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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


魔女の心得

 東京の片隅で。
 道を歩いていると、ふと目にとまった店があった。決して派手な飾り付けなどはしていないし、目立つ店ではない。むしろ逆に、不用意な来客を拒むかのように、ひっそりと息を沈めているような印象さえ受ける。
 けれど、そこに漂う雰囲気はどこか「日常」を離れた「独特」のもので。気に入ったというよりは、何かに「呼ばれた」ような感覚だろうか。
「アンティークショップ・レン……」
 竜宮真砂は足を止め、店の名前を読み上げる。
 ちらと窓から覗けば、アンティークドールや西洋風の家具、時計、アクセサリーなどが無造作に並べられているようだった。
 和装の自分には似つかわしくないのかもしれないが、意外と古いものの良さというのは和洋を選ばないものなのかもしれない。
 それに、何より気を引かれたのだ。さして迷うことなく、真砂は店の扉を押し開けた。
「ごめんくださいまし」
 入ってみれば、さほど広くはない店内に3人の先客がいた。その奇妙ともいえる取り合わせに、真砂は胸の中だけで目を瞬いた。
 入り口付近に小さくなっているのは、紫の髪に小麦色の肌をした年若い美女だった。が、その胸から下は獅子の身体、その背には猛禽の翼がついている。遠く西の国の神獣、スフィンクスというのはこのような姿だったろうか。
 少し変わった方ね、と真砂は心中で呟いたが、ここに彼女がいるということはさして気にしなかった。それは、このスフィンクスが魔術を使って、周囲に自身の存在を「当たり前」だと認識させていることもあったが、何より真砂も「人のことは言えない」というのが大きかったろう。
 奥には学生服に身を包んだ少年。細身ながらよく鍛えられた印象だが、こちらは普通の人間のようだ。
 そして、その隣には杖をもった、銀髪の青年の姿があった。この世のものとは思えないくらいに美しい青年だったが、その姿を見た途端、真砂の中にぴん、と閃く感覚があった。
 おそらく、自分と同族。系統や出身は違っても、彼の本性も永き時を生きる人魚に間違いあるまい。
 向こうもそれと気付いたようだ。真砂に向けられた視線にはもの思わしげな光がある。
「おや、いらっしゃい。あんたもどうだい? ひとつ」
 店の奥の方から、蓮っ葉な声がかかる。カウンターの奥に座っているのは、チャイナドレスに身を包んだ赤い髪の勝ち気そうな美人だった。彼女がこの店の店主なのだろう。
「ちょうど今、ちょっとした謎解きをやってるとこでね」
 言われて見れば、どことなく「取り込み中」な印象を受ける。おかげで、本来なら店内に満ちているであろう、古物独特の重厚な雰囲気はすっかり薄らいでいた。
「さっき、古本屋のへらへら男がこいつを持って来たんだけどね」
 店主はものうげな動作でカウンターの上におかれた女性の像を指した。高さ50センチ程の大きめのそれは、何でできているのかてろんとした表面をしている。けれど、なにより目を引くのは、その像の瞳だ。何を意図したものか、右目には赤、左目には青の石がはめこまれている。
「何でも、これは魔女が――って言っても魔法使いじゃなくて、土着の宗教に根ざして独自の医療と技術を発展させた技能集団のことらしいんだけど――後継者に渡すために作ったものらしいんだ。けど中が空洞でね。どうやら何か仕掛けがあるらしいんだ。へらへら男が言うには、『魔女の心得』を暗号にした謎掛けっていうことらしいんだけどね。ほれ、そこにある「知」と「情」をこの瞳の青と赤が示しているんじゃないかってね」
 店主は一通りの説明をすると、一枚の紙片を真砂へと渡した。
「まあ、面白そうですね」
 真砂はにこりと微笑んだ。実は、真砂自身現役の魔女なのだ。しかも、魔法使い。
 けれどまあ、それはあえて言うことでもないだろう。それよりも、中身に秘められているであろう人間の魔女の業に興味があるし、仕掛けも面白そうだ。うまく使えそうなら、新しいアイテムの開発に応用しても良い。
 良い玩具に巡り会ったものだとばかりに、真砂の中には遊び心がむくむくとわき上がってきていた。
「私は竜宮真砂と申します。皆様、よろしくお願いします」
 これから一緒に謎解きをする3人に、おっとりと頭を下げる。
「これは申し遅れました。私、セレスティ・カーニンガムと申します」
 銀髪の麗人が真砂と、そして少年にも向かって名乗った。
「櫻紫桜(さくらしおう)と言います。よろしくお願いします」
 先ほどの少年が、年にそぐわないくらいの老成した態度で自己紹介をする。
「ラクス・コスミオンです……」
 最後にスフィンクスがはにかんだように首をすくめながら名乗りを上げた。
 真砂は1人1人確認するように微笑みを返し、店主から渡されていた紙片に視線を落とす。

