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<東京怪談・PCゲームノベル>


■茶々さん裏道に入る■



 木陰を選んで歩けば随分と風も穏やかになった。
 湿った土を踏んで木の陰から出れば、そこにはコンクリートの歩道。照り返しの熱はまだ健在な時期らしい。
 判るか判らないか、ごく微かに目を細めて月宮和が顔を向けたのは見覚えのある長身の男がそこに居たからだった。
 日頃見かけるのは編集部で、つまりは仕事の上で顔を合わせる事のある相手なのだが、和が知る男の姿からは程遠い慌てぶりで何事か叫んでいる。
 ちゃちゃさん?
 吹く風に任せて髪を揺らして知人を眺める前で、男は落ち着いた仕草の理知的な女と会うと足を止めた。何事か言い交わしてまた別れる。片手を上げての挨拶もそこそこに再び気忙しく頭を巡らせる男。
 足を止めて見ていた和と目が合うのは当然と言えば当然だった。
「あ、ひ、日ノ宮さん!」
「やあ」
「茶々さん!茶々さん見ませんでしたか!迷子がー!」
 勢い良く長い足を動かして接近したと思えば、編集部以外で会うとは珍しい、と続ける前に畳み掛けられる。
 どうしたことかと思うも、迷子、の言葉に得心がいく。意外だったが目の前の男の、和が知る限りではあっても恋愛歴を思えば子供の一人や二人いてもおかしくはない。子を持つ父として、なんとはなし共感を抱きつつ相手の腕を叩いて宥める事にした。
「わかったから、まずは少し落ち着いて。冷静さを欠いて闇雲に探しても見つけるのは難しい」
 手には、既に知人に当たるべく用意されている携帯電話。
 月宮和の人為がなんとはなし知れる迅速さ、だった。


** *** *


 アルバートというこの男とは小説家と翻訳家という事で面識はあったが、しかし傍らで落ち着かなげに左右を見ては人を探す姿はいっそ愉快な程だ。こんなに子煩悩だったとは、と内心思いつつ話を聞く。歩きながら、和自身も周囲に目を配る事を怠らない。
「つまり、その茶々さんが外に出たまま戻らない、と」
「さっきは失礼しました。慌ててまして」
「気にしなくていいから。父親なら心配するのは当たり前だよ」
「いやしかし……父親?」
「ん?茶々さんは娘さんだろう?」
 娘にしては距離を置いた呼び方だとは思ったが、アルバートの心配ぶりから自然とそう考えていたのだけれど。
「いや!いやいやいや!あー説明してなかったんですけど、茶々さんは」
 怪訝な顔をしたかと思えば茶々さんはアルバートの子供ではなく、マンションの妖精さん、らしい。不思議な事に馴染みがある和は別に「そうか」で終わりだけれど、珍しいと言えば珍しい存在なのだろう。
 話しながら、携帯電話のメモリにすら入れてはいない、暗記している番号を当たっていく。
『――誰だ』
「メモリに入れておいてくれると嬉しいな。月宮だけど」
『つ、つつ月宮さん!?』
「手っ取り早く。五、六歳の赤毛の女の子。どちらかと言えば小柄。金の瞳。この特徴の子供を見掛けたら余計な手出ししないで連絡すること。返事は?」
『は、はいぃっ!』
 凄味の効いた低音の男声が、和の言葉一つで豹変しうろたえ文句の一つも無しに平伏する勢いで指示を受け入れる。それをアルバート隣で驚いた、と洩れ聞こえた声に対して首を振る。
「日ノ宮さん、とんでもない伝手があるんですね」
「若い頃に無茶したからね」
「……なるほど」
 深く聞かない知人に軽く笑顔を目線だけで示して、また携帯を操作しては知人に連絡を取る。
「もしもし」
『なんだ、アンタか』
「ちょっと頼み事」
『出来る事ならな』
「五、六歳の赤毛の女の子。どちらかと言えば小柄。金の瞳。見掛けたら保護して連絡頼みたいんだ」
『……アンタの子か』
「俺の子はもっと大きいよ。知り合いの子供」
「子供じゃありません」
『聞こえてるぞぉ』
「子供だよ。いいからよろしく」
『はいよ』
 恐れであっても、友誼であっても、使えるものは使う。何度も携帯を操作する和を、アルバートが意外そうに時折見ていた。その度に「昔ね」と言えば相手も頷く。仕事上の付き合いだった相手と、なんとまぁ意外なところで別の付き合いを持つものだ。
「縁は異なもの、ってね」
「何か仰いましたか?」
「いや独り言」
 歩きながらその作業を繰り返し、時折入る目撃情報に沿って探せば目指す相手はすぐに見つかった。

