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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ タケヒコ狩り(前編) ]


『今、全国各地のタケヒコが危ない!』

 たった今入った依頼の電話に了承を出し切った後、何気なく見た月刊アトラスのトップ記事を飾っていたのはそんな文字だった。
 どうせ又ろくでもない記事だと、それを目にした草間武彦は然程気にも留めず、人気男性アイドル突然の死亡等書かれた芸能欄を適当に眺めながらもタバコを吹かしていたのだが、数日後それが一般紙で取り上げられたとなると話は違う。
「兄さん…コレ。この新聞に詳しく書かれていますよ?」
 草間零に言われ新聞記事に目を通すと、被害は南は沖縄から中国・四国地方、関西や東海方面を全制覇し、現在関東方面へと移動。各地の『タケヒコ』が子供大人・人間動物に関係なく、余すことなく被害にあっているらしい。被害は悪戯じみたものから、生死に関わるのではないのかと思うものまで。
「竹彦に岳彦に……武彦。確かにありとあらゆるタケヒコ、だな」
 武彦がそう呟いた頃、興信所のドアが唐突に開かれ、そこに立つ人物を見た彼は溜息を一つ。
「どういうタイミングだ?」
「どうもこうも、近くに寄ったついでに一つ忠告よ。ボディーガードの一人でも頼んでおきなさい?」
 ドアの閉まる音と同時、そこに立っていた碇麗香は声に出す。
「このタケヒコ狩り、うちの調査結果だとそろそろ狙いは首都圏。職業柄、どこかで恨みの一つを買っていてもおかしくないんだから、少しは日頃から用心したらどうかしら? 案外本当の狙いはタケヒコはタケヒコでも『草間武彦』なのかもしれないじゃない」
「何言ってんだ……まさか、なぁ?」
 顔は冷静を装いながらも、武彦の手は既に机の下でアドレス帳を開いていた。
 そして興信所の電話、その受話器が武彦により持ち上げられたのは麗香が帰った直後のこと。


 椅子の背にもたれた武彦は、一つ溜息を吐いた後煙草を出し火を点ける。
「――……ぬしの場合は狩られるにしても他に理由がありそうじゃがの」
「っ…だ、ぁあ!?」
 しかしその直後、客用ソファーの陰から飛んできた声と現れた姿。おまけに口の端を上げ笑っていたその顔に、武彦は煙草を吸うタイミングを誤り思い切り咽る。

  ちまねこすがたのらかがあらわれた!

 まさにそんなメッセージを頭に駆け巡らせながら武彦はふかふか赤色の毛並みを持つ猫を指差した。
「羅火、おまっ……いつからどうやってそこに何しに!?」
「なぁに、ちぃと野暮用での」
 と言いつつも、ちま猫姿で興信所に入り込んでいた羅火は、今さっきまでこの姿のまま猫缶を漁っていた。勿論自分が食べるためである。収穫はあり、食道楽の羅火にしては不覚にも――なのか、美味かった。平気で猫缶を食べる恋人にそう躾けられた自分を今ばかりは喜ぶべきなのか……おまけにこの様子だとまだ武彦は勿論、今しがた入れ違いで台所へと入っていったシュラインにも気づかれていないようだ。
「それよりもさっきの話じゃが――」
 なので気づかれる前にと話を逸らしかけたところ、マナーモードの携帯電話がソファーの上で震えていたことに気づく。持ってきたはいいが首からぶら下げておくのもなんだと確か此処に来た直後放り投げていた。覗き込んだ液晶には友人の名前が表示されている。
「おい?」
「む、こっちが先じゃ」
 武彦の言葉を遮りそう出たはいいが、既に向こうの用件は分かりきっている。確かこの電話の主、水晶にはついさっき武彦が電話をしていたはずだったからだ。猫の姿だと電話に出るのも色々なボタンを押してしまい難しいが、ようやく通話ボタンを押すと馴染みある声が聞こえてくる。
「なんじゃ?」
『――羅火? 今俺んとこに依頼がきたんだケド』
 水晶の声は少し遠慮がちで、相当コールしていたのかもしれないと悟った。
「わしゃ丁度草間の所での。勿論、来るのじゃろ?」
 笑みを浮かべ、楽しみからか、少しばかり声のトーンが変わったのが自分でも分かる。
 電話の向こうからは了解の声。それから二三言葉を交わすと電話を切り、羅火は武彦を見る。しかし既に彼は机に突っ伏し、今出来る事といえば此処に人が集まるのを大人しく待つだけのようだった。