『魔女たる者、片方の瞳にて知を映し、片方の瞳にて情を映す。しこうして真の魔女たる者、揺れ、流るる鏡の助けを借りて、その両者を同時に瞳に映す。柔らかき月の光の元、得たる知をもって、その業を為す』

 そこにはそう書かれている。人の魔女たちが自分たちの技術を行使する際の心がけを示したものだろう。そして、今はこの像の謎を解く鍵になっているらしい。
「満月の水鏡を利用する封印と見たけれど……」
 真砂はとりあえず第一印象を口にした。満月のもと、水鏡を利用して両目の反射光をそれぞれの目に当てろ、ということではないのだろうか。
「素直に読み取れば、『月の出る晩に像を川に映し、真意を読み取れ』ということになると思うのですが……」
 それを受けて紫桜も首をひねる。
「そ、それで、右目と左目を互いの瞳に映し出すように、川の水面に反射させて互いに重なるようにすればいいのではないでしょうか。両方が紫になるように」
 内気なたちなのだろう、瞳に動揺の色を残しながらもラクスが口を開いた。そう言うや否や、口の中で複雑な数式をぶつぶつと唱え始める。
 どうやら、紫桜もラクスもほぼ真砂と同じことを考えているらしい。けれど、大きな問題が1つ。
「でも、顔が目まで映る流れって難しいわね……」
 ぽつり、とその懸念を口にすると。
「それにこの東京で、そこまで綺麗に映る川となると……」
 紫桜もそれに頷いた。
「では、流れではなく、銀盆に水を満たした水鏡ではいかがでしょうか。どのみち、月夜に、というのは皆さん共通の意見のようですし。どうでしょう? ちょうど明日は満月、中秋の名月です。月見を兼ねて明日の夜集まって謎解きにとりかかるのというのは? ちょうどおあつらえ向けの場所もご用意できますし」
 セレスティが一同の顔をゆっくりと見渡しながら提案した。
「まあ、楽しそうですのね」
 真砂はその提案に、にこりと微笑んだ。紫桜とラクスにも異論はないらしい。
「じゃあ、それまで像は蓮嬢にお預かり願いましょうか。抜け駆けはなし、ということで……」
セレスティが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 翌日夜、真砂は教えられていたセレスティ邸を訪れた。そこは堂々たる大邸宅で、セレスティの部下らしき人が出迎えて案内してくれた。通された先の部屋は、一面の壁と天井がガラス張りになっていて、外に広がる庭園から続くように、厳密な温度管理を必要とする植物がガラスの壁際に植わっている。本来なら太陽の光を導くための部屋なのだろうが、これなら月の光も存分に降り注ぐことだろう。
 ちょうど、昇ったばかりの大きな満月が庭園の木々の梢にかかっているのが見える。強く黄色みを帯びた月は、どこか人の目をとらえて離さないところがある。集まった他の面々も、黙って大きな月に見入っていた。
「もう少し昇ったら始めましょうかね」
 そう言って紅茶を勧めるセレスティも、月を眺めながら目を細めた。
 やがて、黄色い月は徐々に空高く昇り、銀色の光を帯びる。
「さて、始めましょうか」
 言ってセレスティはテーブルの上を指した。そこには水を満たされた銀盆が載せられていた。
 セレスティの合図で、室内の照明が落とされる。いまや、水をたたえたような銀色の月光だけが部屋の中に満ちていた。
「はい、それじゃあ……」
 と紫桜が魔女の像をそのすぐ近くに置く。水面に像が映るように。
「何も起こらないみたいね。違ったのかしら?」
 何の変化も見せない像に、真砂は首を傾げた。
 そもそも、ただ像を水鏡に映しただけでは、左右の瞳は重ならないかもしれない。それなら、2枚の鏡を直角にして左右が正しく映るようにしたらどうだろうか。これなら赤の瞳と青の瞳が重なるはずだ。真砂が胸中でそう考えているうちに、他の面々も口を開く。
「像の中が空洞と聞いていたので、その中の何かが投射されるかと思ったのですが……。そういえばその瞳、貴石でしょうか、色石でしょうか? 色石だったら、覗き込んだらわかるかもしれませんね」
 セレスティの言葉に、近くにいた紫桜が像の瞳を覗き込む。
「うーん……ちょっと中まではわかりませんね」
「そうですか……。こうなるとヒントを頂きたくなりますね」
 セレスティは頷いて、像のもとへと歩み寄り、その瞳に指先を触れた。
「おや? これは石じゃないですね。何かの結晶みたいな……」
「ラ、ラクスにも見せて下さい」
 それまで少し離れたところで小さくなっていたラクスが声を上げる。先ほどからうずうずしていたらしく、その力強い翼がこすれ合ってさわさわと音を立てた。
「ええ、もちろんです。どうぞ」
 セレスティが頷き、紫桜を促して不必要なくらいに像から離れる。どうやら昨日からラクスの言動を見る限り、このスフィンクスは男性が苦手らしい。
 果たして、ラクスはいそいそと像に歩み寄った。その顔一杯に好奇心と期待の色を浮かべ、像の目に獅子の前脚を触れる。
 と、その鋭い爪がちょうど右の瞳の端にかかり、赤い石はころりと転げ落ちた。そして当然のことながら重力に従って、銀盆の中にちゃぷんと軽い音を響かせて飛び込む。と、それは見る間もなく盆の水に溶けてしまった。
