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<東京怪談・PCゲームノベル>


『夏の夜にご用心!?』



●女吸血鬼に接触!…の前に

「あー、俺んトコの親戚の為に、こんな人が集まってくれたんか。ありがてえな」
 Y・Kカンパニーの高校生、霧町・氷(きりまち・ひょう)は、今回の騒動を聞きつけ、集まってきた者達を見て薄い笑顔を浮かべていた。
 氷の親戚夫婦が経営する「ペンション・霧の海岸」は、Y・Kシティから電車で約1時間ほどのところにあり、海岸に面した小高い丘の上にあった。白く上品な、3階建てのペンションにある客室からは海を眺める事が出来、落ち着いた雰囲気があった。
「妹からお話を聞きまして、その吸血鬼様に色気のご教授願いたいと思いまして、参加させて頂きたく」
 漆黒の長い髪の毛が美しい、海原・みその(うなばら・みその)は氷やまわりにいる者達へ会釈をして見せた。
 思春期まっただ中にいる少女にしては、プロポーションはなかなか良い上に、ツバ広の帽子に薄地のワンピース、サンダルを着こなしているせいで、年齢のわりには大人びた印象を周りにあたえていた。
 ただ、その服が全て薄墨色をしているものだから、避暑にきたのだか、どこかの神社仏閣にお参りにでも来たのかよくわからないが。
「わたくしも、氷さんのお友達の皐月さんからお話を伺いましたの。皐月さんに伺った範囲では、一般的と思われる吸血鬼像とは違う様で、深刻な事にはならないかとは思っているのですが」
 着物姿がとても良く似合う、天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)はペンションを眺めたあとに、みそのへと視線を向けた。
「みそのさんと一緒になるとは思ってもいませんでした。みそのさん、よろしくお願い致しますわね」
「こちらこそ。その吸血鬼様から、色々とご教授して頂きたいですものね」
 知り合いである撫子の微笑に、みそのも静かに笑って答えた。
「私は、別口の依頼でちょうどこのあたりまで来ていたのですが、その吸血鬼さん、特に大きな問題を起こしているわけでもなさそうですし、いわゆる吸血鬼さんの『偏食』を治して差し上げようかと、そう思うのです」
 そう言って、マイ・ブルーメ(まい・ぶるーめ)はみそのや撫子に続いて笑って答えた。
「依頼元は、私の旧知の仲である、別の吸血鬼さんです。ええ、吸血鬼の健康組合みたいなのがありまして」
「っていうか、何でもう水着来てるんだよ!」
 冗談ぽく笑うマイへと顔を向け、氷が声をあげた。
「あ、この水着ですか?私が良く行く商店街の店の方々のオススメなんですよ。夏の終わり頃になって買いに行ったので、水着もあまり残ってなかったので、売れ残りの中でこの水着を選んでくださって」
 食い込みの激しく、半透明なこの水着は、マイがいつもいく商店街の親父達に進められたものであった。いつも、その商店街でオススメとあらば購入してしまうマイであったが、この水着はシーズンも終わりの方になっていたせいか、半額で売り出されていたのであった。
 しかも、親父達に言われるままに水着を試着してみたところ、親父達はマイの姿を見て感動のあまりか泣き崩れ、中には顔を赤くして幸せそうな表情のままに気絶をした者まで現れた。そんな混乱の中、マイが笑顔で水着を購入すると、親父達はその水着をその場で8割引にまでしてくれ、マイもご機嫌であった。
「あまりにもその水着がすご過ぎて、売れ残ったんじゃねえか?」
 マイの姿を直視出来ないのか、氷は気まずそうな顔をして窓の方を見つめて呟いた。
「まあまあ、おちつくでちゅよ。そのきゅうけつきしゃんは、よるにでりゅんでちゅよね?それなら、ひるまはのんびりしてもいいとおもうでちゅ」
 若い青年達に混じり、一人だけ子供であるクラウレス・フィアート(くらうれす・ふぃあーと)が、氷をなだめる様に言った。クラウレスは釣竿とクーラーボックスを用意し、釣りでもするつもりなのであろう。
「そーだよ、氷!あまりカタイ事言わず、楽しむところは楽しもうぜ?」
