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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


魔女の心得

 決して仕事が忙しくないわけではない。それでもほんのわずかでも時間が空けば、こういうところへ足を向けてしまう。
 セレスティ・カーニンガムにとって、好奇心とは食欲と同じくらい、いやそれ以上に満たされるべき必要のあるものなのかもしれない。時折、忠実な部下が密かに陰で溜息をついていたりするのも知ってはいるが、「まあ、いいじゃないですか」で済むくらいだから、さほど困り果てているというわけでもないのだろう。
 果たして、いつものように出向いたアンティークショップ・レンでは、またおあつらえ向けの何かが待っていたようだ。
 乗り付けた車を降り、杖を片手に店内に入ると、つい先日調査で行動を共にしたばかりのラクス・コスミオンの気配を感じた。どうやら今日はスフィンクスの姿のままのようだ。相変わらず、セレスティ――というよりは男性――の姿に怯えているのだろう。そろそろ慣れてくれても良いのだけど、と店の隅に身を縮こませる彼女に、セレスティは軽い会釈だけを向けた。
 そして、今日は新しい顔も来ているようだ。ちょうどラクスと反対側に佇んでいる高校生くらいの少年にもセレスティは微笑みかけた。立ち位置からしておそらく、彼もラクスに怯えられているのだろう。
「やああんた、いいところに来たね」
 ラクスが身をすくめながらも少年と同じ店内にいるあたり、おそらく事件か何かが持ち込まれたのだろう、と踏んでいたセレスティだったが、どうやら当たりだったようだ。はたして蓮がいつものようににやりと笑って切り出した。
「さっき古本屋のへらへら男がこいつを持ち込んできてね」
 既に蓮の中ではセレスティが話に乗るのは決定事項らしい。さっそく高さ50センチくらいの女の像を示して話を始めた。
「何でも、これは魔女が――って言っても魔法使いじゃなくて、土着の宗教に根ざして独自の医療と技術を発展させた技能集団のことらしいんだけど――後継者に渡すために作ったものらしいんだ。けど中が空洞でね。どうやら何か仕掛けがあるらしいんだ。へらへら男が言うには、『魔女の心得』を暗号にした謎掛けっていうことらしいんだけどね。ほれ、そこにある「知」と「情」をこの瞳の青と赤が示しているんじゃないかってね」
 言って蓮は一枚の紙片をセレスティへと差し出した。
「『魔女の心得』はそこに書いてある通りさ。そこの2人にも声かけたんだけどね。あんたもやるだろ?」
 セレスティはそれを受け取ると、像の方へと注意を向けた。表面がてろんとして何でできているのかは一見してわからないが、その大きめの女の像は確かに赤い右目と青の左目を持っているようだった。
 確かに、何かありそうな像だ。セレスティの中で、いつものように好奇心がむくむくとわき上がってくる。
「それは子ども心が刺激されますね。謎が解けないと気になって仕方がない気持ちも味わうことになりそうですが」
 結局、蓮の思惑に乗ってしまったことになるのだろうか。けれどそんな考えはすっかり失せて、セレスティはにこりと微笑んだ。
 と、そこへ、ふと「同族の匂い」とでもいうのだろうか。そんな気配がセレスティの胸に差した。
「ごめんくださいまし」
 入り口から上品な女の声が振って来た。また来客があったようだ。入って来たのは、艶やかな黒髪の印象的な、和装の美女だった。見た目は20代の後半だろうか。けれど、その洗練された物腰には、それよりずっと大人びた艶っぽさがある。
 ――人魚。
 おそらくセレスティとはまた異なる系統の。それは確信にも似た直感で、セレスティの頭に閃いた。
 女性の方もおそらくセレスティが同族だと気付いたはずだ。うっすらと微笑みを向けてくる。
「おや、いらっしゃい。あんたもどうだい? ひとつ」
 蓮がさっそくこの女性に声をかけ、今いる面々が魔女像の謎解きに関わっていることを説明した。
「まあ、面白そうですね。私は竜宮真砂(たつみやまさご)と申します。皆様、よろしくお願いします」
 彼女も、永い時を生きながらも子ども心を忘れないでいるたちなのだろう――否、永い寿命を持ちながら、移り変わりが激しく、儚い人の世に暮らすには、それは欠かせないものなのかもしれない――、女性は意外と子どもっぽい笑みを浮かべて蓮の話に乗ると、セレスティたちの方を向いて優雅に頭を下げた。
「これは申し遅れました。私、セレスティ・カーニンガムと申します」
 この女性と、そして先ほどの少年に向けて、セレスティも自らの名を名乗った。
「櫻紫桜(さくらしおう)と言います。よろしくお願いします」
 先ほどの少年が、年にそぐわないくらいの老成した態度で自己紹介をする。
「ラクス・コスミオンです……」
 最後にラクスが首をすくめながら名乗りを上げた。
 どうやら来客はこれで一段落ついたようだ。他のメンバーに軽く微笑みを向け、セレスティは先ほどの紙片に注意を集中させた。

