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<東京怪談・PCゲームノベル>


霹靂祭り


 晴れ渡る空に突然と轟く雷鳴。
 暗雲などどこにも見当たらないのに、ただ雷鳴だけが響く。
 それを青天の霹靂という。



 ある夏の晴れた日。
 何時もよりも茹だる様な気温の中、仕方なくも外へと出かける。
 なぜこの日家から出たのかは、分からない。
 こんな暑いだけの日に、ありえない気まぐれ。
 それは、何かに呼ばれたような気がしたから?

 真っ青な空の下、突然の雷鳴が鳴り響く。

(――落ちた!?)

 それは遠い空の下、遠くに響いていたと思っていた雷鳴。なのに、なぜか全てを包むような白に包み込まれた。
 はっと光が止み、恐る恐る瞳を開けてみれば、見ず知らずの土地。
 顔を上げれば、やけに空が遠い。
 不思議に思い、田んぼの用水路に溜まる水に姿を映してみれば―――子供の姿になっていた。



 【□】


 ただその場で立ち尽くし、伏見・夜刀は少々ぼーっとした目線を尚更深める。
 実質ここはどこなのだろうと視線を廻らせているのだが、いかんせん知らない場所に居るという危機感が感じられない。
 ぱっと見、ただ立っているように見える夜刀だが、思考に行動がついていかないだけで、今現在この状況を理解しようと思考はフル回転していた。
 とりあえず、元々190cm近いはずの身長が、少し縮んでいる。何歳の時に成長期が来て一気に伸びたのか考えてみるが、中学生くらいの時は平均値よりは多少高い程度だったように思わなくもない。
 何と言うか一見して分かる変化は少ないものの、顔つきは多少幼くなっており、長身によって女性に間違われる事のなかった自分だが、今なら簡単に他人を騙せそうである。
 いや、人を騙したいわけではないのでそれはいいとして、改めて現在の自分を確認するように視線を落としてみれば、自分の服装は浴衣。
 最近女性に流行の浴衣だが、男性までも普段に着てしまうような流行があったようには思えない。いや、それ以前に自分が若返っているのだから、ここは元々の世界ではないのだろう。
 したらば何故このような世界が存在しているのか。
 夜刀はそこでやっとぐるりと顔と体を回転させるようにして辺りを見回した。
「……お祭り、ですか」
 今現在立っている位置からまっすぐ進めば、そのままお祭りの中へと突入できそうである。
 夜刀は今度は体を逆に向けてお祭りに背を向けてみるが、視線の先には田園風景が広がっているだけで人の気配を感じる事は出来なかった。
 お祭りが開催されているのだし、この場所の人々がお祭りに行ってしまっている可能性は往々にしてありえる。
 ならば、疑問を解決する為には、できるだけ人の多い場所へ向う方が適切だろう。
 夜刀は踵を返し、ゆっくりとお祭りへと近づく。
 顔を少し動かしてお祭りを見れば、霹靂祭りと毛筆でプリントされたのぼりが至る所に立てかけられていた。
 どうやら“霹靂祭り”がこのお祭りの名前らしい。
 そういえば――…
 と、夜刀は口元に手を当てて、考え込むように少し俯く。
 この場所に突然立ち尽くす前、大きな雷鳴を聞いたような気がする。
 あの雷がこの場所へと通じる鍵だったのだろうか。
 そう考えると、やはりどうしてこの場所が存在しているのかが1番気にかかる。
 夜刀は顔を上げるとお祭りの端っこから、その中へと足を踏み入れ、その瞬間驚きに瞳を大きくした。
「…動物?」
 まったく人間との変化もなく、笑い喋り歩いている動物たち。
 祭りの中を見回してみれば、ここはそんな動物たちばかりが跋扈して、自分と同じ人間を見つけることは出来なかった。
 笑うと言う事は言葉は通じるのだろう。
 夜刀は取りあえず胸の中で1番幅を占めている疑問を解決すべく、焼きそばと書かれた屋台へと近づいた。
「…すいません」
 少々控えめに店員に声をかける。
 夜刀の姿を確認して笑うように瞳を細めた鹿は、鉄板の上の焼きそばをへらでひっくり返して、
「はいはい。ソース? 醤油?」
 と、問い掛ける。
 見つめた手先は毛並みはあるものの人間とさして変わらないらしいと考えつつ、夜刀は「…いや」と口を開く。
 ジュウジュウと音を立てる焼きそばの音で掻き消えそうな声を、人間の聴覚より何倍も鋭い動物の聴覚で聞き取り、鹿の店員は首をかしげる。
「……この、世界の事を聞きたいんです」
