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<東京怪談ノベル(シングル)>


修行としての初仕事

 師匠二人が言い出した事は――意外と言うべきだったのか、それとも殆ど物になってないとは言え六年半も勉強している以上当然と言うべきだったのか…。
 よくはわかりませんでした。
 ただ、僕に与える修行の一つとして、とある依頼を受けてきたから遂行するように、といきなり言われ。
 言われた通り、僕はそれを受ける事になりました。

 何でも、日本刀に憑いた悪霊っぽい何かをどうにかしろ、だとか。
 …って斬られたくは無いんですけど、僕。



 で。
 依頼、と言う形である以上、ある程度の情報は事前に譲り受けはしましたが…それ以上に、受けた依頼の対象について細かく調べるのがまず最初にすべき事。魔術を使用するからには…いえ、魔術でなくとも、相手を知る事は重要な事柄になります。
 それで、どんな対応をするべきか…どんな術法が適しているのか、見極められる訳ですから。
 …と言っても、それで四大精霊系統のコントロールが必要とされるものだったりすると…僕の場合、少々きついんですけれど。
 ともあれ、まずは詳しい調査に入ります。

 …と、思ったんですが。

 それどころじゃないようでした。
 …曰く、依頼の品である日本刀の持ち主らしい方が…日本刀を持ったまま何処かへ消えてしまったとか何とか。
 その方のお宅に連絡を取って早々、縋るように助けを求められてしまいました。



 で、結局。
 依頼を受けた時点で想定していた最低限――以上の事前の用意は何も無いまま、日本刀の持ち主さんと日本刀の両方を捜さなければならなくなりました。外は暗く、もう夜です。そんなところで刀一本携えて何処に行ったかわからない…ってかなり問題な気がするんですが、だからこそ縋られてしまった訳ですね。それも、その刀には何か悪いモノが憑いている訳なのだから、余計に…先が思い遣られます。
 もう、持ち主さんの方が刀に乗っ取られてしまっているかもしれません。魅入られているどころか、既に操られている、と言う事も大いに考えられます。
 …持ち主さんが立ち寄りそうな場所、行動半径。依頼時に元々得ていた情報やお宅の方から新たに得た情報に加え、得意と言える思念探査の術式も使用しながらまずは行方を捜します。やはり無意識にでも何でも、わかっている場所を動くと言う可能性が高いですから。単純に、全然わからない場所は――うろつき難い筈ですし。
 それに、日本刀のような長細い、素直に目立つ武器になりそうな物を持ってうろうろしていると言う時点で、人目にも付く筈です。
 …とは思ったんですが、そもそもこの近所、人の姿をあまり見掛けません。もう夜も更けて来てしまっているからでしょうか。とにかく、当てが外れてしまったようです。
 が。
 最後には思念探査に完全に頼るような形で辿った先、何とか持ち主さんを見付ける事が出来ました。
 ただ。

 …案の定その持ち主さんは、日本刀の方――日本刀に憑いた悪霊の方に呑まれているようでした。



 …刀は既に鞘から抜かれその手に握られています。
 微かな月明かりを受けて刀身が異様に光って見えてもいました。が、その光が――奇妙に揺らぐ時があり。
 …悪霊。師匠がそう言っていたものが、僕の目にも、見えました。
 見えた途端、持ち主さんの方も僕の存在に気付き、更には早々に敵もしくは獲物とでもと見なされたようで、すぐさまこちらへと突進して来ます。刀に纏わりつく不自然な陽炎の揺らぎ、不吉な刀身の煌きは明らかに常ならざるものの力と見て取れます。悪霊の力であるとすぐにわかりました。
 …って、悠長に説明している場合ではありません。
 僕は魔術の行使を考えました。そもそも修行としての初仕事、と言うからには実戦の中で今まで教わって来たそれらを使わせるのが本題なのでしょう。…神の名の元に数多の霊魔を喚び起こし、それらの助力を得て様々な形で超自然的な作用を及ぼす事が出来る技、それが長きに渡り師匠から教わっている西洋魔術になるのですが――どんな術式であっても、そんなに即座に行使出来るようなものは何もありません。基本的に、どんな術式であっても入念な事前の用意が必要とされます。…となると、今、僕に出来そうな事は限られてきます。
 四大精霊の力が借りられるならば、こう言った戦闘に適した術を選ぶ事もできるのですが――今の僕の力では元素精霊は喚ベれば御の字、いや、もし万が一喚べたとしても――制御し切れなかったら余計危なくなる事は幾ら未熟な身でもわかります。
 なので、今回の場合はまた別の術式を考えてあります。…突進して来る持ち主さんの姿を何とか紙一重で避けました。勢いをつけて突進して来るとなると――それも他者の思惑に操られての行動で、となれば余計に急には止まれません。…その直後は自然、隙も出来ます。
 そこで、極力急いで儀礼用の短剣を取り出し、記憶している魔術的な印形を、事前に用意して来たインクで地面に描き付けました。効力に期待出来るかどうかはともあれ手順だけなら慣れているものです――って相手とするべき敵の居ないところで、師匠に見守られて実験的に発動する時にしかこの術式は使った事が無いのですが。
 とにかく、発動させます。
 が。

