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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜暁〜



 ダメだ。
 この手を離すわけにはいかない。
 初瀬日和はじっと和彦を見つめたまま、ただひたすら黙っていた。
「嫌です」
「日和さん」
 困ったように眉をさげる和彦。
「離しません、この手は。命を捨てにいくなんて、嫌です」
「…………」
「ダメです。酷いです。許せません」
「…………」
「誰か一人が犠牲になって……ほかの人が安泰なんて……私は、納得できません」
 強くその手を握った。
 冷たい手だ。
「和彦さんがいなくなれば……本当に家が守れるんですか?」
「それは……」
「どんな理由を並べても」
 日和はつぅ、と涙を流す。和彦が目を見開いた。
「私は嫌です。絶対イヤ。和彦さんが死ぬなんて、認めません」
「……日和さん」
「もっと、色んな事を知って欲しいんです。楽しいことだって多いのに。幸せになれないなんて……そんなの嘘です」
「俺は」
「今が幸せなんて言うのなら、その頬を引っぱたいてやります」
 言われて、和彦は面食らう。
 ぼろぼろと泣き出す日和は恥も外聞もなく、ただ泣き続けた。
 泣いてもしょうがないのに。
「生きなきゃダメです……! 生きてなきゃ……な、なにも……できな……」
 鼻をすすりあげる日和。
 声がうまく出ない。喉の奥が引きつって、嗚咽になってしまう。
 ひとしきり泣いた日和は、持っていたハンカチで涙を拭った。おそらく目も鼻も赤いだろう。
 なんで彼は黙っているんだろう。
 そっと顔をあげると、和彦は真剣な顔で日和を見つめていた。
「わかった」
「え?」
「うん。わかった」
 わかった? なにが?
 日和は首を傾げる。
「死なない」
「え……」
「ごめん……そんなに泣かせるとは思ってなかったんだ」
「はあ……?」
「…………だから、生きて戻ってくる」
「和彦さん?」
 ハッとして日和は自分の手元を見下ろした。ハンカチを取り出すために彼の手を離してしまったのだ。
(あっ……)
 迂闊すぎる。
 和彦はにっこり微笑して言った。
「約束するから。ちょっと実家に行ってくる」
「え、あ、でも……」
「家に戻らないといけないのは……わかってるんだ」
 彼の瞳が鋭くなってちらりと後方の木を見遣る。日和はそちらをうかがうが、別に異変はない。
 視線を和彦に戻したが、すでにそこに彼の姿はなかった。
「え!? 和彦さん、どこに行ったんですか?」
 問い掛けても答えは返ってこない。
 日和は一度俯いたが意を決したように顔をあげ、空を見上げた。
 彼を信じよう。戻ってくると言った彼を。



 決めた。もう、決めた。
 後押しをしてくれたあの人のために。
 広い座敷に正座をしている和彦は、瞼を閉じて静かに深呼吸をした。
「なんじゃ」
 遠い上座にいる当主の声に、和彦は瞼をうっすらと開けて、それから畳に両手をついて頭をさげる。
 突然の土下座に当主は怪訝そうにした。
「お願いがあります! この度のこと、どうぞ保留にしていただけないでしょうか!」
「……どういう意味かのう」
「俺は、まだ……やるべきことが残っておりますゆえ……!」
 手が、声が震えた。こんな言葉が当主に通じないのは和彦は百も承知なのだ。
 やるべきことというのは、退魔の仕事しかない。それを与えるのは遠逆の家だ。
「……死にたくないと、申すのか」
 ぎくりと和彦が震えた。じっとりとかいた汗。
 唇を引き締めて、頭をあげた。
「はい」
「一族がおまえのせいで滅んでもか」
「…………」
「一族全てがおまえを呪ってもか」
「……………………それでも、俺は今の状態で死ぬことはできません」
 まっすぐ。姿勢を正して当主を見つめる和彦。
「俺は、確かに東京に行くまでの俺ならば……甘んじてこの命、お受けしました。ですが、それができなくなったのは、俺が変わってしまったからです」
「…………」
「こんな……不安定な状態で贄になどなれば……それこそ、失敗するかもしれません」
 これは賭けだ。
 膝の上の拳を、強く握りしめた。
「……それでも、俺を殺すというのなら…………俺は全力で抵抗します」
「……………………」
 静寂が座敷を支配する。和彦の心臓は激しく鳴り響いていた。
 当主はただじっと、和彦を見据えている。そして口を開いた。
「わかった……では、封じた『逆図』の妖魔全てを相手にするのだな」
 合図だったかのように和彦はすぐさま立ち上がって己の影を手に集めて武器とし、障子を突き破って外に飛び出していった。
 和彦は屋敷の結界の外に出たようだ。物凄い速度で移動しつつ、武器を振るっているのがわかる。
 当主は独白した。
「…………やはりか」
 確信に満ちた声。当主に対し、その背後から囁きがされた。当主は頷く。

 戦って、戦って。
 ただひたすら戦って、武器を振るって、妖魔どもを滅して。
「こ、のぉ!」
 刀を大きく振り、そのまま和彦は足を滑らせて地面に倒れた。
 ――――もう、身体のどこも動かない。
 痛みと痺れと疲労で……もう。
(……目が霞む……)
 ふ、と気づく。
 その視界に、なにか……。
(あ……)
 ゆっくりと空が明るくなってくる。夜明けだ。
 昇ってくる太陽の光を目に映し、和彦は少しだけ頭を動かした。
(……太陽)
 日の出が苦手で。いつも闇ばかりを歩いていて。
 でも。
 微笑んで、目を閉じる。
(そうか……)
 これが、『ゆっくり眠る』というものか…………。
 草木の香り。土の香り。風の香り。
 いつもは夜だけを歩いてきたから、気づかなかった。
 すぅ、と彼は息を吸い込む。
 さわさわと草と、彼の髪が揺れた。――――――――――――――――彼は、動かない。



