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<東京怪談・PCゲームノベル>


ワールズ・エンド〜彼の人の面影










 私の店の銘は、”ワールズ・エンド”。
この世の果て、と名を付けた店だけれど、それでも多くの人が足を運んでくれる。
極普通の雑貨屋ではあまりお目にかけることができない人も、中にはいる。
私はそれを十二分に分かっていたし、万全の体制で臨んでいた筈なのだけれど―…。

 時には、予測がつかないような”お客様”がやってくることがある。

”彼”もそんなお客の一人だった。







                   ■□■






 私の店に置いてあるのは、カップやソーサーといった食器類、日用雑貨に文房具。
そして女の子が好みそうなチョーカー、ネックレス、リングに髪留め。そんなアクセサリの類は種類も割と豊富だと思う。
 だから私は、私の店にはそういったものを求むお客様がやってくるものだと、思っていた。
別にこの店に置いてあるものを求めるお客様を誘う魔法をかけているわけでもないのに。
私がこの店にかけた魔法は、私の作る魔法の道具を求める人を誘うそれ。
だから、何も種類は限定していない。ただ、何かを望む心があれば、うちの店への招待状になる。
―…なのに、私は。
「……ま、マスク?」
 そんな素っ頓狂な声で、公園にいる鳩のように、首を少し前に突き出して唖然としていた。
 お客が私を訪ねてくると、いつも掛けるように勧めるテーブルを挟んで、彼がなんとも言えないような顔で、椅子に座っていた。
真正面に座っている私をジッと見つめて。
「そう、マスクです」
 彼は先ほど私に言った言葉を、再度繰り返す。
私は真っ白になった頭の中で何も考えられず、ただこくこくと頷くしかなかった。

 彼の名は、和泉大和と云う。
短く刈った黒髪が涼しげで、その顔も美形とまではいかないものの、そこそこ整った顔立ちをしている。
十代後半の歳相応なその顔を眺めていると、極々普通の高校生―…街で見かけるような―…だとしみじみ思う。
 そんな彼が私の店にやってきたのを見つけたときは、私も少し面食らったものだ。
だって、こんな極普通の高校生男子が好むような店でもないんだもの。
だけどきっと私―…つまり、魔女としての客だと見切りをつけ、私は彼にこの店のシステムについて話したのだ。
私は魔女の一人で、この店は私の魔法を”売っている”ということ。
つまり、世界に一つしかない、あなただけの道具を作ることが、私の商売であること。
 彼は一見荒唐無稽にも聞こえる私の話にも真摯に耳を傾け、少し考えてから頷いた。
了承した、ということなのだろう。
そして私は、いつものように問いかけ、彼は答えた。
―…その答えが、先ほどの私の素っ頓狂な声だ。

