」
 必要なことだけを話し終わると、啓斗はすぐに電話を切る。
「で、どうだって?」
 今手に入れた高井についての情報を北斗に話す。
「そりゃぁ、恨まれてるほうが多そうだけど、そうじゃないってことは、高井って奴が恨みを抱いたまま成仏出来ずに、恨みを晴らそうとしているのが正解じゃねぇ?」
「だが、肝心の高井を処分した人物のことは分からん。碇編集長が社内の人間に聞いてくれるとはいえ、こういう風に処理をする人間だと、そうそう尻尾を掴ませないだろう。誰か、そういうことに関して調査出来る人間がいればいいんだが」
 啓斗はそういって、先程のことを草間へと連絡を取り、同じように説明する。
 と、
「あぁ、それなら、天薙が何とかしてくれるだろう。こっちに来た時にそのことも頼んでおく」
 草間が請け負い、あとで分かったことを連絡して貰うことにして、電話を切る。
「そういやさ、兄貴、俺気になるんだけど」
「何だ、北斗?」
「この場所にいる高井って奴が原因とするじゃん?」
「あぁ」
「何で生きてる人間を対象にするんだろうな。だってさ、操るなら死人で十分じゃん? 人間より動物の方が、断然操りやすいし、取り込みやすいと思うんだよな」
「そうだな」
「それにさ、単独行動するのは人間だけじゃないし、猫とかあんまり群れないし、野良猫とか多いと思うんだよな。俺だったら、取り憑きにくかったら、別の得物狙うと思うんだけどな」
「常に一定の力で捕まえられるわけではないからな、野生動物の捕食と一緒か。それは一理あるかも知れん」
「たださ、夏だから鮮度の問題で、死体よりは生きているのを、って場合だとかなり嫌なんだけど」
「動物にも気をつけた方がいいかもしれんな。人間程でもないにしろ、黒い影が近づいていたら、分かり難いだろうし」
「取り憑かれた奴らは元に戻らねぇのかな、何か方法あれば良いんだけどな」
「まぁ、今の時点で出来ることをするか。陽が出ている間は出ては来ないわけだから、森に行って夕刻に出てきた時、上手く外へと出ないように罠仕掛けておこうと思うんだが」
「良い考えじゃん、罠設置しに行こうぜ、兄貴」
「ちょっと待て、殺傷力のある物は使わないからな。取り憑かれた人間が元に戻る可能性がないとは言えないから、無闇に傷つけるわけにはいかない」
「あ、じゃぁ、閃光弾くらいにしておく」
「それくらいまでだな、弾は」
 夜間活動するということは、不意の光は有効である可能性があるからだ。
 二人はすぐ側にある森へと足を踏み入れた。

 広がるのは手入れ一つされていない無法状態の森で、足下は雑草が伸び放題になっている。
 ただ、最近踏み入れた者がいるという証拠に、雑草を踏み荒らしたあとがあった。
 そのあとは奥へと続き、先は鬱蒼として光の入らない闇の世界への入り口のようだ。
「どうする、兄貴?」
「何も対抗手段を持たない俺達が入っていって、ミイラ取りがミイラになったんでは意味がない」
「だな、罠だけあちこちに設置して、ひとまず興信所へ行こうぜ、みんな色々と情報集めていると思うし」
 そういうと、ごそごそと家を出てくる時に隠していた物をぼろぼろと出すと、手分けして森のあちこちに罠を設置し始めた。
 原始的な物から、専門的な物まで多種多様な罠だ。
 暫くの時間が必要だったが、やがてそれも設置し終えると、罠の出来に満足し二人は興信所へと向かった。



