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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■はらからの行方■



 猫、猫ねぇ、と苦虫を噛み潰した顔で草間が唸るのに声をかけたのが空木崎辰一だった。
「どうしたんですか?」
 いつものように甚五郎と定吉を乗せてそう問えば、怪奇探偵は辰一を入れ違い程度の時間差で去った依頼人の事を語り出したのだが、合間の「俺は好きで怪奇探偵なんて」だとか「誰が言い出したんだ怪奇探偵なんて」だとかの何か疲れているのだろうなと思わせるぼやきを省いてまとめるとこうだ。

 かつて子猫達を家人に奪われ引き離された一匹の猫が、子供恋しさに捜し歩く内、早々に人の姿を取るようになった。新しく世話になっている家人は理解のある人々で、猫が子供達を捜すのも賛成してくれ尚且つ見つかれば引き取っても良いとまで言ってくれたという。
 勿論、その猫は喜んで子供達を捜したが……交通機関の発達したこの御時世。遠くに去ったのではなかろうか、見つかる気配はやはり無く日は過ぎる。そうして苦労して気配を辿り見つけ出した一匹は、しかし既にこの世に居なかった。
 猫は嘆くも、その子の遺した子供達――つまりは孫達が生きている気配がある。となればせめてその子達だけでも、と思ったらしい。

「わざわざ自分で依頼に来るなんて、本当にお孫さん達が大事なんですね」
 ちょっと感動しました、と湯呑みを持って辰一。目を伏せる膝の上では定吉も「みゅ〜、みゅ〜」としきりに声を上げている。甚五郎は勿論「ええ猫やなぁ。人間やとこうはいかん!旦那は別やけど」と隣で尻尾振り振り。
「それを、誰に任せたもんかと思ってな……」
「言いながら旦那見る時点でバレバレやで草間はん」
「……いや、そりゃまあ」
 なんとも憎めない探偵である。
 小さく笑うと、零に茶の礼を述べて辰一は立ち上がった。
 無論、その猫の望みを放っておくつもりは無い。

「僕でよろしければ、お孫さん達を迎えに行って来ますよ」


** *** *


 野良として生きるのであっても、適した土地、適さない土地というものは確かにあるのだと思わずにはいられない。
 この地域は、後者だ。野良犬、野良猫を歓迎しない住人が多いらしい事が行き交う人の時折現れる野良への態度で知れた。その痩せた犬猫達といえば、人を拒む荒んだ目、あるいは諦めた風情の力無い目、そんなものばかり。
「なんだか哀しくなってくるね、甚五郎、定吉」
「いやな場所やなぁ。人間だけが立派な生きモンとでも思とんかい」
「優しい人達が多いところだってたくさんあるけど、ね」
 定吉の鳴く声さえ沈んだように感じながら、草間から聞いた孫猫達の気配があるという地域に来た辰一は物悲しく周囲を見回した。
 昼過ぎの、ちょうど出歩く人が少なくなる時間帯まで歩き回って時間を潰す。勿論、探している猫達の居そうな場所を確認する事も忘れない。そうして幾つか目星を付けた場所に、甚五郎と定吉を送り出したのが狙っていた時間帯――昼食を終え、屋内で一息つく者が多い頃だった。丁度良いその時間帯に、さて辰一自身は何をしているかと言えば、相変わらず歩き回り、結界符の用意に余念が無い。
 甚五郎なり、定吉なりが目当ての猫達を見つけ出せば、結界を張りそこで落ち着いて接触しようという腹である。
「多分、細い路地裏とか人目につきにくい場所だと思う」
「わいも同意見や。旦那、この辺りでそうそう人目付くとこは歩けんわ」
「そうだね」
「さっき見たら、どこぞのオッサンが犬追い立てとった。アカン」
「……そう」
 そういう人達が多い地域。そこで育った子供もそんな風に育ってしまうのだと思えば気が重い。
 二匹を捜索に出す前の遣り取りを思い出し、つい足を止めかけた辰一が慌てて首を振り頭を上げる。姿勢まで沈めば気持ちは尚沈む、だからだった。
 なんという事のない住宅地。さっきまで擦れ違っていた人達は穏やかな笑顔だったのに、けれど自分達が飼うペット以外にはあまりに冷たい。その幾つもの住居を見回しながら辰一は歩いて行く。その足元へと飛び出して来たのは定吉だった。小さな四肢を覚束なく動かして寄って来たのを抱き上げる。
「見つけたのかい?」
「みゅ〜」
 人間の言葉を理解出来ない定吉だが、定吉の言う事は辰一と甚五郎には理解出来る。
 子猫が言う場所へ向かい、甚五郎の気配を確認して結界を張った。これで、隔絶された空間の中には辰一と式神・甚五郎、定吉、そして相手の猫達だけ。
 みゅ〜、みゅ〜、と定吉が言う通りに目立たない細い道へ入る。
「旦那」
「居たんだね?」
「バッチリや……けど、思たより多いで」
「多い?」
 どういうことかと甚五郎が座る木板の塀の隙間を覗き込んで、その意味を悟った。
 目当ての孫猫がどれなのか、少なくとも目も開いていない子猫ではないのは確実だけれど、と。
「出産直後なら、母猫は気が立っているって言うけど、他の猫もいるんだ」
「そや。まぁ、執念で猫の寿命越えへん内から人間に化けるような相手の子やし、ちょっとは変わっててもええけど」
 言われてみれば確かに。
 雌であれ、雄であれ、出産後に相手と一緒にいるというのはそれなら判る。
 思わず納得してしまいそうな辰一から、定吉がぽてんと下りて(なのか落ちて、なのかは微妙だが)甚五郎の隣で僅かに暗い塀の隙間を興味津々と言った態で覗いている。
「それにしても、成猫が三匹以上、って事は別の猫も居るわけだ……」
「孫が雄か雌かは知らんけど、つれあいちゃうんかな」
「つれあい、ね。だとすれば無理に引き離せないな」
「話に聞く飼主に任せても大丈夫ちゃうかな、て思うけど。あかんかったら、時々会わせてくれる貰い手を飼主でも、草間はんにでも探してもろたらええかなぁ、て」
「それもいいけど、まずは話してみよう」
 数が数だから、まとめて連れて帰っても飼主も困るのではないか。
 辰一も腰を落とすと、怯えさせないようにゆったりとした語調で話しかけた。とは言え、辰一の喋り方は元来が穏やかで人に拒まれる事のない調子なのだけれど。
「……こんにちは」
「さっき話した旦那やでー」
 何対もの目が見返す下で、柔らかな毛に包まれた小さな身体が忙しなく動いている。
 猫達は、微動だにせず辰一を見ていた。
「キミ達のおばあさんから頼まれた者です。おばあさん、判りますか?」
「そのおばあはんがエラい心配してはんねん」
「それに、孫達に会いたいって仰っているんですよ」
 小さく、一匹の耳が揺れた。一匹が瞳を閃かせた。
 辰一が誰かと話す時には、定吉は静かだ。人の言葉が判らないから大人しく様子を見るに留めている。
「亡くなった親御さんの、そのまたお母さんなんですけど」
 乳を与えている猫が、つと辰一を見た。猫の習性を思えば奇妙な程にまっすぐに。
 この猫は、依頼者の子だ。依頼者本人には辰一は会ってはいないけれど、きっとそうだと思わせる空気がその猫にはある。子が乳を求めるに任せて、自分は辰一の言葉の真偽を判じているのだろうか。
「あんなぁ、その猫さんがな、今世話なってる人が一緒に暮らしてええ、て言うてるらしい」
「探している相手が、複数なのもご承知ですから」
 ぱた、と時折耳にする音が猫達の向こうから届いた。甚五郎や定吉もよくやっている。尻尾をぱたん、ぱたん、と地に打って思案している音だ。
 人と話す時と同じ、辰一は静かに唇を閉ざすと相手の言葉を待った。思考の邪魔はしない。
 ぱたん、ぱたん。
 それが止まって母猫となったその孫は低く鳴いた。甚五郎が何事か応える。
「……なんて?」
「子供が生まれて増えてるのも承知なのか、やて」
 ああ、と一つ頷いて、甚五郎へ流した視線を戻す。
 母猫は変わらず辰一を見つめていた。
「気配でキミ達を探した、みたいな事を依頼を受けた人から聞いたから、知っているかもしれないね」
 意識して、親しみやすく口調を崩してみたのは今更だろうか。
 猫とは言え、礼儀を守っていた辰一である。
「もしも知らなかったとしても、近くで過ごせる所を僕が……僕と、この子達が探すよ」
 定吉も抱き上げて見せる。横で甚五郎が「せやせや」とタイミングよく言うのに、辰一も微笑んでみせて。
 同じ猫を親しく連れている姿が決定打だったかな、とは後日考えた事だ。
 その時は、とにかくゆったりと身体を起こした母猫と、その子供達。それから周囲で話を聞いていた他の成猫達が守るように出てくるのを見守って、符を駆使するのに懸命だった。

