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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ タケヒコ狩り(前編) ]


『今、全国各地のタケヒコが危ない!』

 たった今入った依頼の電話に了承を出し切った後、何気なく見た月刊アトラスのトップ記事を飾っていたのはそんな文字だった。
 どうせ又ろくでもない記事だと、それを目にした草間武彦は然程気にも留めず、人気男性アイドル突然の死亡等書かれた芸能欄を適当に眺めながらもタバコを吹かしていたのだが、数日後それが一般紙で取り上げられたとなると話は違う。
「兄さん…コレ。この新聞に詳しく書かれていますよ?」
 草間零に言われ新聞記事に目を通すと、被害は南は沖縄から中国・四国地方、関西や東海方面を全制覇し、現在関東方面へと移動。各地の『タケヒコ』が子供大人・人間動物に関係なく、余すことなく被害にあっているらしい。被害は悪戯じみたものから、生死に関わるのではないのかと思うものまで。
「竹彦に岳彦に……武彦。確かにありとあらゆるタケヒコ、だな」
 武彦がそう呟いた頃、興信所のドアが唐突に開かれ、そこに立つ人物を見た彼は溜息を一つ。
「どういうタイミングだ?」
「どうもこうも、近くに寄ったついでに一つ忠告よ。ボディーガードの一人でも頼んでおきなさい?」
 ドアの閉まる音と同時、そこに立っていた碇麗香は声に出す。
「このタケヒコ狩り、うちの調査結果だとそろそろ狙いは首都圏。職業柄、どこかで恨みの一つを買っていてもおかしくないんだから、少しは日頃から用心したらどうかしら? 案外本当の狙いはタケヒコはタケヒコでも『草間武彦』なのかもしれないじゃない」
「何言ってんだ……まさか、なぁ?」
 顔は冷静を装いながらも、武彦の手は既に机の下でアドレス帳を開いていた。
 そして興信所の電話、その受話器が武彦により持ち上げられたのは麗香が帰った直後のこと。


「――……はい、ではこれから行きますね!」
 電源ボタンをピッと押すと通話を切る。たった今入ってきたのは武彦からの依頼電話だった。大まかな用件を聞いたところで早々に依頼を引き受けることにし、手早く荷物を纏めると彼女、藤郷弓月は家を出る。
 今回依頼を受けたのは、勿論武彦から連絡が来た時点で強い好奇心が先走り――もあったのだが「……タケヒコ狩り、一文字変えると筍狩りで美味しそうーっ!」など、興信所に向かう道、弓月はそんなことを考えながら一人盛り上がっていた。
 確かに一文字変われば穏やかな光景が見えるが、その基はどう考えても物騒なものだ。
「っと、急がないと遅れちゃう!」
 うっかり筍に捕らわれた思考を現実に戻すと、時計を見て歩調を速める。やがてそれは歩みから走りへと変わり、目の前には興信所が迫っていた。



