|
[ タケヒコ狩り(前編) ]
『今、全国各地のタケヒコが危ない!』
たった今入った依頼の電話に了承を出し切った後、何気なく見た月刊アトラスのトップ記事を飾っていたのはそんな文字だった。
どうせ又ろくでもない記事だと、それを目にした草間武彦は然程気にも留めず、人気男性アイドル突然の死亡等書かれた芸能欄を適当に眺めながらもタバコを吹かしていたのだが、数日後それが一般紙で取り上げられたとなると話は違う。
「兄さん…コレ。この新聞に詳しく書かれていますよ?」
草間零に言われ新聞記事に目を通すと、被害は南は沖縄から中国・四国地方、関西や東海方面を全制覇し、現在関東方面へと移動。各地の『タケヒコ』が子供大人・人間動物に関係なく、余すことなく被害にあっているらしい。被害は悪戯じみたものから、生死に関わるのではないのかと思うものまで。
「竹彦に岳彦に……武彦。確かにありとあらゆるタケヒコ、だな」
武彦がそう呟いた頃、興信所のドアが唐突に開かれ、そこに立つ人物を見た彼は溜息を一つ。
「どういうタイミングだ?」
「どうもこうも、近くに寄ったついでに一つ忠告よ。ボディーガードの一人でも頼んでおきなさい?」
ドアの閉まる音と同時、そこに立っていた碇麗香は声に出す。
「このタケヒコ狩り、うちの調査結果だとそろそろ狙いは首都圏。職業柄、どこかで恨みの一つを買っていてもおかしくないんだから、少しは日頃から用心したらどうかしら? 案外本当の狙いはタケヒコはタケヒコでも『草間武彦』なのかもしれないじゃない」
「何言ってんだ……まさか、なぁ?」
顔は冷静を装いながらも、武彦の手は既に机の下でアドレス帳を開いていた。
そして興信所の電話、その受話器が武彦により持ち上げられたのは麗香が帰った直後のこと。
「タケヒコ狩り……ね」
一通りの話をそっと聞いていたシュラインは、麗香が出て行ったドアから、どうやら大慌てで依頼の電話を終えた武彦に視線を移しポツリ言う。
「まさか今さっき入った依頼がこの件に関係はしてないでしょうけど、注意していてね?」
「あ、ぁ……」
浮かぬ顔での返事に、シュラインはソファーにそっと座り、武彦を見ないまでも彼には聞こえる声でいくつか考えを纏め始める。
「それにしても漢字関係ないみたいだから、この件に何らかの決着が付くまで名で呼ばないことにするわね。勿論これから来る人達にも念を押さないとだし、ええと――探偵さん」
「――――……あ? なんだそれは、俺か!?」
暫しの間を置き、それでもかろうじて反応した武彦にシュラインは先ほどの言葉を反芻した。
「何って、名では呼ばないって事でね。仮名が欲しいなら適当に考えるけど、とにかく不意に名で呼ばれても答えないように」
「極力……注意はするが、名前呼ばれて反応するなって難しい注文だな」
苦笑いを浮かべた武彦に、シュラインはしょうがないじゃない、少しの辛抱よなど呟き、ソファーから立つ。そろそろこの依頼に乗った者達が訪れるはずだ。茶の準備でも、と台所へ移動する。
「さて、と――あら?」
しかしそこで戸棚が開いているという異変に気づき。
「……猫、缶?」
続いて既に空となった猫缶を流しの隅で発見。
なぜ?という疑問も束の間、応接間の方から微かに武彦の叫び声と誰かの声を聞き、取り敢えずシュラインはお湯を沸かすことにした。
□□□
武彦の連絡を受けた者達が集まったのは意外とすぐのことだった。第一に集まった者の内二人――と言うか、一人と一匹は既に興信所にいたからだろう。
客用ソファーに腰掛けた四人はそれぞれ湯気を立てる茶を目の前に武彦を見るが、彼は机に突っ伏し「勝手にやってくれ」と、既に考えること自体を放棄していた。
「しょうがないわね……」
「はいはいっ、私藤郷弓月と言います。よろしくお願いします!」
