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あいたくて
●始まり
カツカツカツカツ、と乾いた靴音が夜道に響く。それは一定のテンポだが、かなりの駆け足になっているようだった。
それもそのはず。ほんの一ヶ月ほど前にこの付近で事故があった。
それだけならどこにある事…という言い方は語弊があるが、そんなに急ぎ足で帰らなくてもいい事なのだが。その事故の内容とその後の噂の為、夜道にここを通る者の足は自然と駆け足になっていた。
事故で亡くなったのは若い女性だ。どこかへ向かう途中の事故だったらしい。無灯火で近づいてきた車に気がついた時にははねられ、女性の身体は空を舞った。
そしてはねられたところが悪かったのは、女性の左足と右手がもぎれ、しかしその両方をなにか大きな生き物がくわえ、走り去っていった、という。
どこまでが本当でどこまでが嘘がわからない話しだが、その後、現場付近で手足を探す女性が出没する、といった噂が流れていた。
手足をくわえていったのは野犬ではないか、との話しもあったが、真偽の確かめようもなく、ただ噂だけが一人歩きしている。
「……」
走っていた女性は、急に背中にひんやりするものを感じて、思わずバッグを胸に強く抱え込んだ。そして恐る恐る振り返る。なにもいない、そう頭で言い聞かせながら。
「……あの…私の手と足、知りませんか? 急いでるんです。はやくいかないと……さんが待ってるんで…」
「ひ……きゃ……きゃあああああああああああああああ」
暗がりに、しかしはっきりと浮かんだその身体。右足だけでバランスを保つように立っている女。その右手もない。
女性はしめつけられるような喉から悲鳴を絞り出して、その場から逃げ去った。
こうしてまた、新しい噂が歩いていく……。
「えーっと女性の身元と……事故の日どこに向かっていたのか……」
ぶつぶつ言いながら、月刊アトラス編集部の編集部内で三下忠雄が鉛筆を動かす。
「三下くん、あの手足を探す女性の噂の検証やってる?」
「は、はいっ」
いきなり碇麗香から声をかけられて、三下は思わず立ち上がり、敬礼よろしく背筋をのばす。
それに麗香は苦笑しつつ、相変わらず編集部内に出入りしている面々の顔をぐるりと見回した。
「悪いけど誰か手伝ってあげてくれないかしら?」
***三下の調査ファイル***
女性の身元
名前:柏崎理子(かしわざき・あやこ) 年齢:25歳
事故当日は婚約者に会う約束になっており、かなり急いでいた模様。
事故当時の住所:****
婚約者:楡島弘平(にれじま・こうへい) 年齢:27歳
住所:****
●あいたくて
「まず、事故の詳細を教えてもらえないか」
ダージエルに言われ、三下は書いていた紙を持ち上げテーブルの方へと座り直す。
三下の隣にはセレスティ・カーニンガム。そしてダージエルの隣にはシュライン・エマが腰をおろした。
「被害者の名前は柏崎理子。25歳です。事故当日は婚約者である楡島弘平、27歳に会いに行く途中だったようです。そこを無灯火の車にはねられて死亡」
「噂で騒がれているように、手足がなくなった、っていうのは?」
シュラインに問われて、三下は視線だけあげて軽く頷く。
「確かに無くなっています。警察もあちこちを探したり、近隣に聞き込み、犬などを飼っている家も調べたようですが、現在のところ見つかっていません」
「野犬、っていう話しもあったみたいだけど?」
「ええ。付近で数度野犬を見かけた、という情報はありますが、警察が捜索したときには見かけなかったそうです」
「三下君は実際その現場にいったんですか?」
「い、いえ。まだです……」
紙に書いてある事を言うときは淀みがなかったのに、自分の事をつっこまれると途端に三下はどもりはじめる。
「それは感心しませんね。実際自分でも体験してみないと良い記事は書けませんよ?」
にっこりとセレスティに言われ、三下はあわわわ、と慌てる。
「セレスティの言うとおりだな。一度現場に赴いた方がいいか。直接本人に逢えれば話は早いんだが」
「直接ほ、本人って……柏崎理子さんに?」
「他に誰がいる?」
上から見下ろされるようにダージエルに見られ、三下はあははは、と乾いた笑いを浮かべる。