 …やっぱり。

 殆ど、効果はありません。
 周辺を漂う、地に眠る雑霊を喚ぶ形のものにしたのですが、あまり意味は無かったようです。それは数体霊を喚ぶ事は出来たのですが――戦闘の助力をしてもらうとなると弱過ぎて、役に立つかと言うと別問題になってしまいます。一応術式自体が成功したとは言え、僕の現在の能力では到底実戦で用を為すレベルにまで持って行けそうにありません。…元々、駄目元での発動、ひょっとしたら使い物になるかもしれない――程度の希望でやってみたのですが。
 こうなるだろうと思ってはいましたが、今は――それで済ます訳にも行きません。師匠を頼る訳には行かない――僕しか居ないんですから。…思っている間に刀の持ち主さんがまた僕を狙っています。全然隙が突けませんでした。むしろ僕の喚んだ霊の方があっさり悪霊の念に斬られてしまいました。…わざわざ斬られる為に喚んでしまったようです。ごめんなさい。
 次の手を考える必要があります。ただ、だからと言って単に物理的な実力行使を考えてしまうと、既に魔術の修行とは関係無くなる気がします。…いえ、場数を踏んで度胸を付けろと言う意味でこの依頼を渡されたのなら、それもありかも知れませんか。用意して来た護符で刀を封じる事を狙うと言う手もあるかもしれません。いえそもそも、この相手に物理手段を考えて――僕にそれが可能でしょうか。
 切っ先が僕を狙って来ます。日本刀に斬りかかられるのは悪霊を抜きにしたとしてもさすがに肝が冷えますが…僕であって、その太刀筋を確り見極めて避ければ何とか避けられる辺りは、その道のプロと言う訳でも無いのでしょう。せめてもの救いです。
 …どうしたらいいのか。思いながら刀とその持ち主さんに対し待って下さい、と何度制止したかわかりません。それでも当然相手が聞く筈も無く、殆ど防戦一方です。…反撃の手段が見付かりません。
 力を持っているのは刀だと言う事はわかっています。そうなると、刀に集中した方がいいかもしれません。僕の『能力』を使えば何とかなるかもしれませんから。
 心を決めて刀とその持ち主に対峙します。今度は――今度ばかりはただ逃げるだけじゃなく、何とか刀に触れてみるつもりです。それは刀を取り上げる事が出来れば一番ですが、視線を逸らさないように、僅か掠める程度触るだけでもそれなりの効果は期待出来ると思います。…と言うか、元々持っている能力でくらい、何とか出来なければどうしようもないですから。
 すぐに攻撃が来ました。太刀筋も何とか追えそう――避けられそうです。次。必要なのは持ち主さんでは無く刀の方に触れる事。狙うのは刀の持ち主さんの手許、柄。鍔でもいい。…ただ、さすがに刀身を直には怖い。怯えたら上手く行くものも上手く行かない。無意識の恐れが視線を逸らす原因にもなります。恐れるな。恐れなくていいんです。…何とかなります。
 自己暗示の如く自分に言い聞かせ、自分を襲い来る刀の持ち主さんの手許を冷静に狙います。視線も逸らさず、握っているその柄へ手を伸ばします。自分の運動能力はそれ程だとは思っていません。ですが今実際に、刀の持ち主さんが振るっている太刀筋が自分で追えているんですから、僕でも何とかなる筈です。
 …刀の持ち主さんがすぐ側に来た一瞬のタイミングで、それらを実行に移します。
 殆どぎりぎり、一歩間違えれば斬られそうだと言う位置で――触れ、ました。

