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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ タケヒコ狩り(前編) ]


『今、全国各地のタケヒコが危ない!』

 たった今入った依頼の電話に了承を出し切った後、何気なく見た月刊アトラスのトップ記事を飾っていたのはそんな文字だった。
 どうせ又ろくでもない記事だと、それを目にした草間武彦は然程気にも留めず、人気男性アイドル突然の死亡等書かれた芸能欄を適当に眺めながらもタバコを吹かしていたのだが、数日後それが一般紙で取り上げられたとなると話は違う。
「兄さん…コレ。この新聞に詳しく書かれていますよ?」
 草間零に言われ新聞記事に目を通すと、被害は南は沖縄から中国・四国地方、関西や東海方面を全制覇し、現在関東方面へと移動。各地の『タケヒコ』が子供大人・人間動物に関係なく、余すことなく被害にあっているらしい。被害は悪戯じみたものから、生死に関わるのではないのかと思うものまで。
「竹彦に岳彦に……武彦。確かにありとあらゆるタケヒコ、だな」
 武彦がそう呟いた頃、興信所のドアが唐突に開かれ、そこに立つ人物を見た彼は溜息を一つ。
「どういうタイミングだ?」
「どうもこうも、近くに寄ったついでに一つ忠告よ。ボディーガードの一人でも頼んでおきなさい?」
 ドアの閉まる音と同時、そこに立っていた碇麗香は声に出す。
「このタケヒコ狩り、うちの調査結果だとそろそろ狙いは首都圏。職業柄、どこかで恨みの一つを買っていてもおかしくないんだから、少しは日頃から用心したらどうかしら? 案外本当の狙いはタケヒコはタケヒコでも『草間武彦』なのかもしれないじゃない」
「何言ってんだ……まさか、なぁ?」
 顔は冷静を装いながらも、武彦の手は既に机の下でアドレス帳を開いていた。
 そして興信所の電話、その受話器が武彦により持ち上げられたのは麗香が帰った直後のこと。


「…ん、あぁ……そう、いいよ。今からそっち行けばいーんでしょ? ん、じゃ」
 携帯電話、その電源ボタンを短く押すと通話を切る。
「――さて、と。どーせだから羅火も誘っていこっかな」
 先程入った武彦からの依頼電話。それを暇潰しにうってつけだと快く引き受けると、水晶はリダイヤルから友人の名前を探し出し通話ボタンを押した。きっと一緒に来てくれるだろうと思っていた。しかし……
「……ん、出ない?」
 しかし発信音が鳴り続けるだけで、一向に彼が電話に出る気配はない。その内留守番電話サービスに回されるのではないのかと思う頃、発信音は途切れ、少しの間を置き『――なんじゃ?』と応答の声があった。声から察するに寝起きと言うわけでもなさそうで、水晶は普通に話を始める。
「羅火? 今俺んとこに依頼がきたんだケド……」
 でももしや忙しい所だったのだろうかと、ほんの僅か気にかけると、水晶の言葉は予想に反した遮られ方をした。
『わしゃ丁度草間の所での。勿論、来るのじゃろ?』
 おそらく偶然居合わせたのだろう。となればこちらの言いたいことも分かっているようで、その声色は楽しそうで、電話の向こうで彼がどんな表情をしているのか、なんとなく予想がつく。
「勿論。それじゃすぐソッチ行くよ。……うん、じゃーね」
 その後短い言葉をいくつか交わし通話ボタンを切ると、水晶は早々に興信所を目指すことにした。