    □□□



 武彦の連絡を受けた者達が集まったのは意外とすぐのことだった。第一に集まった者の内二人――と言うか、一人と一匹は既に興信所にいたからだろう。
 客用ソファーに腰掛けた四人はそれぞれ湯気を立てる茶を目の前に武彦を見るが、彼は机に突っ伏し「勝手にやってくれ」と、既に考えること自体を放棄していた。
「しょうがないわね……」
「はいはいっ、私藤郷弓月と言います。よろしくお願いします!」
 シュラインが溜息一つ、武彦から視線を外したところで、彼女の隣に座っていた女子高生――藤郷・弓月(とうごう・ゆつき)が右手を上げながら名乗る。他の三人の面識は多くあるが、弓月が面識あるといえばこの中ではシュラインと武彦くらいだ。
「ええ、こちらこそよろしくね」
「うむ、人造六面王 羅火じゃ」
「神納水晶。」
 シュライン・エマに続き、かわいいちま猫姿の人造六面王・羅火(じんぞうむつらおう・らか)、神納・水晶(かのう・みなあき)と簡単な紹介は続き、全員の返答を聞き終えたところで弓月はソファーに座りなおした。丁度そのタイミングと同じく、湯飲みを空にした水晶が口を開く。
「それにしても、タケヒコが余すところなく被害にあってるって、どーやって犯人は情報を得ているのか気になるケド……どーよ、羅火?」
「うむ……ヒトも獣も人でなしも問わぬ、タケヒコの音で呼ばれるものならば見境なし――式にしても相当に出来の悪い代物じゃな」
 水晶に続き隣の羅火は小さく首を傾げ、僅かに俯きながら声を上げた。しかしその言葉に聞き慣れないものがあり、弓月はあからさまに首を傾げてしまう。
「シキ?」
「式神のことね。聞いた事くらいはあるかしら?」
 シュラインが補足すると「あぁ」と納得し、再び聞き手にまわることにする。
「……草間、ぬしはしばらく下の名を呼ばせるでない」
 不意に顔を上げ言った羅火の声に、武彦は依然机にへばりついたまま。しかし顔だけは羅火を見た。
「あー……それさっきシュラインにも言われたな。反応するなって。ただこの中で俺の名前呼ぶのはシュラインだけだから大丈夫だろ?」
「まぁ、そやつが既にこの領域に入っておったらもう意味はないのじゃが。まだ入っておらぬなら、その名を呼ばれぬ限りそやつの認識からは外れるじゃろう」
「もう顔と名前が割れてるなら意味ないだろーケドね。まぁ、今はそれでいーんじゃない?」
 放り投げた足を時折ぶらつかせながら、水晶はポケットに手を突っ込み言う。
「それじゃあこれからの役割だけど、私は麗香さんに情報回しを頼んだ後、各地域の新聞社に聞き込みをしようと思っているわ。主に此処が拠点となるわね」
「俺のやることと言えば護衛、かな。後内容は被りそーだケド、事件の事分かる程度に新聞調査くらいはしておくよ」
 言いながら水晶は、既にテーブルの上に無造作に置かれていた新聞を手に取った。
「わしは……今はちぃとばかし待機じゃな」
「何、羅火は楽なポジションなワケ?」
「なぁに、時がきたら護衛業のぬしより動くつもりじゃ」
 新聞を広げたまま羅火を見た水晶は、言い返された言葉に「ふーん?」と適当な相槌を返し、再び新聞へと目を戻した。
「犯人は迫っているだろうけど、焦ってもしょうがないわね。確実にいきましょう。藤郷さんはどうするのかしら?」
「草間さんの護衛さんが居なかったら私が! って思っていたんですけど……戦える能力は無いし」
 と、弓月は正面で新聞を広げている水晶を見た。ぱっと見、特に武器のようなものを所持しているようでもなく、この人は素手で戦うのだろうかと思考を巡らせる。なんせ自分から護衛を買って出た人物だ。強い、のだろう。
 となると、主に話し相手にしかなれないが、自分が狙われてるかもと不安になってる(であろう)武彦を慰めようと……
「――想像してみただけでもありえない!」
「ど、うしたの?」
 思わず声に出してしまった結論をシュラインに心配されたところで、弓月は今の状況を思い出し、少しわざとらしい咳払いをすると、弓月は彼女に笑みを向け武彦の方を見る。
「あ、いえ…何でも……というか草間さんはお仕事ですか? 手伝えるものなら私手伝いますけど」
 言うと武彦は机の上に置かれたメモ帳を見て思い出す。
「そうだな。今日は一人、依頼人が来ることになってるんだ。出来れば今日ばかりはシュラインの代わりに動いてもらえるか?」
「了解です! お茶汲みでも書類整理でもメモ取りでもなんでもどんとこいですよ!」
「じゃあ藤郷さんに色々任せるわね。よろしく」
 まずはシュラインが席を立つ。それに続いて弓月が何かやろうと立つ。
「……賑やかじゃのう」
「…………」
 ポツリ苦笑を漏らした羅火の隣、水晶は無言のまま新聞を捲っていた。



