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<白銀の姫・PCクエストノベル>


壺中の鬼

 兵装都市ジャンゴの中央広場に人垣ができていた。
「見世物師だ」
背の高い一人が、観客の頭越しに中を覗き込んで言った。人間と獣人のハーフらしい、耳の大きな小男が手に乗るくらいの壺の中から様々なものを取り出しては、客の歓声を誘っていた。
「たいしたもんだなあ」
鳥や花といった小さなものから椅子、仔馬まで自由自在である。一体、どういう仕組みになっているのだろう。
 見世物が終わり、小男が自分の帽子で観客相手におひねりを集めている最中、冒険者の一人が好奇心で壺の中を覗きこんだ。すると、その一人が突然、壺の中へ吸い込まれるように消えてしまった。
「おい!」
見ていた仲間は、吸い込まれた一人を助けるため己も壺を覗く。皆、例外なくその中へと姿を消した。
 気づいたときには、暗い壺の中だった。

 このままではなにも見えないので、火打石を打った。松明に火をつけ、辺りを照らす。羽角悠宇は仲間を探した。が、見つかるよりも先に誰かの
「危ない!」
という声が聞こえた。なんのことかと考えようとしたが、それよりも早く肩に鋭い風と鈍い痛みとが巻き起こった。
 壺の中には岩のような魔物が潜んでいた。その魔物に肩を抉られたのは悠宇。飛び散った真っ赤な血の色に、初瀬日和の全身が冷たくなった。膝を震わせながら、悠宇の名を叫ぶ。
「悠宇くん!」
その声でシュライン・エマは日和の位置を察知した。同時に声の反響する具合から、壺の大体の広さも見当をつける。が、まずは日和に素早く近づいた。悠宇に駆け寄ろうとするなら止めなければならないし、失神するなら体を支えなければならない。だが日和のとった行動はどちらでもなく、鞄の中をひっくり返し悠宇のために薬草を探すことであった。頭の中が、悠宇を助けることだけでいっぱいになっていた。
「日和ちゃん」
名を呼び、正気づかせようとその肩を抱こうとする。ほとんど同時に忍び寄る、魔物の気配。悠宇の血に濡れた爪が、今度は二人に襲いかかった。
 セレスティ・カーニンガムは魔物の荒ぶる咆哮を聞いた。瞬間の判断で、声のする方角へ氷で作った防御壁を張った。同時に左手で小さな水の弾を作り出すと、魔物の足元目掛け威嚇に打ち込んでいく。
 魔物の攻撃を感じ身を伏せた二人の上に、防御壁が砕け降り注いだ。魔物の爪は、紙一重でその氷が阻んだのである。頬に、肩に落ちる冷たさに日和の目ははっと見開かれる。さらにセレスティの声で、日和の頭はさらにさえていく。
「日和さん、悠宇くんを心配するのならまず傷口を冷やすのです。応急処置ならそちらのほうが早い」
「はい!」
強く日和は頷き、小さな灯りを持ったままの悠宇に向かって能力を放った。頭の中に悠宇の姿をイメージし、その肩の温度だけを下げ血の巡りを止めるのだ。
 魔物に襲われた直後、地を転がって追撃を避けた悠宇は静かに息を整えていた。肩からは大量にではないが、じわじわと血が溢れている。鈍い痛み。懐から飛び出したペットのイヅナが懸命に傷口を舐めてくれているが、そんなものでは足りない。
 と、突然傷口の辺りが痺れ出した。一瞬毒かと思ったのだが、ただ緩く麻痺している感じ、そう、氷を掴んだときのように。その氷冷たいのだが、どこか暖かなものを感じた。日和の能力だと直感した。痛みはやがて薄らいでいった。

