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<東京怪談・PCゲームノベル>


『夏の夜にご用心!?』



●女吸血鬼に接触!…の前に

「あー、俺んトコの親戚の為に、こんな人が集まってくれたんか。ありがてえな」
 Y・Kカンパニーの高校生、霧町・氷(きりまち・ひょう)は、今回の騒動を聞きつけ、集まってきた者達を見て薄い笑顔を浮かべていたようであった。
 氷の親戚夫婦が経営する「ペンション・霧の海岸」は、Y・Kシティから電車で約1時間ほどのところにあり、海岸に面した小高い丘の上にあった。白く上品な、3階建てのペンションにある客室からは海を眺める事が出来、落ち着いた雰囲気とのことである。
「妹からお話を聞きまして、その吸血鬼様に色気のご教授願いたいと思いまして、参加させて頂きたく」
 漆黒の長い髪の毛が美しい、海原・みその(うなばら・みその)は氷やまわりにいる者達へ会釈をして見せた。
 思春期まっただ中にいる少女にしては、プロポーションはなかなか良い上に、ツバ広の帽子に薄地のワンピース、サンダルを着こなしているせいで、年齢のわりには大人びた印象を周りにあたえていた。
 ただ、その服が全て薄墨色をしているものだから、避暑にきたのだか、どこかの神社仏閣にお参りにでも来たのかよくわからないが。
「わたくしも、氷さんのお友達の皐月さんからお話を伺いましたの。皐月さんに伺った範囲では、一般的と思われる吸血鬼像とは違う様で、深刻な事にはならないかとは思っているのですが」
 着物姿がとても良く似合う、天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)はペンションを眺めたあとに、みそのへと視線を向けた。
「みそのさんと一緒になるとは思ってもいませんでした。みそのさん、よろしくお願い致しますわね」
「こちらこそ。その吸血鬼様から、色々とご教授して頂きたいですものね」
 知り合いである撫子の微笑に、みそのも静かに笑って答えた。
「私は、別口の依頼でちょうどこのあたりまで来ていたのですが、その吸血鬼さん、特に大きな問題を起こしているわけでもなさそうですし、いわゆる吸血鬼さんの『偏食』を治して差し上げようかと、そう思うのです」
 そう言って、マイ・ブルーメ(まい・ぶるーめ)もみそのや撫子に続いて笑って答えた。
「依頼元は、私の旧知の仲である、別の吸血鬼さんです。ええ、吸血鬼の健康組合みたいなのがありまして」
「っていうか、何でもう水着来てるんだよ!」
 冗談ぽく笑うマイへと顔を向け、氷が声をあげた。
 みそのは目がほとんど見えないので、まわりのものからの波動を感じて行動をしているのだが、どうもマイがとてもキワドイ水着を着ているらしい、とのことであった。
「あ、この水着ですか?私が良く行く商店街の店の方々のオススメなんですよ。夏の終わり頃になって買いに行ったので、水着もあまり残ってなかったので、売れ残りの中でこの水着を選んでくださって」
「あまりにもその水着がすご過ぎて、売れ残ったんじゃねえか?」
 マイの姿を直視出来ないのか、氷の声は別の方向へ向かって放たれている。
「まあまあ、おちつくでちゅよ。そのきゅうけつきしゃんは、よるにでりゅんでちゅよね?それなら、ひるまはのんびりしてもいいとおもうでちゅ」
 若い青年達に混じって、一人だけ幼い声で話すクラウレス・フィアート(くらうれす・ふぃあーと)が、氷をなだめる様に言った。クラウレスは釣竿を持っているらしく、おそらくは海岸で釣りを楽しむつもりなのだろう。
「そーだよ、氷!あまりカタイ事言わず、楽しむところは楽しもうぜ?」
 氷と同じく、高校生であるという桐生・暁(きりゅう・あき)が張り切った声をあげる。
「いや、カタイ事言うつもりはねえけどさ。前に新婚っぽい夫婦が来てさ、旦那の血を女吸血鬼に吸われて、しかもその旦那が吸血鬼にメロメロになっちまったもんだから、すげえ怒って俺の叔母さんに相当文句言った女の客がいたんだ。吸血鬼の存在自体はそこまで悪くねえだろうが、やっぱちゃんとしてもらいてえし」
