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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜暁〜



「俺は認めないぞ!」
 和彦の目の前で腰に両手をあてて、嘉神真輝は言い放った。
「そうだ! 認めない! だいたい呪いなんてものも、不幸な偶然だ!」
「あんたな……」
 呆れる和彦の前で真輝は続ける。
「呪いなんて嘘だ! おまえの左眼の力が強くて憑物を引き寄せてただけだろ!」
「それは違うぞ。これは呪詛だ」
「たとえそうでもおまえの妹のしわざじゃない! だいたい呪うならおまえじゃなくて、殺した相手じゃないか!」
「……俺がいなければ死なずに済んだ」
 さらりと言われて真輝は言葉に詰まるが、ふんと胸を張ってみせる。
「本当に憎いならさっさと殺すだろ、フツーは!」
「呪詛は殺すのが最終的な目的だが、苦しめる過程が必要だ」
「う……」
 そりゃそうだ。あっさり殺したのでは恨みが晴れないという者もいるだろう。
 そう言われると自信がなくなってきそうだ。
「おまえなあ! 一緒に生きてきた妹なんだぞ! 信じてやれないのかよ?」
「一緒に?」
「そうだ。おまえの左眼でな」
「赤子の時に殺されたんだが…………魂が育つというのは聞いたことがないな」
 本気でそう思っているらしい和彦の頭を、真輝はどつきたくなった。
 なんでこうなんだ、こいつは!
「妹は、おまえのことを嫌ってなんかないさ。きっと」
「どうしてそう思う?」
「おまえがいいヤツだからだよ」
 しーん……。
 押し黙って目を見開き、困惑の表情を和彦が浮かべている。当然の反応だろう。
「おまえの妹が悪いヤツなわけない! 俺はそう信じてる!」
「……変な理屈だな」
「変でもいいの!」
 力一杯言う真輝。
 左眼を手で覆った和彦は、それから微笑んで頷いた。
「そうだな。うん……俺の妹を、俺が信じてやれなくて、どうするんだ」
「そうそう!」
「まあ俺と魂が混ざってるかもしれないから、信じてみよう」
「……魂が混ざってる?」
 和彦が手を降ろした。美しい薄紅の瞳だ。
「だってこの目は俺の眼だからな」
 彼はひょいとベランダの手摺りの上に立つ。ぎえーっと真輝が青ざめた。
「じゃあ行って来る」
「い、行くってどこへ?」
「実家だ」
「おま……!
 あのな! おまえの家の契約がどうとか俺は知らんぞ! 誰かに頼らなきゃいけない退魔士なんていつか滅ぶさ!」
「…………」
「弱いヤツは生き残れない世界なんだろ? だったら、いつか滅びるぞ!」
 だからおまえが犠牲になるなんてこと!
