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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


■水の揺りかご■



『北・西・北・北・南・・北・・南・南東・西・南東・西・・西・西・・北・西・北・北・・南東・・』

 それは、ゴーストネットOFFで最後に示された方角。
 子供がある公園の池を起点として、その周囲四箇所の水場にぷかりと浮かび上がる騒ぎが数日続いている。
 その起点となった公園を基準として見れば、書き込まれた方角は一致し、それに気付いた利用者達があれこれと書き込む内にも時間は経過し、救助活動を行う大人達も衰弱する様子さえ無く眠るような子供に薄気味悪さを覚えながらの作業を繰り返していた。無論、野次馬も一時期程には多くなくなって――皆無にはならなかったが、そんな頃。

『水になってしまう早く』
『浮かべない』
『水になる一緒になるいっしょにしたくない』
『さみしいからとあのこがむねにだいてしまっている』

 終いには平仮名だけになってしまった書き込みがある。
 それは方角を示した書き込みのレスの形ではあったが、誰もいたずらだと書き込まなかった。
 なにか、どこか、切羽詰った気配を直接対峙してはいないまま感じたのだろうか。

『今日西と南東に浮いたよ』

 海原みあおが見たのはその報告が最後だった。
 方角を示す中にある点。それが連続している時には直前の方角に浮かんだ子供が暫くの間留まっているという。とは言え、他の場合には水に入ろうとした途端に沈み消え失せるのに比べて幾らかは近付ける、といった程度の事。結局は誰も子供に触れる事さえ出来ていないらしかった。
 その書き込みを見て、みあおはブラウザを閉じる。
 かといって、すぐに席を立つでもなく、いささか大仰なポーズをつけて思案している様子。
 華奢な身体が時折揺れる足に合わせて小さく揺れる。右に左に、前に後ろに。しばらくそれが続いて「よし!」と可愛らしい声が上がったところで止まった。
 小さな指には持て余すのではないかと錯覚するパソコンに向かい、みあおは一度閉じたブラウザを再度開く。

「まずは情報収集!ネットで聞き込みだよね〜」


** *** *


 書き込みの直後の『西・・』の部分は間に合わなかった。
 翌日、みあおが到着した時にはすでに沈んだ後だったのだ。
 残る機会――せいぜいが近付く時間が長くある、程度ではあるが――は『西・・』『北・・』『南東・・』の三回。あの書き込みを信用するならば。
 三回のうち、もっとも早い機会である西。仮に今日もう一度浮かぶとしても、目的とするタイミングは明日。
 律儀に毎日現れる子供であったので、それは間違い無い。

 そうして、みあおは今その水場に居る。
 子供が沈んでしまえば野次馬も救助の大人も、すぐに立ち去ったのだろうか。周囲に人影は無い。
 確かに沈んでも水底に居るわけでもない以上は当然ではあったけれど、なんとはなし薄情さを感じさせた。
「ま〜まずは確認、確認っと」
 言いながらその幼い手を伸ばす。
 水面は何枚かの葉が泳ぐだけで、静かなものだ。そこに、触れる。
「なにか、あるかな?」
 判る事は限られているが、ネットで知り得る情報は得た筈だ。あとは自分自身でなければ不可能な事。今、水面に伸ばしている手がまさにそれだった。
 水面から深く深く感覚を広げて行く。住宅街の小さな水場では有り得ない深さまで届き、水底はまだ見えない。感覚のまま周囲を見回して、糸のような、けれど糸よりも太い繋がりを知覚した。
「……因果、というよりは、ん〜?霊?」
 誰かが見ていれば、不安を抱くであろう独り言ばかりの少女。
 だがみあおは真面目だ。水を調べている。幼い瞳をきり、と光らせて水面からはるか深い場所まで探っている。
「溶けちゃってるって言うのかなぁ」
 水の中で、その何かの気配は一所から来ているようだった。
 気配の先は、この騒ぎの最初の場所。
 公園の方角。
 霊的な何か、もしかしたら死んだ人なんかがいるのかもしれない。
 それだけ確認すると、みあおは立ち上がった。時間はある。中央にあたる公園の池も、確認するべきだと思ったのだ。


