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<東京怪談・PCゲームノベル>


霹靂祭り


 晴れ渡る空に突然と轟く雷鳴。
 暗雲などどこにも見当たらないのに、ただ雷鳴だけが響く。
 それを青天の霹靂という。



 ある夏の晴れた日。
 何時もよりも茹だる様な気温の中、仕方なくも外へと出かける。
 なぜこの日家から出たのかは、分からない。
 こんな暑いだけの日に、ありえない気まぐれ。
 それは、何かに呼ばれたような気がしたから?

 真っ青な空の下、突然の雷鳴が鳴り響く。

(――落ちた!?)

 それは遠い空の下、遠くに響いていたと思っていた雷鳴。なのに、なぜか全てを包むような白に包み込まれた。
 はっと光が止み、恐る恐る瞳を開けてみれば、見ず知らずの土地。
 顔を上げれば、やけに空が遠い。
 不思議に思い、田んぼの用水路に溜まる水に姿を映してみれば―――子供の姿になっていた。



 【■】


 柔道や合気道の使い手である自分の手が、なにやらまったく別の物になってしまったように感じるほど力が小さい。
 櫻・紫桜は手を閉じたり開いたりを繰り返して、その違和感に眉根を寄せる。
 ただでさえまだ15歳の自分が、10歳などという幼い姿まで逆戻りしている。流石に1・2歳程度の変化ならば気がつかなかったかもしれないが、ここまで幼くなってしまうと不思議を通り越して、逆に違和感ばかりがこみ上げる。
 確かに見回す景色は広がる田園風景だし、街中とはまるで違うのだから違和感があって当たり前。しかし視線を向けた先に広がったお祭りの屋台に、紫桜の顔は知らずに綻んでいた。
 お祭りの中へと駆け出せば、そこには霹靂祭りと毛筆でプリントされたのぼりが木や電信柱、屋台を支える柱に括り付けられ、このお祭りの名前を知る事が出来た。
 霹靂祭り―――…
 そういえば…と、思い返してみれば、この場所に立ち尽くす前、晴れた空に不似合いなほどの大きな雷鳴を聞いたような気がする。
 だとしたら、あの雷鳴が自分をこのお祭りに呼んでくれたのだろうか?
 今この場所に立っている理由は分からないけれど、せっかく呼んでくれたのだとしたら、お祭りは楽しまなければ損である。
 今の状況で辺りを見回すには、屋台の商品の一部しか見えず、紫桜は顔を上げて辺りを見回した。
「……!?」
 見上げた先、串でたこ焼きを回していたのは、狼のような犬のような頭。
 瞳を瞬かせ、串を持つ手を凝視すれば、その手には確かに毛が生え、肉球もついているように思う。
 あんぐりと開いた口が閉まらない。
 紫桜ははっと我を取り戻したかのように、ばっばっと顔を向けて左右に伸びる道を見る。
 行き交う人々は皆、なにかしらの動物の頭を持っていた。
 いや、動物の頭と一概に言ってしまうのは間違っているかもしれない。確かにまるで人間のように歩き回って入るが、その手も足も動物のもの。二足歩行の動物もいるが、獣人と言ってしまった方がしっくりするような人も居る。
 余りの衝撃に声をかけそこね、紫桜はその場で固まってしまった。
「うちのたこ焼き食べてきな。な?」
「え!?」
 いきなり声をかけられ、紫桜はびくっと肩を震わせると、声を発したらしい店員を見上げる。
 たぶん笑っているのだろうが、犬歯が見えてちょっと恐い店員が紫桜に向けて、たこ焼きの皿を差し出していた。
 どうやら辺りを見る紫桜が、自分の店と他の店を比べているように見えたらしい。
「マヨネーズと鰹節かけてもいいかい?」
 紫桜は言葉を発するまでに考えが及ばずに、ただうんうんと頷く。すると店員は尚更にっこりと笑って、べっとりとソースがついた刷毛でたこ焼きの頭をなでると、プラスチックの先端が細い筒状の業務用マヨネーズで豪快に格子を描き、その上に散らせた鰹節がたこ焼きの熱さによって踊りまわる。
 それは一種の魔法のようで、紫桜は思わず屋台のカウンターに身を乗り出した。