 ただ、別の人物が存在するのは予想外だったのだけれど。
「シュラインさん、先に見つけてくれたのか」
「馬鹿正直に茶々さんの情報だけ寄越されても、困るな」
「とりあえず、助けてきます」
 考え込む仕草で小さく呟く和の隣から、アルバートが慌てて飛び出しかけるのを軽く制しておく。
「知り合い?」
「ええ。草間興信所の所長の……恋人というか世話女房というか奥さんというか、事務員さんなんですけど」
「それ事務員以外は結局一緒だから」
 返答にチェックを入れつつ見る先では、その女性――見れば、アルバートを見かけた時に話していた相手だった――が早口で何事かを捲し立てて相手を煙に巻いている。微かに届く言葉は響きの違う幾つもの音。何ヶ国語を話せるのか、たいしたものだと思いつつそちらへと和も近付いて。途中で振り返りアルバートは押し止める。
「大丈夫だから、俺に任せておいで」
「日ノ宮さんに、そこまでは」
「大丈夫」
 緊張の欠片もなく、自然に歩み寄る和に女性も相手らしい男達もすぐには気付かなかった。
 女性の足元にで縋りつくようにしていた赤毛の子供が振り返り、その動きで女性が気付く。男達からはよく見えていた筈が、気付いたのは一番最後だというから可笑しい話だ。
「……どちら様かしら」
 きゅ、と強くしがみつく子供が茶々さんだろう。金の瞳に映しこむ程に見開いて和を見上げている姿から、悪意は無いと見たのか警戒はしているものの男達に対していた時よりは余程穏和な声でシュラインが問うて来る。とりあえず敵では無いとまずは示す事にして、まあ、視線を後ろに流してアルバートの存在を教えただけだけれど。
「アル」
「下がっていて」
 茶々さんが溢した言葉に答えるように告げて、シュライン共々庇う。背後で彼女が茶々さんを連れて距離を取るのを感じつつ、代わって対面する形となった男達を見た。二人組はいかにもな裏街道の人間に見える。というか、
(……見覚えがあるな)
 目を眇めて観察すればやはり見知った顔である。
 その泰然とした和の空気が癇に障ったのか、男達は「いきなりなんだ」だの「邪魔すんな」だの聞き取りづらい声で言いながらそのまま突っかかって来た。無論退くつもりなどあろう筈も無い。
 二人が完全に同じ速度で無いのを幸いと、腕を伸ばして一点を突く。確認せず無防備にもう一人にも同じように。
 それでもう終わりだった。
 男二人の間から数歩下がれば、目の前に半端に不安定な体勢のまま静止する相手の姿。
「動きを封じるツボを突いたけど、上手いもんだろう?」
 うっすらと笑えば背後から拍手だの感嘆の声だの上がって苦笑する。
 肝腎の男達はといえば、悔しそうに睨みつけてくるばかりだ。
 やれやれ、と軽く嘆息してみせればそれは更に強くなった。
「堅気の、こんな小さな子に絡むなんてね。どういう経緯かは知らないけど、迎えの女性が現れたなら素直に帰してあげるのが筋だろう」
「うるせぇ!」
「横からしゃしゃり出て妙なマネしやがって!」
「下っ端っていうのは、何処もこんなのなのかな。それとも――のところだけなのか」
 一部分だけあからさまに声を潜めてやる。男達には聞こえた筈だ。
 す、と表情を硬くした二人に更に畳み掛ける。
「伝言を頼もうか」
「なに、言ってんだ」
「お前達の頭に伝言を」
「あたま」
「組長。わかるだろう?彼に、こう言えばいい」
 嫌な予感、というヤツを感じているだろうか。
 ツボを突かれていなくても、動けなかっただろう二人を前に微笑んだまま和が告げた。

