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<東京怪談・PCゲームノベル>


■Assassination Phantom−Angel Phantom−■

 それは、世間からはすっかり「A.P.」というサイトも忘れ去られ、ともすれば草間武彦自身も、『勇者』達のことから普段の依頼をこなしていくうちに、以前よりも警戒がなくなってきていた夜のことだった。
「!?」
 どこかで炎が燃えている。
 やっとその気配を感じ、武彦は布団からガバッと起き上がった。
「零、どっかで火事が───」
 言いかけた武彦はそこに、呆然と立ち尽くした。
 部屋の向こう側には同じように零が、パジャマ姿で立ち尽くしている。
 彼と零とを隔てているものこそ、大量の炎だったのだ。
 だが───天井をつくまでの炎なのに、興信所内のどこも燃えてはいない。ためしにそっと武彦が手を出してみると、呆気ないほどに手は炎の中に何事もなく入った。
「幻───?」
 一体、誰が。
 まさか───『勇者』が?
 構わず炎の中を進み、電話にたどり着いた武彦の背に、零が息を呑む気配がした。
 振り向くと、炎の中に───あの日、あの雪の日───『勇者』が見せたような、映像が映っている。
 2、3歳の『勇者』と思われる裸の子供が、炎の中で泣いている。
<サキちゃ……ん>
 時折、そんな声を出しながら。
<もうめいれい、いうとおりちゃんとするから……ここから、だして……サキちゃあん>
 炎の中に、見たことのない建物が映し出される。それを武彦は急いで手近な紙に書き留めた。奇妙なマークの模様の建物───その手前にある、天使の像のある噴水───。
 受話器にかけていた手の下で、電話が鳴った。
 反射的に取り上げた武彦の耳に、
『草間さんか!? 今、この部屋に炎の幻覚が現れてる。そっちに変化はねェか!?』
 武彦が連絡を取ろうとしていた相手───紫藤・イチ(しどう・─)だった。
「ああ。今、多分同じ映像が流れてる。これは一体誰の仕業なんだ?」
『わかんねェけど、多分『勇者』が無意識に流しちまってンだろう。ワザと流すようなやつじゃねェ。プライドが高いヤツだしな。さっき、エニシを保護してくれてるあんたの腐れ縁の病院にも電話してみたけど、やっぱエニシのいる病室に同じものが見えてるってさ』
「サキちゃん、か」
 そういえば以前、ランが無意識に兄である『勇者』の名前か何かを呼んだのは、「サイ」というものだったな、と武彦は思い出す。
『今まで沈黙してきた「Angel Phantom」って組織がこのまま黙ってるハズはねぇと思ったんだ。これは多分、ヤツの───前に俺が言ってた組織の総帥が俺らを煽ってんだ。挑戦状だぜ、これは』
「───とうとう真打の登場か」
 道理で今までの『勇者』の仕掛け方と違う、と武彦はつぶやく。
 そして武彦は、イチといくつか打ち合わせをし、味方に連絡を取り始めた。



「駄目でしょう、そんなふうでは」
 その声に、びくりと『勇者』が部屋の片隅から立ち上がる。真っ暗にしてある部屋の入り口に、彼が一番恐れている人物が光を背にして立っている。
「お前は一番いい出来なんですよ。今になって動揺し始めても、それをコントロール出来る性質を植え込んであるはず。それを思い出しなさい」
「ええ」
 『勇者』は汗だくになっている額を手の甲で拭い、ようやくいつもの笑みに戻る。
「ええ───分かっています。ご醜態をお見せしました」
「とはいえ、少し心配だ───今回は大詰めです、お前に『後継者』をつけましょう」
 『勇者』の瞳が、大きく見開かれる。その瞳には明らかに、怯えの色が走っていた。
「私は一人でもランとエニシを奪還出来ます。ですから『後継者』だけは、」
「これは命令です。───いいですね?」
 一瞬後、人影はウソのように掻き消える。
「そんな───」
 自分は完璧だったはずだ。完璧にやってきたはずだ。
 なのに、『後継者』だなんて。

