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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■料理大会−幸せな食卓−■

「えーっと……じゃ、ソコに誰かがいる、と?」
「はい。ぼくの料理長が」
 草間武彦の疑わしそうな言葉に、にっこりと、こちらは爽やかな青年だ。
 今も人気急上昇中という、若手でも硬派なコックということで女性に人気なのは知っているが───座ったソファの隣に、この前死んだばかりの、自分の恩師である料理長がいる、という。
「藤田───ええと、藤田・清吾(ふじた・せいご)くん。だったよな。で、ナニをすれば? 一応ここは興信所なんでね、霊関係なら普通の依頼ならそれなりの場所を紹介するよ」
 普通の依頼なら、と付け加えるところがこの興信所の依頼歴史を物語っている。
 藤田清吾と呼ばれた爽やかな青年の笑みが、曇った。
「ええ……それが、もう霊媒師さんとかそんなところには行ったんです。そしたら、この霊は普通のやり方では成仏させられない、と言われまして……なんでも、亡くなってからずっとぼくの傍にいたらしくて。そういえば、……これは関係ない、と言ってましたがその霊媒師、もうひとつの霊も感じられるとかなんとか……」
「ほう?」
 聞くと、霊───松橋・逸男(まつはし・いつお)は、名前こそマスコミに出なかったものの、藤田清吾の生みの親であると言っても過言ではない名コックだったらしく、彼の厨房ではいつも、一年に一度やるという催し物があり、コック達は恐れおののきつつも清吾の下準備で毎年それは行われ、最後はいつも料理長である松橋が微笑み、宴会となり、笑いが絶えなかったという。
 それぞれがコックの道を独立し始めてから、当然のことながら催し物はなくなってしまったのだが───。
「料理長が病気で亡くなった時、そういえばもうすぐその催し物の日に近かったな、と思い出したんです。ですから、何人かの方が協力してくれないと出来そうにない。なにしろ、集まっていたコック達は今はもう、違う道を歩んでいて忙しく、ぼくだってぼくに取り付いてるってわかってなければ身につまされてこんなこと考えません」
「その、催し物ってのはなんなんだ?」
「料理大会です」
 コックらしい催し物だな、と武彦はちょっと微笑む。さぞ松橋という料理長は、料理や弟子達を可愛がっていたのだろう。
「でも」
 藤田は、身を乗り出しつつ小声で言った。
「料理長、自分で分かってるのか分かっていないのか、いえ、分かっているんでしょうけれど、───人に教えるのは至って普通、いえそれ以上なんですが、味音痴なんです」
「───なんだって?」
 なんだか話があやしくなってきたぞ、と武彦の眉間にしわが寄る。
「ですから皆、料理長の舌に合うようなものをワザと作るんです。もちろん作った自分も食べて───ですけど本当に楽しいんですよ」
「現在進行形にするな!」
「もう下準備は整っているんです、これを見てください!」
 藤田がテーブルの上に、紙を一枚取り出して開いてみせた。
 そこには、こんなものが書かれてあった。

 @:素材(1d20)

 1:ドリアン  2:バナナ   3:イチゴ   4:ブドウ   5:リンゴ
 6:ゴーヤー  7:タマネギ  8:ニンジン  9:ピーマン  10:ジャガイモ
 11:牛肉   12:豚肉    13:鶏肉   14:馬肉    15:蛙肉
 16:カツオ  17:マグロ   18:サバ   19:ホタテ   20:ナマコ

 A:下ごしらえ(1d6)

 1:ハチミツに漬け込む 2:おろしショウガをまぶす 3:薄くスライスする
 4:酢でしめる     5:軽く茹でる 6:すり潰して塩胡椒で味を調える

 B:調理(1d6)

 1:納豆(謎)で和える 2:パイ生地で包み焼き 3:ホワイトソースでグラタン仕立て
 4:ベーコン巻きにして焼く 5:ナスで挟み揚げにする 6:後はそのまま素材の味で!

