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<東京怪談ノベル(シングル)>


『ある夏の晴れた日に』



 真っ青な空にある大輪の華。
 向日葵は真っ直ぐに背筋を伸ばして、空の大輪の華を見つめている。
 恋い焦がれるように、それが動く方にあわせて花を咲かせる。


 風間月奈は孤児院の片隅になぜか一本だけ咲いているその向日葵を見て不思議そうに小首を傾げ、そしてつぎにどこか楽しそうにくすりと笑った。
「きっと誰かが理科の実験か何かで使った種をここに植えたのね」
 んー、でも一本だけでは何だかかわいそう。
 小さく肩を竦め、何とかしてあげたいな、とも想うけど、他の花をここに移すのもまたなんだかかわいそう。
 月奈は小さく溜息を吐いた。
「これはまた、今度までの宿題、ね。それまでごめんね。向日葵さん」
 そっと指先で茎を触りながら囁いた。
 独りはきっと寂しいだろうけど、我慢してね。
 後ろ髪引かれるような気持ちで歩き出そうとした月奈の耳に声が聞こえたような気がした。
 ―――大丈夫。ここで独りで咲いているのは寂しいけど、でも孤独では無いから。
 聞こえたような気がした声に月奈が足を止めて、振り返る。
 花は風に揺れて咲いていた。
 空にある太陽の子どものような大輪の黄色い花はどこか幸せそうに笑っているように見えて、そして、その花の表情の意味が月奈にもすぐにわかる。
「あ、月奈おねえちゃんだぁー」
「月奈ぁお姉ちゃん。また、遊びに来てくれたのぉー」
 教会の門の所から学校の水泳教室に行っていたのだろう子どもらが真っ黒に日焼けした顔にとても元気そうな笑みを浮かべて走ってくる。
「こんにちは、皆。いい色に焼けたね」
 とても楽しげに微笑む月奈に子どもらは顔を見合わせあうと、くすくすと笑いながらズボンのポケットから何やら踊っているような人の絵が描かれた紙を取り出した。
 月奈はん? と小首を傾げる。
「これは?」
「あのね、あのね、僕らのクラス、シンクロをやるの!」
「シンクロ?」
「うん、シンクロ! 学校の水泳大会でやるんだ」
「水泳大会で?」
「うん。クラスでね、水球チーム、シンクロチーム、リレーチームに分かれて、それでやるんだよ」
 とても嬉しそうに話してくれる皆に月奈も嬉しそうに頷いた。
 それから子どもらは月奈の両手を引っ張って、彼女を孤児院の方へ連れて行ってくれる。月奈はとても愛おしげな笑みを浮かべながらそんな子どもを見つめている。くすりと笑って、それで振り向いた。一輪の黄色い大輪の向日葵の花。
「そうだね、皆が居てくれるものね」
 独りで咲いているけど、でも確かに孤独じゃないよね。
 こうやってこの子らは見つけてくれるから。
 そしてここには、
「おや、いらっしゃい。シスター・月奈」
 この人がいる。
「こんにちは。またお手伝いに来ました。でも、まだ、ボクは見習いですからシスターは早いです」
 にこりと笑いながら肩を竦めて言う。
「そう? でももう充分にシスターを名乗ってもいいと想うのだけど」
 小首を傾げさせた彼女の顔に浮かんだ優しい笑顔に月奈は頬を赤らめる。この人に認められた事が何よりも素直に嬉しい。
「でもまだ、早いです」
 近づこうと思えば思うほど、貴女の偉大さがわかるから。
 シスターも月奈の性格はわかっているようで、どこか優しい母親が頑なに自分もお手伝いをする、と言い張る幼い娘を見つめるような穏やかで落ち着いた大人の女性の目で月奈を見据えて、にこりと微笑んだ。
「そう? じゃあ、当分はまだ見習いという事で」
「はい、そうお願いします」
 茶目っ気のある母親に余裕のある大人びた娘がするような感じで月奈はシスターに微笑み、シスターは肩を竦めた。
 それからシスターは月奈に遊んでもらいたがっている子どもたちを視線で指し示して月奈に頷いた。
「それじゃあ、明日のためにその1、という事であの子たちの遊び相手、してもらえるかしら?」
「はい、シスター」
 月奈はとても綺麗な笑みを浮かべて頷いて、そしてその瞬間に子どもらはわぁーっと嬉しそうな声をあげた。



