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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜暁〜



 神崎美桜は遠逆和彦の背を優しく撫でる。
「和彦さん、運命は一つじゃありません」
 そう、決まっている未来なんて。
「私がこうしてここにいるのも、兄のおかげなんです。だから、そんなに簡単に諦めないでください」
 和彦は美桜から離れて、彼女を見つめた。
「和彦さんの左眼も……いえ、妹さんもご一緒に戦っているなら、なおさら」
「戦っている?」
「呪っていると考えるのではなく、あなたのためにしていた、と考えれば自然ですよ」
 ふわっと微笑む美桜を、彼は不思議そうに見つめた。
「あなたはこの選択肢を選ぶのに、強くならなければならなかった…………そのために、妹さんはあなたと共にいたんです」
 きっと。
 そう考えなければ、かなしい。
 美桜は彼の頬を両手で包み、じっと見つめた。彼が視線を逸らさないように。
「あなたの命は、もうあなた一人のものではありません」
「美桜……」
「たとえ世界が敵に回っても、私はあなたを護ります。だから、あなたは私のところにきっと帰ってくるんです」
 涙を流して気丈に微笑む美桜。
 和彦は困ったように苦笑した。
「きっと、ここに帰ってきてくださいね」
「その言い方は、まるで俺が実家に帰るとわかっている口調だな」
「わかっていますよ。これでも、あなたの恋人です」
 照れ臭そうに言う美桜はすっとつま先に力を入れてかかとをあげる。彼の左の瞼にキスをした。
「約束です。絶対に生きるのを諦めないで。私の為にも」
「……ああ」
 力強く頷く和彦の瞳には、生きる活力が戻りつつあった。
 それを見て美桜は安堵する。
「あ、ちょっと待っててください」
 慌てて部屋へ駆け込んでいった美桜は、何かを手に持って戻ってきた。それを和彦に渡す。
 ペンダントだ。
「これは?」
「お守りです」
「…………おまもり?」
「これは兄からもらった大事なものなんです。ですから、絶対に妹さんと無事に戻ってきてください」
 和彦はペンダントと美桜を交互に見つめ、それから嘆息して頷いた。
 返しに来るためにも、生きなければ。



 決めた。もう、決めた。
 後押しをしてくれた彼女のために。
 広い座敷に正座をしている和彦は、瞼を閉じて静かに深呼吸をした。
「なんじゃ」
 遠い上座にいる当主の声に、和彦は瞼をうっすらと開けて、それから畳に両手をついて頭をさげる。
 突然の土下座に当主は怪訝そうにした。
「お願いがあります! この度のこと、どうぞ保留にしていただけないでしょうか!」
「……どういう意味かのう」
「俺は、まだ……やるべきことが残っておりますゆえ……!」
 手が、声が震えた。こんな言葉が当主に通じないのは和彦は百も承知なのだ。
 やるべきことというのは、退魔の仕事しかない。それを与えるのは遠逆の家だ。
「……死にたくないと、申すのか」
 ぎくりと和彦が震えた。じっとりとかいた汗。
 唇を引き締めて、頭をあげた。
「はい」
「一族がおまえのせいで滅んでもか」
「…………」
「一族全てがおまえを呪ってもか」
「……………………それでも、俺は今の状態で死ぬことはできません」
 まっすぐ。姿勢を正して当主を見つめる和彦。
「俺は、確かに東京に行くまでの俺ならば……甘んじてこの命、お受けしました。ですが、それができなくなったのは、俺が変わってしまったからです」
「…………」
「こんな……不安定な状態で贄になどなれば……それこそ、失敗するかもしれません」
 これは賭けだ。
 膝の上の拳を、強く握りしめた。
「……それでも、俺を殺すというのなら…………俺は全力で抵抗します」
「……………………」
 静寂が座敷を支配する。和彦の心臓は激しく鳴り響いていた。
 当主はただじっと、和彦を見据えている。そして口を開いた。
「わかった……では、封じた『逆図』の妖魔全てを相手にするのだな」
 合図だったかのように和彦はすぐさま立ち上がって己の影を手に集めて武器とし、障子を突き破って外に飛び出していった。
 和彦は屋敷の結界の外に出たようだ。物凄い速度で移動しつつ、武器を振るっているのがわかる。
 当主は独白した。
「…………やはりか」
 確信に満ちた声。当主に対し、その背後から囁きがされた。当主は頷く。

 戦って、戦って。
 ただひたすら戦って、武器を振るって、妖魔どもを滅して。
「こ、のぉ!」
 刀を大きく振り、そのまま和彦は足を滑らせて地面に倒れた。
 ――――もう、身体のどこも動かない。
 痛みと痺れと疲労で……もう。
(……目が霞む……)
 ふ、と気づく。
 その視界に、なにか……。
(あ……)
 ゆっくりと空が明るくなってくる。夜明けだ。
 昇ってくる太陽の光を目に映し、和彦は少しだけ頭を動かした。
(……太陽)
 日の出が苦手で。いつも闇ばかりを歩いていて。
 でも。
 微笑んで、目を閉じる。
(そうか……)
 これが、『ゆっくり眠る』というものか…………。
 草木の香り。土の香り。風の香り。
 いつもは夜だけを歩いてきたから、気づかなかった。
 すぅ、と彼は息を吸い込む。
 さわさわと草と、彼の髪が揺れた。――――――――――――――――彼は、動かない。