シュラインが溜息一つ、武彦から視線を外したところで、彼女の隣に座っていた女子高生――藤郷・弓月(とうごう・ゆつき)が右手を上げながら名乗る。他の三人の面識は多くあるが、弓月が面識あるといえばこの中ではシュラインと武彦くらいだ。
「ええ、こちらこそよろしくね」
「うむ、人造六面王 羅火じゃ」
「神納水晶。」
シュライン・エマに続き、かわいいちま猫姿の人造六面王・羅火(じんぞうむつらおう・らか)、神納・水晶(かのう・みなあき)と簡単な紹介は続き、全員の返答を聞き終えたところで弓月はソファーに座りなおした。丁度そのタイミングと同じく、湯飲みを空にした水晶が口を開く。
「それにしても、タケヒコが余すところなく被害にあってるって、どーやって犯人は情報を得ているのか気になるケド……どーよ、羅火?」
「うむ……ヒトも獣も人でなしも問わぬ、タケヒコの音で呼ばれるものならば見境なし――式にしても相当に出来の悪い代物じゃな」
水晶に続き隣の羅火は小さく首を傾げ、僅かに俯きながら声を上げた。しかしその言葉に聞き慣れないものがあったのか、弓月があからさまに首を傾げる。
「シキ?」
「式神のことね。聞いた事くらいはあるかしら?」
シュラインが補足すると、彼女は「あぁ」と納得し、再び聞き手にまわることにしたらしく大人しくなった。
「……草間、ぬしはしばらく下の名を呼ばせるでない」
不意に顔を上げ言った羅火の声に、武彦は依然机にへばりついたまま。しかし顔だけは羅火を見た。
「あー……それさっきシュラインにも言われたな。反応するなって。ただこの中で俺の名前呼ぶのはシュラインだけだから大丈夫だろ?」
「まぁ、そやつが既にこの領域に入っておったらもう意味はないのじゃが。まだ入っておらぬなら、その名を呼ばれぬ限りそやつの認識からは外れるじゃろう」
「もう顔と名前が割れてるなら意味ないだろーケドね。まぁ、今はそれでいーんじゃない?」
放り投げた足を時折ぶらつかせながら、水晶はポケットに手を突っ込み言う。
「それじゃあこれからの役割だけど、私は麗香さんに情報回しを頼んだ後、各地域の新聞社に聞き込みをしようと思っているわ。主に此処が拠点となるわね」
「俺のやることと言えば護衛、かな。後内容は被りそーだケド、事件の事分かる程度に新聞調査くらいはしておくよ」
言いながら水晶は、既にテーブルの上に無造作に置かれていた新聞を手に取った。
「わしは……今はちぃとばかし待機じゃな」
「何、羅火は楽なポジションなワケ?」
「なぁに、時がきたら護衛業のぬしより動くつもりじゃ」
新聞を広げたまま羅火を見た水晶は、言い返された言葉に「ふーん?」と適当な相槌を返し、再び新聞へと目を戻した。
「犯人は迫っているだろうけど、焦ってもしょうがないわね。確実にいきましょう。藤郷さんはどうするのかしら?」
「草間さんの護衛さんが居なかったら私が! って思っていたんですけど……戦える能力は無いし」
と、弓月は正面で新聞を広げている水晶を見た。そのまましばらく何か考える素振りを見せていたが、彼女は唐突に。それは唐突に声を上げた。
「――想像してみただけでもありえない!」
「ど、うしたの?」
思わず心配になってしまいシュラインが声をかけると、弓月は少しわざとらしい咳払いをして笑みを向け、続いて武彦の方を見る。
「あ、いえ…何でも……というか草間さんはお仕事ですか? 手伝えるものなら私手伝いますけど」
言うと武彦は机の上に置かれたメモ帳を見て思い出す。
「そうだな。今日は一人、依頼人が来ることになってるんだ。出来れば今日ばかりはシュラインの代わりに動いてもらえるか?」
「了解です! お茶汲みでも書類整理でもメモ取りでもなんでもどんとこいですよ!」
「じゃあ藤郷さんに色々任せるわね。よろしく」
まずはシュラインが席を立つ。それに続いて弓月が何かやろうと立つ。
