コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


分かれ道 〜新しき己〜

焼け付くようなライトの光が網膜を刺激する。
なんだこれは、山本・丈治は呟いた。
リングの上。背中にはリング下に敷かれた、マットの冷やりとした感触。
丈治は何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
ただ、遠くで誰かの必死な声が聞こえていた。

大丈夫かっ?

ああ当たり前だ、丈治はそう言った。
だが果たして言葉になったかどうか。
慌しい気配だけを感じて、ようやく頭が回り始める。

相手の股を通り抜けようとスライディングをした。
しかし勢いがありすぎて止まれず、ロープに右足首が絡まってしまったのだ。
急いで抜け出そうとしたところ、相手の選手がそれに気付かず丈治を蹴り出してまった。
不幸はそこで起こった。
己の体重が重石となって右足首が変な方向へと曲がってしまった。
丈治は何かが千切れたような嫌な音を聞いた気がした。

そして……。

丈治は己の足を見て、折れてるよな、他人事のように呟いた。



リリリリリ――
「はい、お電話さん。少し待ってくださいませ」
電話の音を耳にしてノアールが受話器を取った。
「はい山本です」
明るい声に笑顔をプラスしてノアールが言い、
「はい……ええ、そうなんです。今お世話になっていて……ああ、それはいいですか、はい……はい…………え…………」
笑顔は凍りついた。



手術中。

赤と白のコントラストは見る者の目によって、様々な想いを託される。
ある者は大丈夫だと。
ある者はお願いしますと。
急ぎ、駆けつけたノアールがそれに託した想いは、
「助けてください……」
懇願であった。
金の瞳を硬く閉じ、顔の前で指を組む。
「元が悪魔のわたくしが祈ることは許されないかもしれません……ですが、どうか丈治さんを……彼から大事なものを奪わないでください……」

ガコンッ――

手術中の明かりが消えた。
老年の医師がドアを開けて廊下に出る。軽く息をついた。
「先生っ」
ノアールが押し倒さんばかりに詰め寄った。医師の胸元辺りを掴み、全力で激しく揺さぶる。
「丈治さんは大丈夫なんですかっ」
「おお落ち着いてっ」
「落ち着いていますっ、だから早く教えてくださいっ」
「おお教えるるるかからら手手手ををを……」
医師の首ががくりと後ろに垂れた。口から泡を噴き出していた。
「先生っ、せんせーっ!」
まるで戦争映画のワンシーンのようであった。



「えー、旦那さんぐっ……丈治さんの容態ですが」
旦那という言葉に反応したノアールに軽く(という割には重く)小突かれ、思わず意識が飛びそうになった医師が、レントゲンを出して説明した。
「複雑骨折ですね。神経も二、三切れていましたあぐっ……しゅ、手術自体は成功しましたたおっ……た、ただですねえぐっ……いちいち言葉に反応していてっ……手ををぐっ……出すのはやめてください……はあ、リハビリをすれば元の生活に戻れるかも知れませんがあがっ……だからっあたっ……プ、プロレスに復帰するのは難しいかもっとっ……誰かこの子を廊下に連れ出せ……っ!」
老年の医師は子供のように泣いて叫んだ。



丈治はゆっくりと目を覚ました。
見慣れない部屋。
一面が白く、薬品臭さが鼻をついた。
「そうか、俺は試合で……」
首を動かし、窓の外を見る。
月明かりが斜めに室内に入り込んでいた。
寝ていたベッドで体を起こす。天井に右足首がつられ、ギブスがはめられていた。
電灯はついていないため、薄暗い。ベッドの近くには小さな引き戸つきの机にテレビが置かれ、脇に松葉杖がもたれさせてあった。
現実感が戻ってくる。
そうすると手術直前に受けた説明が自然と思い出された。
『君の怪我は骨折の上、神経も何本かやられている。だが安心したまえ。必ず治してもせるから』
確か老年の医師だったか、丈治は呟く。手術はうまくいったようだと思った。
「ふう、体が重いな。まだ麻酔が効いてるのか」
軽く吐息。
もう少し眠るべきかとも考え、しかしやけに胸がざわついた。
「ノアールのヤツ近くに。しかも泣いてるのか? またバカなこと考えて、思いつめてなければいいが……」
自分でも何故ノアールが泣いていると思ったのか釈然としないまでも、丈治はシーツを払い除けた。右足首をつるしから抜き、松葉杖を着いて立ち上がった。
「ととっ、こいつは慣れないと苦労する」
たどたどしい足取りで病室を後にした。

