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<東京怪談・PCゲームノベル>


■茶々さん裏道に入る■



「……いや、こっちには来てないな……ああ」
 びりびりと鼓膜を震わせる電話のベル。続いたのは億劫そうな草間の声。
 聞くともなく聞いていると、依頼ではないらしい事が知れる。二言三言交わす間に、草間の表情が幾分気遣わしげな色を乗せるのに少し興味を引かれた。
「そうだな。此処に来る以外だと危ないんだったか?」
 とんとんと指先が机を叩くのは、草間に限らずよく見る仕草だ。ただ、それを「じゃあな」と受話器を盛大な音で置いた後にも彼が続けるのは珍しかった。
「お兄さん?」
「何か、あったんですか?」
 零に続けて紫桜も声を上げたのは、幾度となく手伝いだとかをした習慣とでも言うべきか。
 ふと目を上げた先に居た、と言わんばかりの表情で草間は彼を眺めてからようやく口元の煙草を揺らして笑った。
「茶々さんが居なくなったそうだ」
「茶々さんが?」
「ああ。此処に来る予定でも無かっただろ?」
「はい」
「それがふっと出かけて戻らないらしい――ちょっと、頼まれてくれるか」
 誰の話だろう、と零に答える草間を眺めていた櫻紫桜。
 草間の言葉は、その最後の部分については彼に向けられたものだった。


** *** *


 小さな巾着がカサカサと音を立てる。
 中には『茶々さん』が好きなミルク……は無理なのでミルク飴やマシュマロ、ミニクッキー等が小分包装で放り込まれているのだ。それを片手で大事な物のように包みこんで紫桜は通りを歩いていた。
 五つ六つの小さめの子供で、赤毛。あまり話さない。
 特徴としては弱い。むしろ特徴なぞ無いに等しい。しかも話さないとあっては道行く人々とも関わっていない可能性がある。
 それでも律儀に住居周辺から聞き込みを続けて範囲を広げていくのは、他に情報が入って来ない事と、あるいは誰かが目に留める事もあると思うからだ。赤毛の小さな女の子。紫桜ならばなんとなく記憶に留める。
 その成果は地道に現れた。
『ちょっと中覗いて出て行っちゃった――うん。おっきな目で可愛かったわよ』
『あー……なんか足元で見上げて来たからティッシュ渡したな』
『乳製品のコーナーずっと見てたよ』
『箒引っ張り出してじっくり眺めて――投げ捨てられた!』
 一度手に入れれば、後は糸を手繰るように簡単に情報が連続する。
 少しずつ少しずつ、大通りを逸れていった。
『変な感じの二人組が通って、それ追いかけてたのかなあ』
 先程聞いた言葉と併せて、微かな不安を抱かせる。
 そんな場面を見て何もしないというのに紫桜は内心で眉をひそめながら礼を言ったのだが、その後の彼の足取りはそれより前に比べて歩幅も大きく速い。けして安全な街ではないのだから心配も当然だった。
「茶々さん?」
 時々声を上げて周囲を見回すのを何度繰り返しただろうか。
 車道を挟んだ向こう側から嫌な感じの声が耳に届いた。車が通っていれば聞き逃した声だったが、もしかしたら紫桜の日頃の行いのよさが彼に茶々さんを発見させたのではあるまいか。
 ――別に紫桜がそう考えたりはしないのだけれど。
 小走りに車道を横切ってそちらへ向かう。そうしてひょいと覗いた裏通り。
「どっからついてきてたんだァ?」
「オレが知るかよ」
 見るからに裏街道な人生の(ただし下っ端だ)男二人。その手前に小さな後姿があって、赤毛の。
「茶々さん」
 振り返った大きな瞳は金色。ビンゴ!
 その幼子特有の潤んだ目に、なるほど可愛い子供だと何人目だったかの情報を思い出した。

