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付喪神(+未満)達の憂鬱。
有働 祇紀は悩んでいた。
身の丈2メートルはあろうかと言うがっしりとした巨漢に鋼の銀にも似たくすんだ水色の瞳、こちらもくすんだ金…白金に近い色合いのぼさぼさの髪を緩く束ね、相反する小麦色の肌に纏うは何故か和装。
どこかアンバランスでありながら、だがそれ以外の格好など考えられないような不思議な調和を醸し出すその様は美丈夫といってもよく……おそらくきちんと髪を格好を整えれば余裕で美形の部類に入れるだろう……迫力というより他ない。
しかもどちらかといえば口数は少ない方で、その上愛想もよくないと繰れば客商売に向いているとは言い難い……そんな彼の職業は骨董品屋店主である。
まあ一般的に骨董品屋と言えば埃臭かったり、薄暗かったり、やたらと高かったり、入りにくかったり、そんな印象があるもので。
その中に外人が和服を着てどでーんと座っていれば……店を覗いた客は逃げるかも知れない。
がしかし、そんなことは問題ではない。
何故なら彼は本来付喪神であり、人のように糧を稼ぐ必要はないからである。
半透明の不可思議な材質で打たれた、刃渡りで2メートルちかくはある幅広の大剣がその本質であり、自身が付喪神であるからか道具との意思の疎通を可能とする。
故に骨董品店を営むのは半ば趣味というか、「商品の意思」を汲み取って売買を行えることを…自身のように意思を持った骨董達がより良い持ち主に出会える手助けをする為と言うか…まあそんなわけで、本気で商売をしようとしているわけではない。
だから売上が上がらないことはまあいいのだ。
まったく問題がないわけこともないが、大して問題というわけではない。
……今目の前には鎮座している問題に比べれば。
事の起こりは、以前行った『虫干し』だった。
骨董品店の店主の仕事は以外に忙しい。
帳簿付けに蔵の整理、物の仕入れに、虫干し……そう、この虫干しがこれが意外と重労働なのである。
中には管理に気を使わなければならない価値ある古道具が多く、動かすだけでも一苦労。
陽に当てれば劣化するものもあるし、かといって干さなければかび臭くなるし、勿論雨でも降ろうものなら絵巻物関連はひとたまりもない。
従業員も居ない店では中々出来ないのが現状で……もっとも有働の店には自分で歩いてくれる付喪神達も多いので、そこいらについては便宜上の甥っ子である月弥の力を借りて虫干しを行ったりもしたのであるが…だがそれが一部の物達の不満を生んだわけである。
『われわれわぁー!売り物の権利としてぇー!入れ替えを要求するぅー!』
…シュプレヒコールが上がった。
『むっしぼし、むっしぼし、むっしぼし!』
『あそれ、むっしぼし、むっしぼし、あっそれむっしぼし!』
わっしょいわっしょいと声を揃えて合唱するは煌びやかな装飾の施された、凛々しい武者姿の五月人形達。
『古老の方達ばっかり虫干しなんてずるーいー、あたしも日光浴びたいー! 日光日光日光日光ー!』
……どこの若者に影響されたのか、子供っぽい仕草で駄々を捏ねる陶器の乙女。
『わしゃあ風に当たりたいのう…秋の野を渡る涼やかな風…』
…薄墨で描かれた絵巻物…すみませんここ東京なんで虫干ししても涼やかな風が通るかどうかは不明です。
『てゆーかここいや! もっと違うとこがいいの、移動させてよ移動!! 爺様達ばっかりずるーい!』
語ることは出来るものの、まだ自身で動くことの出来ない物達は虫干しの機会を逸してしまっていて。
掃除の行き届かない蔵に積もる埃だの蜘蛛の巣などに鬱憤が溜まっていた模様である。
「………」