 ガタン、

 『勇者』は再び、部屋の隅にうずくまった。




■Finel Session■

 雲行きが悪い。
 台風でもくるのだろうか、と武彦は集まった全員の一通りの意見を聞いた後、開いた窓から曇り空を見上げる。
「何かあるたび、雨や雪が降ってるような気がするな」
 くわえていた煙草を手に取り、もう片方の手で窓を閉め、武彦は振り返る。
 シュライン・エマ、セレスティ・カーニンガム、初瀬・日和(はつせ・ひより)、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)。そして紫藤・イチ(しどう・─)がそれぞれに緊張した面持ちでソファに座っていた。
 ちらりと、武彦はシュラインを見る。ちょうど視線が合い、彼女はわずかに頷いてみせた。
 悠宇は、眉間にしわを寄せていたが、ぐっと歯を食いしばるようにして立ち上がる。日和が、申し訳なさそうに、微笑んだ。
 イチが来る前に、事前に誰がどう行動するか打ち合わせをしてあった。
 珍しく悠宇が日和を怒る場面もあったのだが、なんとかそれも落ち着いたときにイチが到着したのだ。
「セレスティさん、行こう。急いだほうがいいに決まってるし」
 悠宇の言葉に、
「ええ。───皆さん私がさっき説明した『もの』は持ちましたね?」
 全員が頷くのを見て頷き、セレスティもまたステッキを鳴らして立ち上がる。
「イチさん」
 日和が、まだ全快ではない身体ゆえ、どこかよろけつつ立ち上がり、イチに話しかける。
「私、病み上がりで単独で行動するのは心許ないんです……草間さんやシュラインさんと一緒のほうが、イチさんが一番この中で何かあった時に対応できる能力も持ってますし───私も、イチさんや草間さん、シュラインさんと一緒に行動したいです」
「え?」
 イチは少し驚いたようにちらりと悠宇を見る。が、悠宇のほうは背中を向けたままだ。
 イチが来る前のことを知っていた彼らのうちのひとりであるシュラインが、微笑む。
「そうね。歩き回るのも心配だけれど、戦闘能力のあるイチさん、あなたが護ってくれれば心強いわ」
 イチは少し迷っていたが、「分かった」と言い、立ち上がる。
「では」
 セレスティが、靴を履きながら再度説明する。
「ランさんとエニシさんは、こちらで、あまり周辺近隣に被害が及ばないような場所に移しましたので───万が一のことも考えてのことですが。私と悠宇さんはそちらへ向かいます」
 内心、ランやエニシの身体を移動させても、「敵」に居場所を特定されているだろうとは思う。
 それでも、広さと警護のしやすい場所を調達し脱出経路が表だけではなく、分からない様に脱出出来る別の出口がある様な所を選び、ガードの者もつけている。
 自分に出来る、最大限のことはしたかった。
「情報収集もずっとし続けていましたので、何か分かったらまた連絡します」
 セレスティは、悠宇と共に出て行く。
 車が走り去る音を聞きながら、シュラインは「気をつけてね」と心の中で二人にそっと祈るように言葉をかけた。
「じゃ」
 武彦も、煙草を灰皿に押し付けた。
「俺達も行こうか。
 セレスティが、炎の幻影から割り出してくれた居場所───『Angel Phantom』って組織の元に」
「ええ」
 シュラインは頷く。隣で日和が、今までになく思いつめたような表情で、
「行きましょう」
 とつぶやくように、言った。
 イチが、日和の背を押す。
「黒幕、引きずり出してやる」



 どっちみち「こっち」の動きはある程度知られているだろう、との判断で、堂々と武彦は自分の車で乗り込むことにした。
 それにしても、セレスティが入手したという組織───研究所『Angel Phantom』の建物がある場所は、東京の中でもかなりの僻地だ。
 道中、舗装されていない道路ではガタガタとゆれる中、日和はその度にまだ痛む身体の節々、そして『勇者』達の動きの知らせを聞いてから暫く消えたばかりの傷が痛んだような気がして、少しばかりぎゅっと目を閉じた。
「大丈夫? どこか痛む?」
 シュラインが、優しく気遣ってくる。
「あ───大丈夫。大丈夫です」
「地図を見る限りでは、もう少しで研究所に着くはずだから、それまでの我慢よ」
 元気付けるように微笑むシュラインには、心のうちを見透かされているような気がして、日和は返事が出来なかった。
 ピク、と助手席に座っていたイチが動く。
「見えた」
 武彦は黙って運転に集中している。いつ、どこから攻撃をしかけられてもおかしくないのだ。
 イチのその言葉に、シュラインと日和が後部座席から前に身を乗り出す。
 フロントガラスを通して、大きな天使の噴水が───見えていた。