** *** *


 公園の池が、その気配についても起点である事は確認出来た。
 ついでに意思疎通が出来ないかとも思ったのだけれど、それは生憎不可能な様子で、しかも延々と池の縁にしゃがみこんでいたものだから騒ぎの事もあって大人が心配して繰り返し声をかけてくる始末。
『まったく、皆意外とお節介だよね』
 悪い事ではないのだけれど。
 普段より高い視界から、水場を見下ろしている。
 一眠りして、英気を養い再度西の水場に訪れたのだ。ただし人の姿ではない。
 可愛らしく頭を巡らせる小鳥。それが今のみあおの姿。
 可能ならばハーピーの形態で一度子供を真上から抱き上げでもしてみようかと思っていたのだけれど……最初に比べて減ったとはいえ、野次馬は皆無ではないのだ。せめて救助の大人だけであれば死角を探しもするが、野次馬までが周囲を囲むようにして遠目ながら見ているとなれば手が出せない。
『お母さんらしき人は出て来ないっていうし――』
 これもネットを利用して聞き込む間に判った事だ。
 母親に限らず、身内なる者、あるいは自分達の子供ではないか、と問う者、そういった者が一人として現れていないのである。これがまた、子供の存在を尋常でないと思わせる原因になったのには言葉も無い。
 ただ、と小鳥の姿で下方の池を見下ろしながらみあおは思う。
『はずれてもいない気がするんだよね』
 前日に、西の水場と公園の池を探った時になんとなく、なんとなくではあるが幼い意識があったように感じたのだ。とはいえ、ほんの一瞬といった程度のものであるし、把握出来なかったのだから確信を持てるものでもない――ただ、その触れた水の中に、拒絶だとか嘆きだとか、その状況から逃れようとするなにものも存在しなかった。それはどういうことだろうか、と思う。みあおが全てを感知出来るわけではないけれど、それにしても子供がいるのであれば霊的なものとして感じ取れてもおかしくないのだから。
 何気なく留まっている小鳥に興味を示す者はいない。皆等しく水面を見つめている。
 そんな中、水面に小さく音が弾けた。
 ひとつ、ふたつ、小さな波が立ち、それから現れたのは確かに幼い子供。未成熟な柔らかな身体を質素な衣服に包んでただ微睡むように水面に。
「出た!」
「ゆっくりだ!ゆっくり!そう、水に触れるなよ」
『なるほど〜?水に入ったから沈んじゃう、と見てるんだ!』
 ちち、と囀り微かに前に傾く小鳥。
 バランスを取るように二度三度と小さく羽ばたいて、そこでふと立ち上るものに気がついた。
『……だ〜れ?』
 その、救いを求めて腕を伸ばすような気配。水なのか、水に溶けた誰かなのか。
 風も無く、誰も踏み入っていないのに水面が揺れる。ざざ、ざざ、と声を上げる。
 周囲の人間が何事か言い交わすのもみあおの耳には届いていない。その水面から招く気配と見下ろした先で沈み行く子供のゆるりと押し開かれた――眸。

 ほっといて。

 ふっくらと可愛らしい頬までも動いて、子供の唇が確かに紡いだ。
『待って!待ってってば!』
 煩く囀る音にしかならないと知っていても、呼びかける。
 けれど子供はみあおの声に応える事無くそのまま水底へと消えた。枝を揺らして飛び立ち、水面近くまで下りてももう子供の姿は見えない。失念していた周囲の人間も、あれこれと声を上げながら立ち去って行く。
 ほっといて。
 子供がそう言った。はっきりと光を持った、誰に操られているでもない瞳で。
『う〜んと、つまり、あの子はあのままがいいって事?』
 何か理由があって、本人がそう望むならそれでもいい。嘆く人、不幸になる人がいないのらば、みあおはそう思う。
 けれど、ではゴーストネットOFFのあの書き込みは誰だ。方角ではなく、あの言葉。

 ――水になる一緒になるいっしょにしたくない
    さみしいからとあのこがむねにだいてしまっている

『あのこ、あのこ、じゃあ他に水に誰かがいるってことだよね』
 うん、と鳥の姿のまま頷いてみあおは空へと舞い上がった。
 公園の池。
 小鳥の姿の方が距離は短いと踏んだのだ。
 そしてほどなくして辿り着いた公園の中。一度訪れた池は静まり返っていた。
 ――人の気配が無い。
 それはみあおには馴染みのある感覚。
 あれこれと風変わりな出来事に顔を出す間に増えた知人の中には、人払いだとかの手段を持つ者も幾人といたのだから馴染みもするだろう。
「よいしょ、っと!」
 人目が無いのを幸いと、池のすぐ前で人の姿に戻る。
 ちょいちょいと髪だの服の裾だの整えて視線を向けた先、水面は西の水場の時のように――いや、それよりも軽い音で波立っていた。恐れ気も無く近付いて、ふと靴を脱いで、縁に腰掛け爪先を浸す。ひやりと今の季節にしてはよく冷えた水だった。
 その姿勢のまま、みあおは静かに瞼を下ろす。
 染み渡るその気配に。


** *** *


 ただ、寂しかった。
 長い間水に溶けて、もう一人のように不満は無かったけれど。
 自分がいつから居るのかも思い出さなくなっていたけれど。
 ただ、寂しかった。
 きっと遠い昔、自分は腕に小さな温もりを抱いていた。
 きっと遠い昔、自分は小さな温もりに笑いかけていた。
 今は無い腕のぬくもり。
 そんな時にあの子はやってきた。
 違う水からやってきた。
 ――きっと、自分に応えてくれたのだと思った。