 子どもたちとお遊びをしつつも孤児院の仕事もこなす、それが月奈の目標である彼女が毎日こなしている日課で、だから月奈も立派なシスターになるためにそれをこなそうとする訳で、だから月奈はまずは皆にこう言うのだ。
「はいはい、皆、まずはお洗濯物をここに運んできて! まずはお洗濯開始で、そしたら皆にいい物を作ってあげる」
 子どもらは互いに顔を見合わせあう。
 月奈お姉ちゃんが言う、いい物、って何だろう!
「うん、わかったよ、お姉ちゃん! 皆、早く行こうぜ」
 わいわいと騒ぎながら子どもらが洗濯物を脱衣場まで取りに行く。
 男の子たちが突っ走っていって、その後を女の子たちも大慌てで取りに行く。
 その後ろ姿を見送って月奈はくすりと笑うと、マイ・マネーで買った紙コップとストロー、それからハサミを鞄から取り出した。それらを見て、また楽しげに面白い悪戯を思いついた悪戯っ子のように微笑む。
「月奈お姉ちゃぁーん、持って来たよぉー」
 男の子がそれぞれ洗濯物を持ってきて、その後を女の子が男の子が落として行った洗濯物を拾いながら追いかけてくる。いつものお決まりのような光景。その微笑ましさに月奈はくすりと笑った。
「はい、ご苦労様。それじゃあ、まずは白物の洗濯物から洗おうか?」
「はーい」
 洗濯機の中に洗濯物第一陣を入れて、そして洗剤を入れてスイッチON。
 月奈と皆とでついつい静かに洗濯し出す洗濯機を見てしまう。
 それからちゃんと動いたそれに皆でやっぱりなんだか感動したような感じで笑いあって、くすくすと笑ってしまった。
 かわいいテディーベアーのぬいぐるみを抱いた小さな女の子と月奈は顔を見合わせて、またその娘の嬉しそうに笑っている顔につられてくすりと笑ってしまう。
 本当にかわいいな、と思う。
 子ども特有の純粋無邪気な、素直な笑み。
 まるで雨が降った後の空気のように心が洗われる。
 ミィーミィーミミミミ、と鳴くアブラゼミの鳴き声に負けないぐらいの大きな元気な声をあげて、男の子が月奈の修道服を引っ張った。
「お姉ちゃん」
 ん? と顔を傾げると、その男の子は嬉しそうに洗濯機から少し離れた場所に置かれている紙コップにストロー、ハサミを指差した。
 周りの皆も何かを期待する顔。
 月奈はくすりと笑って、孤児院の敷地の片隅にある大きなヤマモモの樹を指差した。
「あそこの木陰に移動しようか?」
 ヤマモモの木の下、そこの木陰が月奈の工作教室。
 まずは皆に紙コップとストローを配って、行き渡ったのを確認してから月奈は自分のストローの先にハサミで縦にいくつかの切れ込みを入れる作業を実演してみせる。
「ハサミは三つあるから、皆で順番に使ってね」
「はーい」
 仲良くハサミを皆で順番に使って、自然に出来上がった三つのグループを月奈は見て回る。大きな子が小さな子の分も切ってあげていて、それが微笑ましい。
 小さな女の子が月奈に切ってもらったストローを見せて嬉しそうに笑って、月奈もその子の頭を撫でてあげる。よかったね、と。
 皆が浮かべる笑顔を見ていて月奈はふと思った。
 この笑顔、誰かに似ているな、って。そしてそれは考えるまでもなくシスターの笑った顔にそっくりで、それからその笑みはつい先ほど見た向日葵にも似ているような気がした。
 花が咲き綻ぶような笑顔、それはきっと幸せな証拠で、満たされている証拠。だからそんな綺麗な笑みを浮かべられる子らが月奈には羨ましく想えた。
 そんな風に想いながらにこにことしている月奈に子どもらも嬉しそうに出来上がったストローをあげてみせる。
「できたよぉー、月奈お姉ちゃん」
「はいはい。じゃあ、次はこっち」
 月奈はこっそりと子どもらが洗濯物を取りに行っている間に作った石鹸水をヤマモモの樹の陰から取り出す。
「はい、皆。紙コップを持って並んでください。あ、それからこれはカルピスじゃないから飲んじゃダメだよぉー」
「はーい」
 笑い声の混じった返事。
 並んだ子どもらの紙コップに石鹸水を注ぐ。
 そして月奈は最後に自分の紙コップに石鹸水を入れると、ストローを入れて、そうしてシャボン玉を作り上げた。
 大きな大きなシャボン玉は空高く上がっていく。
 そうして太陽の光りに虹色に輝いて、弾けて、消えた。
 アブラゼミの声ばかりが目立って、子どもらは静か。
 でもその次に子どもらはわぁーっと声をあげて、シャボン玉を作り出す。
 子どもたちの人数よりもたくさんのシャボン玉が蒼い空に浮かんだ。
 気持ち良さそうに空まで飛んでいく。
 ふぅー、ふぅー、とストローを吹くばかりで、シャボン玉が出来上がらない女の子が泣きそうな顔。
 月奈は優しい笑みを浮かべながらその女の子の傍らにしゃがみ込んで、その子の手に自分の手を添えると、ストローを紙コップの中に入れて、たっぷりと石鹸水をストローにつけさせて、女の子ににこりと微笑む。
「ふぅーって、優しく吹いてごらん」
「うん」
 ふぅーっと言われた通りにストローを吹いて、そうしてストローを吹いた女の子の顔に嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
 だってとても綺麗で大きなシャボン玉が出来上がったのだもの。
 月奈と女の子は顔を見合わせてくすくすと笑った。
 暑い夏が栄養剤かのように鳴くセミたち。
 でも子どもらもその声に負けないぐらいにきゃっきゃっと声をあげながらたくさんのシャボン玉を夏の蒼い空に向かって作り飛ばした。



