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<東京怪談・PCゲームノベル>


想いの数だけある物語

≪そっち、お願いしますね!≫
≪キュィッ≫
 コバルトブルーの海の中、水を切って振るわれた細い腕が指差す方角へと、イルカが向かってゆく。彼(イルカ)が向かう先を悠然と泳いでいるのは一頭の鯨だ。イルカは鼻先で巨体を突つくと、鯨は名残惜しそうにゆっくりと旋回し、誘導された方角へと向かって行った。
≪そう、こっちですよ≫
 鯨が向かう先に浮いているのは、青い長髪を海中に漂わす人間の背中だ。否、人間ではない。優麗なラインを描く細く縊れた腰から下に二本の足を見当たらず、代わりに付いているのは魚の下半身――つまり、人魚である。
≪さあ、このまま真っ直ぐ来て下さい≫
 巨体が真上を泳いで行く中、人魚は振り向いて青い瞳で見送る。その風貌は、あどけなさの残る少女のものだった。
 海原みなもの青い瞳に映るのは、鯨が向かった円形の建造物だ。海の魚で一番の巨体を誇る鯨でさえも、その建物の中では小さく見える。少女が腰に手を当てて微笑む中、イルカ達が傍に寄って来ると、クルクルとみなもを中心に周った。
≪うん、もう一頑張りですね♪≫
≪キュィッ≫
 みなもは水の抵抗なく、すぅーっとイルカと共に泳ぎ、ドームを見下ろしながら、中で泳ぐ鯨や鮪達を指折り数えてゆく。その間にイルカ達は口にロープを咥えてやって来ると、少女の背中を突ついた。彼女は微笑みながらロープを受け取り、身体を撓らせると一気に水を切って泳ぐ。イルカと人魚がドームの端から端へと泳ぐ中、細い大きな網が、かつては地上で様々なスポーツを繰り広げたドームスタジアムの上部を包み込んでいった。
≪ご苦労様でした☆≫
≪キュィッ♪≫
 みなもは腰に下げた網袋から小魚を取り出し、イルカ達に礼を捧げる。彼等は小魚を咥えると人魚の少女を中心に数回周り、そのまま紺碧の海中へと泳いでゆく。イルカ達を見送ると、両手を肩ほどまで掲げて満面の笑みを浮かばせた。
≪よし、今日の仕事は終わりッ♪≫
 少女は海中をしなやかな動きで泳ぎだすと、次第に海の中の風景は有り得ないものを映し出した。朽ち果てたコンクリートの路面に錆びた幾つもの車両。周囲を見渡せば、折れた電柱やビルの残骸などが浮かび上がる。当然、それらが明かりを灯す事もなければ、移動する事もない。かつては地上にあった人類の功績である。
 ――幾度かの滅亡の後。
 気温上昇とポールシフトによる海面上昇で、大陸の8割以上が海に沈んだ。難を逃れた一部の人間は、シーラブシフトプロジェクト(SSP)を発動。海中に地表が沈んでも生活を維持できる技術を投入し、海底施設の中で生き延びる事に成功した。
 この物語は海底で尚も生き続ける人類と、人魚の少女が織り成す記録である――――。

●マーメイドビレッジ
 ――人魚の存在を事実上認める事になったのは、SSP後の事である。
 生き延びた人類の施設に興味を持った人魚が姿を晒し、人類と接触を果たしたのだ。驚くべき事に、人魚は童話である『人魚姫』の如く、陸地では魚の下半身を人間の足に変容させる事ができ、知能も高く、学習する事で人間の言葉を理解し、話せるようになった。
 また、逆に人類は人魚達の生態を聞かされ、新たな事実を蓄積させる事となる。
 どうやら人魚にも様々な種類が生息しており、人間の上半身と魚の下半身を持つ種族は少なく、上半身が魚で下半身が人間の種族もあれば、所謂半魚人のような種族もいるらしい。攻撃的な種族も多いらしく、人類が接触した人魚のように友好的な種族は希との事だった。
 現在、人類の生息する海底施設は『マーメイドビレッジ』と命名され、人魚と共存を果たしている。
 だが、それはあくまで表向きの話であり、裏では様々な実験など血生臭い歴史が刻まれたと考える者もいるという――――。