 可哀想だと思った。
 ずっとずっと水に混ざって、おそらく自分ももう一人も死んでいたのだけれど。
 寂しい気持ちも判ったけれど。
 けれど、居なくなった子供をきっと捜す人がいる。
 だから、同じように溶かしてしまってはいけない。
 けれど。
 けれど寂しいとどちらも言うから、だから試そうと考えたのだ。
 水の中ではそれもすぐに溶けて、その時の気持ちも判らないけれど。
 違う水からやってきた、その子を一度返そうと。
 ――泣きながら探している人がいる。そう思ったから。


 目を開けば水面に浮かぶ子供が居る。
 ぼんやりと空を見上げていた瞳がみあおを見たので、にっこりと笑ってみた。子供は、笑顔だった。
「こんにちは〜」
 にっこりと明るく笑って挨拶したみあおに、こんにちは、と声無き声。
 子供は、何が楽しいのかと思う程、とても幸せそうにしている。
 その理由はもう、判っていた。今、水から知った。
「えーと、もう浮かばなくていいから嬉しいんだよね?」
 頷く気配。子供はただ笑う。
 掲示板の書き込みは、おそらく試そうと考えた方の人。あの怪奇現象万歳なサイトだ。身体の無い者だって書き込めてもおかしくはない。言い出した本人が書いた残りの回数はもう僅か。おまけに猶予のある場所と来たらあと二回だ。
 きっと、残る一人も身体があれば笑顔だろうなとふと思った。
「ねえ」
 爪先で池の水を叩き、その飛沫を眺めながらみあおが言う。
「どうして水に入る方がいいの〜?」
 だって、と動く小さな唇。

 だって、いらないから。

 目を見開いたみあおに、子供はただ笑う。ただただ笑う。

 いらないって、どこかで溶けた。
 さみしかった。
 だっこしてくれた、ここがいい。

 いけない、と力の無い声。
 声ではない。気配が訴えかけている。
 おそらく、あの時に水面から立ち上って救いを求めた気配。
 書き込んだ気配。子供を捜す存在を信じた気配。
 それが、いけない、と子供に訴えている。
(のこりの一人はどこかな〜?)
 ふと考えたが、水の中、みあおには容易く探り出せた。ずっと深い場所でこちらを見ている気配。
 誰も彼も水に溶けて、もしかしたらもっと居るのかもしれない。それぞれの流れのような形で、溶けても残った個性とでも言うのだろうか、それが多くあったから。とは言え、コミュニケーションが取れる程明確でも無いので、あちらがその気にならないと無理な類の事だろう。
 水底の残る一人はきっと、満足だろうなと思う。
(だって、もうすぐ腕にあったかい子供がずっといるんだもんね)
 それで良いのかな、と思わないでもないけれど、本人がそれでいいと言うのならば、子供の先程の言葉もあるしみあおはもう何も言わない。少し、残り二回の間に親が捜しに来るといいんじゃないかな〜と思ったりもするけれど。
「まだ試すのは終わってないんだから、ちゃんと最後までやるんだよ〜」
 そんな風に釘を刺したのはきっと、だから、なのだ。


** *** *


 結局のところ、子供が何処の誰なのか、判らないままだった。
 顔もはっきりとあるのに、誰にも判らないまま。

『北の時も駄目だった』
『最後の南東はすぐに沈んだって』
『多分その時だと思う。最初の公園に浮いたってさ』
『家族とかも出て来なかったって』
『なぁなぁで終わりじゃねぇの』

 スクロールして読む書き込みは、そんな遣り取りが溢れている。
 みあおは静かにそれを見ていた。

 最後まで出て来なかった子供の家族。
 いらないと何処かで溶けていた子供。
 ずっと昔の温もりを求めて子供を抱きとめた気配。
 子供を想う家族を信じて水に浮かばせた気配。

『センベツってやつ』
 水に沈んでいく最後の日。公園の池でみあおはそっと羽を落とした。
 せめて幸運があれば、と思って。
 羽は、子供の胸に乗って一緒に溶けて水の中。

「なんだかなぁ〜」
 ちょっと消化不良だよ、と唇を尖らせてブラウザを閉じる。
 机に両肘をつき、顎を乗せて思い出すのは沈み行く子供の微睡む瞳と、その向こうで手を差し伸べる気配。試そうと言った人の、家族が現れる期待は裏切られた。消化不良、というか、なんとなく収まりが悪いというか。

「幸せだと、いいけどね」

 それでも振り切るように呟いて、水に浮いた子供の事はそれで終わり。
 あの子供が、優しい気配の腕の中、水の揺りかごで微睡むのをちらりと思い浮かべた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1415/海原みあお/女性/13/小学生】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして、ライター珠洲です。お一人様ノベルになってしまいました。
・野次馬をどうにも出来ない状態として可能なプレイングを実行、という方向に持って行かせて頂きました。子供は、沈むパターンにしております。ご希望の展開とは違うかもしれません。
・プレイング等から外見年齢・実年齢よりも大人な考え方・割り切り方をするように感じたのですが、ちょっと活かせてないやも。というかもう、微妙なお話になってしまいました……!後味が悪いかしら、と思いつつの終わり方ですがお納め下さいませ。