 さて、茶々さんと遭遇したからと言ってそうそう回収も出来ないようだと気付くまで、さして時間はかからない。
 というかすぐに回収出来る筈だったのだ。
「すいません。迷子で……茶々さん、草間さんから頼まれて迎えに来たよ」
 意識して親しげに話しかければ、ことりと首を傾げて小さな声で草間と言うのに頷いて。
「二人とも心配してるから、ね」
 小さい子だから、と膝をついて同じ目線で話していたのを立ち上がり、手を伸ばす。
 馴染みの無い幼い手になんとはなし緊張していたのだが、そこで男達が割って入ったのである。
「草間って言ったよな今」
「てめェら草間武彦の知り合いか」
「……いえ、知り合いというか」
 時々なにか仕事を手伝うというか巻き込まれるというか騒ぎを起こされるというか、なんて言える筈もなく曖昧に誤魔化しても結局それで充分なわけで。
 いやらしい笑いを浮かべて頷きあう男達は非常に判りやすかった。
「アイツにはオレら結構世話になっててなぁ」
 それはどういう世話なのか簡単に想像出来ます。
「お礼したいわけだ」
 そのお礼もどういうものか簡単に予測出来ます。
「アンタが変わりに受け取ってくれるよなァ?」
「遠慮します。俺はこの子を探していただけなので」
「待てよ」
「失礼します。茶々さん行こう」
「待てって!」
 小さな身体をそっと促して先に通りへ出す。その紫桜の肩に男の手がかけられた。嘆息して振り返りざま、茶々さんが驚いたように自分を見ているのに気付いて、ちょっとだけ微笑んで。
 男達に向き直った時には厳しい瞳。
「草間さんに用があるなら直接どうぞ。俺は伝言位しか出来ませんから」
「いいから」
 最後まで言わせず、肩に手を伸ばしていた男のその腕を払うと自分の腕を伸ばした。
 絡むように伸びた前腕が相手の肘上を捕らえてそのまま軋みを聞く。息を詰めた男を見据えて、更にもう一人からも茶々さんを庇うように立って宣告。
「あまり動くと、はずれますよ」
「ったぁ!」
 あえて腕に力を入れてみせれば情けない声が上がる。
 自由な筈の男も、紫桜が連れの腕を捕らえて関節を極めるまでの流れに萎縮したのか、動かない。
 根性の無い事だ、と僅かばかり呆れた。だが今はその方が都合がいいだろう。
「俺は、この子を探しに来ただけです。帰っていいですか?」
 再度告げて、わざとらしく許可を求める。男達は何度も頷き、紫桜が腕を放すと途端に距離を取った。
 別に喧嘩を仕掛けるつもりは毛頭無いのだ。茶々さんが見上げるのをそっと撫でて、一緒に裏道に背を向ける。
 去り際に振り返って一言。
「草間さんに、伝言はいりますか?」
 無論、男達は左右に首を振ったわけである。


** *** *


「俺は、櫻紫桜です」
 車道を挟んで、丁度紫桜が声を聞いた辺りに渡ると茶々さんを歩道の隅に促した。
 さほど通行の邪魔にならない事を確認して、茶々さんの前に膝をつく。
「草間興信所に、茶々さんのマンションの人から連絡が来て頼まれました」
 ゆっくり、聞き取りやすいようにはっきりと、怯えないように穏やかに。
 ついでに言うなら彼らしく小さな子供にも丁寧に。
 とにかく紫桜も滅多に接触の無い小さな子供だ。少しばかり緊張しながら話しかけているのを、彼自身は気付いていないが通り過ぎる人が微笑ましげに見ている。
「ええと……」
 大きな金色の目がずっと紫桜を見つめているのだけれど、これといった反応が無い。
 困ったな、とひとりごちそこで手元の巾着に目を留めた。関節を極めるのに片腕で済ませたのはそういえばこの巾着を持っていたからだ。少し口を緩めて茶々さんに差し出す。
「これ、零さんから預かって来たんです。茶々さんが好きな物だからって」
「零」
「はい。おやつ、どうぞ」
「おやつ」
 ぽつぽつと声を出したのに嬉しくて微笑めば、これもまた道行く人々が微笑ましいと見守っている。
 巾着の中を覗き込んで嬉しそうに茶々さんも笑う。小さな手に巾着ごと渡すとまた笑った。
 連絡を、茶々さんがお菓子を頬張る隣で草間経由でマンション住人へ。なにはともあれ見つかって良かった、と電話越しに言うのを聞いてから通話を終える。それを茶々さんはじっと見ていた。
「そういえば、どうして茶々さんはこんな所まで?」
「ついてきたです」
「ああ、あの二人ですね」
 そうして道すがら、茶々さんと手を繋いで多少の気恥ずかしさを覚えながらの会話。
 茶々さんは年よりもまだ小柄なようで、歩く速度は随分とゆっくりだ。
「そうじゃなくて、一人でこんな所まで出掛けたのはどうしてかな、と」
「……ほうき」
「ほうき?」
「ほうき、買うです」
 しばし逡巡して返った答えにふと、茶々さんの行方を尋ねた一人の言葉が甦る。
『箒引っ張り出してじっくり眺めて――投げ捨てられた!』
 そうか。そういえばあの店は庭掃除だとか、その手の物が並んでいたな。
「ほうきが朱春にこわされたです」
「新しい箒をそれで?」
 こっくりと頷く茶々さん。
 朱春なる人物は知らないが、つまりそれで茶々さんはこんな所まで箒を探してえんやこらと。
(……あの店の箒は気に入らなかったのか)
 気に入らなくても別に投げたりはしない。
 実を言えば、茶々さんと箒が喧嘩して、それで茶々さんが投げちゃったという訳なのだがそれは紫桜には判らない話。
「前のほうきはお休みなので、ほうきいるです」
「そうなんですか」
「はい」
 またこっくりと頷いて、今度はそのまま手を繋ぐ紫桜をじっと見上げる茶々さん。
 もう片方の小さな手には小さな巾着。紫桜が持つのには小ぶりだったそれは、茶々さんが持つと丁度良かった。
「ほうき、買うです」
(うわ)
 じぃと大きな大きな丸い金色の瞳が、光を映してきらきらと……いやもうそういう話ではなくて、とにかく小さな子供が紫桜をひたすら見上げている姿に、見上げられている当の本人が途方に暮れた。
 何度も言うが、紫桜は小さな子供と関わる事が少ないのだ。身の回りに居ないとなれば、自然接触も無い。それがこんな、別の生物のように小さな子と急に手を繋いで道をほてほて歩いているのだから、そこから何かを訴える瞳に見詰められれば困惑するのも当然なのである。
「あたらしいほうき、いるです」
「…………買、って、帰りましょうか?」
 葛藤の末、紫桜は茶々さんの訴えに負けた。
 連絡は入れたにしても心配しているだろうから、すぐに連れ帰ろうと思っていたのに。思っていたのに。
 ぱぁっと顔を輝かせる茶々さんに微笑み返しながら、紫桜は連絡をもう一度しないと、と吐息していたのである。