 日和は自分のイヅナを取り出すと、別の火打石でつけた灯りを持たせ高くへ上昇させた。暗闇の中で時間を過ごす魔物なら、明るさには弱いだろうと考えたのだ。また、灯りを照らせばみんなの位置もわかるし、壺の中も見えるだろう。
 壺の中でようやく、全員の位置がはっきりした。魔物の一番近くにいるのはシュラインと日和、しかし魔物は威嚇を放ち続けるセレスティのほうに気を取られている。二人とセレスティの間に、悠宇は膝をついていた。
「セレスティさん、俺も」
加勢に回ろうと悠宇は重力制御の能力で魔物の身動きを封じようとした。が、セレスティはそれより早く悠宇を制し、そしてシュラインを呼ぶ。
「彼はただ興奮しているだけかもしれませんから、無闇に攻撃してはいけません。シュラインさん、彼が敵かどうか判断をお願いします」
「わかったわ」
シュラインは髪飾りに手をやる。妖精の花飾りは、魔物が敵ならば光るのだがそれらしき反応はない。恐らく、魔物はひどく興奮しているだけなのだろうと思われた。自分の住処へ突然、四人もの人間が現われればそれは動転するに違いない。
「出口を探しましょう」
推測から導き出された結論のみを、シュラインは言い放った。それだけでセレスティはわかってくれた。
「では悠宇くん、私の援護を」
「日和ちゃんは私と一緒に壺から出る方法を探すわよ」
二匹のイヅナは引き続き、灯りを保つ役割と魔物の気を乱す役割とを担った。
 魔物の腕に、尻尾に、悠宇は重力を注いだ。急に体の重くなった魔物は、動きにくそうにじたばたともがきながらもうなり続けていた。だが、危険な雰囲気は変わらない。回りになにか、バリケードでも張れればいいのに。そう思うのだけれど、役に立ちそうなものは一つもない。
「なあ、あれどっから出てきたんだ?」
「あれ、とは?」
悠宇を振り向きもせずに、水を操りつつセレスティが聞いた。悠宇も能力を休めず、口だけを動かした。
「広場の見世物に使ってたいろんな道具だよ。椅子とか、机とかさ。武器でもあったらそれはそれで使いようがあるのに」
「探すだけ無駄でしょうね」
セレスティは冷たく切り捨てる。さっきから魔物を観察していたセレスティには、見世物の出所の察しがついていた。
「あの魔物はどうやら、自分の姿を自由に変化させられるようなのです。だからあの見世物に使われた道具は全て魔物が変身した姿、逆に言えばこの壺の中にいるのは魔物だけなのです」
さっきから身の寸前に攻撃を食らうと、魔物は怯み岩のような自分の姿を一瞬歪ませる。蜃気楼のように形が揺らぎ、硬そうなうろこに混じって緑色の決め細やかな緑色の皮膚が露わになる。
「って、ことは」
「気をつけてください。この先、もっと凶暴な姿に変身するとも知れません」
変身されてたまるか、と悠宇は肩の傷を忘れ能力の発動に集中した。もしも、魔物が手におえないくらまいで巨大化してしまっても、能力を尽くして押さえ込んでやらなければ。みんなを、守らなければ。

 魔物はどうやら、人工に作り上げられた外見をしていた。額に巨大な角を取りつけられ、壺の外からそこに指示を送られるもしくは自分自身の意思で、見た目を変える。ではもともとの魔物は一体どんな姿をしているのか。魔物の足元へ打ち込んだ水の弾が時折逸れて、魔物自身に当たるたび一瞬変化する魔物の肌の色からセレスティが頭に浮かんだ魔物とは。
「見つけました!」
魔物の種類を言い当てようとした瞬間、左手のほうから日和の声が響いた。
 シュラインと日和の手が、ざらざらとした壁を叩いていた。表面が恐ろしく固いので、ナイフを振り下ろすくらいでは割れそうになかった。
「強い衝撃を与える方法、ないかしら」
俺が行くと立ち上がる悠宇、しかし利き腕の肩は魔物に抉られており、充分な力は出せそうになかった。もちろん、本人の表情はそんな弱音を吐こうとはしていない。ただセレスティが判断を下しただけである。
「シュラインさん、灯りを」
少し大きめの水の弾を作りながら、セレスティの頭は計算を組み立てていた。もしも自分の推測が外れていたら女性二人を危険に晒すことになる、だがもしも当たっていたならなんとしてでもこの魔物を救い出さなければならない。どちらにしても、これしか選択肢がなかった。
 日和の持っていた予備に松明に灯りがともった。ぽつん、と、赤くゆらめいている。その炎を見つめていた悠宇は、はっと一つ思い当たるものを胸に感じ
「まさか」
「気をつけてください」
間違いない。悠宇はセレスティを止めようとした、が、それよりも早くセレスティは大きく作った水の弾を今度は威嚇よりもう少し脅す意味合い強く魔物の背中へと放った。
 馬が横腹を蹴られるように、魔物は背中に衝撃を受けいきり立って駆け出した。灯りのほう、シュラインと日和のほう。生き物は無我夢中になっていても、闇雲にではなくなにかしら目印のあるほうを選ぶ。
 地響きと足元の揺れが、どんどん迫ってくる。日和の目は、松明の灯りに浮かび上がる魔物の輪郭を捉えた。捉えたと思うと、もう目の前に迫ってきていた。
「避けて!」
セレスティの指示が飛んだ。ぎりぎりまで堪え、堪えてシュラインは松明を投げ捨てると右へ飛びのいた。日和は反対の、左のほうへ。その間を破るように、魔物が額の角を振り立て突進してきた。
 硬い角は、厚い壺の壁を砕いた。同時に、魔物の角も粉々になってしまった。