 研究所の中には、真正面から。
 どこから入っても手の内は読まれているだろうと判断して、全員一致の意見だった。
 門は開いている。まるで、待ち構えていたかのように。
「イチさん」
 噴水の横を通り抜ける時、シュラインはこれだけは言っておきたかったことを、口に出す。
「自分の命、エニシさんの命だと思ってね。一歩引いた目線でいて、奪われないように守って」
 自分を。
 思いもかけぬその言葉に、イチは僅かに目を見開き、少し振り向いてシュラインを見る。
 だがその時には彼女は、何事もなかったかのように───決意した瞳で武彦のあとを、日和の身体を支えつつ歩いていっている。
「───この扉も、開いてるな」
 研究所そのものの大きな入り口の扉を、慎重に調べて武彦は胸糞悪そうだ。
「余裕、なんでしょうね」
 正確には───余裕のつもり、なのだ。「相手」は。
 日和は苦々しい気持ちでそう思い、「行きましょう」と取っ手に手をかけようとしたところへ、イチの大きな手がその白く細い手を掴んでとめた。
「俺の刀で斬る。そのほうが安全だからな」
 色々と。
 何か───物質的な罠がしかけてあるかもしれない。
 だが、すらりと日本刀を抜いたイチのその行動すら分かっていたように、扉が意思を持ったように、軋みながら中側へと開いてゆく。
 人影が───4人の瞳に、映った。見覚えのある、そして明らかに「別人」の人影。
「え───『勇者』?」
 思わずつぶやいたシュラインだが、「彼」の声を聞いて、『勇者』とは別の人物だ、と分かった。
「ようやく見つけて下さいましたね」
 ご苦労様です、と、恐らくは以前イチが言っていた、総帥───「齢153歳にして外見年齢を30代でとめている」という、まばゆいばかりに美しい青年は低く滑らかな、ともすれば陶酔すらしそうな甘さを持って一同の耳の中に声を侵入させた。
「何が見つけてくださった、だよ」
 イチが殺気を露にしつつ、抜いたままの日本刀を構える。
「てめェのほうで待ってたんじゃねえのか、この展開をよ!」
 く、と総帥の瞳が可笑しそうに細まる。
「確かに───ええ。貴方達をお待ちしていました。私と『勇者』で用意させて頂いた予行演習という餌に食いついて下さり、『勇者』と接触をして下さった。仕上げは、貴方達を殺し、『勇者』の気をたっぷりと吸い込んだ貴方達からそれを取り出すことです。簡単なことですよ」
 ぺらぺらと、よく喋る。
 それだけ───自信があるのだ、この男には。
 一体どれだけの力を秘めているのだろう。殺気や邪気を何も感じられないだけに、その機械的な光の中に、しかし明らかに面白がっている色を認めて、シュラインと日和は寒気がした。
「黙って殺されると思うか。現役引退したんだろうが、アンタは」
「そうですねえ、ですが」
 すう、とイチを見る瞳が更に細まった。
「貴方達を殺すだけの力は、まだ残してありますよ」
「「「「!」」」」
 イチは咄嗟に日本刀を振り、結界を作った。
 僅差で4人全員をそれは護り、バチンと何か目に見えないものが弾かれる音がする。
 じん、と脳の奥まで響く嫌な音に、耳の良すぎるシュラインは思わず頭を抑えた。
「大丈夫ですか、シュラインさん」
 日和が顔を覗き込む。
「入り口では、」
 冷たい声が、全員の鼓膜を静かに打つ。
 鼓膜から冷たい氷が体内に、そして心の中にまで浸透していくようで、指先から凍えていく気持ちがした。
「入り口では、些か無粋ですね───仕上げには。
 それなりの相応しい場所に行きましょう。先に───待っていますよ」
 ふわり、冷たい空気が吹くと同時に総帥は姿を消す。
「イチ、どこか分かるか、そのふざけた場所」
 武彦の苛々したような声に、イチは「大体はな」と相槌を打つ。
「『子供部屋』だよ」
 多分な、とイチは言った。



