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<東京怪談・PCゲームノベル>


■お手々つないで■



 呆れて言葉も無い、と言うのだろうか。
 目眩がする。頭が痛い。
 眉間を細い指を揉み解すようにするシュライン・エマの前、愛すべき所長がそわそわと落ち着かなげにしていたが零と手を繋いでいては逃げられる筈もなかった。
「武彦さん」
 溜息混じりに呼びかければ、それだけでビクリと相手の肩が跳ねるのが面白いやら哀しいやら。
 もう一度溜息を吐いて、そうして草間武彦へと手を伸ばす。
 ぽこ。
「う」
 軽く小突いて、とりあえずそれで終わりだ。
 渡されたメモを読み返し、三度目の溜息。この朝霧という子が絡むと溜息が多いような気がする。
 思いはしても、だがここで幸せを逃してばかりいる訳にもいかないだろう。
「解毒剤貰いにマンションに行ってくるわ」
「まだ出来てないと思いますよ?」
「手伝う事はあると思うから、それで急かすのよ。零ちゃん」
 苦笑混じりの答えだったのが、そこで一種独特の凄味を帯びた瞳に変わる。
 あれだ。女の凄味だ。余計な虫を排除する女の凄味。
「いい?妙な人が替わると言って来ても渡さず手を離さないであげてね。何かの拍子に離しちゃってメモ作用の兆候がもしあったら速やかに武彦さんにき……んん、眠ってもらって保護お願いね」
「はい」
「待て!今言いかけたのは何だ!き、って!」
「気のせいよ武彦さん」
「任せて下さい」
「ええ。頼りにしてるわ」
 一息に零に頼み、武彦がシュラインの言いかけた言葉を聞き咎めたのにはさらりと返す。
 この辺りさすが古参であった。
「じゃあ、急いで戻るから」
「行ってらっしゃい」
「武彦さんも、持ってくるまで無事で居てね。絶対に零ちゃんと手を離さないでね」
 ことマンション住人が絡む食べ物だと不安だ。
 いつだったかのリンゴ騒ぎを思い出しつつ、武彦の筋張った固い手を撫でるとシュラインは興信所を後にした。


** *** *


「メモは一応近くに置いてるんですけど」
「書類の下に潜り込まないようにして欲しいの」
「ああーそっか!了解です」
 にんまりした笑顔が怪しいピンク色の髪の女子高生。
 だがそれでも言葉にした以上、次に何か持ってきても大丈夫だと信じたい。
「こっちでも気をつけるから、お願いね。ところで材料はあと何がいるのかしら」
「え?別に明日明後日になったらあたし採りに行きますけど」
「すぐに作って欲しいの解毒剤を」
「……ハイ」
 背後で案内してくれた朱春がぱちぱち拍手している。なにやら「見事な迫力」とか言っているのが聞こえるような聞こえないような。だがシュラインはそんな事を気に止めやしなかった。
「で、残りは何?」
「あー……えっとですね、隣の部屋から三つ飛んで入ってから出て、もう一度入った廊下の右側に――」
「…………」
 どうしてそんなに複雑なのかと問えば、そういうマンションですから、と片付けられそうだった。

『池があってそこの魚なんですけど』
 珍しくも朱春が積極的に協力してくれるという事で、これ幸いとシュラインはなぜか室内に広がる屋外の風景(しかも明らかに日本ではない)を進んでいる。遠目に光を反射して眩い場所が、おそらく池だろう。
 ずんずんと進む。
『途中で多分喧嘩っ早い木と蔦が邪魔すると思うんですよね』
「どうしようかしら」
「砕きます私」
「じゃあお願い」
 目の前に見事に立ちはだかる御伽噺にでも出てきそうな洞のある古木と絡みつく蔓草。うねうねと動くそれらが今にも食いつこうと近付くのもシュラインは冷静に見上げて呟いたのだが、ついて来た朱春がこれまたあっさりと言うので任せてみる。
「こういうの多いから掃除してられないんです」
 ごき、べきばき、べり、ぶちー……
 結果、軽く植物は木の皮まで引っ剥がされて撤退。去り際に涙が見えたのは気のせいだろうか。
 そうか朱春は管理人だから廊下だなんだと掃除するのだな、と思ったのだが、別に室内は……ここは入居者が無いのか。そうか。手入れは朱春がするのか。しかもさぼっているのか。いやもう気にするまい。
「まあいいか。じゃあまず池ね」
「池ですね」
 そうして辿り着いた池は澄み渡り、魚の泳ぐ姿もそのままに映していた。
 魚の、泳ぐ姿。泳ぐ。泳ぐ……?
「……速いです」
「大丈夫よ」
 ぽつりと洩らした朱春の言葉の通り、魚達は常軌を逸したスピードで水中を泳ぎ狂っていた。
 とてもじゃないが捕まえるどころの話ではない。手を突っ込んだりしたら魚の速度で切られそうに思える程で。
 しかしシュラインは動じず軽く息を吸うと唇を開く。
「池が」
 目を丸くする朱春の前、水面が波立ち、それが強くなり空気さえもがビリビリと慄くように感じられ、時間としては長くなかったそれが止まり静まり返った時には池に魚がぷかぷかと。
『魚の鱗がまあ十枚はいりますね〜二十枚はいらないけど!』
 満足げに閉じた唇を笑みの形に引き上げて、シュラインがそのうちの一尾に手を伸ばす。
「小分けに貰った方がいいわね」
「こっちからも取るです」
「そうね」
 随分な数が泳ぎ狂っていたお陰で、水面はのびた魚達で今はきらきらと光り輝いていた。