    □□□



「えーっと、草間さん! 私頭脳プレーっぽい事は出来ないので、取り敢えずお茶でも淹れましょうか?」
 それぞれが何かを始めた中、早々に立ち上がったは良いが役目が見当たらなかった弓月は、机に突っ伏したままの武彦に問いかけた。
「あーそうだな。依頼人が来るまでまだ数時間はあるだろうからまずは茶。後はあそこで唸ってる神納の手伝いとかな。多分その内シュラインか俺から声がかかると思うから、それまでは適当で頼む」
「はい、了解しましたー!」
 言いながらメモを見てファイルを捲る器用な武彦に、弓月は感心しながら返事をすると背を向ける。まずは台所に行きお湯を沸かして茶葉――はどこかにあるだろうと、台所に足を踏み入れようとしたところ、丁度羅火と鉢合わせた。その向こうにはシュラインの姿もある。
「わわっ、ごめんなさい!? もしかして私お邪魔、ですか?」
 狭い台所で、というのもあった。それよりも何よりも、今シュラインは電話を片手に弓月が来たことに気づき「あら」と彼女を見ているが、その少し前……丁度彼女から見れば二人が話しているように見えたからだ。
「いや、わしはもうそっちに行くからの。ぬしは茶を淹れにきたのじゃろ? 後でわしのところにも頼む。少し温めでの」
「あ、はい」
 しかし本当に事は終わっていたようで、後はシュラインが弓月を見ているだけだった。
「お茶、だったわよね? 茶葉はそこの棚に入ってるから宜しくね」
 そう言うとシュラインはなにやらずらりと並んだリストの一番上の番号に電話をかけ始める。その邪魔にならぬよう、煩くならぬようにと弓月はお湯を沸かし、流し近くに置いてあった急須を手に取り準備を始めた。
 お湯が沸き、茶を淹れ終えるとまずはシュラインの前に湯飲みを置く。しかし電話中にも拘わらず、シュラインはにっこり微笑み、首を少し傾けた。どうやらお礼のようだ。それに「どういたしまして」と微笑み返すと早々に台所を出る。
「次は人造むつ……羅火さんの所で、草間さんに。と、神納さんか」
 羅火の名を上で呼ぶことは諦め、まずは彼の元へと茶を運ぶ。彼も彼で今はやるべきことがないのか、今は隣の部屋でテレビをつけワイドショーを見ているようだった。
 そんな羅火の前に冷ました茶を置き、今度は武彦の湯飲みへと茶を継ぎ足し。最後は水晶の前に立つ。
 彼は彼で夢中になり新聞を読んでいるようで、流石の弓月も少しばかり声をかけ難かった。しかしどうやら一段落が着いたのか、独り言を言いながら新聞を折りたたんでいく水晶にここぞとばかりに声をかけようとする。が、その顔が不意に弓月を見た。既に気づかれていたようだ。
「……なに?」
「あのー、よければお茶のおかわりいかがですかー? もう空ですよね」
 そう言い急須を片手に湯飲みを見た弓月は、にっこり微笑み水晶の返答を聞かぬ間に中身を満たしてしまう。先手必勝だ。
「…………ん、悪いね」
「いいえー。それよりもですね、神納さん!」
 小さく礼を告げた水晶に、弓月は急須を机に置くと彼の隣にちょこんと座り「あのですね」と切り出した。
「私考えたんですけど、電話帳で『タケヒコ』読みの人達がいるか調べて、まだ無事なようだったらこう! 刑事ドラマー、みたいにこっそり張り込みして現場目撃狙いーっ、なんてどう思います?」
「電話帳、か。確かにいー案だとは思うケド、苗字順のアレの名前を探すのってどーなの……でも確かにそれで先回りできればってのはあるし」
 弓月の案に、水晶は僅かに俯き考える。確かに労力は考えると少し眩暈もするが、否定はされないようだ。
「――まぁ、どーせ今は暇だからやってみるだけやってみるか、な?」
 やがて顔を上げた水晶が呟くと、弓月は素早く立ち上がり興信所の隅へと移動した。目指すはずっと気になっていた電話帳だ。それを手に取るともう一度ソファーへと戻り、水晶の前にどかっと置く。
「はいはーい、そうと決まれば私も手伝いますよ。依頼人さんが来るまでちょっと暇なので!」
 続いて確かこの辺りにあった気が……と、鞄の中からメモ帳とペンを取り出した。
「この近くのタケヒコさんをリストアップしていくんですよ! 私がメモ取るんで、神納さんが探してください。あ、逆がいいですか?」
「ん、メモのほうが楽そーだから、そっちがいーんだケドな……」
 暴走気味な自分に気づき、黙りこくっている水晶に意見を聞けば、彼は小さな声でリストアップ作業を選ぶ。ならば…と、弓月は手早く水晶の前から電話帳をどけ、メモとペンを渡した。
「まぁ、言いだしっぺは私ですからね! それじゃあ、やりますよ。用意はいいですか?」
「……おー…」
 多少乗る気ではなさそうだが、それなりな返答を聞き弓月は素早く電話帳を捲り始める。その横で今は暇な水晶は、ペンをクルクルと回し暇を持て余していた。