 C:トッピング(1d6)

 1:イクラ 2:刻み海苔 3:トリュフ 4:ミント 5:シナモン 6:チョコレートソース

「この、1d6ってのはなんだ?」
「ああ、それは六面ダイス……普通のサイコロですね、六面のサイコロを一度振る、という意味です」
「じゃ、20面ダイスなんてものもあるのか……世の中広いな」
「えっ、20面ダイスなんて知ってる人の中では普通ですよ」
「まあいい、それでこれをどうするんだって?」
 藤田が説明するところによると。
 まず、コック達は皆4つめのトッピングのぶんまでサイコロをそれぞれ振っておき(1回に限らず、納得がいかなければその分振っても可能らしい)、藤田が用意してあった紙と照らし合わせてその通りに料理をし、料理名も作り、「おろしショウガをまぶしたイチゴと薄くスライスしたブドウ、これをベーコン巻きにして焼き、シナモンスティックをトッピングした新感覚のデザートだぁっ!!」……っという感じで完成させ試食、判定にもつれこむ。
 まあ大抵はまともな料理にはならないのだが、その中でもマシだと思ったものに○をつけたりして、料理長の舌に一番合う料理を作った者が祝福されたたえられる、というものだった。
「つまり……これを、俺とか俺の知り合いにやれと?」
 零は不在なんだぞまったく、と言いつつ、心の中で、ああ、こんなことなら不在でよかったな、と思い直してみる。兄として、明らかにイヤな企画に妹を巻き込みたくないものだ。
「お願いします! 『こういうこと』はここが一番いいと評判なんです! 年齢制限なんかはありませんから、ルールさえ守って頂いて、参加して頂ければいいんです、お願いします!」
「うー…………」
 誰だ、ここが一番いいなんて評判を立てたのは。いや、実際そうなのかもしれないと武彦は遠い目をし、霊もしのびないだろうなとため息をつき、「分かったよ」とこの依頼を受けたのだった。

