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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


迎えに来た花嫁

 オープニング

 始まりは、夢だと男は言った。
 真っ白なウェディングドレスを来た女がやって来て、自分の手を引いてバージンロードを歩くのだ。自分の手を強く握り、引っ張る女の手は長いベールに隠れて見えず、反対の手にはピンクのリボンで飾ったブーケがある。かなり強い力で、振りほどくことが出来ない。一体誰なんだと尋ねると、女が振り返る。しかし、顔もまた、ベールで隠れて見えない。ただ、約束通り結婚するのだと言った。
「その夢を見たのは、確か8月の半ばだったと思います。それから、子供のピアノの発表会があって……。えぇと、発表会が8月28日ですね」
 長女のピアノの発表会には家族で出掛けた。ピンクのワンピースを着た可愛い娘が一生懸命練習した曲を聞き終えた後、そのまま家族で買い物に行き、夕食を外で食べて帰宅すると、奇妙なことが起きていた。
 最初に異変に気付いたのは妻の方だった。台所から悲鳴が上がり、ゴキブリでも出たのかと見に行くと、妻は奇妙な顔でテーブルを指差す。
「テーブルには何枚かの皿が並んでいました。あと、茶碗だのコップだの。ただ、その食器の上にのっている料理が、全部、泥なんです。泥とか草とか……ほら、子供がよくママゴトなんかするでしょう?あんな感じの泥団子だの草花のサラダだの……」
 家中の鍵と言う鍵を確認し、盗まれたものがないか、通帳や印鑑、それなりに金目のものやへそくりを調べたが、そう言ったものには全く手を触れた形跡がない。子供の悪戯を疑ったが、出掛ける前に部屋が綺麗だったことは確かだし、その日一日、長男長女ともに一緒に行動した。途中で家に帰ることなど不可能だ。すぐに警察に連絡したが、何の被害も手がかりもなく、向こうも首を捻るばかりだ。
「その日からずっと、誰かが家の中にいる気がしてならないんです。うちは妻と子供2人の4人家族ですが、もう1人誰かがいるような気がするんです。気味が悪いし、もし何かあってからでは遅いと思い、妻と子供達はしばらく実家に帰らせました。それが8月31日」
 翌日、9月1日に男が帰宅すると、テーブルには再び泥の料理が並んでいた。
「それからずっと、毎日、夕飯が用意されているんです。片付けも大変だし、何より、気持ちが悪いですよ。本当に、確かに鍵はかけてあるんです。隣近所の人たちとは仲良くしていますから、こんな嫌がらせをするとは考えられませんし、ずっと感じる人の気配も気になって……。ここは、普通の浮気調査ばかりじゃなく、こう言った奇妙な事件も解決して下さると聞いたものですから……」
 妻や子供達をずっと実家に帰らせておくわけにもいかず、まだ購入して数年しか過ぎていないマンションを手放す気にもなれず……と、男は溜息を付く。
「夢の方はどうです?その後も見ますか?」
 草間の問いに、男は頷く。
「一度、見ました。しかし本当に全く覚えがないんです。妻とは6年前に結婚しました。それ以前に付き合った女性はいますが、結婚を約束したなんてことはありません」
 ふむ、と草間は先に受け取った名刺を見る。
 男の名は、大木 実。草間も何度か前を通ったことのある大きな会社の社員だ。外見はそこそこに良く、人の良さそうな物腰を好む女性もいるだろう。ストーカーと言う線もありだろうか……。
「ここに、自宅の電話番号と緊急連絡先を書いて下さい。すぐに手配して連絡しましょう」
 こんな依頼ばかり持ってこられるのは迷惑だが、浮気調査よりはマシだ。草間はにこりと笑ってメモ帳を差し出した。

