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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜暁〜



「和彦君」
 言い聞かせるように綾和泉汐耶は、彼を見つめて言う。
「生まれたばかりで、そんなに強力な呪詛をかけれるものなの? 私は信じられないわ」
 向かい側に座る和彦は少し驚いたように眉をあげるがすぐに微笑した。
「どんな生物も、己の命が危機にさらされると抗うものだ。死んだ妹がなにを考えているのか俺にはわからないが……それに、あんたの言うように生まれたばかりで殺されているから、本当はどうなのかはわからない」
「え?」
「だが、この左眼がおかしいのはわかっている。俺はね、汐耶さん」
「?」
「原因がそれ以外に考えられないから、そうなんだと思ってるんだ。汐耶さんは、ほかに説明できるのか?」
「それは……そうだけど」
「呪詛については当主は嘘は言わないだろう。俺にそんな嘘は通じないよ。これでも退魔士の端くれだから」
 汐耶が出したお茶を一口飲んだ和彦はほーっと長く息を吐く。
 視線を伏せた汐耶は考える。
(契約の内容がわからないのが問題ね。どういうものなのかしら)
 『四』は『死』とかけてるのだろうか? いや、そうなのだろう。
 それに和彦で終わりというわけではない。先の話になるが五十四代目もその毒牙にかかる確率は高い。
 供物。贄。契約。存続。
(契約で雁字搦めになっているのなら……『封じられている』と解釈もできるのかしらね)
 だが慎重にしなければ。
「あのね、最初の四代目のこと訊きたいんだけど」
「そんな大昔のヤツのことなんか、俺が知るわけないだろ」
「え? だって一族の当主じゃないの」
「あのな。代替わりが早いうちの当主をいちいち覚えてるのは、当主だけだ。どうせ口伝だろ」
「あなたは四十四代目でしょ?」
「任命されたが、なにも教えられていない」
 すぐに殺されるからだ、と二人は思ったが口には出さなかった。
 はあ、と汐耶は息を吐き出す。
「困ったわね。なにか手がかりでもあればと思ったのに」
「手がかり?」
「契約よ。どういうものかわかれば、案外簡単かもしれないでしょ?」
 明るく言う汐耶に、彼は苦笑してみせた。
「ほんと前向きだな、汐耶さんは。残念だが、どういう契約内容なのか俺は知らないんだ」
「当事者なのに?」
「どうせ死ぬから教えないつもりなんだろう」
 それだけなんだろうか。汐耶はふむ、と呟いて思案する。
(口伝……確かにそうかもしれないわ。それに和彦君の言動からすると彼はほとんど内部に関わっていない……一兵みたいね)
 そもそも遠逆の内部はどうなっているのだろう。当主というトップの下に何人かがついているのだろうか?
 だが思案していてもどうしようもない。あの秘密主義の一族からは何も聞き出せないだろう。
「いっそ」
「え?」
「いっそなくなればいいわ。そんな、供物で生きながらえていく一族なら、さっぱりしたほうが……」
「そうか。残忍なことを言うんだな」
「そうね」
 冷たく呟く汐耶を彼は見つめる。
「いきなり死ぬのは誰だって辛いものだ。思ってても、そういうことは口にするな」
「ごめんなさい」
 腹が立つ。その相手は和彦だ。
 彼は結局優しすぎるのだ。他人のことを優先的に考える生活をしていたせいもあるだろうが、自分より他人のことばかり考えている。
(……まあ、だから色々協力してあげてたんだけど)
 はあ……。
 溜息をつく汐耶を、和彦がうかがった。
「どうした?」
「なんでもないわ」
「……まあどうせ、いずれは滅びるだろうな遠逆は」
「いずれじゃダメよ! キミの『次』があるのよ!?」
「ああ、次か。うん……そうだろうな」
「? やけに無関心ね?」
「それは次のヤツが決めることだ。俺があれこれ考えても仕方なかろう」
「冷たいのね」
「…………どうしてあんたがそんなに怒るのか、ちょっと考えていたんだ」
 小さく笑って和彦は汐耶から視線を逸らした。だが瞳に力が戻っている。
「俺のことなのに、一生懸命考えてくれてる。契約の内容を知ろうとして、それをどうにかしようとしている……。ありがたいことだ」
「当たり前でしょ? キミの命がかかってるのに!」
「ああ、わかっている。俺の命だ。だから……俺が決めなくちゃいけないんだ」
「?」
 がたんと突然立ち上がった彼に汐耶は慌てふためいた。彼は立ち去る気だ。止めなければ!
「ま、待って! 契約内容がわかればなんとかなるかもしれないのよ? 早まっちゃダメよ!」
「いい。行って決着をつける」
「え……?」
「死にに行かない。やれることは、やってみることにした」
 はっきりとそう言い放って和彦は玄関に向かう。あまりの行動の早さに汐耶は呆気にとられていた。
「待って! 待って、和彦君!」
「長居はできない。監視がついている」
「うそ……」
「大丈夫。話は聞こえないさ。俺が逃げないか監視しているだけだからな」
 靴を履く和彦に追いついて、汐耶はなにを言えばと色々と迷う。
 だが振り返った彼を見て……結局なにも言えなかった。
「じゃあ行ってくる」
 清々しい笑みを浮かべている和彦に、ただ黙って頷いてみせた。ほとんど無意識に、促されたように。
 ドアが開き、バタンとむなしい音をたてて閉まった。
 残された汐耶は……しばらくしてからその場に座り込む。
「……決断、早すぎよ」



