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<東京怪談・PCゲームノベル>


■チェイスミニマム■



 のどかに歩いていた桐生暁は先日お邪魔したマンションの一室にいた。
 いや別に不法侵入ではない。むしろ管理人に見つかって引っ張り込まれたというか、送り込まれたというか。
『アルバート黙らせて欲しいです』
『アルバート?』
『なにかを追いかけて部屋中走ってるみたいです』
『ふ〜ん、なんだろうね』
『うるさいので黙らせて下さい』
 不穏なことに、なんなら絞めてもいいです、と言うのには生温く笑って断っておいた。


** *** *


『朱春ちゃんに頼まれました』
 怒鳴り声の中に合鍵で勝手に入ってそう言うと、部屋の主であるところのアルバート氏は「わかった」と頷いて、何も聞かなかった。素通しである。不審者だと思わないのかな〜とむしろ暁が首を捻った程だ。
 まあとりあえず、とアルバートが再びミニマム四人組に向き直るその後ろから肩をポンと一叩き。
「アルバートさん。そんなに怒っちゃ駄目だって」
 振り返ったノッポなお兄さんに、すかさず「本気で思ってて言うんじゃないからね〜」と囁いて暁はにっこり微笑んだ。手にはコンビニ袋を掲げている。それを肩辺りで揺らしてみせる頃には身体は小さな人達へと向いている素早さよ。
「怒ってもいいことないよね〜?」
「そうだ」「そうだ」「ムダだー」
 にこにこ笑顔の暁とニマニマ笑顔のミニマム四人。不思議な交流であるが、アルバートの血管が浮きつつある。
 暁としても別に小人達と一緒にアルバートをからかうつもりは毛頭無いからして、きちんと交渉には入る事にした。
「ところでさ〜そんな紙切れよりこっちのが良くない?甘いお菓子だよん」
「紙切れ……」
 なんだかグサッと音が聞こえそうなのはアルバート。胸を押さえてよろけていると面白い。
 囁いておかなければ、もしかしたら暁までもが一緒に追い掛け回されそうな位に衝撃を受けている声である。
「ほらほら。こっちなんか美味しく食べられるよ〜。そんなの持ってても楽しくないでしょ?」
「そうか紙切れか……て、そんなの……」
「こっち来て一緒に食べようよ、ほら!」
 一つ開ければ甘いクリームの香りが届いたのだろう。疑わしげに見ていたミニマム達がぴくぴく小さく背伸び。
 サイズ的にはとある害虫サイズだが、その反応は猫が興味のある物へ目を丸くして伸び上がるようだ。
 しかし。
「……そんなの……いや確かにそうだけど、菓子より下か菓子より」
「アルバートさん、そんなショックだったんだ」
 暁の背後で呟く怪しい男が一人。いわずとしれたアルバート。
 彼のお陰で小人達は警戒して近付こうとしないのである。
 朱春であれば「菓子の方が栄養になります。うるさいです」と蹴り出してしまうところだが、哀しいかな暁はアルバートと初対面。そんな無茶出来やしない。
(仕方ないな〜)
 しばし生温く壁を眺めた暁は、やれやれと肩を竦める気分で結局力を使う事にした。
 効果は絶大であるけれど、疲れるし血は欲しくなるしでよろしくない。しかしこれはもう使ってとっとと片付けよう。
 そういう流れでもって、暁は力を使い、そうしてミニマム四人組はふらふらと暁の虜になった次第であった。

