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伝承と現実
高校生であると同時に退魔士でもある犬神勇愛が今回受けた依頼は、とある町で起こる不可思議な現象の調査と、可能ならばその現象を鎮めることだ。
話によると、まだ大きな被害はでていないらしい。現場に近づくと炎に巻かれる幻を見るが、これといって怪我をするわけではなく。また、幻が広範囲にわたって広がるような気配も見せていない。
時折、人間の町で悪戯をやらかす妖怪は確かにいる。今回もそんな類だろうかと思いつつ、けれどこれまでの仕事の経験が、油断は禁物だと自身に語る。
「静かな町……」
良く言えば穏やかな、悪く言えばどこか寂れた雰囲気のある町だ。
問題の現場は今ではもっぱら噂の渦中にあり、ほとんどの人はもう恐れてそこに近づかないという。
ただ、いわゆる不良というヤツは、肝試しだのなんだのと、現場をうろうろしている者も多いらしい。
「少し聞きたいことがあるんだけど、良い?」
とりあえずはその辺で目に付いた不良に声をかけてみたが、相手は勇愛の問いにまともに答える気はないようだった。
ぐにゃりと、いかにもワルでございと言った雰囲気で笑うと、数人の不良たちは一斉に勇愛を取り囲んだ。
「可愛いお嬢さん、俺たちとあそばねえ?」
「遊んでいる暇はないの」
「そんなこと言わないでさあ」
「炎の幻が出るという噂について聞きたいの」
「ああ、あれね」
「そうだなあ、俺たちの遊び相手になってくれたら、教えてやってもいいぜ」
不良たちがじりじりと勇愛の方へ近づいてくる。口ではそう言っているが、教える気などまったくなさそうだった。
「……仕方ない」
少しだけ。勇愛は力を解放し、迫ってくる不良たちをあっというまに叩きのめした。
逃げる暇すらない、ほんの数秒の出来事に、唯一意識を保っていた不良が怯えて数歩あとずさる。
「炎の幻が出たという現場に連れて行ってくれる?」
しかし勇愛は逃げようとした不良の腕をしっかと掴んで、淡々と無感情に問いかける。……いや、確認、と言った方がいいか。
問いのかたちをしていても、その声音は確定事項を告げているだけなのだから。
「わ……わかった、連れていくっ!」
悲鳴のような情けない返事にコクリと軽く頷いて、勇愛は噂の現場へと向かった。
* * *
歩きながら現場についての話を聞いたところ、そこは古びた祠で大きな岩があるという。
この町の人間ならほとんどの者が知っている昔話によれば、かつてこの辺りを荒らしていた、世を滅ぼすほど強大な力を持つ妖狐――桐姫という狐の妖怪が封印されているそうだ。
現場について掴んでいた手を離すと、不良は一目散に逃げ出していった。こちらとしてももう彼に用はないし、現場をうろつかれるよりはずっと楽なので見逃したが。
大きな岩で形作られた祠は、遠目に見ても立派なものだった。漂う気配には確かに妖怪の気配が残っている。
「でも、封印が解けたというなら、いつまでもここにいるのもおかしな話よね」
呟いて、勇愛は祠へと近づいた。
途端、勇愛の炎が周囲に立ち昇る。けれど炎には熱もなく、もちろん焼かれることもなかった。
「本当にただの幻なんだ……」
能力を解放して、より敏感に周囲の力を感知する。
すると、祠の中心にある岩から、一番強い力が零れていることに気がついた。
勇愛が気付いたことがわかったのか、同時に、岩に亀裂が入り無数の妖怪が飛び出してきた。
「っ!」
慌てて後方に飛んで間合いを取り、改めて能力を解放し爪とキバを発現させる。一体ずつはさして強くないものの、数が多い。多対一の戦いに、勇愛はさらなる能力を引き出した。
銀の髪の合間から、同じく銀の色を持つ狼の耳が現われ、スカートの下からやはりこちらも銀の毛並みの尻尾が覗く。
「私はそう簡単には負けないから」
力を解放したことで、ぐんと運動能力が上がった。人間にはあり得ないスピードと力で、次々妖怪たちを薙ぎ倒す。
全ての妖怪を倒し、場に沈黙が戻ってきた――と思ったその瞬間。
亀裂が広がり、大きな岩は見事なまでに真っ二つに割れた。
「んーっ、やっぱり外の空気のほうが気持ちいいねえ」
現れたのは、金の髪に緑の瞳を持ち、巫女のような服を着た少女であった。身長は高くなく、見た目だけで言えば幼い子供。
だが。
ぴょこんと覗く狐の耳と尻尾が、少女が見た目通りの子供でないことを知らせていた。
「おねーさんのおかげで助かっちゃった。ありがとねー」
「私のおかげ?」
「うんっ。この前、不良たちがここで酒盛りして暴れてねえ、封印の岩を傷つけちゃったの」
ちらと、割れた岩に目をやって、それから少女はにこりと笑った。
「それで封印が少しだけ解けて、ちょっと暇つぶしに悪戯してたんだー」
「……私のおかげと言うのはどういう意味?」
「ああ、それはね。大きな力を持つ貴方が近づいたことで、封印が完全に解けたから」
そこまで告げて、少女はたったいま気付いたように、ぽんっと両手を叩いて勇愛の方へと向き直った。
「うちは桐姫いうんよ。貴方は?」
「犬神勇愛」
予想はしていたが、本当にこれが噂の桐姫だとは……。
予想外のギャップに、勇愛は思わず黙りこんだ。
「そう、勇愛って言うんだ。ありがとうね、助かったよ。じゃ、またねー」
「え?」
言うが早いか、桐姫はさっと飛び去って行ってしまった。
まあ、悪いものも感じないし、たいした力もないようだし。放っておいても大丈夫だろう。
* * *
さて、その日の夕刻。
自宅に帰ってきた勇愛を待っていたのは、ほんの数時間前に会ったばかりの少女……桐姫だった。
「あ、勇愛。おかえりー」
勇愛の部屋でお菓子を食べつつねっころがって漫画本を読んでいるのは、紛れもない、妖狐の少女。
「行く先もないし、住んでいいっていうから、お世話になるね」
事態についていけない勇愛を放って、桐姫はにこりと満面の笑顔で告げたのだった。
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