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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜暁〜



 鷹邑琥珀は拳をつくってかたく握る。
 どういう理由があるにせよ、許せないし納得できない。
「なんで……そうなるんだよ」
 怒りを無理やり抑えつけての声は低い。
 和彦はゆっくりと琥珀を見つめた。
「……だいたい……誰かの命を持続的に必要とするなんて、それを代償とする『何か』を受け取ってるんだろ?」
 危険じゃないか。
 そう琥珀は言う。
 和彦は笑った。
「退魔士の一族が危険な呪法を使わないことはないだろ」
「それは……そうだけど…………代償がでかすぎるだろ!」
「そんなこと言われても……俺は下っ端だからな。なにも知らないんだ」
「下っ端? おまえ、そんなに強いのに?」
「強さは関係ないんだ、うちは」
 どうなってるんだと琥珀は疑問符を浮かべる。
 血を重視する一族や、力を重視するところとも違う。
「おまえ……当主ってことは直系なんだろ?」
「いや。違うな」
 さらりと言われて琥珀はますます不審そうにした。
「相応しい者がなっているからな、代々……。どういう選ばれ方かは知らないが……」
「おまえ分家なのか?」
「分家とかそういうのは正しくないな。別に分かれてないんだ、あそこは。全部一緒に住んでるし」
「だ、だって普通は直系が継ぐじゃないか!」
「血で決めないんだ。そういう考えのヤツはうちにはいない」
 変な家だ。
 もしかすると直系というものが存在していないのかもしれなかった。
 長男とか、そういうのは関係ないようにみえる。相応しい者が当主になるという和彦のセリフから考えても、血の濃さで選ばれているわけではないようだ。
(変だ変だとは思ってたけど…………遠逆って家はどうなってんだよ……)
 当てはまる言葉がふいに浮かんで琥珀はハッとする。
(『家』や『一族』じゃない。『組織』なんだ……)
 親戚とか、家族とかの縁が薄いに違いない。
 ぞくっとして琥珀は和彦を見つめる。そんなところで育ったんだ。どこか妙なのも納得できる。
 まるで……。
(工場……みたいだ)
 そう思ったことを、頭を振って追い払った琥珀は和彦に詰め寄る。
「俺……おまえの左眼が災いなんて、思えない」
「は?」
「だって、おまえの妹なんだろ? これからも一緒に生きていくってこともできるんじゃないのか?」
「…………」
「……辛いとは思うが…………死ぬ覚悟を、生きる覚悟に変えられないか?」
 真摯な琥珀の表情に彼は戸惑いの色を浮かべる。予想内の表情だった。和彦は真面目だからこういう反応をすると思っていたのだ。
 でも。だからって譲れない。
「俺は、おまえに死んで欲しくないんだ! 俺じゃ力になれないかもしれない! おまえが辛いの、わかってやれないかもしれない!
 でも!
 友達の命がかかってて、それを指をくわえて見てることなんてできねーぞ!」
 はあ、はあ。
 琥珀は荒い息を吐き出す。
 言いたいことをぶちまけた。
 決断するのは和彦だ。自分じゃない。だけど、自分の気持ちを汲んでくれるのなら……生きて欲しい! いなくなって欲しくない!
 目の前から、当然居ると思ってたヤツが消えるのを見たくなかった。
 和彦は目を細める。彼の癖のようなものだ。だから琥珀は怖くなった。
 ダメだと拒否されるのも、彼が死ぬのも嫌なのだから。
「あんたさ……いつも俺のこと心配してくれるよな」
「え……?」
「だけど、俺のこと心配しながら俺じゃないヤツのこと考えてることも多いだろ?」
 少しだけ首を傾げる和彦の言葉にどきりと反応する。
 そうだ。彼に重ねてしまうのだ。
 視線を逸らす琥珀。
「そういうつもりじゃない……んだ、和彦。悪かった」
「べつにそれが悪いとか言ってないじゃないか」
 あっけらかんと言ってのける彼は小さく笑った。
「馬鹿正直だな、あんたは。友達思いのあんたのことだ。なにか事情があるんだろう」
「…………ああ」
「仕方ないな」
 嘆息してから彼は決意の眼差しを琥珀に向ける。
「あんたに寂しい思いをさせるのは本意じゃないし…………わかったよ」
「へ?」
「だから、生きると決意した。
 あんたいっつもどこか寂しそうにしてるしな。気づけばきょろきょろしてることも多いし」
「…………和彦」
「誰を探してるのか知らないし、俺は尋ねる気もない。協力して欲しいとあんたが言わない限り手も出さない。
 でも、いざあんたが助けを求めてきた時に俺が死んでたら話にならないしな」
 苦笑混じりに茶化して言う和彦の心遣いに琥珀は不覚にも感動してしまった。
 鼻の奥がなんだか痛い。ここで堪えないと涙が出そうだ。
「しょうがない…………自信はないが、やるだけのことはやってみよう」
「! ほんとか?」
「ああ。ただ、一筋縄ではいかないからな……まあ、あとは俺次第、ってことか」
 琥珀はまっすぐ和彦を見つめる。
「帰ってこい、必ず……!」
「わかってるさ……!」