+1d+

 静寂が支配する天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)が住まう天薙神社は、古よりその場所にあり、撫子は巫女として天薙神社の継承者という立場として、神威を見、霊的存在を見通す神眼を持つ類い希なる能力の持ち主だ。
 巫女として、大学生として忙しく過ごす日々だが、今は夏休みということもあり、草間から連絡が入ったのは、巫女としての朝の仕事を一通り終えた所だった。
 神社の者が電話を受け、普段身に纏うしっとりとした色彩の和服に着替えを済ませた撫子の和室へと内線を繋ぐ。
「草間興信所の草間武彦様からお電話です」
「有り難う御座います」
 丁寧に礼をいい、受話器を取り、外線を繋いで草間からの電話に出る。
「どうかなさいましたか、草間様」
「あぁ、ちょいと厄介な仕事なんだが、天薙に手伝って欲しい」
 随分と待たされたが、別段気にすることもなく草間は話し始めた。
「もちろん引き受けさせて頂きます」
「助かった。実は他の調査員から調べて欲しいと頼まれたのがあったんだが、何分アトラスでも分からんと思ってな。悪いと思うんだが、天薙の名を借りて調べて欲しいんだ」
「それは構いませんが、何でしょう?」
「この件の発端になったと思われる高井茂樹、ジャーナリストとしての名は高井茂なんだが、この男はどうやら非合法の臓器販売の斡旋をしていたらしい。既に死亡しているんだが、どうも死因が怪しい。元もと富裕層からの臓器御用達みたいなことをしていたらしんだが、詳しいことがわからなくてな」
「そういうことでしたら、すぐに調べられると思いますわ。あとはわたくしが気になることを調査して、そちらにお伺いしますが、他に何か御座いますか?」
「そうだな、霊的な存在に対処する可能性が高いから、その用意をしてきてくれるとありがたい」
「わかりました、では後ほど興信所にお伺いします」
 草間が受話器を置いたのを確認して、撫子もゆっくりと受話器を置く。
 内線で祖父の部屋へと繋ぎ、祖父付きの者が受けるのを、
「お祖父様にお繋ぎして貰えますか」
「暫くお待ち下さい」
 祖父に伺いを立てているのだろう、忙しい祖父であるから、その辺は分かっている。
「おでになるそうです」
「はい」
 暫くして、低く威厳に満ちた声が聞こえてきた。
「どうしたのかね、撫子」
 全てを包み込む安心感のある祖父の声に預けるように、
「お祖父様の名をお借りして、調べたいことがあるのです。伝手を頼りに調べることになると思いますので、お許しを頂いてからと思いまして」
「律儀な娘だ。その辺りは好きにするが良い。天薙の名に相応しい振る舞いをいつも忘れない様にな」
「はい、お祖父様」
 久方ぶりに祖父と話を出来たことを嬉しく思い、一時の家族の幸せを胸に納めると草間に頼まれたことを調べ始める。
 再び受話器を取るが、内線ではなく外線でとある場所へ。
「撫子です。今からお伝えすることについて調べて頂けますか。……えぇ、そうです。できれば早急に。わたくしは今から出かけますので、携帯電話の方に連絡を頂けますか。お手数をかけますが、宜しくお願いします」
 草間興信所へと先に足を運ぶことを考えていたが、草間の先ほどの状況下では昼間には動きがないのなら、黒い影が発生している場所、草間は踏切の方だといっていたが、その場所を一時的にしろ黒い影、霊的存在が追って出てくることの出来ないようにせき止めておけば、今日の所は出てくることを阻止出来るのではないだろうか。
 既に、徘徊している者達に関しては個別に対処するなり、取り憑いたものを排除または、浄化することになるが、根元が外にでて威力が増すよりは断然良いはずだ。
 そう考えた撫子は、草間に連絡を取った。

 刀袋に『神斬』を収め、美しい艶を見せる黒髪に妖斬鋼糸を忍ばせ、たおやかな外見からは計れない数々の得物をおさめ身支度を完了した。
 ちょうど出かける間際に、先ほど草間から頼まれていた内容について早々に連絡が入る。
 軽やかなクラシックの着信音を鳴らす携帯を鞄から取りだし受ける。
「撫子です。ご苦労様です。それで、先ほどのことですが、どの様な内情でしたか」
「えぇ、調べるのに少し妨害が入りましたが、抵抗という程ではありませんでした。高井茂樹のことですが、死亡する前に警察に逮捕されて、保釈金を何者かに代替わりしてもらうことで釈放されています。そのあとすぐに、踏切での事故が原因で死亡していますが、これは仕組まれた死でしょう。臓器売買での逮捕ですが、簡単に釈放されたのは、その何者か、調査で塚口家が関与していることがわかったのですが、塚口家当主の塚口啓治(つかぐち・けいじ)の長男の臓器移植に高井の手を借りたようです。今は長男の病状は安定して塚口家に戻っていますが、手術のことに関して病院関係者の口を塞ぐことをしなかった為に、臓器売買のことが警察に漏れ高井に手が及んだようです。塚口家の名が出なかったのは手術時には名前を偽名で行った為と思われます。高井の口から漏れることを恐れた塚口家当主は保釈金と警察上層部へと手を回し、今回の件を揉み消した様です。高井の死に関しては警察が関与しているわけではないですが、呪術専門家の御影家に頼んだ形跡があります。最近、接触をした様です。どの様な呪術を使ったのかまでは不明ですが、暗示という簡単なものだとは思いますが、元々事故の多い場所ですから既に場が形成されていた可能性が高く、呪術の発動により高井を中心として被害が広がっていると思われます。今この件に関して動いているのはIO2になりますが、表沙汰にしない方向で動いているようですから、いずれにしろ塚口家には手が届かないでしょう」
「そうですか、ご報告有り難う御座います」
 御影家ですか、と呟くと、天薙家とは相反する呪術を好んで使う一族のことを思い出す。
 今は迂闊にも場の形成された場所で呪術を使うことによって広がった被害をどうにかすることが先決だと、撫子は刀袋を手にすると神社を後にした。