『……わし、歌っちゃおうかなあ……』
どこかこれ見よがしにそう呟いたのは、一抱え程もある箱に金属の引き手がついたような形状の…蓄音機。
物凄く、とっても、音が響きそうである。
『……じゃあたし、伴奏しちゃおうかなぁ。』
遠くを見るように淡く呟いたのは、古びてはいるものの、はっきりとした木目も美しくどこか高級感さえ感じさせる風貌の琴。
びぃん、びぃんと撥で緩く弦を弾く仕草はどこか色気を感じさせる…その手は琴の胴体から出ているので常人であれば卒倒モノだっただろうが。
『………ならば私も伴奏するとするかな…』
艶やかな飴色のボディがこれ以上はないという程優美で、滑らかな曲線を描く古いバイオリン。
つっと弦を撫でる仕草は、どこか丁寧に伸ばされた髭を扱く英国紳士の姿を想像させる。
『……じゃあ俺は踊ろうかなあ。』
どっしりとした胴体を撫でながら呟くは獣の皮がぴんと張られ、いかにも音の響きそうな風貌の和太鼓。
「…………」
脅し、のつもりだろうか。
どいつもこいつもちらりちらりと有働の方を伺っている。
『……仕方がありませんわね、得意ではございませんが妾も…』
溜息と共に立ち上がった(?)のは瀟洒なガラス細工の風鈴。
膨らみが半透明の白、縁が薄紅色の愛らしい鈴蘭を幾つも重ね、枝垂桜のように流れる形状で…ぶつかり合えばすぐにも割れてしまいそうに、繊細…意思を持つに至るまでにかかった年数は幾らか、余程大切にされてたかそれとも余程強い思いがあったのか。
「…………」
……脅しだ。
紛れもなく、我が身を粉にしての命懸けの脅しである。
『………なんとかしてくれんかのう…』
古参の収納家具達…つづらに長持和箪笥etc.、他楽器や陶器達…から苦情の声が出たのが一つ。
さらにはご近所の噂話大好き奥様方の噂話に尾びれ背びれがついたのが一つ。
「…あそこは一人暮しなのになんか煩いわよねぇ」
「実は人身売買やってるんじゃないかって噂があるのよ」
「えー、私はあそこ、お化けが出るって聞いたわよ。蔵から夜な夜な若い女の声が…」
「きゃー、怖い!!」
……下手をするとそのうち何もしていないのに警察に踏み込まれそうである。
と、言うわけで祇紀の便宜上の甥っ子である二人を招集して……一人は脅して無理やり手伝わせることにして……の大掃除兼虫干し兼陳列整理の大作業が始まった。
石神 月弥は男とも女とも付かない白皙の美貌にどこかあどけなさの残る顔立ち、目も覚めるようなブルームーンストーンの瞳の少年である…連否、違った。少年ではなかった……ブルームーンストーンの化生である彼は性別を持たない、無性の身体を持っているのだ。
帯刀 左京は長い黒髪を一つに束ね、どこかガラスめいた銀の瞳の青年で、年の頃は十代後半、左肩から右腰へと鮮やかな刺青の施された、下手をすれば何処のやーさんですかというような容貌ではあるが…実はかれもまた付喪神であり、この刺青は本体である小柄に施された飾り彫りが反映されたものである。
「よ〜し、がんばろうね〜」
「ったくなんで俺が……」
人型を取ることのできる3人の付喪神達は、手分けして作業に掛かったのであった。
『私は…そうですわね、あちらの一番上がよろしゅうございますわ』
『一番上はわしじゃ、お前さんは身体が重いんじゃから下に決まっとるじゃろうが』
『なんですって!? れでーに向かって何て言うことを言うの、あなた!』
『重いもんに重いと言うて何が悪いっ!』
『まあ、また言いましたわねっ!』
「は、早くどっちにするか決めて〜」
喧々諤々棚の一番上を争って喧嘩を始める壷と絵画。
古い田舎の風景の描かれた絵画のカンバスはそれなりに大きく、白地に赤や蒼、金で瀟洒な花の図柄の描かれた壷は月弥が両手でようやく抱えられるほど……つまりそれなりに重い。