「大丈夫、僕が人目につかないよう連れて行ってあげるから」
 いつ引き離され、親を失ったのかは判らないが、育つまでの間に人をこれほど恐れるようになったのだとすれば哀しい事だ。人目を避けて過ごしていた猫達は、生まれながらの野良の人を不要とする強さとは違う、ただ虐げられた結果の孤独からの強さがあるように辰一には見えた。その奥に、人を恐れる気持ちがある事も。
「甚五郎、お前もこの子達が怖がらないようにするんだぞ。定吉もだよ」
「旦那、そりゃないで。わいは親切やん」
「みゅ〜」
 殊更におどけてみせれば、甚五郎達も乗ってくる。
 足元を猫達がするする歩く。目も開かない子猫は母猫が銜えて運ぶのを待ってはいられないので、辰一が預かっている。ただし時折、足元の母猫の口元で運ばれる役割を交代しながら。
 歩く猫達の、艶の無い毛並みを見下ろしながら思う。

 草間興信所に戻ったら、犬猫の引取り手探しでも報酬代わりに頼もうかな。

 高くついた、と草間は髪を掻き雑ぜながらも引き受けてくれそうだ。


** *** *


 芯からの猫好き犬好き動物好きの一家らしかった。
 予想通りに草間が、野良の引き取り手を捜す手段に苦心している中で教えてくれたところによると、連れ帰った大勢の猫はなんとまあ、依頼者と一緒に暮らしている一家がまとめて預かり、近所の人間に紹介して回ったというのだから。
 訪れた地域と正反対の地域だな、とおかしくなる話である。
 しょっちゅう他所の家に行った猫とも会えるらしいぞ、と聞くと辰一は微笑んで答えるのだ。
 甚五郎や定吉を傍に座らせて「それはよかったです」と。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2029/空木崎辰一/男性/28/溜息坂神社宮司】

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■         ライター通信          ■
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・こんにちは。ライター珠洲です。猫がたくさん!と自分で喜ぶネタになりました。
・甚五郎、定吉と動かすのが好きでついつい出張っている二匹です。プレイング次第で変化、という投げっ放しオープニングからのお話なので、以前の別PC様ノベルとは違う設定となっております。プレイングが優しいとこっちも幸せになるので、ほんわかしつつの納品です。ありがとうございました。