『魔女たる者、片方の瞳にて知を映し、片方の瞳にて情を映す。しこうして真の魔女たる者、揺れ、流るる鏡の助けを借りて、その両者を同時に瞳に映す。柔らかき月の光の元、得たる知をもって、その業を為す』

 そこにはそう書かれている。彼女たちの技術を行使する際の心得を示したものだろう。それに則った謎解き、ということだが、蓮の話によると、これを作ったのは魔女とはいえ、細工もする類のものだという。おそらく、その技術は高度なものに違いない。この像にも凝った仕掛けがしてあることだろう。
「満月の水鏡を利用する封印と見たけれど……」
 同じく『心得』を読み終えたらしい真砂が口を開く。
「素直に読み取れば、『月の出る晩に像を川に映し、真意を読み取れ』ということになると思うのですが……」
 それを受けて紫桜も首をひねる。
「そ、それで、右目と左目を互いの瞳に映し出すように、川の水面に反射させて互いに重なるようにすればいいのではないでしょうか。両方が紫になるように」
 まだ瞳に動揺の色を残しながらもラクスが口を開いた。そう言うや否や、口の中で複雑な数式をぶつぶつと唱え始める。
「でも、顔が目まで映る流れって難しいわね……」
 軽くあごに手を当て、真砂がぽつりと呟いた。確かに、その通りだ。それにそもそも、特定の場所に行かないと解けないような謎掛けをするだろうか。
「それにこの東京で、そこまで綺麗に映る川となると……」
 紫桜もそれに頷いた。
「では、流れではなく、銀盆に水を満たした水鏡ではいかがでしょうか」
 セレスティは自分の考えるところを口にした。けれど、確かめようにも今は昼間、どうあがいても無理だ。
「どのみち、月夜に、というのは皆さん共通の意見のようですし。どうでしょう? ちょうど明日は満月、中秋の名月です。月見を兼ねて明日の夜集まって謎解きにとりかかるのというのは? ちょうどおあつらえ向けの場所もご用意できますし」
 それならば、とセレスティは一同の顔をゆっくりと見渡しながら提案する。どうせ謎解きをするなら、楽しい方が良い。
「まあ。楽しそうですのね」
 真砂がにこりと微笑む。ラクスや紫桜にも異論はないようだった。
「じゃあ、それまで像は蓮嬢にお預かり願いましょうか。抜け駆けはなし、ということで……」
セレスティは悪戯っぽい笑みを浮かべ、他の面々に念を押した。