 子供部屋。
 それがどこをさしているのかは分からないが、なにやら嫌な寒気ばかりがして、日和は小走りでついていきながら、自分の肩を何度もさすった。
 他人の力を取り込んで更なる力を得る───それは、その人がそれまで積み上げてきた努力や流した汗、涙といった尊いものまで踏みにじることだと思う。
 それは決して許されるものではないが、しかし、こうしてヒントをよこして自分達を動かせようとするからには、隙在らばこちら側にいるイチ達───その力を取り込もうとしていることだ。それを、忘れてはいけないと思う。
 日和がイチの側についたのは、そんな訳であった。
 だから、心配のあまりに悠宇は最後まで怒っていた。
「『向こう』も動いてるわ」
 小さな声で、シュラインはセレスティに渡されたものを手に取り、再びポケットに入れる。
「───こっちもあっちも今回は同じくらい危険でしょうね」
 日和はそう言ったが、
「そうね。……今までもそうだったけれど、今回は特にそんな気がするわ」
 と、シュラインは神妙な面持ちだ。
 今までも、何度も危険を切り抜けてきた。
 今回だって、気が抜けない。否、
             今回こそ、本当に全員の命の保障はない、気がした。
「───! シュラインさん!」
 自分も、とセレスティから渡されたもの───配置している人間や、外で別行動をしている者をセレスティ自身も含め衛星で動きを把握し、所持している全員が同じように聞ける設定をしておいたもの、レーダーにも分かりやすく映るようになっていた、一見懐中時計のようなものを見下ろして、日和が小さく叫んだ。
 小さく、点滅している青い光がある。
 青い光は味方。護衛の者は緑色。そして、「敵」側は赤い色。
 点滅は───命の危険にさらされている、ということだった。
「悠宇さんもセレスティさんも、どっちもね」
 青い光が二つとも点滅しているのを確認し、シュラインはそこで、立ち止まったイチにぶつかりそうになった。
「落ち着いて」
 小さな声で、しっかりした口調でシュラインは、覚悟はしていたものの震えを隠せない日和の肩を抱きしめる。
「イチ、ここか?」
 そんな二人の姿をちらりと見てから、口早に、武彦。
「ああ。ここが『子供部屋』だ」
 イチが、日本刀で扉を斬る。
 ゴゥン、と音がして扉は中に向けて真っ二つに斬れ、倒れた。