    □□□



 武彦の連絡を受けた者達が集まったのは意外とすぐのことだった。第一に集まった者の内二人――と言うか、一人と一匹は既に興信所にいたからだろう。
 客用ソファーに腰掛けた四人はそれぞれ湯気を立てる茶を目の前に武彦を見るが、彼は机に突っ伏し「勝手にやってくれ」と、既に考えること自体を放棄していた。
「しょうがないわね……」
「はいはいっ、私藤郷弓月と言います。よろしくお願いします!」
 シュラインが溜息一つ、武彦から視線を外したところで、彼女の隣に座っていた女子高生――藤郷・弓月(とうごう・ゆつき)が右手を上げながら名乗る。他の三人の面識は多くあるが、弓月が面識あるといえばこの中ではシュラインと武彦くらいだ。
「ええ、こちらこそよろしくね」
「うむ、人造六面王 羅火じゃ」
「神納水晶。」
 シュライン・エマに続き、かわいいちま猫姿の人造六面王・羅火(じんぞうむつらおう・らか)、神納・水晶(かのう・みなあき)と簡単な紹介は続き、全員の返答を聞き終えたところで弓月はソファーに座りなおした。丁度そのタイミングと同じく、湯飲みを空にした水晶が口を開く。
「それにしても、タケヒコが余すところなく被害にあってるって、どーやって犯人は情報を得ているのか気になるケド……どーよ、羅火?」
「うむ……ヒトも獣も人でなしも問わぬ、タケヒコの音で呼ばれるものならば見境なし――式にしても相当に出来の悪い代物じゃな」
 水晶に続き隣の羅火は小さく首を傾げ、僅かに俯きながら声を上げた。しかしその言葉に聞き慣れないものがあったのか、弓月があからさまに首を傾げる。
「シキ?」
「式神のことね。聞いた事くらいはあるかしら?」
 シュラインが補足すると、彼女は「あぁ」と納得し、再び聞き手にまわることにしたらしく大人しくなった。
「……草間、ぬしはしばらく下の名を呼ばせるでない」
 不意に顔を上げ言った羅火の声に、武彦は依然机にへばりついたまま。しかし顔だけは羅火を見た。
「あー……それさっきシュラインにも言われたな。反応するなって。ただこの中で俺の名前呼ぶのはシュラインだけだから大丈夫だろ?」
「まぁ、そやつが既にこの領域に入っておったらもう意味はないのじゃが。まだ入っておらぬなら、その名を呼ばれぬ限りそやつの認識からは外れるじゃろう」
「もう顔と名前が割れてるなら意味ないだろーケドね。まぁ、今はそれでいーんじゃない?」
 茶もなくなり放り投げた足を時折ぶらつかせながら、水晶はポケットに手を突っ込み言う。やはり話し合いというのはあまり得意な方ではなく、思考は早く単独行動がとりたいという方向にしか働かない。
「それじゃあこれからの役割だけど、私は麗香さんに情報回しを頼んだ後、各地域の新聞社に聞き込みをしようと思っているわ。主に此処が拠点となるわね」
「俺のやることと言えば護衛、かな。後内容は被りそーだケド、事件の事分かる程度に新聞調査くらいはしておくよ」
 言いながら水晶は、テーブルの上に無造作に置かれていた新聞を手に取った。関東・東京版と言うことでまだ事件のことに関しては然程触れられてはいないようだが、読まないよりはマシだろう。
「わしは……今はちぃとばかし待機じゃな」
「何、羅火は楽なポジションなワケ?」
「なぁに、時がきたら護衛業のぬしより動くつもりじゃ」
 新聞を広げたまま羅火を見た水晶は、言い返された言葉に「ふーん?」と適当な相槌を返し、再び新聞へと目を戻した。
「犯人は迫っているだろうけど、焦ってもしょうがないわね。確実にいきましょう。藤郷さんはどうするのかしら?」
「草間さんの護衛さんが居なかったら私が! って思っていたんですけど……戦える能力は無いし」
 と、弓月は正面で新聞を広げている水晶を見た。その視線には気づくが、特に害もないと思い相手にしない。すると彼女はそのまましばらく何か考える素振りも見せていたようだったが、唐突に。それは唐突に声を上げた。
「――想像してみただけでもありえない!」
「ど、うしたの?」
 シュラインに心配されたところで、弓月は少しわざとらしい咳払いをして彼女に笑みを向け、続いて武彦の方を見る。
「あ、いえ…何でも……というか草間さんはお仕事ですか? 手伝えるものなら私手伝いますけど」
 言うと武彦は机の上に置かれたメモ帳を見て思い出す。
「そうだな。今日は一人、依頼人が来ることになってるんだ。出来れば今日ばかりはシュラインの代わりに動いてもらえるか?」
「了解です! お茶汲みでも書類整理でもメモ取りでもなんでもどんとこいですよ!」
「じゃあ藤郷さんに色々任せるわね。よろしく」
 まずはシュラインが席を立つ。それに続いて弓月が何かやろうと立つ。
「……賑やかじゃのう」
「…………」
 ポツリ苦笑を漏らした羅火の隣、水晶は無言のまま新聞を捲っていた。