 氷と同じく、高校生であるという桐生・暁(きりゅう・あき)が張り切った声をあげる。
「いや、カタイ事言うつもりはねえけどさ。前に新婚っぽい夫婦が来てさ、旦那の血を女吸血鬼に吸われて、しかもその旦那が吸血鬼にメロメロになっちまったもんだから、すげえ怒って俺の叔母さんに相当文句言った女の客がいたんだ。吸血鬼の存在自体はそこまで悪くねえだろうが、やっぱちゃんとしてもらいてえし」
「だいじょうぶでちゅよ。それに、しんぱいばかりしてもしょうがないでちゅからね」
 心配そう声の氷に、クラウレスがそっと答えた。
「そうですよ、氷様。まずは、その吸血鬼様が出てくるのをお待ちしましょう?」
 みそのも、氷を安心させるような優しい笑顔を見せる。
「まー、犠牲になったのは可愛そうだけどさー」
 暁が、玄関でビーチサンダルを履きながら続けた。
「いくら美人な吸血鬼に血を吸われたからって、メロメロになっちゃいけないと思うだけどなー、その旦那」
「そうですわね。そのあたりは、男性方のモラルも絡んで来るような気が致しますわ」
 落ち着いた声で、撫子も言った。
「何故、その吸血鬼さんが、このペンションに現れるのかは気になるところですが」
 みそのもそう言いながら玄関口へ移動すると、サンダルに履き替えた。
「この近くにお泊りなのかもしれませんね。とは言え、夜でもないの探すのは無粋と言うものですもの」
「そうでちゅねー。なつのばかんすで、えねるぎーあふれるわかものたちゅをねらいたいきもちは、わからないでもないでちゅけどね」
 と言って、クラウレスも皆へと続いてゆく。
「皆様は、お出かけになるのですね。皆様が海へおいでにある間、わたくしは氷さんと吸血鬼対策の準備をしておきますわ」
 撫子がそう言うと、氷がえっ!?という顔をする。。
「お手伝いして頂けますわよね?まさか、依頼主である貴方が、わたくし達にばかり仕事をさせて、自分だけ遊ぼう、なんていう事は言わないですわよね?」
 撫子のその言葉に、氷の反発する声がなかったので、承諾したのかもしれない。
「それでは皆様、海へ参りましょうか」
 マイが皆を誘うようにそう言って、マイ達は撫子と氷を残し、ペンションを出て坂を下り、海岸へと向かった。

●海でバカンス!

「よぉっし海岸までダッシュだ!負けた奴がジュース奢るって事で!」
 坂を下りかかったところで、暁がそう叫ぶと元気良く走り出した。
「まあ、暁様。そんなに急がなくても、海は逃げないですよ」
 マイも坂を軽やかに下っていく。食い込みの激しい水着だから、走ると本当に水着が食い込んでくるのだが、今は坂で転ばないようにしなければならない。
「ちょっとまちゅでちよー!さかをはしっておりりゅと、ころびそうでちゅ」
 クラウレスが暁やマイに続こうとするが、長い釣竿を途中の木の枝に引っ掛けて、外すのに苦労しているようであった。
「みそのも早くきなよ!」
 すでに浜辺に辿り着いた暁が、みそのへと声をあげる。
「こんなに海と海岸が近いなんて、良いですね」
 坂を下りる途中、みそのがつまづいたのか前につんのめり、坂を転がり落ちるように転んでいくのを、マイは見てしまった。
「大丈夫―?」
 暁の声が、遠くから聞こえてくる。
「だ、大丈夫ですっ!」
 夏も終わりに近づいたとはいえ、まだまだ海で遊ぶ若者も多く、海岸は沢山の水着姿の若者達へ賑わっていた。いや、若者だけでなく、家族連れや年配者もおり、様々なところから皆遊びに来ているのだろう。今日はかなり良い天気で、マイは肌がじりじりと焼けていくような感触を覚えていた。
「ビーチバレーやらないか?」
 暁がビーチボールをかかえながら、マイ達へと叫んだ。
「私もやります。せっかくですもの、海を楽しみたいものね」
 マイは小走りにして暁の方へと走っていった。
「それじゃあ、わたちはいわばのほうへいって、ふぃっしんぐをしてくるでちゅよ。ぺんしょんについたときに、つりのばしょをきいてみたんでちゅが、ちかくにいいばしょがあるそうでちゅ。のんびりすごすでちゅよ」
 釣竿とクーラーボックスをかかえ、クラウレスは一人で岩場の方へと向かっていった。

「ビーチバレーなんて久しぶりです」
