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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜暁〜



 嫌だ。
 谷戸和真は静かに月乃から体を離す。腕の中で震えていた月乃を見下ろし、もう一度抱きしめる。
 どくんどくんと心臓の音が響いてきた。
 生きている。彼女は今ここに生きている。
 それを――――。
(止めようなんて………………許せるわけがない)
 遠逆の一族にとって彼女が供物だろうが、和真にとっては大事な女なのだ。
「俺が」
「…………?」
「護るよ、おまえを…………絶対に」
 囁いて、抱きしめていた腕に力を入れる。離すものか。
 手に入れた幸福を、渡してたまるものか。
 月乃はハッとしたように和真を突き飛ばして俯く。
「す、すみませんでした……っ。と、取り乱して…………」
 鼻の頭が赤くなっている月乃は真っ赤になってうな垂れた。
「隠すな」
「え?」
「夫婦になろうとしているんだ。恥ずかしがることないだろ」
「は……はあ……」
 月乃の手をとって、優しく包む。
「おまえがどれだけの重荷を持っていても、俺が共に背負う。おまえの苦しみや、痛みや…………その、辛いこと、ぜんぶ」
「…………和真さん」
「……も、もっと言いたいことあるんだが…………どう言ったらいいんだ」
 視線を逸らす和真の顔は赤い。言葉にできない自分の口下手が呪わしいし、照れ臭かった。
「おまえの兄貴の概念を食えば…………なんとかなるかもしれないけど、でも…………その、」
「それはダメですよ。おそらくは……すでに私の魂と混在していますからね。どういう影響が出るかはわかりませんし」
「…………遠逆の『契約』がなくならなきゃ…………どちらにせよ……」
「はい」
 その契約とは、どういうものなのだろう。
「月乃」
「なんでしょう?」
 和真の硬い声に月乃も真剣な表情になる。
「その『契約』とはどういうものなんだ?」
「……よくわかりません。当主にだけ伝えられた口伝なのかもしれません。私は初めて知ったことですから」
「そうか…………どういうものなのかわからないと、どうしようもないな」
「………………」
「それを調べる方法は……」
「家に戻れば……」
「だっ! ダメだ!」
 慌てて止める和真。
 月乃は微笑んだ。
「大丈夫。私は死のうなんて思ってませんから」
「でっ、でも……!」
「あなたを残して死にません。私がいないと、心配ですもの」
 小さく笑う月乃はぐっと乗り出す。
「死にません。絶対に」
 決意を込めた囁きをして和真の左頬に軽くキスをした。
 和真が頬に手を遣って真っ赤になる。
「つ、つつつ……!」
「その接吻は餞別ではありません。約束です」
「いや! だ、で、でもっ、あ、え?」
「必ず戻ってくると誓います!」
 笑顔で言う月乃が和真の手を離して立ち上がった。清々しい表情をしている。
「あなたのことですから、どうせいざとなったらうちの一族をどうにかしようと考えるかもしれませんしね」
 ぎくっとする和真であった。
 店から出て行こうとする月乃が振り向く。
「そうそう、浮気なんかしたら折檻ものですよ?」
「しないって!」
「そう……。その言葉、確かに聞きましたよ」
 身を翻して出て行く月乃の後ろ姿を見ていた和真は、不安そうに肩を落とした。
 だが。
(やると言ったら月乃は必ずやる……。俺はあいつを信じるしかない……)
 それに、いい目をしていた。
 死にたくないと怯えていた目ではない。
(でもなあ)
 首を傾げた。
(なんでいきなりあんなに凛々しく……?)
 和真には考えも及ばなかったその理由とは、月乃にしか知るよしもなく…………。



 決めた。もう、決めた。
 後押しをしてくれた彼のために。
 広い座敷に正座をしている月乃は、瞼を閉じて静かに深呼吸をした。
「なんじゃ」
 遠い上座にいる当主の声に、月乃は瞼をうっすらと開けて、それから畳に両手をついて頭をさげる。
 突然の土下座に当主は怪訝そうにした。
「お願いがあります! この度のこと、どうぞ保留にしていただけないでしょうか!」
「……どういう意味かのう」
「私は、まだ……やるべきことが残っておりますゆえ……!」
 手が、声が震えた。こんな言葉が当主に通じないのは月乃は百も承知なのだ。
 やるべきことというのは、退魔の仕事しかない。それを与えるのは遠逆の家だ。
「……死にたくないと、申すのか」
 ぎくりと月乃が震えた。じっとりとかいた汗。
 唇を引き締めて、頭をあげた。
「はい」
「一族がおまえのせいで滅んでもか」
「…………」
「一族全てがおまえを呪ってもか」
「……………………それでも、私は今の状態で死ぬことはできません」
 まっすぐ。姿勢を正して当主を見つめる月乃。
「私は、確かに東京に行くまでの私ならば……甘んじてこの命、お受けしました。ですが、それができなくなったのは、私が変わってしまったからです」
「…………」
「こんな……不安定な状態で贄になどなれば……それこそ、失敗するかもしれません」
 これは賭けだ。
 膝の上の拳を、強く握りしめた。
「……それでも、私を殺すというのなら…………私は全力で抵抗します」
「……………………」
 静寂が座敷を支配する。月乃の心臓は激しく鳴り響いていた。
 当主はただじっと、月乃を見据えている。そして口を開いた。
「わかった……では、封じた『逆図』の妖魔全てを相手にするのだな」
 合図だったかのように月乃はすぐさま立ち上がって己の影を手に集めて武器とし、障子を突き破って外に飛び出していった。
 月乃は屋敷の結界の外に出たようだ。物凄い速度で移動しつつ、武器を振るっているのがわかる。
 当主は独白した。
「…………やはりか」
 確信に満ちた声。当主に対し、その背後から囁きがされた。当主は頷く。