**********

 仕事の都合上、調査は土日が良いと言い残した大木のため、草間は次の土日に働いてくれそうな人材に電話を掛けて調査を頼んだのだが……、その結果に、暫し頭を抱えていた。
「ダイジョーブダイジョーブッ!俺達だけでジューブン!」
 そう言って、麦茶を一気に飲み干す梅成功と、その左右に腰掛けた兄と姉である黒龍と蝶蘭に、草間は更に頭を抱える。
 夏休みも終わり、学校も始まっているだろうに、何だって土日に暇をもて持て余しているのが現役中学生であるこの三つ子なのだろうか。これまでにも何度か調査を頼んだことがあり、信頼をおけることは確かでそれなりに力も才能もあるのだが……、どうもこの3人だけに任せるのは心許ない。
「そんなに難しそうな依頼でもなし、夜遅くになって成功が寝てしまわなければ、全く問題ない。……と、思う。むしろボクだけで十分」
 と、僅かにずれた眼鏡を押し上げる黒龍。
「……こう言う二人にブレーキをかける私がついていますから、大丈夫ですよ、本当に」
 肩を竦めて溜息を付いてみせる蝶蘭。
 そんなおまえ達だからこそ心配なんだ、とは言わず、草間は3人の向かいに腰掛けた伏見夜刀に目をやった。
「こう言う3人と一緒なんだが……、構わないか」
 こう言う3人ってどう言う意味だ、と成功が不満そうな声を上げた。
 夜刀は少し笑ってから頷く。
「……その子達が良ければ、僕は構いませんよ。でも……何だか、引率の先生と言う感じですねぇ」
 後半は草間の耳元で囁いたのだが、3人にはしっかり聞こえていた模様。大人にはなりきれず、子供でもいられない15歳と言う微妙なお年頃の3人は少々むっとした様子を見せたが、構わず草間は「頼む」と夜刀に手を合わせた。とは言え、魔術師見習いである彼は草間の手伝いをした経験が少なく、黙々と単独で作業をするタイプなので、3人を任せるには少しばかり不安が残る。
それでも、依頼は受けたし調査はしなければならないのだから仕方がない。まぁどうにかなるだろうと、詳しい説明を始めようとした時、こちらの会話に耳を傾けながら自分の机でせっせと仕事に励んでいたシュライン・エマが立ち上がり、ドアを開けた。
「おや、自動ドアですね。どうもありがとう」
 と、にこりと微笑んで杖をつきながら入ってくる男。
「来てくれたのか」
 草間は思わず嬉しそうな声をあげた。
「ええ、思ったよりも早く用事が終わりましたので」
 そう言って、セレスティ・カーニンガムは夜刀の横に腰を下ろし、シュラインが差し出す麦茶のグラスを受け取った。
 草間に調査を頼まれた時点では用があり、無理だろうと言っていたのだが、思いのほか早く片付いたのでその足で興信所に来たらしい。
「今回は、こちらの方々とご一緒ですか?」
 セレスティは草間の方に顔を向けた。
 そう、と頷いて、草間は4人の名前を挙げる。
「そうですか、では、宜しくお願いします」
 セレスティが頭を下げると、4人も慌てて頭を下げた。流石、725歳の貫禄。
「私も一緒にやるわよ」
 シュラインが言い、え、と草間は首を傾げた。
「だって、書類の整理終わったもの。他に用がないなら、やるわよ」
 シュラインには書類の整理を頼んでいた。それも、草間が机の上やら引き出しの奥やら、適当に放置してかなり前のものから最近のものまで、ぐちゃぐちゃのごちゃごちゃで、コーヒーのしみまであるようなものだった。それを、シュラインはあっと言う間に整理してしまったと言う。流石としか言いようがない。もし、いよいよ愛想をつかして辞められてしまったら、公私共に一人でやっていく自信は、草間にはない。しかしそんなことは今ここで5人を目の前に言わなくても良い。
「じゃ、説明しようか」
 温くなった麦茶を一口飲んで、草間は手元の書類に目を落とした。