「ほら出来た」
 発泡スチロールの容器の上で綺麗に並んだたこ焼きに爪楊枝を差し込む。そして店員は出来たばかりのそのたこ焼きを紫桜の前へと差し出した。
 お金を払おうとぺたぺたと自分を触って財布の場所を探すが、そういえばこの場所にきた時から手ぶらだった事を思い出し、シュンと顔を伏せる。
「俺…お金持ってないから」
 お祭りを楽しもうと思ったのに、こんなところで障害が発生するとは思わなかった。
 だがしかし、店員はそんな紫桜の頭をポンポンと撫でて、無言でたこ焼きを差し出す。
 紫桜は目の前に差し出されたたこ焼きを見て、不安げに眉を寄せて顔を上げる。すると、店員は持っていけと、強引に紫桜にたこ焼きを手渡した。
「あ…ありがとう!」
 手の中でホクホクと暖かい(むしろ熱い)たこ焼きに、紫桜は顔を綻ばせる。
 たこ焼きを1つ口に含んだ時には、このお祭りに居る人が全て動物である事などまるで気にならなくなっていた。
 外かり中ふわのたこ焼きは瞬く間に紫桜の胃の中におさまり、ごちそうさまでしたと手を合わせてゴミをゴミ箱に捨てる。
 そしてまた紫桜は祭りの中へと足を向ける。
 お腹も膨れたし、やはり射的とか輪投げとか水風船つりとかしたい。
 しかし、たこ焼きは店員さんの好意で貰えたものの、今の自分には先立つ物がない。
 仕方なく見て回るだけにしようと、少し残念な気持ちになりながら肩を落とすと、水風船つりの屋台の前で、今の自分と同じくらいの女の子が真剣な眼差しをタライに向けていた。
「あ……」
 動物じゃない人に出会えた事に、紫桜は思わず声を発しその場で立ち尽くす。
 女の子はふと真剣な眼差しを解くと、頭を上げて紫桜が立つ方向へと顔を向ける。
 そして、誰に向けては分からないが、ぱぁっと花が開くように微笑んだ。
「シオーくん!」
 今、名前呼ばれた?
 紫桜は辺りを見回すが、それらしき人物は見当たらず、恐る恐る視線を女の子へと向ける。
 女の子は紫桜との視線が合うと、またも満面の笑みを浮かべた。
 どうやら女の子は自分の事を呼んでいるらしい。
 紫桜はためらいがちに水風船つりのタライの前で屈みこんでいる女の子の下まで歩くと、
「俺に、用事?」
 それ以前に、なぜ女の子は自分の名前を知っているのか。
 自分には、この女の子との面識はないはずだ。
「はい♪」
 怪訝そうに見つめる紫桜の視線など何処吹く風、女の子は紫桜に向けて水風船を釣る為の鉤のついた紙縒りを差し出す。
「…………」
 紫桜は無言でその紙縒りを見つめるが、女の子は紫桜が紙縒りを手にするのを待っている。
「俺が釣るの?」
 もう一度確認するように自分を指差して問い掛けると、女の子は大きく頷き、タライの中で回る水風船の1つを指差す。
「あのピンクのやつがいいな」
 ピンク地に黄色や水色がマーブル模様で入っている水風船。
 紫桜は女の子から紙縒りを受け取ると、気合を入れんがために袖をまくる。
 流れてくるピンクの水風船の輪になったゴムの位置を確認して、ぐっと息を呑む。
 完全にゴムが水に沈んでおり、攻略にするにはなかなかの困難を極めそうだった。
 紫桜は同じデザインで取りやすい水風船はないかとタライ全体に目を配るが、どうやらピンク地のマーブル模様は1つしか見当たらず、これは一か八か挑戦してみるしかないらしいと悟った。
 水がくるくる回る中で、ゴムもゆらゆら水の中でたゆたう。
 背後で女の子が見守る中、紫桜は慎重に紙縒りを降ろし、輪になったゴムに鉤を引っ掛ける。
 水に入る事で弱くなった紙縒りに、切れるな! と祈りながら紫桜は水風船を吊り上げた。
「やったぁ!」
 紫桜の手の中に無事おさまった水風船を見て、女の子が歓声を上げる。
「やっぱりシオーくんは上手だね」
 つい乗せられるように水風船を釣り、誉められた事は嬉しかったが、紫桜にはやはりこの女の子が誰なのか検討がつかない。
 それは度忘れしてしまったのか、はたまた初対面なのか。