 いくつものシャボン玉がとても楽しそうに浮かんでいた夏の蒼い空。
 今はその蒼い空をバックに綺麗に洗濯された洗濯物が洗濯用ロープにかけられて、とても気持ち良さそうに夏の風に吹かれて、はためいていた。
 相変わらずセミは暑い夏が栄養剤。地上に上がってからの短い命を燃やすように鳴いている。
 でも子どもらは電池切れのよう。
 ヤマモモの木陰の中で座り込んでいる子どもら。セミにとっては栄養剤でも、人間には暑すぎる夏に辟易したような表情を浮かべて、子どもらは暑い、暑いと口にしていた。シャボン玉を飛ばして先ほどまではしゃいでいた子どもらだが、少々はしゃぎすぎたよう。
 子どもがあげる「暑い」、と言う声はどことなく電池が切れそうなメロディー付きのレターのメロディーを思い出させた。
 月奈は最後の一枚を乾し終えて、木陰の中でだれる子どもらを見て、苦笑を浮かべる。
 それから彼女はつぅーっと白磁の頬を流れる汗の雫を手の甲で拭って肩を竦めた。蒼い空の真ん中で、凛とそこにある太陽を細めで恨めしそうに見上げる。
「綺麗な蒼い空。お洗濯物を乾すには絶好のお天気だけど、少しは雨も降らないものかしらね」
 そして月奈もヤマモモの木陰の中に入って、溜息を吐いた。じりじりと太陽に焼かれた大地が発する熱が木陰だろうと容赦してくれてはいない。
「これじゃあ、熱中症になっちゃうわね」
 とくに月奈の着ている服は黒だし。
 月奈も子どもらも一緒になって、木陰の中であ〜つ〜い〜、とだれていた。
 そんな月奈たちにそこへやって来たシスターはくすりと笑った。
 月奈は恥かしそうに頬を赤らめて、ちろりと舌を出す。
「シスター、何か?」
「ええ、薔薇園の水撒きを頼もうと思って。だけど、すっかりと暑さにまいっちゃっているみたいね」
「あ、大丈夫です。ボクがやります。シスター」
「そう?」
 少し意地悪っぽい笑みを浮かべられる。
 月奈はきりりとした表情を浮かべて胸を叩く。
「任せてください」
 シスターはくすっと笑いながら肩を竦めて、
「じゃあ、頼むわね」
「はい」
 月奈は笑顔で頷き、それから子どもらに微笑みかける。元気にぱんぱんと手を叩きながら。
「さあ、皆。立って。皆も薔薇にお水をあげるのを手伝って」
「はぁ〜〜い」
 だれたような声に月奈は苦笑。それからもう一度、先ほどよりも元気な声を出す。気分はデパートの屋上や遊園地のヒーローショーの司会のお姉さんが、子どもらに悪者の怪獣が現れたので、皆で正義の味方の名前を大声で呼んで、助けを呼びましょう! と言うように。
「手伝ってくれるかなー?」
「はーい」
 今度は子どもらも笑いながら答えてくれた。
 それから皆で薔薇園に行く。
 蛇口にホースを付けて、そのホースの先を月奈は手で潰しながら、後ろの子どもに「いいよ」、と合図をする。子どもは嬉しそうに水道の栓を開いて、ホースからは勢い良く水が迸った。