 大木実は現在38歳。妻は合コンで知り合ったOLで35歳。現在は専業主婦で、2人の子供の世話と家事に明け暮れている。子供は長男が5歳、長女が4歳。
 仕事上の問題はなく、家族間のトラブルも親兄弟、近隣の間のトラブルもない。日曜には買い物やドライブに出かけ、子供達の発表会にはカメラを持って向かう、極々一般的な家庭だ。
「料理内容が子供のようね」
 草間から依頼内容を聞き終えると、すぐにシュラインが口を開いた。
 並べられた本物の食器に、泥や草花の料理となれば、まず思いつくのは大木の言う通り、子供のママゴトだ。
「子供時代に遊びで結婚の約束をした女の子がいて、今になって約束を果たそうと現れた、と言うのがよくある話ですね。その女の子は事故か何かで亡くなっていて、とか」
「そうですね。幼いながらもその時は本気で好きだと思いますが、いつの間にか成長するにつれて世界は広がり、いつしか別の出会いをして幼い時の約束を忘れて仕舞う事はあるとおもいます。お会いしたときに確認してみると良いですね」
 蝶蘭の言葉にセレスティも頷く。
「先ずは、マンションの土地やその部屋に因縁のようなものがないか調べてみるのも良いと思いますよ。……夢を見たのが最近という事ですから、夏に関わるのかも知れませんし……」
「じゃ、まずは大木の家に行ってみないとだな」
 夜刀が言うと、成功は何故か指を鳴らしながら笑う。とても張り切っているように見えた。
「家の中に誰かもう1人いる感じがするって言ってたな。用意するのは夕食……、じゃ、あとの時間は何をしているんだろうな?」
 ふと、黒龍が口を開く。
「そうねぇ……。大木さんはその夕食が用意されてるところを見てるわけじゃないのよね。毎晩用意されていると言うけれど、人がいても同じなのかしら……?」
 大木は現在、仕事を終えると妻の実家に向かい、そこで夕食を取ってからマンションに寝に戻るのだと言っていた。
「……今日は大木さんにも家に居て頂いて、泥の夕飯がどのように準備されるのか見てみましょう。もしかしたら、姿が見えるかも知れません」
 言いながら、夜刀は泥が何処から運ばれてくるのか、とても気になった。丸められたり盛られたりした泥がぽこんと姿を現すのだろうか、それとも、家の中にいると言う犯人らしき気配が泥を丸めて「料理」するのだろうか……。
「気配がするって言うんだから何かいることは確かだ。行って、そいつを捕まえて話を聞いて、大木なりそいつなりに理解させれば解決だ。謎をそのままにしておくと、目覚めが悪いからな、しっかり解決するぞ」
 黒龍の言葉に、6人のやりとりを聞いていた草間が、「そろそろ時間だ」と、お大木との約束の時間が近づいたことを知らせる。
「それじゃ、行きましょうか。頑張りましょうね、皆さん」
 蝶蘭はセレスティと夜刀、シュラインに言ってから成功と黒龍を振り返る。
「黒龍、成功、お願いだから暴走はしないでね」
 2人は揃って舌を出して見せた。

 
 大木宅は高級感溢れるマンションの1室だった。
「……セレブですねぇ」
 と、思わず夜刀が呟くと、酷く大きく響いた。
「どうも、お世話になります。この度は宜しくお願い致します」
 玄関を開けた大木はそう挨拶したが、まさか6人もぞろぞろやってくるとは思っていなかったのだろう、しかもその中の3人が子供であることに明らかに驚き、ちょっと不安気な顔をした。
「昨夜はどうでしたか?やはり泥の夕食が用意されて?」
 いそいそとお茶を用意する大木にシュラインが尋ねると、彼は頷いて泥を捨ててあるナイロン袋を6人に見せた。泥自体には何の変哲もない。
「泥の夕食が用意される時間帯は決まっているのでしょうか?」
 セレスティの問いに、大木は暫し考えてから首を傾げる。
「私が妻の実家に寄ってから帰宅するのは大体9時頃です。その時には用意されていますが……、それより早く帰宅することがないので、何時から何時の間に用意されると言うのは、分かりません」
「気配を感じるって言ってたけど、それは今も?どの辺りに感じるとか、そう言うのは?」
「台所以外にそいつが手を触れていると感じるところは?例えば、洗濯物とか、掃除とか」
 成功と黒龍の問いにも大木は少し首を傾げた。
 気配は常に感じているが、「今はここにいる」とはっきり感じるわけではないのだそうだ。何となく、空気よりもやや思い存在……言うならば、何処からか入り込んで確かにいるのだが、なかなか姿をとらえることの出来ない蚊か何かのような感じ。見張られていると言うわけでもなく、ずっと付いて回っていると言うわけでもない。また、台所以外の場所に触れたと言う感じは受けない。
「その気配を、どう感じますか?勿論、怖いし気持ち悪いとは思いますが、こうして自宅にいらっしゃると言うことは、身の危険を感じるわけではないのですよね?空気か蚊のような感じと仰るんですから、割と自然な雰囲気なのでしょうか?」
 大木が差し出したコーヒーカップを受け取りながら、蝶蘭が尋ねる。
「自然……、ですか?言われてみればそうかも知れません。怖い、気持ち悪いと言う思いでいると、その思いの方が強くなってしまいますが、今こうして皆さんと一緒にいると、なんでもないことのように感じますね。皆さんと同じようにお客さんであると言うか……。ああ、そうだ、子供に似ています。友人を招いて大人同士で盛り上がっているときに、自分の部屋やその辺で遊んでいる子供の気配とでも言うか……」
 やはり子供なのか、と6人は思う。
「……失礼ですが、この周辺で小さなお子さん……そうですね、女の子が亡くなったと言う話はありませんか?最近でなくても、大木さんがこちらに来られる前でも……」
 夜刀が尋ねると、昨年隣の夫婦の子供が病気で亡くなったが、それは男の子であり、それ以外には聞いた事がないと大木は答える。マンションの住人の中で子供を失ったのはその夫婦だけであり、マンション周辺のことについては分からないと言う。
「夢を見るって言うんだから、本人に何かしらあるってことじゃないか?」
 成功が言うと、夜刀は微笑んで、「念の為、聞いてみたのですよ」と答える。
「一応、魔力的なものが作用していないか確認したいので、……後でお部屋を全て見せて頂けますか?」
 夜刀が最も案ずるのは、無防備で鋭い感性を持つ2人の子供だ。離れて暮らしているとは言え、何か影響が出てからでは遅い。
「そうね、場合によってはお子さん達からも話を聞いた方が良いかも知れないわね。これは、ここに来る前に話していたことなんですが、大木さんが子供の頃、誰かと結婚の約束をしたりしませんでしたか?ままごとや遊びで、大人になったら結婚しようねと言ったようなことは?」
「子供の頃にそう言った約束をしていながら、成人する前に亡くなってしまい、今になって約束を果たそうとしているのではないかと思うのですが。もしお持ちでしたら、子供の頃のアルバムや学校の卒業アルバムなどを拝見させて頂けませんか?」
 シュラインとセレスティに言われて、大木は1冊のアルバムを取り出してきた。
「子供の頃のは殆ど実家に置いてあるんです。これしか今は……」
「失礼します」
 言って、蝶蘭がページを捲る。
 やや黄ばんだ写真の中に、はっきりを面影を残す大木の姿があった。