「だいじょうぶでちゅよ。それに、しんぱいばかりしてもしょうがないでちゅからね」
 心配そう声の氷に、クラウレスがそっと答えた。
「そうですよ、氷様。まずは、その吸血鬼様が出てくるのをお待ちしましょう?」
 みそのも、氷を安心させるような優しい笑顔を見せた。
「まー、犠牲になったのは可愛そうだけどさー」
 暁が、玄関でビーチサンダルを履きながら続けた。
「いくら美人な吸血鬼に血を吸われたからって、メロメロになっちゃいけないと思うだけどなー、その旦那」
「そうですわね。そのあたりは、男性方のモラルも絡んで来るような気が致しますわ」
 落ち着いた声で、撫子も言った。
「何故、その吸血鬼さんが、このペンションに現れるのかは気になるところですが」
 みそのもそう言いながら玄関口へ移動すると、サンダルに履き替えた。
「この近くにお泊りなのかもしれませんね。とは言え、夜でもないの探すのは無粋と言うものですもの」
「そうでちゅねー。なつのばかんすで、えねるぎーあふれるわかものたちゅをねらいたいきもちは、わからないでもないでちゅけどね」
 と言って、クラウレスも玄関へと向かってきた。
「皆様は、お出かけになるのですね。皆様が海へおいでにある間、わたくしは氷さんと吸血鬼対策の準備をしておきますわ」
 撫子がそう言うと、氷からこもったような声が聞こえてきた。
「お手伝いして頂けますわよね?まさか、依頼主である貴方が、わたくし達にばかり仕事をさせて、自分だけ遊ぼう、なんていう事は言わないですわよね?」
 撫子のその言葉に、氷の反発する声がなかったので、承諾したのかもしれない。
「それでは皆様、海へ参りましょうか」
 マイがそう言ったのを最後にして、みその達は撫子と氷を残し、ペンションを出て坂を下り、海岸へと向かった。

●海でバカンス!

「よぉっし海岸までダッシュだ!負けた奴がジュース奢るって事で!」
 坂を下りかかったところで、暁がそう叫ぶと元気良く走り出した。
「まあ、暁様。そんなに急がなくても、海は逃げないですよ」
 マイも坂を軽やかに下っていく。みそのは、むっちりな体に、ピッチリとした水着を着て走っているマイの姿を想像していた。
「ちょっとまちゅでちよー!さかをはしっておりりゅと、ころびそうでちゅ」
 クラウレスも暁やマイに続こうとするが、長い釣竿を途中の木の枝に引っ掛けてしまい、外すのに苦労している。木々のこすれる音を聞きながら、みそのは坂を下って行った。
「みそのも早くきなよ!」
 すでに浜辺に辿り着いた暁が、みそのへと声をあげる。
「こんなに海と海岸が近いなんて、良いですね」
 坂を下りる途中、みそのはつま先をひっかけ、坂を転がり落ちるように転んだ。
「大丈夫―?」
 暁の声が、遠くから聞こえてくる。
「だ、大丈夫ですっ!」
 起き上がったみそのは浜辺へと下り、まわりの声を耳へと入れる。
 夏も終わりに近づいたとはいえ、まだまだ海で遊ぶ若者も多く、海岸は沢山の水着姿の若者達へ賑わっていた。いや、若者だけでなく、家族連れや年配者もおり、様々なところから皆遊びに来ているのだろう。今日はかなり良い天気で、みそのは肌がじりじりと焼けていくような感触を覚えていた。
「ビーチバレーやらないか?」
 暁がビーチボールをかかえながら、みその達へと叫んだ。
「私もやります。せっかくですもの、海を楽しみたいものね」
 マイが小走りに暁の方へと走っていく。
「それじゃあ、わたちはいわばのほうへいって、ふぃっしんぐをしてくるでちゅよ。ぺんしょんについたときに、つりのばしょをきいてみたんでちゅが、ちかくにいいばしょがあるそうでちゅ。のんびりすごすでちゅよ」
 釣竿とクーラーボックスをかかえ、クラウレスは一人で岩場の方へと向かっていった。
「ビーチバレーなんて久しぶりです」