    □□□



 武彦の連絡を受けた者達が集まったのは意外とすぐのことだった。第一に集まった者の内二人――と言うか、一人と一匹は既に興信所にいたからだろう。
 客用ソファーに腰掛けた四人はそれぞれ湯気を立てる茶を目の前に武彦を見るが、彼は机に突っ伏し「勝手にやってくれ」と、既に考えること自体を放棄していた。
「しょうがないわね……」
「はいはいっ、私藤郷弓月と言います。よろしくお願いします!」
 シュラインが溜息一つ、武彦から視線を外したところで、彼女の隣に座っていた女子高生――藤郷・弓月(とうごう・ゆつき)が右手を上げながら名乗る。他の三人の面識は多くあるが、弓月が面識あるといえばこの中ではシュラインと武彦くらいだ。
「ええ、こちらこそよろしくね」
「うむ、人造六面王 羅火じゃ」
「神納水晶。」
 シュライン・エマに続き、ちま猫姿の人造六面王・羅火(じんぞうむつらおう・らか)、神納・水晶(かのう・みなあき)と簡単な紹介は続き、全員の返答を聞き終えたところで弓月はソファーに座りなおした。丁度そのタイミングと同じく、湯飲みを空にした水晶が口を開く。
「それにしても、タケヒコが余すところなく被害にあってるって、どーやって犯人は情報を得ているのか気になるケド……どーよ、羅火?」
「うむ……ヒトも獣も人でなしも問わぬ、タケヒコの音で呼ばれるものならば見境なし――式にしても相当に出来の悪い代物じゃな」
 水晶に問われた羅火は小さく首を傾げ、僅かに俯きながら声を上げた。しかしその言葉に聞き慣れないものがあったのか、弓月があからさまに首を傾げる。
「シキ?」
「式神のことね。聞いた事くらいはあるかしら?」
 シュラインが補足すると、彼女は「あぁ」と納得し、再び聞き手にまわることにしたらしく大人しくなった。
「……草間、ぬしはしばらく下の名を呼ばせるでない」
 不意に顔を上げ言った羅火の声に、武彦は依然机にへばりついたまま。しかし顔だけは羅火を見た。
「あー……それさっきシュラインにも言われたな。反応するなって。ただこの中で俺の名前呼ぶのはシュラインだけだから大丈夫だろ?」
「まぁ、そやつが既にこの領域に入っておったらもう意味はないのじゃが。まだ入っておらぬなら、その名を呼ばれぬ限りそやつの認識からは外れるじゃろう」
「もう顔と名前が割れてるなら意味ないだろーケドね。まぁ、今はそれでいーんじゃない?」
 放り投げた足を時折ぶらつかせながら、水晶はポケットに手を突っ込み言う。
「それじゃあこれからの役割だけど、私は麗香さんに情報回しを頼んだ後、各地域の新聞社に聞き込みをしようと思っているわ。主に此処が拠点となるわね」
「俺のやることと言えば護衛、かな。後内容は被りそーだケド、事件の事分かる程度に新聞見るくらいはしておくよ」
 言いながら水晶は、既にテーブルの上に無造作に置かれていた新聞を手に取った。
「わしは……今はちぃとばかし待機じゃな」
「何、羅火は楽なポジションなワケ?」
「なぁに、時がきたら護衛業のぬしより動くつもりじゃ」
 新聞を広げたまま羅火を見た水晶は、言い返された言葉に「ふーん?」と適当な相槌を返し、再び新聞へと目を戻した。
「犯人は迫っているだろうけど、焦ってもしょうがないわね。確実にいきましょう。藤郷さんはどうするのかしら?」
「草間さんの護衛さんが居なかったら私が! って思っていたんですけど……戦える能力は無いし」
 と、弓月は正面で新聞を広げている水晶を見た。そのまましばらく何か考える素振りを見せていたが、彼女は唐突に。それは唐突に声を上げた。
「――想像してみただけでもありえない!」
「ど、うしたの?」
 シュラインに心配されたところで、弓月は少しわざとらしい咳払いをして彼女に笑みを向け、続いて武彦の方を見る。
「あ、いえ…何でも……というか草間さんはお仕事ですか? 手伝えるものなら私手伝いますけど」
 言うと武彦は机の上に置かれたメモ帳を見て思い出す。
「そうだな。今日は一人、依頼人が来ることになってるんだ。出来れば今日ばかりはシュラインの代わりに動いてもらえるか?」
「了解です! お茶汲みでも書類整理でもメモ取りでもなんでもどんとこいですよ!」
「じゃあ藤郷さんに色々任せるわね。よろしく」
 まずはシュラインが席を立つ。それに続いて弓月が何かやろうと立つ。
「……賑やかじゃのう」
「…………」
 ポツリ苦笑を漏らした羅火の隣、水晶は無言のまま新聞を捲っていた。