 後日、興信所前に「料理大会開催、食材&調理器具全てこちらで用意します」と藤田の書かれた達筆で、ポスターが貼られた。




■白熱の料理大会■

「いや、しかしよくこの狭い中にこんな会場詰め込めたな」
 武彦は、藤田が自分のスタッフ達の手も借りて急遽、簡単な調理場と毒見席を設けたのを見て、ある意味感嘆のため息をついた。
 それこそぎゅうぎゅうづめではあったが、調理場は調理するには充分なゆとりがある。
 多少、毒見席がそのぶん壁に近くきつめなのは、この興信所が狭いがゆえ、仕方がないだろう。
「話は聞きました、私の出番ですねー! お菓子以外の料理は駄目ですが気にしちゃいけません」
 あ、そこつめてくれます?と続けたのは、一番最初にポスターを見て興信所に入ってきた、藤郷・弓月(とうごう・ゆつき)である。
 つめてください、と言われて、興信所の掃除をしようと掃除道具の買い物から帰ってきていたシュライン・エマが、
「ああ、ごめんなさいね」
 と、ガタガタと簡易椅子を動かす。内心、後片付けもちゃんとしてくれるのかしら、床が落ちやしないかしら、などと不安に思っているが、面白そう、とバケツと胃薬もいつの間にかしっかりと用意している。
「20面体ダイスはお友達から入手済みなのデス」
 とは、弓月に続いて入ってきた、神代・遊馬(かみしろ・あすま)。
「今日は普段、彩りに富んだ食事にうえているであろう草間さんも、存分に作って頂けるんですよね?」
 その遊馬に続いて、面白そうに口の端を上げつつステッキを鳴らしながら席についたのは、セレスティ・カーニンガム。
「待て、なんかそれは誤解を招くぞ」
 武彦は言うが、興信所の食糧事情を一番よく分かっているシュラインと視線がバッチリ合い、ついそらすところを見ると、当たらずとも遠からず、といった感じなのだろう。
「でも料理長が料理大会だけで成仏しないのって理解るような理解らないような……」
 ガタン、とセレスティの隣に、つぶやきつつ腰掛けたのは近所では尊敬されるほどの家事手伝いのプロ、由良・皐月(ゆら・さつき)。
「今も人気急上昇中と言うことですが、料理長さんは藤田さんが成功したのを見てから亡くなったのでしょうか。違うならおめでとうと言いたくて藤田さんの傍にいるのかもしれませんね。見たなら、心残りは……料理大会でしょうか?」
 推測しつつ、最後に席に着いたのは、ポスターを見て「やはり同じ料理の道を歩いていた方ですから心残りを何とかしたい」という気持ちと同時に、少々プライドが刺激されている、いつになく力の入った小料理屋主人、一色・千鳥(いっしき・ちどり)。
「まあ、とにかく成仏させて頂けるのなら」
 藤田が、お集まりいただいてありがとうございます、と、こちらも料理人姿になって全員に頭を下げる。
 それから少しの前置きを藤田が言い、順番は単純に、興信所に入ってきた順になった。
 武彦は、一番最後を担当する。
「いっちばーん、藤郷弓月、いきます!」
 元気よく、用意されたエプロンをつけた弓月がダイスを次々振る。はしからメモしていくスタッフが、それに当たる食材を持ってくる。弓月は、どうせだからデザートもいってみよう、と再度ダイスを振る。
「ええっと……まずはメインディッシュですね」
 お菓子以外の料理は駄目、と自分で言っただけのことはあり、弓月の手つきは危なっかしく、家事のプロである皐月が何度かハラハラしてつい手を出したくなるのを堪える場面もあった。
「豚肉をミンチにして塩胡椒で味を調え、それをナスではさみ揚げにして最後にイクラを添えて……なんて普通な。デザートは……」
 もそもそと、弓月の手の動きが鈍くなる。
 見ていた藤田が、あはは、と慣れたような、しかし乾いた笑顔を浮かべた。
 因みにこの調理場、毒見席に背を向けて作られるようになっているので、食材は匂いからしか推察できない。