 鹿の店員は夜刀の質問にきょとんとしたような雰囲気をかもし出し、パックに出来たばかりの焼きそばを詰めながら、にっこり笑ってゴムでパックの蓋を止め、割り箸をはさんだ焼きそばを夜刀に差し出しながら答える。
「世界って程広い場所じゃないよ。ここはただの村だしね」
「あ……いえ、そういう事ではなく」
 夜刀が聞きたいのは村の広さではなく、この世界の存在理由と成り立ちだ。
「うちの焼きそばは美味しいよ〜」
 質問を誤魔化そうとしているわけではなく、単純に焼きそばを食べて欲しいとそのオーラが語っている。
「…あ、ありがとう」
 そんな満面笑顔の鹿の店員の勢いに負けて、夜刀は焼きそばを受け取ってしまった。
 パックを持つ両手に熱を伝える焼きそばを見下ろして、何かに気がついたかのようにはっと顔を上げると、鹿の店員さんは同じ動物のお客さんの相手をして忙しそうにしていた。
「……代金」
 夜刀はぼそっと小さく呟き、お金を請求されなかった事に首を傾げつつ、このお祭りの屋台はお金がいらないのだろうかと考える。
 もう鹿の店員に声をかけることは夜刀には憚られ、次の屋台の店員に声をかけようかと考えるが、もしお金が要らないということで声をかけた側から何か(特に食べ物)を貰ってしまっては消費ができない。
 これはまだ仮説の段階だが、実際実証してみるほど自分の胃袋は大きくないと判断して、夜刀は取りあえず店員ではない人か動物に声をかけようと辺りを見回した。
「ヤっく〜ん!」
 突然声とともにがばっと後ろから抱きつかれ、手にもっていた焼きそばが一瞬宙に浮く。
 いったい誰だ? と、内心怪訝そうに振り返ると、そこには誰も居ない。
 次にその場所から視線を落とせば、10歳ほどのおかっぱ頭の女の子が夜刀を見上げて微笑んでいた。
 “ヤっくん”と口にして自分にタックルかけているのだから、その呼び名は間違いなく自分のことなのだろう。
「……きみは?」
 他にも人間が居たんだと漠然と考え、この見ず知らずの女の子に言葉を返す。
「ヤっくん、ぼーっとしてるけど、ぼーっとしたまま記憶もとんでっちゃったの?」
 夜刀に引っ付いたまま、可愛らしく小首をかしげてきょとんと口を開くが、さりげなく酷い事を言われているような気がしなくもない。
「…いえ、記憶力はいい方だと思います」
 ちょっと特殊な家庭事情と職業を持っている手前、覚える事は山ほどあったから、記憶力には多少の自信がある。
 しかし、女の子はそんな夜刀の言葉に、ぐいっと浴衣を引っ張って夜刀の顔を近づけると、確認するようにその瞳を覗き込んだ。
「じゃぁ私の名前分かるよね?」
 一気に距離の近くなった女の子の視線を間近で受け止めながらも、答えを導き出す為の口は開かない。
「…………」
 夜刀にとってはいくら忘れてると言われても、覚えがないのだから答えようがないのだ。
 口篭ってしまった夜刀を見上げて、女の子はすねるように頬を膨らませる。
「ほらーヤっくん、やっぱり忘れてる〜」
 ここは適当な名前を答えても女の子はさらにすねるだけだろう。小さくても女性心理は難しい物である。
 しかし夜刀に取っては同じ人間が目の前に現れてくれた事で、聞きたいと思っていた疑問を口に出来るし、自分と同じような境遇だとしたら、協力者になりえるかもしれない。
 現状打破の1番の解決は、多分……
「…すいません」
「よろしい」
 女の子はぱっと手を離して、満足したように腰に手を当てて勝ち誇った笑いを浮かべる。
「白楽の名前今度忘れたら、ヤっくん吊るし上げね!」
「…………」
 びしっと指を差されて宣言されるが、やはりさり気に恐い事を言われているような気がするのは気のせいか。
 和解をした所で、夜刀は本題へ入ろうと薄く口を開く。
「…白楽さんは―――…」
 しかし、そこまで言葉を発して、その先が言葉にならなかった。
「どうしたの?」
 白楽は首をかしげて夜刀を見上げるし、夜刀は不意に忘れてしまった何かを思い出そうと眉根を寄せる。
 何かをどうしても聞きたかったはずなのだ。
 瞳を瞬かせて自分を見つめる白楽の視線に向けて、ごめんと小さく言葉を発して背を向ける。
 あれほど不思議だと感じていた疑問が消えてしまって、心の中には不思議を感じた感覚だけが残っている。
 それが思い出せないのなら、順を追って考え直せばいい。
 どこまで遡るべきだろうかと考えるが、手近な部分から思い返してみよう。