    □□□



 怪我の状態が酷い被害者の情報が入っていれば――と思ったのだが、生憎今この場にある情報は新聞だけのようで、後はテレビから取り入れる位だろうか。一先ず羅火は今さっき台所へと椅子を持ち消えていったシュラインの後を追った。
 台所へ足を踏み入れると、彼女は丁度携帯電話を右手に、何かのリストを左手に少しばかり考え込んでいる。
「あー、電話の前にいいかの?」
 声をかければ彼女は然程驚いた素振りも見せず、顔を下ろし首を傾げた。
「あら、どうかしました?」
 リストを一旦閉じるとシュラインは椅子を立ち、羅火の前にしゃがみこむ。どうにも猫と人だとこれが自然となるのだろう。
「この先、怪我の状況が酷い被害者の情報がまとまって入ったら教えてくれるかの?」
 恐らく情報を最も得られるのは彼女だろうと考えてのことだ。とは言え、忙しい中での願いだと言うことは承知の上。控えめに言ってはみたが、シュラインは傾げた首を元に戻しサラリと答えを返してきた。
「それなら多分すぐ分かりますよ。麗香さんもその手の資料持ってきてくれそうでしたし」
「そうか、なら少しばかし奥で待つとするかの」
 どうせソファーでは水晶が新聞を広げ、武彦も近くに居る状況。奥の部屋でテレビでも見ようかと踵を返す。が、そこでトンッと何かにぶつかり足を止めた。
「わわっ、ごめんなさい!? もしかして私お邪魔、ですか?」
 見ればすぐ目の前には慌てふためく弓月の姿――正確には彼女の脚――がある。彼女の言葉はどう受け取るべきか悩むが、狭い台所で喋っていた光景が彼女には何か重要な事にでも映ったのだろうか……。
「いや、わしはもうそっちに行くからの」
 そして弓月の横を通り抜ける最中、思い出したように彼女のほうを振り返り言った。
「ぬしは茶を淹れにきたのじゃろ? 後でわしのところにも頼む。少し温めでの」
「あ、はい」
 少し呆けた様な返答を受け、羅火は未だ新聞紙と格闘する水晶の横を通り過ぎ隣の部屋へと移動した。
 ドア一枚を挟んだ部屋だが、今は隣の情報も耳に挟めるようにとドアは閉めず半開きにしておく。椅子にちょこんと座り小さなテレビの電源を入れれば、丁度ワイドショーが映し出された。
 スタジオ背後には豪勢にも『タケヒコ狩り首都圏上陸!』と書かれたボードが立ち、普段は笑顔で喋っているキャスターたちが、今ばかりは真剣な面持ちで談義を進めているようだ。そんな中、メインキャスターの手元には小さなボードがあり、そこに今までの事件の発生状況や都道府県別の被害者数、状況などが数枚に渡り書かれていた。
 途中弓月が静かにお茶を持ってくると羅火の前に置き、静かに出て行く。茶は湯気を立ててはおらず、ちろっと舐めると再びテレビに集中した。
 注目すべく怪我の状態が酷い被害者、それは若者から中高年辺りに集中しているようだ。ちなみに除外された幼児や老人は軽い転倒や悪戯のような被害で治まっている。
「若者……に入るのかの、あやつは。まぁ、中高年でもいいんじゃが」
 年齢的に狙われているのはバラバラのようだが、枠で括るとすれば年齢と言う点ではまずこれは武彦との共通点だろう。
 更に情報を突き詰めていくと、一般人よりも何かしら表立った仕事や目立った事をしている人物が特に重症を負っていた。たとえば同じ会社に働く平社員と社長が居たとして、同じタケヒコだとしても社長の方が重症ということだ。
「……探偵は一般職とは思えんしのう。はて、草間とはやたら共通点が多いと思うんじゃが――ぬしは何の用じゃ?」
 そのまま羅火はテレビからドアの方へと視線を向け、そこに電話帳とメモと両手に立っていた水晶に問う。
「ん、客が来たいみたいでさ。避難して来た。羅火はー、ワイドショーなんか見てんだ?」
 どうやら考えることとワイドショーの音声へ熱中していたせいか、興信所のブザーに気づけなかったらしい。しかし確かに人の気配が一人、今増えた。
「ふーん、見たところ普通の男みたいだし、アレは犯人ってわけじゃなさそーな」
 様子を伺っているのか、ぼそぼそと水晶の声が羅火の耳に届く。そして水晶の予想は正しかったのか、依頼人の男は早々に興信所を去っていった。
 完全に気配も消え去り、興信所の中も普段の様子を取り戻した頃。羅火は椅子から立ち上がりテレビの電源を切ると、今居る部屋を出て武彦達の前に出る。
「あ、麗香さんはまだだけど色々データが手に入ったわよ?」
 それに気づいたシュラインが書類を片手にソファーから立ち上がるが、大抵は今のワイドショーで分かったと思い、今はやはり要らないと。これ以上事がややこしくなった時又見せてくれとだけ言い、今度は武彦の方も見て言った。
「呪詛系の知識は一通りあるからの。もし何かあったら連絡をくれ」
「どっか行くのか?」
 武彦の問いに羅火はくわぁと欠伸を一つだけ残し、他には何も言わずぷいっと背を向けるとドアの方へと向かう。
 しかしそのドアは唐突に開き、続いて上から声が降ってきた。見上げれば弓月がドアを開けている。
「気をつけて行ってらっしゃーい」
 明るい声を受け、羅火は猫の姿のまま外へと出た。
 翼は既にしまいっぱなしの状態で、消さない首の鎖だけが今はジャラジャラいっている。ついでに余分の竜、その眼球だけを起こし。まだ事件の起こっていないこの街で、タケヒコに執着する何かを探しに赴いた。



    □□□



 事件は人通りも何も関係なく起きているとワイドショーのキャスターは言っていた。ならば誰も居ないような場所よりは、出来るだけ人が多い場所が良いだろうかと。羅火は大通りを歩いていた。
 やがて辿り着いたのは駅前広場。その正面にはテレビスタジオなどもあり、車と人の入り混じりの一番激しい場所だった。しかしこの街は未だタケヒコ狩りの恐怖を知らぬまま。人々は普段と変わらず行き来し、時に笑い、時に怒り。巨大テレビモニターは大音量でCMを流し続け、電光ニュースは信号待ちの間しか読まれないというのに最新のニュースを流し続けている。
「この辺りがまだ何もなさ過ぎるのも逆に不気味じゃの」
 近郊からも多くの人間が集まる街だ。『タケヒコ』はそれなりの数が集まっていることが予測されるのだが……。
 結局その日、首都圏でタケヒコ狩りの動きは何もなく一日は終わりを告げる。翌日、又翌日と。やがて日が経つにつれ、タケヒコ狩りの特集が組まれることもなくなり、事件は終わりの方向に向かっているのではないのかと専門家が喋り始める始末にまでなる。