「わー、今と同じ顔」
 思わず言った成功の頭を軽く叩いて、蝶蘭はページを捲る。
「この子供達は?」
 5〜6人の子供達が映った写真を指差して黒龍が尋ねると、親戚の子供達だと大木は答えた。3人の女の子の姿があり、その子たちとよく遊んだりしたかと尋ねると、殆ど遊んだ記憶がないと答えた。
「男の子は男の子だけで遊んでいましたね。ホラ、この子。この子が女の子を束ねていて」
 大木は一番背の高い少女を指差す。生意気で、何時も自分の兄弟や従兄達を馬鹿にしていたので、殆ど口を利いた記憶もないと言う。
「……男の子と遊ぶ方が多かったですか?」
 見れば、野球をしたり自転車に乗ったりしている写真ばかりだ。制服を着て級友たちとふざけている写真、家族で澄ましてポーズを取っている写真……。次々とページを捲り、とうとう最後のページになったとき、「あ、」とシュラインが声を上げた。
「これは?」
1枚だけ、大木と幼い少女が2人で映っている写真があった。大木は黒の学生服、少女は白い布を頭からヴェールのように被っている。
「ああ、」
ふと、大木の顔に微笑が浮かぶ。
「妹です、8歳下の。この時、私は12歳でした。妹は4歳ですね。最後の写真ですよ……、このすぐあと、事故で亡くなったので」
「亡くなったのですか?それは可哀想に……」
 セレスティの目には写真の少女は映らないが、大木の雰囲気から仲が良かったのだと分かる。
「……もしかして、妹さんが生きていたころに、大きくなったら結婚しようねと言いませんでしたか?」
 夜刀が尋ねると、大木は少し笑った。
「妹とですか?結婚できないでしょう?」
「結婚出来る出来ないは関係ないんです。小さな女の子はお嫁さんに憧れて、身近にいる男の子に結婚しようと言うものでしょう?大木さんのお嬢さん、大きくなったらパパと結婚するの、と言いませんか?」
 シュラインに言われて、大木は思い当たったらしい。確かに、娘はシュラインの言った通りの科白を言っている。可愛いものだと、親として嬉しく思っているが、自分が子供の頃、あの小さな妹が同じことを自分に言っただろうか。
「妹さんが生きていたら、今年30歳ですよね。ちょっと、遅いかしら?」
 あまり人に話したくないことだが、自分も幼い頃、父親に結婚を申し込んだ記憶のある蝶蘭が口を開く。
「どうして今なんだろうな?大人って言うなら、成人すりゃ大人だけど」
 なぁ?と、成功は黒龍を見る。黒龍は、何故自分に話を振るんだと言うように顔をしかめ、少しずれた眼鏡を押し上げてから答える。
「30歳って年齢に何か関係があるのか、それとも、何年後に結婚しようって約束したのがたまたま今年だったのか……」
「何か思い出しませんか?」
 セレスティに言われて、「はぁ」と大木は首を捻る。妹が死んで26年。生きていれば思い出話でもして覚えているのかも知れないが……。