 イチを抜かした全員が、息を呑んだ。

 そこに見えるのは、限りなく暗い薄明かりのもと、夥しいまでの大きな、何かの溶液が入ったカプセルのようなものに入れられた───裸の子供達。
 全員がうずくまり、虚ろな瞳でコポコポと、空気線を通した鼻と口から時折、泡を吐き出していることで生きているのだ、とかろうじて分かる。
「───」
 あまりの哀しみと、言いようのない苦しさに吐き気がし、日和は思わず口に手を当てる。だが、出たのは何かに対しての涙だけだった。
「あなたもここで『育った』の?」
 シュラインは息を呑み込みつつ、尋ねる。育ったの、というよりも───洗脳されたの、という質問だった。あえて洗脳、という言葉を、彼女は避けたかった。
「ああ。少しの間だけな」
 イチはそして、ハッと振り返る。いつの間にか、塗り壁のように、部屋の入り口が光り輝く壁で閉じられていた。
「ここを、俺達の死に場所にしろって?」
 武彦が、煙草を一本取り出し、火をつける。
 口元には、怒りを通り越した笑みが浮かんでいた。
「ふざけんのも大概にしろよ、ジジィ」
 それに応じるかのように、コツンと広い部屋の向こうから、総帥と思われる人影がやってきた。
 笑みが少し強張ったかのように見えたのは、武彦達の目の前に本当に突然に、『勇者』が真っ赤な返り血を浴び、服の所々を焦げ付かせて現れた時だった。
「あ、……あ……」
 かつてないほどに、瞳に恐れの色を見せている。
 本当に、これが今まで自分達が敵として向き合ってきた『勇者』と同一人物なのだろうか。
 そんな疑問を抱くほど、『勇者』は何かに怯えきっていた。
「何を恐れることがあるのです、『勇者』。貴方は私の最高の跡継ぎなのですよ」
「『あなたの名前は』?」
 総帥が言葉を終えるか終えないか、というところでシュラインは、咄嗟に機転をきかせた。
 ゆるりと『勇者』が震えながら自分を振り向く。その瞳をしっかりと見据え、シュラインはもう一度、その血塗られた手を躊躇いなく取り、尋ねた。
「あなたの、本当の名前は、なに?」
 ゆっくりと。
 出来優劣で情報量が今まで、違っていることを思い返す。『勇者』は色々なことを知っている分、処罰等も熟知しているはずだ。
 現状は心の負荷自身気付かずにいるのであっても、それはかなりのものかも、と思う。
 彼がやった事は到底許される部類ではないけれど、真打───この総帥が彼を洗脳した、等のの目線から言えばそれはラン達と違いなくも思えるのだ
 過去の炎の映像を、シュラインは思い出してみる。あの小さな頃から強要矯正され続けてたとも思えるし、だとしたら真打の為だけに価値がある必要はない。
 口を開閉させている『勇者』の手を、更に優しく握って、武彦やイチ、日和がはらはらと見つめる中、シュラインは語りかけた。
「あなたは、駒としてでなく人として価値があると思うわ」
 ぴくん、と『勇者』の瞳から僅かに怯えの色が薄まる。
「人として必要としてる人もいるのだから───」
 ね? と、シュラインは『勇者』に───『勇者』の心に。
 敵意なく手を差し伸べた。
 無茶ではある、とわかっている。
 だが、語りかけることは決して無駄ではない、とも思った。
「私は───ぼくは───ぼくは、神城偲愛」
 カミシロ・サイ。
「ぼくは───ぼくは、コワい。人の心は殺せると教わってきた。感情など殺せると。だから今まで訓練にも耐えられた。だけど、『後継者』は違う、サキは違う。ぼくをいつも追い詰める、心は殺せるって教えられたのに、ぼくの心は殺されてない、だからこんなにコワい!」
 恐らく、きっかけは。
 あの時───感情低下していたはずのエニシが、我が子であるイチを身を挺して護った、あの時だったのだろう。
 人の心は殺せない。
 今まで、赤ん坊の頃からそう聞かされてきたのに、それを目の前で覆されたのだ。
「大丈夫です」
 日和も、もう片方の『勇者』、偲愛の真っ赤に染まった手を取る。
「縛られているもの、それは必ずとけるはずですから」
 コツン、と固い靴音が近づいてきて、偲愛の手が二人の手の中で跳ね上がる。
「私のよく出来た『勇者』を、よくもここまで追い詰めてくれましたね───『勇者』、『後継者』はどうしたのですか? 貴方には常についてまわるよう、今回は言っておいたはず」
「ぼくは」
 一人称すら変わっていることに、偲愛は気づいていないようだった。
 ひたすら怯え、シュラインと日和の手にまでうつってしまった、何者かの返り血を改めて見下ろす。
「ぼくは───自分が、何をしたのか分からない。でも、多分これは、……前希の、血。そう、前希はぼくの前で、死んだ」
 サキ。
 また新しい名前が出てきて、武彦はちらりとシュラインと目配せし、イチは日和の前に立った。
「なあ、総帥。完璧だったはずの計画が狂ったみたいだな」
 イチが、一か八かというふうに、顎をしゃくる。ちら、と震えている『勇者』偲愛を一瞥し、わざと。
 ───わざと、日本刀を翻した。
「総帥が罰を与えるってよ!」
 と、偲愛の箍を外す言葉を放ちながら。