「…………」
 最初の内こそ都心を転々としていた羅火だが、無闇に動き回るのもどうかと、一旦最初に散策していた駅前広場のベンチに猫の姿のまま飛び乗ると、暫しそこから欠伸交じりに辺りを見渡すことにした。

「――――ます、っ…私これから行く所が…くっ」

 その時、不意に飛び込んできた一人の声に、羅火は開いた口を塞ぐ事も忘れ声の発信基を探す。
 しかしその声の元を見つけた羅火は「……なんじゃ」と、すぐさま落胆の息を吐いた。見ればよくある光景だ。
 勧誘男性に捕まってしまった女が、道の隅に誘導され男にああだこうだと何か言われている。
 女は見た目はかなり煌びやかだが、中身はかなり内気なようで、断りきれないままただ後退し、やがて壁に背を預ける形となった。逃げ場がない。周囲は皆見て見ぬ振り。羅火も猫らしく見物を決め込んでいたのだが、不意に抵抗を止めた女に羅火の目が見開かれる。
「……な、んじゃ?」
 それは急激に、その身に訪れた違和感。空気の変化。周りの人間はこの変化に全く気づいていない――つまり、羅火のような限られた者にしか分からない変化。タッとベンチから飛び降りると羅火は辺りを見渡した。
 スクランブル交差点に行き交う車、人、人、人。夕方が近づくにつれやがて見苦しいほどに輝きだすネオンに点滅する信号。流れる電光ニュース。その話題が久々にタケヒコ狩りのニュースを流した瞬間――
「一体――!?」

 ――バチィィッッ!!!!

 激しい音の後電光ニュース板は唐突に火花を吹きそれ以上の文字を映し出さなくなった。同時、それはあっという間に落下。ガシャーンと、激しい音と同時煙が上がる。
 ホンの一瞬の出来事だった。周囲はパニックに陥り、逃げ惑う者と野次馬でごった返す。近くの交番から警官も出てきたようで、ホイッスルの音が響いている。
 羅火はそんな人々の足元をすり抜け事故現場へと辿り着いた。人の集まりというのはやはり事故現場からある程度は離れており、そんな人の群れから一歩抜け出るとまだ煙の晴れぬ中へと飛び込み、グチャグチャとなった電光板を見つける。
 まさか大人数が巻き込まれた事故ではないのだろうか、そう思った。しかしその考えは一瞬にして取り除かれる。
「――まさか、とは思ったが……こりゃ派手にやり過ぎじゃないかの」
 足元に落ちていた一枚の紙切れ。それが名刺だということは一目瞭然だった。社名と名前が入り、その大半は今血で滲んでいる。巻き込まれたのはただ一人。羅火の記憶が正しければついさっきまで女を勧誘していた男だ。恐らく名刺の持ち主でもある筈で――
「威彦……か」
 苗字は既に見れないが、名前が分かれば後は良い。到着したらしい救急隊員達に気づき羅火は現場から離れると、人ごみをすり抜け比較的人通りの少ない裏路地へと入り込んだ。
「精々重傷者止まりが、遂に痺れを切らしおったか……にしても――」
 引っかかりを覚えているのは一体何処か。