 和彦は真輝を見てから苦笑した。
「誰が死ぬと言った? 死ぬために行くんじゃない。生きて帰るために行くんだ」
「え……?」
「やるだけのことはしたい。大丈夫だ。死にに行くんじゃない」
 そう言うや彼は手摺りを蹴って飛び降りた。



 決めた。もう、決めた。
 後押しをしてくれたあいつのために。
 広い座敷に正座をしている和彦は、瞼を閉じて静かに深呼吸をした。
「なんじゃ」
 遠い上座にいる当主の声に、和彦は瞼をうっすらと開けて、それから畳に両手をついて頭をさげる。
 突然の土下座に当主は怪訝そうにした。
「お願いがあります! この度のこと、どうぞ保留にしていただけないでしょうか!」
「……どういう意味かのう」
「俺は、まだ……やるべきことが残っておりますゆえ……!」
 手が、声が震えた。こんな言葉が当主に通じないのは和彦は百も承知なのだ。
 やるべきことというのは、退魔の仕事しかない。それを与えるのは遠逆の家だ。
「……死にたくないと、申すのか」
 ぎくりと和彦が震えた。じっとりとかいた汗。
 唇を引き締めて、頭をあげた。
「はい」
「一族がおまえのせいで滅んでもか」
「…………」
「一族全てがおまえを呪ってもか」
「……………………それでも、俺は今の状態で死ぬことはできません」
 まっすぐ。姿勢を正して当主を見つめる和彦。
「俺は、確かに東京に行くまでの俺ならば……甘んじてこの命、お受けしました。ですが、それができなくなったのは、俺が変わってしまったからです」
「…………」
「こんな……不安定な状態で贄になどなれば……それこそ、失敗するかもしれません」
 これは賭けだ。
 膝の上の拳を、強く握りしめた。
「……それでも、俺を殺すというのなら…………俺は全力で抵抗します」
「……………………」
 静寂が座敷を支配する。和彦の心臓は激しく鳴り響いていた。
 当主はただじっと、和彦を見据えている。そして口を開いた。
「わかった……では、封じた『逆図』の妖魔全てを相手にするのだな」
 合図だったかのように和彦はすぐさま立ち上がって己の影を手に集めて武器とし、障子を突き破って外に飛び出していった。
 和彦は屋敷の結界の外に出たようだ。物凄い速度で移動しつつ、武器を振るっているのがわかる。
 当主は独白した。
「…………やはりか」
 確信に満ちた声。当主に対し、その背後から囁きがされた。当主は頷く。

 戦って、戦って。
 ただひたすら戦って、武器を振るって、妖魔どもを滅して。
「こ、のぉ!」
 刀を大きく振り、そのまま和彦は足を滑らせて地面に倒れた。
 ――――もう、身体のどこも動かない。
 痛みと痺れと疲労で……もう。
(……目が霞む……)
 ふ、と気づく。
 その視界に、なにか……。
(あ……)
 ゆっくりと空が明るくなってくる。夜明けだ。
 昇ってくる太陽の光を目に映し、和彦は少しだけ頭を動かした。
(……太陽)
 日の出が苦手で。いつも闇ばかりを歩いていて。
 でも。
 微笑んで、目を閉じる。
(そうか……)
 これが、『ゆっくり眠る』というものか…………。
 草木の香り。土の香り。風の香り。
 いつもは夜だけを歩いてきたから、気づかなかった。
 すぅ、と彼は息を吸い込む。
 さわさわと草と、彼の髪が揺れた。――――――――――――――――彼は、動かない。



 あれから一ヶ月も過ぎるというのに、遠逆和彦は帰ってこなかった。
 真輝は学校へ行き、授業をこなしている。イライラが募る一方だったが表には出さないように努めた。
(あいつ……また連絡一つよこさないで……!)
「ま、マキちゃん怖い顔してるよ……?」
 生徒に言われてハッとし、真輝は慌てて引きつった笑みを浮かべた。
「マキちゃんて言うな! 嘉神センセ、だろ?」
「でもマキちゃん先生……最近ピリピリしてない?」
「そうよそうよ。なーんかいっつも考え事してるし指先で机をトントン叩いてるっしょ?」
 女生徒たちに代わる代わる言われて真輝は「そうだったか?」と思い返す。だが憶えていないのだから思い出せるわけもない。
 下校中の生徒たちは真輝と並んで帰っているのだ。
「うるさいな。先生も色々忙しいの!」
「ウッソー! マキちゃんてなんか悩み事あるわけ?」
「えー? もしかして恋の悩み?」
「アホかーっっ!」
 両腕を振り上げて怒る真輝を、生徒たちは楽しそうに笑って見る。
