コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


かげしげき木のした闇のくらき夜に


 辺りは一面の暗闇で覆われていた。 
 とは云え、総てが暗黒というわけでもない。眼をよぅく凝らせば其処彼処に有る軒並みやら樹木やらを窺い知る事が出来る程度の薄闇だ。
 物部真言は眼前に広がる風景を一望した後に、僅かに頭を掻き回し、確かめるが如くに慎重に、一つ、また一つと歩みを進めてみる事にした。
 確認するまでもなく、今真言が居るこの場所は、東京という名の地とは異なる場であるようだ。
 慎重に足を進めつつ、髪を梳き流れ往く湿った風に目を細ませる。

 からり、ころり からり、ころり

 耳を澄ませば、流れる夜風の涼やかなる中に、確かに下駄の鳴るような音がする。
 真言ははたりと足を留めて辺りを見回し、やがてその音の鳴る方へと両目を向けて眉根を寄せた。
 改めて目を凝らし見遣れば、真言は、今自分が立っているその場所が、旧い都を彷彿とさせるような大路の上だと認識出来る。
 道幅は、見た所20メートル程はあるだろうかと見受けられる。その路脇に、茅葺やら瓦屋根やらの古めかしい家屋がぽつりぽつりと点在しているのだ。
 その大路の向こうから、ゆらりゆらりと揺らぎながら此方へと近寄ってくる火影のあるのが見えた。やがてその火影の主はからりころりと下駄を鳴らし、真言の前へと姿を見せた。
 其れは身形も定まらぬ夜行であった。
 夜行は、見る間に此方に近寄り、やがて真言の真横を往き過ぎる時、思いもかけず人懐こい笑みを浮かべて頭を下げた。
 見ればその夜行の主は、垢舐め、後追い小僧、朧車。から傘、百々目鬼、人狐。何れも人ならぬ妖かしばかり。

 擦れ違った夜行の背を送り、真言は寄せていた眉根を解き、代わりについと首を傾げて夜行の行く先を確かめる。――が、彼等が揺らす提灯は、間も無く薄闇の内へ融けいるように失せていった。

 真言が立っている場所より100メートル程離れた場所に、ぼうやりと辻のあるのが見える。目を凝らし確かめれば、大路は他にも三つ程あるのだと窺える。振り向き見れば、真言の居る大路の端に橋のあるのも見て取れた。
 なるほど、あの辻は四つの大路を結ぶ四つ辻であるらしい。
 そう思いつつ、真言はゆったりとした歩幅で辻へと向かい、進んだ。

 ――――辻に地蔵があるのはなんでか知っているか。
 真言の脳裏に、しわがれた懐かしい声が浮かぶ。
「……そうだ、確か、昔爺様が」
 辿り着いた四つ辻の上で足を留め、真言は昔祖父から教えられた昔話を思い出した。
 ――――辻は、あの世とこの世をまたぐ場所なんだよ。だから、うっかりとあっち側へと行ってしまわないよう、地蔵が護ってくれてンのさ。
「――――彼岸と此岸とを繋ぐ場所」
 脳裏に浮かんだ祖父の言葉を繰り返し、そうして不意に思い出した。
「……そうだ。確か俺は、」
 アルバイトからの帰り道。そういえば辻になった場所を通らなかっただろうか。
 黒髪をぐしゃりと掻きまぜて、真言は知らず眉根を寄せた。
 湿気を含んだ夜風がその髪をかき撫ぜて通り過ぎる。遠く近く、愉しげに唄う声が真言の耳を撫ぜる。

 雪をかぶってェ寝ている竹を 来てはァ雀がゆりおこす

 愉悦気に唄うその声の主は、先程擦れ違ったあの魑魅共のものだろうか。しっとりと広がる闇の中、唄は夜風をはらみ起こし、融ける。
 さわさわとした静かな夜風が薄闇を揺らし、路脇の樹――松やら梅やらといった
 今度は鈴の音が闇を揺らした。
 