「なくなったのは左足と右手でいいのよね?」
「はい」
「それじゃあ婚約指輪、とかそういうのに固執してるわけじゃないわね」
「魂が肉体がかけた事に苦しんでいるのか」
すくってやらないとな、とダージエルは口の中で呟く。
「しかしその婚約者も薄情ですね。女性がその様な薄暗い場所を通って会いに来るのがわかっていたら、婚約者の方も女性を迎えにいくと思うのですが。婚約者の方は本当に女性を大切に思っていたのでしょうか。恋人の居る見としましては少し矢指が足りないのではないかと」
「そうね、その辺の事を含めて婚約者の楡島さん? に逢えないかしらね」
武彦さんならきっと迎えにこないで、キミの方が強いだろ、とかいいそうよね、と呟きつつシュラインは婚約者の電話番号を指先でなぞる。
「ならばセレスティと私は一度現場へ。シュラインは楡島に逢う、という事でいいか?」
「そうね。そっちはお願いするわ」
「それでは一緒に参りましょうか」
にっこりと笑って、セレスティは三下の腕をつかんだ。
楡島と連絡をとり、アポをとった後ホテルのラウンジで逢う事になった。
予定より少し早くシュラインがつくと、すでに楡島の姿はあった。
「すみません、呼び出しておいて後になってしまって」
シュラインが謝ると、楡島は疲れたような顔で「いいえ」と短くこたえ、首を左右にふった。
「わざわざおよびだてしてすみません」
「……理子の件だって? もうさんざ警察にも週刊誌にもお話しましたけどね」
何十回と同じ事を語っているのだろう、疲れた面持ちで楡島はタバコに火をつけた。それにシュラインはそっと灰皿を押しやってから口を開いた。
「そうですね、回りくどい事を言っても結局おたずねする話はそういう事なので、ずばっとお話しちゃいますね」
話術は長けたもの。こういう状態の人に遠回しに根ほり葉ほりきこうとするキレる事が多い。
シュラインはメモ帳代わりのレコーダーを取り出すとスイッチをいれる。
「事故当時の話しなんですが、理子さんはなにか楡島さんから頂いた装飾品、もしくは靴など、そういったものを身につけてませんでしたか?」
「は?」
いきなりの話しに楡島は目を丸くする。てっきり事故当時は何時にどこで待ち合わせをしていたのか、とかそういった事を聞かれるものだと思っていて答えを自分の中に用意していなかった為、楡島はまぬけな返答をする事になった。
「あ、えっとですね、事故現場の噂をご存じですか?」
問われて楡島は少しうつむき、返事しずらそうに声をだす。
「ええ、まぁ……」
「それでですね、理子さんが探していらっしゃる左足と右手なんですが、そこにあなたから頂いたなにか大事なものを持っていたのではないか、という事でお聞きしたんですが」
「ああ、そういう事ですが……」
確かあの日、と楡島は思い出しながら話し始める。
あの日楡島が理子を呼び出したのはアメリカ支社にいってほしいと話をもらい、結婚後どうするか、と話し合う為だった。
アメリカ行きは結婚式の2週間後、という事。
当初は迎えに行く、と話をしていたのだが、理子が慣れている道だから大丈夫、と言った事と。その日ちょうど会議があり、待ち合わせ場所へ向かった早かったという事が重なり、事故が起こった。
その日理子はすでに楡島の手によって書き込まれた婚姻届が入ったバッグを抱えていた。しかし腕ごとバッグは紛失。警察の捜索によっても見つける事ができなかった。
「それじゃあ理子さんは、そのバッグを持った腕とあなたの元へ行くための足を懸命に探しているんですね……楡島さんは」
「はい?」
「事故の後現場へいきました? …そう、理子さんが出る、という話をきいてから」
シュラインの問いに楡島は小さく首を左右にふった。
「…行ってません…。理子の話を聞く度に、どうして迎えにいかなかったのだ、と会議が終わった後でも、どうして迎えにいってやらなかったのか、と悔やむばかりで……ついに足が動きませんでした」
「それならばせめて今日、約束の場所で待っていていただけませんか? 今仲間が理子さんに逢いにいっています。多分連れてきてくれると思います。私もこれからそっちに合流しますので」
