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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜暁〜



 黒崎狼は唇を小さく噛んだ。
「月乃」
 顔を両手で覆っていた遠逆月乃は微かに反応をしただけ。狼はそれでも構わない。
 月乃は死にたくないのだ。
 どんな生き物だって、みな、生まれた瞬間から死に向けて歩き出している。それは当たり前のことだ。
 だが。
 その死に辿り着くまでは精一杯生きることが人間にはできる。
「死ぬために、生きるなんて…………」
「…………」
 狼の呟きに月乃は手をゆっくりと降ろしていく。
「そんなの……。人間は、生きるために生まれるんだ……死ぬためじゃない」
「…………」
「だっておまえは、ふつうの女の子じゃないか…………」
 月乃が目を見開き、勢いよく顔をあげて狼を凝視した。
 狼は静かに、だが悔しそうに彼女を見つめている。
「甘いものが好きで、誰よりも努力家で……意地悪だけど…………やさしい」
 泣き笑いの表情を浮かべる狼を、彼女は驚きの顔で見た。
「死を恐れる…………どこにでもいる、ふつうの女の子だぜ?」
「ら、狼さ……」
「死にたくないってんなら、自分たちが戦えばいいんだ……!」
 ぷいっと顔を背けた狼はこみ上げてくる感情を抑えつけて言うのが精一杯で。
「おまえが……死ぬなんて、おかしい!」
「…………あなたのほうが、泣きそうな顔をしてます」
 困ったように呟く月乃の声。狼は照れ臭くなって瞼を閉じた。
「おまえの代わりだ!」
「……そうですか」
 疲れたような月乃の囁き。
 狼は瞼を開いてから……彼女をちらりと見た。
「自分のために戦え、月乃」
「は?」
「おまえを守れるのはおまえだけだ。おまえが死ぬ理由はない……。辛いなら、俺も一緒に戦うから……!」
 だから!
 狼は月乃の両肩を掴んだ。
「死を選択しないでくれ! 俺、おまえに死んで欲しくない……っ!」
 こんな言葉で。
(月乃の決心を変えられるなんて思ってねぇ……だが)
 それでも言わないよりマシだ。あとで後悔したくない!
 月乃は己の肩に置かれた狼の手をそっと見て、それから肩から力を抜いて小さく笑った。
「わかりました……」
「え?」
「わかりましたと言ったんですよ、狼さん。やってもみないうちから諦めるなんて……ダメですよね」
「月乃……」
「頑張ってみます……。大丈夫、疲れたら支えてもらいますよ、あなたに」
 微笑して月乃は一歩後退する。狼の手から離れた。
「つっ、月……」
「行ってきます」
 そう言うなり彼女はくるりと反転し、スカートをひるがえした。そして歩き出す。
 その迷いのない足取り。
 呆然と見送っていた狼は拳を握りしめた。
「……頑張れ、月乃……! 信じてるぞ……!」



 決めた。もう、決めた。
 後押しをしてくれたあの人のために。
 広い座敷に正座をしている月乃は、瞼を閉じて静かに深呼吸をした。
「なんじゃ」
 遠い上座にいる当主の声に、月乃は瞼をうっすらと開けて、それから畳に両手をついて頭をさげる。
 突然の土下座に当主は怪訝そうにした。
「お願いがあります! この度のこと、どうぞ保留にしていただけないでしょうか!」
「……どういう意味かのう」
「私は、まだ……やるべきことが残っておりますゆえ……!」
 手が、声が震えた。こんな言葉が当主に通じないのは月乃は百も承知なのだ。
 やるべきことというのは、退魔の仕事しかない。それを与えるのは遠逆の家だ。
「……死にたくないと、申すのか」
 ぎくりと月乃が震えた。じっとりとかいた汗。
 唇を引き締めて、頭をあげた。
「はい」
「一族がおまえのせいで滅んでもか」
「…………」
「一族全てがおまえを呪ってもか」
「……………………それでも、私は今の状態で死ぬことはできません」
 まっすぐ。姿勢を正して当主を見つめる月乃。
「私は、確かに東京に行くまでの私ならば……甘んじてこの命、お受けしました。ですが、それができなくなったのは、私が変わってしまったからです」
「…………」
「こんな……不安定な状態で贄になどなれば……それこそ、失敗するかもしれません」
 これは賭けだ。
 膝の上の拳を、強く握りしめた。
「……それでも、私を殺すというのなら…………私は全力で抵抗します」
「……………………」
 静寂が座敷を支配する。月乃の心臓は激しく鳴り響いていた。
 当主はただじっと、月乃を見据えている。そして口を開いた。
「わかった……では、封じた『逆図』の妖魔全てを相手にするのだな」
 合図だったかのように月乃はすぐさま立ち上がって己の影を手に集めて武器とし、障子を突き破って外に飛び出していった。
 月乃は屋敷の結界の外に出たようだ。物凄い速度で移動しつつ、武器を振るっているのがわかる。
 当主は独白した。
「…………やはりか」
 確信に満ちた声。当主に対し、その背後から囁きがされた。当主は頷く。