 その鈴の音に目を遣ると、其処には何時の間に近寄っていたのか、女の姿がぽつりと在った。
「あんたは……?」
 思わずそう口を開いた後に、改めて女の佇まいを確かめる。
 見れば、女のその出で立ちは長襦袢に朱の色も鮮やかな打ち掛け、帯は前で大きく結び、薄闇の中でも尚艶やかな滑りを光らせる黒髪は結い上げられ、鈴のついた簪がさしてある。
 その姿は、花魁と呼ばれていた女の、まさにそのものであった。
「花魁?」
 呟き、思わずしげしげと見入ってしまう。目を奪われたのは、花魁という存在を初めて目の当たりにしたが為のものだった。
 しかし、女は真言のその目線から逃れるように扇を取りだし、口元をつうと隠して眼だけをゆらりと細めた。
「見世物か何かを見るような目ぇで見るんでありんすね」
 不意に女が口を開いた。漆黒の眼差しが愉悦を滲ませ、真っ直ぐに真言の目を捉えている。
 真言は幾分か慌ててかぶりを振ってみせ、女の言葉を否定した。
「いや、そうじゃない。気分を害してしまったのなら謝る。……すまない」
 僅かに首を傾げてそう告げると、女は扇をぱしりと閉じてしゃなりと小首を傾げ、頷く。
「冗談でありんすぇ。そんな事より、ぬし様とはお初の御目文字でありんすねえ」
 鈴の鳴るような声でころころと笑うと、女はふと真言を上目に見上げ、簪を軽く撫でやりながら言葉を続けた。
「こうしてお会い出来たのも、縁といわすものでありんしょう。縁ついでに、ひとつ、わっちの願いを呑んでやってはくれんせんか?」
 少しばかり垂れ下がり気味の黒目で真言を見上げるその眼差しに、真言は見入られたかの如く目線を重ねる。
「……願い事?」
「櫛を一つ無くしてしまいんした」
「櫛?」
 訊ねると、女は再びしゃなりと躯を動かして、両手を胸の辺りで重ね、頷いた。
「愛らしい、鼈甲細工の櫛でありんす。此方の大路の何処かで落としてしまいんしたようなんでありんすが、わっちでは見付ける事が出来んせんでありんした」
 鈴の鳴るような快活な声で、女はゆっくりと目を細ませる。
「この大路の何処かで、だって?」
 言葉を返し、真言は薄闇の中の大路へと目を向けた。
 視界に映るのは、やはり一面に広がる薄闇。足元を照らす灯りの一つも無いとあっては、確かに探すのは容易な事ではないだろう。
「大事なものなのか?」
 薄闇の奥を覗きこもうとして目を細め、その眼差しでちらりと女を一瞥する。
 女はしゃなりと頷いて、細く白い小首をゆっくりと傾げてみせた。
「わっちの宝でありんす」
「宝か」
 ふむと小さく頷いて、真言は髪をぐしゃぐしゃと掻き撫でた。
「多少時間がかかるかもしれないが、それでも構わないか?」
 そう問えば、女は満面に喜色を浮かべて首を振った。その華やかな笑みに、真言は小さな息を一つ吐いた。
「探し物は得意とは云えないから、必ず見付けて持ち帰るという約束は出来ないが、それでもいいんだな?」
「構いんせん。うわぁ、えらい嬉しい」
 女の艶然とした笑みが、一転、どこか幼げとも云えるものへと変容する。
 真言はその女の笑みを見下ろして、ほんの僅かに頬を緩めた。もっともそれは、笑みというにはいささか強張ったものでもあったが。
「俺の名は物部真言だ」
 踵を返す前に、吐き捨てるようにそう告げる。すると女は目尻をゆったりと緩め、頷く。
「わっちの名は立藤と申しんす。どうぞ良しなに」
 立藤と名乗った女の顔は、やはり艶然とした笑みを滲ませていた。

 立藤に背を向けて、再び一人、薄闇を歩く。
 天を仰ぐ。しかし天には月どころか星の一つでさえも瞬いてはいない。墨を引っくり返したような暗天だ。
 真言はその真暗な天を上目に見遣り、ふと何時の間にやら何時もの歩幅で足を進めている己に気がついた。
 どうやら、知らぬ間に夜目に慣れていたらしい。真言はふうと小さな溜め息を洩らした。
 間も無く真言は再び四つ辻へ行き当たり、足を留めた。路の脇に目を遣れば、其処に古びた一軒の家屋の姿が見えた。
 その家は、半ば半壊していると云っても過言ではない程に鄙びている。そう、例えば強風の一つでも吹けば、或いは大きな揺れの一つでもあれば、たちどころに壊れ崩れてしまうであろうという見目をしているのだ。
 無人の家屋だろうか。そう思い、その家をしげしげと確かめる。見れば、入り口のような戸板の影から、ぼうやりと漏れ出る火影があるのに気付く。その揺らぐ影に紛れ、笑いさざめく声やら噺声やらも漏れ聞える。どうやら中には何者かが居るらしい。
 真言はその家を窺い確かめた後に再び足を進め、辻を越えて大路の一つへと踏み入った。
   
 大路を進む道すがら、前方からちろちろと揺れ動く提灯の灯りに気がついた。火影はちろちろと揺れながら此方へとやって来る。
 やがて擦れ違ったそれは、初めに擦れ違ったものとはまた異なる夜行の姿であった。しかし彼等もまた人懐こい笑みを浮かべ、真言に向けて会釈さえしてくる始末。
 人懐こく、毒気のまるで感じられないその魑魅共に、真言は拍子抜けして首を竦めた。
「……なぁ、ちょっといいか?」
 そう訊ねると、夜行は歩みを止めて真言を見遣り、其々に大きく首を振った。――どうやら、話し掛けられた事が嬉しかったらしい。
「この辺で、鼈甲細工の櫛を見かけたり、落ちてたりしなかったか?」 
 すると夜行はさわさわと何やら話を始め、やがて全員が揃って大路の奥を指差した。
 その示された方に目を遣って、真言はふと目を細ませる。
 薄闇のその向こうから、さらさらと流れる水音のようなものが聞こえ、耳を撫ぜる。
「この奥にあるのか?」
 訊ね、夜行を見据えると、魑魅共は其々に大きく首を動かして、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべるのだった。