 手作りだよん、と嘘八百を並べ立ててみせたコンビニ菓子の山は半分程が既に無い。
 一度食べ始めたら堰を切ったように凄まじい勢いでむしゃむしゃと食べて食べて食べて。
(魅了かけた意味ってどこにあったんだろ)
 その食いつきの良さにふと思わないでもないが、いや意味はもうアルバートの凹み具合に近づけないミニマム連中を引っ掛ける為であろう。背後で暁が回収した原稿用紙を懸命に広げている彼を眺めて、また視線を戻す。
 小さな小さな人達のどこに入っているのかいまだ貪られ続ける暁のおやつ。
 全部食べられてなるものか!
「あ、暁君とやら」
 負けじと手を伸ばしたその時にかかるアルバートの声。
 ――もしかして「そんなの」とか言ったの恨んで食べるの邪魔してる!?
 そう思わずにはいられないタイミングだった。事実伸ばした先のシュークリームは掠め取られてしまった訳で。
 ちょっとがっかりしながら返事をする暁である。
「ごめん。ついでにフロッピーどこか聞いてみてくれるかな、てこれどれだけ圧縮して!」
「はいはーい。ってことなんだけどどこかな〜?」
「えー」「えー」「えー」「ひみつ」
「くっついてないかこれ!」
「そんな事言わずにさ〜……そうだ!教えてくれたらほら、こっちのこの俺の分もあげるから!」
「こっち?」「こっち?」
「あああ破れてしまう!破れて!……よし」
「そう。これこれ。皆たくさん食べるから俺の分に取り分けてたけど、教えてくれたらあげるよ〜?」
「それも?」「くれる?」
「もちろん!暁くんは嘘つきません!」
 出任せは言うけど。嘘だって多分つくけど。そもそもコンビニ菓子を手作りって言うのは嘘だけど。
 内心でぺろりと舌を出しつつ頼んでみれば、魅了と菓子の効果は素晴らしい。ひとしきり小さな一同は顔を寄せ合いごしょごしょと話し合った後、うん、と頷いて生クリームだらけの顔を暁に向けた。
「あそこ」「あそこ」「の中」
「ぎゃ―――!」
「……うん。ありがと……なんだかわかっちゃたな」
 小人達が同じく生クリームだらけの腕で暁の方を指したと同時に起きた絶叫は、確認するまでもない。
 苦心して広げた原稿用紙を覗き込んだままアルバートが壮絶な声を上げたのである。
「なんだこれは!どこをどうすればフロッピーが!」
「どうなってってうわ凄!なにこれ!」
「く、砕ける以前にこんな」
「圧縮されてるなあ」
「どうやればこんな事出来るんだ」
「いやもうこれ芸だ芸。技かな〜」
「なんて迷惑な技だ」
 男二人が覗き込んでいるのをノホホンとミニマム達が眺めている。お腹を現在進行形で満たし中なお陰で根性悪発言をするつもりもないらしい。ただちょっと気をつけないとアルバートが衝撃から立ち直ると怖いのではなかろうか。
「マジでこれ凄いよ!だって普通フロッピーなんか壊さず圧縮出来ないでしょ!」
「壊れてる方がまだ判る!」
「ええ〜?でもこれかなりレアだって!」
「レアでもなんでもこれは迷惑だ!」
「うんそれは思う」
「…………」
「…………」
 しばらく沈黙を敷き詰めた後、ふっとアルバートが疲れた目で手元の圧縮フロッピーを見た。
 何かを悟ったというか、諦めた顔だ。
「……どうせ『そんなの』程度だしな」
(あちゃ〜)
 本気じゃないよ、と断っておいてもやはり根に持っていた様子。
 項垂れてしょんぼりフロッピーを撫でているアルバート。原稿が無事だったからいいじゃないか、とか自分で言いながら自分で慰め損ねている。ちょっと危ない。ていうか怖い。
「そうだ暁君」
「はい?」
 と、フォローいるな〜と振り返ったまま思案する暁が動く前にアルバートが顔を上げた。
 一気に凹んで一気に戻ったらしいが、便利な男である。
 しかし吹っ切ったかなと思うには笑顔が妙に空々しい。
「その小人達、あげるから」
「いらない」
「なんならそのフロッピーもあげよう」
「いらない」
「むしろ引き取って欲しい」
「処分出来ないモノ引き取れないし」
「いやもうレンにそのチビ共売ろうと思うんだけどムシカゴ無いしね」
「う、売るんだ」
「いや売りたいんだけどムシカゴが無い」
「……あ〜まあ可哀想だしね〜」
 あるいはあのアンティークショップの方が背後で菓子を食べている小人達にとって幸福な場所を与えてくれるかもしれないが、とちらと思いながら相槌を打つ。どっちでも、それなりに可哀想かもしれないし、それなりに幸せかもしれないし。
 だがとりあえずはアルバート。
 やけっぱち風味な大人を前に、暁はこっそりと息を整えると芝居よろしく調子を変えた。
「あの、ところでアルバートさん」
 少しばかりはにかむような、照れ臭そうな、そんな声に。