 夕方が近くなり、夜刀は室内の調査を始めた。
 台所を始め、トイレ、浴室、夫婦の寝室に子供部屋。大木にも5人にも協力して貰い、大木の知らないもの、変わったものがないかを探して回った。
「なぁ、これは?」
 居間の戸棚の奥に隠すように置いてある茶色い木彫りの人形を取り出して、成功が振り返る。
「あ、それは」
 友人のバリ旅行土産だが、娘が怖がるので隠してあるのだと言う。
「これは?」
 冷蔵庫の裏側から黄ばんだ紙切れを剥がして黒龍が振り返る。
「虫除けだそうですよ。それを貼っておくとゴキブリが出ないんだそうで」
 妻の母が知人に聞いたと言う効果のほどはよく分からないおなじないだ。念の為、夜刀に確認してみると、多分問題はないだろうとのことだ。
「あの、これは?」
 子供部屋からお世辞にも可愛いとは言えない手作り人形を持ってきた蝶蘭。
「娘が幼稚園で作った人形らしいです。不気味ですよねぇ……、娘は気に入ってるみたいですが」
 あれはこれはと細かく、些細なものまで確認し、ベランダや玄関の外周りもチェックしてから、夜刀は言った。
「魔力的なものはないみたいですね。……専門外のところは分かりませんが、取り敢えず、僕の分かる範囲では……。……皆さん、他に何か気になるところはありますか?大木さんも……」
「俺はやっぱり妹が気になるなぁ。26年前、結婚の約束をしなかったかどうか、調べても良いかな?」
 成功は大木の返事を待って、鏡を作り出した。鏡など何に使うつもりなのかと大木は首を傾げたが、成功の作り出す鏡は人の記憶や深層心理を映し出す。
 成功は大木に鏡を向けた。そこに映し出される少年だった大木と、幼い少女。2人は写真の通り、学生服と白いヴェールだった。
『あのねぇ、おおきくなったらねぇ、パパのおよめさんになるの』
『ばーか、パパとは結婚できないんだぞ。他の人と結婚しなくちゃ。でもオマエ、ブスだからムリかもなー』
『およめさんになれないの?じゃあ、おにーちゃんのおよめさんになる!』
『だから、ムリだってば』
 幼いやりとりだった。大木はぽかんと口を開いたまま、子供だった自分の姿を見ている。
「こんなやりとりがあったこと、思い出しませんか?」
 セレスティの言葉で、大木の顔に笑顔が広がる。
「ありました……、思い出しました……」
 他愛のない会話のつもりだった。親や兄弟とは結婚出来ないのだと、小さな妹にわからせるつもりだった。ところが、大好きな父親とも兄とも結婚出来ないと言われた妹は、この後、泣き出してしまった。冗談で言ったブスと言う言葉も、幼いながらも少女であった妹を傷つけてしまったらしい。
 そこで仕方なく、こう言った。
『じゃあ、オマエが30歳になって結婚してなかったら、にーちゃんと結婚しよう』
 泣きやませるためだけに口にした言葉。30と言う年齢も、意図があったわけではない。
「まさか、あの言葉を信じて……?」
 物事の判断のつかない幼い内に亡くなってしまった少女。兄との約束を本気で信じていた可能性はある。そう言われて、大木は深い溜息を付いた。
 気が付けば、自分の娘が妹と同じ年齢になっている。実家では孫の話題こそ上るが、妹の話など出なくなって久しい。今になって、こんな形で現れるとは思いもよらなかった。