    □□□



「うーん……やっぱこっちの新聞じゃ大したことないか」
 興信所にあった数社の新聞を見比べても結局全国統計くらいで、流石に一人一人の詳しい状況は載っていない。ただし事件の概要は全部を併せ分かった気がした。
 今日付けの朝刊に載っていた統計として、この事件による死人は無し、重軽傷者は数百人。年齢も職業も転々ばらばら、無差別でどれも犯行時間は短時間。犯行手順もバラバラだが、やはりタケヒコしか狙われていないことから同一犯の可能性が疑われている。勿論、便乗しての悪戯というのも可能性としてあると各紙は綴っていた。
「人ごみの中も人通りの夜道も問わずね――犯人の意図が判らないケド、こりゃ余程の計画性とか怨みがあるって所かな……? 問題は情報の得方、で――」
 ポツリ言うと最後の新聞を閉じ、折りたたんだ。なんだかんだで読み耽っている間は集中のお陰かニンゲンの気配、というのも忘れていたのだが、不意に顔を上げると目の前には弓月の顔がある。
「……なに?」
「あのー、よければお茶のおかわりいかがですかー? もう空ですよね」
 そう言い急須を片手に湯飲みを見た弓月は、にっこり微笑み水晶の返答を聞かぬ間に中身を満たしてしまう。
「…………ん、悪いね」
「いいえー。それよりもですね、神納さん!」
 小さく礼を告げた水晶に、弓月は急須を机に置くと彼の隣にちょこんと座り「あのですね」と切り出した。
「私考えたんですけど、電話帳で『タケヒコ』読みの人達がいるか調べて、まだ無事なようだったらこう! 刑事ドラマー、みたいにこっそり張り込みして現場目撃狙いーっ、なんてどう思います?」
「電話帳、か。確かにいー案だとは思うケド、苗字順のアレの名前を探すのってどーなの……でも確かにそれで先回りできればってのはあるし」
 僅かに俯き考える。その労力は計り知れないが、水晶自身思い付かなかった方法ではある。しかし電話帳に載っているわけもない小さな子供や動物も関わっている事を考えれば、電話帳が直接そこに結びつく可能性は低そうだが、先回りというには良い手段だとも思った。確かに『タケヒコ』が一人残らずターゲットにされているはずならば。
「――まぁ、どーせ今は暇だからやってみるだけやってみるか、な?」
 やがて顔を上げた水晶が呟くと、隣の弓月は嬉しそうに立ち上がり興信所の隅へとすばやく移動した。一体次から次へと何事かと言った様子で水晶が見守っていると、弓月は踵を返し戻ってくる。
「はいはーい、そうと決まれば私も手伝いますよ。依頼人さんが来るまでちょっと暇なので!」
 そしてその手の中には既に個人向けの電話帳が既にあり、それを目の前に置かれた。
 一体どうするつもりなのかと見ていれば、彼女はガサゴソと身の回りを漁りメモ帳とペンを取り出す。
「この近くのタケヒコさんをリストアップしていくんですよ! 私がメモ取るんで、神納さんが探してください。あ、逆がいいですか?」
「ん、メモのほうが楽そーだから、そっちがいーんだケドな……」
 先程まで活字と対面していたため、少しばかりの休息も欲しく言ってみたものだったが、弓月は嫌な顔一つせず水晶の前から電話帳をどけるとメモとペンを渡してきた。
「まぁ、言いだしっぺは私ですからね! それじゃあ、やりますよ。用意はいいですか?」
「……おー…」
 なにやら妙なテンションに巻き込まれた気がしながらも……隣から聞こえるページを捲る音に耳を傾け。今はただ、ペンをクルクルと回し暇を持て余していた。