「……賑やかじゃのう」
「…………」
ポツリ苦笑を漏らした羅火の隣、水晶は無言のまま新聞を捲っていた。
□□□
客用ソファーでは現在水晶が盛大に新聞を広げているため、台所まで椅子を一つ引っ張りだし落ち着いたシュラインは、まず携帯電話の発信履歴から麗香の番号を探し出す。アトラスで何らかの情報を得たら随時回してもらえないかとの頼みは快く引き受けられ、ついでに麗香は後でもう一度、今度は何らかの資料を持って興信所を訪れると言い残し電話を切った。
次は新聞社だと、まずは沖縄から順番に…とリストから電話番号を探すその途中。
「あー、電話の前にいいかの?」
台所にひょっこりと顔を覗かせたのは羅火だった。改まった彼にシュラインは思わず首を傾げ返答する。
「あら、どうかしました?」
電話番号リストを一旦閉じるとシュラインは椅子を立ち、羅火の前にしゃがみこむ。どうにも猫と人だとこれが自然となる。
「この先、怪我の状況が酷い被害者の情報がまとまって入ったら教えてくれるかの?」
少し控えめの言葉。が、シュラインは傾げた首を元に戻しサラリと答えを返した。
「それなら多分すぐ分かりますよ。麗香さんもその手の資料持ってきてくれそうでしたし」
「そうか、なら少しばかし奥で待つとするかの」
気持ち安心したような表情で、羅火は礼を告げると踵を返す。その姿を確認するとシュラインは再び椅子に座り携帯電話を握り締める。が、その直後。
「わわっ、ごめんなさい!? もしかして私お邪魔、ですか?」
丁度羅火の向こうに急ブレーキをかけた弓月が居た。
「あら?」
さっきの流れから、茶を淹れる為に来たのだろう。とは言え彼女の言葉はどう受け取るべきか悩むが、狭い台所で喋っていた光景が彼女には何か重要な事にでも映ったのか……別に聞かれようが見られようが困る内容ではないのだが。
「いや、わしはもうそっちに行くからの。ぬしは茶を淹れにきたのじゃろ? 後でわしのところにも頼む。少し温めでの」
「あ、はい」
やがてサラリと言った羅火に返事を返し終えた弓月と目が合った。
「お茶、だったわよね? 茶葉はそこの棚に入ってるから宜しくね」
そう言うとシュラインはようやくリストの一番上の番号に電話をかけ始める。まずは沖縄の新聞社だ。長い間コールを鳴らし続け、ようやく出た男性社員は寝起きのようで声がはっきりしない。
「――御忙しい所申し訳ありませんが、少々お聞きしたいことが……」
しかし今起きているタケヒコ狩りの話題を出した瞬間、彼の頭は完全に冴えた様で、快い返答が聞こえてきた。
それに一安心したところ、シュラインの前には湯飲みが置かれる。見れば弓月が茶を淹れ終えた様で、シュラインはにっこり微笑むと、言葉での礼の代わりに首を少し傾けた。弓月はその意味を納得したのか、同じく「どういたしまいて」とばかりに微笑み返してくると、台所を出て行く。
静かになった台所ではただ、シュラインのメモを取る音だけが微かに響いていた。
聞くことはあらかじめ絞っている。被害者の年齢、怪我の頻度、時間、被害場所に襲われた時の状況。襲われた時、あるいはその前に名前を呼ばれたか。電話での聞き込みは勿論、その合間合間でメールによる聞き込み手段も取り、調査の時間を出来るだけ短縮していく。
単純に沖縄から北上してきているこの事件。事の始まりはどうやら半年以上も前になるらしい。つまり、此処数ヶ月で一気に起きた事件と言うことではなさそうだ。
年齢は最年少で生後一年にも満たない幼児が突然ベビーカーから転落する事故――と言っても、これは誰かに狙われたのではなく、母親の責任ではと言う話もされているが――から、老人が唐突に杖を奪われ転倒する、これまた不注意なのではと問われるものまで。年齢層はあまりにもバラバラで、しかし幼児老人に対してだけは然程の重症を負わせていないのが確かなことだった。