「マスクって…あの、ほら風邪のときとか、花粉症のときにする―…」
 私はマメを突付く鳩のようなポーズをやめて、身振り手振りで示してみた。
だが大和は苦笑を浮かべ、首を横に振る。
「違います。そのマスクじゃなくって、格闘技の。プロレス…って分かります?」
「…ぷろれす。」
 格闘技、は分かる。つまり…人と人とが戦うのだ。そしてそれは試合なのだ。
…だけどぷろれす、って何かしら?
格闘技、についてもそれほどの知識しかない私に、その種類まで問うのは酷というものだ。
「ご…ごめんなさい。格闘技にもマスクって必要なのね。口を守らなきゃいけないの?」
「いや、口は出しますよ。話せないじゃないですか、マイクパフォーマンスもできないし」
「…ま、まいく?何それ、人の名前?」
 結局、私はまた公園の鳩になってしまった。
そして、私と大和以外に誰もいない店の中には、暫し静かな時間が流れた。
―…否、静かなというよりも、無言と云う名の重い重い空気。
私はその”ぷろれすのますく”とやらが全く想像できないし、大和は大和でどう説明したらいいか、頭を抱えている様子。
この空気がいつまで続くか心配になったころ、ふいに私の背後に気配を感じた。
と思った次の瞬間、べし、と何かで頭を叩かれた。
「った〜…」
 私が思わず頭頂部を抑えて呻くと、私のすぐ背後から、何か人の身体が圧し掛かってくる重さを感じた。
「ふっふ、ルーリィあんた相変わらずね〜!ちょっとはヒトの世界っていうもんも学びなさいよ?」
「り、リース…重い重い!退いてちょうだい」
「やーよ。折角の男前なお客サンを困らせた罰。大体何が花粉症のマスクよ。
あんたの頭は飾りモンなの?脳みそカラカラいってるんじゃない?」
「〜〜〜…っ!」
 久しぶりに自分の部屋から降りてきたと思えば、散々な云い様。
顔を見ずとも分かるその正体に、私は無言で唸った。
 そして私の前の方からは、あくまで冷静だが嗜めるような大和の声が聞こえた。
「ええと、その赤毛のお姉さん。いつの間に来たのか知らないが、
俺は困っちゃいないんで、彼女を解放してあげて下さい。
知らない人にいきなりマスクって言っても、ワケが分からないのは当然ですよ」
「…あら」
 毅然とした大和の言葉に、リースは少し驚いたような声を出した。
そして、ふ、と私の背からリースの重さが消えて、私はやれやれ、と身を起こす。
「もう、いきなり来るのはいいけど、邪魔しないでちょうだい」
 私は後ろを向いて、リースを睨みあげた。
肩までのふわふわの赤毛に金目のリースは、肩をすくめるポーズを見せる。
「邪魔?あんたあたしの邪魔が入らなかったら、いつまであの無言の時間続けるつもりだったのよ?
大和くんだっけ、あんたもこの女に義理だてる必要なんかないわよ。
格闘技の知識なんてこれっぽっちも持っちゃいないんだから」
 そう言ってリースはけらけら、と笑う。
彼女は私と同じ村の出身者―…つまり、同じ魔女。
なのにこの云い様。…この子、それなりに格闘技の知識ってモン、持ってるのかしら?
 私と大和から同様の疑いの眼差しを受け、リースは腰に手を当てて頷いた。
「わーってるわよ、あれでしょ、大和くんが言ってるのは悪役レスラーがつけてるマスクのことでしょ?
こう、頭全体を覆う奴」
 私にはリースの言っていることがさっぱり分からなかったが、大和にはそれで通じたらしい。
大和は一瞬目を大きくして、そして嬉しそうに頷く。
「そう、それです。ザ・デストロイヤー風って言えば分かりますか?」
「分かるわよ。何たってあたし、ザ・プロレスファンの愛読者なんだから」
「へえ、そりゃすごい。あれもなかなかコアな取材をするから、俺も参考に―…」
「ちょ、ちょ、ちょーっと待って!!!」
 私は何だか意味の分からない会話を続ける二人に、両手を前に突き出してストップをかけた。
大和はきょとん、とした顔で私を見、リースは何故か意味ありげにニヤニヤと笑んでいる。
 私はぜいぜい、と肩で息をしながら、キッと大和を見た。
「とりあえず!」
「…はい?」
 私は深く息を吐き、ゆっくりと言った。
「一つ一つ、説明してちょうだい。私にも、分かるようにね」















 ”ぷろれす”について詳しい知識を得るまでもなく、大和の想いそのものについては、私にも想像がつくものだった。
彼は今、二つの道の間に立っているらしい。
 一方は今までやってきてそれなりの実力も持っている、相撲という道。
それは突然の事故によって一度は道が塞がれたように思えたけれど、
怪我の回復によりまたその先が見えるようになった。
 もう片方は、同じ格闘技とは言っても種類が違う、プロレスという名の道。
怪我の入院中、腐りかけた彼を立ち直らせてくれたレスラーがいた。
そのレスラーに入門を勧められ、彼の前に現れたもう一つの道。
 どちらの道を進むことになっても、彼の心中には同じような後悔が残るだろう。
それは決して天秤に掛けることなど出来ない道の間にたつ者の定めだ。
 ―…後悔をしない選択がしたい。
それは誰もが望むこと。だが実際には、後悔が無い選択なんて在り得る筈も無く。
せめて出来ることは、それを最小限に抑えること。
だから彼は、その手助けを私に求めた。