 マイがそう言いながら砂浜に、コートを見立てた線を引き始めた。
「クラウレス様は釣りに行かれたので、3人ですね。女性と男性に別れてやりましょうか」
 みそのはマイの隣りへ立ち、暁がボールを打つのを待っているようであった。
「何だー、俺一人?ま、いっけどさ。でも俺、カポエラ習ってるんだぜ?カポエラで鍛えた見事な動きで、身軽にこなしてみせるけど!…いくわよ!」
 何故か半オクターブほど声を高め、暁がビーチボールを打ち、マイがそれをはじき返した。暁は、自分でカポエラを習っていると言っていた通り、鮮やかな動きでボールをはじき返してくる。
 海風に煽られて、ボールがみそのの手前で落ちそうになるのを、みそのは腕を精一杯伸ばしてそれを暁のはじき返したが、運動音痴のせいでそのまま顔面から砂浜へと突っ込む。しかし、目が見えなくても、ボールと暁やマイの動きは手にとるように感じていた。
「うわあ、おしい!」
 2対1でただでさえ不利な状況なのを、暁は笑い声をあげながらボールを跳ね返してきた。
「暁さん、やりますね」
 マイも楽しそうにボールを打ち返す。
 3人の声と、ビーチボールをリズムカル…とは言っても、みそのはほとんどボールに触れることなく、ほとんどが暁とマイが打ち合っていたのだが、ともかく、ビーチボールを打ち返す軽やかな音が浜辺に響き渡っていた。
「うわ、しまった!」
 みそのがようやく打ったボールが別の方向から吹き付けた海風のせいでスピードを増し、暁はボールに触れる事なく、さらにバランスを崩して浜辺に倒れこんでしまった。
「こんな時にイタズラな風が。風のイジワルのせいで泣きそうよ、だって、涙が出ちゃう男の子だもん」
 オクターブ上げな声のまま、暁が泣き崩れたが、声は楽しそうであった。
「ブラボーブラボー!」
 何時の間にか集まっていた、観衆達も拍手をみその達へ贈る。その観衆のほとんどが男で、その視線の多くがマイへと向けられているような気がする事は、あまり気にしてはいけない事なのだろう。
「体を動かして、汗をかいてしまいました。海へ入りませんか?」
 とマイは言うと、集まっている男達にはまったく目もくれてないのか、ズカズカと海へと入っていった。
「よっしゃ!俺も海へいくぜ!」
 体についた砂を払いながら、暁もマイに続いた。
「そうですね、海へ入らないともったいないですよね」
 薄墨色の服を脱いで水着に着替え、みそのも波打ち際へと歩いていった。サンダルを脱いで、足が海水に触れると、暑さの中に心地の良い冷たさを感じた。
 暁はさっきのビーチボールにつかまって波間を漂っているし、マイは海水に濡れてますます魅力をましたせいか、まわりの男達に声を掛けられまくっている。
 みそのは体全体で海の感触を味わい、海で泳ごうとしたのだが、体はまったくもってイメージ通りに浮かばず、みそのの体は泳ごうとすればするほど、どんどん海の中へと沈んでいった。
「みそのが溺れてるよ!!」
 数分後にみそのは、暁に助けられた。
「ありがとうございます、暁様」
「もしかして泳げないとか?無理しちゃだめだぜ?」
 暁に付き添って浜辺に戻り、しばらく浜に座って海の音を聞いていたみそのであったが、その後近くを散策しようとし、一人で歩いていったところ、今度はまったく知らない雰囲気の場所に出て、帰れなくなってしまった。
「あら、また道に迷ってしまいました」
 同じところをグルグルとまわり、すれ違いの犬に吼えられたり、落ちていたバナナの皮で滑って転んだりしながら、ようやく浜辺に帰り着いた時には、暁とマイ、釣りから戻ったであろうクラウレスがすぐに駆け寄って来た。
「みそのさん、どこまで行ってたのですか?」
「いえ、ちょっと迷子になってしまって」
 マイの問いかけに、みそのがそう答えると、みそのの顔よりも下から声が聞こえた。
「みつかってよかったでちゅよ。そろそろ、ぺんしょんにかえるでちゅ。つりをして、さかなをいっぱいとったでちゅから、ゆうしょくにだしてもらうでちゅ」

●女吸血鬼現る!

