コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


虚空より鼓の音

 陽が落ちて、そう時間は経っていなかった。車通りが僅かながらでも減ったせいだろうか。虫の声が一段と増して聞えていた。昼間のうだるような暑さはまだそう変わらず、陽射しの代わりにねっとりとした湿気が纏わりつく。木々の中にさ迷いこんだのは、排気ガスを含んだ嫌な湿気を避けようとしたからだろうか。気がついた時には、その祭りの只中に居たのだ。我に返った時にまず聞えたのは、虚空から聞えてくるような鼓の音だ。辺りを見回すと、いくつもの提灯が並んで揺れており、その下には屋台が並んでいた。だが、これが普通の社ではなく、普通の祭でも無い事に気付くのに、時間がかからなかった。並んでいる屋台は普通のそれとは随分と違っていたし、歩いている者達も普通の人間とは違うようだ。一体ここはどこなのか。近辺に神社があったという記憶はなく、誰かに聞かなければと思っていると、向かいから青年が一人、歩いてくるのが見えた。銀の髪に金の瞳。周囲に目を配りつつ、何かを探しているようだったが、こちらを見ると、おや、と表情を変えた。
「迷い込んでしまったんですね。無理もない。まほろの社に続く道は、一つでは無いですから」
 まほろの社。それがこの社の名。今日は夏祭りの日なのだと彼は言った。
「折角ここまでいらしたのですし、少しご案内しましょうか?帰り道は、慣れない方には分かりにくいでしょうから」
 彼の誘いを断る気には、ならなかった。張り巡らされた結界を無意識のうちに開いて歩いてしまったのだろうか。それとも辻で迷い込んだか。仕事帰りで疲れては居たが、社はちょっと面白そうだし、この青年も悪い感じはしない。綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)は、そうね、と頷いて、
「それなら、お願いしようかしら。…でも、何か探し物をしていたように見えたけれど?そちらは、良いのかしら?」
 と言った。
「ああ、それは…。多分、おいおい見つかると思いますから」
 決まり悪そうに微笑んだ青年は、名を天玲一郎(あまね・れいいちろう)と言った。ちなみに彼が探しているのは、同じく社に来ている筈の姉なのだそうだ。
「私も見つけたら教えてあげるわよ。…どんな人?キミに似ている?」
 と聞くと、玲一郎はううん、と首をかしげ、
「白い髪をしている所は、少し似ているかも知れませんが」
 と言い、多分、見たら驚きますよ、と微笑んだ。どうやら、社に集っている他の参拝客たちと同じように、彼もまた、普通の人間では無いのかも知れない。
「でもキミは、ああいうのとは違うわよね」
 汐耶が視線で示した先に居たのは、一目でそれと察しがつく妖怪たちの群れだ。テレビで見かけるようなメジャーどころから、見たことも無い不思議な形の者まで、大小さまざまに集っている。中には人の姿をした者もあったが、これまた人と言うにはどこか煌々しすぎていて、何だか違う感じがした。
「まあ、ああいう方々よりは、人間に近いですけれど。僕も姉も、仙人です。見かけよりちょっと長生きをしていて、いくつか術を使えるというだけですよ」
 ここは、彼らのような仙人や天人から妖怪まで、あらゆる異形・異能の者達の社なのだと、玲一郎は言った。だから、人間には見えないし、普段は道も開かない。時折、汐耶のような人間が迷い込む事もあるけれど、そう多くは無いらしい。妖怪や天人たちの集う祭。だが、一見した所、夜店の風情は、人間のそれとそう変らなかった。綿飴に金魚すくい、そして輪投げ。汐耶にとっても懐かしい店が並んでいる。もっとも、全て同じとは行かないようで、金魚すくいの水槽にはどう見ても金魚ではない何か(水龍だと玲一郎が教えてくれた)が入っていたり、輪投げの獲物が走り回る小鬼だったりする辺り、やはり異形の祭なのだと言えるだろう。だが、玲一郎の言ったのも本当で、今日もまた、汐耶以外にもここへ迷い込んだ人間が居たそうだ。
「ああ、そういや、あんたの姉さんと一緒だったよ」
 と言ったのは、水龍すくいの店主だった。
「中々いい男だったなあ。すくうのも巧くてさ、さっと一すくいで狙った奴、持ってったよ」
 あんたもやってくかい?といわれたが、首を振った。他に気になっていたものがあったからだ。それは、射的の屋台だった。標的の一番端にちょこんと座っている、子猫のヌイグルミが気になったのだ。これは中々、可愛い。
「取ったら、貰えるのよね?」
 と聞くと、玲一郎は勿論と答えて、銃と弾を渡してくれた。狙いをつけて、引き金を引く。一発、二発と外して、三発目でようやくかすめた。コツを思い出してきた、と手ごたえを感じた四発目でようやく子猫を落とすと、店主が目玉をぎょろりとさせながら、
「お見事!」
