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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>





「そうか、最初からそうすれば良かったんだ」
 誰もいない漆黒の空間で少年は膝を抱えた姿勢で、ぽつりとそう呟いた。
 無理があるのは分かっている。
 超えられない摂理があるのも、また事実――けれど、彼と、もう一人の『彼』の力があれば、それもおそらく不可能なことではない。
「……問題は、時間だけ」
 すくっと立ち上がり、空の右手を宙に凪ぐ。
 顕現、力の象徴。
 めまぐるしく無数のデジタル光が走る、硝子のサイズ。
「消せばいい、ただそれだけのこと」
 翳された直後、巨大な門が虚空に出現した。


「とある少女の命を救ってほしい」
 西斎院邸、隅々まで手入れの行き届いたリビングルーム。
 客人を前に、普段の明るい表情を奥にしまった天城・鉄太は単刀直入にそう切り出した。
「ゲートキーパー――面識のある人もいると思うが、彼が過去に干渉して一人の少女の命を奪おうとしている」
 干渉、それは時空を超え、ここではない並相世界で「何か」を起こし、こちら側の現実に影響を与えること。
 その『干渉』の為の『門』を自在に操れるのはゲートキーパーのみ。
 それ以外の人間が『門』を超えるには、予め設置されている『門』を使用するしかない――その『門』があるのが、ここ西斎院邸。
「事情が複雑なんで、詳しい説明は省略するけど。本来、何者にも決して干渉できない『魂』というのが存在するんだ。今回、狙われてる少女はこの魂の持ち主なんだが……奴はそれを強引に捻じ曲げようとしてる」
 向う先は、おおよそ10年前の世界。
 目的の少女は高校生。
「この世界はちょっとした事情で非常に不安定でな。干渉するために滞在できる時間が限られている」
 それはゲートキーパーにとっても同じ事。彼の行動が制限されているのは、こちらにとって有利な点でもある――その限られた時間の間だけ、彼女を守りきればいいのだから。
「到着時間は彼女の下校時間にあわせて16時ごろ。24時には強制的に弾き出されるから、その間……よろしくたのむ」
 責任を一任するような鉄太の物言いに、微妙な違和を覚える。彼は「干渉」から世界を守る者ではなかったのか?
 気配を察したのか、鉄太が苦いものを潜ませた笑みを浮かべる。
「ちょっとな、この件に関しては俺らは動けないんだ。そう運命が定められてる」
 遠く流された視線は、かすかに虚ろな色を秘めていた。
「少女自身、自衛の術は持ってるから戦闘的なことは気にしなくていい――よっぽどなイレギュラーが発生しない限り、彼女が力負けすることはないはずだから。だから、彼女の身辺に注意を払って……そして彼女が絶望に囚われないようにしてくれれば」
 ただ、最大の問題は。
 肝心の少女が、他人に守られることを良しとしない性格であること。さらに、表面上はどうであれ初対面の他人をなかなか信用しない、ということ。
「ただの頑固者だけどな」
 軽く吹き出し、表情を和ませる――それは鉄太が『少女』をよく知る証。
 しかし、その笑顔も再び深刻な思いに消されていく。
 胸にあるのは決意。
「少女の名は――火月……東斎院・火月。あの時代、美和様と対をなす存在」
 降りる沈黙、そしてもう一つ。
「ゲートキーパー――既に知っている者もいるかと思うが、彼の本当の名は京師・紫」