 夕食は、氷の親戚夫婦が作った、魚を中心とした豪華なものであった。
 撫子がみそのの隣りに座り、こんなメニューがあると説明してくれたが、みそのはそれを聞くと、全てを吸い込むような勢いで夕食を食べ始めた。
「おかわり、頂けます?」
 みそのが御飯茶碗を出しながらそう言うと、氷が小さく呟いた。
「あんたなら、吸血鬼をどうにか出来るような気がしてきたぜ」
 何となく、その声が疲れているような気がしたが、それよりも今は食事を楽しむ方が先だ。
「すずきがいっぱいとれたでちゅよ。のこったぶんは、ぺんしょんにあげるでちゅ」
 クラウレスはなかなかの大量だったらしく、夕食に出た魚はほとんどがクラウレスが釣ってきたものであった。
「たくさんたべてえいようつけるでちゅ」
「そうですね、特に男性達には」
 みそのはそう言って、暁や氷に料理を薦めてみた。
「何だよ、その顔は!」
 どことなく不安そうな氷をよそに、みその達は昼間の出来事を話したりしながら、食事を楽しんだ。
 その後、夜中まではそれぞれで、風呂へ入ったりテレビを見たりしながら、吸血鬼が出る時間まで待った。
 今日はみその達がいる、ということで、3階は改装中ですと一般の客には遠慮してもらい、3階にはみその達以外には誰もいなかった。皆、3階の部屋に泊まったが、どの部屋に吸血鬼が出てくるかわからないので、それぞれの部屋にばらけて泊まっていた。
 昼間に、撫子が3階のフロア周辺に結界を張ってくれたので、すぐには吸血鬼も逃げられないだろうと思い、多少心にも余裕があった。
「トランプやろうぜ〜!俺、大富豪めっちゃ好きなんだよね!んでさあ、勝った人に皆でアイスおごるってどうー?」
 いつもの元気な声で、暁が自分の部屋へと皆を集めようとした時であった。
 暁達がいる部屋へ向かって、まったく見ない顔が近づいて来る。その体から発せられる波動からして、その人物は細身の体ではあるが、引き締まった筋肉。喜怒哀楽は感じられず、どこか態度は大きい…男であるようであった。
「どなたですの?」
 撫子が尋ねた。
「クラウレスだ。この姿なら、吸血鬼が釣れるかもしれないからな」
「昼間と全然姿が違いますのね?」
 マイも不思議そうに尋ねた。
「それよりも、そろそ吸血鬼が出てくる時間だろう。一応、油断しない方がいい」
 クラウレスが答えた。
「では、氷さんも、お願いするわね」
 みそのは横にいた氷に声をかけた。
「何で俺まで」
 せつなそうな声をあげる氷であったが、みそのはそれを無視し、部屋のひとつに入ると、部屋の真ん中に氷を置いて、クローゼットに入り身を隠した。それぞれの部屋にも、男女が一組ずつペアになって待機していた。
 しばらく静かな時が流れていった。違和感がないように、氷はソファーに寝そべってテレビを見ていたが、みそのがいるとは言え、どこから吸血鬼が入り込んでくるかわからない為、かなり落ち着かない様子であった。
 そして、時刻がかなりまわった時、窓から風を切るような音が聞こえ、次いで氷の悲鳴が上がった。
「でたー!!」
「今夜も、月が美しいわねぇん。あの月の光は、あたし達だけを照らす為に輝いているのよぉん?」
 楽しんでいるかのような、余裕のある落ち着いた声。その声の主は氷へと近づいていく。
「そんなに怯えて。とても可愛そうねぇん。あたしのせい?それなら、お詫びに心地の良い世界へ連れて行ってあげるわぁん」
「ちょ、ちょっとまっ、うわあっ!!」
 血を吸われるものの、だからといって大きな被害が出ているわけではない。氷の話では、血を吸われても特に人体へ影響はなさそうなので、吸血鬼に捕まったら、とりあえず吸われていろと男性陣には伝えていた。
 それを氷が守ったのかどうか知らないが、急に氷の声が聞こえなくなってしまった。うう、とか、ああとか、どこから出したのだかわからない奇妙な声が氷から発せられているが、みそのはもう少し様子を見ていようと思った。