 不眠不休の祈りが続き、美桜はベッドの上にいた。
 木々や動物に願い、請う。
 彼が無事でありますように。
 彼をきっと護ってくれますように。
 元々体力がないのが祟り、美桜は完全に動けなくなっていた。無理に能力を使い続けているのが大きな要因だ。
 兄が止めても美桜は言うことをきかなかった。
 これは自分と彼のためにしていること。
 美桜は、眠っていてもその祈りを絶やすことはなかった。
 彼女が倒れてすでに一週間。うとうとしつつ祈ることが多かった三週間のあとのことだ。
 これほど美桜が祈っても、和彦は帰ってこなかった。
 だが美桜は信じている。彼は約束を破らない人だ。
「……朝」
 かすれた声で呟き、美桜はぐったりする体で深呼吸を一つ。
 無理に起き上がる。体が痺れて手がわななく。
(また兄さんに止められる前に)
 ぐっと腕に力を入れて美桜は両手を絡めて握りしめた。
 どれほどのことがあろうとも、自分も諦めない。
(どうか、和彦さんが無事でありますように。命が、失われていませんように)
 願うことしかできない自分には、これが精一杯だ。
 ドアノブが回るのに気づき、美桜は叱られる覚悟をした。
「寝てなきゃダメじゃないか」
 美桜は動きを止めてドアを見遣る。
 薬と水の入ったコップを乗せた盆を持って、彼が居た。
 目を見開いている美桜は完全に思考が停止し、動かない。
 彼は近づいてきて、ベッドの横のイスに腰掛けた。
「ほら、薬。飲めるか?」
「か……和彦さん?」
「目の下、クマがあるじゃないか。しっかり寝ないとダメだろ」
 と、美桜は彼に抱きついた。咄嗟のことなのに、バランスをとって盆を落とさなかった和彦は見事だ。
「おかえ、りなさい……っ!」
「……どーも」
 照れてしまう和彦はゆっくりと美桜を押してベッドに寝かせた。
「薬は?」
「あ、はい。飲みます」
「口移しで飲ませようか?」
「えっ! な、なにを言うんですか……っっ」
「起き上がるのも辛そうだから言ってみただけだ。ほら」
 丸薬を差し出す和彦から受け取り、口に含む。コップを受け取ってなんとか飲み干した。
 コップを返すと彼はほっとして微笑んだ。
 おそらく兄が気を利かせてくれたのだろう。ここ一ヶ月美桜がどういう状態だったのかも、和彦は聞いているはずだ。
 美桜は彼の衣服の裾をぎゅっと握る。
「……なにしてるんだ?」
「も、もう……離れたくないんです」
「どこにも行かないよ、俺は。仕事で留守にすることはあっても、絶対に美桜のところに戻ってくる」
「仕事……?」
「遠逆の退魔士だからな、俺は。まあ、四十四代目を辞退したから一介の退魔士に逆戻りだが」
 美桜は目を見開いた。
「辞退……?」
「降ろされた、のかな。一度就任した以上、次に選ばれるのは四十五代目だろうから」
「ですが……契約のほうは?」
 和彦は表情を曇らせた。
「よくわからないままだった。だが遠逆の家は沈黙している。俺は上の連中が考えていることは一切知らされていないからな」
「……そうですか」
「本当は偽りだったのかもしれない。確かめるすべは、俺にはないからわからないが」
 美桜は沈んだ表情の和彦を見つめる。
 そういえば、この一ヶ月彼はなにをしていたのだろうか。
「どうして早く戻ってきてくれなかったんですか?」
「入院していたからな。すまない」
「入院!?」
 起き上がろうとする美桜を、和彦が止める。
「ケガでな」
「け、ケガ!?」
「どうやら呪いが解けたようだから」
 彼の言葉に美桜は驚き、その左眼を凝視した。確かに禍々しさがなくなっている。
「約束守れなかったな。妹と一緒に帰ってくると言ったのに」
「……いえ。和彦さんが無事で、嬉しいです」
 妹さんはきっと、もう役目を果たしてしまったのだろう。
 やはりそうだ。美桜のにらんだ通り、彼の妹は彼を守っていたのだ。
「完全回復に一ヶ月もかかってしまった。本当だったらあんなケガ、一瞬で回復するのに」
「和彦さん」
 眉間に皺を寄せる美桜のほうを見る和彦。
「超人的な回復能力はないんですから、もう無理ばっかりしないでくださいね」
「わ、わかってるよ」
「わかってません!」
 視線をあっちへ向ける和彦を咎める美桜の声。
 でも。
 美桜は彼に微笑む。誰もが最高の笑顔というものを向けて。
 それを見て和彦は頬を赤く染めて微笑んだ。
 そして美桜が瞼を閉じて寝息をたて始めた。残された和彦は大仰に嘆息してから己の左眼に手を遣る。
 安心して寝ているはずの美桜は、和彦の衣服を握った指先から力を抜かない。
 仕方なく座ったままの和彦は苦笑した。
「ペンダント、返しておくぞ」
 枕もとに置いて、それからやれやれと後頭部を掻いた。彼女が目覚めるまで自分はここに居なければならない。
(これ以上、美桜を心配させるのは辛いしな)
 ……契約のことは考えないことだ。もしももう一度自分に関わってこようというのなら、そして美桜を苦しめるというのなら――――。
 和彦は冷たい眼差しで笑みを浮かべる。
「叩き潰してやる…………」
 そんな運命なんて。
 穏やかに眠る美桜の目覚めを、和彦は微笑みながら待っていた。
「あの夜明けで……幻聴かもしれないがあんたが呼んでたような気がしたんだ……」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 結局最後まで解き明かされない謎も多く、余計に混迷気味になっていますが和彦の物語はここで一旦終わりです。
 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました神崎様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。