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<東京怪談ノベル(シングル)>


ただいまの冒険

 南の国の王様の、可愛いその名はバニラ・デ・ショコラ。
 彼は子どもの頃を日本で過ごした。持って生まれた不思議な力も、そこで磨かれた。今は南の海に囲まれた南の国で王様をしているけれど、ときどきかつて過ごした日本が懐かしくなる。
 ときどき――多分彼のお守りをしている者たちにとっては、それは控えめ過ぎる表現であるかもしれない。それぐらいにはバニラは国を抜け出して、おしのびでこっそりと日本に足を向けていた。
 こっそりと――これも多分彼のお守りをしている者たちにとっては、誤った表現であるのだろう。言葉は難しいものだ。本人のつもりと、周りの認識が合わないことはままあることだが。
 南の国の王様は、いかにも南の国の王様な顔をしていたので、誰かがその足跡をたどろうと思ったなら容易かった。バニラを連れ戻さねばならない者たちにとってみれば、幸いなことに。なので五百回以上もの回数を、バニラは逃げ出しては連れ戻されていた。
 今日も――
 しかし国を逃げ出してばかりいる困ったちゃんな王様を連れ戻すことが、この物語の趣旨ではない。バニラのお付の者たちの艱難辛苦の物語は、またの機会に譲るとして。
 この物語は、南の国の王様が新東京国際空港から成田エクスプレスに乗るところから始まってみる。


 成田から都心に移動するには、タクシーやバスなどの車を使うか、電車を使うかの二通りの方法がある。成田エクスプレスは成田から東京を横断して走っている特急列車で、日本の列車の例に漏れず正確な運行で空の便で日本の地を踏んだ者を運んでくれる仕組みだ。その基点となる一つは当然成田であるが、もう片方は二つある。大宮と大船だ。
 バニラは、乗るべき列車をとくには選ばなかった。ただ適当に切符を買おうとしたとき、次に出る列車は大船行きだった。
「どちらまで?」
「そうだべな……大船までだべ」
 つい切符を買うときに大船までのものを買ってしまったのは、かつて彼が日本に留学していたときの活動範囲に、その地名が含まれていたからだ。バニラはその懐かしい大船という単語に、心を惹かれた。そこからは、かつて通っていた学園にも程近いはずだった。
 あの学園に通っていた日から……あれから何年が経っただろう。不意に蘇った遠い昔の記憶は、思いのほか鮮明だった。その一つ一つを丁寧に記憶の底から掘り返して、バニラは弾む心で、成田エクスプレスのシートに身を沈めた。
 あの古く懐かしい街並は、遠くはない。
 ほんの少し目を閉じていれば、すぐにたどり着ける距離だった。