 鱗を必要な分だけ確保して、次に進んだ場所にはこれまた無駄に広々とした畑。
 しばし佇み全景を見た後、シュラインと朱春、二人なにやら話して動いてから手分けして。
『マンドラゴラじゃあないんだけどもー』
 じりじりと、範囲を決めてそこへ踏み込んで行く。
 手前で盛り上がった土には見向きもしない。ただ、動いた距離と照らし合わせた程度だ。
 その間にも通る先、通る先、もりもりもりもり土が勝手に盛り上がり、そこから埋まっていた植物の根っこと思しきものがすたこらさっさと……見事なマンドラゴラ形態の人形である。それに手を伸ばして捕獲したい気持ちを抑えて朱春との打ち合わせ通りに進んで行く。
『ある程度近付くと勝手に地面から出て逃げちゃうのがいるのね。それの根っこが一個分いります!』
 逃走範囲を狭めた上で残る経路を塞いでいる。これで捕まえられなければどこぞで巨人の一人も捕獲して土ごと運ばせねばなるまい。……いや、別に他に手段はあるだろうけれども。
「はっ!」
 遠くで朱春の掛け声。
 すぐに向こうから小さな人型の影が三、四、五……大移動さながら土煙をあげて疾走して来る。
 その更に向こうで朱春が紐状のものを振り回して。多分あれはさっきの蔦だろう。意識があれば気の毒な話である。
「はいごめんなさい。恨みはないけど材料になってね」
 みるみる近付き通り過ぎようとする根っこ達から一つ、掴み取りの要領で軽く拾い上げた。
 シュラインの左右はすり抜けるのも困難な土壁が置かれており(無論朱春の力技だ)否が応でもシュラインの手の届く場所を駆け抜ける必要があったのだ。基本的だったが、植物相手に確実ならば使わないわけもない。
 掴んだそれの手足部分をくるくると縛り上げて完了。
「ありがとう!捕まえたわ」
「了解です」
 ほっとけば多分根っこ達は安住の地を求めて別の畑へ向かう必要があっただろう。
 戻ってきた朱春の手にはやはり先程の蔦。ひょろひょろと力なく萎びて傍目にも気の毒だ。
「とにかくこれで、揃ったわね」
「戻りますか」
「戻りましょ」
 悠々と歩き去る二人の姿を、逃げ惑った根っこ達が土壁の影から見送っていた。


** *** *


 ピンクな女子高生は、一旦とりかかれば仕事は早かった。
 どういう知識の元に作り上げるのかは知らないが、普通の調理器具で製作していた姿を思い返しつつシュラインは歩く。武彦には製作場面は教えるまい。教えれば飲むのも躊躇するだろうから。
 靴音も高くビルに入り、興信所の扉を開く。
 兄妹はシュラインが出かけた時と変わらず、ソファに腰掛けて仲良く手を繋いでいた。
「ただいま――武彦さん?零ちゃん?」
「お帰りなさい」
「貰ってきたわよ」
「……助かった!」
 延々と手を握ったまま座っていたのだろう。心底からだと明らかな声で草間が手を伸ばしたのに、シュラインが差し出した小瓶の口を開いて渡す。
「一気に飲んで、鼻を摘んで十秒息を止めるんですって」
「なんだそりゃ」
「いいから、飲んで武彦さん」
 空いた手に押し付ければ、草間はしばしその小瓶を疑わしげに眺めた後一息に呷った。苦かったらしく、まず口元に手をやるのを代理でシュラインが鼻を摘んでやる。きゅ、と空気を遮断。
「はい十秒息止めて」
「〜!……っ!!」
「だめよ。元はと言えば武彦さんが無用心に摘み食いなんてするから」
「お兄さんお腹空いてたんですよね」
「言ってくれれば何か作ってあげるから、ね?」
 十秒は確実に経過している。
 だが草間の鼻を摘んでシュラインは微笑むばかり。
 それが彼女なりの草間への躾なのかどうかは、不明である。

「念の為に今日はここでお夕飯一緒に食べましょう。作るから」
「じゃあお手伝いします」
「お願いね。武彦さんは、変な感じがあったらすぐに言うこと」
「……わかった」
 酸素を求めてもがいた後、ぐったりと背を凭れさせて草間がぶらりと手を振った。



 草間興信所は、今日も平和だ――とりあえず。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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・どうしようもないネタにお付き合い下さりありがとうございます。ライター珠洲です。
・草間氏はマンション住人の魔女志望娘にとっては多分愉快な実験対象でしょう。そんな彼になんだか長年連れ添った夫婦ノリで面倒を見ておられるシュライン様という認識でいたのですが、なんだか手のかかる息子の面倒見ているような……あわわ。長く付き合ってそういう役割分担なんだという事でお願い致します。