「……気のせいでしょうか、この香り」
「蛙肉のような」
 料理には鼻の利く、このメンバーでは一、二を争うかもしれない千鳥と皐月の声が交錯する。
 そこへ、じゃーん、と弓月が仕上げた料理を出した。
「『ナスのはさみ揚げイクラ添え』と、『花還』です!」
「花……」
「還……?」
 シュラインとセレスティが、いかにも不審そうに聞き返す。
 遊馬は、くんくんとにおいをかいでいたが、
「これ、何を使ったデスか?」
 と、聞いちゃいけないことを聞く。
 弓月はきっぱりと、
「蛙肉を薄くスライスしてそのまま上にシナモンです! せめてお肉を生ハムに見立てて花弁のようにして、シナモンパウダーを振り掛けて生臭みを消してみました!」
 蛙だからって食べた人までかえりませんようにーっと祈りをこめる。
「いきなりこれか」
 武彦はイヤな顔をしたが、藤田の「では皆さん一斉にお食べください!」との声に、他の面々共々一気にがばっと口に入れた。
「「「「「「………………」」」」」」
 この料理大会では、自分も自分の作った料理を食べなくてはならない。
 弓月は涙をこめて、採点表に自分の料理の点数をつけた。
「はい、採点表はそれぞれつけましたね? 全員が料理と試食を終えたら集めますからね」
「うっう……失敗したかもです」
 食べてもひとりだけ、けろりとしている藤田の横で、エプロンをとりつつ、弓月が席に戻る。
 続いて、シュラインの番。
 初心者だからシンプルに一品ずつ使って二品製作、と決めていた彼女は、次々にダイスを振って、スタッフに持ってきてもらった食材と、出た調理法とを見つめ、うーんとうなりつつ作り始める。
 途中、どこから、いつ用意したのか、ガスマスク着用したところで全員から不審そうな視線で見られたが、
「香りの強すぎる食材だから、ね」
 と、ガスマスクの下から微笑む。
 思わず、
「───シュライン、お前……コワいぞ」
 と、つぶやいてしまった武彦である。
 そこへ、とん、と調理の終わった料理が二品、置かれた。
「『夏の地平線』と『夏の黄昏』よ、どうぞ召し上がれ」
「名前がロマンを語ってるデスねー」
 興味津々に言う、遊馬。
 全員、一斉に口に入れる。
「んん……次品までに味覚戻るかしら……」
 シュラインはそう言ったが、いや、案外イケる、と武彦がつぶやく。
「これは何を使ったの? ドリアンの中に何かもうひとつ、香りがあるような気がする」
 という皐月に、こちらは流石に料理人、千鳥がドンピシャと当てる。
「ミント系のような気もしますが、暖まったドリアンに香りが消されていますね」
「ええっとね、『夏の地平線』はジャガイモを薄くスライスして酢でしめて、ナスではさみ揚げしたところにレモンを添えたの。少し大人の一品ね。あんまり普通すぎるから、名前だけでも妙なものにしてみたの。『夏の黄昏』は名前は色的にこういうのにしたんだけど、ドリアンを軽く茹でたところにそのまま素材の味にミントを添えたわ」
「すごいネーミングセンスデス!」
 なにやら感激している遊馬に、「私の料理より全然イケます」と、口直しとばかりに食べている、弓月。
 こちらはコップの水で口をゆすいでから、シュラインは、藤田に霊媒師の連絡先を聞いてから席に戻った。
「次は遊馬デス」
 どこか楽しそうな足取りで、遊馬が立ち上がり、エプロンを着用してダイスを振る。───が、一度目でその手が固まった。
「………う……」
「ど、どうしたんですか、神代さん!?」
 弓月が慌てて傍に行こうとしたが、スタッフに止められる。
「調理場には如何なる場合でも、第三者が踏み入ることはなりません」
「でも、神代さんの様子がっ!」
「なりません!」
 切迫した雰囲気の中、
「ば、にく……」
