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飲み過ぎにご用心 〜白銀の姫〜
現在地は異界、白銀の姫内部。
いま世間を騒がせている事件の最中の貴重な楽しみである。
最も彼、モーリスならば何が起きても楽しんでしまうに違いないだろう。
今もそう……それほど多くはないが、この異界内部で会うのが最近のお約束となっていた。
あの黒髪の少女、蒲公英と。
「またお会いしましたね、蒲公英嬢」
「ここに来れば……会えると思っていました」
振り返る体の動きに会わせ、ツヤのある黒髪がさらりと肩から背中へと流れ落ちた。
「奇遇ですね、私もここに来れば会えるような気がしていましたから」
以前ここに来た時に二人が出会った場所だからでもあるのだが、タイミングは殆ど運に任せていた。
だから今日出会えたことは、幸先が良いことだとはっきりとそう言える。
「今日もエスコートさせていただいてよろしいですか」
余裕たっぷりな大人の笑みは、ほんの少しだけ何かを含んでいて耐性がなければ照れて何も言えなくなってしまいそうだっだが……。
「はい、うれしいです」
蒲公英は僅かに頬を染めつつもモーリスが指しだした手に、蒲公英はその華奢な手をしずかに重ねる。
現実世界の蒲公英ではきっと見られなかった光景だ。
普段の彼女なら間違いなく赤面して動けなくなってしまって居ただろうから。
今日も予定していなかった出会いだったから、どこかへ行く前に買い物をすることになったのは極々自然な流れだろう。
買い物すらも楽しいのだから、何も問題はない。
色々な所をのんびり見て回りながら、気に入った物を選んではそれを購入する。
「これはお勧めですよ、香りがとても良くて気に入ってるんです」
ゲーム内の中であるとはいえ、異界化かされている所為だろうか?
まるで現実のように美しい赤で、現実よりも甘く感じる。
育った場所が良いのかも知れない。
そう思わせるほどに良い出来のワインだった。
「お酒、ですか?」
きょとんと首をかしげるその仕草は年相応の幼さを感じさせ、とてもかわいらしく目に映る。
彼女にアルコールに対する耐性はほとんど無いだろう。
当たり前と言えばそれまでの、とても簡単な事だ。
ちょっとした考えがう浮かびはしたが、それを臆面にも出さずにさらりと切り返す。
「少し早いかも知れませんから、またいずれゆっくり楽しみましょう。今日は蒲公英嬢はこれで」
直ぐ側にあったブドウジュースも一緒に手に取り、支払いを済ませる。
それは、見る人が見れば何かを考えていると直ぐに解る笑顔。
「はい、楽しみです」
いずれという約束に素直に頷く所もまた、元の少女の性格そのままだと解る。
今の蒲公英は、そこにほんの少し違う何かが加わっただけだ。
これから暫しの間は、そのキャップを楽しませてもらうことにしよう。
「後は何か簡単に食べられそうなのを持って行きましょうか。何か食べてみたい物はありますか」
「果物がきれいで、おいしそうです」
「名案です、ここのはよい出来みたいですから」
手にしたワインは自分が飲むものだと付け足し、モーリスはそれはそれは楽しげに微笑んだ。
手にしたバスケットの中には近くで売られていたサンドイッチと果物、そしてワインとブドウジュースと水の入った瓶が一本ずつ。
全てここで手に入れた物である。
「今日はどこに……?」
「前とはまた別の所ですよ、近くに川があれば気持ちいいかと思いまして」
良さそうな場所まで蒲公英をエスコートし、手際よく落ち着ける場所を作り始めた。
そばにある川はきらきらと光りながら、涼しげな音を立てて流れている。
入ったならそれは冷たくて気持ちいいだろうと思わせるのには十分なほどだった。
「流れも速くないようですし、水遊びでも如何です?」
「……はい、そうします」
こくりと頷く様子から察するに、モーリスが持ちかけずとも自ら実行に移していたかも知れない。
靴をそろえて脱ぎ、ふわりと微笑んでから大きめの岩に腰を下ろしそっとつま先から水に沈めていく。