 何かが、動く。
 蠢くのは絶望か、希望か。それとも誰かの願い、か。


■理由

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは……」
「方丈記?」
 流れ行くのは、帰路に着く高校生達の姿。
 校門前に集った一風変わった集団に、奇異のような、純粋な興味のような、はたまたほんのりとした色を含んだ視線を投げては足早に過ぎ去る。
 眼前の情景を先人が遺した言葉に置き換えた榊・遠夜(さかき・とおや)の足元で、漆黒の猫が退屈そうに背伸びしながら、にゃーんと小さく鳴いた。
「鴨長明――でしたでしょうか?」
「あら、博識」
 日本人であれば常識問題だろうが、それが銀髪青瞳の持ち主が相手となると話が変わってくる。
 先ほどから誰よりも人目を惹きつけているセレスティ・カーニンガムの言葉に、遠夜の呟きに応えた三雲・冴波(みくも・さえは)が小さく目を見開く。
「お褒めに預かり光栄です」
「最近は日本の大学生でも答えられないって子がいるらしいってのにね」
「学問を修得するために大学に行く、というより必然的な延長で、って言う感じの人の方が多いかもしれませんからね、最近は」
 近頃よく耳にするようになってきたイマドキの学生達の現状を呆れ半ばに零した冴波に、遠夜が猫の背に手を伸ばしながら応えを返す。
 セレスティは柔らかな微笑を浮かべたまま、目的の人物が現れるはずの先に視線を戻した。
 彼らが現在陣取っているのは、都内某所に居を構えた公立の高等学校の前。
「そういえば、本当にルーズソックスって見なくなったわね」
 男子学生は見慣れた恰好と大差ないが、女子学生の姿が『ここ』が『彼らにとっての現在』ではないことを教えてくれていた。
 シュライン・エマの感想に、冴波が頷く。彼らにとっての日常では、絶滅危惧種に相当するルーズソックスを履いた少女達が、目の前をさも当たり前のように流れていく。
 妙なノスタルジィを感じる時代の違いに、自分たちが『門』をくぐった後であることを改めて実感する。
 つい先刻までいた西斎院邸のリビングルームの気配は既に遠く、一瞬の出来事の後に彼等は既に「ここ」にいたのだ。
 約10年前という並相世界に。
「ところで、京師さんって誰?」
 未だ現れる様子のない目的の少女の姿に、少しだけじれたように冴波が寄りかかっていたガードレールに腰を下ろす。
 その言葉に、遠夜も抱き上げた猫を腕に視線を動かした。
 GK(ゲートキーパー)という人物が、今回守らねばならない少女――火月の命を狙っている人物であるというのは共通の認識。
 そしてここにいる殆どが火月自身――あくまで彼らと同様の現在を生きる火月だが――と面識があるものの、「京師・紫」という名前の人物を実際に知る者は僅かに一人。
 だから、上手く繋がらないのだ。鉄太が曰くありげに発した「GKの本当の名前」という意味そのものが。
 略称で「GK」と呼ばれている少年の名が「京師・紫」。ただそれだけの事実ではないのだろうか。何処に含みを持たせる意味があるのか。
「京師さんはね、火月さんの旦那さん、なのよ」
「え?」
 思わずセレスティまでが眉を潜めた答えを導き出したのはシュライン。
 このメンバーの中では唯一の紫と直接の面識――そんな簡単な言葉で片付くものではないが――持つ彼女の言葉に、残る三人は押し黙るより他はなかった。
「私も火月さんから直接聞いたことがあるわけじゃないけど……言葉の端々から、ね。もともとは京師さんが武彦さんの所に依頼を持ってくるようになったのが先だから、私としては火月さんより京師さんとの方が――」
 フラッシュバック。
 シュラインの眼前で、GKにより封じられ姿を消した紫。記憶に鮮明に焼き付いた忘れえぬ光景。
 GKは、紫を邪魔だと言った。
「GKは京師さん自身。京師さんの過去の姿――そうね、ちょうどこれくらいの世界から私たちの現実へと連れてこられた存在」