「そうですか…。…もし理子に出逢えたなら伝えてください。ずっと待ってる、と」
「わかりました」
シュラインは笑みを浮かべると、その場を後にした。
セレスティの車にて事故現場に到着した二人は、車からおりると辺りを見回した。
まだ夕暮れ、という時間ではないので人通りもそれなりにあり、まさか事故があったり幽霊が出る、と噂されるような場所にはみえなかった。
「無くした手足をさがしてやった方がいいか」
不意に立ち止まり、ダージエルは顎を軽くつまみ、うつむいた。
地面をみているようで、しかしもっと遠く別の何かを見ているようだった。
ダージエルの能力のうちの一つ、過去視、である。
しばらくするとダージエルは顔をあげ、道と逆側にある川を指さした。
「一度警察がさらった後に、犬を連れた誰かが放りこんだようだな。……家にそんなものがあったら普通は怖がるものか。隠匿で罪にはなるが……まぁそれはどうでもいいか」
「川の中ですね」
セレスティは頷くと、川に向かって力を集中する。
すると水の膜に包まれた何かが二人の前に運ばれてきた。
「損傷がひどいですね」
「そうだな」
同意するようにダージエルは言い、手を水の膜の方へとかざした。
瞬間、魔法陣のようなものが空中に現れ、瞬く間に手足が修復されていった。
これは時間操作。手足の時間だけを過去に戻した。相対的確率的近似内のみでの行使であるが。
「夕暮れになるまでしばし待つか」
無理矢理引きずり出す事もできるが、それはよしとしないだろう、というダージエルの言葉にセレスティは苦笑混じりに頷いた。
手足をダージエルの力で周りから見えなくして、夕暮れを待っているとシュラインが合流した。
そして楡島から訊いた話を二人にする。
「…それならばなんとしても逢いたくなる気持ち、わかりますね……」
「そうね。多分理子さんの中では、楡島さんへ会いに行きたい、それだけなんでしょうね」
「手足は見つかった。後は本人に出てきて貰い修復し、あいにいかせるだけだな。……ところで」
「ん?」
辺りを見回したダージエルに、シュラインが首を傾げる。
「三下はどうしたんだ。自分の記事ではないのか」
「そういえばそうね」
「三下君なら、車の中に乗ってますよ。お話していたら急に硬直してしまって」
とにっこりと笑うセレスティ。一体なんの話をしていたのか。
気にはなかったが、それ以上つっこむのはやめにした。
空の色が赤くなり、空気の色さえ朱に染まり。日没を迎える辺りですっかり周りは群青色に包まれていた。
「そろそろかしら」
腕時計を見たシュラインに、ダージエルが辺りを窺うように目を細めた。
「空気の中の、違う水の流れを感じます」
セレスティの声と同時に、ダージエルが指をさした。
三人はその方向へと小走りに行き、辺りを見回した。
すると突然背中にひんやりとしたものを感じ、3人とも立ち止まる。
「……あの…私の手と足、知りませんか? 急いでるんです。はやくいかないと……さんが待ってるんで…」
「ありますよ」
セレスティは微笑み、ダージエルの結界の中から水の膜に包まれた理子の手足を取り出した。
「理子さん、ね?」
シュラインの問いに理子は不思議そうに頷いた。
「楡島から頼まれている。君を迎えにいってくれ、と」
「弘平さん、が……?」
わざわざ迎えをよこしてくれたのが嬉しかったのか、理子の表情が明るくなる。
「さ、早く手足をつけて、あいにいきましょうか」
「はい」
手足にはまだ肉や骨があれど、理子の身体にくっついたと同時にそれは霊魂と一体化した。
その右手にはしっかりと抱えられているバッグ。
バッグの中身を確認し、理子は安堵の息をもらした後、しっかりと顔をあげた。
「約束の時間に遅れちゃう」
それは多分、死ぬ前となんらかわりない、普通の女性の顔。
「車でお送りしますよ」
車内の三下のセレスティが声をかける。
ほら三下さん、理子さんがのるんですよ、もう少しそっちに、というなんだか楽しそうな声音。
それに三下が、ええええええ幽霊さんが一緒に乗るんですか!? と相変わらずどもったような口調で慌てている。
本来セレスティの車はとても広いものなので、三下がつめなくても十分乗れるスペースはあるのだが。
