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悪戯注意報
『肝試し、どうかな』
『は』
チャットでの会話。唐突に言われ、あなたは相手…───瀬名・雫に向けて、少々間の抜けた言葉を返した。
『だから、肝試し』
『…唐突な…』
もっともだと思ったのか、雫は続ける。
『えっと、ねえ。あたしの友達の友達の友達の友達の友達に相談されちゃって』
……それは、少し遠過ぎはしないだろうか。
『その子が、また別の友達から、預かった変な壺がね、割れちゃったらしいんだよっ』
何故そんなに楽しそうなのだろうか…。あなたは少し嫌な予感を覚えた。
『中に、どうも色々封印されてたみたいなんだ』
……封印って。
『それほど大物はいなかったみたいなんだけど、数が多いらしくって』
それが居心地が良いのか、廃ビルに集団で住み着いちゃったみたいなんだ、雫は続けて文を打ち出す。見えはしないが、彼女が満面の笑みを浮かべている事はすぐに想像が付く。
『あたしは残念な事に、ちょっと行けないんだけど…。どう、行ってみないかな?』
例えば、どんなものがいるのか、どんな被害が有るのか試しにあなたが聞いてみると。
『狐とか、狸とかの動物霊、低級霊の類みたい。深刻な被害って言うより、こう、……悪戯?』
…悪戯?
『こう、足をひっかけたり。後ろから水をかけてみたり』
…実害は少なそうだが、非常に鬱陶しそうな話である。
『多分それほど悪質な物では無いみたいだから、有る程度遊んで気が済めば成仏するんじゃないかと思うよ。あ、勿論お札とかで浄霊や除霊をしてくれても構わないけど』
既に何故か自分が行く事になっているのは気にしない事にして、彼女の情報を有り難く受け取っておく事にする。
『あとで情報を聞かせてね!』
期待に満ちた雫のコメントに、あなたは苦笑して席を立った。
+ + +
-邂逅-
雫から指定を受けた日。
問題の廃ビルの入り口には、四つの人影が有った。
「うふふ、暇な人間って、結構多い物ねえ…」
どこか妖艶な笑みをうかべながら、金色の目の美女が笑う。
「暇…って…。駄目ですよ、肝試しとは言え、あくまでも浄霊が目的なんですから」
少年が黒い髪を揺らしながら、一生懸命主張する。
「何にしても、まずは自己紹介だね。私は月宮・奏。今日はよろしくね」
二人の間を取り持つように、冴え冴えとした美しさを持つ青い髪の少女…───月宮・奏が笑った。
隣に立っていた、まだ幼い少年が大きく頷いて明るい口調で続ける。
「せやせや。何事も挨拶が肝心やんなっ。俺はクロガネ。よろしゅうなっ」
「ふふ、あたしは轆轤・久美江よ〜」
「あ、遅れました。僕は奉丈・遮那と言います。どうぞ宜しくお願いしますね」
久美江と遮那が交互に名乗り、さて、とばかりに四人は廃ビルを見上げる。
五階建てのその建物は、とりあえず壁が崩れたり、ということはないようだった。
窓ガラスや窓枠こそ所々朽ちて無くなっているものの、あちこちに染みの付いたコンクリートの壁自体はしっかりしたもののようだ。
これならば中に入っても大丈夫だろう。
「さて、じゃあ行こうか」
他の三人が頷くのを待ってから、奏は朽ちたビルへと足を向けた。
-誰だこんなベタな罠を作ったのは-
入り口をくぐった瞬間、彼らはその恐ろしさを実感するハメになった。
既に扉の無くなっているそこを通った瞬間、ざばー、と冗談のような音を立てて水が降ってきたのだ。
「うわ、大丈夫かいな?」
何故か窓からビル内に侵入したクロガネが、まともに水を被った三人に問いかける。
「うん、特に普通の水だったみたい…。濡れて気持ち悪いけど」
奏が走り寄ってきたクロガネを安心させるように頷いた。
退魔師をしている彼女は、本来で有れば霊などの気配にとても聡い。
だが、そのせいで滅多に肝試しなどの娯楽ができない為、せっかくの機会だからとその能力を大幅に抑制していた。
水をまともに被ってしまったのもそのせいである。少し後悔したりもしたのだが、こうなったら最後まで能力を抑制したまま進んでやろうとも思う。
「つうか、兄ちゃん、どないしたん?」