 マイはそう言いながら砂浜に、コートを見立てた線を引き始めた。
「クラウレス様は釣りに行かれたので、3人ですね。女性と男性に別れてやりましょうか」
 みそのがマイの隣りへ立ち、暁がボールを打つのを待っているようであった。
「何だー、俺一人?ま、いっけどさ。でも俺、カポエラ習ってるんだぜ?カポエラで鍛えた見事な動きで、身軽にこなしてみせるけど!…いくわよ!」
 何故か半オクターブほど声を高め、暁が青色のビーチボールを打ち、マイはそれを目でとらえてはじき返した。暁は、自分でカポエラを習っていると言っていた通り、鮮やかな動きでボールをはじき返してくる。
 海風に煽られて、ボールがみそのの手前で落ちそうになるのを、みそのは腕を伸ばしてそれを暁のはじき返したが、どうも運動はあまり得意ではないらしく、そのまま顔面から砂浜へと突っ込んでいった。
「うわあ、おしい!」
 2対1でただでさえ不利な状況なのを、暁は笑い声をあげながらボールを跳ね返してきた。
「暁さん、やりますね」
 マイも軽く笑いながらボールを打ち返す。
 3人の声と、ビーチボールをリズムカル…とは言っても、みそのはほとんどボールに触れることなく、ほとんどが暁とマイが打ち合っていたのだが、ともかく、ビーチボールを打ち返す軽やかな音が浜辺に響き渡っていた。
「うわ、しまった!」
 みそのがようやく打ったボールが別の方向から吹き付けた海風のせいでスピードを増し、暁はボールに触れる事なく、さらにバランスを崩して浜辺に倒れこんでしまった。
「こんな時にイタズラな風が。風のイジワルのせいで泣きそうよ、だって、涙が出ちゃう男の子だもん」
 オクターブ上げな声のまま、暁が泣き崩れたが、声は楽しそうであった。
「ブラボーブラボー!」
 何時の間にか集まっていた、観衆達も拍手をマイ達へ贈る。その観衆のほとんどが男で、その視線の多くが自分へと向けられているような気がしたが、自分達のビーチバレーを身に来てくれたのだろう、ぐらいにしか思わなかった。
「体を動かして、汗をかいてしまいました。海へ入りませんか?」
 とマイは言って、集まっている男達を無視して、海へと入っていった。サンダルを脱いで、足が海水に触れると、暑さの中に心地の良い冷たさを感じた。
「よっしゃ!俺も海へいくぜ!」
 体についた砂を払いながら、後ろで暁がマイに続いた。
「そうですね、海へ入らないともったいないですよね」
 薄墨色の服を脱いで水着に着替え、みそのも波打ち際へと近づいてきた。
 マイは海水に濡れてますます魅力をましたせいか、まわりの男達に声を掛けられまくっている。一緒に遊ぼうとか、このあと暇?とか、男達がいちいち声をかけてくるから、おちおち泳いでもいられない。
「みそのが溺れてるよ!!」
 ビーチボールにつかまって波打ち際を漂っていた暁が、溺れて今にも沈みそうなみそのを助ける姿が目にうつった。男達は、その場面を目撃し、一斉に黙ってしまった。
「ありがとうございます、暁様」
「もしかして泳げないとか?無理しちゃだめだぜ?」
 みそのに暁が付き添って浜辺に戻り、マイはしばらくみそのが浜に座っているのを海から確認していたが、ちょっと目を離したすきにどこかへいなくなってしまっていた。
「暁さん、みそのさんがいなくなってます」
「えっ!?今度は何だよ〜!」
 マイと暁は遊ぶのをやめて、今度はみそのを探すことにした。浜辺を2人で歩き回ったが、みそのらしき人物はいない。混雑していて、わかりにくいのもあるだろうが、1時間ほど探してもみそのに会う事は出来なかった。
 そのうちに、釣りからクラウレスも戻ってきて、3人でどうしようかと考えていた。
「あ、いたよ!」
 日が落ちてきた頃、暁が浜の奥から歩いてくるみそのを指差した。
「みそのさん、どこまで行ってたのですか?」
 マイはすぐにみそのへ話し掛けた。
「いえ、ちょっと迷子になってしまって」
 マイの問いかけに、みそのがそう答えると、クラウレスが安心したように言った。
「みつかってよかったでちゅよ。そろそろ、ぺんしょんにかえるでちゅ。つりをして、さかなをいっぱいとったでちゅから、ゆうしょくにだしてもらうでちゅ」

●女吸血鬼現る!