 その時、ドアが開いてどやどやと他の者達が部屋へと雪崩込んできた。
「まあ、貴女がその吸血鬼ですのね。氷さん、良い献血をしているようで」
 それでも冷静さを失わないおっとりとした口調で、撫子が言った。
「もう、駄目」
 かぼそい氷のその声は、何故か満足そうであった。みそのはすぐにクローゼットから出ると、女吸血鬼へと深々と頭を下げた。
「お待ちしていました。化粧法や殿方の口説き方、気持ちよくさせる血の吸い方、触れ方などをご教授していただけるようお願いしたいと思います」
「あらぁん、そんな事ならいくらでも教えてあげるわよぉん?ただ、あたしまだ満足していないのぉん。もうちょっと血が欲しいわねぇん?」
 氷を床に転がし、吸血鬼はドアの方へと歩いていく。
「うーん、やっぱり、彼女居る奴の血は吸っちゃ…駄目だと思う?」
 暁が最後の方は氷へと言葉を投げかけながら言った。
「何で…俺に聞くんだ。さっさと説得してくれ」
 氷が妙な声を出して答えた。
「ハイハイ、わかってますよ」
 暁はそう答えて、真面目な声で話を続けた。
「血ィ吸う相手探しは、ソレ相応の場所でやった方がいんじゃないかなっと、俺思うんだけどどう?」
「そうだな。むしろ、お前の場合は、過疎化した観光地に出没すれば喜んでもらえるのではないか?」
 クラウレスが暁のあとに続けた。
「こちらにこだわるのには、何か理由がおありなのでしょうか?あなたの場合、特に悪質な事をなさっているわけでもございませんから、この場は穏便にお引取り願いたいですわね」
 温厚な口調で話す撫子のそばで、蚊取り線香の香りが漂ってくる。
「あらん?あたしったらそんなに迷惑ぅん?」
「一部では、迷惑になっているのです」
 さらに撫子が答えた。
「女性の嫉妬って怖いんだぜ?独身男ならまだしも、やっぱり相手を選んだ方がいいんじゃないかなー?あんたに血を吸われたばかりに、喧嘩になったカップルもいたらしいからさ」
 暁のその言葉に、吸血鬼は穏やかな口調で答えた。
「あらまぁん。そんな事になってるなんてぇねぇん」
 吸血鬼が何となく悲しそうに答えた。
「貴女は、それ程悪い人ではないと思います。力づくで追い出したりする必要はないかと思いますので、ここはどうかお引取りを」
「でないと、このハンマーでお前を叩くことになるぞ」
 撫子のあとに言うクラウレスが、ぴこ!っとした音を手元で立てているようであった。
「そうねぇん。そんなに問題になっていたなんてねぇん?悪気があったわじゃないのよぉん?」
「ここを狙ったのには、何か目的があるのでしょうか?」
 みそのがそう尋ねると、吸血鬼はさきほどは違ったやや悲しげな口調で答えた。
「何百年も昔、ここにはあたしのお城があったのぉん。あたしはその城に迷い込んできた若者の血を頂いたり、周辺の町へ行ったりしていたわぁん。あたしを恐れた子もいたけど、慕ってくれた子も沢山いたのぉん。のんびりと楽しい日々を過ごしていたわぁん」
「そうだったのか?」
 クラウレスが尋ねた。
「そうよぉん。海にかかる月がとても綺麗だったけどぉん、このあたりを治めていた国の軍の焼き討ちにあってしまったのぉん。もう500年程前かしらねぇん?」
「どうして、そんな酷い事になったのでしょうか?」
 マイの言葉には真面目な雰囲気が感じられた。
「詳しくは知らないけどぉん、当時疫病が大流行して、このあたりの民衆の不安や不満が国王へと向かったのよねぇん。それで、国王はとりあえず、民衆の感情を自分ではなく他の場所へ向ける為にぃん、この城を焼き払ってあたし達を追い出したのよぉん。疫病の根源は、あの吸血鬼である。あいつを追い出せば世の中も良くなるだろうって、火の中を逃げる時に軍の兵士がそう叫んだのを覚えているのぉん」
 吸血鬼の言葉には、さきほどの色っぽい雰囲気はどこにもなかった。