クロガネは奏の返事にほっとしたような表情を見せて、ふと遮那の方を見た。
彼は何故だろう。びしょぬれのまま青ざめ、固まっている。
「あら、もう。びしょぬれになっちゃったわねえ…。Tシャツが透けちゃうじゃない」
遮那の視線の先には久美江の姿。白いぴったりした彼女のTシャツが水で透け、下着が見えてしまっていた。
彼女はこまったように首を軽く右に傾けており…。
その頭は、何故か彼女のすぐ足下から己の体を見上げている。
「く、く、久美江姉ちゃん」
クロガネの顔が、遮那と同じようにさっと青ざめた。
奏も少し驚いたように目を丸くする。
「あらぁ?どうしたの、皆。何か出た?」
久美江が三人を見る。いや、見上げる。
「久美江さん、首が…」
そう、久美江の体はまっすぐに立っている。そこから、軽く右に傾いた白い首が、本来人ではあり得ない長さに伸び、床にある頭へと続いていたのだ。
「あら。嫌ね〜、もっと早くに教えてくれれば良かったのに」
久美江はしゃがみ、そしてその頭を両手で拾い上げた。そしてその肩の上、本来有るべき位置へと無造作に乗せる。
彼女の首は何事もなかったかのように縮み、大人しく有るべき位置へと収まった。
「ああああ、あの…?」
真っ青な顔をしたまま遮那が問いかける。心なしか動きがカクカクしている気がしなくもない。
「あら、言ってなかったかしら。あたし、ろくろっ首なのよ〜」
久美江が爽やかに言い放った。
「ろくろっ首…が、なんでまた肝試しとか」
立ち直ったらしい。クロガネが首を傾げて聞いた。当然だが、彼の首は伸びはしない。
「それがねえ、割れたって言う壺。アレがどうやら、あたしの知り合いらしくってね」
「……壺が、知り合い…?」
意味がよく分からず、奏が眉を寄せて呟いた。
「そぉそ。だから壺の欠片とか落ちてないかしらと思って〜」
「壺の欠片…って、これかいな?」
クロガネが懐から陶器の欠片らしき物を取り出した。
「あれ、クロガネさん、それどうしたんですか?」
遮那の問いかけにクロガネは頭をかいた。
「えへへ、窓の所に落ちとったで。珍しい柄やから、拾っておいてん」
「ねえ、あんた、それあたしにくれないかしら」
久美江がクロガネに問いかける。彼は軽く頷いた。
「ええよ。でも姉ちゃん、それどうするん?」
「うふふ、彼は壺頭っていう妖怪友達なのよぉ。家族から捜索願が出ててね〜」
「壺頭…ですか?」
「でも、割れちゃってるけど…」
遮那と奏の言葉両方に頷いてから久美江は続ける。
「大丈夫よ、ちゃんと修復するから」
「修復て…」
どうやって、とクロガネが問う。
「うふふ、瞬間接着剤って便利よね〜…」
どうやら瞬間接着剤を用いるようだ。意外とリーズナブル。
「それは分かりましたが、久美江さん。せめて何か上に着ておきませんか…?」
奏が切り出す。彼女も遮那も、厚手の物や、上着を着ていた為に水を被っても気持ち悪い、程度で終わったのだが久美江はそうは行かなかった。
薄いTシャツは彼女の体の線をあらわにしてしまっている。
「それもそうねえ…。仕方がないわね」
久美江は妙に嬉しそうに笑いながら、どこからともなく長襦袢と羽織を取り出した。どうやらアンティーク物らしい。
「あたし、ちょっと着替えてから行くわね。先に進んでいても良いわよ〜」
ぱたぱたと手を振って、久美江が壁の向こうへと姿を消した。
残された三人は軽く顔を見合わせる。
「どうしよっか」
奏が聞くと、クロガネが頷いた。
「そんなに入り組んだ建物でもあらへんし、先行っても大丈夫ちゃうか?それか、俺がここに残って久美江姉ちゃんを待って、二手に分かれるとか」
「そうですね…。そう質の悪い霊でもないみたいですし、二手に分かれるのも良いかも知れません。…悪戯で気が晴れてくれるんなら、どんなものでも受けて立ちましょう!」
遮那も続いて言う。拳をぐっと握りしめて勇ましく言い放つが、その拳の先が小さくふるふると震えていたりもする。
「そうだね…。それじゃ、いこうか」
そんな遮那に苦笑して、奏が先へと足を進める。慌てて後を追う遮那を見送って、クロガネは小さく笑みを浮かべた。