ドアの軋む音を響かせ、病院の屋上に出た。
「ここだったか」
額に汗をびっしりかいた丈治が真っ直ぐノアールを目指す。
「じょう、じさん? どうしてここが……」
ノアールは信じられないといった顔で、
「ダ、ダメですっ、来ないでくださいっ」
いきなりそう言った。
切実さを秘めた叫びに、戸惑いを面に出して丈治が足を止めた。
ノアールの表情が少しほっとして、直後思いつめたものへ。
「その怪我はきっとわたくしのせいなのです。だってわたくしは悪魔だから……」
今にも泣きそうな声で、しかし顔だけは気丈にしていた。
丈治は頭を振って否定する。
「違う。これは俺のミスだ」
「いいえ。わたくしが知らず不幸を呼び込むのです。だから……」
「だからなんだ? 俺の元から去るとでも言うのか?」
丈治の静かな声。
ノアールは叱られた子犬のように肩を竦めた。
「だって……」
「俺はプロレスに誇りを持ってる。リングに上がっちまえば、そこで何が起ころうと全ては俺の責任だ。だからこそ俺は本気になれる」
 丈治の強い眼差しがノアールを射抜く。
「それでもお前は自分のせいだとか、バカなことを言うのか? 俺のプロレスにかける誇りをお前は踏み躙るというのか?」
「……っ」
ノアールが息を呑んだ。言葉は続かない。だが丈治へと足は動かなかった。
それを見て、丈治は松葉杖を放り捨てる。
からん、と屋上に乾いた音が響いた。
「丈治さん!? 何をっ!?」
ノアールは狼狽して駆け寄ろうとした。が、
「来るなっ」
丈治の強い声がその場に押し止めた。
「実はこの怪我、大したことないのかもしれん。それを今から証明しよう」
不敵に笑って歩き出し。

一歩進むたび、丈治の額に浮いた汗が頬を伝った。

一歩進むたび、ノアールは喉をついて出そうになる悲鳴を堪えていた。

二人の距離はわずか十歩。

それが長く、とても永く。

そして。

丈治はついに倒れることなくノアールの元へと辿り着いた。が、
あっ、ノアールが体勢を崩した丈治を豊満な胸で抱き止めた。着ていた衣服が汗に濡れて冷たい。
ノアールは荒い呼吸を耳にして、
「何故……何故こんな無茶をっ」
「はっ、この程度、無茶じゃない……もう気に病むな」
それと、丈治はにやりと笑い、
「松葉杖がなくて困ってる。俺を助けてくれ」
その言葉にノアールの瞳から涙が溢れた。
何かを言おうとして言葉にならない。
子供のように泣きじゃくり、出るのは嗚咽ばかりだった。
それでも懸命に口を開き、
「わたくしが、必ず、貴方を支えます。どれほど辛いことであっても支えて見せます!」
強く、とても強く丈治を抱きしめるのだった。



二ヶ月が過ぎた。
その日のリハビリを終えた丈治は、休憩がてら庭のベンチに腰かけた。
穏やかな時間に浸りながらプロレスラーとしての自分を、ふと振り返ってみた。
「若手実力NO.1か」
丈治は苦笑した。
「だったらどうして人気が出ないのか……要するに地味で。華がないからか」
知らずため息をこぼしていた。
「どうしたのですか」
ノアールが隣に座る。微笑して丈治を見つめた。
「ああ。俺にはどうにも華がないようでな。それが出世に影響してる気がして、色々と考えてるんだが。いい考えがなくてな」
「それで悩んでいると? なら簡単です。悪者になればいいんですよ」
「はあ?」
「格好いいパフォーマンス以外で人の目を引くものといえば、悪行が一番ですから」
「……それは、まあ、なんとも。お前らしい発想だな」
だが丈治はしたり顔で顎に手を置き、
「正しいことが常に正しいとは限らない、か」
頷いた。
「正しい、は正しいですよ? 丈治さんったら脳みそまで筋肉になってしまいましたか?」
ノワールの微笑に丈治はチョップを叩き込んだ。
「ひうぅっ」
何をするのですか、ノアールの抗議は無視。
真剣な顔で丈治は、
「悪役、どうせなら派手にマスクマンでいくか。だが」
「問題でも?」
「悪役は人によって極端だ。多くの客に好かれる反面、大いに嫌われもする。悪役になりきれない中途半端じゃ、客はつかない。じゃあ悪役の条件とはなんだろうな?」
「……わかりませんわ。ただ丈治さんがどれほどの人に嫌われようと、わたくしは貴方が好きです、ずっと好きですわ」
ノアールは丈治の手に己の手を重ねた。
丈治もその手を握り返す。
なら俺は、ノアールの金瞳を見つめ、
「誇らしく嫌われていこう」
誓うように言った。



その驚異的な回復力で老年の医師を驚かせ、丈治は退院となった。
荷物片手に病院を後にする。
ふと、その足が止まった。
「どうかしましたか?」
ノアールが不思議そうに問いかけた。
いや、丈治は答え、口の端を吊り上げた。一度だけ病院を振り返る。
「面白いヤツがいたなって思い出した。俺と似たような怪我して腐ってたけど、最後に言った俺の言葉でいい目をするようになった。今の俺でも誰かの助けになれたってことが嬉しくてな」
「ああ、丈治さんらしからぬ臭い台詞でしたね」
「お前には感動というものがないのか?」
「ひうぅっ」
丈治はノアールにチョップを叩き込んで病院を後にした。



アパートへの道の途中。
あ、ノアールが声を出した。
「丈治さん。名前は何にするか決めました?」
「リングネームか……シャレた名前がいいな、悪役っぽく……」
数秒考え、丈治はこう答えた。

「ジ・イリミネイター」