 踏切へとつくと、その場だけではなく周囲全てが、歪められた場のせいで空間自体が歪みが生じているのが、撫子の龍晶眼に映る。
 普通の眼では見ることの出来ないものも、龍晶眼では全ての事象を見通すことが出来る。
「これでは、何が起こっても仕方ないですね……。一時的な措置ですが、妖斬鋼糸で踏切内に結界をつくり、踏切内外を全て浄化しましょう」
 元々人通りの少ない場所なのか、撫子が訪れた時も誰一人と姿が見えない。
 勘の良い人は、この場所は何かあると気付いて近づかないのかも知れない。
 素早く完成させると、辺りは清浄な気に満たされ、歪んでいた場は正常値へと戻された。
 残るのは踏切内にある黒い影のみ。
 踏切内に凝っている黒い影は単体ではなく、別の何かを取り込んで複数になっているのは何でしょうと、更に元凶を辿っていく。

 すぐに見えるのは高井の魂。
 そこにあるのは恨みだけで、既に個としての存在の欠片もなく、闇に染まり自分以外の誰かの犠牲を望む意志のみが感じられる。
 御影家の呪術で、望まぬ死を与えられた高井に取っては、元々数々の事故で亡くなった犠牲者により、場が形成されており、その場に高井という生前既に闇に支配されている魂が加わることで、変質してしまったようだった。
 意志が既に一方向に向かい、高井以外の魂は高井に食われてしまっている。

 消滅させることは容易かったが、高井の手というべき黒い影は大勢の人間に取り憑いて被害を拡大させている。
 根本と一緒に浄化するのが一番だと思うのだが、それを行うには他の調査員の手が必要だった。
 一仕事を終え、撫子は興信所へと足を運ぶ。
 途中、涼を感じさせる葛菓子を購入して。