 どちらだったかさえもよく分からなくて、紫桜は女の子が傷つかないだろうかと危惧しながらも問い掛ける。
「ごめん、俺なんだか度忘れしてしまったみたいなんだ」
「何を?」
 女の子はきょとんとして紫桜を見る。
「…君の名前」
 紫桜はバツが悪そうに顔を伏せて、女の子の顔色を伺う。
「あはは、おいとかお前とか呼んでたら忘れちゃうよね」
 自分は普段他人のことをそんな風に呼んでいただろうか?
 それとも本当は親しくて、それを自分が忘れてしまっているだけで、そんな呼び方を女の子にしていたのだろうか?
 どちらにせよ、名前を忘れてしまうという行為は失礼だとは思う。
「白楽だよ」
 しかし、名前を聞いても紫桜の中でしっくりとこない。
 本当は初対面?
「今度からおいとかじゃ返事しないからね!」
 びしっと紫桜に向けて指を差して宣言した白楽は、指にゴムをはめて、バンバンと鳴らし始める。
「シオーくん。水風船、ありがとね」
 そう言って本当に嬉しそうに笑った顔を見た時、紫桜にはもうどちらでもいい様な気がしてきた。
 そう、お祭りは楽しんだもの勝ち。
 難しく考えるのはいつでも出来る。
「じゃぁ次行こう」
 と、差し出された手を−元々の紫桜ならばためらうその手を−今の紫桜は何のためらいもせずに握り返した。
 輪投げでは、腕が滑って、本当は欲しかったものの隣にあった変な形の貯金箱を手に入れてしまったり、射的では全部的を外してションボリしてみたり、紫桜は白楽に連れられてお祭りの中を行ったりきたり。
 その頃にはもう、自分が本当はお金を持っていないという事など忘れ去っていた。
 楽しい時というものは、つまらない時の数倍の速さで時間が過ぎていっているような気がする。
 遠い空を見つめれば、先ほどまで昼間だと思っていたのに、山と山の間から薄く紺の夜が顔を出していた。
 見回す提灯の橙色の光が徐々に際立っていき、影がどんどん長くなる。
 やはりお祭りなのだし夜には花火があるのだろうか。どこから集まってきたのか分からないが、人が増えたような気がしてきた。
 行き交う人のすき間から見えた顔に、紫桜は思わず瞳を大きくする。
「どうかした?」
 ただ一点を見つめて止まってしまった紫桜に、白楽は首をかしげる。紫桜は、
「ごめん!」
 と、白楽に謝り、人を掻き分けるようにして歩き出す。
 後ろから白楽が呼んでいるような声が聞こえたが、紫桜にはそれよりももっと大事な人だった。
 今行かけなければいけない。そんな気がして、後姿を追いかける。
 足の長さの違いからか、紫桜は歩いて追いかけていても一向にその距離は縮まらず、だんだんとそのスピードを上げて、最後には駆け出していた。
 もうすぐ、もうすぐ追いつく―――!
「お兄ちゃん!」
 捕まえたように浴衣の袖をぎゅっと握り締めると、少年は思わず背をそらせた。
 その顔に疑問を抱いて振り返った少年に、紫桜ははっとして瞳を大きくして、掴んだ浴衣の袖をぱっと離す。
 そして人違いだった事に恥ずかしさがこみ上げて顔を伏せた。
「ご、ごめんなさい! 人違いでした」
 そうだ、お兄ちゃんが居るわけないのだ。
「…いや。構わないよ」
 少年はのんびりとした口調で、紫桜にやんわりと微笑んだ。
「…お兄さんと、はぐれたの?」
 顔を伏せていた為表情は分からなかったが、その少年の問いかけに自分の顔が一気に強張ったのが分かった。
 否定しなくてはいけない。お兄ちゃんはもういないのだ。
 どうしてこんな分かり切っている事を忘れて、この人を追いかけてしまったのだろう。
 顔を上げると少年が申し訳なさそうに自分を見つめている。紫桜ははっとしてその言葉を否定するように両手を振ると、
「兄さんは、もう居ないから」
 そのまま「俺の勘違いです」と、言ったつもりだったのに、紫桜の声はどこか消え入りそうになっていた。
 少年を従兄弟の兄と間違えてしまうほどに、彼に会いたいと思っていたのだろうか。
 それとも自分がこの幼い姿だから感じてしまった、気持ちなのだろうか。