5人をのせた車は、セレスティ専用の運転手によって目的地まで走っていく。
「あ」
目的地が見えて、車窓から外を見ていた理子は声をあげた。そしてバッグを持つ手に力がこもる。
「ありがとうございました」
理子は深々とお辞儀をすると、待ち合わせ場所へと走っていく。
そこははじめて二人で食事をしたレストラン。
今日はセレスティの計らいで貸し切りになっている。
4人はこっそりと店内へ入り、二人の様子を窺う。
「…遅くなってしまってごめんなさい、弘平さん」
理子の声に、楡島は弾かれたように顔をあげた。そして次の瞬間、こらえていたものが我慢できなくなったかのようにあふれ出し、楡島の頬を顎を、そしてテーブルをぬらした。
「え、え、あ、……私そんなに遅くなってしまったかしら…弘平さんを泣かせてしまうなんて…」
どうしたらいいのかしら、と理子は戸惑い、バッグからハンカチを取り出して楡島の涙をぬぐおうとする。
しかしその手はすりぬけ、涙はおろか、楡島に触れる事はできない。
ダージエルの力をもってすれば幽霊に実体を与える事ができるが、理子は自分が死んだ事を理解しきれていない。それ故にわざとそうはしなかった。
「私……」
理子は呆然と自分の両手を見つめる。
「…理子、ずっと待っていたよ…。何度悔やんだ事か…。迎えに行っていれば良かった。君の家に直接いけばよかった…後悔は沢山でてくるけど、あの時に戻る事はできない」
「…あの日私……車にはねられて死んだ……」
焦点にあっていない瞳で、弘平をじっと見つめる。
「そっか……ごめんね弘平さん。私約束が守れなかった」
理子の瞳からも大粒の涙がとめどなくあふれる。
「約束なんてどうでも良かったんだ。……いや、君は今、こうして来てくれた。それだけで……」
「弘平さん、自分を責めないで。あの日、悪かったのは貴方じゃない。誰でもない……ただ色々な事が重なった偶然。でもよかった」
「よかった?」
「だって私死んだのにまた弘平さんにこうして逢う事ができた。お話もできた。だからもうそれだけでいいの……ただ」
「ただ?」
「婚姻届は私にちょうだいね。大事にもっていくの。そして弘平さんに新しい誰かが現れて、私がその人になら弘平さんを任せてもいい、と思ったら、そっとテーブルの上においておくわ」
涙にぬれた顔で理子は、しかししっかりと微笑んだ。
「勿論私の名前を消した後でね」
いたずらっ子っぽく笑い、不意に理子の身体が宙に浮く。
死を悟り、実感し、そしてこの世に未練を無くしたせいか、理子の魂は浄化しようとしていた。
「理子、もう逢えないのか?」
それに理子は小さく首を左右にふった。
「逢えるわ。だって私……ずっとあなたの心の中にいるもの。あなたがいずれ私の事を思い出さなくなっても、私はちゃんといるから安心して。悲しまないで……ううん、今日だけは泣いて。お願い。私も泣くから。……ありがとう弘平さん。愛してるわ」
にっこりと笑った理子の姿が、レストランの中から消えていった。
残された楡島は、テーブルに突っ伏していつまでも泣いていた。
4人はそっとレストランを後にすると、セレスティの車に乗り込んだ。
ネオンがやたらチカチカしていた。
4人は無言だった。
そっと心の中の大事な物を確かめるかのように。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1416/ダージエル・−/男/999/異世界の神様】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、夜来聖ですっ。
最近締め切り間際多いですね! ごめんなさい。追いつめられないと書けないタイプになりつつあります。反省せねば。
ダージエルさんは初参加っていう事で、どっきどきげ書かせていただきました☆
イメージと違うぞーという場合はいつでも言ってくださいね!
セレスティさんもシュラインさんも好きなように毎度毎度書かせて頂いてますが、なにかあったら遠慮無くいってくださいね。
それではまたの機会にお目にかかれる事を楽しみにしています。
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