 途端。
 ふ、と刀の持ち主さんの手から力が抜けました。すとんと刀が下ろされます。弾かれるように凄まじい負の念が僕の中に雪崩れ込んで来る――ような気がしました。が、少し違っているような気もします。何だかよくわかりませんでした。僕はただ、その悪霊が憑いた刀を、直接この手で触れ、同時に自身の目で見詰め、生来の能力の方でコントロールを試み、何とかしようとした――それだけなのですが…。
 何故かそれっきり、動く事が出来ません。
 それどころか、気が遠くなるのがわかります。目の前には茫然とした顔をしたままの刀の持ち主さんの姿が見えます。正気には戻ったようです。ですが、僕の方の、持ち主さんを見ているその視界が、何故か暗くなりました。
 身体からも、力が抜けてしまっているようです。
 …完全に意識を失う寸前、誰か、今まで居なかった筈の人――但し、敵意や悪意は感じない存在――がすぐ側に歩いて来ていた気がしたのが、最後でした。



 …いきなり倒れるとは思わなかったな。内心でそう呟きながらも、夜刀の側まで歩いて来ていた人物――草間武彦は取り敢えず簡単に夜刀の様子を診てみる。脈拍、呼吸等特に問題は無し。…今の倒れ方では頭を打ってもいないだろう。大事は無い。刀の持ち主の方も何故自分がこんなところで刀を引き抜いて握っているのか把握できていない様子だ。目の前で人が倒れた事にも呆気に取られ驚いている。そして――唯一、状況がわかっていそうな、近付いて来るなり迷い無く夜刀を診ていた武彦に、説明を求めるよう困惑気味な目を向けている。
 そんな様子を見て、武彦は溜息。
 …つまりは尻拭いだけする羽目になったか、と言う訳で。
 この日本刀に憑いた悪霊の件、別の筋にも依頼をしているとは予め聞いていた――と言うか刀の持ち主が刀を持って消えた、と急ぎ連絡を受けた時に初めて、身内の別の人物が同じ件の依頼を別のところにしていたとの旨も耳に入っていた――のだが、結局そちらに仕事が取られたなと嘆息。自分は事前の情報収集のみで、実動部隊は後に別の調査員に頼む予定だったのだがそこまで持って行く前に決着は付いてしまったようだ。
 連絡を受け向かった後、捜し回って刀の持ち主を見付けたはいいが…その時には既に、正気では無さそうな上に刀を抜いて暴れているわ、それを止めようと対峙している若者が魔術らしき異能を行使しているわで、能力的には一般人な武彦では到底手を出せない状況になっており。更には――仕事を先にこなしてしまったその若者は、当の悪霊に何かして決着を付けるなりいきなりぶっ倒れてしまった。
 仕方無し、武彦は刀の持ち主の方に依頼の件でと説明、ひとまず現状の把握をお願いする。その刀も恐らくもう大丈夫でしょうと見た感じで判断しその旨も伝え安心させた。…異能は持たずとも、見飽きるくらい見ている為そのくらいの判別は付く。
 そして当然若者――夜刀の方も放っておけない。結局、刀の持ち主の自宅まで背負って連れ帰りひとまず介抱、それで夜刀が起きる前に自分は一人御暇しようと思ったら…驚かれた。
 …どうやら仲間だと思われていた様子。で、別だと事情を説明した頃になって夜刀も気が付き起きてくる。依頼の顛末と、武彦がその後始末を付けがてら夜刀をここまで連れてきた事を聞くと、夜刀は大変お世話になりました、と非常に丁寧な、けれど何処か茫洋とした印象の挨拶を武彦にしていた。更には依頼料も分けましょうとそんな話にまでなる。…そう言う訳には行かない、ですが助けてもらった事も事実です、と夜刀に武彦どちらも引かず。
 …だが結局、今回のこの仕事は修行と言う意味が主だったんですから、と押し切る形で、夜刀は武彦に幾らかを渡して別れる事になる。武彦は受け取りはしたが、実際に依頼をこなしていない以上、素直に受け取るのもどうにも悩ましい訳で。
 少し考え、本人から直接聞いた伏見夜刀と言うその名を調べてみようと決めた。…そこはかとなく漂う頼りなさからして誰かお目付役のような存在が居るかもしれない。ならば後でそちらに密かに、分けられた報酬の返却をしておこうかと考えた訳だ。
 夜刀の方も夜刀の方で、同じ依頼を別の人物から受けていた、と言う、一銭にもならない事がわかっていながら、気を失って倒れた自分のフォローまでしてくれた今の探偵さん――草間武彦とはどんな人物なのだろうと密かに気になっている。

 …どちらもそれぞれ、また会うかもしれないな、と思っては、いた。
 まぁ、これも縁なのだろう。

【了】