 夕食は、氷の親戚夫婦が作った、魚を中心とした豪華なものであった。
 撫子がみそのの隣りに座り、こんなメニューがあると説明してくれたが、みそのはそれを聞くと、全てを吸い込むような勢いで夕食を食べ始めた。
「おかわり、頂けます?」
 みそのが御飯茶碗を出しながらそう言うと、氷が小さく呟いた。
「あんたなら、吸血鬼をどうにか出来るような気がしてきたぜ」
 何となく、その声が疲れているような気がしたが、それよりも今は食事を楽しむ方が先だ。
「すずきがいっぱいとれたでちゅよ。のこったぶんは、ぺんしょんにあげるでちゅ」
 クラウレスが昼間に釣った獲物がなかなかの大量のようで、マイも魚を美味しく口にした。
「たくさんたべてえいようつけるでちゅ」
「そうですね、特に男性達には」
 みそのはそう言って、暁や氷に料理を薦めていた。
「何だよ、その顔は!」
 どことなく不安そうな氷をよそに、マイ達は昼間の出来事を話したりしながら、食事を楽しんだ。

 その後、夜中まではそれぞれで、風呂へ入ったりテレビを見たりしながら、吸血鬼が出る時間まで待った。
 今日はマイ達がいる、ということで、3階は改装中ですと一般の客には遠慮してもらい、3階にはマイ達以外には誰もいなかった。皆、3階の部屋に泊まったが、どの部屋に吸血鬼が出てくるかわからないので、それぞれの部屋にばらけて泊まっていた。
 昼間に、撫子が3階のフロア周辺に結界を張ってくれたので、すぐには吸血鬼も逃げられないだろうと思い、多少心にも余裕があった。
「トランプやろうぜ〜!俺、大富豪めっちゃ好きなんだよね!んでさあ、勝った人に皆でアイスおごるってどうー?」
 いつもの元気な声で、暁が自分の部屋へと皆を集めようとした時であった。
 暁達がいる部屋へ向かって、まったく見ない顔が近づいて来る。その体から発せられる波動からして、その人物は細身の体ではあるが、引き締まった筋肉。喜怒哀楽は感じられず、どこか態度は大きい…男であるようであった。
「どなたですの?」
 撫子が尋ねた。
「クラウレスだ。この姿なら、吸血鬼が釣れるかもしれないからな」
「昼間と全然姿が違いますのね?」
 マイは不思議そうに尋ねた。
「それよりも、そろそ吸血鬼が出てくる時間だろう。一応、油断しない方がいい」
 クラウレスが答える。
「では、氷さんも、お願いするわね」
 みそのは隣りにいる氷に声をかけた。
「何で俺まで」
 せつなそうな声を出している氷をよそに、マイ達は男女ペアになってそれぞれ部屋へと入り、男性を囮にして、吸血鬼が出現するのを待つことにした。マイはクラウレスと組み、ひとつの部屋へ入って吸血鬼を待った。
 マイは部屋についているバスルームに身を隠し、吸血鬼を待つことにした。ドアを少しだけあけて様子を伺っているが、クラウレスが部屋を暗くして闇の中へまぎれてしまった為、部屋の中をよく見る事が出来ない。が、そのあたりはクラウレスに任せようかと思っていた。
 しかし、いつまでたっても吸血鬼は現れない。今夜は来ないのか?と思った時、
「でたー!!」
 隣りから氷の声が響いてきた。
「隣りへいったか!」
「氷さんが、犠牲者になったのですね」
 マイは犠牲者がどんな顔をしているのか何となく楽しみでもあったが、それは口にしないで置いて、マイ達は氷とみそのが待機している部屋へと走っていった。すぐに、同じように飛び出してきたであろう、暁と撫子ともそこで合流し、4人は一気に部屋へと雪崩れ込んだ。
「まあ、貴女がその吸血鬼ですのね。氷さん、良い献血をしているようで」
 部屋の中を見つめ、それでも冷静さを失わないおっとりとした口調で、撫子が言った。
 部屋には氷と吸血鬼がぴったりとくっついていた。氷は、その女吸血鬼に抱きしめられるような形で、首筋に牙を埋められてしまっていた。女吸血鬼といえば、豊満な体のラインを強調するような薄いレオタードのような服に、真っ赤な色のマントを羽織っていて、髪の毛は見事なまでのストレートのブロンドヘア、化粧などは、まるで映画のモデルのように輝いていた。