 例え近場に絞っても、苗字五十音順からタケヒコを抜き出すには相当な時間がかかる。途中途中では漢字の読み方が曖昧で、リストに入れるべきか迷う名前もいくつかあった。それでもメモ帳には名前と住所と電話番号を抜き出したリストが数ページ出来上がり、弓月はなにやら満足そうだ。
 しかしこの作業も波に乗ってきたところ、興信所の煩いブザーが鳴り、それは同時に依頼人がやって来たことを表していた。
 武彦に呼ばれた弓月は「ごめんなさいー」と言いながら席を立ち、一度彼の元へと走っていく。とは言え、客が来たということはここにいるのも邪魔だろうと水晶は電話帳に新聞紙、メモを片手に立ち上がると隣の部屋へと移動した。
 隣の部屋にはテレビがついており、よく見れば椅子の上に羅火がちょこんと座ってなにやら一匹、ぶつぶつと呟いている。
「……じゃが――ぬしは何の用じゃ?」
 羅火の視線は独り言の最中テレビから水晶へと向けられた。
「ん、客が来たいみたいでさ。避難して来た。羅火はー、ワイドショーなんか見てんだ?」
 電話帳とメモを一旦床に放り投げると、水晶はそのまま振り返り少し閉めたドアの向こうを見る。現れた依頼人は男のようで、既に武彦との話を始めていた。
「ふーん、見たところ普通の男みたいだし、アレは犯人ってわけじゃなさそーな」
 隠している、という可能性もあるが、特別何かを持っているようには見えない。雰囲気と言い、気配と言い。そして水晶の予想は正しかったのか、依頼人は早々に興信所を去っていった。
 完全に気配も消え去り、興信所の中も普段の様子を取り戻した頃。つまらないといった様子でドアから離れると、今度は羅火が椅子から降り部屋を出ていった。いつの間にかテレビの電源も切れていて、さっき言っていたとおり外にでも行くのだろう。
「……なーんか地味だな、俺」
 それでも放り投げた電話帳を拾い、今まで羅火が居座っていた椅子に座ると再び電話帳からタケヒコを探し出す。その作業は思いのほか黙々と、ただ黙々と続けられた……。



    □□□



 一日目、水晶は電話帳からタケヒコを拾う作業で全てを終えた。隣の部屋が色々と騒がしくもあったが、翌日も同じ作業で幕を開ける。
 こんな作業をしながらただ一つ分かったこと。それは犯人はこんな方法は使っていないということだ。非効率的で、全部のタケヒコが拾えるわけでもない。
「名前が分かっちゃう能力とか? ……あんま普段は役たたなそーだケド」
 ただ、日本中からタケヒコを探し出していくその行動は粘着質で、どういう方法であれ余程の恨みはあるのだと思った。
「……これ終わったら、あいつどーすんだろ?」
 椅子に座っていることも疲れ、床にべったり腰を下ろした水晶は、頬杖を吐きながら後半のページをぺらぺらと捲っている。
「確か、こっそり張り込みして現場目撃狙い――なんて言ってたケド、二人で行ったら草間の護衛居なくなって意味ないし」
 ぺらぺらと薄い紙の音は静かに響き、時折見つける名前に住所や連絡先をメモへと書き写していく鉛筆の音がカリカリと耳に残る。
 二日目の夕方、水晶は電話帳の最終ページを閉じ大きく息を吐いた。
「あ゛ーーっ……この作業、無駄にならなきゃいーんだケドね」
 そして電話帳とメモを持ち立ち上がると、ドアを開け隣の部屋にいる筈の弓月を探す。しかし、興信所内にあの賑やかな姿は見当たらない。台所だろうかと思い覗いてみるが「一日ぶりね」と言ったシュライン以外やはり居ない。
「――藤郷は?」
 机の上でなにやら考え込んでいる武彦に問うと彼は顔も上げないまま、どうやら白王社まで出かけているらしいという答えが返ってきた。どうせもうすぐ帰ってくるだろう?と武彦は短く付け足すと、ファイルをペラリと捲り溜息を吐く。
「ふーん。まぁ、どーせ今からじゃ無理だし。明日でもいーしね……」
 どうせ武彦は聞いていないだろうと思いつつポツリ言うと、水晶は一旦電話帳を元の場所へと戻し、ソファーにどかりと腰掛けた。テーブルの上には勿論今日の新聞があり、ぱらりと捲ってみる。見る限り昨日から今日の昼頃まではまだタケヒコ狩りは起こっていないようだ。
 それでも、今か今かとスクープを気にする各テレビ局は、昨日からタケヒコ狩りの特集番組ばかり急遽作っている。お陰でテレビ欄はタケヒコの文字で埋め尽くされなにやら気持ちが悪い。
 結局辺りもすっかり暗くなった頃、弓月は重そうなファイルを片手、へとへとになりながら興信所に帰ってきた。
 息も切れ切れな弓月に、水晶は「はい」とメモを渡す。弓月はそのメモの内容に感動しているようだった。意外にもタケヒコという名前は出てこなかったのだ。見落とし――も確かにあるかもしれないが、この程度ならばまずは存在するかどうかから一人一人調べられるだろう。なんと言ってもあの電話帳、実は最新版がもうすぐ届くはずという、少々年季の入ったものだ。
「それじゃあ明日から開始ですね! っても、草間さんの護衛は神納さんにお任せしたいので、よろしくお願いします!」
 深々と頭を下げた弓月に、水晶は「んー、分かったよ」と頷くと一先ず皆で晩御飯だと、シュラインの声がした。


