コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


夏の妖精と一緒に (後編)

 東京から東北を目指すには、いくつかのルートがある。飛行機、新幹線、船は難しいけれど、あとは鈍行列車かもしくは高速バス。
「でも、どれ使ったって結構金かかるよなあ」
しかもオコジョは片道だが、鈴森鎮は行って戻ってこなければならないのである。常識的な小学生が、いくらお盆で里帰りをして親戚から小遣いをもらっていたとしても、それだけの金を貯金箱にためているわけがない。
「ただ乗りか?」
鼬の姿になって、オコジョと一緒に新幹線の隅っこにでも隠れていれば、恐らく見つからないだろう。だが、そんな真似は妖怪の沽券に関わる。文明開化の頃はなんだかんだと理由をつけて汽車に乗るのがはやったけれど、今時はまた妖怪たるもの卑しい真似をしてはならぬという風潮なのである。
「妖怪らしくするなら、タクシーのおっちゃんを脅かして、とか・・・」
などと冗談半分に考えていた鎮であったが、持っていく荷物を詰めたリュックの上で小さなオコジョが瞳を潤ませているのを見てしまい、真剣にならなくてはと頭を振る。果たして自分は家に帰れるのかどうか、オコジョは不安ですぐにでも泣きそうなのだ。
「大丈夫だって。心配するなよ」
こういうとき、普段ならくーちゃんがオコジョの慰め役に回ってくれるのだが、くーちゃんはどこへ行ってしまったのか縁側からいなくなっていた。ひょっとしたら荷物の中に紛れてしまったのだろうか。
「くーちゃんなら、こういうときなんて言ってくれるかなあ」
鎮は目を閉じて、くーちゃんのことを考えた。そしてなぜか自分が小さい頃、くーちゃんと一緒に風に飛ばされて随分と遠くで迷子になってしまったときのことを思い出していた。
「風・・・そうだ、風だ!」
自分はそもそも風を操る鎌鼬なのである。妖怪らしくするなら、風に乗って東北へ向かうのがもっとも正当なやりかたではないか。

 風に乗るなら軽いほうがいいと、鎮は再び鼬の姿に戻った。用意したリュックは風から下りるときのパラシュート代わりに使うのでひきずっていく。オコジョとは、途中ではぐれないように体と体をロープでしっかり結びつけた。
「こうしていれば、大丈夫だから」
くーちゃんと迷子になったときもそうだった。あのとき、鎮はくーちゃんと一緒に電車ごっこをして遊んでいた。何事も経験しておくと役に立つ。
 普段自分が使っている、風を起こす扇子では長旅になりそうだったので、兄の部屋から大型のものを借りてきた。使うなと言われた覚えはないので、後で断っておけばいいだろう。兄の目の色と同じ、青い扇子である。
「それじゃ、行くぞ」
できるだけ高い場所から風を呼んだほうがいいので、二匹は鈴森家の屋根に上った。普通に吹いている風の方向を確かめ、それから東北の方向を磁石で調べる。
「あっちに行きたい場合は、逆から吹いてくる風を待たなきゃいけないから・・・・・・」
鎌鼬は風に乗ることはできるが、風を操ることはできない。風を操るのは、別の妖怪の管轄なのである。それでも兄が風を呼ぶときにはすぐ希望のものが吹いてくるのに、鎮の場合はからかわれているのか、なかなか吹いてこない。甘く見られているのに違いない。
「こら!風、ちゃんと吹いてこい!俺だっていつまでも子供じゃないんだぞ!」
飛び跳ねて抗議をすると、それなら試してやろうとばかりに誂えたような強い西南風が吹いてきた。
「よし!」
鎮は、青い扇子を大きく広げた。そしてオコジョの手を引いてその上に飛び乗ると、扇子自体を風にのせる。正月に凧を揚げるようなものである。うまく流れに混ざることができれば、扇子は飛行機よりも快適な乗り物になる。だが、扱いが下手だったり風の行方をなかなか捕まえられずにいたりすると。
 きゅう、きゅうと悲鳴をあげながらオコジョが扇子の上を転げまわっていた。別に遊んでいるわけではなく、扇子自体が風にふらつくせいで足元が頼りなく、すぐに転んでしまうのである。鎮は扇子の要の部分に爪を立て、もう片方の手でロープをしっかり握りしめてオコジョが扇子から落ちないように踏ん張っていた。やはり兄の扇子を使うのはまだ早かったのか、いやうまく操れないのは持ってきたリュックが重いせいだ。
 意地でも鎮は弱音を吐こうとはしなかった。自分とくーちゃんが迷子になったとき、どれだけ心細かったことか。まして、たった一匹で東京に攫われてきたオコジョはどれだけ不安なことか。その心境を想像すると、決して後ろへは下がれない。