 帰りたい……

 この姿でこのまま過ごす事は、今の紫桜に多少の苦痛となってのしかかる。
 間違えるはずがないのに、その“間違い”が間違いであって欲しいとさえ思った。
「……お兄さんの代わりには…なれないけど、1人で心細いなら、一緒に行きますか?」
 差し出された手に、紫桜は驚きに瞳を大きくする。
 心細いと言う事はないはずだ。今まで、この少年を見つけるまで自分は白楽と共にお祭りの中を歩き回っていた。
 それなのに、違うと分かったとたん、喪失感と共に言い知れない孤独が押し寄せる。
 しかし、その気持ちは自分が無理に気づこうとしていなかったのかもしれない。無理矢理大人ぶっても仕方がない。今の自分は幼い頃に戻ってしまっているのだし、甘えてしまってもいいだろうか。
 紫桜は少年が差し出した手を、そっと握り返す。
 違うと分かっているが、今はその大きな手がとても暖かかった。
 伏見・夜刀という名の少年は、どうやら自分と同じ境遇らしい。
 あり得ないほどの雷鳴を聞いた後、気がつけばここに立っていた。
「このお祭りが霹靂祭りだから、七夕様と同じように霹靂様を祭っていると思うんです」
 紫桜の口にした考えはほぼ夜刀と一致していたらしく、頭の回転と口の早さが比例しない夜刀はうんうんと頷く。
「だから、神社に行って霹靂様に帰らせてもらえるよう、お願いしようと思っています」
 本当はあの山の向うに元の世界があるような気がしたけれど、自分たちがもし霹靂様に呼ばれたのだとしたら、勝手にそこへ向うのはよくないような事の気がして、ならば神社へ行ってお願いしてから向えばいいのだと言う結論に至った。
「…そうだね」
 夜刀は元々から神社へ向おうとは思っていたのか、紫桜の言葉に同意を示すように微笑する。
「…神社へ、行こう」