+1e+

「こんにちは」
 草間興信所を訪れた十ヶ崎正(じゅうがさき・ただし)は、この暑い中キッチリと夏向きのスーツ身に纏い、お土産を手にして現れた。
 品の良さを感じさせる姿形に、知的な容貌。
 胸ポケットから覗く黒い手帳に律儀さが伺える。
「良い所に来たな。と、いうわけで依頼受けてくれ。ちょうど連絡を取ろうと思ってところだったんだ」
 いきなりですね、と呟き、
「どのような依頼ですか?」
 どうぞ、と草間にお土産の紅茶の葉が入った缶を手渡し、ソファへと座る。
 すまん、とありがたく受け取り、後でシュラインに入れて貰おうと草間は思う。
「これなんだが」
 と、向かいのソファに草間が座り、先ほどシュラインに見せていたアトラス編集部から三下が持ってきた書類と、印の付けてある地図を照らし合わせるようにして、説明を始めていく。
「うーん、この最初に被害にあった少女、気になるんですけど。でも顔が分からないんじゃ捜索のしょうがないですよね」
「あ? あぁ、その辺は瀬名雫に頼むか。投稿を呼びかけて雫にメールで投稿して貰ったのをこっちに転送して貰えばいけるんじゃないか」
「そうですね、草間さんお願いします」
「俺がやるのか、まぁ、いい。今の時間ならゴーストネットに居るだろうしな。連絡する」
 黒電話の受話器片手に、使い古されたアドレス帳を見つつ、雫に連絡を取る。
「よう、雫か。ここのところ書き込みの多い、黒い影の件についてなんだが、少女の姿を収めた写真手に入らないか? 携帯電話で撮影したやつとか居そうだと思うんだが、捜索の為に必要なんだ」
「武彦ちゃんの頼みだから、聞いてあげる。ちょっと待ってね、すぐだから。昨日に投稿して保存した画像あるの。ただ、顔が映ってたし、画像の処理されてなかったから降ろしたんだ」
「さすがだな」
「褒めてねー! はいっ、とあったあった。あ、でも武彦ちゃん、携帯電話持ってないでしょ? どうするのー?」
「しまった。おい、十ヶ崎の携帯メールアドレスを雫にいうから、メモに書いてくれ」
「はい」
 素早く胸ポケットに収められた黒い手帳を取りだし、内ポケットからは細身の手帳用のペンを取り出し、綺麗な字で書いていく。
「これです」
 手帳を差しだし、草間に見せる。
「いうぞ?」
「うん、いいよー」
 間違えずに雫に伝えると、すぐに正の携帯電話に着信が入る。
 ポケットから取りだし、開いてみると、少女の姿が映っていた。
 顔色が悪いのは死人の為だろうか。
 いやいや、と首を振り、生きている可能性も捨てきれないのだから、と悪い考えを追い払う。
「ちゃんとこちらに届きました。有り難う御座います」
 草間にも見せ、確認をする。
「あぁ、ちゃんとついた。助かった」
「調査頑張ってねー!」
「何で知ってるんだ」
「だって、麗香ちゃんいってたもん。武彦ちゃんにお願いしたって」
「そうか。まぁ、頑張るよ」
 相変わらずちゃん付け……と、ちょっと疲労した気分になりつつ、雫との電話を切ると、
「その写真、後で他の調査員に見せてやってくれ」
「はい、もちろんです」
 作成されたリストを覗き込み、年齢的には学生が多いことに気付く。
「学生が多いのは、やはり夜中に遊んで出かけている人が多いからでしょうか」
 む、と正は夜中に出かけることに対して、良い印象を抱いては居ない。
 なぜなら、庇護の必要な年齢の時期に、敢えて夜間に外出するのは危険な場所へと向かう行為にしか見えないからだ。
「取り憑かれた人達は元に戻るんでしょうか……」
「戻ることを考えて動いているわけだからな、その辺は」
「最初の目撃場所でこの少女のことについて聞き込みをしてきます。地図をみたら、それほど時間かかりそうじゃないですし、すぐに戻ります」
「あぁ、わかった。他の調査員が戻ってきたら連絡を入れる」
 草間は正の携帯電話番号を聞くと、アドレス帳に書き留める。
 正は興信所を後にして、調査に出た。

 程なく辿り着き、少女と同年代と思われる子達に声をかける。
「少し聞きたいことがあるのですが、大丈夫でしょうか」
「なーにー? お兄さん」
 乗らない感じの声だったが途中振り返り、正の容姿を眼にするところっと態度が変わる。
 イングランド系のクォーターである為に色素が薄く、日本人離れした整った容姿をしている為、少女達の心を捕らえるのは容易い。
 正本人は、全くそのことについては気付いないが。
 親切に話を聞いてくれる少女だと思っているのだ。
「この少女を捜しているのですが、見かけたことはないですか?」
 携帯電話の画面に少女を映し出すと、ここぞとばかりに正の周りに張り付いて携帯画面を覗き込む。
 腕に触れたりもしているのに気付いたが、何か話してくれるのならばと黙って返事を待つ。
「この制服、千波学園の制服だねー。可愛いって有名だもん」
「あ、見たことある。この子、テニスの大会に出てたし。目的は別の人だったけど、覚えてる。夏の大会欠場って聞いたけど」
「名前分かるかな」
「名前、なんていうんだっけ……。ちょっと待って、思い出すから。あー、あ何だっけ。そうそう! 阿久津里沙(あくつ・りさ)よ。阿久津里沙。帰国子女ってテニス雑誌に。両親は海外で、一人日本で頑張ってるって」
「一人暮らし……」
 それでは捜索願いが出ているとは思えない。
「有り難う御座います。とても助かりました」
 にっこりと笑みを浮かべ、少女達と別れると正は黒い手帳にメモを書き留めた。