  女は断りきれないままただ後退し、やがて逃げ場を失った。
  しかしその僅かな抵抗が不意に停止し――一瞬表情を失い…一瞬後には

「まさかあやつ、草間の所に行くつもりじゃ……なければいいんじゃが」
 あの女の見せた表情に見当はつく。人を深く怨んでいる、憎悪のもの。
 女の姿はこの人ごみの中完全に見失っている。特別気配のあるような人間でもなかった。ただ、やって見せたことは普通の人間に出来ることではないはずだ。あんな事故、偶然とも言い難い。
 しかし女の姿を失った以上、そしてあの女の目的が恐らくタケヒコである以上、興信所へ向かえば否が応でも出会う気もする。
「一旦戻るとするか」
 そう考えたとき、羅火の携帯電話が着信を知らせていた。見れば水晶の電話番号だ。目の前の事件からまだ十数分。ニュース速報を見たか、最悪女が興信所にでも現れたのかと思い、思わず声は深刻になる。
「なんじゃ?」
『――あのさー羅火。ものは相談だけど戻ってきてくんない?』
 しかし水晶の声色はいつものもので、暇そうにしていることだけは分かった。どうやらまだニュースも見ていないし、何も起こってはいないらしい。ならばどうして戻って来いと言うのか。聞けばどうやら此処数日結局何も無かった為飽きてきたと彼は言う。おまけにこんな状況下で武彦は数日前からやたら頭痛がすると。そこで、羅火に武彦の護衛を任せ、彼の代わりに自分でも出来そうな興信所の依頼を本人と偽って引き受けて出てみようというのだ。その間に武彦を病院に連れて行くということだが、本当のところ引っかかっている点を羅火に見てもらいたいと、水晶は小さく告げた。その様子だと、なにやら水晶だけが気づいたことがありそうだ。
 取り敢えずは身代わり作戦といっても良い。今、この都心で最初に起きたタケヒコ狩りを間近で見れば、それが一番有効だと考え、羅火はすぐさま了承すると通話を切った。事故の話やその他の話は興信所についてからでも遅くないだろう。
 裏路地から飛び出ると、羅火は興信所へと大急ぎで戻ることにする。駅前の巨大スクリーンは、たった今起きた事件の現場生中継を始めていた――



    □□□



 流石に事件から時間が経つと道行く人々の話題の中に、都心部で発生したタケヒコ狩りのことが入り混じり始める。この様子なら興信所に着いたとき説明は要らないかもしれない。
 途中、どこかに行っていたらしい弓月と遭遇し、二人は互いに走ったまま話をする。どうやら止まる気がないのはお互い同じらしく、ただ羅火は少しだけ走るスピードを落とした。
「実は神納さんと電話帳で調べていた『タケヒコ』さんを此処数日張っていたんですけど――唯一居場所が掴めた人がたった今標的に……」
 どうやら同じ現場にいたらしく、慌てて飛んで帰ってきたらしい。出会った時の元気はなく、今彼女は苦笑いを浮かべていた。
「――待て? ぬし今、唯一居場所が掴めた人と言ったが……それはどういう意味じゃ?」
「あ! そ、そうなんですよ!! 確かに都心部にはタケヒコさんいっぱい居たんです。でも、もうとっくに転勤で引っ越してる人や海外出張中の人、この事件を耳にして入れ違いに西に逃げた人ばかりみたいで。もっとも電話帳だけの話なので、他にもいるとは思うんですが――」