 言葉の一つ一つを選ぶように、ゆっくりと紡ぐシュライン。
 意識が一帯へ拡散し、自分がどこに立っているのか分からなくなるような不思議な感覚に侵食されていく。
「私も全てを知っているわけじゃないわ。でも、多分。火月さんが『東斎院』だと言うのなら……美和さん……西斎院美和さんと対を成す存在だったと言うのなら、きっと二人は互いに戦うべき宿命にあったのだと……そう、思うわ。その後、何がどうなって二人が結婚に至ったのかまでは、分からない……け、れ、ど……」
 果てなく広がっていく全ての感覚の末端。
 心ここにあらず、という様相でシュラインの青い瞳が、像を結ばぬまま宙を彷徨う。
 しかし、シュラインの状態よりも、彼女の言葉に聞き入る3人はその異変に気付かない。否、シュラインが記憶の抽斗を探しているだけ、という風に見たのかもしれない。
「『斎院』とは――シキを狩る……シキから守る存在。そして……」
「ダメ。還ってこれなくなりますです」
 不意に。
 手を、引かれた。
 遠夜の腕の中から、ひらりと飛び出した猫が白いふわふわの髪の中へと舞い降りる。
「え? あ」
輪郭を失っていたシュラインの視界が、くるくると水中を踊るように現実味を帯びて行く。
「お帰り、アッシュちゃん」
 遠夜が、おいで、と手を招く。その先にいるのは、遠夜に誘われこの世界までやってきたアッシュ。
 校門前でじっとしていることに耐えかねたのか、散歩と称して学校の周りをぐるっと一周してきたらしい。
 その幼さを残す手が、シュラインの指先を不安げに握り締めていた。
 急激な自分の意識の浮上に、シュラインは幾度か瞬きを繰り返す。
「シュラインさん?」
 ようやく彼女の常ならぬ状態を悟った冴波が、どうしたことかとシュラインの顔を覗き込む。
「なんでも、ないわ。少し、ぼーっとしちゃったみたいね」
「シュラインさんは、美和さんに近くなってますから。だから、自分の世界じゃないとこだと、頑張らないと心がどこかに行っちゃうです」
 結ばれていた手が解かれ、シュラインの手の平に『現実』の感覚が戻って来る。
「気を、つけてくださいね、なんです」
「……ありがと、わかったわ」
 少女の頭上で、黒猫が危げなバランスを保ち周囲を見渡す。
 けれどもそれを気にした風もなく、アッシュは遠夜の方に駆け寄りながらにっこりと笑みを浮かべる。その表情の奥に、常に無表情を崩さない黒髪の少女の顔が被ったような気がした。
「何のこと?」
「不可思議な力と接触が多いことによる代償、みたいなものかしら? 自分でもよくわからないけれど」
 気遣うように手を差し出す冴波に、軽い会釈で『大丈夫』の意を示すシュライン。その様子に、一通りの安堵を覚えながら、冴波は先ほどシュラインの口から紡がれた言葉を反芻する。
「ねぇ……『シキ』って何かしら?」
 像をしっかり結んだ視線の先に抱き上げた黒猫を遠夜に差し出すアッシュの姿を捉えながら、シュラインは冴波の問いに深い溜息を零す。
 尋ねられたのは、知らない事。
 自分の意識の管轄下にない、何かによって――シュラインの声を借りて語られた事。
「それが何かは分かりませんけど、一種のトランス状態みたいなものだったんじゃないかな? 例えば……そう、神の宣託を告げる巫女のような、そんな感じの」
 再び自分の腕の中に戻った黒猫の背を優しく撫でながら、遠夜がそう結論づける。シュラインの身に異変を起こした『何か』に気付き損ねたのは不覚かもしれないが、第三者からでは悟ることのできないものだとしたら話は別だ。
 どちらにせよ、少なからずの情報が得られたことだけは間違いない。
 京師・紫。
 それがGKの真の姿。
 この時代の彼は、名実ともに『斎院』を冠する者と敵対する存在。
「さて、そうこうしてる間に目的のお嬢さんの登場のようですよ」
 秋の気配を色濃く乗せた風に、セレスティの髪が清水のせせらぎのように軽やかに踊る。
 その風の向う先。
 そこには一人の少女の姿があった。