 ――さて。
 紫桜が草間兄妹から聞かなかった事がある。
 彼らにとっては当たり前で、言うまでも無かった為に省かれてしまった事なのだが。
 茶々さんは妖精さんである。
 なにがどうなったのか、人間の子供サイズだし、言葉も少なくたどたどしいが、それでも茶々さんは齢百歳は確実に越える妖精さんなのである。分類としては多分ブラウニーのような家屋敷につく善い妖精。
 まずこれで一つ。紫桜は茶々さんが本当の子供だと思ったまま動いたわけで。
 次に、そこから繋がっていく茶々さんの拘り。
 茶々さんは掃除だの洗濯だのをがっつりと、それはもう職人の拘りをもってする。そういう妖精さんだから当然である。
 で、仕事に拘りがある以上、仕事道具にも拘りがあるわけで。

 櫻紫桜が、茶々さんの素性と気質を聞かされたのは何軒も何軒も箒を求めて回るのに付き合わされ、何度も何度も茶々さんが拘りゆえに(紫桜には判らなかったが)箒と喧嘩した挙句にようやく妥協できる一点を見つけ出して購入して帰宅した、日没前の事だった。
「教えておいて貰えれば心構えも違ったんですけど」
「悪ぃ悪ぃ。うっかりしてた」
「なんだか言い忘れちゃいました」
 茶々さんが最後に「よしよし」と手を伸ばして紫桜を撫でたのがご褒美と言えばご褒美か。
 幸運のおまじない。
 なんてことは紫桜自身は知らないままだ。


** *** *


 後日。
 紫桜の元に小さな封筒が届いた。
 ふわふわ柔らかい中身の不確かな封筒に切手は無く、ただ「櫻紫桜様」と。
 警戒しつつも封を切る。出てきたのは包まれた小さな鍵一つと小さな便箋。

『いつもお世話になっております。適当な一室にてお使い下さい――クライン・マンション大家』

 大家って居たんだ、とか。
 何回か関わっただけなんけど、とか。

 しばらく便箋を広げて立ち尽くしていた後、とりあえずその少しばかり古めかしい鍵をしまいこんだ。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5453/櫻紫桜/男性/15/高校生】

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■         ライター通信          ■
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・茶々さん捜索ありがとうございます。ライター珠洲です。
・振り回され方が茶々さんの素性の関係でああなりました。普通のお子様のようにあちこちには行かない代わりに職人の拘りを展開されておりますよ。ライターが小さな子が絡む絵面好きなので、趣味のネタで!
・家賃も多分不要なマンションの鍵が今回贈られました。大家さんヘルプカウントしてたみたいです。不法入居も多いマンションですので、大家公認な紫桜様は好きに一室お使い下さいな。多分変な事起きますけども。