もともと力のない月弥のこと、持っているだけでだんだん腕が痺れてくる。
「お、落ち…」
『きゃーっ!』
「!!」
落ちかけたところに、祇紀の手が伸びてどうにか壷をキャッチ、事なきを得る。
『あたしーあっちの陽の当たるところがいいなー』
「あー、ここか?」
『うんー…あ、でもなんかここって陽が当たりすぎる気もしない? あたし日焼けしちゃうかなあ? ねね、日焼けした子、どう思う?』
「俺に骨董のことがわかるかっつーの」
『ええー、ちょっと具らい相談に乗ってくれてもよくなーい? 一応臨時とはいえ今日は店員なんでしょぉー』
「………」
左京の取り上げた白い陶器の少女は愛らしい見た目に反して中々に鬱陶しい。
『あ、ねえねえ、やっぱり向こうの棚の上にしてくんない、あそこなら直接陽が当たらないしー、風通しもよさそうだしー…ってねえちょっと聞いてるのぉ?』
「……………」
思わず一抱えもある陶器を抱く腕にぶるぶる力が入ったりなんか。
「お、落ち着いてー、悪気はないんだよ多分、多分!!」
「壊してやるっ、こんな奴壊してやるっ!」
左京が切れかけていることに気付いた月弥が慌てて宥めに入るが怒りは収まらず。
『キャー、ヤダヤダ物の人権…じゃなかった物権訴えるわ、たーすーけーてー!』
「……壊すんじゃない」
溜息と共に陶器を取り上げた祇紀の手によって、それは白い陶器の肌にふっくらとした赤い唇、ふわふわの金色の巻き毛の美少女の姿に変わる。
短期人化付与能力……一時的に相手に力を分け与える能力で、まだ人化する程の力のない『なりかけ』の力を人化できる程に高め、自分で歩いてもらおうというわけである。
「……きゃっ! …あらやだ、あたしかわいくない? ねーねー、イケてない?」
「………ええと、可愛いと、思います」
「でしょでしょー、あーん、でも貴方の方がもっと可愛くない? やだもー」
「うわっ、あ、あのっ!?」
ぐいと引っ張られて、ふくよかな胸に顔を押し付けるように抱きこまれて慌てて手足をばたつかせる月弥。
陶器の少女はそんなことは気にした様子もなく人間の身体満喫中である。
「ふむ…私はこの身体でいるうちに紅茶を飲んでみたいのだが…所望できるかね?」
「外出ていい? あたしからおけってやってみたいんだけど!」
なんだかうろうろうろうろ、蔵の中に何時の間にか人だかりが出来ている。
力の使いすぎでぐったり祇紀&物理的な体力不足でぐったり月弥、それから今度は他の巻物やら茶碗に絡まれて再び切れかける左京。
混然とする状況の中、古株の付喪神が溜息を落とした。
『……仕方がないのう…』
『まあいつも世話になっておるからな』
『こりゃ茶碗どもはこっちじゃ、わしの中におさまったらええ』
そういって、細い手足でえっちらおっちら近づいてきた茶碗棚が左京の周りを取り囲む茶碗たちを一つづつ手にとって腹の中に収めてゆく。
『巻物はこっちじゃ、わしの中におったらええ』
そう言って手を伸ばしたのは、長持であった。
他の家具達も、片付けに手を伸ばしてくれて。
どうにか蔵は見れる状態になったものの、その頃にはすっかり陽は落ちて。
「……疲れたね〜……」
「あぁ……」
「……二度と手伝わねぇからな!」
「あぁ……」
「おやつの時間じゃなくなったからお菓子持って帰ってもいーい?」
「お、ケーキあるじゃねえか、俺にも分けろよ」
若者(?)は少し、立ち直りが早いらしい。
「…………」
いつになるか、次の大掃除のことを思い、ちょっとブルーになる祇紀であった。
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