 と、遊馬がぽつりと言葉をこぼし、「え?」という全員の視線の中、のたうちまわるように叫んだ。
「一度目から馬肉デス! ……遊馬、馬なので使えないデスよ!!」
「ああ……それは、ちょっとお気の毒ですねえ」
 今のところそんなに顔色を変えていないセレスティが、足を組み替えつつ納得する。ちらりと藤田を見やった。
「藤田さん、こんな場合です、やり直しはききますか?」
「ううん、流石にぼくもこれはやり直しを考案します」
 藤田の言葉に、「ありがとうデス!」とむせび泣きつつ、遊馬はダイスを振り出した。
 スタッフが持ってきた食材を使い、次々に調理していく。
「……美味しそうな香りがしてきました」
 甘い香りに、弓月が今度こそは普通だろう、と期待する。
「この香りは、チョコね。問題はちゃんと合った食材かどうかだけど」
 皐月が、神妙な面持ちでチョコの香りの中に何か他の異様な匂いはしないかどうか嗅ぎ分けようとする。
「ある意味、闇鍋みたいな料理大会ね」
 苦笑するシュラインだったが、まったく持ってその通りだ、と武彦は思った。
 どん、と遊馬の作り上げた料理が置かれる。
「『茄子で蛙のはさみ揚げ、チョコソースで召し上がれ♪』の完成デス」
 ───何故こうも、蛙に縁があるのだろう。
 誰もがそう思ったに違いない。
「では皆さん、一斉に食べてください!」
 藤田の掛け声で、もしゃもしゃと遊馬も含めた7人は食べ始める。もちろん、藤田自身も食べている。
「……お友達に作ってみるデス」
 最初は「こんなの食べるデスか!?」と内心思っていた遊馬だが、どこの味覚の妖精の悪戯か、今の彼女には美味しく感じられた。
 一応、料理の説明をする。
「蛙肉と、下ごしらえとしてそれを薄くスライスして、ナスではさみ揚げして、トッピングにチョコソースしたデス。本当にちゃんとした料理になるか心配だったデスが、面白そうなので作ってみたデス」
「た……確かに面白い食材と調理法の組み合わせですね」
 千鳥が、採点表に心なしか震えた手で書き込みつつ、コップの水を飲みこむ。
「では、次は私ですね」
 ステッキを鳴らし、セレスティが立ち上がる。
 男向けのエプロンをし、次々にダイスを振っていく。
 出た食材と調理法とを見比べ、ちょっと小首をかしげてから、スタッフが持ってきた食材を丁寧に受け取り、調理し始める。
 今までにないほど、異様な香りが興信所内に立ち込め始めた。
 すかさずガスマスクを着用する、シュライン。
「な、なんなの? この匂い。生ゴミの匂いにも近いけど、もっとリアルで新鮮な」
 その分いやな予感がする、皐月。
「なんかいやな予感がするのです」
 弓月が言い、遊馬は、
「本当にこれ、食べ物の香りデスか?」
 と。
 千鳥は料理人としての何かのプライドなのだろう、あえて何も言わない。
 外野はともかく、セレスティはコトンと料理を置き、優雅に微笑んだ。
「どうぞ、召し上がってください」
「何故料理の名前がない?」
 用心深い武彦が尋ねるが、にこにことした煌びやかな微笑みがかえってくるだけで、それだけに───不気味だ。
「ではっ! 皆さん一斉に食べてください!」
 ある者は鼻をつまみ、ある者は目をぎゅっと閉じてぱくりとかっ込んだ。
「「「「「「………───」」」」」」
「あれ、意外と合う……と思うのはもしかして味覚がおかしな方向に目覚めたのでしょうか」
 セレスティが食べながら、言う。
 そしてようやく説明を始めた。
「一品目はピーマンにおろし生姜をまぶし、パイ生地で包み焼きにしたものに、ミントを添えました。二品目は、ドリアンと蛙肉にナマコを、謎納豆で和えました」
 食材だけ聞いても、ものすごい内容である。
 それぞれの表現方法(?)で悶絶している全員を見て、セレスティはきょとんとする。
「おや、どうかしましたか? 皆さん」
「も、もういい、次、次いってくれ」