 千波学園に一度連絡を取った方が良いと考え、途中、公衆電話を探す。
 すぐにコンビニエンスストアを見つけ、硝子張りの表に煙草の自動販売機の隣に設置された公衆電話。
 歩み寄り、公衆電話の下にある電話帳スペースに眼を向ける。
 電話帳に用があったのだ。
 千波学園の電話番号を調べる為だ。
 すぐに見つかった学園の電話番号を念の為にメモし、その場で公衆電話を使い電話する。
 夏休みで職員が居ない可能性もあるが、数人はでていると考えてのことだ。
『はい、千波学園です』
「こちら草間興信所の調査員、十ヶ崎正と申しますが、そちらの生徒の阿久津里沙さんのことについてお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか」
「え、あぁ、はい。差し障りのないことでしたら」
「阿久津さんはテニス部の部員だとお聞きしましたが、ここ数日部活動には参加されていますか?」
「いえ、テニス部は夏の大会の最中で、大会に出ない部員も全て応援に行ってますので、テニス部員は2日前から学校には来ていません。阿久津は怪我で今回大会欠場ですから、自宅待機の筈ですが」
「そうですか、ありがとう御座いました。失礼します」
 自宅待機の筈なのに、外で目撃されているのは間違いなく里沙本人だろう。
 詳しいことは学校側にいうのは僕の仕事ではないし、それは警察の仕事だと思う。
 少し、心に重く感じるのをそのままに、正は草間興信所へと足を向けた。



+2abcde+

 調査員が全て揃ったのはちょうど昼時だった。
 軽く食べられるものをということで、正が持ってきた紅茶を飲み物にしてアイスティに。
 撫子が持ってきた葛菓子は食後のデザートに。
 メインの食事はサンドウィッチということにし、シュラインと撫子が料理番に。
 北斗と啓斗は出来上がった料理の運び役。
 草間は料理の完成をいつもの定位置座り、煙草の煙を立ち上らせている。
 ソファに座り、姿勢正しく座っている正は手に入れた画像を皆の携帯電話に送信している。

 やがて、食事が終わり、デザートの大半を食べ終わった後に自然と報告会といった様相になっていく。
「御神酒を貰ってきたけれど、浄化のできる撫子さんがいるから安心ね」
 御神酒は自身の為に使うことにしようと考える。
「俺達は昼間、潜んでいるらしい森の出口付近に罠張ってきた。奥に行こうかと思ったんだけどさ、すっごく鬱蒼としてて、暗さが関係あって、森の奥で蠢いてミイラ取りがミイラになるのは、さすがに勘弁かなーと思ってさ」
「それは正解でした」
 撫子が先ほど見てきた踏切内の黒い影の特性を見抜いており、夜間行動することから、光を厭っているのだと説明する。
 闇の染まった存在にとって、浄化の役割を果たしている太陽の光は彼らにとって害になるのだけなのだ。
「問題は、取り憑かれた人達の後のケアだと思います。人数が多ければ病院に収容するにも限界がありますし」
 そのあたりをどうやって対処するべきか正は悩んでいた。
「そうよね、それに原因は解決した後じゃ分からないと思うし」
 同じくシュラインも溜息をつく。
「最初の犠牲者だと思われる阿久津さんは無事でしょうか。他の方達ももちろん心配ですが」
 その辺りの対処、即ち取り憑かれていても、元の生活に戻れる可能性があるのならば、もどしてあげたいと思うのだ。
 黙って聞いていた草間が口を開いた。
「そのことだが、IO2には悪いと思うが、押しつけようと思う。夕刻閉じこめている奴らを解放又は浄化したあと、俺達では人数が多すぎてそこまで手が回らんし、何より救済は俺達の仕事じゃぁない。調査の究明が依頼内容だからな」
「えっ、ちょっと武彦さん」
「そんなんやっちゃっていいわけ?」
「草間が良いというなら、それも一つの手だと思うが」
「皆様が良いと仰るのでしたら、わたくしは構いません」
「僕もきちんと面倒をみてくれるのでしたら、構わないと思います。僕たちでは手が足りていないのは確かですから」
「反対がなければ、撤収するときに俺が連絡を入れるが。あぁ、もちろん公衆電話からな」
 草間がにたりと笑うと、それが作戦開始になった。