 暑い夏の日差しに焼かれた空気が水によって冷やされたような感じがして、少し涼しくなったような気がしたのはきっと月奈の気のせいじゃないだろう。
 薔薇たちも月奈が撒いた水で息を吹き返したように嬉しそうにしているような感じがした。
 でもそれで息を吹き返したのは薔薇たちだけではないよう。
 先ほどまでは夏の暑さに負けていた子どもらも顔を輝かせて月奈の周りに集まって、自分にも水を撒かせてと言い出す。ちょっとホースの取り合いになって、喧嘩になりそうな雰囲気。
 月奈はくすっと笑って、
「じゃあ、ジャンケン。ジャンケンで勝った人がホースで、それで他の皆はバケツに水張って、杓子でお水をやったり、如雨露であげたりしようか?」
「はーい」
 水を上げながら月奈は子どもらのジャンケンを楽しそうに見つめ、それからジャンケンの勝者にホースを賞状のように授与して、そして水撒きはその子に任せて月奈はジャンケンに負けた子どもらと一緒にバケツに水を溜めて、それから杓子や如雨露も用意して、そうして皆で水をあげ始める。
 一番小さな男の子も杓子で水をあげようとして、月奈はその子を後ろから抱っこしてあげて、男の子はきゃっきゃっとはしゃぎながら杓子をえい、って振り回して、そうしたらその水は薔薇ではなく、月奈の隣に居た男の子の頭にかかって、やっぱりお決まりで皆に笑われたその子は今度は自分の隣の男の子にえい、って如雨露の水をかけて、そうしてそこから水かけ合戦。
 月奈はきゃっきゃっとはしゃぐ男の子を抱きながら「こら、やめなさい!」と、怒るけど時既に遅し。互いに水を掛け合っていた子どもらは顔を見合わせあって、その見合わせた顔に悪戯っぽい笑みを浮かべると頷き合う。
「うぅ」
 嫌な予感。
 後ずさる月奈ににこりと笑いあう子どもたち。でもその子らの視線は月奈の後ろを見ていて、そして月奈は気付く。後ろにはホースを持った子が居て、そうして振り返ると同時に月奈の頭にホースの水がかかって、びっしょり。
 一斉に子どもらの笑い声があがって、それで月奈は男の子を下ろすと、手で顔を拭いて、
「こらぁー。ボクは怒ったぞぉー」
 と、どう聞いても笑っているようにしか聞こえない声で言って、ホースを奪取。それから後ずさって逃げようとする男の子にふふんと笑う。
 そうしてえい、ってホースの水をその子の頭にかけて、
 それから皆にもえい、って。
 皆はきゃっきゃっと逃げ回ったり、それぞれの杓子やら如雨露の水を月奈にかけたり。
 暑い夏の暑さがセミの栄養剤なら、水の冷たさと楽しいという気分がまた月奈や子どもらの栄養剤。
 暑い夏に凛と響いていたセミの鳴き声にも負けない月奈と子どもらの笑い声はその後しばらく続いた。
 しっかりと水浸しとなって、月奈と子どもらは互いに顔を見合わせてくすくすと笑いあう。
 それから月奈は蒼い空に向かってホースの水をかけて、そうして空中にかかった小さな虹に子どもらは皆、きゃっきゃっと喜んだ。