 頼む、という武彦に、思い切り口をゆすいで、皐月が立ち上がった。
「ふう、こうして口をゆすいでおかないと、嗅覚って大事だからちゃんとした料理ができないのよね」
 エプロンを慣れた手つきで着用し、ダイスを振っていく、皐月。
 一度は食材と調理法にうなったが、「一品でいいわ一品で」とつぶやき、調理を始める。
 明らかにおかしな組み合わせだと自分でも思うのだが、ついさっき食べたセレスティの料理を食べたら、もうなんでも食べられる気がする。
 やがて、トン、と既に脱力した感じの全員の前に、料理が置かれた。
「見たそのまんま、『酢漬けポテトのイクラ和え』。もう名前もこれで」
 酢漬けポテト。
 いや、しかしドリアンと蛙肉とナマコをなんとやら、よりは遥かにマシだった。
 救いの料理とばかりに全員が食べる。
「ん、美味しい?です」
 弓月が意外そうに言い、今度は全員がすんなりとほぼ全部食べ終わる。
 皐月は満足そうに、
「あら、それはよかった」
 と、自分でも完食して席に戻る。
「ではラスト、いってください!」
 藤田の声に、
「草間さんも調理されるのでは?」
 と尋ねながら、エプロンをつける千鳥。
「あ、武彦さんなら、『今回のことで』用事があるから、今電話かけてるわ」
 シュラインが、携帯電話でかけているのだろう、隣の部屋を示す。
「そういえば先ほど、シュラインさん、藤田さんに何か聞いていましたね」
 セレスティの言葉に、シュラインは頷く。弓月が、ひょこっと顔を出した。
「霊媒師さんがどーのって聞こえました! もしかして、関係あるんですか?」
「遊馬が思うに、料理大会以外の未練だとしたら、やっぱり藤田クンの成長が気になるんじゃないデスか? なにげなく遊馬も気になるトコロなのデスよ」
 遊馬が、水を飲みながら推測したところを言ってみる。
 それに賛同したのは、皐月である。
「弟子の成長を確認したいとか? だったら私達がどれだけ大会開いても意味が無いなぁ。あるいは自分の料理を受け継いでくれているか気掛かりとかね」
「うーん、どうにも引っかかるのよね」
 シュラインが、料理大会が始まってからのことを思い返してみる。
「実は私も、自分の料理を食べた時から引っかかっていました」
「あっ、私も実はその辺りからです! だってあれだけ明らかに美味しくないものを食べて美味しいって思うのってやっぱり───」
 セレスティの言葉を引き継いだ弓月の最後の言葉をひったくるようにして、
「とと、藤郷さん、それはまだ」
 と、皐月が口元に人差し指を当てる。
 そうだ、藤田に何か意見を言いたくても、何か引っかかりを感じることがあるにしても。
 とれあえずは、料理大会が終わってからでなくては、意味がないことのように思えた。
 千鳥が慣れた感じで、臆することなく調理を終え、綺麗に彩った料理を全員の前に置いた。
「潰した牛肉を包んだパイ生地をヒマワリの花びらに、トッピングのトリュフを種に見立てて『夏の想い出』です。如何でしょう? デザートにいちごとおろし生姜、それにチョコレートソース。……実際にはどんな味か少々コワいのですが、チョコレートソースをいちごの下、または周囲に包み込むように流し、おろし生姜は香り付けのように少しだけ使うことによって、ほのかに香りが浮かび上がるように致しました。名前は、『甘く儚い夢』です」
 これは、素直に美味しそうだ、と思う。
 藤田も、彼が料理人ということで少々挑戦的な微笑みを浮かべつつ、全員と一緒に食べる。
「なかなかに素晴らしいセンスをお持ちですね」
 とは、見た目の美しさから言ったものだが、その藤田の言葉に、「ありがとうございます」と、全員から「美味しい」との言葉を聞きつつ、
「ほっと致しました」
 と応えながら、千鳥。
 そして全員の採点表が、集められた。



