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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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鈴の音-雪音-
「お邪魔しますよー」
のんびりした男の声が店内に響く。店主はその姿を認めて、幾分げんなりとした表情を見せた。
「……今度はなんだい?言って置くけど、うちは何の変哲もない氷の塊とかは扱わないからね」
店主───…蓮が重そうな扉を押し開けて入ってきた男を見る。念を押すのも忘れない。
「ははは、駄目で元々でしたからね、アレは。今日は別の物を」
氷の塊をアンティークショップに売りに来たという前科を持つらしい和服の男は、苦笑を浮かべた。
「ふん、じゃあ今日は一体何を売りに来たんだい。それとも、また何か厄介事かい」
男は困ったように、四六時中浮かべたままの苦笑を深める。
「はあ、まあ。実は、両方」
「両方…」
「えーと、今日お売りしたいのは…」
彼は懐から、小さな布包みを取り出した。テーブルの上に乗せて、そっと広げる。
「鈴です」
見れば分かる、見れば。
「ふむ、まあそう急かないで下さい」
蓮の冷たい視線にたじろぐことなく男はいくつかある鈴の中から一つ、それに通された飾り紐をつまんで持ち上げた。軽く振る。
中に何も入っていないのだろう、軽い動きと共に、空を切る音だけが鈴からこぼれた。
「……ふうん、今回はまだまともそうじゃないか」
蓮は興味を抱いたらしい。
「人の思念を喰らう鈴です。今は空腹らしく、何も中に入っていませんがね」
「思念?」
男は店に来て初めて、笑みを消して少し真面目な顔を見せる。
「ええ、しばらく肌身離さず持っていれば、変化が起こるそうですよ」
こんな風に、と彼は微笑んで左手に提げていたもう一つの大きな荷物を卓の上に置いた。かかっていた布を軽くめくる。
「……あんたの腹の内がよく分かるね」
布の下には鳥かごが隠れていた。中を覗いて、蓮が楽しそうに呟く。
「いやいや、心外ですよ」
男は、籠の中で大人しく止まり木に留まっている真っ黒な鷹が、鈴とはほど遠い声で小さく鳴くのを見て再び小さな笑みを口の端に乗せた。
+ + + +
雪は無音で降るわけではない。
静かに、しんしんと音を立てて降り積もるのだ。
聞き慣れた、ひどく落ち着く音。
彼女は懐かしい音の夢に包まれて、幸せな気分で目を覚ました。
少しだけ、少しだけお別れしている母親が恋しくなり、彼女から貰った大切な飾鈴に手を伸ばす。
首に巻いたチョーカーの、ピンク色のリボンの真ん中につるされた小さな鈴。
軽く触れて、その指先に柔らかなリボンの手触りしか感じない事に、彼女…───クレメンタイン・ノースの頭は一気に真っ白になった。
母親から貰った大事な鈴を無くしてしまったとひたすらなきじゃくるクレメンタインを、現在彼女の保護者となっている親戚は家族総出で慰めた。
「そ、それなら、代わりの鈴を買ってあげるから…」
「もとのすずがいいー!もとのじゃなきゃやー!」
オロオロとしたおばさんの言葉も、軽くパニックを起こしてしまっている彼女には全く通じない。
親戚一同は皆、頭を抱えた。
「じゃあ、こうしようか」
おじさんが言った。
「君のお母さんが君に鈴を贈ったように、私たちからも記念として、君に鈴を贈らせてくれないかな。無くしてしまった鈴は、後で皆で探そう?」
さすが一家の長だ。さりげなく話をすり替える。
クレメンタインは少し考え、渋々ながら頷いた。
「…で、うちに来たってかい?」
蓮がなかば呆れつつ呟く。
彼女の店においてある品は、曰く付きの骨董品やらばかりで、クレメンタインのような幼い少女が好むような物はない。
おじさんが、思いつく限りの店は回ってしまって、それでもクレメンタインの気に入る鈴が見付からなかった事を冷や汗まじりで告げると、隣でちょこんと大人しくしていたクレメンタインが何かを見つけて蓮の袖を引いた。
「あれ、なぁに?」
少女の指す先には小さな風呂敷包み。籠に入れられたそれは、少し封が解けて、中に入っている物がきらきらと光を反射していた。
ビー玉が好きな少女の目を引くには充分だ。
「ああ、これかい?まあ、これも鈴といっちゃあ鈴なんだけどねぇ…」
蓮が苦笑して、クレメンタインの前にその包みを広げてみせる。
中には色とりどりの、大きさもまちまちの鈴が入っていた。
「わあ…!」
抑えた照明を反射してきらきらと光るそれらに少女の視線が釘付けになる。