 男の子たちは水に濡れて元気を取り戻したようで、濡れたまま今度は泥遊びを始める。
 女の子たちは月奈を取り囲んで薔薇の花言葉の授業。
「紅い薔薇は熱烈な恋」
「じゃあ、告白をしたい時にはとっておきの薔薇ね」
「そう。それで黄色い薔薇はやきもち」
 やきもち、という言葉に女の子たちは笑いあい、それから薔薇の蕾を指差す。
「蕾も花と同じ言葉なの、月奈お姉ちゃん?」
「ううん、違うよ。蕾は蕾で違うの。紅い薔薇の蕾は純粋、愛らしさ。ここの薔薇だけでも花言葉遊びができるかな?」
「花言葉遊び?」
「うん。花言葉だけで会話をするの」
 にこりと笑いながら月奈が言うと、女の子たちはきゃぁーっと楽しげに笑った。
 皆、水に濡れて、体温を下げたおかげで嬉しそう。楽しそう。元気。でも、
「こぉらぁ〜。洗濯をした後に洗濯物を作ってどうするのかなぁ〜」
 その場に現れたシスターの素適にとても優しい声に涼しいを通り越して、凍りつくのだった。



 たっぷりとシスターの説教をくらって、それから月奈たちはお風呂に入った。実は水遊びをしている月奈たちをこっそりと見ていたシスターが沸かしておいてくれたのだ。「さあさあ、そんな濡れたままでいると風邪をひくからはいってきなさい」、と言ったシスターの顔を見て、月奈もついつい彼女の娘になったような気分になって「はい」、と笑顔で頷いて、子どもらをお風呂に入れながら、幸せそうにくすりと笑ってしまう。
 そうして月奈はお風呂から上がって、シスターに借りた服を着て、子どもらに服を着させると、皆でまたお洗濯をして、洗濯物を乾して、それからまた遊ぼうよ、と言ってくる子どもらに月奈は優しく微笑んだ。
「起きたらね。皆はお昼寝の時間」
 時刻はお昼の2時。
 子どもらはちょっと不満そう。でも眠いのも事実。
 眠そうだけど、不満そうな子どもらに月奈はくすりと笑って、それから小さな男の子と女の子の手を握って、皆を先導する。
「さあさあ、来てください。皆がちゃんと眠れるまでボクが唄を歌ってあげるから」
 不満そうだった子どもらが喜ぶのは月奈の唄が大好きだから。この孤児院では月奈は優しいお姉さんで、そして大好きな歌姫なのだ。
 孤児院の大広間。そこで布団を並べて子どもらは寝転がって、月奈はその子どもらの真ん中に座って唄を歌う。



 見上げた夜空に浮かぶ優しい満月の灯火。
 心にある悲しみ、溶け込んでいく月明かり。
 夜に月があるのなら怖くは無いでしょう。
 生れ落ちる事も、
 生きていく事も。
 月はいつも夜にあってくれる。その灯りが夜にあるから、私たちは夜も怖くは無い。
 忘れないで月の明かりを。いつも月はあなたたちを見てくれているから。
 そうしていつか見つけられるでしょう。
 いつか月が無くとも悲しみを溶かしてくれる温もり。
 明かりの無い夜の空も優しく包み込んでくれる温もり。
 その温もりに出逢えた時にあなたたちはこの世に生れ落ちた本当の意味を知るでしょう。
 月はだから天使たちが温もりに出逢えるその日まで夜空で輝いていましょう。
 天使らの安らかな寝顔を見て、幸せに浸りながら。



