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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜暁〜



 思案していた彼は決意の表情をしてから口を開いた。
「月乃」
 草薙秋水の声に遠逆月乃はゆっくりと顔をあげる。
「武器を出せ。俺がおまえを殺してやる」
「……!」
 彼女の顔つきが変わり、ゆっくりと後退して秋水から距離をとった。間合いだ。
「どのみち殺されるんだろ? それが早いか遅いかじゃないか」
「……愚かな。単に死ねばいいとは早計なことですね」
「儀式が必要なのか? そんなもの、死ぬのに関係あるものか」
 冷酷な秋水の言葉に、彼女の瞳に殺気が宿る。
「何事にも順序というものがあります……。あなたに殺されたのでは、単に私が死んだだけで一族にはなんの利益にもならない。
 お断りです」
 きっぱりと言い切る月乃は秋水の間合いから外れていた。さすがというべきだろう。
 秋水は銃を取り出す。その銃口を月乃に向けた。
「それでも俺はおまえを殺す。殺し合いだ」
「……くだらない」
「くだらないかどうかはおまえが決めることじゃない。俺が決めることだ」
 あっさりと引き金を引いたため、パン、という白けた音で銃弾が発射される。
 月乃は目を細めてすっと半歩横へずれただけだ。銃弾は彼女をかすめもしなかった。
「私に勝てると思っているのですか……?」
 不愉快そうに顔をしかめる月乃に、秋水は言う。
「死ぬつもりのおまえに負けるわけがない」
「……だから愚かだと……」
 言うのですよ。
 口の中で呟いた月乃はその右の視線を秋水に向けた。一瞬でがくんと膝から力が抜け、秋水は床に膝をつく。
(こ、これは……!?)
 がくがくと震え出す腕をおさえて秋水は彼女を見遣った。白い瞳が揺らいでいる。
「なにを考えているのか知りませんが…………私は馬鹿正直に武器で戦うとは言っていませんよ」
「…………」
「草薙の家とは確かに対のようには言われているようですが……交流などないのですから実際はどうなのかすら……わかりませんからね」
「それは……こちらもだろ」
「いいえ……。あの一族はすでに歪んでしまっている。大昔の、草薙の家が知っているものとは違っているでしょう」
 小さく笑う月乃に、秋水は小刻みに震える手で銃を持ち上げて狙いをつけた。
「戦え……!」
「…………」
 笑みを消した月乃は嘆息する。
「私は人間とは戦わない主義なんです」
「俺は戦う。おまえを、あの家に殺されるのは気に食わないんでな」
 だったら己の手で。
 無理やり立ち上がる秋水は荒い息を吐く。
「おやめなさい。過去脆弱を使ってもいいんですよ?」
「なんの術かは知らないが……!」
 両手でしっかりと銃を構える。月乃の眉間を狙っていた。
 月乃は人間だ。多量の血を失えば死ぬ、脆い人間だ。
 彼女は目を閉じる。そして秋水は引き金を――――。
 パン。
 銃弾は月乃には届かなかった。瞬時に作り上げられた影の刀で弾かれたのだ。
「銃弾は曲がりません。弾道を見ればこれくらいは容易いとわかっているでしょう? 秋水さん」
「……はあ……はあ……」
 再び膝を床についた秋水は重い両腕を降ろす。
 できないのか。月乃の目を覚まさせることすら。
(くそ……!)
 秋水は言葉にできないからこそ、戦いを挑んだ。彼女を殺すつもりなどない。月乃に殺されるのもいいだろうと考えていたほどだ。
 生きるということは、誰かが犠牲になることなのだから――。
(俺だって、生きるために幾百もの人を犠牲にしてきたんだ……)
 それでも生きたいと自分が望んでいたから!
「おまえは……」
「?」
「おまえの人生は……誰のものなんだ?」
 問いかけに月乃は軽く目を見開き、それから視線を右下のほうへ逸らした。
「そんなちっぽけな事実一つで崩れるようなモンだったんだな、おまえの人生ってのは」
「…………」
「答えろ、月乃!」
 月乃はゆっくりと秋水を見遣る。だが無言だった。
(ダメか……)
 秋水は自分の手の中の銃を見つめる。なんて小さな重さだ。
「俺は……おまえと違って生きることが全てだ。それなのに」
「私に一撃すら与えられませんね」
 秋水は顔をあげた。
 そうだ。死に向かっていると思っていた。死を望んでいると。一族の為に死ぬと。
 だが違っていたら?
「月乃……おまえ」
「気は済みましたか?」
「最初から……死ぬ気がなかったのか……?」
「いいえ。死ぬつもりでしたよ。でも……あなたがあまりにしつこいんで、まあ少しは足掻いてみようと思っただけです」
 肩をすくめる月乃はくるりときびすを返して歩き出す。
「ちっぽけな事実……そう言うからには、あなたはさぞかし――」
 肩越しに見てくる彼女の瞳は残忍で、秋水は思わず呼吸すら止めてしまった。
 なにを続けて言うつもりだったのかわからない。だが月乃は何も言わずに歩き去ってしまった。
 彼女の気配が消えてから秋水はどっ、と汗をかく。
「ったく……怖い女だ」
 ついつい口から出てしまったが……確かに『ちっぽけな事実』と言えば月乃が激怒するのはわかりきっていることだった。
「全然……ちっぽけ、じゃないもんな」
 大きいとか小さいとか、そういうことではないのだから。



