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<東京怪談・PCゲームノベル>


笛の音誘えば

 丁度、黄昏時だった。昼間のうだるような暑さも少しはおさまり、と言いたいがそれ程でもない。段々と薄暗くなる木々の間を歩いていると、不思議な笛の音が聞えてきたのだ。
祭囃子のようだった。この辺りの神社で祭りがあると言う話は聴いた事が無かったし、そもそもこの近くに神社などあっただろうかと思いながら進むと、木々の向うに灯りが見えた。いくつもの提灯が並んで揺れている。やはり、祭らしい。だが、これが普通の社ではなく、普通の祭でも無い事に気付くのに、時間がかからなかった。すぐ傍の屋台に居た少女のせいだ。真白な髪に紅い瞳をした彼女はこちらを見ると、にっと笑って言った。
「おやおや、また迷うて来た者がおるらしい。まほろの社に続く道は、一つでは無いからのう」
 まほろの社。それがこの社の名。今日は夏祭りの日なのだと言う。
「折角ここまで来たのなら、少うし、遊んで行くがよかろ」
 彼女の誘いを断る気には、ならなかった。氷川笑也(ひかわ・しょうや)は微かに頷くと、天鈴(あまね・すず)と名乗るその少女について歩き出した。遊ぼうというつもりは毛頭無かったが、探し人を見つけるにも、案内人が居た方がやりやすかろう。…それに。帰りの遅い義妹を探して迷い込んだこの社は、どう考えても自分向きであるとは思えなかった。楽しげに参道を行く客たちも、彼らを呼び込む夜店の店主たちは、皆殺気こそ放ってはいないものの、妖異の類だ。中には人のなりをしている者も多かったが、その雰囲気や気配は人のそれとは明らかに違った。笑也の家もまた、氷川神社と言う社を守る家柄だったが、当然ながらこことは全く違う。笑也にとって妖魅の類は、敵であり、相容れぬものなのだ。それに、笑也には彼らに対して寛容にはなれぬ理由があった。それ故に、相手に害意が無くとも必要以上に神経を尖らせてしまう。その様子がおかしかったのだろう。強張った表情で周囲を見回す笑也を見て、鈴が面白そうに笑った。
「そう気にする程の者はおらぬよ。アヤカシは好かぬ、か?」
 こくりと頷く。鈴がもしもその類なら、誘いには乗らなかった。一目でそうではないと見抜いたからこそ、付いていく気になったのだ。鈴は、なるほどのう、と頷くと、一つ息を吐き、
「…まあ、おぬしのような力を持つ者の中には、そういった者も少のうない。それに、おぬしの不安も的外れ、と言う訳でもない故」
 と不穏な事を言ってにやりと笑った。
「実はな、今は皆こうして、仲良う遊んでいるように見えるがの。祭の終わりと同時にそれも終わる。社が閉じる瞬間に、皆本来の立場に戻り、アヤカシは仙を襲い仙人、天人は反撃しきゃつらを祓わんとして争う。少々血生臭い話ではあるが、それもまた祭の一つと言おうかの…」
「…」 
 笑也の顔から更に表情が消えた。相変わらず、義妹の気配はこの参道にある。もしもそれが本当ならば、すぐにでも…。と内心焦りつつ辺りを見回そうとすると、鈴がけたけたと笑い出した。まさか。
「冗談じゃ。見た目通りに生真面目な奴!気に入ったぞ」
 気に入られてもあまり嬉しくは無かった。むっとしたのを気配で感じたのだろう。鈴はまあまあ、と笑いながら、
「気に入った故、よし、あれをやらせてやろう」
 と、屋台の一つを指差した。そんな暇は無い、と躊躇する間も無く屋台の前に押し出され、銃を渡された。射的ゲームだ。意外にもルールは人の祭のそれと変わらない。四角い積み木のような台に乗っているのは、ヌイグルミだの人形だので、どれも別に欲しいものではなかったが、妹への土産には丁度良い。
「よし、アレが良い」
 鈴が指差したのは、一番手前にあった、パンダのヌイグルミだった。確かに微妙な大きさでぐらぐらしており、すぐにでも落とせそうだったし、これならば妹も喜ぶかも知れないと思いつつ、狙いをつけ、引き金を引いた。一発、台はぐらりと揺れたが、まだ落ちない。続けて二発目、バランスを崩しつつも、まだ落ちはしない。もう一押し、と放った三発目でパンダは見事に落下した。おお、といつの間にか集まっていた観客がどよめく。
「良い奴を取りましたねえ」
 にこやかな店主は、額の瞳をぎょろりとさせながらパンダを拾い上げた。
「中々の腕、見込んだ通りじゃ」
 硬直している笑也に代わって、鈴がパンダを受け取ろうとしたその時だった。みゃ!と奇妙な叫び声を上げて、パンダがぴょん、と飛び上がり、笑也めがけて飛びついてきたのだ。
「…!」
 いきなり顔面に貼り付かれ、声にならない叫びを上げた笑也を見て、鈴がぷっと吹き出す。