 それは月奈の想い。
 誓い。
 そして子どもらの幸せな未来を望む願い。
 それを透明な歌声で言葉に紡ぎながら、月奈は眠りに誘われていく子どもらに子守唄を歌った。



 きっと男の子たちは水遊びや泥遊びの夢を見ている。
 そして女の子たちは月奈に教えてもらった花言葉遊びの夢を。
 月奈は頬にかかる髪を耳の後ろに流しながら幸せそうな顔でくすりと微笑んで、そうして静かにその部屋を後にした。



 食堂の調理場ではシスターが大きなタライに氷を入れてるところだった。そのタライには大きなスイカが二つ入っている。それから二つの桃。
 シスターはにこりと微笑んで、よく冷えた桃を手に取ると、月奈に手招きをした。
「ご苦労様」
「いえ」
 月奈も笑顔が浮かんだ顔を横に振って、そうしてシスターと二人で孤児院の庭に置かれたベンチに座って、足は氷が入った水が張ってあるタライに突っ込んで、並んで桃を食べる。
 冷たい桃の果肉と果汁がとても美味しくって、喉が潤った。
「美味しいね」
「そうだね」
 シスターはくすりと笑い、そして空を見上げる。
「神はきっと居る。居て、子を見ていてくださる。でも神は目に見えないから人は寂しがる。だから私たちはそのためにいるのでしょうね」
 月奈はシスターを見る。
「神を人は見えないから、だから私たち神に仕える者がその愛を、皆に伝える。そして人はその愛を与えられて、自分の中でそれを育てて、そうしてやがて誰かと知り合い、恋をして、また新たな愛を育み、命が生まれる。そうやって人は大切な感情、命を伝えてきた」
「はい」
 月奈は想う。
 今も少しずつ、風間月奈、自分に色がついていく、と。
 自分の心というキャンバスに塗る色をもしもこのシスターというパレットがくれるのなら、それならそれはどれだけ嬉しいだろうと。
 神は確かに目には見えない。
 でも自分は神に感謝できる。
 神はこの人と自分を合わせてくれた。
 きっと自分はなりたい自分になれる、このシスターが見てくれていたら、そうなれるような気が、月奈はして、
 そしてそれを心から感じられた。
 見上げた夏の空はどこまでも蒼く塗り染められていて、その透明度の高い蒼い空を、直接キャンバスに塗りたくった白のような雲が流れて行く。
 セミの声がとても気持ち良かった、今は。
 そうして月奈はもう一度、まるで自分のこの出会いを喜んでくれているような世界の息吹を感じながらシスターに頷いた。
 しゃくっと口をつけた桃が美味しく、そしてその桃に引き寄せられたかのように高校生二人が帰ってきて、シスターがくすりと隣で笑って、そうして月奈はこの何気の無い一日を愛するようにそんな自分の周りを愛おしげに見つめて、微笑んだ。


 ― fin ―


 ++ライターより++


 こんにちは、風間月奈さま。
 いつもお世話になっております。
 ライターの草摩一護です。


 今回はご依頼ありがとうございました。
 いかがでしたでしょうか? PLさまが想像されていた通りの月奈さんの孤児院での生活になっていると嬉しいのですが。^^
 私も孤児院で子どもたちと一緒に遊ぶ月奈さんを書いていて、とてもほのぼのとした気分になりました。^^
 本当にとてもすごくやらせていただけてよかったと想いました。^^
 なんせ今、書いている投稿用の小説がどろどろの内容ですから本当に、ほのぼのとできて。^^


 それからプレイングの文量ですが、あそこまで書いてくだされば充分にPLさまのイメージしているお話の雰囲気は感じられますから大丈夫ですよ。^^
 今回ももう本当にわかりやすかったですし、イメージしやすかったですから。^^
 月奈PLさまの書いてくださるプレイングはいつも本当にこちらとしてはイメージを感じやすい文章で、想像なされているお話の全体像を描写してくださっているので助かります。^^
 寧ろこちらの方がまだまだ筆力不足で、満足していただける文章を書けているかどうか心配なぐらいですから。^^
 おそらく月奈PLさまのプレイングならどのライターさまも本当にありがたい、親切なプレイングだと想いますので、大丈夫だと思いますよ。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼ありがとうございました。
 失礼します。