 夜行に礼を述べ、別れる。しばしその背を見送ると、彼等は先程のあの家の中へと吸い込まれ消えていった。それを迎えるかのように、愉しげに唄う都都逸が夜風に乗って流れる。
 あの家は、もしかしたら酒場とか、そういったような場所なのだろうか?
 そう思いつつも、真言はゆっくりと足を進めた。夜行が示してくれた方角へ。

 薄闇は何処までも続き、しっとりとした静謐を広げている。
 水気を含んだ夜風が真言の頬を撫で、その鼻先に花の芳香を残していった。
 どこか懐かしささえ感じるその芳香に、真言はつと視線を移し、闇の向こうを捉え眺めた。
 其処には確かに川があり、さわさわと流れる静かなさざなみを立てて流れていく。
 その川の上に、比較的大きな橋が架かっているのが見えた。木造の、懐古的なデザインだ。
 真言はその橋に向けて近寄ると、その傍に咲き揺れている、真白な百合があるのを確かめた。
「――――これは確か山百合……」
 一人ごちて、何気なしに膝を屈める。
 頭をもたげるように咲いている山百合は、決して群生しているわけでもない。ぽつりぽつりと咲き、揺れているのだ。
 薄闇の内にあって、その真白な花びらは灯火の如く其処に在り、闇をぼうやりと照らしている。
 その真白な花に手を伸ばし、真言はふと頬を緩めた。
「こんな所に」
 呟き、花の陰に指を伸ばす。
 其処には、滑らかな光彩を放つ鼈甲の櫛が息吹いていた。まるで、見付けてくれるのを待ち侘びている子供のように。
 
「ああ、助かりんした。ありがとうございんす」
 立藤と出会った場所まで引き返した真言を、立藤は満面の笑みをもって迎えた。
「橋の傍の百合の下に落ちていた」
 手渡しながらそう云うと、立藤はそれを黒髪へとさしこみながら首を傾げた。
「此方の大路には、どれにも橋が架かってありんすぇ」
 艶然とした微笑み。
「あの橋はどこへ通じているんだ?」
 立藤の笑みを見遣りつつ、真言はそう訊ねる。
 立藤は小さく頷いて、真っ直ぐに真言を眺め、見据えた。
「あの橋より向こうへは、生者は往けんようになっているのでありんす」
「あの世へと通じているという事か?」
 立藤は小さく頷いて微笑んだ。
「それにしても、よう見つけてくれんしたね」
 チリン。簪の鈴が小さな音をたてる。
「ここにいる妖達は、どれも妙に人懐こくて拍子抜けするな。この場所自体、なんだか奇妙な所のようだが……嫌いではない」
 真言の言葉に、立藤はしゃなりと首を傾げた。
「辻の散策は楽しめんしたかぇ?」
 その問いに、真言は言葉を返す事なく、只、頷いた。
 チリン。
 立藤の髪に飾られていた簪の鈴が、小さな音を響かせた。
「また、何時でも来てくれなんし。お待ちしておりんす」
 そう残し、立藤はついと踵を返し、からりころりと下駄を鳴らした。
 その後姿を見送る真言の耳を、夜風に紛れた唄声が撫でて過ぎる。

 雪をかぶってェ寝ている竹を 来てはァ雀がゆりおこす

 唄声の主は、どうやら立藤のようだった。
 からりころりと下駄を鳴らし、融け入るように、その背中が消えていく。
 山百合の芳香と、しっとりと広がる薄闇の静寂。遠く近く、寄せて返すさざなみの如く、唄声ばかりが空気を揺らす。

 鈴の音が、しゃなりと小さく鳴り響いた。
 

 


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター】


NPC:立藤



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

先日はシチュノベでのご依頼、まことにありがとうございました。この度続けてお声をいただけました事、光栄に思います。重ねて御礼申し上げます。

今回のノベル中では、主に和や夜の静けさといったものを題材に書かせていただきました。
雰囲気やそういったものを少しでもお楽しみいただけていれば、幸いです。
また、このノベルは、私の異界で公表しておりますシナリオとも連結できるものとなっております。もしもよろしければ、今後ともよろしくお願いいたします。

それでは、今回は本当にありがとうございました。
またシチュノベや依頼などでお会い出来ればと願いつつ。