≪あ、いるいる♪≫
 みなもはパァッと表情を輝かせ、電飾の連なる海底施設の周囲を泳いで行く。ふわりと体勢を整え、小さな窓に顔を近づけノックする。彼女の瞳に映るのは、優雅な装飾に囲まれた明かりの灯る部屋だ。その中で、上品なドレスに着替えている長い金髪の後ろ姿がビクッと肩を跳ね上げ、恐る恐る顔を向ける。今日のドレスは魚の鰭のようなフリルや鱗のようなレースが施された衣装だ。
『まあ☆』
 刹那、窓に緑色の瞳を向けた娘の顔は笑顔へと変わり、ペッタリと窓に顔を近づけた。気品と清楚さを兼ね備えた風貌は、みなもの姿に瞳を輝かせる。
『みなもちゃん♪ 来て下さったのですね☆』
 人間の言葉を理解できる人魚は口の形で話している事が解読できた。みなもはコクンと頷き、指を左側に差して合図すると、瞬く間に少女の姿は掻き消える。そう思わせる程に海中での人魚は速いのだ。金髪の娘は慌てて部屋を駆け回り、モニターを見つめた。
「ハッチを開きますね」
 みなもがシャッターの前に辿り着くと、ゆっくりと扉が開き、少女はそのまま中へ跳び込む。少し前方にもう一枚シャッターがあるが、開く事はなく、代わりにみなもと共に入り込んだ海水が流され始めた。次第に減少してゆく海水に、身体を起こしていた少女は「きゃん」と短い悲鳴をあげ、ポテンと転がる。正にマナ板の魚状態で、ピチピチと尾っぽを叩かせる中、ゆっくりと二本の細い足へと変容してゆく。みなもの表情は苦しそうだ。
「うぅぅんッ! ハァ、ハァ、なかなか慣れません、ねッ! あんッ」
 勢いよく立ち上がるものの、直ぐにクラリと足が縺れ、壁に身体を預けて息を吐く。普段は海中で生活する人魚にとって、人間と会うのはとても大変な事なのだ。
「よし、もう大丈夫みたいです」
 覚束ない足取りでシャッターに近付きノックすると、鈍い音が響いた。とても頑丈そうなのが何となく理解できる。
『はい☆ いま開けますね♪』
 金髪娘ののんびりとした声が流れ、シャッターが開く。刹那、跳び込んで来たのは、金髪を舞い躍らせる満面の笑みだ。
「シャイラさん‥‥わっ!」
 やっと立つ事に慣れたばかりなのに、自分と同じ位の身体に飛び込まれては支えるのは困難‥‥否、不可能である。そのままみなもはシャイラと共に倒れた。それでも金髪の娘は嬉しそうに微笑む。
「お会いしたかったです☆ みなもちゃん♪」
「あたしもです☆ シャイラさん」
 ゆっくりとシャイラは立ち上がり、みなもを起こすと、楽しそうに両手を合わせて、青いロングヘアの少女を見つめた。
「さあ、今日はどんな服にしましょう?」
 人間の姿になったばかりの少女は一糸纏わぬ状態だ。しっとりと青い長髪や肢体が濡れ、美しい容姿に艶かしい色香が漂う。これから一緒に時間を過ごすのだから、レディに衣装は不可欠である。みなもは照れ臭そうに微笑む。
「あたしはあの服で良いです。重いとバランス取れなくて‥‥」
「そうですか? もっとフリルが沢山ついたドレスとか、着てみたくありません?」
 ちょっとシャイラは残念そうな表情を浮かべた。それでもバランスが取れないと言われては仕方がない。兎に角、みなもを部屋へと案内した――――。
「今日は海洋牧場のお仕事はお休みでしたよね?」
「はい、えっと、今日は鯨さんが外で遊びたいって、っしょ、一寸だけ敷地から出したんです、っと‥‥ふぅ」
 とても聞き取り難いが、みなもは着替えながら口を開いており、普段は着用しない衣服に悪戦苦闘した訳である。何とか纏った衣装は所謂セーラー服というものだ。クルリと一回りし、ふわりと広がるスカートに微笑みを浮かべるものの、表情がふと曇る。
「‥‥変じゃ、ありませんか?」
「可愛らしいですよ、みなもちゃん♪ では参りましょうか?」
「はい!」
 サラリと青い髪を揺らして少女は微笑んだ。