■説明

「で、何の御用、かしら?」
 肩口で無造作に切り揃えられた髪は胡桃色。人工的な手が加えられたわけではないその色が、濡れたような漆黒の瞳の深さを際立たせる。
 ありきたりの学生の中に、さも当然のように混ざっていた少女――火月は、校門前に居座り状態の集団の目前でピタリと足を止めた。
 こちらから何らかのアクションをかけようとしていた側としては、意表をついた先制攻撃だ。怪奇事件はお手の物、の百戦錬磨のシュラインやセレスティでさえ、わずかに自分達の出方を探して視線が泳ぐ。
「あなた達、『西』の『門』を使って『ここ』に来た人間、でしょ? そんなのが四人も固まってれば、私に用があってここにいるって看板背負ってるのと変わらないんじゃない?」
 級友らしき少女達に軽く手を振りながら、火月はさも当然の事であるかのように言ってのけた。
 それとなしに、彼女を守ろうと考えていた者にとっては大きな誤算である。
 彼女もまた『斎院』なのだ。
 時代に流されず、学校指定らしい黒のハイソックスに包まれた足が、対処に躊躇を覚える面々を試すように交差される。
「失礼しました、お嬢さん。私はセレスティ・カーニンガム。貴女の仰る通り、西斎院美和さんの力を借りて、こちらにお邪魔中なのですが――東斎院火月さん、でよろしいのですよね?」
 『自分が狙われている』
 その真実は決して心地よいものではないから。
 出来るだけその事実は隠しておこうと心に決めていたセレスティが、最初に口火を切った。
 身許が割れている以上、下手に場を濁すのは得策ではない。ならば、事実を事実として認め、相手の懐に飛び込む方が間合いを計りやすくなるというもの。
「――西、の? アレが他人に力を貸したと?」
「そうなの。私の友人を助けるために力を借りたの。これ、分かる?」
 すかさずシュラインが、ポケットの中に潜ませていた一羽の折鶴を火月に差し出す。それは以前、美和に渡されたもの。
 刹那、瞳を驚きに大きく見開いた火月は、折鶴を手に取ることなく無言の頷きを返した。
「確かに、それは西の片鱗ね。無理に奪い取ったような痕跡もないし……で、そんな方々が私に何の用かしら?」
 少女の表情が、鮮やかに切り替わる。
 傍目には人懐っこそうに見える笑顔、しかしそれが逆の意味を持つことをこの場に居合わせた一同は即座に解した。
 鉄太の『頑固者』と彼女を評した言葉が脳裏に蘇る。
「私は冴波、三雲・冴波。そっちがシュライン・エマで、こっちが榊・遠夜。そしてその背後にいるのがアッシュ。私たちはさっきシュラインさんが言ったように、友人を助けるために此方の世界にやってきたの」
 冴波が先に名乗ったセレスティ以外を紹介し、笑顔の仮面を被った少女と目線の高さを合わせる。
 事前に打ち合わせたわけではなかったが、ここは初めに切り出したシュラインの流れに沿わせる事に決めた。
 それは100%真実ではないが、100%偽りというわけではない。
 鉄太からの依頼は、今、目の前にいる少女の身を守ることであったが、それは即ち彼ら自身が知る火月を守ると言うことに繋がるのだから。
「そのために、できれば貴女にご助力頂ければ、ということで私達は皆さんに好奇の視線を向けられながら、ここで火月さんをお待ちしていた、というわけです」
 にっこり魅惑の微笑でセレスティが締め括る。
 これで納得する相手ではないと踏んではいるが、下手に話を進めて泥沼に陥るよりは話を綺麗にまとめる方が後々が楽になる――そう踏んで。
 遠慮なく値踏みするような黒い瞳が、シュライン、冴波、セレスティ、遠夜という順番でゆっくりと動かされた。
 心に偽りがないことを立証するように、一人一人その視線にまっすぐ応える。
 真摯な思いを瞳に乗せるシュライン、同様に少しの緊張を滲ませつつも真っ直ぐな気持ちを伝える冴波、常と変わらぬ穏やかな微笑を浮かべたセレスティ、そして無表情のまま腕の猫を撫でる遠夜。
 シュラインが鉄太に事前に確認したところによると、お約束的にも眼前の火月には『守るべき』家族がないらしい。
 友人関係はそれなりに築いているようだが、それがGKに盾にとられるようなものではないことを鉄太はそれとなく仄めかして笑っていた。
 それは逆に搦め手がないということで、直球勝負にかけるしかないと言うことと同義。
 ここで火月の視線から逃げるわけにはいかない。
『……西と東では、成り立ちが違うから』
『一つだったものが二つに分かれた時、何かが壊れたのかもしれない――これは俺の勝手な感傷だけど』
『どちらがより不幸か、なんて――』
 GKが作り出す門とよく似た、けれどずっと古めかしい異世界に通じる扉を前に、ぽつぽつと心情を漏らした鉄太。
 詳しい話を聞くことは本人の曖昧な笑顔で叶わなかったが、複雑な事情は十二分に読み取ることが出来た。
 けれど。
 生憎、何の偶然か――いや、これもまた一つの必然かもしれないが――ここに揃った『人間』は、簡単な人生なんて歩んでいない強者揃い。だから、簡単に火月に負けてしまえるほどやわではなかった。
「……で、具体的に何をしたいわけ?」
 張り詰めていた空気がにわかに崩れ、長い溜息が吐き出される。
 このまま放置してこの場を凌いだとしても、彼らが諦めるはずはないと火月は判断したようだった。
 ひとまず協力を得られそうな状況に、シュラインと冴波は顔を見合わせ、セレスティも喜色を笑顔の上に浮かべる。
「――猫は、好き?」
 そんな中、唐突に。
「は?」
 ぽすり、と黒猫を手渡され、火月の目が丸くなる。
 いつも通りの愛想と言う言葉から程遠い表情、さきほどから大人たちの会話には混ざらなかった遠夜が、背後にアッシュをつれたまま一歩進み出た。
 周囲で事が進む間、彼は彼なりにずっと考えていたのだ。人に守られることを好しとしない彼女をどうやって守ろうか、と。
 彼が連れている猫――名を、響と言う――は遠夜の式神。それに火月の身を守らせることも考えたのだが、それでは『絶望』からは彼女を救う事は出来ない。
 ならば、いっそ。
「詳しい事情はともかく、として。暫く傍にいさせてもらえないかな?」
「はぁ?」
 単刀直入、直球ど真ん中。
 軽い会釈を添えて、場外ホームランも辞さない姿勢で、まっすぐ火月と向き合う遠夜。考えて、考えて、考えた結果。結局これしか思いつかなかった。
「………ぶっ」
 堪らず零れたのは「素」。
「あは、あはははは――私、そういうの大好き」
 遠夜の行動に固唾を呑んだ大人が、揃って目を見張る。それほど劇的に、少女の表情が『年相応』のものへと変化した瞬間。
「いいわ、一緒にいましょ。あなた達の真の望みは見えないけど、そうストレートに来られたら、もうどうしようもないじゃない」
 よほどツボにはまったのか、捩れる腹筋に眉根を寄せながらも火月は腕の中の猫を抱き締めた。
 見事当たりを引き当てた本人は、これでよかったのかな? と小さくこめかみをかく。
 その様子がさらに好感を上げたのか、火月は『今は』同年代の少年の手を力強く握り締める。
「で、これからどうするの?」
 『守る』約束は取り付けてはいないものの、傍にいることは許容範囲内に入ったらしい。
 先ほどとは違う色を浮かべた火月の瞳が、異世界からの来訪者の上をゆっくりと滑る。
 しかし、それがアッシュまで到達することはなかった。
 そういえば、火月は彼らを「四人」と称した――その微妙な違和の理由が明かされるのは、もう暫く時間が経過してからのこと。
 既に全ての道筋は作り上げられていた。