「あたしは、病気なんか、まいてはいないのよぉん?でもねぇん、ああなってしまったらもう、あたし一人の力じゃどうにもならなかったわぁん。中にはあたしに味方する人もいたみたいだけどぉん、そういう人は牢獄に投げられたみたいよぉん。どうにもならない流行病を、あたしのせいにするっていう、強引な方法で誤魔化したかったのねぇん」
「それって、酷い話じゃん!」
 暁が、怒りの感情の混じった声で叫んだ。
「もうこうなったら、どうにもならなかったのぉん。あたしはこの場所を離れて、遠くの山の奥にある小さな砦に引きこもってぇん、数百年の眠りについたのぉん。世の中ががらりと変わった時にぉん、目を覚まそうと思ったのねぇん」
 吸血鬼は、床に転がっている氷の方へ向かって話を続けた。
「目を覚ましてからすぐ、懐かしくなって、この海岸へ来たのぉん。まったく風景が変わっていたのに驚いたけどねぇん?でもね、あたしは吸血鬼だから、数百年ぶりに血を吸いたくなってねぇん。つい、このペンションにいる子達に手を出してしまったってわけぇん」
「なるほど。そのような理由があるとは知らず、わたくし達もご無礼を致しました」
 撫子がゆっくりと丁寧な口調で答えた。
「別にいいわよぉん?大分血も吸った事だしねぇん、しばらくは大丈夫だわぁん。迷惑をかけているみたいだしぃん、あたしは別のところへ行こうかしらねぇん」
「吸血鬼さん、血も良いですが、別の食べ物を口にしてみませんか?きっと、お気に召すと思いますよ?」
 マイは吸血鬼にそう言って、偏食を治す為に吸血鬼へとあれこれと話し始めた。
「んじゃどこかへ行く前に、吸血鬼さんも一緒にトランプでもやる?一人でずっと寝てて、飽きちゃっただろーからさ!」
 その場を一気に明るくするように、暁が叫んだ。
「ま、これ以上このペンションにいるつもりがないのなら、これ以上のことをする必要もないだろうか」
 静かな声で、クラウレスが呟いた。
「それでは、早速、先程わたくしが言った通りの、色々なご教授をお願い致しますわね」
 みそのも吸血鬼に笑顔で答えた。
 こうして、みその達はセクシーな女吸血鬼と、ゲームをしたりおしゃべりをしたりしながら、賑やかな一晩を過ごした。
 唯一、血を吸われた氷は、その間ずっと心地の良い夢を見ていたらしく、翌日にはすっかり元気になっていた。
 みその達が目を覚ました時には、すでに女吸血鬼はいなくなっていたが、代わりに蝙蝠の羽の形をした飾りが数枚置かれていた。
 飾りのそばには一枚の紙切れが落ちており「久々に楽しい夜を過ごせて、感謝してるわ」と書かれていたのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0126/マイ・ブルーメ/女性/316歳/シスター】
【0328 /天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【1388/海原・みその/女性/13歳/深淵の巫女】
【4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【4984/クラウレス・フィアート/男性/102歳/「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 海原・みその様
 こんにちは、ライターの朝霧・青海です。今回はシナリオへの参加有難うございます。少々遅れてしまいましたが、こうしてお届けする事が出来ました。お待たせして申し訳ないです。
 みそのさんの場合は、目があまりよくないということで、極力直接目で確認出来ているよな描写を外し、感覚での物語を描いてみました。皆様とは表現が違い、うっかり目で見ているような描写(瞬時に相手の服装や表情が細かくわかるとか)を書いてしまいがちでした(笑)
 バカンスシーンから吸血鬼のシーンまで、びっちり書いたために大変な長さとなってしまいました(汗)楽しんで頂ければ幸いです。それでは、ありがとうございました!