「ひゃ、ひゃあ! ご、ごめんなさいっ!」
 周囲の目が点になる中、ラクスは可哀想なくらいに狼狽して頭を抱え、左右に振った。わき起こった風で、盆の水が激しく波立つ。
 石がどうなってしまったのかと、真砂は脇から覗き込んだ。それはきれいさっぱり溶けてしまったらしく、盆にたまっていた水は、すっかり赤色に染まっている。
 けれど、その時、真砂の頭に閃いたものがあった。
「あら、でもこれでいいんじゃないかしら?」
 真砂は他の面々にもわかるよう、盆を指差した。
「こちらの青の石も外して溶かせば……」
「紫色、になるでしょうね」
 真砂の言葉をセレスティが引き取った。
「そうか。鏡にとらわれすぎていたんですね。『揺れ、流るる鏡』までで水のことだったんだ」
 紫桜がはっと声を上げた。
「水の助けを借り……というのが、水に溶かして、ということだったんですね」
 まだ涙目ながらも、ようやく少し落ち着いて来たらしい。ラクスが左目も爪で外し、盆の水に落とした。果たして、それは見事な紫色へと変わる。
「この後は、『同時に瞳に映す』ですから、目に戻せば良いのでしょうか?」
 セレスティが穏やかながらも、早く見たいとばかりに次を急ぐような口調で言う。
「ええ、目のあったところに穴が開いていますから……。おそらくそうでしょうね」
 真砂は像を覗き込んだ。そして、どうやら穴は内部へと繋がっているようだ。
「でも、盆の水を小さな穴に注ぐのは少し骨が折れそうですね……」
 そう呟いた紫桜に、セレスティがにこりと微笑みを向けた。
「それはご心配なく」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、盆にたまった紫色の水が自ら細く立ち上がり、二手に分かれて像の目へと入っていく。やはり彼も水の眷属、彼が操ってそうしたのだろう。
「さて、何が起こるのでしょうね」
 セレスティはわくわくする、と言わんばかりの口調で呟いた。ラクスもまた、瞳をきらきらと輝かせて像を食い入るように見つめている。真砂も、人間の魔女のお手並み拝見、といった気分で像を見守った。
 しばし、月光の降る音さえ聞こえそうな静寂が、部屋を満たす。
 そして。
「あら? 下から垂れてきたわね」
 像の底部から紫色の水が染み出ていることに気付き、真砂は声をあげた。
「竜宮さん、着物が汚れてしまいます。俺が」
 像を持ち上げようとした真砂を制し、紫桜がそれを手に取った。若いながら、なかなか気の回る少年だ。真砂はたおやかに礼の言葉を口にして、紫桜に任せることにした。
「これ……、多分接着剤が溶けてきてるんですね」
 紫桜が像の底をつかんだ手をゆっくりと引いた。ずるり、とまるで像が産み落としたかのように筒状のものが抜け出てくる。その側面には文字が刻まれており、そこに入り込んだ紫色が月の光を跳ね返して淡く輝いた。
「『ここに示すは初歩の業にして最後の業。病を癒すは薬ならず飲み人の情なり。ゆめ忘るべからず。情を離れた知を追うに溺るべからず』」
 真砂はその文字を読み上げた。続きは口に出さずに軽く目で追う。
「あとは薬の調合法のようですわね。特効はないけれど、人に精力をつける基本的な薬、ですね」
 その調合法自体は真砂の知るものと同じではなかったが、特に目を見張るものでもない。一番最初に覚えるべき調合のように思えた。
「中に瓶が入っていましたが、これがその薬でしょうか?」
 紫桜が、筒の中から取り出した瓶を軽く掲げて見せた。
「おそらくそうでしょうね。訓示の方は魔女ならぬ我々には、本当のありがたみがわからないのかもしれませんが」
 セレスティが頷き、軽く笑う。
「『初心忘るべからず』ということでしょうか。よく聞きますけれど、実際に忘れないのは大変なことですしね」
 紫桜がわずかに目を細め、瓶を眺めた。
「ラクスには良い勉強になりました」
 何か思うところがあったのだろう。ラクスが静かに呟いてにっこりと微笑んだ。
「ええ、それに楽しかったですしね」
 真砂はそれに頷いた。
 思っていたような魔法の仕掛けではなかったけれど、自らの持つ知をいかんなく、そして遊び心を交えて形になした人間の魔女の所業はやはり興味深い。中身が一番基本的な薬だったというのは少し物足りないが、ある意味、魔法を使えない人の限界内での最大の工夫といえるだろうか。どんな効果を得るのも応用次第、ということなのだろう。
 さて、自分はこれをどういうように応用しようか。混ぜ合わせると全く違う効果になってしまう薬というのも良いかもしれない。その組み合わせによってはかなり楽しめるだろう。そう考えると楽しくもなってくる。
「それでは、まだ月も高いことですし、このままお月見と参りましょうか。今度は日本茶を淹れ直しましょう。紫桜君からすすきと月見団子の差し入れも頂いていますし」
セレスティはさっそく部下に言いつけている。
「お月見……ですか?」
 ラクスは小さく首を傾げた。
「いいですわね」
 真砂が頷いたところで、淹れたての茶が運ばれてくる。独特の香ばしい香りが広った。いつしかすすきも飾られて、途端に和風情緒が漂った。