 ――シュラインのポケットの中で、繊細なガラス同士が触れ合う音が微かに響く。


■遭遇

 戦端が開かれたのは、まさに刹那。
「待って!」
「待てない、待つ、謂れがない」
 天空に咲く巨大な花火に目もくれず、火月は傍らに寄り添う遠夜の静止の声を振り切りかけだす。
 その後を、ひらりと響が追いかけ人波を縫い疾走する。
「三雲さん!」
「分かってるわ」
 あてどなく放浪するより良いだろう。
 セレスティの提案で一団が向ったのは、深夜近くまで多くの人で溢れるとあるテーマパーク。予め彼が用意していたこの時代に見合った通貨を利用し、その門を潜ったのは空の端が漆黒に染まり始めた頃。
 それから数時間は何事もなく過ぎ、アトラクション施設に併設されたレストランでゆったりと夕食を摂る余裕さえあった。
 人ごみに紛れ、このまま何事もなく時間が過ぎてくれればよいのに。
 誰とはなしにそう思い始めていた矢先。
「……まったく、下手に暴れて歴史が変わっちゃったら大変じゃない」
 肺の中を奥まで新しい酸素で満たす深呼吸を一度。体内で何かが蠢くのを感じた瞬間、火月と遠夜を少しはなれた位置で見守っていた冴波の周囲で一陣の風が巻き起こる。
 その風は駆ける猫に先導されるように奔り、花火を見上げるために一極集中した群集の間に僅かの隙を作っていく。
 切り離される、現実と非現実。
「――彼が、この時代の『彼』ね」
 冴波の操る風により生まれた狭間を利用し、遠夜の手から放たれた幾枚かの符が一帯に結界を作り上げる。
 同じ地上にありながら、空間が分かたれ、存在を許された者のみがフィールドに明確に浮かび上がった。
 火月の目指す先に、火月と同様ありきたりの高校生姿に擬態した少年の姿を見つけ、シュラインが小さく呟く。
「そしてもう一人の彼は来ますかね……この、場所に」
 予断なく周囲へ水の気配を散りばめながら、セレスティが慣れぬ人ごみに疲れた身体を、近くのポールに寄りかからせる。
 セレスティとシュラインの共通の見解――それは恐らくこの時代という並相世界へ翔んんだGKの狙いを正確に捉えたと言っていいだろう。
 干渉できぬ魂を持つ火月。
 過去の歴史において、GK――京師・紫は敵対したはずの彼女を屠ることなく、さらにどういった経緯があったかは分からないが、彼女を自分の伴侶にしていた。
 つまり、この世界の紫と火月の接触は、どちらの命を危険に晒すものではないと歴史が証明してくれている。
 けれど、それは当時の二人に「相手の命の灯火を消す」意志がなかったということにはならない。単純に、両者の力が互角であったこと、その機会がなかっただけのこと――それだけだろう。
 その危い均衡が保たれた世界に、もう一人の紫が――GKが現れたら。
「火月さん!」
「邪魔しないでっ! 貴方達は関係ない、これは私の役目」
 幻視の黄金の炎が遠夜の目前に吹き上がり、熱のない揺らめきが彼の前髪を激しく揺らす。
「私は消し去る者、それが東の運命(さだめ)。ただ眺めるだけの西とは違う」
 気迫を込めた一喝、放たれた波動に遠夜が作った火月を守るための壁が霧散する。
「……あの人は、何とたたかっているの、ですか?」
「アッシュちゃん、あなたはここでじっとしていて」
 何かに操られるように、アッシュがふらりと身を乗り出す。その瞳が捉えたのは、彼女と同じ紫色の瞳をした少年。
 どくり、どく。
 心臓をせりあげるような鼓動に、思わず胸を押さえるアッシュは息を飲んだ。冴波はその小さな体を庇うように風を旋回させる。
 ――アレは、ダァレ?
 薄い陽炎のような膜の向こう、朧に見えるのは歓声をあげ空に咲く花を見上げる日常を続けたままの人々。
 すぐ間近で常人ならざる力のぶつかりあいが行われている事になど、全く気付く様子はない――平和な光景。
「たいした能力ね」
「でも、正直こういうのは性分じゃないんです」
 目と鼻の先で繰り広げられる戦いの様をじっと耐えて見守りつつ、冴波とアッシュの元に戻った遠夜が、額に小さく浮かんだ汗の粒を手の甲で拭う。
 本来の彼のスタイルは、自ら前線に赴き闘うこと。それを拒まれる以上、手出しはできないが、得手ではない結界を保持するのにはかなりの術力を消耗する。
 何もしていないように見える今も、変わらず火月の足元にいる響から送られてくる情報を元に、外へ外へと拡散しようとする力を符の中に吸収し続けているのだ。そうでもしないと、強大な力のせめぎあいを、この結界の内側に留めておくことは出来ない。
「無理はしないでね――周囲に被害を出さないためには、あんたに頼るしかないみたいだから」
 軽く遠夜の背に手を添え、清浄な風の波を送る。
 癒しの効果があるわけではないが、その優しい流れに遠夜の心が凪ぐ。
「アッシュちゃん、大丈夫?」
「はい……でも」
 どくり、どくり。
 どく、どく、どく、どく。
 遠夜に声をかけられ、アッシュが顔を上げる。
 しかし脈動は早くなる一方。
 ――アレは、ダァレ??
 微かな笑顔を作ったのも束の間、吐き気を催しそうなほどの激しい鼓動に、アッシュの視界がぐらりと揺れた。
「アッシュちゃんっ?」
「……来るわ」
 アッシュの身体が、冴波と遠夜が見守る中、アスファルトの大地に崩れ落ちる。
 その時、そこから距離を置いた場所にいたシュラインは、馴染んだ足音を虚空の彼方に聞きつけた。
 結界の内側に侵食する、淡い紫の輝き。
 彼が……彼らが、来訪する予兆。
「もしかするとシキのシは『紫』と書くのかもしれないわね……」
 ぐにゃりと空間が捩れるのを視認しながら、シュラインはポケットの中に手をいれ、小さく一人ごちる。
「タイミングは、一瞬です。其方はお任せしました」
 ざわめく大気の気配を頼りに空が割れる時を待つセレスティが、緊迫感を感じさせぬ優美な仕草で髪をかきあげた。
 はらりと生まれる擬似の水の流れ――それが合図。
 銀光を纏った煌きが収束した直後、セレスティの操る水が天に生まれた裂け目を覆いつくす。
「あー…分かりやすくトラップ!」
「っ!」
 短く切られた息遣いは歓声。
 まるで蜘蛛の巣のように薄く引き延ばされたそれは、現出した新たな人物――GKをみごとに絡め取る。
「そして、もう一つ。貴方の力を削ぐことが出来るのよ」
 動きを封じられてなお、余裕な態度を崩さない上空のGKに、シュラインがポケットの中から取り出したものを掲げた。
 世界を渡り、干渉しようとするGKを止めるための手立て。
「……おぃ」
 ガラスのサイズを構えた姿勢のGKの表情に、不快な感情が浮かびあがった。
「冗談じゃないぞっ、そんなものっ!」
 『自分』が生み出したものではない。
 けれど、それが『自分』の力を奪うものだということは、本能で分かる。
「私が知ってる京師さんがくれたもの。様々な願いをかなえてくれる不思議なガラスの小物――貴方達の能力を『安全』に解放するためのもの!」
 握り締めていた両手をゆるりと開く。
 過去の記憶、飄々とした笑顔で、依頼の報酬として強引に贈りつけられたそれら。
「シュラインさん、早く」
 肥大化する澱みに、セレスティが短く発する。
 事態を察したGKが、サイズを振り翳し己を捕らえる水の網から脱出を試みようとしていた。その掌中には禍々しく蠢く紫の光。
 淡い燐光を帯びた同色の瞳は、まっすぐにこの時代のGK――紫と対峙することに精一杯になっている火月の背中を睨み据えている。
「お前が、お前が存在するのがそもそもの間違いなんだ」
「京師さん、自分の事なんだから私達に任せてないで、自分も努力しなさいっ!」
 辺り一帯が言いようのない何かが満たしていく。