■眠れる子供■

 採点は、僅差でセレスティがトップだった。次点が千鳥、そして皐月、シュライン、遊馬、弓月の順になった。
「これにて料理大会は閉会と致します」
 すぐに用意した表彰状をセレスティに渡し終え、いくつか型通りの台詞を並べてから、藤田はそう締めくくった。
 ───が。
「……やはり、取れてないようじゃの」
 コツン、と杖を鳴らして入ってきた老婆が、藤田を見つめて言った。
「あ、あなたどこから」
 シュラインが立ち上がるが、老婆は「入り口、開いておったぞ」と言う。
「ああ、鍵閉め忘れた」
 と、その老婆───藤田がみてもらったという霊媒師を呼んだ武彦、慌ててガチャリと扉の鍵を閉める。
「取れてないってどういうことですか?」
 弓月が尋ねると、
「霊が二つ、その男から離れん」
 それ以外はわしにはみえんがな、と老婆は応える。
「やっぱり成長が気になるとか、受け継ぐ人が心配、とか?」
 皐月の言葉に、セレスティも考える。
「あまりにも微妙な品の数々を味わってくれる人が居なかったからではと。しかし、今日はけっこう皆さん色とりどりのものを作りましたし、藤田さんもそれを味わったことで、とりついている形の松橋さんも御満足できたのではと思うのですが、そうでなければ───未練は料理人ですと、未知の食材を出来るだけ取り入れてみたいと思うような好奇心とか、そういうことでしたら、いろいろと提供出来ますけれども」
「料理長さん、味音痴を治したかったとか皆と心のソコから楽しい食事をしたかったとか、じゃないのかなあ……」
 どこかそんな直感が働いた弓月と、未知の食材、とセレスティが言ったところで、ガタリと藤田のすぐ後ろにあったテレビが誰も触れていないのに動く。
「───ビンゴのようじゃのう」
 霊媒師は、シュラインが急いで淹れたお茶を飲みつつ、のんびりと言う。
「料理長さん以外にもいるっていう霊のことが気になったの。その点が心配になのもあって、藤田さんの傍にいるのかもと、あなたを呼んだんです。生霊か死霊か、なんのためについているのか等、分かりませんか?」
 シュラインが尋ねると、霊媒師は「なんのためについているのかは分からぬが、その料理長とやらの傍にいる霊は生霊じゃな」と言う。
「心のソコから楽しい食事、と」
 弓月が、顎に人差し指を当てる。
「未知の食材───ですか」
 セレスティがもう一度つぶやいてみて、もしや、とテレビをつけた。
 その間に、遊馬が整理してみている。
「よく考えるとおかしいデス。皆さん順番を追うごとに、明らかに美味しくないってドッカで思ってるハズなのに、そのハズのお料理なのに、美味しいって思わされたみたいに感じたデス。それは、料理長サンがそう思わせた、トカじゃないデスか?」
 ニュースをやっているチャンネルをやっと見つけたセレスティ、「当たっているかもしれませんね」と微笑む。
「あれ? このニュース、私も見たことあるなあ」
「私も、覚えがあります。職業柄、人から伝わった噂もありますね」
 皐月と千鳥が、ニュースを見つめる。
 そこには、この時間、ちょうど毎日やっているニュース番組で、最近流れ続けていた、だがニュースの特徴柄、日に日に薄れていっている話題だった。
『───この松橋美智雄くんの容態は依然変わらず、しかしながら身体の栄養状態等も変わらないことから、一部では眠れる子供と呼ぶ人達も増え───』
「えっ……美智雄、くん?」
 藤田が、ガタンとテレビに張り付く。
「知らなかったの? あなた」
 やや呆れたように、皐月。
「お忙しかったのなら、知らないのも無理はない、と思います」
 特に、人気急上昇中のアイドル的な料理人であれば。
 千鳥は、やや気の毒そうに、藤田を見つめる。
「ああ、ぼくは知らなかった───いや、忘れていたんだ。料理長に託されていた大事な、料理長のお孫さんだったのに───」
 聞くと。
 料理長の孫である松橋美智雄は両親を事故でなくしてから、祖父である松橋逸男に育てられた。だからというか、単に隔世遺伝なのか、美智雄もまた味音痴に育ったのだが、それでも彼は忙しい祖父と毎日必ず一緒に楽しく食事をしていた。
 祖父がいなくなったのとほぼ同時に、いなくなるのがいやだ、と泣き喚いていた美智雄は眠るようになった。
 藤田は祖父、つまり松橋逸男が亡くなったことに気持ちが精一杯で、そこまで知らなかったのだ、という。
 ただ亡くなるときに、松橋美智雄を養子に、ということは約束した。
 それからは葬式や何やらで忙殺されており、また、今までたまった仕事も山積みで、いつの間にか美智雄のことを忘れていたのである。
「ぼくは───なんて愚かなんだろう」
 ぱたぱた、と自分の愚かさを嘆く藤田は、とりあえずすぐに病院へ連絡を、と興信所の電話を武彦の許可をとって借りた。
「恐らく、味音痴でも『家族』との楽しい食事を、そしてまだまだ未知の食材の料理を食べてみたい、という美智雄くんの意識が生霊となってぼくの元にきたのでしょう。料理長はそれを見届けたくて───」
 やがて藤田が病室に現れた途端に、待っていたように目覚めた松橋美智雄を連れて、彼は興信所に戻ってきた。
「人は、成功しても忘れちゃいけない何かって、あるのよね、やっぱり」
 皐月は言う。
「でも、愚かだって気づくこともスゴイことだと思うデス」
 と、遊馬。
「料理人として、そして祖父として、ですか……」
 二人の行く末が、知りたかった料理長を思い、千鳥はそっと瞳を閉じる。
「ああ……藤田さん、料理長さんでしょうか。そこに見えます」
 セレスティが、微笑んで藤田のすぐ後ろ辺りを視線で示す。
 そこには確かに、白髭をはやして満足そうに微笑んでいる、コックの格好をした老人が半分透けた様に立っていた。
「やっと、心残りがとれたのね」
 シュラインの微笑みを合図にしたように。
 藤田の頭をそっと撫でるように───まるで子供の頃の藤田にそうするかのようにもう一度微笑んでから、
 料理長、松橋逸男は、空に促されるように一陣の風と共に、消えた。