「これはまた、いきなり懐かれたのう」
 一体どういう事なのだ、と思いかけて、そう言えばここは普通の社とは違うのだと言う事を思い出した。いくら人と同じ遊びをしても、所詮は怪異の集う場所。全く同じ筈がないではないか。
「この射的で取ったモノは、名を与えて式神とする事が出来るのじゃ」
 鈴が言った。式神、と聞いて、改めて貼り付いたパンダを剥がしてまじまじと見る。どう見ても、パンダのヌイグルミだ。それがうるうるとした瞳でこちらを見上げている。だが、式神ならば間に合っている。ついでにパンダなぞ貼り付けて帰った日には、妹に質問攻めにされるに決まっている。兄には笑われるかも知れない。そして父には…と考えて、いらない、と言おうとしたが、パンダはぎゅうっと肩にしがみついて離れない。鈴がくすくすと笑った。
「名をつけてやれ。大した力は無かろうが、育てようによっては役にも立つ。何よりそこまで愛されては、むげにも出来まい?」
 鈴の言う通りではあった。うるうるとした瞳は、以前拾った子犬や、勝手に懐いてくる友人を思い出させた。笑也は深い深い溜息を吐くと、一言、
「陽陽(ヤンヤン)」
 と言った。途端にパンダがぱあっと嬉しそうに笑う。名を付けられた事を理解したらしい。店主がほっと息を吐いて、それでは、と笑也に四角い箱を渡した。
「そやつの寝床よ。今、おぬしが付けた名が刻まれておる。契約の証とも言えるが、そやつが傷を負うたり身体を失うたりした際には、その箱を使うて復活させる事が出来る。何、木ではあるが、燃えも壊れもせぬ。おぬしの命尽きるまで、おぬしと共にあるであろう」
 と言う事は、命尽きるまでこのパンダと一緒と言う事か。そこはかとなく押し寄せる脱力感については考えるのをやめ、笑也はパンダの寝床を受け取った。
「次はなあ、そうじゃのう…」
 すっかり遊びモードに入っている鈴に、自分は遊びに来たのではないと言おうとしたが、またしてもそれは叶わなかった。笑也がおずおずと口を開くより早く、鈴が
「あれじゃ!」
 と声を上げたからだ。抗う間もなく連れて行かれたのは、お好み焼きやの屋台だった。これなら、食べた事がある。だが…
「無論、普通のものとは違うぞ?」
 鈴は意味深な笑みを浮かべると、一つ買って笑也に渡した。いらない、と言うべきか一瞬迷ったが、丁度少し小腹も減ってきた所でもあり、一口食べてみた。
「どうじゃ?美味かろう」
 確かに、味は良い。滅多に口にする類の食事ではない、と言うのもあるだろうが、つい一口、二口と食べ、全部食べ終えてしまった。それを見て、鈴がまた不吉な笑みを浮かべる。
「よし。準備完了じゃ」
 何の準備だろう。と考える間に手を引かれ、また参道を抜ける。あまりの速さに、肩に張り付いていたパンダがみゃ、と悲鳴を上げてまたしがみついた。参道を横切り、少し奥まった所にくみ上げられたやぐらの前で、鈴が止まる。改めて辺りを見回した笑也は、思わずぎょっとした。周り中、妖怪だらけだ。
「ここで力比べをしておってのう」
 鈴が言った。見上げると、確かにやぐらの上では大きな毛むくじゃらの何かと、小さな緑色の影、多分河童と思われる二人(?)が組み合っていた。やがて、河童の方が投げ出され、宙を舞って落ちて来る。仲間らしき河童たちがわらわらと寄り集まってきて、それを受け止めた。おお、と観客がどよめく。行司なのだろうか、一本足の唐傘がぴょんぴょんと前に出てきて、何事か叫んだ。どうやら次の対戦者を探しているらしい。嫌な予感が胸を過ぎり、すぐに的中した。鈴が両手を挙げて、
「ここじゃ!こやつがやるぞ!」
 と叫んだのだ。事もあろうに、妖怪と力比べなぞ。これには流石に反論しようと思った笑也だったが、次の鈴の一言で、ぐっと押し黙った。
「怖いか?勝てぬか?見ればわかる、おぬしも少しは心得があろうに。まあ、怖気づいたならば無理強いはせぬ。以前来た娘は、見事、勝ち進んだがのう…」
 後半はともかく、前半の台詞は無視できない。妖魅相手に怯んだなどと思われるのは心外だった。観客たちが息を潜めて事の成り行きを見守る中、笑也は貼り付いた陽陽を引き剥がして鈴に預けると、何も言わずにやぐらを登り始めた。途端に、歓声が上がる。やぐらに登りきると、毛むくじゃらがこちらに向かってぎろりと大きな目を開いた。一瞬、浄化してしまいたい衝動にかられつつもそれを押さえ、笑也は構えた。行司が甲高い声を上げる。毛むくじゃらが突進してくる。それを受け止めつつ、投げようとしたが流石に相手が大きい。転がすのが精一杯、と思ったのだが。笑也の予想に反して、毛むくじゃらは軽々と持ち上がり、あっという間にやぐらの外に放り出されてしまった。どう言う事だ?驚いて下を見下ろすと、鈴が大丈夫、と言うように笑った。その笑みを見て、合点が行った。あのお好み焼きだ。