 夏の間は暑くて使う気になれなかったサンルームも、少しは居心地がよくなってきたところだった。部屋の外側には広い庭園が続いているので、月光を遮るものは何もない。まさに、今回の実験をするにはおあつらえ向けの部屋だろう。
 セレスティは紅茶を用意して来訪者たちを迎えた。3人が揃ったのは、ちょうど昇ったばかりの大きな満月が、庭園の木々の梢にかかった頃だった。
 強く黄色みを帯びた月は、どことなく郷愁を駆り立て、人の目を引きつけて離さない。誰もが、言葉もなく月に見入っていた。
「もう少し昇ったら始めましょうかね」
 セレスティ自身も、紅茶を勧めながら月を眺めて目を細める。
 やがて、黄色い月は徐々に空高く昇り、銀色の光を帯びる。
「さて、始めましょうか」
 言ってセレスティはテーブルの上を指した。そこには既に水を満たされた銀盆が用意されている。
 セレスティの合図で、室内の照明が落とされる。いまや、水をたたえたような銀色の月光だけが部屋の中に満ちていた。
「はい、それじゃあ……」
 と紫桜が魔女の像をそのすぐ近くに置く。水面に像が映るように。
「何も起こらないみたいね。違ったのかしら?」
 何の変化も見せない像に、真砂が首を傾げる。
「像の中が空洞と聞いていたので、その中の何かが投射されるかと思ったのですが……」
 セレスティも首をひねった。こうなると、ヒントが欲しくなってくる。ものの情報を読み取る能力があるというのは、こういう時には罪なものだ。
「そういえばその瞳、貴石でしょうか、色石でしょうか? 色石だったら、覗き込んだらわかるかもしれませんね」
 像に触れて確かめたい、という誘惑を何とか押しとどめ、セレスティはふと思いついた疑問を口にした。その言葉に、近くにいた紫桜が像の瞳を覗き込む。
「うーん……ちょっと中まではわかりませんね」
「そうですか……。こうなるとヒントを頂きたくなりますね」
 ついに誘惑に突き動かされて、セレスティは像のもとへと歩み寄り、その瞳に指先を触れた。が、能力を発動させる前にふといくばくかの違和感に気付く。
「おや? これは石じゃないですね。何かの結晶みたいな……」
「ラ、ラクスにも見せて下さい」
 それまで少し離れたところで小さくなっていたラクスが声を上げる。先ほどからうずうずしていたらしく、その力強い翼がこすれ合ってさわさわと音を立てた。
「ええ、もちろんです。どうぞ」
 セレスティは紫桜を促し、像から離れた。
 ラクスはいそいそ、といった風情で像に寄り、その目に前脚を触れる。
 と、その鋭い爪がちょうど右の瞳の端にかかり、赤い石はころりと転げ落ちた。そして当然のことながら重力に従って、銀盆の中にちゃぷんと軽い音を響かせて飛び込む。と、それは見る間もなく盆の水に溶けてしまった。
「ひゃ、ひゃあ! ご、ごめんなさいっ!」
 周囲の目が点になる中、ラクスは可哀想なくらいに狼狽して頭を抱え、左右に振った。わき起こった風で、盆の水が激しく波立つ。
「あら、でもこれでいいんじゃないかしら?」
 横から盆を覗き込んでいた真砂が、水を指差した。それはすっかり赤く染まっている。
「こちらの青の石も外して溶かせば……」
「紫色、になるでしょうね」
 真砂の言葉をセレスティが引き取った。
「そうか。鏡にとらわれすぎていたんですね。『揺れ、流るる鏡』までで水のことだったんだ」
 紫桜がはっと声を上げた。
「水の助けを借り……というのが、水に溶かして、ということだったんですね」
 まだ涙目ながらも、ようやく少し落ち着いて来たらしい。ラクスが左目も爪で外し、盆の水に落とした。果たして、それは見事な紫色へと変わる。
「この後は、『同時に瞳に映す』ですから、目に戻せば良いのでしょうか?」
 どうやら1つ段階をクリアしたようだ。こうなるとつい、次は、と気持ちが急いてしまう。
「ええ、目のあったところに穴が開いていますから……。おそらくそうでしょうね」
 真砂が像を覗き込んで頷く。
「でも、盆の水を小さな穴に注ぐのは少し骨が折れそうですね……」
 呟いた紫桜に、セレスティはにこりと笑みを向ける。
「それはご心配なく」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、盆にたまった紫色の水が自ら細く立ち上がり、二手に分かれて像の目へと入っていく。もちろん、セレスティが操ったのだ。
「さて、何が起こるのでしょうね」
 わくわくと高鳴る胸を押さえることなく、セレスティは像に見入った。他の面々も静かに像を見守っている。
 しばし、月光の降る音さえ聞こえそうな静寂が、部屋を満たす。
 そして。
「あら? 下から垂れてきたわね」
 真砂の言う通り、像の底から紫の水が染み出てきている。
「竜宮さん、着物が汚れてしまいます。俺が」
 像を持ち上げようとした真砂を制し、紫桜がそれを手に取った。もともとが気の利くたちなのだろう、全くよどみのない動作だった。
「これ……、多分接着剤が溶けてきてるんですね」
 紫桜が像の底をつかんだ手をゆっくりと引いた。ずるり、とまるで像が産み落としたかのように筒状のものが抜け出てくる。その側面には文字が刻まれており、そこに入り込んだ紫色が月の光を跳ね返して淡く輝いた。
「『ここに示すは初歩の業にして最後の業。病を癒すは薬ならず飲み人の情なり。ゆめ忘るべからず。情を離れた知を追うに溺るべからず』」
 その文字を真砂が読み上げた。
「あとは薬の調合法のようですわね。特効はないけれど、人に精力をつける基本的な薬、ですね」
 続きに目を通し、そう付け加える。
「中に瓶が入っていましたが、これがその薬でしょうか?」
 紫桜が、筒の中から取り出した瓶を軽く掲げて見せた。
「おそらくそうでしょうね。訓示の方は魔女ならぬ我々には、本当のありがたみがわからないのかもしれませんが」
 セレスティは頷き、軽く笑った。
 もちろん、文章の意味はわかる。けれど、経験から生まれた言葉を本当の意味でかみしめることができるのは、同じ経験を積んだものだけだ。セレスティたちにできるのは、後継者にそれを伝えようとした魔女に思いを馳せることだけだろう。
「『初心忘るべからず』ということでしょうか。よく聞きますけれど、実際に忘れないのは大変なことですしね」
 紫桜がわずかに目を細め、瓶を眺めた。
「ラクスには良い勉強になりました」
 ラクスが静かに呟いて、にっこりと微笑む。
「ええ、それに楽しかったですしね」
 真砂が悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。
 セレスティは高々と昇った月を見上げた。雲1つない夜空を渡る月は、ますます冴え冴えとその光を地上に注いでいる。
 その光のせいか、それとも初心云々の紫桜の言葉のせいか、ふと、懐かしい記憶が頭をかすめる。
 海の上に昇った、銀色の月。あたかもそれに恋い焦がれるかのように、海の水は月に向かって伸び上がり、身を震わせるのだ。今となってはもう感じることのないその感触が、わずかながらに肌に蘇る。
「それでは、まだ月も高いことですし、このままお月見と参りましょうか。今度は日本茶を淹れ直しましょう。紫桜君からすすきと月見団子の差し入れも頂いていますし」
 セレスティは改めて3人の顔を見回して提案すると、さっそく部下に茶の手配を言いつけた。いつもの紅茶やワインではなく、紫桜の好意に甘えて、この国の風習に浸ってみるのも風雅なものだ。
「お月見……ですか?」
「いいですわね」
  ラクスが小さく首を傾げ、真砂が頷いたところで、淹れたての茶が運ばれてくる。独特の香ばしい香りが広がる。いつしかすすきも飾られて、途端に和風情緒が漂った。