 その後、6人は珍しく武彦の奢りで───依頼料金が入ったということもあるが───藤田の経営するレストランのひとつにいき、藤田の料理を美味しく食べた。
 後日藤田の報告では。
 美智雄のために毎日味音痴用の料理と共に、セレスティからもらった珍しい食材から素晴らしく美味しい新料理も開発し。
 前にもまして人気急上昇、そして。
 その忙しい中、無事に美智雄と養子縁組の手続きをすませ、それからは一日として、彼との楽しい一緒の食事を欠かしたことはなかった、という。


《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5649/藤郷・弓月 (とうごう・ゆつき)/女性/17歳/高校生
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5330/神代・遊馬 (かみしろ・あすま)/女性/20歳/甘味処「桜や」店員
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝
4471/一色・千鳥 (いっしき・ちどり)/男性/26歳/小料理屋主人
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、前半部分から「おかしいな」と分かっていた方は分かっていたと思いますが、後半部分は少しだけシリアス(?)にまとめてみました。
皆さんの作る料理が楽しくて、ちょっと書いていて新鮮な気分だったのはここだけの話です(笑)。まあ、ニュースの件は、最初から皆さん御存知でもよかったかな、とは思いますが、それも「藤田自身が気づかなければならないと、料理長が忘れさせた」と思って頂ければ幸いです;これを物語中で書けなかったのは力量不足だな、とは思ったのですが、そこまで書いてしまうには流れ的にあまりに説明的になってしまうかと思いましたので……。
また、今回は皆さん、文章を統一させて頂きましたので、ご了承くださいませ☆

■藤郷・弓月様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は蛙肉の第一人者(?)ということで、調理描写も楽しんで書いていましたが、料理の名づけ方もまた楽しくて、皆さん帰らなくてよかったです(笑)。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv ガスマスク着用、がとてもツボでした(笑)。その中でも「もうひとつの霊」に着眼して頂けて、嬉しかったです。あのあと、シュラインさんにちゃんとした料理を作り直してもらったのだろうな、と草間氏とのことも考えてしまいました。
■神代・遊馬様:初のご参加、有り難うございますv 設定も色々な意味でツボなPC様でしたが、一番最初に出たのが馬肉、ということでかなりハマッてしまいました(笑)。普段はどんなものを食べているのだろう、と個人的にとても知りたくなりました。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は最後、未知の食材を提供して頂いたおかげで、またまた藤田氏の人気もUPしまして、藤田氏にかわってお礼を言わせて頂きます───と同時に、今回恐らくは一番のおいしい食材(色んな意味で)、書き手としても笑わせて頂きました(笑)。セレスティさんのまともな料理も食べてみたいな、とちょっと思ったり。
■由良・皐月様:初のご参加、有り難うございますv 家事手伝いのプロさん、ということで、手つきのあやしい人には注意したい気持ちというのを少ししか出せませんでしたが、手際はすごいものなのだろうな、と思いつつ書いていました。順番的に、ポテトは皆さんの口直しになったようで、よかったです(笑)。
■一色・千鳥様:いつもご参加、有り難うございますv プロの料理人対決になるかな、とも思ったのですが、藤田氏ともお互い、今後いいライバルになりそうだな、と思いながら藤田氏が千鳥さんの料理を食べるシーンを書いていました(笑)。食材が妙でも、彩を見事に飾った千鳥さんはやはりプロの料理人さんだな、と感心しました。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はある意味、その全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。今回は、ありきたりなテーマではありますが「暖かな家族(または大事な人)と、その食卓」を書いてみました。サブタイトルはモロにそれを出してしまっていますので、カンのいい方はサブタイトルでネタバレしてしまったのではないかと思います(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/09/07 Makito Touko