「……なるほど、ね」
 私は一通り彼の話を聞いたあと、うん、と頷いた。
これはとても難しい問題だ。本来ならば、私のような全くの部外者が立ち入ることなど許されない問題。
…だけど見方を変えれば、私のような部外者だからこそ、何かの手伝いが出来るのではないかとも思う。
「それで、マスク?」
 先ほどリースに見せてもらった雑誌。
そこにはリング場でポーズを取るレスラーの写真が載っていて、彼は確かにマスクをはめていた。
風邪のマスクとは全く違うそれ。
…何故こんなマスクをわざわざつけるのか私には判らないが、
大和が望むのだからそれなりの理由があるのだろう。
「でも作ってもらいたいのは、ただのマスクじゃない。
…俺を立ち直らせてくれたあの人の覆面が欲しいんです。
それで何が変わるわけじゃないと思うけど」
「でも、欲しいと望むのよね。…どんな魔法を掛けて欲しい?」
 やっと大和の心の欠片を知ることが出来た私は、にっこりと笑って見せた。
ちなみにリースはさっさともう自室に引っ込んでいる。
彼女は私が実際に商売をするところには、興味がないから。
「魔法…ですか」
 大和はそう反復するように呟いた。
暫し考え込む素振りを見せたあと、大和はゆっくりと首を横に振った。
「魔法は要りません」
「……?」
 彼の毅然とした言葉に、私は首をかしげた。
「どちらの道を進むのか、決めるのは俺です。その手助けが欲しいとは思わない。
ただ…あの人が被っているのと同じそれを、俺も被りたいだけなんです」
    ダメですか、これじゃ。
 大和はそう言って、口元に微かな笑みを浮かべた。
魔法は要らない。…つまりそれは、他者の力に拠って自分がその道を選ぶことを好しとしない、ということだ。
魔法を拒否されるということは、私の存在そのものを拒否される、ということに時には繋がってしまう。
だけど、この場合はそうじゃない。
私は、魔法をかける側だけれど、大和のその意気は十分伝わったので。
だから私は、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、駄目なんかじゃないわよ。そうね…記念品、って名目で良いかしら?」
 大和は私の言葉に、顔を輝かせた。こういうところを見ると、年相応に思えるから不思議だ。
 彼はやはり格闘畑の出身らしく、少し椅子を引いて深く頭を下げた。
そして大きな声で叫ぶように云う。
「お願いします!」
 …その勢いに少し面食らってしまったことは、彼には秘密にしておこうと思った私だ。