 ゆっくりと、月は西へと滑っていく。その下で、皆、思い思いに月を、歓談を楽しむ。長くなった夜に、ふと季節の移り変わりを感じる。こんな夜の過ごし方も悪くはない。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5199/竜宮・真砂/女性/750歳/魔女】

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■         ライター通信                                               ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は「魔女の心得」へのご参加、まことにありがとうございます。
わかりにくい暗号だったのにも関わらず、ご参加下さった皆様に心からお礼申し上げます。おかげさまで、無事解読することができました。

「水に溶かす」が一番の山場になると思っていたのですが、うまく実現できてほっとしております。
種明かしについては、近いうち私のOMCブログに掲載したいと思います。
またこれに懲りず(?)、今度はもう少しわかりやすい暗号をいつかお届けしたいと思っております。

また、今回は初顔合わせのPC様が多かったので、他の方の描写に少し文字数を割いてみました。
なお、いつものように、各PC様ごとに若干の違いがございます。
とまれ、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

セレスティ・カーニンガムさま

いつもありがとうございます。
銀盆を使うというプレイングのおかげで、後のアクシデントへの布石が打てました。
あと、密かにダメなら能力を使うという余地を残して下さったおかげで胸を撫で下ろしておりました。
なぜかお茶会になだれ込んでしまいましたが、ご笑納いただければ幸いです。
いつまでも子ども心を失わないセレスティさまでいて下さいませ。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。