「じゃが、電話帳だけで仮定すると――残りは草間だけ、なんじゃな?」
 羅火の言葉に弓月が頷いた。そして唯一つ、「なんとなく少し…嫌な予感がするんです」と付け加え、走るスピードを上げる。
「っ――待て!!」
 しかし羅火は弓月の前に飛び出すと、彼女の走りを止めさせ辺りの気配に目を細めた。
「な、なんですか!?」
「耳を貸せい」
 ただ驚く弓月は羅火の言葉にしゃがみ、その近づいた耳に羅火は告げる。
「ぬしは先に興信所に行って、草間を出来るだけ興信所から遠ざけるんじゃ。あそこには神納だけを残してぬしはあやつの護衛をしながらそうじゃな…白王社のアトラス編集部が良かろう。わしも……出来る限りすぐに後を追う」
 すると弓月もなんとなく視線だけはキョロッと辺りを見渡すと、頷き立ち上がる。そして羅火を振り返ることもなく、先に興信所へと走って行った。
「――――……来おったか」
 やがて羅火は来た道を振り返る。
 女がいた。勿論あの時の女だ。虚ろな目で、脚がしっかりしていないのか、道の左右を行ったり来たりしながら少しずつ近づいてくる。
「あら……ね、こちゃん?」
 やがて立ち止まり不思議そうに呟いた女に、羅火は「にゃぁ」と鳴いて見せた。この女が犯人に最も近いとは思われるが、直接手を下した現場を見たわけでもなく、今は時間稼ぎが出来ればいい。
「――らかくん…って言うのね」
「――!?」
 女にその驚愕を悟られたかどうかは分からない。ただ、名前の分かる物など所持していない。
「きみ、さっきも私のこと見てなかった? 私ね、友達がいっぱいいるの。彼らは時々教えてくるのよ。私の気づかないことを。今目の前にいる人の名前を。それに彼らは時々手伝ってくれるの。憎いって思う人を痛い目に遭わせる事を――」
 疑惑は確信へと変わり、羅火は女の傍から瞬時に後退した。
「皆出て来なさい、そしてこの目障りな猫を始末するのよ。私は――草間興信所へ行かなければ行けないのだから、ね」
「っ、待て! ぬしは何故タケヒコの名をそこまで憎む?」
 声を発した羅火に、女は然程驚いた様子は見せず。
「……愛しくも、今は憎い…のよ。ただそれだけ」
 逸らされた視線、俯いた顔、背を向けたその姿に、羅火は後を追おうとする。しかし――
「ぬうっ…あやつが使役していた、モノか。主に悪霊と言ったところじゃろうかの?」
 いつの間にこれだけ集まってきたのか。気づけば四方八方を塞がれ、女の姿は見失っていた。しかし最後に見た姿はただ歩いていた。どうやら、これら霊の使役能力には長けているようだが、移動手段は至ってシンプルなようだ。
 もう少しの時間稼ぎはしたい。しかしその行く手は実体無き者たちに妨げられる。
「雑魚に――――用は無い!!」
 言葉と同時、辺りは夕暮れだというのに昼間に感じる以上の光に包まれる。目晦ましにはそれで十分だった。羅火は瞬時に隠していた翼を広げるとパッと飛び立った。
 しかし、興信所の方向に向かえど女の姿は見当たらず、結局興信所につけば既に水晶が一人で手を振っている。どうやら皆無事逃げたらしいが、だからといって武彦が無事とは言えず。羅火は水晶に頷いてみせると、白王社へと向かっているはずの三人を追った。