中でも一際彼女の目を捕らえたのは、金色をした、ビー玉ほどの大きさの鈴だった。
小ぶりながらも、蒼銀色をした精緻な花の模様が一つ、刻まれている。
それはさながら、雪の結晶を思い起こさせた。
「これ!くー、これがいい!」
クレメンタインが鈴を手に取り、そして不思議そうな顔をする。
「これ、ならないのね?」
「あァ、そいつはちょっと特殊なモンでね。最初は鳴らないらしいんだよ」
蓮は幼い少女にも分かるように、最初鈴には何も入っていない為、鳴らない事。
しばらく大事に持っていれば、そのうち鈴が『鳥』の姿になったりできると言う事。
鳥になれるようになった鈴は、普通の鈴のように鳴るようにもなると言う事をなるべく噛み砕いて説明した。
クレメンタインの表情が段々輝いていく。
「とりさん?くー、これがいいー!」
きらきらとした視線に、おじさんはちょっと困ってしまった。
曰くありげな鈴。高そうだ。
「あはは、良いよ。お代は、そうだね。鳥が孵ったら、是非アタシにも見せておくれな」
蓮が快活に笑い、おじさんとクレメンタインはお礼を言って店を後にした。
「まだかな」
それからというもの、クレメンタインは毎日のように鈴を眺めている。
この鈴がどうなるのだろう、という好奇心が一杯に注がれているのがよく分かる。
彼女は幸せそうにえへら、と満面の笑みを浮かべて、鈴を両手で包んだ。
「おかあちゃま、くーね、たのしいよ」
鈴の模様を思い浮かべながら、クレメンタインは両方の掌の中に話しかける。
雪の結晶が、今は遠くにいる母親に言葉を伝えてくれるような、そんな気がしたのかも知れない。
「すず、くーがかえったら、みせてあげるね」
笑顔のまま手を開き、小さな掌の上でころん、と転がった鈴にまた幸せそうに笑う。
おばさんに出して貰ったハンカチで、一日に何回も鈴を磨いて、片時も側から離さない。
眠る時でさえ枕元におくのは勿論、間違って踏んだりしないようにと、お菓子の箱に可愛らしい包装紙を貼った小さな箱にしまい込む程、大切に、大事に扱う。
鈴は何日も沈黙を続けていたが、ある日彼女の扱いに応えるかのように、小さく音を立てた。
クレメンタインはその時、昼寝をしていたのだが、何故だか珍しく、その小さなかすかな音で目を覚ました。
寝ぼけまなこのまま彼女が不思議そうに枕元の箱を覗くと、誰も触れていないはずの金色の鈴がちり、と涼しげな音を立てる。
少女の目がぱっちりと開いた。
ちりちり、という鈴の音が、いつの間にか鳥の鳴き声に変わっていたのだ。
鈴…───いや、小さな一羽の白い文鳥は、ひょい、と跳ねるように箱から出てきた。
ちょん、ちょん、と跳ねながらクレメンタインの側にやってくる。
真っ白い羽根に、鮮やかなピンク色をしたくちばしが可愛らしい。
「…とりさん?」
クレメンタインが小さく声をかけると、鳥は嬉しそうに、可愛らしい声で鳴いてみせた。
不意に鳥が逃げてしまいそうな気がして、クレメンタインは慌てて小さな両手で鳥を閉じこめる。
それでも、彼女にしては精一杯、鳥が苦しがる事がないようにふんわりと包み込んだ。
鳥もそれを分かっているのだろう。
親愛の情を多分に混め、自分を包み込む彼女の指に、甘えるようにくちばしを軽く押しつける。
クレメンタインは、そっと手を開いた。
それでも鳥は、離れることなく、彼女にまとわりつくようにしててのひらの上に乗ってくる。
彼女は、そっと顔の前に手をあげて、鳥と至近距離で目を合わせて、にっこりととろけそうな笑みを浮かべた。
後日、仲良く鳥と戯れるクレメンタインの姿に、アンティークショップの店主がひっそり和んでいる姿があったそうな。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5526/クレメンタイン・ノース/女性/3歳/スノーホワイト】
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■ ライター通信 ■
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クレメンタイン・ノース様
初めまして。新米ライターの日生 寒河です。
この度は依頼にご反応頂きまして有り難うございました。
文鳥は、主人と一緒に行動するのが大好きです。
好奇心いっぱいであまり大人しい物ではありませんが、是非可愛がってあげて下さい。
ではでは、口調等の間違いが無い事を祈りつつ…。
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