 例え近場に絞っても、苗字五十音順からタケヒコを抜き出すには相当な時間がかかる。途中途中では漢字の読み方が曖昧で、リストに入れるべきか迷う名前もいくつかあった。それでもメモ帳には名前と住所と電話番号を抜き出したリストが数ページ出来上がり、弓月は満足だった。
 しかしこの作業も波に乗ってきたところ、興信所の煩いブザーが鳴り、それは同時に依頼人がやって来たことを表していた。
 遂に武彦に呼ばれた弓月は「ごめんなさいー」と言いながら席を立ち、彼の元へと走っていく。とは言え、まずの作業はお茶汲みだった。
 依頼人は見たところ普通の……男性だった。ファイルの整理をしながら話に耳を傾けていると、依頼内容はどうやら妻の不倫問題がどうのと聞こえ、今回の事件とは関係なさそうに思える。
 案の定何事もなく帰っていった依頼人に一息吐きソファーに腰掛けたシュラインを見ると、弓月もその向かい側に腰掛けた丁度その時。隣の部屋のドアが開き、中からひょっこり羅火が出てきた。
「あ、麗香さんはまだだけど色々データが手に入ったわよ?」
 それに気づいたシュラインが書類を片手にソファーから立ち上がるが、羅火は今はやはり要らないと。これ以上事がややこしくなった時又見せてくれとだけ言い、今度は武彦の方も見て言った。
「呪詛系の知識は一通りあるからの。もし何かあったら連絡をくれ」
「どっか行くのか?」
 武彦の問いに羅火はくわぁと欠伸を一つだけ残し、他には何も言わずぷいっと背を向けるとドアの方へと向かう。
 その姿に弓月はソファーから立ち上がりドアの方まで駆け足で行くと、勿論閉まっていた興信所のドアを開けた。
「気をつけて行ってらっしゃーい」
 そんな明るい声を受け、羅火は猫の姿のまま外へと出ていく。残されたのは武彦にシュライン、弓月と奥にいるはずの水晶の四人。
 まだ、何かが始まる気配など微塵も感じることは無かった――