    □□□



 白王社月刊アトラス編集部。その一室を借り、今は病人の武彦――やはりソファーに寝かされている――、それを支えてきたシュラインと弓月、少し遅れたものの途中で合流した羅火、そしてたった今到着した水晶は沈黙を守っていた。
 少しすると麗香と桂が現れる。麗香が桂を呼び戻したのは、標的が分かった以上尾行させるより逃げの手段に使った方が良いという提案だった。
「にしても、全く状況がまとまらないのよね。一体どうなってるの?」
 あまっていたパイプ椅子に腰掛け麗香は四人を見る。
「タケヒコ狩り…遂に死者が。斉藤威彦って人が」
「本当の目的は鏡威彦って人物なのかもしれない。そして鍵は鏡って人物と恐らく西の探偵さん」
「犯人自身は恐れるに足りないケド、死霊使い――みたいなもんカモね。そいつらが名前を割り出すみたい。闘えば雑魚ばっかだったケド」
「――草間の奴、呪術にやられておるの。よく耐えているというかぬし、意外と忍耐強いんじゃな」
 それぞれが口々に言うそれは今日最終的に得た情報だ。それぞれ情報を違う形で共用している部分もあり、小さく頷いたり相槌を打つ。
 しかしその中で羅火が半ば感心するよう呟いた言葉、それに共感したのは水晶だけだ。やはりというべきか、恐らく女の影響を受けているのだろう。
「ちょっと、それでた…んていさんは大丈夫なのかしら?」
「式ではなくあの――女の憎悪の念だけじゃからの。数日あれば大丈夫じゃろ」
 羅火の言葉にシュラインは安堵の息を吐いていた。確かに所謂、呪詛された状態を告げられれば冷静ではいられなくもなるだろう。
「それにしても分からないわね……その彼女、目的は鏡さんって人であって、その人の捜索を西の探偵さんに依頼してる。そして西の探偵さんから共同捜査という形で依頼されたうちの探偵さんはそれを断っている。まさかこれで怨まれてるの、かしら?」
「あの女、もし鏡って奴見つけられなかったら、西の探偵と同じ目に遭わせるって言ってた気が。タケヒコと探偵、なんか二重の恨みポイね」
「でも気になったんですけど、鏡威彦――人気アイドルkyoは…実はもう半年も前に亡くなってたんですよ?」
「あやつ、愛しくも今は憎い…と言ってたの。親しい間柄だったか、或いは――」