 戦って、戦って。
 ただひたすら戦って、武器を振るって、妖魔どもを滅して。
「こ、のぉ!」
 鎌を大きく振り、そのまま月乃は足を滑らせて地面に倒れた。
 ――――もう、身体のどこも動かない。
 痛みと痺れと疲労で……もう。
(……目が霞む……)
 ふ、と気づく。
 その視界に、なにか……。
(あ……)
 ゆっくりと空が明るくなってくる。夜明けだ。
 昇ってくる太陽の光を目に映し、月乃は少しだけ頭を動かした。
(……太陽)
 日の出が苦手で。いつも闇ばかりを歩いていて。
 でも。
 微笑んで、目を閉じる。
(そうですか……)
 これが、『ゆっくり眠る』というものか…………。
 草木の香り。土の香り。風の香り。
 いつもは夜だけを歩いてきたから、気づかなかった。
 すぅ、と彼女は息を吸い込む。
 さわさわと草と、彼女の髪が揺れた。――――――――――――――――彼女は、動かない。



「わっ! わわわっ!」
 運んでいた壷を落としそうになって狼は必死にバランスをとろうとする。前と後ろへゆらゆらゆら。
 顔が引きつり、腹に力を入れて停止しようとする。
「ふ、ぬぬ……!」
 ぷるぷる。
 震えていたがゆっくりと前へ倒れていく体。重力には逆らえなかったようだ。
「ぎゃ!」
 壷を両腕で抱きしめて体の側面から床に転倒した。はっきり言って痛い。
「いづ……。でも良かった…………あいつがいたらどんな小言を言われることか……」
 店主が留守なことに安堵して起き上がり、狼は壷を店頭に並べる。なかなかいい品物だ。
「こりゃ月乃が喜びそうだな。綺麗な深い青だし……海みたい……だ、な……と」
 次第に声がしぼみ、狼の明るい表情が陰っていく。
 遠逆月乃がここを去ってもう一ヶ月が経とうとしていた。
 そう、狼が彼女を見なくなって一ヶ月だ。
「なーにやってんだ! らしくないっての!」
 無理やり自分を勇気付け、狼はくるんと方向を変えた。しんとした店の中に、彼に反応する者はいない。
「…………シケた店」
 悪態をついて狼は棚の掃除に取り掛かった。
 月乃は大丈夫だ。そうに決まっている。
 頑張る、と彼女は言ったじゃないか。信じてやらなくてどうする。自分しか、あいつを信じてやるやつはいないのに。
 ぽつ、と音がする。
「ん?」
 ぽつ、ぽつ……。
 店の前の道に徐々に広がる丸い跡。ぎょっとして狼は傘を引っ張り出して表に出た。
「なんだよ、通り雨かあ?」
 表に出してあるカゴを両手に抱える。傘が落ちそうになって「あ」と一言洩らした。
「大丈夫?」
 通りかかった女性が親切に傘を支えてくれる。狼は一瞬手を止めて、「どうも」と軽く頭をさげた。
 期待をしてしまった。
 こうして困っていると月乃が現れて助けてくれて……。そんな、偶然を夢みてしまった。
「手伝うわよ」
「いや、どーも……大丈夫だから」
 ぶっきらぼうに言う狼を心配そうに見ていたが、その女性は「そう?」と苦笑して行ってしまう。
 狼はそれを横目で見てから嘆息した。
 全部中に入れてから、少しだけ店の外を見る。この調子だとすぐに止みそうだ。
「……女々しい」
 ぽつっと呟いて肩を落とす。
「女性に素っ気ないですね。機嫌でも悪いんですか?」
「うるさいなあ、あんたにゃ関係ねーだ……」
 バッと振り向いた狼は店内を物色している少女を見つけて、目を丸くした。
「まあ確かに、関係ないですね」
「つ……月乃……?」
「はい?」
 他人の空似? と、狼は一瞬思ってしまうが首を横に激しく振って否定する。月乃ほどの美少女に似れる者はそんなにいない。
「ばっ……! な、なにやってたんだよ、一ヶ月!」
「入院してました」
「にゅ……にゅういんんんん!?」
 月乃に詰め寄った狼に、彼女はさらりと頷く。
「はい。大怪我だったので」
「は、はいじゃないだろうがっ! で? も、もう大丈夫なのか?」
「だからここにいます。心配させてすみませんでした」
 微笑む月乃を見て顔を赤くさせ、腕組みしてフンとそっぽを向いた。
「………………それで、おまえが生きてるってことはどうなったんだ?」
「兄の魂は消えてしまったので呪いは解けたようです。それから……四十四代目は降ろされました」
「降ろされた!?」
「はい。なので、大丈夫だと思いますよ」
 狼は顔を輝かせて月乃のほうを見る。
「それって……もうおまえが死ななくてもいいってことか!?」
「そういうことになりますね」
「本当か?」
「本当です」
「…………」
 狼は動きを止める。月乃は怪訝そうにそれを見た。
 と。
 がばっと月乃の腰に手を回して狼は持ち上げたのである。仰天する月乃と共にぐるぐると回った。
「やったあ! これで月乃は自由ってことだよな!?」
「やっ、やめてください……! 恥ずかしいですよっ、狼さん!」
 嬉しそうに笑う狼を見て、月乃は安堵したように苦笑する。
(幻聴かもしれないけど……あなたの声が聞こえた気がしたんですよ。だから……眠るのはやめたんです)
 がっ、と月乃の足が棚に当たった。
 二人が一瞬で硬直する。
 ゆらゆらと揺れる棚。
 狼は月乃を降ろして棚を支えた。横の月乃はなにかに気づいて呟く。
「雨、あがったみたいですね」
「バカッ! それよりこっちを手伝ってくれよ!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 結局最後まで解き明かされない謎も多く、余計に混迷気味になっていますが月乃の物語はここで一旦終わりです。
 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました黒崎様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。