「いくら魔法が要らないっていっても、一応魔女の店だからね。”不思議な布”を使うわ」
「…不思議な布、ですか」
 テーブルを片付け、私は魔法をかける準備を始める。
床に敷いたマットを退ければ、そこには簡単な魔法陣が現れる。
私の魔力を増殖してくれるそれだ。マットで隠れていても効果はあるけれど、
やはり直に現したほうが効果は高い。
 私は大和から預かった、そのレスラーの写真をまじまじと眺めた。
リング場の彼を映したものなのだろうか、大変迫力があるポーズを構えている。
その彼の頭は、すっぽりと覆面マスクで覆われている。…私はこれから、このマスクを作るのだ。
 十二分にそのデザインを記憶した後、私は大和に写真を返した。
そしてふ、と笑って尋ねてみる。
「…これ、いつも持ってるの?」
「あ…はい。何ていうか、お守り代わりに」
「…ふぅん?」
 肌身離さず彼が持っている、憧れの人の写真。
それを彼が手放さないということに、もう全ての答えは出ているような気はしたけれど。
でも、それは私が話すことでもない。彼が自分自身で気づくことだ。
「成る程、良くわかったわ。
…じゃ、そろそろ始めましょうか」
 私はこほん、と息を吐き、大和の目の前に手品師宜しく一枚の布を掲げて見せた。
自分でもそう思えたので、ならば、と思い少々芝居掛かったことを言ってみる。
「…何の変哲も無いこの布。だけど流石は魔女の村の特産品、汚れには強く頑丈で伸縮性も高い一品。
だが魔女の魔法でしかこの布を加工することは出来ず、決して針を通すことは出来ません」
「…へえ」
 少し離れたところにたっている大和は、感嘆の相槌をつく。
私はくす、と笑って言った。
「本当のことよ。だから裁縫道具で繕うことは出来ないけれど、頑丈だからそもそもそんな必要も無いわ。
魔女の魔法専用の布だからね。材質はヒミツ、これは魔女のお約束」
 私はそう言いながら、ふわ、と布を宙に浮かせた。
そして布が宙に漂っている間に、その四隅のあたりを魔力を込めた指でちょちょい、と付く。
私の指がついた場所が自然にくっつきあって、さらに私が円を掻くように指を回すと、それにつられるように布も丸まっていく。
人間の頭の大きさほどに形が出来上がった頃を見て、私はすぅ、と宙で一本の線を引いた。
すると布の一方に切れ目が入り、私がふぅ、と息をかけると、切れ目の両端にぽん、ぽん、と小さな丸い穴が等間隔に開いた。
そう、マスクをかぶったあとに紐で縛る穴だ。
切れ目が入った反対方向を向かせ、私は両目、鼻、口にあたる部分を指でついた。
そうして背後のそれと同様に、今度は少し大きな穴を開けさせる。
 やがて立派な覆面マスクに生まれ変わったその布は、私の手の中にゆっくりと落ちた。
私はもう片方の腕を、マスクの上でさあっと振り、そのマスクの模様を変える。
それは白地に黒い線模様が入ったシンプルなもの。
だけれど、目の前の彼にとってはとても大事なものに変わるその模様。
 全ての工程を終えた私は、出来上がりほやほやのそれを彼に手渡した。
「……どう?どこか違ってるところがあったら、今のうちに教えてね」
 そうにっこり笑って言ってやると、そのマスクを掲げてまじまじと眺めていた大和は、感嘆するように声を出した。
「いや…そっくりだ。むしろ、そのものと言ってもいいかもしれないな、これは。
…魔法ってすごいですね」
「あはは、そう言ってもらえるとうれしいわ。さ、被ってみて?」
 私は内心、わくわくしていた。
だって彼に見せてもらった写真のレスラーは、目と鼻、口だけを出すこのマスクを被っていても、
とても格好良く映っていたんだもの。リースが熱中する理由もわかるっていうもんだわ。
実際にこれをかぶっている人を、目の前でも見てみたい。
私の中に、そんな欲がふつふつと沸いていたから。
「…………。」
 そんな風にどきどきしている私とは反対に、大和は何処かしら緊張しているように見えた。
その理由もわからないでもないけれど。
 だが彼は、暫しマスクを持つ手を固まらせたあと、意を決してそれを掲げた。
そしてすっぽりと自分の頭をそれに納める。
「…………へぇ」
 …やはり、ナマで見ると違う。
先ほどまでののんびりした少年は、マスクを被るとあっという間にレスラーになってしまった。
もともとがっしりとした体型の彼は、私から見るとそのままリングに上がっても可笑しくない雰囲気。
「うーん…すごいわね」
 うんうん、と私は頷いた。他人のものとは思えない程、そのマスクは彼に似合っていた。
…彼は被りながら、どんなことを思っているのだろう。
それは私には計り知ることは出来ないけれど―…。
「………有り難う御座います」
 私の思考をとめるように、彼がゆっくりとマスクを脱いだ。
私はその思ったよりも早い彼の動きに、思わず驚いた声をあげる。
「…もういいの?」
「はい。もう、十分」
 そう言って彼は、脱いだマスクを丁寧に畳み始めた。
その顔には微かな笑みが浮かんでいて、私は何となくその微笑の意味を悟る。
「…判ったのね?」
 何が、とも言わなかったが、彼には十分それで通じたようで。
彼は目を少し伏せ、ゆっくりとだが、確実に頷いた。



「…そういえば」
 マスクをカバンの中にしまった後、大和は思い出したように言った。
「カステラあるんですよ。隠れた名店、ってやつの。
なかなかいけますから、どうですか?お礼代わりに差し上げます」
 すっかりテーブルを元通りに片付けた私は、手を合わせて喜んだ。
「いいのかしら?折角買ってきたんでしょう?」
「まあ、お礼ぐらいはさせて下さい。大事なこと、思い出させてもらったんですから」
 そう言って、大和は長方形の箱が入った袋を差し出した。
私はそれを受け取って、暫し考えてからにこりと笑う。
「じゃあ、一緒にお茶でもしましょ?私もお茶のお相手が欲しい頃なの」
 大和は私の言葉に一瞬目を見開いてから、ふ、と笑って頷いた。
「…喜んで」



 そして私はぼんやりと思った。
―…今のうちに、サインでも貰っておくべきかもしれないわね。

 だって目の前の彼は、近い将来きっと有名なレスラーになるのだから。








                          End





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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【5123|和泉・大和|男性|17歳|学生】



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▼ ライター通信
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 初めまして、大和さん。
この度は遅延申し訳ありませんでした;
私のような遅延ライターにお任せ頂き、大変嬉しいのと同時に、
そろそろ学習しろとの自責に囚われております…;

内容ですが、格闘技というジャンルは初めてだったもので、
少々知識の無いNPCで申し訳ありませんでした。
ですがあまりお目に掛けないジャンルの方とお会い出来て、大変良い経験になりました。
大和さんには、ご自分の納得される道で大いに活躍されることを、
こっそりと祈っております。

それでは、またどこかでお会い出来ることを祈って。