 三日目、弓月は朝早くからうきうきと外へと出て行く。
 ソファーで開いた朝刊にはやはり『タケヒコ狩り、都心での被害状況まだ無し』と書かれた見出しが踊っていた。特番はまだちらほらとは見かけるが、ワイドショーは完全に普段どおりへと戻り、事件は終わりの方向に向かっているのではないのかと専門家が喋り始める始末にまでなる。
 結局昼近くになっても弓月から連絡も入らず、思い返せば此処数日羅火は戻ってこないどころか連絡もない。
「アイツがやられるワケはないんだケド――」
 つまらないと思いながら隣の部屋に移動しつけたテレビ。ポーンという正午の時報と共に映し出される都心の一風景。その中に……
「――羅火!?」
 ホンの一瞬だったが、番組スタジオ前風景が映し出されたとき、確かに猫姿の羅火が居た。
「なに、やってんだアイツ?」
 思わず身を乗り出してしまったが、椅子に座りなおすと後はただ目の前で動いてる画面を見つめ。しかし頭の中に番組の内容なんてものは一切入ってこなかった。
 結局夕方に帰ってきた弓月は俯き気味で、手に持ったメモには多くのバツ印がつけられている。聞けば、もうとっくに転勤で引っ越してる人や海外出張中の人、この事件を耳にして入れ違いに西に逃げた人ばかりなのだという。
「でも、逆に言えば相当絞られましたから! 明日はこの人、一人をターゲットに張り込もうと思っています!」
 更に言えば、彼を抜かしてしまうと電話帳から割り出せる残りは草間武彦ただ一人となってしまうらしい。
「勝負どころね。まだ事件は起きていない。ここまで間が開いて世間はすっかり油断している。犯人にとっては尚更好都合でしょうね」
 シュラインの真剣な面持ちに、武彦を含めた三人は頷いた。


 四日目、早朝から弓月はターゲットの家まで向かい、興信所には三人が残される。
 しかし今日の興信所は何時もと少し様子が違っていた。
 いつもどおり隣の部屋から様子を覗いていると、どうやらシュラインがバタバタとしている。武彦は――と、室内を探すとソファーにぐったりしていた。
「…………なんだ、アレ?」
 パッと見具合が悪そうなのだが、どうも水晶にはどうもそんな良い感じに見えない。
「どーしたの?」
「探偵さん、数日前から頭痛が治まらないらしいのよ。熱とかはないのだけど、今日はもうまともに起きていられないみたいで」
 病院に連れて行こうかとも考えるが、頭痛で病院にいこうとして万が一襲われたら違う内容で搬送されかねないと言われ、水晶は「それなら」と思い浮かんだ案を口にした。
「あのさ、護衛に羅火付けさせるから行って来たら? 興信所空っぽもまずいだろーし、俺試してみたいことがあるんだよね」
 引っかかる可能性は低いだろうが、偽名に反応するかどうか、興信所の依頼を本人と偽って受けて出てみようと考えていたのだ。まぁ、考えてみればここ数日興信所の電話は鳴っていないし、依頼人もろくに訪れていない。本物の依頼人が来ようが、まぁ何とかなるだろうと考え羅火に連絡を入れた。
『――なんじゃ?』
「あのさー羅火。ものは相談だけど戻ってきてくんない?」
 やはり長いコールの後出た羅火に、水晶は今日の一部始終を話した。そして、本当のところ護衛というのは羅火に戻ってきてもらう口実で、武彦の様子を羅火にも見てもらいたいと……小さく告げ、電話を切る。
 振り返ればシュラインはすっかり出かけの準備を始めていた。



