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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夜空に咲く華
「花火観に、いきませんか?」
 遠くかすかにお囃子の音などが聞こえる中、斎悠也は言った。
「花火ねぇ」
 言われて羽柴戒那は思案するように顎をつまみ、晴れ渡った空を室内から見つめた。
 なんでも今日の為に悠也は夜の仕事を休んだらしい。そして普段色々と忙しい戒那も、今日に限って夜は暇だった。
「…特に用もないしな。別にかまわんぞ」
 言われて悠也は目元に笑みを浮かべた。
 しかしその後に戒那が付け足す。
「ああ、でも人混みで観る気はない。それ相応の場所を用意してもらおう」
 無理難題のような言葉でも、悠也は当然の事のように頷いた。

 花火大会、と言ってもお祭りの一端で。空気までもお祭り気分に染まってきたそんな夕暮れ。
 マンションの下を浴衣姿の男女、家族連れ、様々な人たちが通っていく。
「花火大会は7時からだったな」
「ええ」
 軽くシャワーをあびて出てきた戒那は、無造作に長い髪をタオルでガシガシやりながら悠也を見ると、悠也は苦笑混じりに戒那へと歩み寄りタオルをそっととりあげた。
 そして手近なイスを引き寄せるとそれに座らせ、優しく髪の余分な水分をタオルで吸い取ると、ドライヤーで乾かす。
「……服はどうしますか?」
「せっかくの花火だ、浴衣でも着るか」
「そうですね」
 戒那のこたえに悠也の目元がほころぶ。
 髪を乾かし終わった後、悠也は二人分の浴衣を用意する。
 黒地に水紋に花柄のモノトーンの浴衣に藤色の帯が戒那のもの。
 麦色の地に同色系に染められた乱菊柄の浴衣が悠也のもの。
 二人とも着付けをおえ、何故かベランダに立っていた。
 勿論二人の住まうマンションから花火を観る事も出来たが、そういった感じではない。
 それにベランダから観るだけならば、悠也が戒那を「観に行きませんか」と誘うのもおかしな話である。
「どうするつもりだ?」
 戒那の問いかけに悠也は微笑み、ブレスレットと指輪を二組取り出す。
 それを戒那の手にはめると、同じ物を自分の手にもはめる。
 するとお互いの姿は見えるが、他の人から見えないようになっていた。
 ブレスレットに姿を隠す力を、指輪には空中散歩ができる力を、悠也が付与した。
 粋な事をするじゃないか、という目で戒那は悠也を見、悠也はその瞳を見て満足そうに笑みを作った。
 空は夕暮れの朱から、夜を迎える青紫へと色をかえていた。
 悠也はベランダの手すりから一歩外へ踏み出し、戒那へと手をさしのべる。
 戒那は悠也の手をとり、空気の階段へと足をかけた。

 会場まで二人きりの空中散歩。誰も邪魔されず、誰の邪魔もしない。
 二人の下には人混み。沢山の黒い頭が、芋洗いのように動いている。
「この辺でいいですか」
 悠也は打ち上げ場所から適度の距離をとった場所で立ち止まる。
 そして用意してきた物を空中に並べる。勿論二人以外には見えない。
「お」
 先月戒那が仕事で海外にいったときに買ってきたワインを見て、戒那は笑みを浮かべる。
 これは来月に飲みましょうね、と悠也にしまわれていた物で。この日のためにか、と戒那は悠也を見た。
 全ての用意が調った頃、ちょうど始まりのアナウンスが流れ、花火があがりはじめた。
 空の上、という特等席。夜空に咲く華。
 それはとても幻想的で。みるものにため息と感嘆を与える。
 二人の足下、地上では「おー」という声があがっている。
「見事なものだな。人間の向上心というのは侮れないな」
「そうですね。昨年の花火も綺麗でしたが、今年はまた一段と華やかにそして繊細な美しさがありますね」
 ワインを口の中で転がし、それを味わいながら大輪の華を見つめる。
 普通なら見上げる事でしか見られない打ち上げ花火も、空の上にいる二人には正面にある。
 ひとしきり花火を堪能した後、戒那は空になったワイングラスを片手に悠也を屋台に誘う。
「花火もそろそろ終わりだし、屋台でも覗いてみるか」
「そうですね」
 悠也は笑み、手早く用意したものを片づけると、二人は人目につかない場所まで歩いていき、そこで地上におりた。
 そこには空中では感じる事のなかった喧騒と、色々な食べ物の臭いが鼻をくすぐる。
「まずは射的だな」
「まずは、って……」
 他になにをやるつもりなんですか、と悠也は苦笑する。
 しかしその射的も、500円で10発、普通ならそれで景品1〜2個、もしくは全然とれないくらいの計算でやっているものを、戒那と悠也が二人で7発、全発景品獲得したあたりで屋台主に泣きつかれ、やむなく残り6発を諦めた。
 だが、二人の射的姿に女性客が集まってきていたので、主人にとってマイナス要素はなかった。
 その次にやった金魚すくいも、20匹目をすくった頃に泣きつかれ。輪投げも規定本数投げ終わる前に拝まれ、後にした。
 そのうちテキ屋の間に連絡がまわったのか、二人をみると愛想笑いを浮かべるも、すぐに視線をそらす屋台主が増えてきた。
「……屋台荒しかなんかに思われたのか……。ああいうものは単純な計算をもとにすれば、簡単にできる事なんだがな」
 呆れたような戒那に、悠也は困ったような笑みを浮かべる。
「その計算ができ、尚かつ実行できる人はなかなかいませんからね」
「ふむ。しかしこうした屋台のたこ焼きは高いな。雰囲気にのまれてつい購入してみたが、悠也の作るものの方がうまそうだ」
 と戒那は言ってから、もう一度ふむ、と自分の中で何か納得したように頷いた。
「明日は家で祭りをやるか。悠也が作ったたこ焼きやお好み焼きで夕飯だな」
 突然の話しに悠也は目を丸くしつつ、しかしくすっと笑って悠也は提案する。
「それじゃいっそ、知り合いを誘ってベランダに簡易屋台でも作りますか」
「面白そうだな」
 二人はそんな相談をしながら祭りの喧騒へと背を向ける。
 背後では夏を惜しむかのように、最後の花火が夜空を飾り、散っていった。