 【□】 【■】


 帰りたい、帰らないと……
 2人はただそう思い、神社の境内へと来ていた。
 このお祭りの名は霹靂祭り。
 だから、霹靂神を祭っているこの神社が、元の世界へと帰る道筋なのではないかと思って。
「セレスティさん!?」
 綾和泉・汐耶と共に神社の鳥居を潜ったシュライン・エマは、見慣れた銀髪に瞳を大きくする。
「えっと、こっちのお兄ちゃんは…?」
 元々の口調と、子供としての口調が混ざり合いながら、汐耶は12歳ほどの姿をした桐生・暁と物部・真言を見上げる。
 もし暁が金色の髪のままだったらシュラインは気が付いたかも知れないが、如何せん今の暁の髪の色は黒。
「お久しぶりですシュラインさん、汐耶さん…」
 同じように10歳程度の姿なのに、どこか大人びた微笑を浮かべているのは紅月・双葉だ。
「……えっと、皆呼ばれた人なのかな?」
 紫桜の手を引いて鳥居を潜ったのは1人ちょっとだけ大きな姿の夜刀。
 一同を見回してみれば、夜刀が一番大きな年齢である事がわかる。
「呼ばれた…確かに、あの雷をそう考えれば、呼ばれたという事なのでしょうね」
 幼い容姿でありながらも、優雅さはそのままに、セレスティ・カーニンガムはにっこりと微笑んで答える。
 眩しいくらいの晴天の霹靂。
 その音と光によって自分達はこの村へと足を踏み入れた。
 ならばその霹靂が妖しいと思うのは当たり前。
「本当にここでいいのかなぁ」
 共に居た双葉が神社に行ってみようと口にしたため、一応見た目はお兄さんである暁は、弟が出来たような気分に浸りつつ、その言葉を尊重してこの場に立っていた。
「どうして皆神社に集まってるの?」
 頭の横につけていた狐のお面を顔につけて、少年−神時が立つ。
 明るいお祭りを背に立つ姿は、神時の姿を逆光の中で照らし、なぜかゾクリと背中が震えた。
「お祭りはまだ終らないよ?」
 正面に付けていたお面を、そっと横へとずらす。
 お面の下から現れたのは何処までも優しい微笑み。
 しかし、その微笑が怖くて―――
「もう直ぐ、花火が上がるんだ。ゆっくりしていきなよ」
 きっと今年も大きくて綺麗な花火が上がると思うよ。
 と、にっこりと微笑む。
「申し訳ないのですが……」
 そんな神時に向けて、セレスティが口を開く。
「俺さ…」
 暁はそんなセレスティの言葉を引き継ぐように一度口を開き、一同を見回して正面から神時を見る。
「俺たちさ、帰らなくちゃいけない」
 お祭りは確かに楽しかった。だけど、このままの時を過ごしていてはいけない。
「俺が、俺のままであるためには此処じゃダメなんだ」
 消え逝く記憶の中で、真言の中にいつまでも残っていた弟の泣き顔。あの泣き顔を消すために、自分は帰らなくてはいけない。
 もう殆どの記憶が消えかけていて、どうして泣いているのかも思い出せないけれど、誰も泣かせたくない。その思いが今のままの真言を繋いでいた。
「あーシューちゃん、セッちゃん。こんな所に居た!」
 たったったとかけて来た白楽は神時を追い越して、シュラインと汐耶の手を掴む。
 しかし、シュラインと汐耶は動かない。
「どうしたの?」
 顔を伏せ動かない二人に、白楽は首を傾げる。
「ごめんなさい」
 すっと手を引くシュライン。
「貴女の事が嫌いなわけじゃないけど」
 と、同じように汐耶もすっと手を引っ込める。
「私達…」
「元の世界に帰りたいの」
 繋いだ手が解かれた事に白楽は眉をひそめ、一瞬何を言われているか理解できないといったように呆然とその場に立ち、そして―――
「どうしてぇえ…」
 せきを切ったように泣き出した。
「あ……」
 泣き顔を手で隠す事もせず、ポロポロと涙を流す白楽に、シュラインは思わず手を伸ばす。
「……だめだよ」
 だが、そっと伸ばした手を夜刀が制し、
「…上手く、言えないけど…手を伸ばしたら、帰れなくなる」
 頭一つ高い身長を見上げ、シュラインはただ俯く。
「泣かないで」
 違うと分かっていながらも、紫桜は夜刀の浴衣の裾に引っ付いたままで白楽に言葉をかける。
「白楽……」
 いつの間に近づいてきていたのか、神時は泣きじゃくる白楽の肩をそっと抱き寄せて、顔を上げる。
「人を、間違えたのかな……」
 どこか静に神時は呟いて、白楽の頭に視線を落とした。
「あの!」
 今まで静かな子供だった双葉は、意を決したように口を開く。
「元の世界で、霹靂祭りはもう無いのですか?」
 双葉の質問に神時は弾かれたように瞳を大きくし、泣きじゃくっていた白楽もその涙を止めて顔を上げる。
 しかしその驚きも一瞬の事で、神時はまた静かに微笑する。
 なんだかそんな神時の姿が自分に似ている気がして―――
「白落村はもう無いんだ」
 しかし、神時の口から出たその言葉に二の句を続ける事ができず、双葉は顔を伏せる。
 白楽の手を握り、神時は神社に背を向ける。
「さぁもう行かないと、本当に帰れなくなるよ」
 神時の言葉と同時に、ドーン…と大きな一発目の花火が辺りを照らす。
「どうやって…?」
 なんとなくこのお祭りの名前が『霹靂祭り』だから、『霹靂神』を祭っている神社が妖しいと思って集まったものの、その方法は分からない。
 少しだけ視線を向けて振り返った神時が、頭の横のお面を正面に付け替えると、本堂の扉がバン! と開け放たれた。
「白楽ちゃん? 神時くん!?」
 花火の音はだんだんと重なるように増えていく。
 神社から離れていく2人に、汐耶は思わず叫んだ。