-適材適所・夏の陣-
「あら、あんたは残っててくれたのね」
物陰から久美江が出てきた。
お化けの制服だという、長襦袢と羽織を着たせいだろうか。心霊現象がおこるという廃ビルにとけ込んでいる。
「うん、まあ。そういや、姉ちゃん壺の破片探してるんやろ?俺、それ集められるで」
久美江は妖艶に口の端を上げた。
「そう。何でできるのか聞いてもいいかしら?」
「ややなあ、知ってる癖にー」
クロガネがえへへと笑う。久美江はそれに笑い返した。
「まあいいわ〜。それより、案内してくれるかしら?」
「ええよ。こっちこっち!」
奏や遮那の後を追うように走り出したクロガネに、久美江は着物の裾を割らないように注意しながら走り出した。
クロガネに連れられて、入った部屋は、黒かった。
いや。違う。
黒い、子犬程度の大きさの獣が無数にいたのだ。
「皆、お客さんやでー!」
クロガネが明るく言う。
すると一斉に、黒い獣達が久美江の方を向いた。
一匹一匹は愛らしいとも言えるかも知れないが、これだけ群れると正直ちょっと不気味だ。
「この子達は?」
久美江がクロガネに問いかける。クロガネは誇らしげに頷いた。
「俺の眷属や!姉ちゃん妖怪やから、多分気ィ付いてると思うけど」
「ああ、あんたも妖怪だってこと?」
クロガネが破顔する。
「うん、やっぱりばれとった。俺、ちょっと前まで壺に封印されてた狐やねん。で、こいつらは俺に会いに集まってくれたんや」
眷属達が自慢なのだろう。わさわさ群れる黒い子狐達を見やって、クロガネが胸を張る。
「だからな。姉ちゃん、さっきの壺の欠片貸して」
「いいわよぉ」
久美江から破片を受け取ると、クロガネはそれを子狐達に示す。
「なあお前らー!これと似たような奴が、多分このビルからそう遠くないところに散らばってる筈やねん!集めてきてくれへんかー?」
彼の言葉を理解したのだろう。
波が引くようにあちこちに飛び出していく黒い獣達を眺めながら、感心したように久美江が頷いた。
「…ねえあんた。クロガネだったっけ」
「うん?」
「うちの実家のお化け屋敷で働く気はないかしら」
「…うん?」
-再会-
奏と遮那は階段の前にいた。
ここを昇れば、最上階だ。
先程ブービートラップでこしらえた、頭頂部のコブが傷むのを気にしないようにして、遮那はもう一度階段を見つめる。
その時だった。
何かが転げおちる鈍い音と共に。
「あらぁ、遅かったわね〜」
久美江だった。
ただし首と頭だけ。
「うわああああぁあっ!?」
唐突な登場に、遮那が悲鳴をあげる。
奏は寧ろその声に驚いたように軽く後ずさってから、階段の上から伸びてくる久美江の首と目を合わせた。
「久美江さん達こそ、早かったんですね」
「そうなのよぉ、でも階段の足下に何故かワイヤーが張ってあってね〜…」
どうやら上の階から階段の手すり越しに奏達を見つけ、降りてくる途中で転んだらしい。
「どうでもええけど、久美江姉ちゃん、パンツ見えとんでー」
のんびりとしたクロガネの声が上の方から聞こえ、奏と遮那は顔を見合わせてから久美江の首が戻っていくのを手伝うように上へと上っていった。
「あれ、クロガネさん、さっきまで後ろにいませんでしたっけ…?」
遮那が恐る恐る問いかけると、クロガネは首を傾げる。
「え、気のせいちゃう?」
「……」
遮那は奏に同意を求めるような視線を送るが、奏は何も言わない。
諦めたように彼は周りをみわたした。
「…扉が、四つありますね…」
「あからさまだね」
階段の真ん前、何故か四つの扉が一列に並んでいた。奏の言うとおり、不自然極まりない。
「端から順に開けていきますか?」
遮那が提案するように言う。あらあ、と久美江が声を上げた。
「どうせならぱぱっとすましちゃいましょうよ。一人一枚でいいじゃない」
「えぇっ?」
遮那としては、あまり一人にはなりたくなかったのだ。だが。
「せやね、その方が早そうやー」
「うん、分かったよ」
自分より年下のクロガネや、奏がこともなげに頷くのを見て大人しく断念する。
「…じゃあ、僕はこの扉にします…」
遮那が扉の前に立ったのを見て、他三人も各々扉の前へと立った。