「アッシュちゃん!?」
 ――あなたは……だぁれ? あなたは――わたしは……わたしは?
「あ、あ、あ……あぁ……あ――」
 弛緩した躯を遠夜の腕に預けたアッシュの純白の髪が淡い紫色に染まり、そしてその華奢な身体が光に溶けた。
「アッシュちゃんっ?」
 冴波の声が響き渡る。
 舞い踊る風も、光の粒子を捉える事はできないまま。


■結果

 かくり。
 まだ首の据わっていない赤子のように、火月の腕に支えられた体から首が傾ぐ。
「ありがとう――『私』を守ってくれて。そしてこの人を連れ戻してくれて」
 久し振りに眺めた自分の伴侶の顔を、慈愛に満ちた瞳でみつめながら、青白い頬に指を這わす。
「今の時点で、おそらくこれが最良の結末よ。例え、この人がまだ目を開けることはなくとも」
 首が苦しくないように、意識のない身体を支えなおす。伏せられた瞼の向こう、そこにあるのは紫色の瞳。魅入られた魂の呪縛の証。

   ***   ***

「本当にっ、何から何までムカつくことばっかりだっ」
 吐き捨て、過去から未来に呼び寄せられ、そして過去へ渡ったGKは足元の砂を蹴り上げた。
 遠夜によって張られた結界は、先ほどの力の衝撃で既に効果を失している。
 強制的に解かれた未知なる力の影響で、内側にいた彼らは短い距離を渡らされていた。まだ視界の端に写る場所、そこには先ほどまでいたはずの遊園地の明るい灯が輝く。
 鳴り渡る潮騒、すぐ近くまで小波が迫る。
「予想はしてたんだよな、アンタらがいるだろうってことは。だけど……アレ使われるのは全くもって予定外。本当にムカつく。俺はそんなものに成り下がったりしたくない」
 きゅっと砂を高く鳴かせ、GKが硬直した地場を一歩踏み出す。
「成り下がるって。それは違うわ、だってあれはあなたが――」
「違う、アレは俺じゃない。俺はアレと同じものにはならない………だから」
 まるでコマ送りされる映像のように、ゆっくりとGKが足を進める。その向う先にいるのは、二人のGK――紫の存在に驚きを隠せない様子の火月と、同じく呆然と佇むこの世界の紫。
 シュラインが懸命に空になった腕を伸ばすが、強引なまでの手法で『紫』の持つ力のほとんどを解放させたツケで、体の自由が効かない。
 かつて紫――草間興信所に金にならない依頼を持ち込み楽しんでいた、現代の京師・紫――は、その身に余る能力を他人に危害を与えず消費するために、己が力を封じたアイテム――決まってガラス製――を依頼報酬として贈り付けていた。
 それは使用者のささやかな願いを決められた手段で叶える事が出来、またそのことで紫自身も自身の安寧を保ってきたのだ。
 つまり、アイテムの使用は能力の解放。
 先ほどシュラインが行った作戦は、確かにGKの……ここに居合わせた二人の紫の力を効果的に使い果たさせるのに成功した。
 が、一度未来に渡ったGKにはもう一つの切り札が――否、此方こそが彼の真意。
「そこでぼーっとしてる火月。一つだけ、お前に教えてやる。これは真実だ、俺が見てきた揺るがない真実」
 言葉に含まれる剣呑な意図。
 察した冴波が踵を返し、火月の元に走る。
 その動きに、先ほどまで抱いていた重さを失い、呆然としていた遠夜も我に返った。
 この場所に飛ばされた中に、アッシュの姿はない。
 失ったわけではない――不思議な確信が胸に芽生える。それは同じくこの場にいない響から伝わる何か。
 だから、この場で最優先するべきは。
『彼女が絶望に囚われないように』
 鼓膜のもっと奥、脳髄のさらに深い場所から繰り返される言葉が明確な形を成す。
「火月さん、聞く必要はないわ」
 冴波がGKの眼前に立ちはだかり、烈風を巻き起こして音を遮断する壁を作り上げる。
 しかし、それでもゆっくりと歩み続けるGKは、唇の端を上げていびつに笑った。
「お前は間違う。お前は憎むべきその男――俺を選ぶ。そしてその代償は、お前の子供に引き継がれる」
「え?」
 くつくつ、と喉の奥だけで笑う音がやけに大きく聞こえる。
「火月さんっ」
 遠夜の声、冴波の壁。けれど意志を持った声は、聞かせまいとする者の心を踏み躙り、少女の耳へと忍んで行く。
「お前が失ったものを取り戻そうと夢見ている子供。だがしかし、お前の選択がその子供を絶望に堕とすんだ。お前の子供は、東の名の元に生まれながら………持てるものの大半を封じられ生まれ落ちる。それは全てお前の罪」
 火月のから表情が抜け落ちる。
 それは、絶望の淵へと追い落とされる人間の前兆。
 GKの言葉の意味、それをはっきりと理解したわけではない。けれど、遠夜は力強く火月の名を呼び続けた。
 絶望は苦い。
 知らないでいられるなら、知らないでいた方がいいに決まっている。
「火月さん、心を閉ざさないで」
 けれど、それを知ってしまったら。
「よく、わからないけれど。だけど、それを絶望ととるのか、希望ととるのかは、自分の気持ち次第だよ」
 火月に向き合い、肩をつかむ。
 まっすぐに正面から捉えた漆黒の瞳に、金の炎を探して遠夜はその目に宿りし力を解き放つ。
「今はまだ、絶望の時じゃない――だから、戻っておいで」
「そうよ、火月さん。子供がどうとかって私も分からないけど。でもそれを絶望と決めるのはあなたじゃないわ、あなたの子供自身が選び決めること! 全てをここで閉ざしてはダメ」
 冴波の声も風になり、緩やかに火月と――もう一人の紫の周囲を優しく旋回した。