    □□□



 羅火が出て行き数十分後。興信所のドアが勝手に開けられ、そこに現れたのは麗香だった。
 反射的に弓月は台所へ茶の準備と走り脇から控えめに茶を出すと、麗香はファイルから視線を弓月へと移動させ、それまで厳しかった表情をホンの僅か和らげた。
「あら、ありがとう」
「いえいえ。それにしても…凄いファイルですね。書類がいっぱい……」
 恐れ多くも麗香の隣に腰掛けると、弓月は覗き込んで良いものか迷いながらも口は正直に好奇心を表している。
「これ全部、今回の事件資料だそうよ」
「ぜっ、全部ですか!?」
 シュラインは冷静に言うものの、弓月が驚くのも無理はない。それは角で人が殺せそうな分厚さ、そしてきっと重さも十分にある。
「マスコミに一般公開されている件と、うちの編集部が独自に調査して分かったことを纏めてたらこんな感じに。まぁ、重要部分絞って付箋付けてきたから」
「助かります。一応主要都市の新聞社は話し聞いたけど流石に全部は今日だけじゃ無理で」
 言いながらシュラインも手に持つファイルを捲る。どうやら一つでも十分な物なのに、ファイルは二つあるらしい。
「ただね……さんしたくんの作業がなかなか終わらなくて、桂の情報が随時にしか集まってないけど、まぁ今は勘弁してくれるかしら?」
「あら、三下くんの作業って?」
 弓月も抱いた疑問は先にシュラインが言葉にした。とは言え、桂の情報も気になる。こちらはファイル内にあるようだが。
「タケヒコ探しをさせてるのよ、芸能方面でね。それも本名限定」
「本名限定、なんですか?」
 それは先程まで弓月がやっていたことに似ていると思った。ただ、芸名の裏の本名を探すということは、その労力など計り知れず、範囲も半端ではないはずだ。
「どう言う訳か、芸名でタケヒコの名を持つ者は襲われてないのよ」
 それはどんなに隠そうが本当の名前が分かってしまうのだろうか? そんな疑問を誰もが抱く。
「芸能関係者やそうね……作家だとか、少し表立った職業のタケヒコは偽名を使っていようが割り出され、比較的酷い目に遭わされていたりもするし。相当何かあると思うのよね」
「表立った職業が――うちの探偵さんも表立てるといったらそうなるのかしらね……」
 不安そうな表情を浮かべ、シュラインはファイルを捲る手を止めていた。
 そんな中、弓月は悩んでいる。今の麗香の言葉……なかなか終わらない作業と言っていた。
「……あの! 私その三下さんのお手伝いしますよ? 二人でやれば早いですし!」
 護衛には水晶がいる。ならば自分には自分の出来る事を! と考えた弓月の申し出に、麗香は「本当に? あんな作業を?」と問う。結局何度も頷いて見せた弓月に麗香は「分かったわ」と頷いた。
「なら明日、できれば早朝からうちの編集部まで来てもらえる?」
「はい、分かりました!」
 弓月は大きく頷き返事をすると、いつの間にか空になっていた麗香の湯飲みに茶を継ぎ足し、その後彼女はなにやらシュラインと話し始めたようなので、弓月は台所に戻り急須を片付け始めた。
 麗香が帰った頃、辺りはすっかり暗くなり、その日一日は何も無く終わった。このとき弓月は知らなかった……水晶がいまだ一人、電話帳と格闘していたことを――



 翌日…‥
「ううっ、予想以上……」
 早朝から膨大な資料を目の前に弓月は思わず重い溜息を吐いていた。とは言え、作業はもう終盤にかかっている。これさえ終われば、と思うのだが、意外と先は見えないものだ。
 既にリストアップされている芸能人リストを見て、まず事務所のホームページに飛び、本名が公開されていればそれを、されていなければ別ルートで探さなければいけない。今残されているのはその別ルートのものばかりで、ゴールは目の前だというのに、道なりに行くならば迂回しなければいけない、そんな状況だ。
「……kyo」
 そして残された人物、その名前を弓月も聞いたことくらいはある。顔・容姿・性格・歌・演技全てを兼ね揃えた話題のアイドルだ。ただ此処一年くらいは活動を休止しており、つい最近どこかで話題を聞いた気もするのだがよく思い出せない。
「この人の過去ってネット中探しても見つからな――」
 ぼーっとしながらついうっかり開いてしまったそれは、アトラスサーバー内の共用フォルダに存在するファイルだった。
『kyo(本名:鏡威彦)――一年間の活動休止は療養のためであったことが判明。しかし鏡は半年程前既に死亡しており……』
 それは原稿の一部、だったのだろうか。悪いと思いながらも目は止まらない。
『本来タケヒコ狩りは沖縄から始まったとされているが、実際は東京から、そして彼から始まったのではないのかと見ている…しかしそうすると死因に違いが発生し――』
「……と、取り敢えず終わった! 最後がタケヒコってのが気になるんだけど――三下さんは終わりましたか?」
 終わってないならお手伝いをと思ったが、ふと見た隣の三下は魂の抜けたような顔で天井を仰いでいた。
「お、おわってますよ。一旦これを…編集長、へ――」
 言うなり三下は右手に持った書類の束を弓月へ渡し、そのままキーボードの上に顔を落下させる。続いて聞こえてきたのは穏やかな寝息だった。
 結局辺りもすっかり暗くなった頃、弓月は重いファイル――調査結果のコピー――を片手、へとへとになりながら興信所に帰ってきた。
 そんな息も切れ切れな弓月に、水晶は「はい」とメモを渡してきた。あの電話帳で探していていたリストだ。意外にもタケヒコという名前は出てこなかったのだ。喜ぶべきか、悲しむべきか。ともあれこの程度ならばまずは存在するかどうかから一人一人調べられるだろう。
「それじゃあ明日から開始ですね! っても、草間さんの護衛は神納さんにお任せしたいので、よろしくお願いします!」
 深々と頭を下げた弓月に、水晶は「んー、分かったよ」と頷くと一先ず皆で晩御飯だと、シュラインの声がした。