    □□□



「エマさんに草間さん!! 急いで此処から逃げてください!」
 しかし数十分後、興信所に飛び込んできたのは羅火ではなく弓月だった。
「そこで人ぞ――羅火さんと会って、此処には神納さんは残してみんな白王社に逃げろって」
「それは…どういうこと!?」
「どーゆーワケか、ようやくお出ましって事だね」
 やがて武彦の異変に気づいた弓月もシュラインと共に武彦を担ぐと、三人はドアを開け白王社の月刊アトラス編集部へと急いだ。
 その様子を窓から見守っていると、ちま猫姿のまま可愛くも空を飛んでいる羅火が目に入り水晶は手を振った。羅火は小さく頷くと、今度は白王社方面とへと急いで行く。こうして興信所に一人きりとなった水晶はここぞとばかりに普段気になっていた棚を眺め始めた。別に漁るつもりはないのだが、本人と偽って依頼を受けてみる――それが楽しそうだと思ったのは事実で。
「――――――♪」
 もし本物の依頼人が来たとき、こういうファイルに依頼内容を挟むのだろうなと、漠然と水晶が考えていたその時。唐突に興信所の電話が煩く鳴り響く。
「はい、草間興信所だケド」
『もしもし?除霊してくれるって本当ですか?』
 威彦が居なくなった途端依頼だろうかと、水晶は首を傾げつつも「一度こーゆーコト、やってみたかったんだよね」と内心呟いた。
「……ホントだよ」
 あまりにも唐突に始まった話だったが、水晶は依頼を引き受けた。まぁ、多分嘘ではない。武彦はできないが、その時誰かしらできる人物が居るだろう。
 チンッと受話器を置くと、走り書きのメモを取り敢えず武彦の机の上に置いた。ついでに『無理ならこの依頼は俺が有償で引き受けるケド?』と付け足して……。
 続いて電話は鳴る。此処数日鳴っていなかった分鳴り散らすように。そしてその電話も短時間で五件目の頃、水晶もすっかり武彦の椅子で寛ぎながら受話器を取った。
「はいー、草間興信所だケドー」
『――こちら、草間武彦さんの事務所でよろしいですか?』
 女の声がした。大人しく控えめな声が。
「あぁ、そーだケド。依頼?」
『――……草間さん、でしたか?』
「そーだケド? 依頼、なんだよね?」
『実は予定が狂ってしまって、お会いする時間より少し早いのですが今からお伺いしたく、でもすぐ帰らなくてはいけなくて。今から依頼を聞いてくれますか? 人探しの』
 どうやら以前にも此処に電話をかけてきて、今日此処に来る予定の依頼人らしい。余程切羽詰っているのか、武彦を装っている水晶の言葉など聞きやしなかった。一方で水晶も否定はしない。
「……誰? 恋人・両親・兄弟・仇、色々いるだろうケド」
『――…………』
 長い沈黙。依頼人とは皆こんなもんなのかと考えたところでようやく小さい息の音と答えが返ってきた。
『たけひこ――鏡威彦(かがみたけひこ)と言う人物を……』
 その言葉、声色に水晶は一瞬表情を失う。それはまさかと思うのだが。
『もし見つけられなかったら……西の探偵さんと同じ目に遭わせますよ?』
「西の…?」
 笑みを含んでいるようさえ聞こえる声。ただ言っている意味は良く分からない。西の探偵にタケヒコと言う人物がいたのだろうか?
 声と同時、今度は興信所のブザーが鳴り響く。
 水晶は受話器をそっと耳から離し、受話器ではなくドアに向かい無表情で言い放った。
「――――趣味、悪っ。開いてるから勝手に入って来いよ?」
 普段は聞いたこともないギィッと、嫌な音を立てながらドアは開き、そこには携帯電話を持つ女の姿があった。
「『この依頼、引き受けてくださりますよね?』」
 ドアの前、そして受話器から僅かに聞こえてくる声は同じだ。しかし女の表情は水晶を見た瞬間顰められ、通話がプツリと途切れる。
「……あなた、たけひこじゃないじゃない――みなあき、なんて名前持ってるじゃない!?」
「――――!?」
 名前を知られたことにも驚いたが、同時に興信所のガラスというガラスが一斉に割れた事態に水晶は舌打ちする。
「随分と厄介なもん使役してるみたいだケド……名前はそいつらが?」
 そいつら――それは女の周りにいつの間に集まってきたのか。わらわらと、そしてふわふわと。姿無きもの達は女を離れ水晶の元へと来る。
「この子達はとっても優秀……さて、私は本物を見つけないといけないわね」
 言うなり早々に踵を返し女は興信所を出て行こうとする。その後姿を追おうとするが、先程まで女の傍にいたものに行く手を阻まれる。どう見ても生きている人間、ではない。おまけに言うなら浮幽霊なんて生易しいものでもないだろう。ただ。
 ブツリ――何かが何処かで切れる音がした気がした。実際は水晶の中で、なのだが……。
 電球さえ割られてしまい、既に夕陽も沈みかけの時刻。外から入り込む灯りだけに照らされているこの室内で今、一際輝くのは水晶の左掌。