「もう、駄目」
 かぼそい氷のその声は、何故か満足そうであった。その時、隠れていたみそのがクローゼットから出てきて、女吸血鬼へと深々と頭を下げた。
「お待ちしていました。化粧法や殿方の口説き方、気持ちよくさせる血の吸い方、触れ方などをご教授していただけるようお願いしたいと思います」
「あらぁん、そんな事ならいくらでも教えてあげるわよぉん?ただ、あたしまだ満足していないのぉん。もうちょっと血が欲しいわねぇん?」
 氷を床に転がし、吸血鬼はドアの方へと歩いていく。
「うーん、やっぱり、彼女居る奴の血は吸っちゃ…駄目だと思う?」
 暁が最後の方は氷へと言葉を投げかけながら言った。
「何で…俺に聞くんだ。さっさと説得してくれ」
 氷が妙な声を出して答えた。
「ハイハイ、わかってますよ」
 暁はそう答えて、真面目な声で話を続けた。
「血ィ吸う相手探しは、ソレ相応の場所でやった方がいんじゃないかなっと、俺思うんだけどどう?」
「そうだな。むしろ、お前の場合は、過疎化した観光地に出没すれば喜んでもらえるのではないか?」
 クラウレスが暁のあとに続けた。
「こちらにこだわるのには、何か理由がおありなのでしょうか?あなたの場合、特に悪質な事をなさっているわけでもございませんから、この場は穏便にお引取り願いたいですわね」
 温厚な口調で話す撫子のそばで、蚊取り線香の香りが漂ってくる。
「あらん?あたしったらそんなに迷惑ぅん?」
「一部では、迷惑になっているのです」
 さらに撫子が答えた。
「女性の嫉妬って怖いんだぜ?独身男ならまだしも、やっぱり相手を選んだ方がいいんじゃないかなー?あんたに血を吸われたばかりに、喧嘩になったカップルもいたらしいからさ」
 暁のその言葉に、吸血鬼は穏やかな口調で答えた。
「あらまぁん。そんな事になってるなんてぇねぇん」
 吸血鬼が何となく悲しそうに答えた。
「貴女は、それ程悪い人ではないと思います。力づくで追い出したりする必要はないかと思いますので、ここはどうかお引取りを」
「でないと、このハンマーでお前を叩くことになるぞ」
 クラウレスは撫子の後に、闇の力で作り出したピコピコハンマーを取り出して見せた。このハンマーは玩具ではなく、闇を吸収する事が出来るのである。
「そうねぇん。そんなに問題になっていたなんてねぇん?悪気があったわじゃないのよぉん?」
「ここを狙ったのには、何か目的があるのでしょうか?」
 みそのがそう尋ねると、吸血鬼はさきほどは違ったやや悲しげな口調で答えた。
「何百年も昔、ここにはあたしのお城があったのぉん。あたしはその城に迷い込んできた若者の血を頂いたり、周辺の町へ行ったりしていたわぁん。あたしを恐れた子もいたけど、慕ってくれた子も沢山いたのぉん。のんびりと楽しい日々を過ごしていたわぁん」
「そうだったのか?」
 クラウレスが吸血鬼へと尋ねた。
「そうよぉん。海にかかる月がとても綺麗だったけどぉん、このあたりを治めていた国の軍の焼き討ちにあってしまったのぉん。もう500年程前かしらねぇん?」
「どうして、そんな酷い事になったのでしょうか?」
 マイは静かで真面目な口調で吸血鬼の顔をじっと見つめた。
「詳しくは知らないけどぉん、当時疫病が大流行して、このあたりの民衆の不安や不満が国王へと向かったのよねぇん。それで、国王はとりあえず、民衆の感情を自分ではなく他の場所へ向ける為にぃん、この城を焼き払ってあたし達を追い出したのよぉん。疫病の根源は、あの吸血鬼である。あいつを追い出せば世の中も良くなるだろうって、火の中を逃げる時に軍の兵士がそう叫んだのを覚えているのぉん」
 吸血鬼の言葉には、さきほどの色っぽい雰囲気はどこにもなかった。