 と言った。台の向こう側に落ちた子猫のヌイグルミを、店主が拾って差し出してくれたその時だ。子猫はみゃおう、と一声鳴いて、店主の腕の上で伸びをした。
「えっ…?」
 この子、生きてたの?と玲一郎を振り向くと、彼は笑って首を振った。
「いいえ。今、貴女が魂を入れたんですよ。この屋台では、取ったヌイグルミや人形を式神に出来るんです」
「式神?」
「まあ、それほど高度な力は使えないでしょうけれど。どうやらこの子も貴女が気に入っているようですし、どうぞ名前をつけてやって下さい」
 ヌイグルミの式神は、名をつけた相手を主としてずっと仕えるのだと、店主が言った。そんな話は聞いていなかったが、すりよってきた子猫はとても可愛いし、元はヌイグルミなのだからマンションでも問題無い。汐耶はしばらく考えてから、
「じゃあ、エン、っていうのはどうかしら。この場所にめぐり合わせた『縁』、私を援けてくれる、『援』。二つの意味を込めて」
 良いですね、と玲一郎が言い、店主も頷いた。名を貰ったのが分かったのか、黒猫のエンも嬉しそうに汐耶の腕にほお擦りする。これは何とも、気持ちが良かった。擦り寄るエンを撫でていると、店主が小さな木箱を渡してくれた。見ると、表に『エン』と刻まれている。
「これは式神の寝床です。エンを呼び出さない時はここに入れておけば安全ですし、それからこの子の身体にダメージを受けた場合も、ここに入れてやれば回復します」
「要するに、病院でお家って事ね。なるほど」
 木箱を袋に入れてもらって、片手にぶら下げる。エンはするすると腕を登って、汐耶の肩にちょこんと乗った。なるほど、小さいし子供だし、大した事は出来ないかも知れないが、お留守番猫くらいは出来るだろう。それに何より、可愛い。ちょっと気分が良くなったところで、良い匂いに足を止めた。お好み焼き屋だ。
「そういえば今日、夕飯まだだったのよね。ひとつ食べて行こうかしら。玲一郎さんは、どう?お腹空かない?」
 と振り向くと、玲一郎はいえ、と首を振る。屋台は丁度空いていて、汐耶はすぐに一つ買って、傍の椅子に腰掛けた。躊躇い無く、一口頬張る。口の中にソースの甘さと、青海苔の香ばしさが広がる。お好み焼き自体の味も中々だ。美味しい。作っていたのはどう見ても人間では無さそうなオヤジだったから、味覚と言うのは妖怪も人間も変らないという事なのだろうか。などと考えながら食べ終えると、ついつい、と袖を引っ張られた。玲一郎ではない、無論、エンでも。
「…な…?」
 下を見た汐耶が思わず絶句したのも無理は無い。遠慮がちに袖を引っ張っていたのは、古い着物を着た、子供だったからだ。顔は少々大きく、幼児に見えるのだが何だか違う。これはもしや…。
「おや、座敷わらしですね」
 事も無げに言ったのは、玲一郎だ。座敷わらしは嬉しそうにうなずくと、汐耶の腕を引いたまま参道の向うを指差した。どうやら一緒に来てくれと言っているらしい。彼の指差した先を見て、玲一郎が笑う。
「何?」
「どうやら、力比べに出て欲しいらしいですよ」
 見ると、道の向う、参道から少し外れた辺りにやぐらのようなものが組まれており、その周囲には一見してそれと分かる妖怪たちが群れを成して騒いでいた。やぐらの上には、緑色の何かがおり、その向かいには、小さな子供が居る。
「何か、最初っから勝負ついていそうなんだけど」
 と汐耶が言い終えるより早く、子供はぽおん、と投げ飛ばされて、やぐらの外に放り出された。汐耶の腕を掴んでいた座敷わらしが泣きそうな顔になる。
「仲間なの?」
 と聞くと、頷いた。河童たちとの勝負に、加勢して欲しい、と言う事らしいと何となくわかって、汐耶はやれやれと溜息をついた。
「河童と、座敷わらしと勝負して、負けた方はどうなるのかしら」
「命までは取らないでしょうけれど、これから次の祭まで、当分の間養わされる事になるんでしょうね。そうでしょう?」
 玲一郎の言葉に、座敷わらしは頷いて、彼の耳元に口を寄せて事情を話した。それにれば、河童も最近は住む場所に困っており、座敷わらしにくっついて旧家に潜みたがる輩も多いのだそうだ。中には無理やり旧家の井戸や池に居座る河童も居て、彼らの悪さに困った座敷わらしたちが、その退去を巡って勝負を持ちかけたらしい。
「そんな事を聞いちゃあ、放ってはおけないけど…」
 どうして私に?と首を傾げると、玲一郎が笑ってお好み焼きの力を教えてくれた。汐耶が食べたのは百人力のお好み焼きと言われるもので、食べると一時的にではあるが、百倍の力を出せるようになるのだと言う。
「以前、お好み焼きを食べて、河童の一族をのしてしまった人間が居たそうですから…。きっと貴女なら、と思ったのでしょう」
 と玲一郎が言うと、座敷わらしもにっこり笑って頷いた。こうまで期待されては、断る訳にも行かない。だが、やぐらから放り出すのも放り出されるのも趣味ではなかった。