 一体どういう仕組みなのだろう。壺はとても小さいのに中に吸い込まれるととても大きく感じた。そしてまた、外へ飛び出すと小さくなってしまった。伸縮しているのは果たして壺なのか、自分たちなのか。
「・・・重い・・・」
壺から脱出した四人の足の下で、なにかがうめいた。見ると、見世物師の小男である。背負っている荷物の上に壺を乗せて歩いていたところ、突然壺が割れて四人の下敷きになってしまったのだ。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「あんたら一体なんなんだ!壺は弁償してくれるんだろうな!」
四人が脇へどくと、小男は背伸びをするようにして詰め寄った。人気の商売道具を壊されたのだから、ものすごい剣幕だ。日和と悠宇は申し訳ないと顔を見合わせ、シュラインはどれだけ値切れるものかと財布の中身を頭で計算する。が、セレスティだけは悠然としている。
「あんた、なんだその態度は。出るとこ出たっていいんだぞ」
「おや、出られるのですか?」
セレスティは決して、自分から話を始めようとはしない。相手が口を開くのを待って、その会話の端から心の内側へ切り込んでいく。
「訴えを起こすとなると、この子がどこから来たかもちゃんと教えていただかないといけませんね」
細い腕に抱かれているのは緑色をした、トカゲのような生き物。くるりと巻いた尻尾に悠宇は見覚えがあった。シュラインは、知識で知っていた。
「その子、絶滅危惧種の変態動物よね」
正しく、セレスティが推測していたそれである。
「ええ。それでも密猟は後を絶たないらしいですが」
これが見つかったら壺の弁償どころではありませんよねえと、シュラインは己の主張を強め、そのくせどこか他人事のようだった。
「絶滅危惧種を捕まえて、能力制御の角を取りつけて見世物に使っていただなんて女神さまに知られたら・・・」
そこから先は言う必要なかった。というよりも言葉が終わらないうちに、小男は泡を食ったように逃げ出してしまったのだ。素晴らしい逃げ足だった。
「さて、この子はどうしましょうか」
残されたのは、憐れな可愛い魔物だけ。本当の姿を見てしまうと、あの暗闇の中で自分たちを襲ったのはやはり恐怖心だったのだと思わずにはいられなかった。それくらいに小さく弱々しかった。
「まあこの子こそ、出るとこへ出て保護してもらうべきよね」
「もう人を襲うことはないんですか?」
悠宇の肩に薬草をあて包帯を巻きながら、日和は小首を傾げた。なんにでも姿を変えられるのなら、それは危険と紙一重だ。
「基本的には大人しい種類らしいわ。多分、壺に閉じこめられて制御装置までつけられてストレスが溜まってたのよ」
「そっか、それじゃ仕方ないよな」
もう大丈夫だと悠宇は、魔物に手を伸ばす。すると魔物は悠宇のその人さし指を両手で握り、先端にかぷりと噛みついたではないか。
「いっ・・・・・・」
痛い、と叫ぶほどではないがやはり痛かった。噛まれているのは果たして愛情表現なのかまだ恐怖心と戦っているのか。
「俺、嫌われてたのかなあ」
魔物を保護機関に届けたあと、悠宇は真面目な顔で日和に訊ねていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回のノベルは、元々「壺中の天」という壺の中に桃源郷があるという
中国の話に端を持ってきております。
中にいたのは天女ではなく魔物でしたが・・・・・・。
恐らく今回のノベルで一番割を食ったのは悠宇さまです。
いきなり怪我はするし戦闘(?)はサポート役に回されるし
魔物には噛まれるしで、申し訳ありません。
でも、魔物が指を噛んだのは仔犬がじゃれるのと同じと
考えていただければ・・・と思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。