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花舞う蔵
セレスティ・カーニンガムは竹林の中を散策していた。
ステッキを突きながらゆっくりと歩く。
竹林は管理されてているのか、細いがしっかりとした道があった。
それに沿って歩いていると目の前を何かが横切る。
眼で追うが一瞬遅く、風に乗って飛んでいってしまう。
それが飛んできた方を見ると、忘れ去られたような白壁の土蔵がある。
近付くと観音開きの扉が片方だけわずかに開き、隙間があるのが見える。
その隙間からまた一片の赤いものが流れてくる。咄嗟に掴んで手を開くと、赤い花びらだった。
気を引かれて扉を開き、その先にある引き戸を開く。
蔵の中は薄暗く、晴れていた外との差でよく見えない。
一歩、踏み込んだ。
次の瞬間、セレスティは白一色の空間にいた。
天井も壁も感じられず、足下の床だけ存在を主張している。
その床も材質が判然とせず、またどこまでも広がっているように感じられる。
そう感じて振り向くと、入ってきたはずの扉も消えている。
(これは……)
明らかに蔵の中ではない空間に踏み入ったのだと、セレスティは理解した。
しかし肌に感じる空気の流れや足音の反射などから、ここがかなりの広さを有する屋内であることがわかる。
外から完全に遮断されているのか、先ほどまで聞こえていた竹林の音も全く聞こえない。
ただ一つ、少し前方に赤い色彩が落ちいてる。
近付いて見ると、それが赤い着物を着た子供だとわかる。
十歳を過ぎたくらいだろうか。
青みを帯びた黒髪は乱雑に短く切られ、白い顔は少年か少女か判断がつかなかった。
赤地に大輪の牡丹が描かれた振袖は子供には大きいようで、袖が余り着崩れている。よく見ると、伊達締めだけで帯は締めていない。
そしてその子供の周囲でときおり風が渦巻き、赤い小片を巻き上げる。
それが先ほどの花びらだとすぐにわかった。
子供は花びらの山と振袖に埋もれるように座り込んでいる。
咲いている花は一輪も見当たらないが、花びらだけが子供の腰の高さにまで大量に積もっている。
と、子供がこちらに眼を向けた。
髪と同じ色の青味を帯びた瞳が、不思議そうにセレスティを見上げ、小さな口が開いた。
「誰?」
高い声はやはり、少女なのか少年なのか判然としなかった。
セレスティが名乗ると、子供はその音を口の中で繰り返す。
「ふしぎな音だね」
そうして自分はイユだと名乗る。
「なにしに来たの?」
「花びらに誘われて来たのですが、ここは蔵の中とは少し違うようですね」
そう言っても子供は不思議そうにこちらを見るので、少し言葉を変えてみる。
「迷ってしまったみたいです」
「まよって?」
意味を理解していないようなので、今度は質問をしてみることにした。
「ここの出口はどこにありますか?」
「知らない。でぐちってなに?」
そう言って子供は、自分が埋もれている花びらをすくって宙に投げた。
「ここに来た人みんなでぐちを探してた。でもみんなすぐに消える。小さくなって赤くなって花になるんだよ」
宙に舞った花びらは、風に乗って白い空間で渦巻く。
それを見上げてイユは笑みを浮かべ、こちらを向いた。
「いっしょに花になる?」
□□□
セレスティは、短い間でいくつかのことを理解した。
おそらく、ここは先ほどの蔵から繋がる異空間であること。
自分より前にも迷い込んだ人がいること。
そして、時間がたてばその人々は花になり、おそらく自分もここにいればそうなるだろう、ということ。
(さて、どうしましょうか)
目の前にいる子供、イユがこの空間の主だろうと推測し、セレスティはイユとの会話を続ける。
「一緒にということは、キミも花になるんですか?」
聞くと、イユは首を傾げる。
「わかんない。イユはずっとここにいるけど、花になったことはないよ。色んな人がきたけど、みんな花になったよ。だから、みんなと一緒に花になるのかなって思った」
「イユはずっとここにいるんですか?」
「うん。ずうーっといるんだよ」
この分だと時間感覚はないだろうと判断し、質問を変える。
「一番最初のことを覚えてますか?」
「さいしょ?」
「ええ、ここにイユがいる、その一番始めのときのことです」
イユは首を傾げてから上を見上げ、また首を傾げる。
「さいしょ……さいしょはね、そうだ、たくさん花が舞ってたんだよ。こんな風に」
言ってまた、花びらを掬って放り投げる。
赤い花びらが宙で渦をまく。
セレスティはその一片を指でつまむ。
よく見るとそれは、牡丹の花びらのようだった。
「それからね、まっしろになったの。イユ、ずっと歩いてみたんだけど、ずっと白いの」
イユの言葉通りだとすれば、ここは始めから白い空間ではなかったということになる。
それならば、とセレスティはイユに記憶を辿らせる。
「白くなる前のことを覚えてますか?」
イユは眉間に小さな皺を寄せ、懸命に思い出そうとする仕草をみせた。
「えーとね、そのまえは暗かったの。しろくなかったの」
暗い、と聞いて先ほどの蔵の中を思い出す。
扉を開けて覗いた、暗かったが一瞬だけぼんやりと見えた内部。
それを思い出しながら、セレスティはイユに話しかけた。