 三日目、弓月は朝早くから外へ出たが、結局夕方に帰ってきた頃は俯き気味で、メモには多くのバツ印がつけられている。探してみればもうとっくに転勤で引っ越してる人や海外出張中の人、この事件を耳にして入れ違いに西に逃げた人ばかりだった。
「でも、逆に言えば相当絞られましたから! 明日はこの人、一人をターゲットに張り込もうと思っています!」
 更に言えば、彼を抜かしてしまうと電話帳から割り出せる残りは草間武彦ただ一人となってしまう。
「勝負どころね。まだ事件は起きていない。ここまで間が開いて世間はすっかり油断している。犯人にとっては尚更好都合でしょうね」
 シュラインの真剣な面持ちに、武彦を含めた三人は頷いた。


 四日目、早朝から弓月はターゲットの家まで向かい、張り込みを開始する。その男とは二十代半ばから後半くらいの、所謂イケメンに入るのだろうと弓月はぼんやり考えた。
 彼はマンションで生活しており、勤め先も勿論都心だ。しかし勤め先に着くなり彼は又外へと繰り出し、街頭で女性をターゲットに声をかけ始めた。
「あぁ……あれ嫌いなんだよねー」
 実際男は一人の女性の肩を無理やり掴み引き止めると、一人でべらべら喋り始める。女は見た目はかなり煌びやかだが、中身はかなり内気なようで、断りきれないままただ後退し、やがて壁に背を預ける形となった。逃げ場がない。周囲は皆見て見ぬ振り。しかし弓月は同じ女として、あの強引さは許せなかった。張り込み中だろうが構わない、建物の影から一歩を踏み出そうとしたその瞬間。
「なんか……嫌な予感――」
 ポツリ。無意識に呟いていた言葉。止まった足。それはまるで何かを引き寄せ、何かを回避するかのように。

 ――バチィィッッ!!!!

 激しい音の後、電光ニュース板が唐突に火花を吹き同時、それはあっという間に落下。ガシャーンと、激しい音と同時煙が上がる。
 ホンの一瞬の出来事だった。周囲はパニックに陥り、逃げ惑う者と野次馬でごった返す。近くの交番から警官も出てきたようで、ホイッスルの音が響いている。
「……うそ、ホン…トに?」
 思わずその場から一歩後退すると、弓月は人ごみを掻き分け駅へと走った。途中何度も転びかけるが、一刻も早く興信所に戻った方が良いかもしれないと、足は縺れる事も無く走り続ける。
 頭の中ではまだ、警告音が響き――胸騒ぎがどうにも治まらなかった。