「そうね…腕相撲なら、良いわよ」
 意味が分かったのか分からなかったのか、座敷わらしは飛び上がって喜び、やぐらに向かって駆け出した。かくして汐耶は、河童一族相手に腕相撲勝負を挑むことになったのだ。椅子と机が用意され、向かいに座った血気盛んそうな河童(でも緑色なのだが)を横目で見つつ溜息をついた汐耶だったが、必死の形相でもって見詰める座敷わらし達の応援を背に、腹をくくった。ひんやりとした河童の手を取ると、行司がきええい、と奇妙な声を上げたのが開始の合図だった。汐耶の予想に反して、勝負はそう長くは、かからなかった。
「ねえ、これってやっぱり、ズルじゃない?」
 歩きながら言うと、玲一郎はいえいえ、と首を振る。
「皆納得ずくですから。それに、いくら百倍の力を出せると言っても、全く心得の無い人間では勝てません」
「そういうものなの?」
「そういうものです。座敷わらし達も喜んでいたし、良かったですよ。…でもそれ、どこに飾っておくんですか?」
「問題は、それよね…」
 汐耶が溜息交じりに見たのは、小さな木切れで出来た人形だった。『わらし招き』と言うのだそうで、これを家の玄関に飾っておけば、今ではなくとも、座敷わらしが住み着いて、家族や家を守ってくれると言うのだが。人の形をした木切れは、どうしても呪い道具にしか見えず、少なくとも玄関ドアの前に飾っていると、座敷わらしが来るより先に悪い噂が立ちそうだ。
「かといって、ほっぽっとく訳にも行かないし」
 一応、座敷わらし達が礼にとくれたものではあるし、正直、それはそれで気味が悪い。うーむ、うーむと悩んでいると、玲一郎が不意にあ、と声を上げた。
「…姉さん」
 その一言に、どこ、と辺りを見回した汐耶は、ええっと声を上げる。玲一郎の視線の先に居たのは、どう見ても10歳程度の子供だった。
「見た目より、ちょっと長生き…ねえ」
 玲一郎の言った事を思い出して呟くと、玲一郎も笑って、
「あれでも僕よりずっと長生きなんですよ。今は姉と言ってますが、正確には先祖と言った方が良いくらいですから」
「…なるほど」
 姉の名は、天鈴(あまね・すず)と言った。白い髪の少女は、汐耶の名を聞くと、おや、と赤い目を丸くした。
「何か?」
 珍しい苗字ではあるが、と思っていると、鈴がふうむ、と汐耶の顔をじっと見た。
「実はな、先ほどまでここに居った男も、似たような名であったなあと思うてな」
「それって…」
 もしや、と汐耶が思い出した顔はあったが、そんな筈はない。
「まさか…ね」
 だが、実際の所はその『まさか』であった事を汐耶が知るのは、もっとずっと後の話だ。その時はそれよりも、鈴の屋台に興味があった。驚いた事に、彼女は遊びにきていたのではなく、商売に来ていたのだ。
「冷やし桃…か。美味しそう。一つ貰おうかしら」
一つ三千円と言う仙界の桃は確かに瑞々しくて、いつの間にかすっかり乾いていた喉を潤してくれた。全く、変った夜になった。本を読むのとは一味違う、実体験は、久しぶりに心を沸き立たせてもくれた。二人に向き直り、
「玲一郎さん、今日はありがとう。お陰で楽しかったわ。桃も美味しかった、ありがとう」
 と頭を下げると、鈴はいやいや、と笑い、玲一郎も気にしないでと微笑む。血のつながりは殆ど無いと言うけれど、ずっと一緒にいるせいだろうか、この二人は似ている。家族とはきっと、そういうものなのだろう。どこかから、誘うような笛の音が聞えてくる。続いて聞えてきた鼓の拍子に耳をすませながら、もう一口、桃を齧る。祭はもう終わるのだと、鈴が言った。そういえばもう、秋はすぐ傍まで来ている。


<虚空より鼓の音 終わり>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1449/綾和泉 汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書】


<登場NPC>
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)
天 鈴(あまね・すず)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
綾和泉 汐耶様

初めまして、ライターのむささびです。お兄様と対でのご参加、ありがとうございました。色々と制限があって、リンクと言ってもすれ違いですが、お楽しみいただけたなら嬉しいです。また、黒猫のエンとその寝床、座敷わらし達からの礼である、『わらし招き』は、いつの日か支障の無い日、場所にてお使いいただければと思います。わらし達の礼の念が籠められておりますので、焼いても捨てても消えません。付いて来ますのでご了承の程を・・・。
それでは、またお会い出来る日を願いつつ。

むささび。