Q.どうして自分は今浴衣を着ているのか。
A.いや、お祭りなのだから浴衣である事に対してなんら違和感はない。

 違う。そうではなくて、問題は自分が“若返って”浴衣を着ていると言う事実だ。
 考えを思い返すたびに、何か1つ要点を落としているような気がして、夜刀は考えを深めるように眉根を寄せる。
 この村に来る前に聞いた、晴れた空に不似合いな程の大きな雷鳴。
 その音によって、自分はこの世界に呼び込まれたような気がする。
 次に1番最初にこの手の中の焼きそばの店員に自分は何かを聞いたはずだ。しかし、その質問がなんだったのか思い出せない。
 それはまるで、何らかの力がこの村の事を気にかける事をさせないかのように、夜刀の頭の中から消え去っていた。
 忘れた疑問を疑問に思いながら、夜刀は首をかしげる。
 これはつまり記憶が曖昧になっていると言う事だろうか。
 曖昧になった記憶が完全に消えてしまったらどうなるのだろう。不安になるのだろうか? それとも、この村に溶け込んでしまってそれさえも感じなくなるのだろうか。
 お祭りは確かに楽しそうだが、それが自主的に赴いたお祭りなら存分に楽しんだだろうに、今回は純粋にお祭りを楽しめるような場合ではない。
 もしこのまま帰れなかったら自分はどうなる? いやそれ以前に、家事全般を行っている自分がいなくなったら師匠たちが飢え死にしたりはしないだろうか。
 自分が引き取られる前は多分家事をしていただろうし、今は便利なコンビニとかもあるし、飢え死にとまでは行かないかな? うん、多分、きっと。
(…虚しい)
 どうしてここで「大丈夫師匠たちは生きていける!」と、断言できないのだろう。
「……僕が、居ないと」
 結局行き着く答えはこれしかなくて、夜刀は今は自分の両親でもある師匠夫婦の事を思って、不思議と笑みがこぼれた。
 しかし記憶の中で笑い返す師匠たちの顔が、口元だけを残して朧げな輪郭しか思い出せない。
「……っ!」
 忘れる前に帰らないと―――…
 忘れる時はいきなり忘れてしまうみたいだけれど、これはどうしても忘れたくない。だから何とか忘れない為に夜刀は必死に考える。
「…うん、帰ろう」
 自分なりの考えの結果を導き出し振り返ると、そこに白楽の姿は消えていた。
 状況から考えて、消えていたと言うよりは、どこかへ去ってしまったの方が正しいのかもしれない。
 仕方がないと、夜刀は一度小さくため息を漏らして歩き出す。
 立ち止まったとしても、歩いていたとしても、周りを行き交う動物たちは誰も夜刀を気に止めない。
 それは自分たちとは違う生き物だと感じているからか、それとも気にとめる価値もないからか。
「お兄ちゃん!」
 浴衣の袖がぎゅっと引っ張られ、夜刀は思わず背をそらせた。
 今度は誰だろうとゆっくりと振り返ると、10歳ほどの男の子が息を切らせて夜刀を見上げていた。
 男の子ははっとして手を離すと、顔を真っ赤にして頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! 人違いでした」
「…いや。構わないよ」
 迷子だろうか。
 厳密に言えば、自分もこの祭りに迷い込んでしまった迷子だが、元々1人なのだから誰かとはぐれてしまうと言う迷子になる事はない。
「…お兄さんと、はぐれたの?」
 夜刀の問いかけに、恥ずかしさからから顔を伏せていた男の子の顔が一気に強張る。
 聞いてはいけない事だったのだろうか。
 なんとなくばつの悪さを感じるが、しかし初対面の相手の事情がすんなり分かるほど自分はスーパーマンではない。
 そんな夜刀の視線に気がついたのだろう。男の子は顔を上げて否定するように両手を振ると、
「兄さんは、もう居ないから」
 俺の勘違いです。と、だんだん語尾を小さくしながらも、夜刀に向けて微笑みかける。
 最初に自分を呼んだ時と、今の呼び方の違いに疑問を感じつつ、夜刀はそっと手を差し出す。
「……お兄さんの代わりには…なれないけど、1人で心細いなら、一緒に行きますか?」
 こんな小さな子が祭りと言え知らない人だらけの中で放り出されたら、不安にならない方がおかしい。
 自分を兄と間違えてしまうほどに切羽詰るほど、寂しかったのか、はたまた兄に出会いたかったのか。
 男の子は夜刀が差し出した手を、驚くように瞳を大きくして見つめ、そっと握り返した。
 櫻・紫桜という名の男の子は、どうやら自分と同じ境遇らしい。
 あり得ないほどの雷鳴を聞いた後、気がつけばここに立っていた。
「このお祭りが霹靂祭りだから、七夕様と同じように霹靂様を祭っていると思うんです」
 紫桜の考えはほぼ夜刀と一致して、頭の回転と口の早さが比例しない夜刀はうんうんと頷く。
「だから、神社に行って霹靂様に帰らせてもらえるよう、お願いしようと思っています」
「…そうだね」
 元々から神社へ向おうとは思っていたし、夜刀は紫桜の言葉に同意を示すように微笑した。
「…神社へ、行こう」