 流石に事件から時間が経つと道行く人々の話題の中に、都心部で発生したタケヒコ狩りのことが入り混じり始める。この様子なら興信所に着いたとき説明は要らないかもしれない。
 途中、どこかに行っていたらしい羅火と遭遇し、二人は互いに走ったまま話をする。どうやら止まる気がないのはお互い同じらしく、ただ羅火が少しだけ走るスピードを落とした気がした。
「実は神納さんと電話帳で調べていた『タケヒコ』さんを此処数日張っていたんですけど――唯一居場所が掴めた人がたった今標的に……」
「――待て? ぬし今、唯一居場所が掴めた人と言ったが……それはどういう意味じゃ?」
「あ! そ、そうなんですよ!! 確かに都心部にはタケヒコさんいっぱい居たんです。でも、もうとっくに転勤で引っ越してる人や海外出張中の人、この事件を耳にして入れ違いに西に逃げた人ばかりみたいで。もっとも電話帳だけの話なので、他にもいるとは思うんですが――」
「じゃが、電話帳だけで仮定すると――残りは草間だけ、なんじゃな?」
 羅火の言葉に弓月は頷いた。そして唯一つ、「なんとなく少し…嫌な予感がするんです」と付け加え、走るスピードを上げる。
「っ――待て!!」
 しかし突然目の前に羅火が飛び出、弓月は思わず走りを止めた。
「な、なんですか!?」
「耳を貸せい」
 ただ驚く弓月は羅火の言葉にしゃがみ、その近づいた耳に羅火は告げてくる。
「ぬしは先に興信所に行って、草間を出来るだけ興信所から遠ざけるんじゃ。あそこには神納だけを残してぬしはあやつの護衛をしながらそうじゃな…白王社のアトラス編集部が良かろう。わしも……出来る限りすぐに後を追う」
 すると弓月もなんとなく視線だけはキョロッと辺りを見渡すと、頷き立ち上がる。そして羅火を振り返ることもなく、先に興信所へと走った。


「エマさんに草間さん!! 急いで此処から逃げてください!」
 慌てて開いた興信所のドア。その向こうには三人とも揃いに揃い、突然飛び出てきた弓月を見ていた。
「そこで人ぞ――羅火さんと会って、此処には神納さんは残してみんな白王社に逃げろって」
「それは…どういうこと!?」
「どーゆーワケか、ようやくお出ましって事だね」
 状況が分からないといった様子のシュラインと、どう見てもワクワクしている水晶。そして――今ソファーでぐったりしている武彦に弓月は三人が揃っていた意味を悟る。
 弓月はすばやくシュラインと共に武彦を担ぐと、ドアを開け白王社、月刊アトラス編集部へと急いだ。



    □□□



 白王社月刊アトラス編集部。その一室を借り、今は病人の武彦――やはりソファーに寝かされている――、それを支えてきたシュラインと弓月、少し遅れたものの途中で合流した羅火、そしてたった今到着した水晶は沈黙を守っていた。
 少しすると麗香と桂が現れる。麗香が桂を呼び戻したのは、標的が分かった以上尾行させるより逃げの手段に使った方が良いという提案だった。
「にしても、全く状況がまとまらないのよね。一体どうなってるの?」
 あまっていたパイプ椅子に腰掛け麗香は四人を見る。
「タケヒコ狩り…遂に死者が。斉藤威彦って人が」
「本当の目的は鏡威彦って人物なのかもしれない。そして鍵は鏡って人物と恐らく西の探偵さん」
「犯人自身は恐れるに足りないケド、死霊使い――みたいなもんカモね。そいつらが名前を割り出すみたい。闘えば雑魚ばっかだったケド」
「――草間の奴、呪術にやられておるの。よく耐えているというかぬし、意外と忍耐強いんじゃな」
 それぞれが口々に言うそれは今日最終的に得た情報だ。それぞれ情報を違う形で共用している部分もあり、小さく頷いたり相槌を打つ。
 しかしその中で羅火が半ば感心するよう呟いた言葉、それに共感したのは水晶だけだ。
「ちょっと、それでた…んていさんは大丈夫なのかしら?」
「式ではなくあの――女の憎悪の念だけじゃからの。数日あれば大丈夫じゃろ」
 羅火の言葉にシュラインは安堵の息を吐いていた。確かに所謂、呪詛された状態を告げられれば冷静ではいられなくもなるだろう。
「それにしても分からないわね……その彼女、目的は鏡さんって人であって、その人の捜索を西の探偵さんに依頼してる。そして西の探偵さんから共同捜査という形で依頼されたうちの探偵さんはそれを断っている。まさかこれで怨まれてるの、かしら?」
「あの女、もし鏡って奴見つけられなかったら、西の探偵と同じ目に遭わせるって言ってた気が。タケヒコと探偵、なんか二重の恨みポイね」
「でも気になったんですけど、鏡威彦――人気アイドルkyoは…実はもう半年も前に亡くなってたんですよ?」
「あやつ、愛しくも今は憎い…と言ってたの。親しい間柄だったか、或いは――」