 戦って、戦って。
 ただひたすら戦って、武器を振るって、妖魔どもを滅して。
「こ、のぉ!」
 鎌を大きく振り、そのまま月乃は足を滑らせて地面に倒れた。
 ――――もう、身体のどこも動かない。
 痛みと痺れと疲労で……もう。
(……目が霞む……)
 ふ、と気づく。
 その視界に、なにか……。
(あ……)
 ゆっくりと空が明るくなってくる。夜明けだ。
 昇ってくる太陽の光を目に映し、月乃は少しだけ頭を動かした。
(……太陽)
 日の出が苦手で。いつも闇ばかりを歩いていて。
 でも。
 微笑んで、目を閉じる。
(そうですか……)
 これが、『ゆっくり眠る』というものか…………。
 草木の香り。土の香り。風の香り。
 いつもは夜だけを歩いてきたから、気づかなかった。
 すぅ、と彼女は息を吸い込む。
 さわさわと草と、彼女の髪が揺れた。――――――――――――――――彼女は、動かない。



 月乃が帰って一ヶ月。
 和真は店の本を整理しながら彼女が帰ってくるのをひたすら待っていた。
 彼女は帰ってくる。約束をしたから。
「あの、こちら『誘蛾灯』ですか?」
「そうですけど。いらっしゃいませ」
 ハタキ片手に振り向いた和真は、珍しい客に目をみはる。
 つばの広い帽子とワンピース姿の少女は腕組みをした。
「なんですかその言い方は。もっと愛想を良くしてください」
 柔らかかった声がいきなり厳しくなる。その声には聞き覚えがあった。
 和真がハタキを落とす。
「つ、月乃……?」
 帽子のつばを押し上げた少女は、目を細めていた。
「たった一ヶ月で忘れられるとは思ってませんでした」
「!」
 和真は店の外に駆け出て月乃を抱きしめる。力一杯。
「良かった! 良かった、月乃!」
「……死なないと約束したじゃないですか」
 嘆息する月乃は苦笑する。

 麦茶を出すと、月乃はそれを一気に飲んだ。豪快である。
「す、すごいな……」
「病院生活をしていたので、こういうのを飲むのは久しぶりです」
「び、病院!? ケガか? それとも病気?」
 心配そうに月乃の体をあちこち見る和真の頬を彼女が抓りあげる。
「女性の身体をそんなふうに見るのはやめてください」
「いたた! ご、ごめんごめん!」
 月乃はフンと息を吐き出すと手を離した。和真は痛みで涙が目に滲んだ。
(相変わらず容赦がない……)
 トホホな感じである。
「実はケガで入院していました。これでも回復が早いと驚かれましたけどね」
「だ、大丈夫なのか?」
「見ての通りです。あなたが心配すると思って完全回復するまでは動きませんでしたから」
「な……ならよかった……」
 ほっとする和真は胸を撫で下ろす。
「それで……どうなった?」
「……私は四十四代目にはなりましたが、すぐに降ろされました」
「は???」
「そういうことです」
 意地悪く笑う月乃を見て、和真は理解する。
 彼女は自分の一生を勝ち取ったのだ。
「結局、なんだったんだ契約っていうのは」
「それはわかりませんでしたね。一族が滅びるというのは、もしかして私を脅すためだったのかもしれません。
 ……あっさりと私を諦めたのがどうも気になります。まあ、価値がなくなったのかもしれませんけど」
「価値?」
 月乃は己の右目を指で示す。
「兄の魂は消えましたから」
「ええっ!?」
 じっと見るが、なんの変哲もない目に見える。おかしな雰囲気がない。
「前ほど禍々しくないな」
「呪いが消えたからでしょうね」
「…………どうやって?」
 どうやって呪いを消した?
 驚く和真を前に彼女はくすくすと笑う。
「さあ? 目覚めたらなくなっていたんです」
「目覚めたら消えてたあ?」
「……もしかして、兄は私が死ぬのを許さなかったのかもしれませんね」
「死ぬのを?」
「自分が死んだのにおまえまで、とか?」
「……もしそうなら、妹に厳しい兄貴だったんだな」
「そりゃそうですよ。私の兄なんですから」
 二人は笑いあう。
 和真はふと、尋ねた。
「それで、おまえはこれからどうするんだ?」
「遠逆の退魔士なのは変わりませんし、そうやって生きていきますよ」
「辞めてもいいんだろ? ここで暮らすっていうのは……?」
「主婦業に専念するほど私は甘くないですよ」
 月乃は和真の頬に手を添える。
「あなたがいたから……あなたを一人にするくらいなら、戦おうと思ったんです」
「月乃」
「怖いと泣くよりも、戦おうと」
「ああ。そうとも。運命だからって諦めるのは、嫌だからな。運命なんてもんは、諦めから生まれたもんだ」
 だから諦めない。
 これからも、生きることを――――。
「あなたの声が聞こえた気がしたんです……あの朝日の中で。だから、私は諦めず戻ってきました」
 微笑む月乃の手を、和真の手が包み込んだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 結局最後まで解き明かされない謎も多く、余計に混迷気味になっていますが月乃の物語はここで一旦終わりです。
 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました谷戸様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。