「えっと・・・あ!あった!あの森だ!」
数時間後、鎮は扇子の上から延々と続く森林地帯を見回していた。緑に輝く山々、ところどころ伐採された跡で人間たちがキャンプを張っていたりもするが、二匹が目指すのはもっと山奥だったので、人気はなかった。
 鎮が見つけた森は、他の木々に比べてやや緑が濃い。ところどころ急激に伸びた高い木が槍のように尖っている。指さされた場所を見て、オコジョも間違いないと手を叩く。あれには見覚えがあると西のほうにある大木を示したので、鎮は扇子を操りそっちへと向かった。
 大変な旅だった。途中で鳥に襲われたりもしたけれど、威嚇してなんとか追い払ったりそれでも駄目ならリュックの中のおやつを投げて気を逸らしたりして逃れることができた。だがそんな苦労も、オコジョの笑顔を見れば報われた。
 オコジョの巣は、目印に下りた大木からすぐ近くの枝にあった。巣穴にたどり着く前からはしゃいで鳴いていたオコジョの声を聞きつけて両親らしき二匹のオコジョが飛び出してきた。父親のほうがオコジョを抱きしめ、母親はその横からオコジョに頬擦りを繰り返している。なんだか、鎮は胸が熱くなった。
「よかったな」
少し離れたところから親子の再会を見守った。
 やがて、嬉し泣きで毛皮を濡らしている泣き虫のオコジョが顔を上げ、両親にきゅうきゅうとなにかを訴え始めた。父親のほうが顔を上げ、鎮を見る。
「あ、こんにちは」
ぺこりと頭を下げると、父親と母親が丁寧にお辞儀を返してくれた。大事な子供を連れ戻してくれて本当にありがとう、と尻尾が揺れていた。
「私たちになにか、お礼はできませんか?」
父親の仕草が言っていた。鎮はそんなのいいよ、と辞退しようとしかけたのだが
「そうだ!俺、あなたたちのことをいっぱい知りたいんだけど。どこに住んでいるかとか、どんなものを食べてるのかとかさ」
突然、夏休みの自由研究を思い出した。オコジョの生態を調べてレポートにまとめて提出、これなら立派な研究になるだろう。おまけに話はオコジョ自身から聞けるので正確な資料ができる。
 いきなり家の話や食べ物の話を持ち出され、父親は驚いたようだったがすぐ笑顔に戻り、鎮を巣へと案内してくれた。そしてその日鎮は巣の中に泊まり、次の日の朝に彼らの元を発ったのである。

「いやー、助かったなあ。これで宿題が終わりそうだ」
行きに比べて帰りは大した事件も起きず、扇子の上でうたた寝までしながら戻ってきた鎮は鈴森家の庭に無事着地した。扇子をたたみ人間の姿に戻ると大きく伸びをする、お腹がぐうと鳴った。居間の時計を見ると時間はちょうど三時、今日のおやつはなんだろう。
「果物もいいけど、やっぱりプリンだよなあ」
プリンだといいなあと鼻歌を歌いながら鈴は台所へ向かうと、冷蔵庫の扉に手をかける。
「いてっ!」
開けようとしたら、いきなり上からなにかが降ってきた。見てみると、買い置きのラップだった。さらに続けて、アルミホイルの買い置きも頭に命中する。
「な、なんだ?」
冷蔵庫の上を見ると、くーちゃんがいた。くーちゃんは冷蔵庫の上に積んであるものを軽いものから手当たり次第掴んでは鎮に投げつけてくる。素直で優しい、可愛いくーちゃんを、一体なにが豹変させたのだろう。やっぱり、姿が見えないからと置いていったことが悪かったのだろうか。
「くーちゃん、なに怒ってんだよ。説明してくれないとわかんないよ」
ごめん、ごめんと謝りながら理由の説明を求める鎮。くーちゃんは冷蔵庫の上に投げるものが一つもなくなったことを確かめてから、最後に自分自身が投下し鎮の頭に着地した。そして素早く右肩に駆け下りると、きゅうきゅうという剣幕でまくしたてた。
「え?なんだって?浮気?俺がなにしたってんだ?」
きゅう、とくーちゃんは鎮の服についていた茶色い毛をつまんだ。くーちゃんの毛の色とも鎮の毛の色とも違うそれは、オコジョの体から抜け落ちたものである。
「なんだよ、それあいつの・・・あいつ・・・・・・ええっ!?」
やっとわかったか、とくーちゃん。逆に今更あのオコジョが女の子だったと知って混乱する鎮。東京へ攫われて不安な少女を助け、家まで送り届けた上に暮らし振りや好きな食べ物を聞いて、一泊までして帰ってくるなんて。
「これ、人間だったらかなりやばいよな」
くーちゃんに浮気だと叱られても、無理のない話だった。直後、鎮はくーちゃんにとにかく平謝りである。
その年の残りの夏休み、鎮はとにかくくーちゃんと一緒にいることに努めたのだった。