「――すっげー邪魔、なんだケド…お前ら」

 割れた窓ガラスが一瞬浮遊する。風が吹いた。外からの風か。はたまた水晶が起こしたものか。ただ確かなのはその風が吹いたのは一瞬の事。水晶の少し長い髪と上着の揺れが収まり、灰色に変化していた瞳が黒へと戻った頃、興信所には水晶ただ一人が残っていた。
「雑魚が……」
 短く吐き捨てるように言うと、俯いていた顔は上がり、踵を返せば足元ではパキッとガラスの割れる音。武彦には申し訳ないが、別に戦闘でこうなった訳でもないから自分に責任はないと水晶は考え歩き出す。
 確か弓月は言っていた。皆、白王社へ向かうことになったと。あの女の目的が完全に『草間武彦』である以上、ここにいる意味はもうない。
「俺も後、追ったほーがよさそーだね」



    □□□



 白王社月刊アトラス編集部。その一室を借り、今は病人の武彦――やはりソファーに寝かされている――、それを支えてきたシュラインと弓月、少し遅れたものの途中で合流した羅火、そしてたった今到着した水晶は沈黙を守っていた。
 少しすると麗香と桂が現れる。麗香が桂を呼び戻したのは、標的が分かった以上尾行させるより逃げの手段に使った方が良いという提案だった。
「にしても、全く状況がまとまらないのよね。一体どうなってるの?」
 あまっていたパイプ椅子に腰掛け麗香は四人を見る。
「タケヒコ狩り…遂に死者が。斉藤威彦って人が」
「本当の目的は鏡威彦って人物なのかもしれない。そして鍵は鏡って人物と恐らく西の探偵さん」
「犯人自身は恐れるに足りないケド、死霊使い――みたいなもんカモね。そいつらが名前を割り出すみたい。闘えば雑魚ばっかだったケド」
「――草間の奴、呪術にやられておるの。よく耐えているというかぬし、意外と忍耐強いんじゃな」
 それぞれが口々に言うそれは今日最終的に得た情報だ。それぞれ情報を違う形で共用している部分もあり、小さく頷いたり相槌を打つ。
 しかしその中で羅火が半ば感心するよう呟いた言葉、それに共感したのは水晶だけだ。
「ちょっと、それでた…んていさんは大丈夫なのかしら?」
「式ではなくあの――女の憎悪の念だけじゃからの。数日あれば大丈夫じゃろ」
 羅火の言葉にシュラインは安堵の息を吐いていた。確かに所謂、呪詛された状態を告げられれば冷静ではいられなくもなるだろう。
「それにしても分からないわね……その彼女、目的は鏡さんって人であって、その人の捜索を西の探偵さんに依頼してる。そして西の探偵さんから共同捜査という形で依頼されたうちの探偵さんはそれを断っている。まさかこれで怨まれてるの、かしら?」
「あの女、もし鏡って奴見つけられなかったら、西の探偵と同じ目に遭わせるって言ってた気が。タケヒコと探偵、なんか二重の恨みポイね」
「でも気になったんですけど、鏡威彦――人気アイドルkyoは…実はもう半年も前に亡くなってたんですよ?」
「あやつ、愛しくも今は憎い…と言ってたの。親しい間柄だったか、或いは――」