** *** *


 小人達は、菓子を殆ど食べ尽くしてしまった。
 暁の疲労回復アイテムが大半を奪われた形である。
 お陰で暁自身はといえば、いまいち調子が戻らない。
(……腹減った……咽喉が渇いた……)
 うっかり赤くて生温かい液体を考えてしまってはかぶりを振る暁の前ですぴょすぴょ寝こける四人のミニマム達。その小さな頭を指先でそろそろと撫でて気持ちを逸らす。アルバートは虫カゴの代わりになりそうな――小人達を閉じ込めておける物を借りに別の住人のところへ行った。たいてい誰かが訳の判らない物を持っているからなんとかなるらしい。
「面白いマンションだよな〜」
「だろうね」
「あ、おかえり」
「はいただいま」
 手に蓋付きの小さな籐籠を持って戻ってきたアルバートにひらひらと手を振る。
 穏やかに笑えば目の前の大人は人当たり良く、なかなかの男前だった。仕事明けの無精髭はいかんともし難いが。
「疲れてるね」
「あ〜うん、ちょっとね」
 はい、と差し出された缶コーヒーに目を丸く。
「さっき坂上さんがくれたよ」
「鷹臣さん……!」
 癒されるー!と感動してみながら軽くプルタブを持ち上げる暁の前、籐籠に一人ずつ小人をアルバートが移していく。起こさないようにと丁寧に扱うのも、籠にタオルが敷かれていたのも先刻までの彼の様子からすれば意外だった。
「レンに売るのに親切だね〜」
「ん?」
「タオル敷いちゃって」
「売らないよ」
「あ、そうなの?」
「可哀想なんだろう?」
 笑って言うのに、自分が言った言葉だと思い出した。別に俺の言葉なんだから好きにすればいいのに、と籠に収まった四人を見ていると、アルバートが先程の暁と同じように指先で彼らを撫でる。
「いやもうアレだしね」
「アレなんだ」
「そうアレ」
 日本語って便利だなぁと思う遣り取りである。
 多分通じていない指示語で片付けながら、まあ売らないなら売らないでいいか、と缶コーヒーを傾けた。
「こいつら朱春ちゃんにでも預けようかな」
「朱春ちゃんに?」
「あの子沸点低いからすぐダーツ投げの的にしてくれるし、いい躾だ」
「……やっぱ怒ってんじゃ」
「ははは、当然」
「うわ!怖!」
 ふざけながら、合間に周囲を見回せば空になった本棚が目に入る。
 あれか、と虚しく眺めるのは先日このマンションで犬を蹴り飛ばした騒ぎが甦るからだ。
『ファンと言ってくれるのは嬉しいんだけど』
 フォローのつもりで「ファンです」と言う(小難しげな翻訳本なぞ読む訳も無いので勿論嘘っぱちな)暁に非常に嬉しそうにした後、アルバートは傍目にも気の毒な様子で溜息混じりに一室へと案内してくれた。一面の書棚。殆どが空っぽ。
『ちょっと前にあれこれ消えてしまって』
 はははははと機械的に笑って言われても怖いだけだ。
 しかもそれはなにやら暁の記憶を刺激するのだが。
『なんていうかレアな本も山程あったんだけどね』
 刺激どころか甦ってしまう犬のち本(某中年男性談)な分裂ドアの記憶。
 そうかあれはアルバートの本か。人を殺せそうな厚みの本を思い出す暁の前で相変わらず持ち主は抑揚の無い笑い声を上げている。それをぴたりと止めて深い深い溜息をついた。
『そういうわけで古いのも新しいのも無いんだよ』
『そうですか〜、残念です』
『また新しいの出たらあげるから。今日の原稿のとかね』
『ありがとうございます!嬉しいなあ』
 一ファンとしての演技は我ながら見事だった。憧れを押し出し、尊敬を示し、手に入らない本を嘆いてみせた己の演技力。思い返せば胸を張りたい位に。
 桐生暁、十七歳。
 一回り近く年が離れているらしい大人を上手くあしらって、内心こっそり舌を出してみるようなお茶目であった。

「さて」
 眺める前でアルバートが籐籠の蓋を閉めた。酸素が通る隙間がある事は確認済みだ。
 多分というか九割方密閉状態でもこの翻訳家は気に止めないだろうとは思うが、一応酸素は通る。
 その状態で籠を机の上に置くと、苦心して広げたシワだらけな原稿をまとめて封筒に放り込んだ。
「ありがとう。お陰で回収出来たよ」
「いえいえ〜」
「フロッピーは凄い事になってたけど」
「あれはあれで珍しいですって」
「うん。じゃあやっぱりあげよう」
「え」
 差し出された褐色の肌。その長い指の先端で小さな小さな指先サイズのフロッピーがその存在を主張している。
 にんまりと悪戯小僧みたいな笑顔は、会ってから初めて見るアルバートの表情だった。
「俺の翻訳した本よりも自慢出来るぞ」
「……あはは」
 う〜ん俺の演技もまだまだ?
 墓穴掘りを避けるべく口には出さないが、こっそり反省しつつそのフロッピーを受け取る暁。
 その後頭部を軽くアルバートが叩く。その大きな掌の感触にちょっと照れた。
「お疲れさま。助かったよ」
「……どってことないですよー」
 後は小人の始末だな、と半ば犯罪者の様子で更に呟くのは聞かないフリ。
 売るのか預けるのかあるいは、と思わせる物騒な言葉である。
 ちらりと籐籠の中で熟睡しているだろうミニマム達を思いやり、こっそり暁がした事と言えば。

(惜しい奴らを失くしちゃったかな)

 そっと内心で手を合わせてみる程度であった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4782/桐生暁/男性/17/高校生アルバイター、トランスのギター担当】

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■         ライター通信          ■
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・アルバートの手伝いありがとうございます。ライター珠洲です。ちょっと長くなってしまいました。
・プレイングがぽろぽろ違ってたりすると思いますがどうでしょうか……今回も会話一杯なお話になりました。坂上・朱春とも面識があるのでついでに名前出してみたり。あ、ミニマム四人組はおそらく朱春の元で調教される事と思われます。無事を祈ってあげてくださいませ。彼女凶暴ですから!