「『部下の教育がなってない。BY月宮和』って」

 ざぁーっと血の気の引く音が聞こえるようだった。
 仲良く二人は息を呑み、傍目にも明らかな程の勢いで蒼白になり目を剥いている。
 そこで動けるようにしてやっても、やはり男達は動けない。
 随分と二人の居る組の上の方には世話になった時期がある。その当時の事を、組長を筆頭にして各々で下の者に聞かせていると見えた。無駄に名前が広まっているという点では面倒でもあったが、今は有り難い結果だ。
「ほら、次は無いから」
 立ち去れと言外に匂わせれば、苦心しながらも男達は背を向ける。腰が抜けそうな程驚かれるとはどんな話を伝えたのだか、と困った風に眉を下げてみる。別に本心で困りはしない。
「上に伝えておいてくれたらいいよ」
 駄目押しで呼ばわっておけば、片方が転びかけるのが見えた。
 うっかり吹き出しかけて堪える和。
 その背後からヒールの音をさせて、シュラインが近付いて来た。
「たいしたものですね。助かりました」
「いえ、俺も彼……アルバートさんを手伝っていたところだったので」
「そう。私も事務所から連絡を受けて――失礼。シュライン・エマです」
「こちらこそ。月宮和です」
 笑み交わし、名乗りあう間で茶々さんがするりとシュラインの足に抱き着いた。
 齢百歳は確実な妖精だと言うが、こうして見下ろす分にはごく普通の子供と何も変わらない。
「シュライン。ありがとうです」
「いえいえ。無事で良かったわ」
「はい……えっと」
 ちらりと和を見上げ、アルバートに視線を投げて頷くのを確認してからまた和を見る。
 親子の遣り取りに見えるな、と思いながら安心させるように笑いかけた。
「月宮和だよ」
「はい。和、ありがとうです」
「うん。無事で良かったね」
 それぞれが茶々の頭を撫でて微笑むのにつられて、茶々も笑う。
 少し人見知りかな、と思いながら見遣る和の脳裏に子供達の姿が過ぎっていたのは間違いない。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4779/月宮和/男性/48/小説家:退魔師】

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■         ライター通信          ■
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・はじめまして、ライター珠洲です。迷子捜索ありがとうございます。
・茶々さんシナリオは基本個別(というかどんなシナリオも個別大量発生ですが!)なのですが、メイン置換えノベルにして書いてみております。視点と発見あたりの展開が違う程度で。こちらではシュライン様が先に発見、月宮様がフォローというか男達追い払いに回る形の展開ですね。
・シュライン様もゴーストライターされていますが、今回は初対面とさせて頂いております。後日「会った事ありましたね」となっているかもしれませんね。

・月宮和様
 その筋の人にも有名、という事で電話で連絡した先はあるいは別の組のお人やも知れませんね。
 折角ですので、怯えながらの協力と友好的な協力との両方を電話で頼んで頂きました。
 アルバートからの呼び方は、仕事上の知人である点から筆名。名が奥様のお名前と言う事で姓で呼ぶ形を取らせて頂きました。ライターの感覚で決めちゃっているわけですけれど。
 よろしければ、また茶々さんやアルバートの相手をしてあげて下さいませ。ありがとうございました!