ちなみに動物は年齢問わず皆近所の子供がするような悪戯被害が多い。
逆に若者から中高年辺りは、怪我の具合があまり良くないのが多かった。時間もバラバラ。どんな人ごみでも、タケヒコただ一人が狙われ、まさにその瞬間を目撃されることもなく気づけば犯行は終わっている。名前を呼ばれたかの話もバラバラで、本人でさえ気づけば倒れているのだ。何か、或いは誰かにやられたと自覚することもなく。
ただ一人、関西の新聞社からの返答にあったものだが、被害者の数人が切ない女の声を聞いたと言う。
『……どうして? 私はただ会って話がしたいだけなのに――タケヒコ』
「――やっぱり誰かを探してるのかしら? 苗字も分かればうちの探偵さんか他の誰かか、特定は簡単になると思うのだけど、そう上手くいく訳もないわよね」
ふぅと溜息を吐くと椅子から立ち上がる。結局関東より北で事件は起こっておらず、明らかに便乗しての悪戯らしいものを省き、最も古いと思われる事件から順に移動経路を地図にチェックしていくが、時々既に犯行を終えた場所で再び犯行を犯していたりどうもはっきりしない。計画性がないというべきか。とは言え、ほぼ全てのタケヒコが狙われているのは確かなようで。
「一応うちの探偵さんが目的の可能性も考慮して……」
呟きながら椅子を持ち、台所を出たところで興信所のブザーが煩く鳴り響く。依頼人が来たのだろう。警戒するに越したことはないが、武彦は既にドアを開け依頼人を中へと入れていた。
見たところ普通の……男性だった。ファイルの整理をしながら話に耳を傾けていると、依頼内容はどうやら妻の不倫問題がどうのと聞こえ、今回の事件とは関係なさそうに思える。
案の定何事もなく帰っていった依頼人に一息吐くと、シュラインはソファーに腰掛けた。と同時、隣の部屋のドアが開き、中からひょっこり羅火が出てくる。
「あ、麗香さんはまだだけど色々データが手に入ったわよ?」
それに気づいたシュラインは今しがた纏めた書類を片手にソファーから立ち上がるが、羅火は今はやはり要らないと。これ以上事がややこしくなった時又見せてくれとだけ言い、今度は武彦の方も見て言った。
「呪詛系の知識は一通りあるからの。もし何かあったら連絡をくれ」
「どっか行くのか?」
武彦の問いに羅火はくわぁと欠伸を一つだけ残し、他には何も言わずぷいっと背を向けるとドアの方へと向かう。
その姿に弓月はソファーから立ち上がりドアの方まで駆け足で行くと、勿論閉まっていた興信所のドアを開けた。
「気をつけて行ってらっしゃーい」
そんな明るい声を受け、羅火は猫の姿のまま外へと出ていく。残されたのは武彦にシュライン、弓月と奥にいるはずの水晶の四人。
まだ、何かが始まる気配など微塵も感じることは無かった――
□□□
羅火が出て行き数十分後。興信所のドアが勝手に開けられ、そこに現れたのは麗香だった。見れば手には分厚いファイルを二冊持っていて、そのうちの一冊をシュラインへと手渡してきた。
反射的に茶の準備と台所へ走っていた弓月が戻り茶を出すと、麗香はファイルから視線を弓月へと移動させ、それまで厳しかった表情をホンの僅か和らげた。
「あら、ありがとう」
「いえいえ。それにしても…凄いファイルですね。書類がいっぱい……」
恐れ多くも弓月は麗香の隣に腰掛けると、少しだけファイルを覗き込んでいる。
「これ全部、今回の事件資料だそうよ」
「ぜっ、全部ですか!?」
シュラインは冷静に言うものの、弓月が驚くのも無理はない。それは角で人が殺せそうな分厚さ、そしてきっと重さも十分にある。
「マスコミに一般公開されている件と、うちの編集部が独自に調査して分かったことを纏めてたらこんな感じに。まぁ、重要部分絞って付箋付けてきたから」