 断末魔のような悲鳴が、偲愛の全身から「力」と共に迸った。
 初めて、総帥がたじろぐ。
「落ち着きなさい。『後継者』なら、新しくまた作ってやろう。私とお前の二人の力を合わせれば、蘇生も不可能ではないのですよ」
「愚かです」
 日和が、暴発している偲愛の力を目の前にして、毅然と口を開く。
「愚かです。何が『勇者』さんを……いえ、偲愛さんをここまで追い詰めたのか、私にだって分かります。なのに、あなたはそれを煽っているだけ」
「何が目的だったか分からないけれど、あなたの誤算はあなたの洗脳方法、その理由にあったようね」
 シュラインが、ちらりと青い光が点滅からやや持ち直したのを確認しつつ、日和の跡を継ぐ。
「何が───目的だと?」
 くしゃ、と整った前髪をかきあげながら、偲愛の力の暴発により自らが張った結界すらも突き抜けてくるそれを分かっているのかいないのか、総帥は笑った。
「戦争を知らないお前達に分かるはずがない。私は平和を望んだのだ!」
 ボウッと音を立て、総帥の身体が炎を発する。
 小さく悲鳴を上げた日和とシュラインをそれぞれ抱きかかえ、武彦とイチはその場から逃げようとする。入り口を未だ塞いでいる壁を一刀両断にし、イチはそこで日和を武彦とシュラインに託した。
「イチ!?」
「悪ィ、俺」
 イチは、笑った。
「心中する気はねェけど、こんな状態の『勇者』、ほっとけねェや、やっぱ」
 ガラガラ、と、天井が崩れてくる。
 そのまま武彦達とイチ達の境を隔て、双方の視界をシャットアウトした。
「イチ!」
 武彦は叫んだが、「崩れてくるわ」とシュラインが自力で立ち上がって日和の片方の肩を掴み、研究所からの脱出を試みる。
「走れ、ます」
 日和は力強く言い、一度ぎゅっと目を閉じ、開いて走り始めた。
「イチさんは、大丈夫です」
 そう、自分に言い聞かせるようにしながら。
 大丈夫───きっと、偲愛も。



■Dear Love-World■

 合流し、お互いにあった出来事を、彼らはランとエニシも交えて興信所へ向かう車の中で話をした。
 研究所は見る間に灰となり、カプセルの中の子供達は『勇者』の力の作用だろう、全員が赤ん坊となってしまい、武彦が匿名で通報した警察達の手で無事、保護された。



 今までのことウソだったかのように、台風一過とばかりの青空だ。
 見上げて、日和はシュラインの隣で、気持ちよさそうにのびをした。
 あれから、何日が過ぎただろう。
 セレスティの伝手の、いい孤児院をこれまた匿名で紹介された赤ん坊達は、元気よく育っているという。
 赤ん坊達の養育費は、研究所の地下にあった膨大な神城家の財産で、跡継ぎとなったラン───神城乱安(カミシロ・ラン)の指示で賄われているという。
 表立っては、無償の奉仕としてはあるのだが。
「今日は、悠宇さんは?」
 シュラインが重そうなピクニックバッグを持ち直しつつ尋ねると、日和は笑顔で応える。
「もうすぐ、来ると思います。セレスティさんと一緒に、セレスティさんから紹介してもらった腕のいいお医者さんのところから、戻ってくるはずですから」
 配線の傷の治り具合は、予想以上に二人とも、いいようだ。
 話している間に、後ろから、一度興信所に寄って武彦も連れてきたセレスティの車が短くクラクションを、彼女達の背後から鳴らした。
 悠宇も思ったとおり乗っていて、日和とシュラインも乗り込んだ。
 行き先は、いつもの療養所である。
 外国にあるような広々とした自然いっぱいの敷地の前に車を停めさせ、セレスティに悠宇、シュラインと日和、そして武彦は庭の一角に向けて歩いた。
 そこにいた二人の人影がこちらに気づき、手を振る。
 片方は乱安、そしてもう片方は縁志だ。
 乱安も縁志も、もう殆ど「普通の思考」に戻っていた。
 それもやはり、『勇者』である偲愛が最期に力を振り絞った証なのだろうか、とも思う。
「お、来てたのか」
 いつものように、医者から偲愛の今日の状態を聞いて療養所から出てきたイチが、笑いかける。
 ───あの後。
 前希と、総帥である聖は遺体で発見されたが、偲愛は奇跡的に生き残った。
 それはイチが最期まで残り、意識の続く限り結界を張り続けていたおかげでもあったのだが───かわりとばかりに、心が抜け殻になっていた。
「でも、最近は少しだけど、時々ぼくや縁志に、ホントに優しい笑顔、見せてくれるようになったんだよ」
 乱安が、嬉しそうに日和に話す。
「身体の状態はいいようだから、あとはリハビリって話だ」
 イチはシュラインの作ったサンドイッチを食べながら、悠宇に話してきかせる。
 もう、彼らの間に因縁はなくなっている。
 何故、と不思議に思うふしもあったのだが、真相を知ってしまった今となっては。
 本当には、道を間違えなければ───狂気に落ちなければ。
 否、戦争など起きなければ───総帥、聖の最愛の者達も死ぬこともなく、こんなにたくさんの悲劇も生まれなかったのだろう、と其々に思うからだ。
 だとしたら。
「俺達に出来ることは……せめて俺達だけでも、平和な絆を築くことだからな」
 縁志が、そうつぶやいたものだ。
「ああ、本当」
 りんごをむき、偲愛に手渡したシュラインが、微笑んだ。
「見て。この子、笑ってる」
 全員が、偲愛に暖かな視線を送る。
 そこには、車椅子に乗り、まるで幼い子供の頃を塗り替えるためにいるかのような。
 そんな、無邪気で美しい、どこか愛しむような瞳で天使のように微笑んでいる、偲愛の姿があった。