 だが生徒の一人が何かに気づいて横の少女の服を引っ張った。
「ねえ、あそこにいるの、かっこよくない?」
「え? あ、ホント! なにあれ? 芸能人かな?」
 真輝は彼女たちの言葉に怪訝そうにし、校門のほうを見遣る。校門のところでズボンのポケットに片手を突っ込んでにやにやと笑っている少年が立っているではないか。
「かっ!」
「え? なになに? まきちゃんの知り合いなの?」
「うっそーっ! すごーい! ね、紹介してよ!」
「やっかましーい!」
 生徒たちの手を振り払い、真輝は駆け出す。
 和彦の前に到着した彼を呆れたように眺めてきた。
「急いでこなくても、俺は逃げないぞ?」
「はあはあ……はあ……う、うるさい! 一ヶ月も! れ、れんらくっ……」
「急いで喋らなくてもいいんだが……」
 ぜえぜえ言っている真輝は深呼吸を何度も繰り返し、息を整える。
「おまえ! 一ヶ月もなにやってたんだ!」
「なにって、入院してたんだ」
「にゅ!?」
 ぎょぎょっとしてしまう真輝は周囲の目を気にして和彦に歩き出すように促した。生徒たちが物珍しそうにこちらをうかがっているからだ。
「入院って、おまえが?」
「そうだぞ」
「なんで? おまえ、超回復能力は?」
「それか。それは……もうほとんどないんだ」
「はあ?」
 驚く真輝に、和彦は己の左眼を指差す。
「妹は、もういない。消えた。だから呪いも消えた」
「消えたって……どうして?」
「どうしてかはわからない。気づいたら消えてた」
「じゃあ契約は? おまえは死ななかったんだろ?」
「……よくわからないが、家はあっさりと俺が生きるのを認めたんだ」
「へえ?」
 信じられないことである。
「俺からあまりにも簡単に手を引いたことは解せない。だがまあ……俺はもう命の危険にさらされてないことは確かだな」
 肩をすくめる和彦。
 真輝は嬉しくて頷く。
「そっか! そっかそっか! 問題は解決してないけど、おまえはもう死ななくていいんだな!?」
「そうだろう」
「よっしゃ! じゃあ一杯いくか!」
 一杯?
 と、疑問符を浮かべる和彦の横で真輝は嬉しそうにビールを飲むしぐさをする。
 ムッと和彦は顔をしかめた。
「真輝、未成年に酒をすすめるとは何事か!」
「なんだよケチ」
 唇を尖らせる真輝を見て、和彦は小さく笑う。
 生きるのを諦めなくて良かった。そう思いつつ歩く和彦の心中など知らず、真輝は寂しそうに溜息をつく。
「せっかくメデタイのにな〜、残念だー」
「酒は体に悪いんだぞ?」
「ちょっとはいいんだぜ?」
「バカだな。教師のくせに、アルコールに毒素があるのも知らないのか?」
「…………」
 興が冷めるとはこの事だ。
 白い目で和彦を見る真輝に、彼は「なんだよ」と言い返す。
「おまえ、そういうこと言ってると嫌われるぞ」
「はあ?」
「下戸なのか?」
「いや? 酒は飲めるが」
「……おまえこそ未成年のくせに飲むなよ」
「色んな状況を想定した訓練はしているんでな」
「そっか」
 酒を飲むのは諦めなければならないようだ。不必要に和彦は酒に手は出さないのだろう。
「つまんねーの」
「つまらないとか言うな。まあせっかくだし、朝まで付き合ってやろう」
「えっ!? 酒に?」
「ジュースだ!」
「ええ〜! せめて紅茶とかコーヒーとか言えよ〜!」
 わーわー言い合う二人の様子に、生徒たちは次の日質問したのだ。
「ねえねえ先生、あの人だれ?」と。
 勿論真輝は自信いっぱいに答えた。
「アレは先生の親友でな、ちょっと特殊な仕事をしている仕事人なんだぞ」
 機嫌がいい理由は、和彦の洩らした一言。
「死ぬかと思った夜明けの中で……あんたの、俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたんだ」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 結局最後まで解き明かされない謎も多く、余計に混迷気味になっていますが和彦の物語はここで一旦終わりです。
 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました嘉神様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。