「助かります。一応主要都市の新聞社は聞いたけど、流石に全部は今日じゃ無理で」
言いながらシュラインも手に持つファイルを捲る。
「ただね……さんしたくんの作業がなかなか終わらなくて、桂の情報が随時にしか集まってないけど、まぁ今は勘弁してくれるかしら?」
「あら、三下くんの作業って?」
一度ファイルから顔を上げシュラインは麗香に問う。
「タケヒコ探しをさせてるのよ、芸能方面でね。それも本名限定」
「本名限定、なんですか?」
弓月が不思議そうに聞き返した。確かにそうだろう。それではまるで――
「どう言う訳か、芸名でタケヒコの名を持つ者は襲われてないのよ」
どんなに隠そうが本当の名前が分かってしまう、と言う事で。余程本名に執着しているとしか思えない。
「芸能関係者やそうね……作家だとか、少し表立った職業のタケヒコは偽名を使っていようが割り出され、比較的酷い目に遭わされていたりもするし。相当何かあると思うのよね」
「表立った職業が――うちの探偵さんも表立てるといったらそうなるのかしらね……」
考えれば被害状況の酷い人達は武彦と歳も近いし、特殊な職業といったら特殊だろう。考えながらシュラインは、ファイルを捲る手を完全に止めていた。
そんな中、弓月は三下の手伝いをしに行くと挙手し、彼女の明日の予定が固まり、そのまま茶の代わりを用意し始める。
「……麗香さん、やっぱりこの事件。うちの探偵さんが狙いなのかしら?」
現時点ではこれといった情報が少なく、今日得た情報を基に明日からは違う方向から調べることが必要になるだろう。先が見えず、麗香の考えを仰ごうとも考えるが、麗香は「大丈夫よ」と微笑み湯飲みを手に取った。
「嗾けてみたけど、こうして調べていくと一概にそうと言えなくなってきてね」
苦笑いを浮かべた麗香に、シュラインも思わず苦笑する。結局その日は何も起こらず、武彦の様子も多分……何時も通りの筈、だった。
翌日…‥
シュラインは昨日麗香から貰ったファイルを両手に悩んでいた。ついでに言えば、目の前のテーブルには棚から引っ張り出してきた依頼履歴ファイルがある。
狩りが始まった頃を重点に、関連のある依頼扱ったかを確かめようと思ったのだ。それに漢字を知らない辺り、直接会った事のある相手ではない可能性も考えられるので、依頼関係・人物交友関係と、方向性は多々ある。
「誤解が発端なら解いておきたいけれど……」
ううんと唸りながらシュラインはそれぞれのファイルを捲っていく。やがてページは桂の追跡調査の項目となった。昨日は事件の起こっている動きしか分からなかったが、実際ほぼ正確に犯人を追跡している桂の足取りを見ると、予想以上に動きは複雑だった。
事件自体は確かに南から北へ。それが正しいのだと思う。しかし実際の犯人の動きは――
「……大阪が拠点、なのかしら?」
やたら大阪とその他の地域を往復している。
所々書かれた桂のメモによると、大阪へ行く度同じ場所へ寄るという。
「――そこは…探偵事務所」
少しだけ書かれていた事務所の情報。肝心の所長、その名前を見るとタケヒコとは関係なかった。がしかし…‥
「昨日所長が犯人に殺されていた?」
タケヒコには関係ない筈の者が同じ犯人により殺害されたと、そこには記されている。そして犯人は今、再び東京方面に向かっているらしい。つまり、首都圏までは来たものの一度大阪に戻ったため、まだ事件は起きていないのだと桂は記していた。
「此処の所長さん、うちの探偵さんと知り合いだったーとか…まさか、ないわよね」
妙な予感が頭を過ぎり、シュラインは武彦の方を見た。彼は何か考え込んでいるのか、頭を抱え唸っている。
「ね、探偵さん。西に知り合いの探偵さんなんていないわよね?」
シュラインの言葉に顔を上げた武彦は、火の点いていないタバコを銜えたまま、一度天井を見上げ考える仕草を見せた。