 この先も、たった2人で生きていくの?

 神時に手を引かれ、振り返った白楽が叫ぶ。
「はくらはね、白落だから、いいよ…さようなら」
 バイバイと手を振る姿だけを瞳の裏に残し、呼び込まれた時のように大きな雷鳴が花火と共に遠くで響いた。































 ふらりと歪んだ視界に、とうとうこの暑さの中外へ出た事が裏目に出たか? と、頭を押さえる。
 ミンミンと煩いくらいに多重奏を奏でる蝉の声が、耳を劈くように大きく響き、遠くの路地が陽炎で揺らめく。
 額を伝った汗をそっと拭って、この暑さをただ恨めしく思う。

「何かが、違う……」

 しかしその違和感が何であるのかは分からない。
 紫桜にとって、とても懐かしい人に出会ったような錯覚。でも、それはありえない邂逅。
 なんとも言葉では言い表せない感覚に、ただ顔を歪める。
「早く帰ろう…」
 きっと暑さで蜃気楼や幻でも見たのだろう。
 紫桜は埒が明かない自分の思考を無理矢理納得させて、家路へと急いだ。


 何処までも青い空を背に背負って―――






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男性/17歳(12歳)/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳(10歳)/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳(10歳)/都立図書館司書】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳(10歳)/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3747/紅月・双葉(こうづき・ふたば)/男性/28歳(10歳)/神父(元エクソシスト)】
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男性/24歳(12歳)/フリーアルバイター】
【5653/伏見・夜刀(ふしみ・やと)/男性/19歳(15歳)/魔術師見習、兼、助手】
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男性/15歳(10歳)/高校生】

注:年齢の()はこのノベル内での外見年齢です。


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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こん○○は。霹靂祭りにご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。今回8人という大人数に慣れていない事や、個別部分ばかりだという事もあり、予定よりも大幅に時間が掛かってしまったように思います。これを教訓に大人数は苦手だと悟りました(ダメじゃん!)

 あわせてcoma絵師による異界ピンもよろしくお願いします。

 お初にお目にかかります。元々から村人に人間が居るという予定をしていなかった為、危うく紫桜様は白落村の住人になるところでした。しかし、偶然にも15歳設定の方がいらっしゃったので、なんとか元の世界に戻る事ができたようです(え、推定!?)。白楽を「ちゃん」付けで呼んでいるのは、同年代で「さん」だと親しみが減る為です。
 それではまた、紫桜様に出会えることを祈って……