「そしてキミは結果を見ることなく、かえってしまうのですか?」
 誰もが火月を中心に動く中、静かに虚空に消えようとするGKにセレスティが声をかけた。
 日頃のトーンと全く変わらぬそのリズムに、GKも興味を惹かれたようにチラリと視線を流す。
「あんたはあっちに行かないのか?」
「私は知っていますから。キミが傷付いているであろうことを」
「は?」
 酷薄な笑みを浮かべていたGKの表情が、彫像のように凍りつく。その変化を、微細な空気の流れで感じ、セレスティはふっと頬の筋肉を緩めた。
 いかに人を突き放そうと、彼もまだまだ子供なのだ。
 彼自身、救いを求めている。
「キミがこれまで容易く出来るはずの事をしなかったのには、それなりの理由があるはずだから。でも、それを捻じ曲げてまで、キミはこれを実行に移さねばならなかった――様々な事が頭を過ぎったことでしょう」
 淡々と、ただ本当のことだけを指摘するような言葉に、GKの顔が『少年』としての素のものになっていく。
 剥げ落ちる仮面、零れ落ちてくる、恨み、絶望、哀しみ――希望。
「だから、キミも傷付いている。そんな人を、黙って見送ることなど出来ませんよ」
「知らないっ、そんなこと。俺は――」
 俺は。
 続く言葉を飲み込み、嘲笑うことで暴かれかけた素顔に再び仮面をつける。
「ソレはアンタの勝手な想像、だろ?」
「本当にそうでしょうか?」
「そうに決まってる。俺はそんな生やさしいイキモノじゃない」
 GKは闇のヴェールを破き捨て、強引に空を渡る。
 その影響は、事態の収拾のつかぬままの浜辺を飲み込んでいく。
「?」
 最初に異変に気付いたのはシュライン。
 波音に混ざる不協和音。砂地についた手元に目をやれば、それがノイズに纏わりつかれていた。
「嘘? まだ余裕はあるはずじゃ!?」
 時間を確認しようにも、手首にあるはずの腕時計は、すでにチラチラとした電子の光の渦に融け始めている。
「そんな……そんな、まだ」
 終幕は突然。結果は、未来で待っている。