 月が西の空へとゆっくり滑るまで、皆思い思いに月を、そしておしゃべりを楽しんだ。このちょっとした一夜こそが、人の魔女がくれた贈り物だったのかもしれない。ふとそんなことを思って、真砂は小さく微笑んだ。

<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5199/竜宮・真砂/女性/750歳/魔女】

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■         ライター通信                                                  ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は「魔女の心得」へのご参加、まことにありがとうございます。
わかりにくい暗号だったのにも関わらず、ご参加下さった皆様に心からお礼申し上げます。おかげさまで、無事解読することができました。

「水に溶かす」が一番の山場になると思っていたのですが、うまく実現できてほっとしております。
種明かしについては、近いうち私のOMCブログに掲載したいと思います。
またこれに懲りず(?)、今度はもう少しわかりやすい暗号をいつかお届けしたいと思っております。

また、今回は初顔合わせのPC様が多かったので、他の方の描写に少し文字数を割いてみました。
なお、いつものように、各PC様ごとに若干の違いがございます。
とまれ、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


竜宮真砂さま

はじめまして。お会いできて光栄です。この度はご発注まことにありがとうございます。
よ、よもやホンモノの魔女様にご参加いただけるとは……とモニタの前で冷や汗をかいておりました。
作中の魔女は、ご覧の通りただの人間という設定なのですが、仕掛けには多少楽しんでいただけたでしょうか? 
左右が正しく映る鏡、には感服致しました。そこまでネタを練っておらず、活かしきれなかったのが残念です。
ご笑納いただければ幸いです。

ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。