 決めた。もう、決めた。
 後押しをしてくれたあいつのために。
 広い座敷に正座をしている和彦は、瞼を閉じて静かに深呼吸をした。
「なんじゃ」
 遠い上座にいる当主の声に、和彦は瞼をうっすらと開けて、それから畳に両手をついて頭をさげる。
 突然の土下座に当主は怪訝そうにした。
「お願いがあります! この度のこと、どうぞ保留にしていただけないでしょうか!」
「……どういう意味かのう」
「俺は、まだ……やるべきことが残っておりますゆえ……!」
 手が、声が震えた。こんな言葉が当主に通じないのは和彦は百も承知なのだ。
 やるべきことというのは、退魔の仕事しかない。それを与えるのは遠逆の家だ。
「……死にたくないと、申すのか」
 ぎくりと和彦が震えた。じっとりとかいた汗。
 唇を引き締めて、頭をあげた。
「はい」
「一族がおまえのせいで滅んでもか」
「…………」
「一族全てがおまえを呪ってもか」
「……………………それでも、俺は今の状態で死ぬことはできません」
 まっすぐ。姿勢を正して当主を見つめる和彦。
「俺は、確かに東京に行くまでの俺ならば……甘んじてこの命、お受けしました。ですが、それができなくなったのは、俺が変わってしまったからです」
「…………」
「こんな……不安定な状態で贄になどなれば……それこそ、失敗するかもしれません」
 これは賭けだ。
 膝の上の拳を、強く握りしめた。
「……それでも、俺を殺すというのなら…………俺は全力で抵抗します」
「……………………」
 静寂が座敷を支配する。和彦の心臓は激しく鳴り響いていた。
 当主はただじっと、和彦を見据えている。そして口を開いた。
「わかった……では、封じた『逆図』の妖魔全てを相手にするのだな」
 合図だったかのように和彦はすぐさま立ち上がって己の影を手に集めて武器とし、障子を突き破って外に飛び出していった。
 和彦は屋敷の結界の外に出たようだ。物凄い速度で移動しつつ、武器を振るっているのがわかる。
 当主は独白した。
「…………やはりか」
 確信に満ちた声。当主に対し、その背後から囁きがされた。当主は頷く。

 戦って、戦って。
 ただひたすら戦って、武器を振るって、妖魔どもを滅して。
「こ、のぉ!」
 刀を大きく振り、そのまま和彦は足を滑らせて地面に倒れた。
 ――――もう、身体のどこも動かない。
 痛みと痺れと疲労で……もう。
(……目が霞む……)
 ふ、と気づく。
 その視界に、なにか……。
(あ……)
 ゆっくりと空が明るくなってくる。夜明けだ。
 昇ってくる太陽の光を目に映し、和彦は少しだけ頭を動かした。
(……太陽)
 日の出が苦手で。いつも闇ばかりを歩いていて。
 でも。
 微笑んで、目を閉じる。
(そうか……)
 これが、『ゆっくり眠る』というものか…………。
 草木の香り。土の香り。風の香り。
 いつもは夜だけを歩いてきたから、気づかなかった。
 すぅ、と彼は息を吸い込む。
 さわさわと草と、彼の髪が揺れた。――――――――――――――――彼は、動かない。



 図書館を出るともう夕方だ。一日を無駄にしたような気さえする。
「まいったなー……ぼんやりし過ぎてた」
 後頭部を掻きながら歩き、琥珀は時間を確認する。思ったより遅くはないようだ。
 とぼとぼと歩き、足を止める。
 溜息をつく。
(待ってばっかりだな、俺……)
 大事なヤツはいつも自分で解決しようと一人でいなくなる。
 夕焼け空を眺めて琥珀は苛々として早足になった。
「急いでるな。なにか急用か?」
 尋ねられて、琥珀は足を止めて振り向く。
 夕焼けをバックに立っているのは遠逆和彦だ。私服だからどこかのタレントかと思ってしまった。
 なんだか、様子がいつもと違う。さわやかだった。
(なんだ……?)
 ごしごしと瞼を擦り、琥珀は和彦に駆け寄る。
「呪いは!? 契約は!? どうなった!?」
「どうって……ここに俺がいるんだからわかるだろ?」
 笑顔の和彦。
 琥珀は彼を上から下まで見る。
「じゃあ……! じゃあもういいのか? おまえ、犠牲にならなくてもいいのか!?」
 頷く和彦。
 たまらなくなって琥珀は両手を挙げて万歳をした。それを見てぎょっとする和彦。
「やったー!」
「お、おい……」
 慌てて止める和彦。
 琥珀は深呼吸して彼に向き直った。
「そうだ。妹さんはどうしたんだ?」
「ああ、それか。それがな……この左眼にはもういないんだ」
「へ?」
「消えてしまったみたいなんだ。だから、呪いもなくなった」
「そ……うなのか……」
 結局なんだったんだろう。
(呪いっていうより……なんか兄貴を鍛えてたお目付け役みたいな感じもするけど……)
 真相はわかりはしないが。
「でも水臭いなあ。もっと早くに報告に来いよ」
「うーん。入院中だったからな。遅れたのは許して欲しい」
 一瞬、琥珀はキョトンとしてから顔を引きつらせた。
「にゅ、にゅういん、だと?」
「ああ」
「なにサラリと言ってんだおまえ! ど、どっかケガしたのか? 大丈夫か?」
「一ヶ月ずっとおとなしくしてたんでな。完治している」
「な、ならいいけど……無理するなよな」
「無理はしない」
 和彦は押し黙り、それから微笑んだ。
「あんたのおかげだ」
「え?」
 琥珀は目を丸くする。なにかした憶えなどない。
「あの夜明け……俺は死を覚悟していた。精一杯やったと満足したんだ…………でも、あんたの声が聞こえた気がして、諦めたくないと…………思った」
「…………」
「だから、俺はいま、ここにいるんだ」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4787/鷹邑・琥珀(たかむら・こはく)/男/21/大学生・退魔師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 結局最後まで解き明かされない謎も多く、余計に混迷気味になっていますが和彦の物語はここで一旦終わりです。
 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました鷹邑様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。