 結局討論は纏まらないまま。ただ犯人が追ってくる気配もなく、一先ず武彦は桂も居るこの編集部の一室に息を潜めることが決まった。麗香は引き続き調査のまとめ、三下はその手伝い。後の四人は如何するべきか……
「……いいから誰か、この頭痛をどうにかしてくれっ」
 そして最後に響いたのは 武彦の弱弱しい声だった――…‥



 << to be continued... >>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [1538/人造六面王・羅火/男性/428歳/何でも屋兼用心棒]
 [0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [3620/ 神納・水晶  /男性/24歳/フリーター]
 [5649/ 藤郷・弓月  /女性/17歳/高校生]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、いつもありがとうございます、もしくはご無沙汰しておりました。
 亀ライターの李月です。色々な久々だったのですが……ともあれ、お楽しみいただけていれば幸いです。
 今回は色々調べつつも半ば中途半端な知識ばかりなので、専門分野であからさまな間違いなどあり気になりましたらご連絡ください。
 と、皆さんそれぞれ得ている情報を討論した結果を以下に。もし後編も付き合うよ――と言ってくださる神様のような方はご参考にどうぞ。

---------------- 碇麗香作成 タケヒコ狩り中間報告書 ----------------------------

 犯人:女(見た目はかなり煌びやかだが、中身はかなり内気らしい/羅火・弓月談)
     (しかし時折恐ろしい表情を見せたり、言葉遣いが癇に障る/羅火・水晶談)
    死霊使い? 複数の霊を操っているらしい。その霊が名前を判別。霊自体は弱く、女自体も弱いと思われる(羅火・水晶談)
    移動手段は徒歩や一般交通機関のみ(羅火・桂談)
 目的:鏡威彦という人物を探しているらしい。西で探偵まで雇うが、その探偵は昨日女の手により殺害された(名はタケヒコではない)
    尚、女が頼んだ依頼は西の探偵を通じ武彦にも届くが、彼はそれを断っている(シュライン談)
    そして女は武彦に鏡探しを依頼しに興信所を訪れたようだ(水晶談)
    しかし鏡威彦は半年前既に死亡。その事実は隠し通され続け、数日前に発覚。死因は表向き発表されてはいない(弓月談)
 被害:草間興信所半壊(俺のせいじゃないと水晶談)草間武彦、呪詛により軽症(羅火談)都心部のタケヒコ狩りにより電光板の大破及び死者一名(鏡と漢字が一致)
 推測:推測でしかないが、最初の目的が誰であれ、今現在のターゲットは草間武彦に絞られたと考えて良いだろう。
    しかし結局犯人は鏡を探し出し如何しようというのか?どうして此処まできて死亡事故を起こしたのだろうか?
    この悪質さ、勿論力でねじ伏せるのもありね(きっと爽快よ)でも、彼女の暴走も考えられなくもない。
    全ては本人に聞くしか無い……のかしらね?(麗香談)

-------------------------   ここまで  ---------------------------------------

【人造六面王・羅火さま】
 こんにちは、ご参加ありがとうございました!今回は最後までちまねこで駆け回っていただきました。
 鎖をシャラシャラと、尻尾をフリフリとしている姿を想像しつつ……。猫缶食べる恋人さんの存在も気になりつつ(笑)
 やはり死んだ者を殺すにしてもやばいのかな?と思いまして、足止めの霊たちは目晦まし程度。倒したり浄化させたりはしておりません。が、何か問題ありましたらご連絡ください。

 後編は少々間が開いてしまいますが、十月中旬頃までには開く予定です。開ける数日前にOPは上がっているはずです。毎度毎度悩ませてしまう物ですが…。
 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