「冷たくて、気持ちいい……」
足下を確認しながら裾を持ち上げたままそっと立ち上がる。
浅瀬ではあったが、長い髪と服の裾だけは多少持ち上げねばならなかった。
服の黒と白い肌が水の反射で輝き、そのコントラストをよりいっそう強調させている。
一件無防備に見えるその行動は無意識なのかそれとも……。
「足下、気をつけてください」
「はい……」
振り返った蒲公英が、モーリスに向けにこりと微笑んだ。
その後も少しだけ水遊びを楽しんでから、軽く食事を取り始める。
「おいしいです……」
「喜んで貰えて何よりです、ジュースおかわりいりをどうぞ」
「ありがとうございます」
バスケットの中から瓶をとりだし、蒲公英に注いでから手渡す。
ただし中身は……ブドウジュースではなくワインの方だ。
色は同じだからパッと見はまず気づかない。
「………?」
口に含んでから気づいたようだが……どうなるか見守るモーリスの前で、蒲公英はおいしそうに飲み干してしまった。
「蒲公英嬢……」
「……はい?」
これは流石に予想外である。
「大丈夫ですか?」
「甘くて、おいしい……です」
振り返った蒲公英の頬は赤く染まり、そのままくたりとモーリスの方へともたれかかってきた。
頬に触れると熱くなっているのがはっきりと解る。
流石にこれ以上のませるのは良くないだろう。
「今のはワインですから、こっちで我慢してください」
もっととねだるように動く手からコップを遠ざけ、代わりにブドウジュースの入った方のコップを渡す。
「ワイン……お酒?」
「はい、同じ色でしたから間違えてしまったようですね」
事も無げに嘘をつくモーリスに、蒲公英がジュースを飲んでから体を預けるように抱きついてくる。
「蒲公英嬢?」
「ん……」
抱きつくように腕を回され、モーリスも面白いことになってきたようだと髪や首筋をを撫でそれに答える。
「手が……冷たくて気持ちいい、です」
赤く染まった頬も、潤んだ目もアルコールの所為だろうが……それだけではない、別の理由も確かに感じとれた。
「今日もまた、積極的ですね」
様子を見ている間に、膝の上に乗った蒲公英がうるんだ瞳でモーリスを見上げながら、胸の辺りにゆっくりと手をはわせている。
手の動きはたどたどしいとはいえ、確かに身に覚えのある物で……。
「ちゃんと覚えていてくれているようですね」
「……はい、ちゃんと……」
驚きはしたが、それ以上に嬉しくもある。
「色々した甲斐があって、嬉しいですよ」
少しずつ繰り返していたことの結果が、確かにこうして感じられる事がこんなに楽しいとは。
徐々に緩慢になっていく動きを感じ取り、完全に寝てしまう前に水を飲ませておいた方が後が楽だろうと水の入った瓶を取り出しコップに注ぐ。
「頬が熱い、水を飲んでおいた方が良いですよ」
「……ん」
体の向きを変え、後ろから抱きしめる体制のまま少しずつ水を含ませる。
初めはゆっくりと、途中からは喉が乾いていた所為かおいしそうにそれを飲み干した。
「これで大丈夫ですよ」
「………」
濡れた唇を指先でぬぐってから、耳元でささやきかける。
「少し眠った方が良いみたいですね」
「は、い……」
瞼が大分重くなっているだろう事は明らかだった。
そのまま直ぐに寝てしまうだろうと思っていたのだが……。
「……」
緩慢な動きで体制を変えた蒲公英は、モーリスの膝の上で向かい合わせになるように座り直し、背中の方へと腕を回す。
「……本当にかわいらしい子ですね」
今度こそ静に寝息を立て始めた蒲公英に向け、呟いた。
次に蒲公英が目覚めるまでの間の時間はまだまだある。
その間することは、はっきりと決まっていた。
思った以上に物覚えのいい子に、何かご褒美をあげよう。
それも……現実世界の蒲公英の方に。
「楽しみですね……」
どんな事が良いだろう。
しずかに眠る蒲公英の顔を見眺めながらモーリスは色々と考え始めた。
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