 ───ああ、やっと……
 ───やっと、悪夢が終わった気がする、よ……
 ───とてもとても、長かった……悪夢、が……───



《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、ちょっとシリアスな話を、そして、ちょっとわたしのいつもの作品とは趣向が違うと思われた方もいらっしゃるかと思いますが、「暗殺」を目的とする集団の話を書いてみようと思い、皆さんにご協力して頂きましたシリーズの最終章となりました。
ダイスですが、これは今までと同じように、そしてまた前回とは別に作ったものを使用しました。其々に用意したものとあわせ、プレイングを重視し纏めた上でノベルの設定と組み合わせた筋書きを出すのは、今までで一番……そう、初めてノベルを4度も書き直したという大変さでした。このシリーズでは間違いなく、以前よりはるかに一番の「生みの苦しみ」を味わった最終章でした(笑)。
流石にシリーズもの、いざ終わってみると、なんとも淋しさが残ります(笑)。
それでも、これの番外編となりそうなシリーズものや、何かをまた考えておりますので、また偲愛やイチ、乱安や縁志が皆様の前に現れるかもしれません。
ラストは最初から決めていたとはいえ、犠牲のわりにはありきたりなラストだなと思われた方も多いかもしれません。が、やはりこれは外せない課題だと思い、書きたかったことでもあるので、こだわって書かせて頂きました。
また、今回は研究所サイド(シュライン・エマさん、初瀬・日和さん)と『後継者』サイド(セレスティ・カーニンガムさん、羽角・悠宇さん)とに半分以上でしょうか、個別として分けて書かせて頂きました。お互いのサイドを見ないと分からない部分も今回はラストなりに特にあるかと思いますので、もう片方のその部分も是非、どうぞお暇なときにでもv

■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は絶対に研究所サイドに行くだろうと思っていたので、意表をつかれました。偲愛に対しては色々と言いたいこともあったと思いますが、事情が分かってしまうと悠宇さんはきっと言えないんじゃないかな、と思ったので、こんな終わり方になりましたが、如何でしたでしょうか。今回、セレスティさんと見事に同じ目が出て、しかもそれが最悪の目でしたので、ひやひやしていた東圭です。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 今回はまだ身体の痛みを引きずってはいるものの、果敢に研究所サイドで行動して頂きましたが、その後体調のほうは順調でしょうか。研究所で見た「子供部屋」では特に、インパクトがありすぎて支障をきたさないかどうか心配です;
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 今回もまた、情報網を使わせて頂きました。衛星での行動把握、うまくいかせずにすみません;セレスティさんは台詞こそ少なかったものの、命の危険があっても冷静に判断するんじゃないかな、と、あんな場面になりました。やはり金持ちの繋がりは噂なくしてはないものじゃないかな、と些か偏見からくる筋書きだったかもしれませんが;(笑)
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は偲愛の手を握る場面がなかったら、実際のところ偲愛も死んでいたのでは、と思います。戦争から始まったものを、やはり争いでは終わらせられないのかな、とシュラインさんの行動を見て書いてみて、改めてそう思った次第です。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は今までとは「裏の面」からも、そして「表の面」からもそれを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。ついに「A.P.」の本当の中の本当の意味である「Angel Phantom」という組織の名前の意味、ラストシーンで推測して頂ければと思います。
人と人との争いは、争いでは決して終わらせることが出来ない、というのをシリーズを通して書きたかったのではないか、と思います。イチの「小鳥の少女」も赤ん坊の中に紛れ込んでいる、という裏話もあったりなかったり。ともあれ、皆さんシリーズの最後までおつきあい下さり、本当に有り難うございましたv

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/09/08 Makito Touko