 【□】 【■】


 帰りたい、帰らないと……
 2人はただそう思い、神社の境内へと来ていた。
 このお祭りの名は霹靂祭り。
 だから、霹靂神を祭っているこの神社が、元の世界へと帰る道筋なのではないかと思って。
「セレスティさん!?」
 綾和泉・汐耶と共に神社の鳥居を潜ったシュライン・エマは、見慣れた銀髪に瞳を大きくする。
「えっと、こっちのお兄ちゃんは…?」
 元々の口調と、子供としての口調が混ざり合いながら、汐耶は12歳ほどの姿をした桐生・暁と物部・真言を見上げる。
 もし暁が金色の髪のままだったらシュラインは気が付いたかも知れないが、如何せん今の暁の髪の色は黒。
「お久しぶりですシュラインさん、汐耶さん…」
 同じように10歳程度の姿なのに、どこか大人びた微笑を浮かべているのは紅月・双葉だ。
「……えっと、皆呼ばれた人なのかな?」
 紫桜の手を引いて鳥居を潜ったのは1人ちょっとだけ大きな姿の夜刀。
 一同を見回してみれば、夜刀が一番大きな年齢である事がわかる。
「呼ばれた…確かに、あの雷をそう考えれば、呼ばれたという事なのでしょうね」
 幼い容姿でありながらも、優雅さはそのままに、セレスティ・カーニンガムはにっこりと微笑んで答える。
 眩しいくらいの晴天の霹靂。
 その音と光によって自分達はこの村へと足を踏み入れた。
 ならばその霹靂が妖しいと思うのは当たり前。
「本当にここでいいのかなぁ」
 共に居た双葉が神社に行ってみようと口にしたため、一応見た目はお兄さんである暁は、弟が出来たような気分に浸りつつ、その言葉を尊重してこの場に立っていた。
「どうして皆神社に集まってるの?」
 頭の横につけていた狐のお面を顔につけて、少年−神時が立つ。
 明るいお祭りを背に立つ姿は、神時の姿を逆光の中で照らし、なぜかゾクリと背中が震えた。
「お祭りはまだ終らないよ?」
 正面に付けていたお面を、そっと横へとずらす。
 お面の下から現れたのは何処までも優しい微笑み。
 しかし、その微笑が怖くて―――
「もう直ぐ、花火が上がるんだ。ゆっくりしていきなよ」
 きっと今年も大きくて綺麗な花火が上がると思うよ。
 と、にっこりと微笑む。
「申し訳ないのですが……」
 そんな神時に向けて、セレスティが口を開く。
「俺さ…」
 暁はそんなセレスティの言葉を引き継ぐように一度口を開き、一同を見回して正面から神時を見る。
「俺たちさ、帰らなくちゃいけない」
 お祭りは確かに楽しかった。だけど、このままの時を過ごしていてはいけない。
「俺が、俺のままであるためには此処じゃダメなんだ」
 消え逝く記憶の中で、真言の中にいつまでも残っていた弟の泣き顔。あの泣き顔を消すために、自分は帰らなくてはいけない。
 もう殆どの記憶が消えかけていて、どうして泣いているのかも思い出せないけれど、誰も泣かせたくない。その思いが今のままの真言を繋いでいた。
「あーシューちゃん、セッちゃん。こんな所に居た!」
 たったったとかけて来た白楽は神時を追い越して、シュラインと汐耶の手を掴む。
 しかし、シュラインと汐耶は動かない。
「どうしたの?」
 顔を伏せ動かない二人に、白楽は首を傾げる。
「ごめんなさい」
 すっと手を引くシュライン。
「貴女の事が嫌いなわけじゃないけど」
 と、同じように汐耶もすっと手を引っ込める。
「私達…」
「元の世界に帰りたいの」
 繋いだ手が解かれた事に白楽は眉をひそめ、一瞬何を言われているか理解できないといったように呆然とその場に立ち、そして―――
「どうしてぇえ…」
 せきを切ったように泣き出した。
「あ……」
 泣き顔を手で隠す事もせず、ポロポロと涙を流す白楽に、シュラインは思わず手を伸ばす。
「……だめだよ」
 だが、そっと伸ばした手を夜刀が制し、
「…上手く、言えないけど…手を伸ばしたら、帰れなくなる」
 頭一つ高い身長を見上げ、シュラインはただ俯く。
「泣かないで」
 違うと分かっていながらも、紫桜は夜刀の浴衣の裾に引っ付いたままで白楽に言葉をかける。
「白楽……」
 いつの間に近づいてきていたのか、神時は泣きじゃくる白楽の肩をそっと抱き寄せて、顔を上げる。
「人を、間違えたのかな……」
 どこか静に神時は呟いて、白楽の頭に視線を落とした。
「あの!」
 今まで静かな子供だった双葉は、意を決したように口を開く。
「元の世界で、霹靂祭りはもう無いのですか?」
 双葉の質問に神時は弾かれたように瞳を大きくし、泣きじゃくっていた白楽もその涙を止めて顔を上げる。
 しかしその驚きも一瞬の事で、神時はまた静かに微笑する。
 なんだかそんな神時の姿が自分に似ている気がして―――
「白落村はもう無いんだ」
 しかし、神時の口から出たその言葉に二の句を続ける事ができず、双葉は顔を伏せる。
 白楽の手を握り、神時は神社に背を向ける。
「さぁもう行かないと、本当に帰れなくなるよ」
 神時の言葉と同時に、ドーン…と大きな一発目の花火が辺りを照らす。
「どうやって…?」
 なんとなくこのお祭りの名前が『霹靂祭り』だから、『霹靂神』を祭っている神社が妖しいと思って集まったものの、その方法は分からない。
 少しだけ視線を向けて振り返った神時が、頭の横のお面を正面に付け替えると、本堂の扉がバン! と開け放たれた。
「白楽ちゃん? 神時くん!?」
 花火の音はだんだんと重なるように増えていく。
 神社から離れていく2人に、汐耶は思わず叫んだ。