 決めた。もう、決めた。
 後押しをしてくれたあの人のために。
 広い座敷に正座をしている和彦は、瞼を閉じて静かに深呼吸をした。
「なんじゃ」
 遠い上座にいる当主の声に、和彦は瞼をうっすらと開けて、それから畳に両手をついて頭をさげる。
 突然の土下座に当主は怪訝そうにした。
「お願いがあります! この度のこと、どうぞ保留にしていただけないでしょうか!」
「……どういう意味かのう」
「俺は、まだ……やるべきことが残っておりますゆえ……!」
 手が、声が震えた。こんな言葉が当主に通じないのは和彦は百も承知なのだ。
 やるべきことというのは、退魔の仕事しかない。それを与えるのは遠逆の家だ。
「……死にたくないと、申すのか」
 ぎくりと和彦が震えた。じっとりとかいた汗。
 唇を引き締めて、頭をあげた。
「はい」
「一族がおまえのせいで滅んでもか」
「…………」
「一族全てがおまえを呪ってもか」
「……………………それでも、俺は今の状態で死ぬことはできません」
 まっすぐ。姿勢を正して当主を見つめる和彦。
「俺は、確かに東京に行くまでの俺ならば……甘んじてこの命、お受けしました。ですが、それができなくなったのは、俺が変わってしまったからです」
「…………」
「こんな……不安定な状態で贄になどなれば……それこそ、失敗するかもしれません」
 これは賭けだ。
 膝の上の拳を、強く握りしめた。
「……それでも、俺を殺すというのなら…………俺は全力で抵抗します」
「……………………」
 静寂が座敷を支配する。和彦の心臓は激しく鳴り響いていた。
 当主はただじっと、和彦を見据えている。そして口を開いた。
「わかった……では、封じた『逆図』の妖魔全てを相手にするのだな」
 合図だったかのように和彦はすぐさま立ち上がって己の影を手に集めて武器とし、障子を突き破って外に飛び出していった。
 和彦は屋敷の結界の外に出たようだ。物凄い速度で移動しつつ、武器を振るっているのがわかる。
 当主は独白した。
「…………やはりか」
 確信に満ちた声。当主に対し、その背後から囁きがされた。当主は頷く。

 戦って、戦って。
 ただひたすら戦って、武器を振るって、妖魔どもを滅して。
「こ、のぉ!」
 刀を大きく振り、そのまま和彦は足を滑らせて地面に倒れた。
 ――――もう、身体のどこも動かない。
 痛みと痺れと疲労で……もう。
(……目が霞む……)
 ふ、と気づく。
 その視界に、なにか……。
(あ……)
 ゆっくりと空が明るくなってくる。夜明けだ。
 昇ってくる太陽の光を目に映し、和彦は少しだけ頭を動かした。
(……太陽)
 日の出が苦手で。いつも闇ばかりを歩いていて。
 でも。
 微笑んで、目を閉じる。
(そうか……)
 これが、『ゆっくり眠る』というものか…………。
 草木の香り。土の香り。風の香り。
 いつもは夜だけを歩いてきたから、気づかなかった。
 すぅ、と彼は息を吸い込む。
 さわさわと草と、彼の髪が揺れた。――――――――――――――――彼は、動かない。



 一ヵ月後――。

「やれやれ。今日も暑いわね」
 休憩から戻った汐耶は館内の涼しさに笑みがこぼれた。
 いけないいけない。もうすぐまた勤務だ。しっかりしなくては。
 こうしていつものように過ごしていても……やはりどこか、落ち着かなかった。
 まだ一ヶ月だ。もう一ヶ月、とは思わないことにしている。
「顔が緩んでるぞ? 大丈夫か司書さん」
 キャップ帽を目深に被った高校生がそう言ってきた。馴れ馴れしい。
 まあ夏休みなのだから高校生が図書館に居ても不思議はない。
「司書だって人間だもの。涼しいと気持ちいいわ」
「へぇ……」
 どこか愉しげな口調に汐耶は慌てて振り向いて少年を凝視した。そして彼の帽子を取り上げる。
「なにするんだ」
 眉をひそめる少年の前で汐耶は数秒硬直し、それから破顔した。
「かっ……!」
「しぃ」
 人差し指を唇の前に持ってきて呟く彼の腕を掴み、再び暑い日差しの中へと逆戻りする。
「和彦君!」
「ただいま」
「た、ただいまじゃないでしょ……。どれだけ心配したと……」
 思わず潤んできてしまう汐耶の前で彼は驚き、慌てた。
「わ、悪かった! 連絡しようにも入院していてできなかったんだ」
「え? 入院?」
「一ヶ月で完治させるためにおとなしくしていたんだ。実は、呪いが消えてな」
 汐耶は目を見開く。
「ほ、本当に!?」
「本当。だから回復能力もがくんと落ちて、入院してたんだ」
「あ……でも契約は?」
「さあ……とりあえず俺のことは諦めたみたいだが?」
 目を丸くしていた汐耶はゆっくりと口を開く。そして、そして……!
「おめでとう!」
 彼の両手を掴んで激しく上下に振った。今度こそ、本当なのだ!
 解決していないことはある。だが……もう彼の命が危険になることはない。
 されるがままになっていた和彦はやがて照れたように頬を染めて微笑んだ。そして小さく呟く。
「あんたの声が聞こえた気がしたんだ…………もうダメかと思ったその時に……」
 だから生きて自分はここに居る――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女/23/都立図書館司書】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 結局最後まで解き明かされない謎も多く、余計に混迷気味になっていますが和彦の物語はここで一旦終わりです。
 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました綾和泉様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。