 懐かしい駅に降り立つと、バニラは懐かしい裏通りに入って進んだ。一応はおしのびのつもりで、こっそりなので、表通りを堂々と歩こうとは思わない。長い時を経ていたが、店は変わっても道は変わっていなかった。
 通りすがる女子高生が、海外からの観光客にしても珍しいバニラの風体に振り返るが、それには愛想良く手を振った。
 その制服と校章には見覚えがある。記憶に間違いがないのなら、彼女たちは、バニラの後輩であるはずだったからだ。小学部から高等部までの一環教育の私立の学園。
 裏通りを抜けると、懐かしい学園が懐かしいままに建っていた。
 何一つ、変わっていないように思えた。
 誰か、彼も知っている教諭は残っているだろうか。そう、門から奥を覗きこみながら考える。
 いや、海外の祖国に帰ったバニラには連絡が途絶え気味ではあったが、この学園は代々同窓会のしっかりした学園だった。卒業生が立ち寄ることもままあったように思う。事情を説明したならば、入れてもらえるかもしれない。
 そんなことを考えている間に……
「あんた、ここは観光地じゃないよ?」
 警備員に見咎められた。
 いや、門の奥では門の前で中を覗き込む不審な外国人に注目する小学生たちの姿が見えた。どうやらあの子たちに、警備員に通報されたらしい。
 口髭も立派な顔に照れ笑いを浮かべ、バニラは流暢な……そして微妙な訛りの日本語で弁明した。
「おら、ここの卒業生だべさ」
「ええ?」
 警備員は一瞬びっくりした様子だが、しかしすぐに考え込んだ。昔も留学生が多かったので、多分今も多いだろうとは予測できる。
「日本に来て、懐かしくなって寄ってみただよ。良かったら入れてもらえんだべか?」
 警備員は考えた末に、聞いてくると言って奥に引っ込んだ。しばらく、バニラは門の前で待たされて。
 その間に、小学生たちは警戒心よりも好奇心の水位の方が勝ったようだった。
「おじさん」
 バニラは門の向こうから子供に呼ばれて、やっぱり愛想の良い笑顔を向けた。
「なんだべ?」
 そう答えると。
「わあ!」
「しゃべった!」
「日本語しゃべれるの?」
 子どもたちは口々に言う。門の鉄格子越しなので、さながら動物園の珍獣を見るようだ。
「しゃべれるだよ。おら、子どもんころにはこの学校に通ってたべさ」
「えー!」
 驚きの声がエコーする。
「うっそだあ!」
「そんなカッコの子いないよ」
「おらも、ちゃんと同じ制服着てたべ」
「えー……ホントに?」
「本当だべー」
 子どもたちは顔を見合わせた。ひそひそと話し合っている。
「じゃあ、センパイなんだ」
 一人の、リーダー格のように見える子が、もう一度確認するように聞く。
「そうだべな」
 バニラはうなずいて見せた。嘘は何もないので、堂々としたものだ。その態度に確信を持ったのか。
「そっか、警備のおじちゃんに言いつけてごめんな」
「入れてあげるね」
 子どもたちは、門のかんぬきを外した。まだ時間は早いので、外からは届かなくとも中からなら簡単に門は開くようだ。
 門が開いて、バニラは中に入れるようになった。
 ここで良識ある大人であれば、入れるとしても警備員が帰ってくるのを待つべきだ。べきなのだが。
「ありがとだべさ」
 そこで踏みとどまるくらいなら、国を528回も逃げ出しやしない。
 バニラは小学生の厚意をありがたく受け入れて、門の中へ踏み込んだ。
 目の前には懐かしいエントランスホールがある。この学園の7不思議の一つは、このホールで人が消えるという話だ。からくりはあるのだが、さてそれは今も残っているのだろうか。
 子どもたちは異国情緒あふれるバニラにまだ興味津々の様子で、後ろをついてくる。
 なので、さすがにからくりが現存するかどうかを目の前で確かめることは出来ず、バニラは子どもたちを引き連れてぶらぶらと校舎を抜けて講堂の方へと歩いていった。
「おじさんがいた頃と、変わってる?」
「いんや、変わってねえべなあ」
 そんな話をして歩いている間に、まだ下校せずに残っていた小学生たちが、途中途中で変わった客人を見かけてはついて歩く仲間に加わっていった。
 中学生ともなれば興味があっても遠巻きに見るという分別が出来てくるが、小学生は欲望に素直だ。珍しいものに惹かれる気持ちを抑えられない。
「おじさん、制服似合わないよね」
「そ、そんなことなかったべ! 紅顔の美少年だったんだべ」
「こうがん?」
「厚顔?」
 違うべ! そのイントネーションは違うべっ! とかなんとか言いながら。
 レミングのように、ハーメルンの笛吹きのように、ぞろぞろと引き連れる数は増えていって。
 講堂に着いたときには、もう団体割引が効く人数になっていた。
「あ、いた! バニラ君!」
 そして、そこで、どこか懐かしい声が正面の方から聞こえた。昔にもいた教諭が残っていたらしい。
 誰だったかと、笑顔を向けつつ記憶を探ろうとしたところで。
 聞き慣れた声で聞き慣れた言葉が、後ろから飛んできた。
『バニラ様』
 同時に両脇をがしっと力強い腕で固められる。
『帰りますよ、陛下』
 そして、問答無用でバニラを引きずっていく。
 これだけ派手な顔と風体が移動していれば、まあ追いつかれるのは当然だろう。
「バニラ君、おうちからお迎えが……遅かったかな?」
 ちょっと遅いべよ、先生。
 と、笑顔でひそかに訴えつつ。
「また、来るべよー……」
 バニラは527回目の強制送還と相成ったのだった。