「あれは百人力のお好み焼き、と言うてのう、一時ではあるものの、食べれば普段の百倍の力を得るのだそうじゃ」
 と、鈴が教えてくれたのは、笑也が一つ二つと勝ち進み、とうとう今宵の勝者として贈り物まで貰ってしまった後の事だった。笑也に挑んできたのは、結局の所あの毛むくじゃらの一族で、一族郎党のされた彼らは笑也を称え、勝者への祝福として横笛をくれた。見た目に合わない繊細な品に、首を傾げていた笑也だったが、品の由来を聞いて、また顔を強張らせた。それは昔、彼らを祓おうとした術者の持ち物だった。音曲を使い、相手を縛する力を持っていたのだそうだが、彼らには叶わず、食われてしまった。肉体は食ったが、笛だけは折ろうとしても折れず、火にくべても燃えない。仕方なくそのまま受け継がれてきた物なのだそうだ。
「無理もなかろ、この笛はそこいらのアヤカシどもの手に負える代物ではない」
 鈴の言う通りだった。手にした時、笑也にはすぐに分かった。この笛は力を持っている。それも聖なるモノに属する力だ。
「少々血生臭い由来はあるが、おぬしが手にするには良い品と思うぞ」
 鈴が言い、腕にしがみついていたパンダも、みゃ、と鳴いた。と、その時。笛の音が、どこからともなく聞えてきた。それに続くようにして、鼓が楽しげな拍子を取る。何だろうと見回すと、芳しい香りと共に、白や紅の花が降って来た。見上げた空に、鳥とは見えない影が過ぎる。その正体に気づいた時、笑也は微かに息を呑んだ。天女だ。
「ああ、舞が始まるのう」
 舞、と聞いて、また身体に緊張が走る。だがそれは、妖魅を警戒してのものとは違った。騒いだのは、能楽師としての血だ。そうしている間にも、天女は一人二人と増え、円を描いて舞い始めた。本物の天人の舞だ。引き込まれるように見ていた笑也だったが、彼らの輪の中に知った顔を見つけたのには密かに驚いた。義妹のように見えたからだ。遠目では確かな事は言えないが、天女たちの中に混じっても、彼女の輝きは損なわれては居らず、それどころか、更に増してゆくようにすら思えた。
「ほう…。人の子が。良き舞い手じゃのう」
 同じように空を見上げていた鈴が呟く。
「知り合いか?」
 と聞く彼女には答えずに、笑也は来た道を戻り始めた。
「帰るか…。それもよかろうが。聞き忘れた事がある」
 鈴の言葉に、一瞬、立ち止まる。振り向くと、鈴がにっと笑った。
「おぬしの名を、聞き忘れておった」
 そういえば、まだ名乗っていない事に今更ながら気づいて、笑也は少し、頭を下げて、
「氷川…笑也」
 とだけ、言った。そうか、と鈴が頷く。再び歩き出した笑也の背に、鈴が
「気をつけて帰られよ、笑也どの!間違うても、そこいらのアヤカシを調伏なぞするでないぞ!」
 と要らぬ事を言った。無論、返事はしない。結界を抜けて街に戻ると、月が出ていた。腕にしがみついたままのパンダを見て、家族が何と言うかはとりあえず考えない事にして、笑也は一人、薄曇りの空に上がった月を見上げた。誘うような笛の音が、まだどこかから聞えてくる。

<笛の音誘えば 終わり>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2268/ 氷川 笑也(ひかわ・しょうや) / 男性 / 17歳 / 高校生・能楽師】

<登場NPC>
天鈴(あまね・すず)


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■         ライター通信          ■
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氷川 笑也様

ゲーノベでは初のご参加、ありがとうございました。ライターのむささびです。先に納品させていただきました、妹さんの氷川かなめ嬢のノベルは対と言うか、ほんの少しリンクして、と言うご発注にそえていると良いのですが。まほろの社は、氷川神社とは随分と違う社ではありましたが、お楽しみいただけたでしょうか。陽陽はアイテムに入れにくいようなので、『寝床』の方を登録させていただいております。既に笑也様の記憶がきっちり登録されてしまっておりますので、捨てても何しても戻ってきます。パンダと一緒に。観念してお傍に置いてやって下さいませ。それから、毛むくじゃらの妖怪から得た笛も、お持ちいただいております。いつの日かお役に立つ日があると良いのですが。 それではまた、お会い出来る事を願いつつ。

むささび。