-勧誘-
久美江の入った部屋には家具やそれに準ずる物は何一つ無かった。
ただ、目の前に山と積まれた陶器の破片だけだが有る。
どうやらあの黒い獣たちが集めてくれたらしい。
久美江は懐から一欠片の破片と、黄色いパッケージの瞬間接着剤を取り出した。
組み立てるのには意外と根性がいりそうだ。
その時だった。
手の中の破片が物凄い勢いで山に吸い寄せられたかと思うと、瞬時に組み上がっていく。
そこには人影が一つ、有った。
但し、頭の有るべき位置には立派な壺が乗っかっている。
彼(?)は少し混乱したように辺りを見回し(?)てから、久美江に視線を止めた。多分。
「あら、壷頭さん家の堕流さんじゃないの〜。ほら、ろくろっ首の久美江よぉ」
にこやかに久美江が話しかける。堕流と呼ばれた壺人間は少し考えたようだった。
ややおいてから、ぽむ、と手を打つ。
久美江が、またもやどこからともなく取り出したお茶セット一式を使って淹れた緑茶を差し出すと、堕流は受け取り、壺の中に流し込む。満足げだ。
「ご家族も随分と心配してたわよぉ。一体どうしてたの?」
壺を傾けて、堕流が何か言ったらしい。
「え、就職難で家族にあわせる顔が無かったって?嫌ねえ〜。もっと早くに言ってくれれば良かったのに〜」
堕流が再び首を傾げた(ようだ)。
「ねぇ、どうせなら、ウチの実家で脅かさない? 流石にろくろっ首だけだと、売り上げ悪くてねぇ」
堕流はこくこく頷く。喜んでいるようだ!
「決まりね!歓迎するわぁ」
こうして、堕流君は無事に家族の元に帰れる事になったそうな。
-終焉-
部屋の奥の扉を抜けると、他のメンバーが既に待っていた。
何故かその中にクロガネの姿だけが無く、辺りを見回す。
青ざめながら遮那が出てきた扉の方を振り向いた。
並んだ扉の数は、三つ。
一つ足りない。
慌てて階段の側の、入り口側に三人が急ぐと、先程は四つあったはずの扉が、やはり一つ足りなくなっていた。
「く、クロガネさんが…」
遮那がおろおろと呟く。
久美江は落ち着いた表情をしていた。
「多分、帰ったんでしょ」
「…ああ、やっぱり」
奏が久美江の言葉に、納得したように頷いた。
「帰ったって、家にですか…?一言も挨拶せずに帰るような子には見えませんでしたが…」
遮那が不思議そうに問いかけると、奏は柔らかな笑みを浮かべた。
「うん、満足したんじゃ、ないかな」
「そうねぇ、周りの友達を連れて天国にいったんでしょうよ」
奏と久美江の言葉を、頭の中で反芻して、遮那は青ざめた。
そういえば、分かれた時に一緒に行動していたはずのクロガネが、別の方向から現れたりしなかっただろうか。
そういえば、彼一人は何の被害も被っていないことはなかっただろうか。
「……え」
絶句する遮那の耳には、クロガネの陽気な笑い声が聞こえてきた気がした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5672/轆轤・久美江/女性/27歳/ろくろっ首配管工】
【4767/月宮・奏/女性/14歳/中学生:退魔師:神格者】
【0506/奉丈・遮那/男性/17歳/占い師】
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■ ライター通信 ■
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轆轤・久美江様
はじめまして、この度は依頼に反応頂き本当に有り難うございました。
新米ライターの日生 寒河と申します。
ろくろっ首さんということで、素敵なキャラクター設定にどきどきしておりました。
あまりに素敵なキャラさんに挙動不審で、何かおかしな事をうっかり書いていないか不安では有りますが…。
とりあえず、壺頭さんとの邂逅をえがけた事が楽しかったです。有り難うございましたー!
ではでは、この先の久美江様のご活躍、一観客としても楽しみにしております。
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