「西の探偵? そんな所に知り合いなんかい――たな」
そしてあっさりと肯定すると、確か半年くらい前に連絡があって、何かの依頼をこちらに回されかけた覚えがあるとぼやく。
シュラインはソファーから立ち上がり、武彦へとファイルを見せれば人物は一致した。
「でもな、その依頼は断った。漠然としすぎてたし、丁度立て込んでたしで。ファイルにメモくらいなら挟んでるかもしれないな」
「半年くらい前の……受けなかった依頼っと」
それは十数分後、棚から新たに手に取ったファイルの数冊目にひっそりと挟まっていた。
「『西探・共同? 依頼女、探し男。居場所不明、カガミタケヒコ→鏡 威彦(ただし今現在は別名?)』――何、この走り書きは!?」
あまりにも断片的過ぎるのと、恐ろしい走り書き加減で文字はミミズのようで。思わずメモを握りしめてしまうが、問題はこの女が探しているのがタケヒコだということなんじゃないかとシュラインは考えた。
「……一先ず一歩前進。食事の準備でもするわ。皆お腹空かせて帰ってくるだろうし」
ファイル内容の整理だけで既に夕暮れも近い。ファイルを一旦片付けるとシュラインは台所へと移動する。
数十分後、台所を覗き込んできた水晶に「一日ぶりね」と声をかけると彼は無言のまま引っ込んだ。一体何なのかと首を傾げながらも、包丁をトントンとリズム良く動かすことに今は集中するだけだった。
結局辺りもすっかり暗くなった頃、弓月は重いファイルを片手、へとへとになりながら興信所に帰ってきた。
その姿を確認すると、最後の仕上げ中だったシュラインは、晩御飯だと声をかける。
そして翌日、今度は昨日弓月が持ってきたファイルを片手にシュラインはソファーに腰掛けていた。
ファイルの内容は麗香が言っていた芸能人の本名という物だ。理由はどうあれ、隠している名前を知ってしまうのはあまり良い気分ではないかもしれない。
「断片的だけど確かメモに探し人は別名?みたいに書いてあったのよねぇ……」
メモというのは勿論昨日見つけた物だ。別名というのは根本的に名前を変えてしまったか、結婚により苗字が変わったか、表向きの名前を変えたかくらいだろう。
「まさか、とは思うのだけど」
幸いリストは芸名と本名のどちらからでも五十音順に調べられるようになっていた。シュラインは本名リストのか行を開くが、その手はあっという間に止まる。
『鏡威彦』――その名前を見つけ。
「……つまりそういうことなのかしら?」
ポツリ呟いたとき、ふと視界の隅に映った何かにシュラインは顔を上げた。
「――たっ…んていさん!?」
こんな時といえど、反射的に武彦の名を呼ばぬよう一瞬言葉を噤んだシュラインは、もうファイルはそっちのけに立ち上がると、机に突っ伏し頭を叩いている武彦の傍へと駆け寄る。
どうしたのと問いかければ、数日前から頭痛がしていたという。思えばよく頭を抱えているとは思った。考えている素振りにも見えたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
「熱は…ないみたいね。良いからソファーで休んで? 数日続いてるなら一先ず薬飲んで、それでもだめなら病院行きましょ?」
武彦の額に素早く掌を当て確認すると、半強引にでも武彦を机の前から遠ざけソファーへと誘導した。
「いや…でも今日依頼人が来る筈なんだ……怪奇現象なんかじゃなくて普通のだ。これを受けないで何を受けろって――」
「こんなに動けなくて、今タケヒコ狩りなんて起こったらどうするのよ!?」
こんな体調不良の時に限り俄然やる気を出されても困るというもので、シュラインは武彦を一旦無理矢理にでもソファーに寝かしつけると薬を持ってくる。一度武彦を振り返れば、やはりやる気ほど体は言うことを聞かないようで、ぐったりと天井を見上げていた。
「どーしたの?」