 決めた。もう、決めた。
 後押しをしてくれたあの人のために。
 広い座敷に正座をしている月乃は、瞼を閉じて静かに深呼吸をした。
「なんじゃ」
 遠い上座にいる当主の声に、月乃は瞼をうっすらと開けて、それから畳に両手をついて頭をさげる。
 突然の土下座に当主は怪訝そうにした。
「お願いがあります! この度のこと、どうぞ保留にしていただけないでしょうか!」
「……どういう意味かのう」
「私は、まだ……やるべきことが残っておりますゆえ……!」
 手が、声が震えた。こんな言葉が当主に通じないのは月乃は百も承知なのだ。
 やるべきことというのは、退魔の仕事しかない。それを与えるのは遠逆の家だ。
「……死にたくないと、申すのか」
 ぎくりと月乃が震えた。じっとりとかいた汗。
 唇を引き締めて、頭をあげた。
「はい」
「一族がおまえのせいで滅んでもか」
「…………」
「一族全てがおまえを呪ってもか」
「……………………それでも、私は今の状態で死ぬことはできません」
 まっすぐ。姿勢を正して当主を見つめる月乃。
「私は、確かに東京に行くまでの私ならば……甘んじてこの命、お受けしました。ですが、それができなくなったのは、私が変わってしまったからです」
「…………」
「こんな……不安定な状態で贄になどなれば……それこそ、失敗するかもしれません」
 これは賭けだ。
 膝の上の拳を、強く握りしめた。
「……それでも、私を殺すというのなら…………私は全力で抵抗します」
「……………………」
 静寂が座敷を支配する。月乃の心臓は激しく鳴り響いていた。
 当主はただじっと、月乃を見据えている。そして口を開いた。
「わかった……では、封じた『逆図』の妖魔全てを相手にするのだな」
 合図だったかのように月乃はすぐさま立ち上がって己の影を手に集めて武器とし、障子を突き破って外に飛び出していった。
 月乃は屋敷の結界の外に出たようだ。物凄い速度で移動しつつ、武器を振るっているのがわかる。
 当主は独白した。
「…………やはりか」
 確信に満ちた声。当主に対し、その背後から囁きがされた。当主は頷く。

 戦って、戦って。
 ただひたすら戦って、武器を振るって、妖魔どもを滅して。
「こ、のぉ!」
 鎌を大きく振り、そのまま月乃は足を滑らせて地面に倒れた。
 ――――もう、身体のどこも動かない。
 痛みと痺れと疲労で……もう。
(……目が霞む……)
 ふ、と気づく。
 その視界に、なにか……。
(あ……)
 ゆっくりと空が明るくなってくる。夜明けだ。
 昇ってくる太陽の光を目に映し、月乃は少しだけ頭を動かした。
(……太陽)
 日の出が苦手で。いつも闇ばかりを歩いていて。
 でも。
 微笑んで、目を閉じる。
(そうですか……)
 これが、『ゆっくり眠る』というものか…………。
 草木の香り。土の香り。風の香り。
 いつもは夜だけを歩いてきたから、気づかなかった。
 すぅ、と彼女は息を吸い込む。
 さわさわと草と、彼女の髪が揺れた。――――――――――――――――彼女は、動かない。



 あれから一ヶ月が経とうとしていた。
 遠逆の家がどこにあるかは……草薙の家も知らない。だから探しに行くことは不可能である。
 対と言われていたのは彼女が言っていたように大昔の話。だから……実際は遠逆の内部がどんなものなのかすら、秋水は知らないのだ。
(天秤……)
 バランスがとれていたのは昔のことだから、今はおそらく均衡になってはいないだろう。
 暑さに苛立ち、空を見上げた。ムカつくほど青い。
(月乃のやつ……殺されてなきゃいいけど)
 運良く逃げてくれればいい。それだけで満足だ。
 いつか元気な顔でふらりと現れてくれたら……いい。
 近くの店に入って涼むのもいいかもなとぼんやり考えていると、携帯電話が鳴った。
「もしもし」
 しかし返事はない。
「もしもし?」
 イタズラ電話か?
<秋水さん?>
「! 月乃!」
<ああ良かった。電話で『辿る』のは自信があまりなくて……。お元気そうですね>
「……おまえも元気そうだな」
 安堵する秋水は小声で喋ってから周囲を見回した。これではゆっくり喋れない。
 手頃な場所を見つけて、そこに移動した。
「……生きてたんだな、月乃」
<殺さないでください>
「ははは。でも、ほんと……良かった。嬉しい。それで…………契約とか、呪いは?」
<呪いはなくなりましたよ。あと、契約のことはよくわかりませんが私のことは諦めてくれたようですね>
 諦めた?
 そんな馬鹿なと秋水は思う。
「おまえ、それを本気で信じてるとか言わないよな?」
<少なくとも私に危害を加えるつもりはないようですよ>
「なにか企んでるのかもしれない」
<そうかもしれませんけど……その時もまた、抵抗するだけですから>
 小さく秋水が笑う。随分と彼女は強くなったものだ。
「で? おまえ一ヶ月もなにしてたんだ?」
<入院してました。回復に専念したので、完治してますよ>
「……見舞いくらい行ったのに」
<いりませんよそんなの>
 二人は小さく笑いながら、他愛のないことを喋った。それがとても幸せで嬉しい。
<秋水さん>
「ん?」
<私が頑張れたのはあなたのおかげです。生き残れたのも……>
 そう。だってあの時。あの夜明けで。幻聴だとしても。
<あなたの声が聞こえなかったら……きっと>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 結局最後まで解き明かされない謎も多く、余計に混迷気味になっていますが月乃の物語はここで一旦終わりです。
 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました草薙様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。