「そこは、もう少し狭いとろではなかったですか?」
「せまい?」
「ええ。イユが走ったりできないような、あまり広くない場所にいたのでは? そうですね、あとはとても高いところに小さな窓があったり、たくさんの木の箱があったり」
「まど、と箱?」
イユが表情を消した。
何かが蘇ったのか、何かを探すように辺りを見回す。
「まど、あったよ。高いとこに。イユがせのびしても、届かないの」
そういって見上げるその位置、壁も何もない空間に不意に小さな窓が現れた。
セレスティが立っても届かないだろう高さにあるその窓は、白土で固められ木製の柵が並んでいる。
土蔵の窓だった。
しかしその柵の向こうは白く、何も見えはしない。
セレスティはその外の景色を思い出させようとする。
「窓の外に、何か見えませんでしたか?」
「そと?」
イユは窓を見上げる。
それからセレスティの顔を見て、何かに気付いたように下から覗き込んできた。
「似てるね」
「何がですか?」
微笑みながら尋ねると、イユは自分の目を指差して見せ、
「セレスティの、目の色。まどから見えたのと、似てる」
「それは、空ですね。青い空が見えたのでしょう?」
「そら……うん、空。空が見えたよ」
言った瞬間、宙に浮いた窓の向こうに青い色が現れた。
雲ひとつない晴天と思われる空だった。
「あの向こうが、外ですよ。竹林が――竹が沢山生えていて、とても気持ちのいい場所です」
「たけってなに?」
「イユがここの外から来たなら、見たことがあるはずですよ。真直ぐ空に向かって伸びる、とても大きな植物です。このぐらいの太さで」
言って、手で輪を作ってみせる。
「輪のような節がついてます。竹林の中を歩くと、その葉ずれの音が聞こえるんです。少し乾いたせせらぎのよう音がするんですよ」
「あ」
イユが声を上げて立ち上がった。
積もっていた花びらが崩れて舞い上がり、セレスティとイユの周りを取り巻く。
「知ってる。たけ、竹がたくさんあったの」
何も音のなかった空間に、竹の葉ずれの音がかすかに響きだした。
立ち上がったイユは目を見開いて宙を見ている。
「知ってる、知ってるよ。イユ、そこから、ここに来たんだもん」
来た、という言葉にセレスティはハッとした。
イユはここに来たが、ここから出てはいない。
だとしたら、イユにとっての出口≠ヘないのではないだろうか。
そこは入り口。入ってきた場所なのだ。
「ここに入ってきた、その入り口は覚えていますか?」
セレスティの言葉に、イユは宙を見たまま、ゆっくりと片手を上げた。
余った袖が垂れるその手は、セレスティの背後を示す。
「そこ」
セレスティが振り向くと、白い空間に長方形の戸が現れた。
観音開きの扉、その内側にあった引き戸だ。
セレスティは立ち上がり、イユに手を差し出す。
「一緒に行きませんか。あの外には、見事な竹林があるんですよ」
イユはまだどこかぼうっとした目で、セレスティを見上げる。
赤い袖に包まれた手を伸ばしかけ、少し止まり、それから手を下ろして首を振った。
「イユ、いかない」
「どうしてですか?」
「わかんない。でも、行きたくない」
言って俯く。
周囲の風が強くなり、花びらが吹雪のように舞う。
その中心でイユは俯いたまま、膝を抱えて座り込んでしまう。
何かを拒絶するようなその反応に背後を振り向くと、引き戸が薄れていた。
(消えてしまいますね)
これが消えれば、二度目はないかもしれない。
セレスティはイユを気にかけながらも、消えていこうとする引き戸を開けた。
□□□
竹林が眼前に広がっていた。
高い竹の上に見える空は青く、それほど時間が経ってはいないようだった。
(無事に出れましたか)
セレスティは足元の段を下りて振り向く。
白塗りの土蔵は変わらずそこにあった。
しかしその観音開きの扉は、古く頑丈な南京錠で硬く閉じられていた。
無論隙間などはなく、花びらが飛んでくる様子もない。
(あの子供は、ずっとあの場所にいるんでしょうか?)
強く風が吹き、竹の葉ずれの音が風下へと流れる。
その音を聞きながら、セレスティはゆっくりと蔵に背を向けた。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【NPC/イユ】
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■ ライター通信 ■
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いつもありがとうございます。
そして初ゲーノベのご参加ありがとうございます、ライターの南屋しゅうです。
今回はお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
イユとの会話、いかがでしたでしょうか。
あまり判然としない所もありますが、無事脱出いただくことができました。
今回の事象は再びの邂逅もありえます。
ですのでまた、お会いいただけましたら幸いです。
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