 結局討論は纏まらないまま。ただ犯人が追ってくる気配もなく、一先ず武彦は桂も居るこの編集部の一室に息を潜めることが決まった。麗香は引き続き調査のまとめ、三下はその手伝い。後の四人は如何するべきか……
「……いいから誰か、この頭痛をどうにかしてくれっ」
 そして最後に響いたのは 武彦の弱弱しい声だった――…‥



 << to be continued... >>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [1538/人造六面王・羅火/男性/428歳/何でも屋兼用心棒]
 [0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [3620/ 神納・水晶  /男性/24歳/フリーター]
 [5649/ 藤郷・弓月  /女性/17歳/高校生]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、いつもありがとうございます、もしくはご無沙汰しておりました。
 亀ライターの李月です。色々な久々だったのですが……ともあれ、お楽しみいただけていれば幸いです。
 今回は色々調べつつも半ば中途半端な知識ばかりなので、専門分野であからさまな間違いなどあり気になりましたらご連絡ください。
 と、皆さんそれぞれ得ている情報を討論した結果を以下に。もし後編も付き合うよ――と言ってくださる神様のような方はご参考にどうぞ。

---------------- 碇麗香作成 タケヒコ狩り中間報告書 ----------------------------

 犯人:女(見た目はかなり煌びやかだが、中身はかなり内気らしい/羅火・弓月談)
     (しかし時折恐ろしい表情を見せたり、言葉遣いが癇に障る/羅火・水晶談)
    死霊使い? 複数の霊を操っているらしい。その霊が名前を判別。霊自体は弱く、女自体も弱いと思われる(羅火・水晶談)
    移動手段は徒歩や一般交通機関のみ(羅火・桂談)
 目的:鏡威彦という人物を探しているらしい。西で探偵まで雇うが、その探偵は昨日女の手により殺害された(名はタケヒコではない)
    尚、女が頼んだ依頼は西の探偵を通じ武彦にも届くが、彼はそれを断っている(シュライン談)
    そして女は武彦に鏡探しを依頼しに興信所を訪れたようだ(水晶談)
    しかし鏡威彦は半年前既に死亡。その事実は隠し通され続け、数日前に発覚。死因は表向き発表されてはいない(弓月談)
 被害:草間興信所半壊(俺のせいじゃないと水晶談)草間武彦、呪詛により軽症(羅火談)都心部のタケヒコ狩りにより電光板の大破及び死者一名(鏡と漢字が一致)
 推測:推測でしかないが、最初の目的が誰であれ、今現在のターゲットは草間武彦に絞られたと考えて良いだろう。
    しかし結局犯人は鏡を探し出し如何しようというのか?どうして此処まできて死亡事故を起こしたのだろうか?
    この悪質さ、勿論力でねじ伏せるのもありね(きっと爽快よ)でも、彼女の暴走も考えられなくもない。
    全ては本人に聞くしか無い……のかしらね?(麗香談)

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【神納・水晶さま】
 こんにちは、ご参加ありがとうございました。前半は調査のお手伝い。終盤は身代わりという流れに。しかしなにやらめいいっぱい遊ばせてしまいました(汗)勝手に怪奇系依頼を数件受けてみたり。その仕事が出来なければ自分に流すよう促してみたり..(横暴…)
 何かと羅火さんとは電話通じでしたが、今回も頭から書かせていただきました。後テレビで発見やら…‥。
 少々久方ぶりでしたので、もし口調言動行動など気になりましたらご連絡ください。

 後編は少々間が開いてしまいますが、十月中旬頃までには開く予定です。開ける数日前にOPは上がっているはずです。毎度毎度悩ませてしまう物ですが…。
 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