   ***   ***

「お帰り」
 ゆるやかに戻って来る五感の気配。
 自分たちが出立の説明を受けたはずの西斎院邸のリビングにいるのだ、と認識したのは耳の奥に波の音が消えきらない頃。
「アッシュちゃん」
 自分の足が踏んでいるのが、柔らかな感触の絨毯である事を確認する前に、遠夜は鉄太に抱かかえられて眠るアッシュの姿に安堵の声を上げた。
 駆け寄ると、鉄太の肩口から漆黒の猫がひょいっと顔を出す。
「こいつがここへ連れて来てくれたんだ。賢いヤツだな」
 とんとんっと肩、腕を渡り遠夜の元へ戻った猫の額を撫でながら、鉄太が労うように微笑む。
 弛む雰囲気に、そのまま流されそうになり、シュラインは慌てて踏ん張りを効かせる。
「これは、どういうこと?」
 鉄太が言っていた制限時間まではまだ猶予があったはずだ。それなのに、なぜ強制的に自分たちは元の世界に戻されてしまったのか?
 焦点の定まらぬままの瞳をしていた火月の表情がちらつくのか、冴波も軽く首を振り続ける。
「あちらの世界が耐えられなくなったんだよ。ほら、不安定な世界だって言っただろ。紫くんの力の解放、それに誘発された形でのアッシュの『全てを元の姿に戻そう』とする力の暴走、それから、その状態でのGKの空渡り――想定以上の負荷に世界が異分子である君達を放出したんだ」
 眠り続けるアッシュに視線を戻し、鉄太が感情の波を見せない声で結果だけを紡ぐ。
「……アッシュは大丈夫。少し疲れただけだから、暫く眠れば目を覚ます」
 彼女は元々『人』ではないから。
 だからあっちの火月はアッシュを見ようともしなかったんじゃないかな?
 労いと自嘲をないまぜにした曖昧な笑みを浮かべ、鉄太はアッシュがこの場に姿を留めることを説明する。
「この子は、GKともう一人の人物の力のぶつかる衝撃によって生まれたイレギュラーだから」
「そしてその力により――何かが一つ、元にもどりました」
「美和さん」
 リビングルームの扉が開き、現れたのはシンプルなワンピース姿の美和。背後には寄り添うように緑子が立っていた。
「此方での役目は終わりました。後は、全ての結末をご自分たちの目で確認されるといいでしょう」
 緑子が差し出したのは一枚の紙。
 そこには都心から程近い場所にある、神社の住所が書かれていた。


 鬱蒼とした参道を抜けた場所に、それは造られていた。
 眼下に広がるのは都心の夜の光。
 神楽の舞台、常と変わらぬ真紅のスーツに身を包み、彼女は微笑みながら一同の到着を待っていた。
 その腕に、異空に封じられていたはずの『現代』の京師・紫を抱いて。

「随分、無茶したのね?」
「専売特許のようなものよ」
 まだ僅かにシュラインの足元がふらついている事を見止め、火月は舞台の縁に彼女を誘った。
 三人――一人は火月に寄りかかっているだけだが――で横並びになり、眼下に広がる混沌の巣食う街を見下ろす。
「……触っても、いいかしら?」
 遠慮がちに尋ねるシュラインに、火月は軽やかに頷いた。
「温かい、わね」
「馬鹿な夢でも見てるのよ、きっと。外に向けられないエネルギーを発散させるために」
 しょうがない人よね、と笑う火月。
 少しだけ覚えがあるそれに、シュラインは相好を崩した。
 引き戻した掌に残るのは、紫の体温。薄い皮膚の向こう、脈打つ鼓動は彼が生きてこの場所に戻ってきた証。
「なぜ眠ったままなの?」
「GK――過去のこの人の力がまだ影響してるから、かしら。でも、きっともうすぐだわ――起きたら起きたで五月蝿いんでしょうけど」
「違いないわ」
 二人、顔を見合わせ笑い声を上げる。
 シュラインのポケットの中、紫水晶のキーホルダーがついた鍵が、音も痕跡も残さず崩れ去った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【0086 / シュライン・エマ】
  ≫≫女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
   ≫≫≫【鉄太+1 緑子+2 アッシュ+2 GK+3 紫胤+2/ S】

【0642 / 榊・遠夜 (さかき・とおや)】
  ≫≫男 / 16 / 高校生/陰陽師
   ≫≫≫【アッシュ+3/ C】

【1883 / セレスティ・カーニンガム】
  ≫≫男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
   ≫≫≫【アッシュ+1 GK+3 / D】
   
【4424/三雲・冴波(みくも・さえは)】
  ≫≫女 / 27 / 事務員
   ≫≫≫【アッシュ+2 / F】
   
    ※GK……ゲートキーパー略

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■         ライター通信          ■
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 敵対する者同士の恋愛は永遠のテーマだと思います。
 と、初っ端から飛んでみました。こんにちは、ライターの観空ハツキです。はっはっは(壊)。
 この度は『扉』にご参加下さいましてありがとうございました。納期の方は……本当に毎度毎度で申し訳ありません(謝)。

 今回は……なんだか詰め込みすぎ! な感じで……わ、わかりにくさ大満開! でしたら申し訳ございませんっ(平謝)。
 しかし、紫を生み出した時からずーっと抱えていた設定(?)を、形に出来て嬉しく思うのも真実だったり。ご参加くださいました皆さま、本当にありがとうございました。
 場合により、複数のNPCの生存(?)に影響を及ぼす予定でしたが、幾つかの分岐点を綺麗さっぱり皆様に乗り越えて頂きましたおかげで、どうやら変動なしで次に進むことが出来そうです(礼)。
 というかです……寝てる誰かまで戻って来ることになるとは(驚やら嬉やら)

 シュライン・エマ様
 毎度毎度のご参加、ありがとうございます!
 今回は、根こそぎ作戦(変な命名ですいません;)に意表をつかれまくりましたが、お陰様で誰かさんが此方に帰ってくる一因が……まだ、寝ておりますが、今後とも宜しくしてやって頂けると嬉しい限りです(なんだか誰かさんの代弁気分です・笑)
 気がつけば、怪談開始時よりお世話になり(ありがとうございます)、個人的に当異界の生き字引なシュラインさん。それに比例してと申しましょうか、様々な面でお世話になりっぱなしですいません。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。