少し煩かったのか、隣の部屋から水晶が顔を覗かせた。
「探偵さん、数日前から頭痛が治まらないらしいのよ。熱とかはないのだけど、今日はもうまともに起きていられないみたいで」
ついでに今すぐにでも病院に連れて行こうかとも考えるが、頭痛で病院にいこうとして万が一襲われたら違う内容で搬送されかねない――と水晶に告げると、彼は「それなら」と切り出す。
「あのさ、護衛に羅火付けさせるから行って来たら? 興信所空っぽもまずいだろーし、俺試してみたいことがあるんだよね」
言うなり水晶は携帯電話を出し「あのさー羅火」と切り出したようだ。
その間、シュラインは武彦の診察券やら保険証のチェックなど、出かけの準備を整え始めた。
「エマさんに草間さん!! 急いで此処から逃げてください!」
しかし数十分後、興信所に飛び込んできたのは羅火ではなく弓月だった。
「そこで人ぞ――羅火さんと会って、此処には神納さんは残してみんな白王社に逃げろって」
「それは…どういうこと!?」
「どーゆーワケか、ようやくお出ましって事だね」
やがて武彦の異変に気づいた弓月もシュラインと共に武彦を担ぐと、三人はドアを開け白王社、月刊アトラス編集部へと急いだ。
しかしシュラインは忘れていた……武彦が言っていた依頼人。その人物がもうすぐ来ることを――そして、その繋がりを。
□□□
白王社月刊アトラス編集部。その一室を借り、今は病人の武彦――やはりソファーに寝かされている――、それを支えてきたシュラインと弓月、少し遅れたものの途中で合流した羅火、そしてたった今到着した水晶は沈黙を守っていた。
少しすると麗香と桂が現れる。麗香が桂を呼び戻したのは、標的が分かった以上尾行させるより逃げの手段に使った方が良いという提案だった。
「にしても、全く状況がまとまらないのよね。一体どうなってるの?」
あまっていたパイプ椅子に腰掛け麗香は四人を見る。
「タケヒコ狩り…遂に死者が。斉藤威彦って人が」
「本当の目的は鏡威彦って人物なのかもしれない。そして鍵は鏡って人物と恐らく西の探偵さん」
「犯人自身は恐れるに足りないケド、死霊使い――みたいなもんカモね。そいつらが名前を割り出すみたい。闘えば雑魚ばっかだったケド」
「――草間の奴、呪術にやられておるの。よく耐えているというかぬし、意外と忍耐強いんじゃな」
それぞれが口々に言うそれは今日最終的に得た情報だ。それぞれ情報を違う形で共用している部分もあり、小さく頷いたり相槌を打つ。
しかしその中で羅火が半ば感心するよう呟いた言葉、それに共感したのは水晶だけだ。
「ちょっと、それでた…んていさんは大丈夫なのかしら?」
「式ではなくあの――女の憎悪の念だけじゃからの。数日あれば大丈夫じゃろ」
羅火の言葉にシュラインは安堵の息を吐いていた。確かに所謂、呪詛された状態を告げられれば冷静ではいられなくもなるだろう。
「それにしても分からないわね……その彼女、目的は鏡さんって人であって、その人の捜索を西の探偵さんに依頼してる。そして西の探偵さんから共同捜査という形で依頼されたうちの探偵さんはそれを断っている。まさかこれで怨まれてるの、かしら?」
「あの女、もし鏡って奴見つけられなかったら、西の探偵と同じ目に遭わせるって言ってた気が。タケヒコと探偵、なんか二重の恨みポイね」
「でも気になったんですけど、鏡威彦――人気アイドルkyoは…実はもう半年も前に亡くなってたんですよ?」
「あやつ、愛しくも今は憎い…と言ってたの。親しい間柄だったか、或いは――」
結局討論は纏まらないまま。ただ犯人が追ってくる気配もなく、一先ず武彦は桂も居るこの編集部の一室に息を潜めることが決まった。麗香は引き続き調査のまとめ、三下はその手伝い。後の四人は如何するべきか……
「……いいから誰か、この頭痛をどうにかしてくれっ」