午後5時を過ぎ、黒龍を除いた6人は居間から台所を覗き込んでいた。黒龍はケフェウス座を作り姿を消し、台所の椅子に座っている。妹であろうと仮定している対象が姿を現せば、逃げたり隠れたりする前にアンドロメダ座で作った鎖で捕らえるつもりだ。
「もし本当に妹さんだったらどうします?」
 蝶蘭の問いに、大木は困ったように笑った。約束通り結婚することは出来ないのだから、きちんと話をしてどうにか分かって貰うしかない。
「子供って、素直なものよね。決して悪気があってきたわけじゃないと思うの……。だから、なるべく優しく教えて分からせてあげて頂戴ね。泥の料理だって、悪戯と言うわけではないんだもの」
 シュラインの言葉に頷く。
その時、小さな歌声が聞こえた。台所の床にペタンと座り込み、黄色いバケツの中の泥をこねている少女。背中あたりまで伸びた髪をピンクのリボンで結び、薄いオレンジのワンピースを着ている。
小さな手に泥を取り、ぺたぺたと丸めて床に並べた。小さな子猫が迷子になって、家に帰れなくて困ったなと言った内容の歌を可愛い声で歌いながら立ち上がり、食器棚から1枚皿を取り出し、テーブルに置く。おもちゃのザルに入れた草花を盛り付け、その上に泥団子を並べ、とても楽しそうに夕食を作っている。
 この少女には何の罪もない。けれど、このままここに留まらせるわけにはいかない。黒龍は予定通り、アンドロメダ座で作った鎖で少女を捕らえる。
 突然の出来事に驚き、泣き出す少女。すぐに大木が台所に飛び込んできた。
 少女は見知らぬ男女の中に大木の姿を見つけると、泥で黒くなった手を伸ばして助けを求める。
「おにぃちゃ〜ん。おむかえにきたのに〜」
 恐怖に零れる涙を見ると、黒龍は自分がとても意地悪をしているような気になった。大木に頼まれて、すぐに鎖の戒めを解く。
「すみません、」
 黒龍に一言謝ってから、大木は幼い妹を自分の両手で包み込んだ。
「いつも夕飯、ありがとう」
 6人が見守る中、大木はそう言って妹の頭を撫でた。思えば、妹はこんなに小さかったのだ。今の自分の娘とそっくりで、とても可愛らしかった。およめさんになるんだと言って、シーツやバスタオルをしょっちゅう頭に被った。
 ままごとのお父さん役をしろと、学校から帰るなり庭に引っ張られることがあった。泥団子をぐちゃぐちゃに潰すと泣いて、指先で食べる振りをすると喜んだ。
 妹が生まれた日のことも、一緒にお風呂に入ったことも覚えている。なのに、長いこと忘れてしまっていた。妹の存在自体が、生活から消え去っていた。
「ごめんな……」
 

 長い説明は要らなかった。理由を説明して、自分はもう大人で、お嫁さんと子供がいるのだと話すと、妹は分かったと頷いて消えてしまった。
「聞き分けの良い妹さんでしたね」
 セレスティの言葉に大木は微笑む。
 きっと、結婚の約束などどうでも良かったのだろう。どうでも良くはないにしても、兄の元に現れるきっかけにすぎなかった。
「寂しかったんだと思います。最近じゃ、実家に帰っても仏壇に手を合わせることがなかった……。私も両親も妹がいないことが当たり前になっていて、自分の子供のことばかりに気を取られていましたから」
「……でも、それは仕方のないことです……、亡くなって26年も過ぎているのですから……」
 夜刀の言葉にシュラインも頷く。
「あなたもご両親も、ずっと死に囚われているわけにはいかないものね」
「ええ、でもこれは良い機会でした」
 これからはきちんと仏壇に手を合わせるつもりだと大木は言う。
「妹さんが迎えに来たと言ったときは、ちょっとドキッとしました。思いが強いと、本当につれて行かれてしまう場合もあるし……」
 ね、と蝶蘭が黒龍と成功を振り返る。
「まぁ、その時はボクのアンドロメダ座を解かなかったけど」
「そうそう、その時はその時でどーにかなったけど」
 大木は少年少女のやりとりに笑みを浮かべつつ、言った。
「そう言えば、うちの子供達に叔母の存在を教えていませんでしたよ。明日にでも早速実家に連れて行きます。今日は、皆さん本当にお世話になりました……、来て頂けなかったら、こうして妹と話すことも約束を思い出すことも出来なかったでしょう。有り難う御座います」
 約束通り、1週間以内に料金を振り込むと言う話を聞いてから6人は大木宅を後にした。
「なぁなぁ、子供の頃、やっぱり親父とかと結婚約束した?」
 蝶蘭とシュラインに尋ねる成功。
 蝶蘭とシュラインは顔を見合わせてから答えた。
「内緒!」
「内緒よ」




end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ    /女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3507/梅・成功        /男/15/中学生
5653/伏見・夜刀       /男/19/魔術師見習、兼、助手
3506/梅・黒龍        /男/15/中学生
3505/梅・蝶蘭        /女/15/中学生
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い
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■         ライター通信          ■
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