 夕刻。
 踏切に妖斬鋼糸の結界内に閉じこめられた、黒い影、高井が蠢きはじめるのにはそうは掛からなかった。
 人型の、文字通り黒い影は、光を通さない闇色だ。
 陽が落ちる前に動き始めたのは、ここ数日で取り憑くことで力が増強されて、光に対する耐性がついてきているのかも知れない。
 早くの対処が出来たことを良かったと思うべきだろう。
 相変わらず人通りの無い場所だ。
 撫子は冷静にその光景を見つめ踏切の外に佇み、携帯電話で連絡を取る。
 森側にいる正と北斗、シュラインに動きを報告して貰い、動き始めたら、踏切側にいる撫子と啓斗、草間が森側へと撫子が妖斬鋼糸の結界を維持しつつ、啓斗が開けた常世の門を森側へと繋ぎ、移動する手筈だ。
 常世の門を渡る方法を三人は先に聞いていた。
 草間はシュラインから分けて貰った御神酒を撫子が移動した後の踏切内に撒いて、一緒に移動することになっている。
「出てきたわ。距離は30メートルくらい。罠が未だ作動してないから」
 森の入り口に立つシュラインが撫子に伝える。
 正は、その特性からシュラインより少し中に踏みいって、霊的存在から三人を守っている。
 北斗は常世の門を閉じる為に更に入り口に佇んで、踏切側にいる三人を待っている。
 森に設置した罠の数々は森に到着したあと、北斗がシュラインと正に説明してある。
 不意に作動して驚かれると、森の奥にいる彼らに気付かれたりする場合があるからだ。
 何より、閃光弾の光に自分たちも巻き込まれていては動きが取れない。

 先頭にいる男性が閃光弾の罠に引っかかり、連鎖して作動した閃光弾が森入り口周辺を照らす。
「今よ、撫子さん開始して」
「わかりました、始めます」
 撫子の応答を聞き、啓斗は常世の門を開き、撫子の維持する妖斬鋼糸の結界ごと、門の中へと移動させる。
 追って草間が御神酒を撒き、浄化し、痕跡を消す。
 最後に啓斗が後を追い、向こうにいる北斗を目印に向かう。
 数瞬の間で森側へと渡り終えた三人を確認した北斗は、常世の門を感覚に委ねて閉じた。
 正は霊的存在に対処する術を持たない者達を自身の範囲へと取り込み、黒い影をはね除ける。
 シュラインは周囲に残った御神酒を撒いた。
 前面に立つのは撫子。
 龍晶眼で全てを視界内に収め、森から来る者達と黒い影を浄化し始める。
 浄化の力に押されて黒い影は、取り憑いている者達へと伸ばしていた端末を自身の本体へと戻し始める。
 それをじっと冷静に見ていた撫子は、刀袋より取り出してあった、御神刀の神斬を鞘から刀身を引き抜く。
「仕方ありません。浄化ででも効果の無い悪意は、後々今回のようなことを引き起こすでしょうから」
 神斬を構え、黒い影だけを斬るように、狙いを定め斜めに振り下ろす。
 離れていてもその力は黒い影へと影響を及ぼし、動きを一時的に止めその黒い闇に一条の光を刻み、霧散した。
「終わりました、皆様」
 撫子が背後にいる仲間へと振り向き、刀身を鞘に収める。
「ご苦労様、撫子さん」
 シュラインは撫子に労いの言葉をかける。
「動きを止めたな」
「黒い影が消えたからだわ」
「このままにしておくんだろ?」
「出来るだけ早く撤収して、彼らの保護をIO2にお願いしましょう」
「武彦さんよろしくね」
 眺めていた草間が、少し苦手そうな表情を浮かべたのは気のせいではないだろう。
 シュラインは、どうかしたのかしらと思いつつも、急ぎ足で皆と共に森から去った。