 この先も、たった2人で生きていくの?

 神時に手を引かれ、振り返った白楽が叫ぶ。
「はくらはね、白落だから、いいよ…さようなら」
 バイバイと手を振る姿だけを瞳の裏に残し、呼び込まれた時のように大きな雷鳴が花火と共に遠くで響いた。































 ふらりと歪んだ視界に、とうとうこの暑さの中外へ出た事が裏目に出たか? と、頭を押さえる。
 ミンミンと煩いくらいに多重奏を奏でる蝉の声が、耳を劈くように大きく響き、遠くの路地が陽炎で揺らめく。
 額を伝った汗をそっと拭って、この暑さをただ恨めしく思う。

「…何かが、違う……」

 しかしその違和感が何であるのかは分からない。
 夜刀はぽかんと瞳を瞬かせ、辺りを見回した。
「……気のせい?」
 それでも心の中に残る、この小さな思いはなんだろう。
 腕に掛かる荷物の重みに、自分が買い物帰りと言う事はすぐにわかったが、立ち止まった理由が分からない。
 だが長身がその場で立ち止まっているとかなり目立つらしく、夜刀は集まる視線にはっとして歩き出した。


 何処までも青い空を背に背負って―――






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男性/17歳(12歳)/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳(10歳)/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳(10歳)/都立図書館司書】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳(10歳)/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3747/紅月・双葉(こうづき・ふたば)/男性/28歳(10歳)/神父(元エクソシスト)】
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男性/24歳(12歳)/フリーアルバイター】
【5653/伏見・夜刀(ふしみ・やと)/男性/19歳(15歳)/魔術師見習、兼、助手】
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男性/15歳(10歳)/高校生】

注:年齢の()はこのノベル内での外見年齢です。


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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こん○○は。霹靂祭りにご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。今回8人という大人数に慣れていない事や、個別部分ばかりだという事もあり、予定よりも大幅に時間が掛かってしまったように思います。これを教訓に大人数は苦手だと悟りました(ダメじゃん!)

 あわせてcoma絵師による異界ピンもよろしくお願いします。

 お初にお目にかかります。ぼーっとしていると下手したら天然さんにしてしまいそうになり大変でした(ぇ)。神社は最終地点として途中に出す予定はなかったので、終始謎を考える思考中心にさせていただきました。むしろ村の人々は、祭りの由来は神社の祭神が霹靂神だから程度にしか分かってないと思われます。
 それではまた、夜刀様に出会えることを祈って……