「あたしは、病気なんか、まいてはいないのよぉん?でもねぇん、ああなってしまったらもう、あたし一人の力じゃどうにもならなかったわぁん。中にはあたしに味方する人もいたみたいだけどぉん、そういう人は牢獄に投げられたみたいよぉん。どうにもならない流行病を、あたしのせいにするっていう、強引な方法で誤魔化したかったのねぇん」
「それって、酷い話じゃん!」
 暁が、怒りの感情の混じった声で叫んだ。
「もうこうなったら、どうにもならなかったのぉん。あたしはこの場所を離れて、遠くの山の奥にある小さな砦に引きこもってぇん、数百年の眠りについたのぉん。世の中ががらりと変わった時にぉん、目を覚まそうと思ったのねぇん」
 吸血鬼は、床に転がっている氷の方へ向かって話を続けた。
「目を覚ましてからすぐ、懐かしくなって、この海岸へ来たのぉん。まったく風景が変わっていたのに驚いたけどねぇん?でもね、あたしは吸血鬼だから、数百年ぶりに血を吸いたくなってねぇん。つい、このペンションにいる子達に手を出してしまったってわけぇん」
「なるほど。そのような理由があるとは知らず、わたくし達もご無礼を致しました」
 撫子がゆっくりと丁寧な口調で答えた。
「別にいいわよぉん?大分血も吸った事だしねぇん、しばらくは大丈夫だわぁん。迷惑をかけているみたいだしぃん、あたしは別のところへ行こうかしらねぇん」
「吸血鬼さん、血も良いですが、別の食べ物を口にしてみませんか?きっと、お気に召すと思いますよ?」
 マイは吸血鬼に笑いかけると、偏食を治す為に吸血鬼へとあれこれと話し始めた。血ではとれない栄養が野菜や肉にはある!マイがそう力説すると、吸血鬼は少し興味をもったように感じられたのであった。
「んじゃどこかへ行く前に、吸血鬼さんも一緒にトランプでもやる?一人でずっと寝てて、飽きちゃっただろーからさ!」
 その場を一気に明るくするように、暁が叫んだ。
「ま、これ以上このペンションにいるつもりがないのなら、これ以上のことをする必要もないだろうか」
 静かな声で、クラウレスが呟いた。
「それでは、早速、先程わたくしが言った通りの、色々なご教授をお願い致しますわね」
 みそのも吸血鬼に笑顔で答えた。
 こうして、マイ達はセクシーな女吸血鬼と、ゲームをしたりおしゃべりをしたりしながら、賑やかな一晩を過ごした。
 唯一、血を吸われた氷は、その間ずっと心地の良い夢を見ていたらしく、翌日にはすっかり元気になっていた。
 マイ達が目を覚ました時には、すでに女吸血鬼はいなくなっていたが、代わりに蝙蝠の羽の形をした飾りが数枚置かれていた。
 飾りのそばには一枚の紙切れが落ちており「久々に楽しい夜を過ごせて、感謝してるわ」と書かれていたのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【0126/マイ・ブルーメ/女性/316歳/シスター】
【0328 /天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【1388/海原・みその/女性/13歳/深淵の巫女】
【4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当】
【4984/クラウレス・フィアート/男性/102歳/「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 マイ・ブルーメ様
 
 こんにちは、ライターの朝霧・青海です。今回はシナリオへの参加有難うございます。
 マイさんの水着はいつも描写に工夫します(笑)商店街のオヤジ達、私の勝手な妄想でただのセクハラオヤジ集団になっているような気がしないでもないのですが、いかがでしょうか(汗)
 バカンスシーンから吸血鬼のシーンまで、びっちり書いたために大変な長さとなってしまいました(汗)楽しんで頂ければ幸いです。それでは、ありがとうございました!