+ending+

 後日。
 アトラス編集部から依頼料が振り込まれ、草間興信所の財政が一時的に潤うも、今回は危険手当あるということで、いつもより多めに貰うことができたのだが。
 だが。
「おい、お前ら、報酬食べ物で良いっていったから出前取っても良いとはいったがな、頼みすぎだろう、どう見ても!」
 草間が文句をいっているのは北斗と啓斗だ。
 苦笑しながら、シュラインは二人に麦茶を出す。
「ありがと、シュラ姉」
「頂く」
「まぁ、これは二人の食欲をあれだけ知ってるのに、うっかり頷いた武彦さんの負けよね」
 二人の食欲に驚いて言葉も出ないのは撫子だ。
「よく、それだけお腹に入りますね」
 正は、感心するというより身体構造が気になるのか、二人の特に北斗の方を見ている。
「食べ物でいいといったのは北斗だけだ。俺は違う」
 どうみても北斗が食べきれる量だし、と呟き。
「ぐぐぐ」
 草間は予想より遙かに食べ進める北斗の食事量に何もいえなくなる。
「ま、まぁ、それは置いておいてだ」
 草間は自身を落ちつかせるべく、北斗の目の前に広がる平らげられた器を視界から外し、IO2に任せた人達のことを話し始めた。

 回収が終わった後、日にちをおいて草間はIO2に連絡を取った。
 詳細は省くが、散々いわれたらしい。
 阿久津里沙以外の人間は全て助かったと確認出来た。
 阿久津は最初の犠牲者であり、高井に直接接触されたのがいけなかったのだろう、既に身体は死んでいた。
 夏という季節柄、腐敗が進んで居なかったのは高井に取り込まれ、既に存在としての意味が変質していたのだ。
 街に出てきていたのは高井にコントロールされた阿久津がアンテナとなり、仲間を増やしていたのが助かった理由の一つだろう。
 助かった人達は若干疲労していたが、2日程で退院出来たらしい。
 救助した時には既に取り込まれた記憶が無く、集団で異臭が発生した現場で意識を失った所を救助したことなった。
 阿久津に関しては、そのまま異臭騒ぎで運悪く拒否反応を起こし、亡くなったと、海外に住む両親に連絡を取って、埋葬も済ませたらしかった。
 真実を伝えることに何も意味の持たない人達には、偽りの嘘で納得するのなら良いだろうと。
 今回のことで草間は撫子に聞いていた、御影家のことについてちゃっかりとIO2に報告をした。
 告げ口は趣味じゃないが、被害が拡大するのはさすがに許容できなかったのだ。

 アトラス編集部は、名前や地名は偽名にし、起こったことを興味を持ちやすいように虚偽を織り交ぜて記事にしたらしい。
 碇が「やっぱりちゃんと出来るじゃない」と、呟いたとか呟かなかったとか。

 ゴーストネットOFFの掲示板では月刊アトラスが発売された時には、一時的にではあるが、過ぎ去った事件のことについて盛り上がったとのことだった。

「ま、今回は俺は働いた」
 草間が労働をしたのに対して威張っていたらしい、一日だけだが。
 三日天下もないのが草間である。



Ende



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【受注順】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【3419/十ヶ崎・正/男性/27歳/美術館オーナー兼仲介業】

【公式NPC】
【NPC/草間・武彦】
【NPC/碇・麗香】
【NPC/三下・忠雄】
【NPC/IO2の人達】
【NPC/瀬名・雫】

【NPC】
【NPC/高井・茂樹/男性/35歳/表:フリージャーナリスト・裏:臓器売買斡旋】
【NPC/阿久津・里沙/女性/17歳/千波学園高校2年生/最初の被害者】
【NPC/高柳・隆司/男性/36歳/刑事/色々と詳しいらしい】
【NPC/塚口・啓治/男性/47歳/塚口家当主/高井の抹消を行った】
【NPC/御影家/?/?/天薙家とは相反する呪術を行うことで知られた家名】

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■         ライター通信          ■
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初めましてのPC様、再び再会できたPC様、こんばんは。
竜城英理と申します。

シリアスで少し怖い感じのノベルになっていたら良いなぁ、と思いつつ書かせていただきました。
文章は皆様共通になっています。
皆様が各自違った調査視点をお持ちでしたので、個別OPでのスタートになっていますが、流れとしては収束していく風になっていましたので。
今回、浄化能力のある撫子さまがおられましたので、犠牲者は阿久津里沙だけで済みました。
では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。

>シュライン・エマさま
再びのご参加ありがとう御座いました。
気付いた点をことごとく言い当てられておりましたので、随分と最初から判明しましたので、助かりました。
お気に召したら、幸いです。