 結局討論は纏まらないまま。ただ犯人が追ってくる気配もなく、一先ず武彦は桂も居るこの編集部の一室に息を潜めることが決まった。麗香は引き続き調査のまとめ、三下はその手伝い。後の四人は如何するべきか……
「……いいから誰か、この頭痛をどうにかしてくれっ」
 そして最後に響いたのは 武彦の弱弱しい声だった――…‥



 << to be continued... >>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [1538/人造六面王・羅火/男性/428歳/何でも屋兼用心棒]
 [0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [3620/ 神納・水晶  /男性/24歳/フリーター]
 [5649/ 藤郷・弓月  /女性/17歳/高校生]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、いつもありがとうございます、もしくはご無沙汰しておりました。
 亀ライターの李月です。色々な久々だったのですが……ともあれ、お楽しみいただけていれば幸いです。
 今回は色々調べつつも半ば中途半端な知識ばかりなので、専門分野であからさまな間違いなどあり気になりましたらご連絡ください。
 と、皆さんそれぞれ得ている情報を討論した結果を以下に。もし後編も付き合うよ――と言ってくださる神様のような方はご参考にどうぞ。

---------------- 碇麗香作成 タケヒコ狩り中間報告書 ----------------------------

 犯人:女(見た目はかなり煌びやかだが、中身はかなり内気らしい/羅火・弓月談)
     (しかし時折恐ろしい表情を見せたり、言葉遣いが癇に障る/羅火・水晶談)
    死霊使い? 複数の霊を操っているらしい。その霊が名前を判別。霊自体は弱く、女自体も弱いと思われる(羅火・水晶談)
    移動手段は徒歩や一般交通機関のみ(羅火・桂談)
 目的:鏡威彦という人物を探しているらしい。西で探偵まで雇うが、その探偵は昨日女の手により殺害された(名はタケヒコではない)
    尚、女が頼んだ依頼は西の探偵を通じ武彦にも届くが、彼はそれを断っている(シュライン談)
    そして女は武彦に鏡探しを依頼しに興信所を訪れたようだ(水晶談)
    しかし鏡威彦は半年前既に死亡。その事実は隠し通され続け、数日前に発覚。死因は表向き発表されてはいない(弓月談)
 被害:草間興信所半壊(俺のせいじゃないと水晶談)草間武彦、呪詛により軽症(羅火談)都心部のタケヒコ狩りにより電光板の大破及び死者一名(鏡と漢字が一致)
 推測:推測でしかないが、最初の目的が誰であれ、今現在のターゲットは草間武彦に絞られたと考えて良いだろう。
    しかし結局犯人は鏡を探し出し如何しようというのか?どうして此処まできて死亡事故を起こしたのだろうか?
    この悪質さ、勿論力でねじ伏せるのもありね(きっと爽快よ)でも、彼女の暴走も考えられなくもない。
    全ては本人に聞くしか無い……のかしらね?(麗香談)

-------------------------   ここまで  ---------------------------------------

【藤郷・弓月さま】
 こんにちは、ウェブゲームでは初めまして。いつもありがとうございます!
 今回はもうあちらこちらと元気いっぱいに駆けずり回ってもらった感じだったのですが、毎度毎度暴走させてしまっている気がしてしょうがありません(汗)問題ありましたらどうぞご連絡ください。
 と、今回もこっそり能力発動しております。別にその予感自身が悪いことを引き寄せているわけではないのですけどね…。

 後編は少々間が開いてしまいますが、十月中旬頃までには開く予定です。開ける数日前にOPは上がっているはずです。毎度毎度悩ませてしまう物ですが…。
 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