●地上へのお買い物
 ――僅かに残った地上では、今も生物が暮らしている。
 シーラブシフトプロジェクトと対を成す『半獣人計画』により、動物の遺伝子と掛け合わせて創られた新人類が、生命力を今尚溢れさせていたのだ。建造物は大きな柱のように高く聳え、いつ浸水しても対応できるようになっており、生物の殆どは鳥の半獣人達だが、中には身軽な猫の半獣人や、僅かながら純潔種の人間も住んでいる。地上で暮らす彼等は、そそり立つ巨大な塔型建造物を『生命の大樹』と呼んでいた。
「久し振りの太陽ですね。みなもちゃん、辛くありませんか?」
「はい、少し眩しいですけど、平気です」
 シャイラの暮らす上流階級ブロックは、直接地上と繋がるパイプを持っており、移動も容易だ。本来、みなもが地上へ上がる事は不可能に近いのだが、二人は幼馴染であり、特別な扱いを受けていた。
『お二人さん、久し振りだな!』
 突然響く男の声。刹那大きな影が陽光を遮り、二人が顔をあげると、大きな翼を羽ばたかせる鳥の半獣人が映った。接近する度に突風が長い髪を乱し、少女達はスカートを懸命に押さえる。
『おっと、これは失礼。塔に買物なら乗せて行くぜ★ お嬢ちゃん二人抱えて飛ぶなんざ雑作もない事だからよ!』
「お願いしましょうか?」
「はい、宜しくお願いします」
 鳥男は擦り抜け様に二人を両腕に抱えると、一気に上空へと飛翔する。空には様々な鳥の半獣人が飛び交っていた。運送を担う者もいれば、通信を担う者や、商売をしている者もいる。高いビルの屋上では、気持ち良さそうに猫の半獣人が尻尾を振りながら昼寝中だ。
「海中で水を切って泳ぐのも気持ち良いですけど、風を浴びるのも良いですね」
「ええ、改めて地上の自然に感動しますね」
 二人の生活は違えど不満は無い。しかし、呼吸も無しに海中を自在に泳げたり、地上と変わらぬ生活を室内で送れても、地上の自然を感じる事は出来なかった。降り注ぐ陽光に見渡すばかりの青空、潮の匂いと共に吹く風、それらは海底では手に入らないものだ。
『けどよ、遊びに来るのは構わないが、気をつけろよ』
 幸福に包まれたような少女達に、鳥男は注意を促がす。
『遺伝子の掛け合わせで生き残ったけどよ。俺達が半分は人間だって事さ。悪い輩がいない訳じゃない』
「どういう事ですか?」
 みなもが小首を傾げると、彼は再び口を開く。
『いずれは沈む世界で、もっと生きたいと願うなら、それは海底さ。でも、施設の建造限界とかで、俺達の先祖は選択権もなく半獣人計画として鳥と遺伝子を掛け合わせた。隣の芝生は青いっていうぜ。それによ、純潔種の人間が珍しくなったから、純潔種狩りなんて噂も耳にしたよ』
「まさか、海底施設に? それに純潔種狩りですって!?」
「その時はあたし達が追い払いますから大丈夫です」
 不安がるシャイラを、みなもは元気付ける。海には沢山の仲間達もいるのだ、地の利は人魚達にあると言って過言では無い。しかし、純潔種狩りに地上で遭遇した場合は、みなもに護れるかは微妙だ。
『‥‥水、注しちまったな。まあ、警察機構もある訳だし、塔が浸水するにも数十年は掛かるだろうぜ。さあ、生命の大樹に到着だ! 帰りも暇なら送ってやるぜ』
 瞳に映ったのは、一つの町と思うほどの広大な巨塔だった。文明の変化により、きっと様々な衣服や道具に食料が売っている事だろう。
 二人の少女は手を握りながら、楽しそうに駆け出した――――。


「‥‥これがアナタの描いた物語なのですね」
 カタリーナは一枚のカードを胸元に当て、瞳を閉じたまま微笑みを浮かべていた。やがて、ゆっくりと瞳を開き、みなもにカードを差し出す。
「このカードは、みなもさんが物語の続きを描く時に使って下さい。カードに記録として履歴が残ります」
「‥‥履歴、ですか?」
「はい☆ 今回の場合は、『人魚になったみなもの平穏な日常。海底施設の幼馴染と地上へお買物♪』って感じです」
 いいのか? こんなてきとーな履歴で‥‥。
「あ、ありがとうございます‥‥」
 取り敢えず苦笑しながらも、みなもはカードを受け取った。
「それでは、みなもさん、ごきげんよう☆」
 カタリーナが微笑む中、次第に大きくなる眩い閃光に、みなもは瞳を閉じた――――。

<人魚の生活を続ける> <目を覚ます>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/担当】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 この度は発注ありがとうございました☆
 はじめまして♪ 切磋巧実です。
 みなもさんが今回のシナリオ初発注PCでした。感謝です☆
 数多くの物語に参加しておられ緊張しましたが、いかがでしたか? イメージを逸脱していなければ幸いです。
 海底世界で人魚のみなもさんという設定に驚きました。一応、人魚は純潔種として語られていますが、実は半獣人計画海中版の子孫という解釈もアリなようにしてあります(どっちかなと)。
 今回は人魚が人間になった時の生活環境ギャップをチラリと演出させて頂きました。きっと、何度やっても人間化は慣れないと思うんですよ(笑)。みなもさんの能力なら問題ないと思いますが、今回は海中生活の方が長い事から、人間化はちょっと辛い事にしています。物語の中という事でご理解頂けると幸いです。
 後は、世界観の引きですね。圧倒的に少ない純潔種の人間って、或る意味貴重で、しかも半獣人より弱い訳じゃないですか? 邪な新人類がコレクションしてたりとか、メイド代わりにしていたりとか考えられそうだなと(苦笑)。逆に海底で暮らす他の施設では人魚の肉に不老長寿の効果が、とか思う者も否定できず、みなもさんも安全とは言い切れないかも。勿論、ほのぼの物語に必要ありませんので無視して頂いて構いません。スパイスみたいなものです(笑)。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