そして最後に響いたのは 武彦の弱弱しい声だった――…‥
<< to be continued... >>
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
[1538/人造六面王・羅火/男性/428歳/何でも屋兼用心棒]
[0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
[3620/ 神納・水晶 /男性/24歳/フリーター]
[5649/ 藤郷・弓月 /女性/17歳/高校生]
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、いつもありがとうございます、もしくはご無沙汰しておりました。
亀ライターの李月です。色々な久々だったのですが……ともあれ、お楽しみいただけていれば幸いです。
今回は色々調べつつも半ば中途半端な知識ばかりなので、専門分野であからさまな間違いなどあり気になりましたらご連絡ください。
と、皆さんそれぞれ得ている情報を討論した結果を以下に。もし後編も付き合うよ――と言ってくださる神様のような方はご参考にどうぞ。
---------------- 碇麗香作成 タケヒコ狩り中間報告書 ----------------------------
犯人:女(見た目はかなり煌びやかだが、中身はかなり内気らしい/羅火・弓月談)
(しかし時折恐ろしい表情を見せたり、言葉遣いが癇に障る/羅火・水晶談)
死霊使い? 複数の霊を操っているらしい。その霊が名前を判別。霊自体は弱く、女自体も弱いと思われる(羅火・水晶談)
移動手段は徒歩や一般交通機関のみ(羅火・桂談)
目的:鏡威彦という人物を探しているらしい。西で探偵まで雇うが、その探偵は昨日女の手により殺害された(名はタケヒコではない)
尚、女が頼んだ依頼は西の探偵を通じ武彦にも届くが、彼はそれを断っている(シュライン談)
そして女は武彦に鏡探しを依頼しに興信所を訪れたようだ(水晶談)
しかし鏡威彦は半年前既に死亡。その事実は隠し通され続け、数日前に発覚。死因は表向き発表されてはいない(弓月談)
被害:草間興信所半壊(俺のせいじゃないと水晶談)草間武彦、呪詛により軽症(羅火談)都心部のタケヒコ狩りにより電光板の大破及び死者一名(鏡と漢字が一致)
推測:推測でしかないが、最初の目的が誰であれ、今現在のターゲットは草間武彦に絞られたと考えて良いだろう。
しかし結局犯人は鏡を探し出し如何しようというのか?どうして此処まできて死亡事故を起こしたのだろうか?
この悪質さ、勿論力でねじ伏せるのもありね(きっと爽快よ)でも、彼女の暴走も考えられなくもない。
全ては本人に聞くしか無い……のかしらね?(麗香談)
------------------------- ここまで ---------------------------------------
【シュライン・エマさま】
こんにちは、いつもありがとうございます。麗香からの資料の半分以上は調べたものとほぼ一致、後の少しは桂の情報です。
そして今現在、一応シュラインさんだけが握っている情報も。もし後編も、な場合何らかの参考になればと思います。
何故タケヒコを狙い続けてきたのか、それはやはり少し誤解にも似た事が全ての発端だったりします。しかしその誤解は武彦に対してのものではなく――。
最後になりますが毎度分かりにくいOPに対し詳しいプレイング、本当にありがとうございます。
後編は少々間が開いてしまいますが、十月中旬頃までには開く予定です。開ける数日前にOPは上がっているはずです。毎度毎度悩ませてしまう物ですが…。
それでは又のご縁がありましたら…‥
李月蒼
|
|
|