「ありがとうございましたー」
 自動ドアが閉まるとその声も聞こえなくなった。日和は本屋から出て外の暑さに溜息をつく。
 手に持った本を少しだけ掲げてから降ろす。そして歩き出した。
 いつもと変わらない日常。
 こういうことは前もあった。
 でも……一ヶ月も続いたのは今回が初めてで。
 すれ違う人々を横目で眺めて歩く日和の速度がゆっくりになっていく。
(和彦さんがいなくなっても、世界は変わらない)
 だって知っているのは、彼に会った人だけで。
 それも……ほんの一部なのだ。
 足を止めないようにゆっくりと歩く日和は涙目になりかける。
 戻ってくると言っていたし、信じているけれどあまりに長いから……やはり不安になってしまう。
 前以上の不安が。
(生きてますよね……?)
 この空の下のどこかで。
 現れなくてもいい。戻ってこなくてもいい。ただ、無事に生きてさえいれば。
 贅沢は……言わない。
「ダメですね。元気出さないと」
 むんっと体に力を入れて日和は溌剌と歩き出した。
 ここで自分が落ち込んでいてもなにも変わりはしない。むしろ彼は喜ばないだろう。
(まずは家に帰ってこの新刊を読みましょう)
「お嬢さん、お暇ですか?」
 真後ろからの声に日和はびくっとする。
 苛立ち、そのまま歩く速度をあげた。なんでよりにもよって今ナンパなんて……。
 だがかなり後ろから「ええー!」という驚愕の悲鳴が聞こえた。若い娘たちのものだ。
「ズルーイ! なんでえ? あたしたちが声かけてもダメだったのにーっ!」
「ほんとよー」
 非難混じりのそれに、日和は足を止める。
 勢いよく振り向いた。
「あ」
 ちょっと驚いたような少年が立っている。日和よりも随分と背の高い人が。
 日和の顔が強張った。
「えー……と。暇じゃないのか」
 困ったように頬を掻く彼を前に日和はわなわなと震えて顔を真っ赤にさせる。
「和彦さん! なにやってるんですかっ!」
「え? なにって……知り合いに言われたんだ」
「なにを?」
「女の子にはこう言ったほうがいいと……。喜ぶって……」
「…………」
 いや、まあ確かに。
 和彦にそう言われたら喜ぶのは当然だろうが……。
「そんなこと、真に受けないでください!」
「え? あー……まあ、あいつはふざけた言動が多いからそうじゃないかとは思ってたんだが……やっぱりそうだったか」
「だいたい……! 今までどこにいたんですか!? 心配したんですよっ!」
 涙が滲んでくるがぐいっと手の甲で拭って無理やり強気な表情をつくる。
 和彦があまりにもさっぱりとした表情でいたから、なんだか日和は余計に意地を張っていた。
 首を軽く傾げた彼はあっさりと言う。
「病院」
「病院? なんでそんなところに?」
「入院してたからな」
 ぱちぱち、と瞬きをした日和は五秒くらいしてから和彦の腕を掴んで揺すった。
「だっ、大丈夫なんですか、体は!?」
「うん」
「『うん』って……そんな明るく……。あ、でも回復するから……?」
「いや、回復能力はほとんどないんだ」
 衝撃の告白である。思わず和彦の腕を掴んでいた手から力が抜けた。
「ない……?」
「ああ。なくなったみたいだな」
「どうして!?」
「呪いが解けたから」
「なくなった!? 呪いがですかっ?」
 じろじろと和彦を見る。確かに左眼は前ほど危険な感じはしない……ような気がした。
「そんな……。では、その、妹さんの魂は?」
「それもない」
「ないっ!?」
「ああ……気配がないからな。成仏したのかな」
 楽天的に言う和彦の前で日和は目まいを感じる。くらりとして体勢を崩す日和を彼が慌てて腕を引っ張って止めた。
「簡単に言わないでくださいよ……。でも、一ヶ月も入院されていたんなら連絡してください! お見舞いに行ったのに」
「完治させるためにおとなしくしてたんだ。すまない」
 そう言われては強く責められない。
 日和は小さく溜息をついてから微笑んだ。
「しょうがないですね。じゃあ特別に許してあげます」
「それは助かる」
 和彦も笑顔になった。
「あの、契約は?」
「さあ……だが俺のことは諦めたみたいだから」
「え……諦めたんですか? 殺さなければ一族が滅ぶのでは……?」
 不安そうにする日和の前で和彦は思案するように眉根を寄せる。
「そうなんだが……あっさりと手を引いた。どういうことなのかは俺にはわからない」
「…………また、秘密主義ですか」
 ムッとする日和に、彼はおずおずと尋ねた。
「あの……悪かったな、呼び止めて。暇じゃないんだろう?」
「暇です!」
 日和の声に驚いてきょとんとしている和彦を見て、くすりと小さく笑う。
 良かった。彼が生きていてくれて。それだけで……満足だ。
「死にそうだった時、あんたの……声が、聞こえた気がしたんだ…………だから俺は……」
 囁く和彦の声に、日和は顔を赤く染めてから……照れ隠しに彼の手を引っ張ったのである。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 結局最後まで解き明かされない謎も多く、余計に混迷気味になっていますが和彦の物語はここで一旦終わりです。
 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました初瀬様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。